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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 武天の都、此隅の城。 内密なギルド募集で集められた開拓者達はこぢんまりとした部屋ではあったが武天の王『巨勢宗禅』の御前にあった。 「実はな、これから話す事柄はまだ正式に決まったことではない。故に口外無用を約束してもらおう」 巨勢王自らが語った内容に開拓者達は緊張して背筋を伸ばし耳を傾ける。 現在、武天国は空と海を隔てた泰国と公式な祭典を計画中。今のところ互いの重臣が話し合いの場を持ったばかりだという。様々な問題が山積しているので頓挫するかも知れないが、想定の範囲で今から準備を整えて行わなければならなかった。決まってからでは遅すぎるからである。 その中の一つが刀の準備。 祭典が開催されたのなら親好の意を表して互いに贈り物を交換し合う形になるだろう。もし贈るのならば巨勢王は武天の天儀刀を選ぶ。 天儀刀は様々あれどサムライの国である武天にとっては特別な意味を持つ。魂といってもよかった。 武天の刀剣愛好家の間では『武天十二箇伝』と呼ばれる選出が存在する。宝珠を考えず刃の鍛えに重きを置いた評価なので、刀そのものの評価とは必ずしも一致しない。しかし刃の鋭さもまた天儀刀の魅力に違いなかった。 迷った末、巨勢王が選んだのは武天十二箇伝に選ばれているうちの流派『長家』。長曽禰興里を創始者としており、虎徹は国内外で有名である。 「そこでだ。長家十六代目、長曽禰喝破に泰へと贈る一刀を打ってもらいたいと考えておる。考えておるのだが‥‥現在行方をくらましていてな。大凡の居場所は想像ついているのだが、わしの手が届かぬところなのだ」 開拓者の一人がそれはどこなのかと巨勢王に訊ねた。巨勢王は朱藩の町『遊界』だと答える。 遊界とは賭け事の町。朱藩の国王『興志宗末』が試験的に賭け事を推奨している町だ。 刀工として有名な喝破だが、もう一つの顔が将棋の真剣師。つまり賭け将棋を生業としている。 単なる遊びか、それとも刀打ちだけだと心が渇くのか。理由は定かではないが、刀打ちに行き詰まると喝破は将棋の腕だけを頼りにして放浪の旅に出てしまう。そんな喝破を遊界で見かけたといった噂が様々な方面から巨勢王の耳に入っていた。 「知っている者もおろうが、わしも将棋が好きでな。一度、喝破に会ってみたいと考えておった。刀と将棋、どちらにも深く惹かれる者同士としてな。別に刀造りを承知させなくても構わん。わしのところへと連れてきてくれさえすればよい」 巨勢王の願いによって開拓者達は朱藩の町『遊界』に向かうのであった。 |
■参加者一覧
紙木城 遥平(ia0562)
19歳・男・巫
水波(ia1360)
18歳・女・巫
西中島 導仁(ia9595)
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
将門(ib1770)
25歳・男・サ
蒼井 御子(ib4444)
11歳・女・吟
サラファ・トゥール(ib6650)
17歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●賭け事の町 朱藩の『遊界』。ここは試験的に賭け事が公に認められている土地である。 開拓者八名は別国武天の王『巨勢宗禅』からの依頼によって遊界を訪れていた。刀鍛冶の長曽禰喝破を探しだし、巨勢王の元へ連れて行くために。 喝破は将棋の腕前を頼りにふらりと旅に出てしまう放浪癖がある。将棋の真剣師としての一面も持つ。 遊界に喝破が興味を持たないはずがない。また喝破がいるといった噂は巨勢王の耳にまで届いている。何はともあれ喝破の姿を確認しなければ何も始まらなかった。 到着の初日、開拓者達は宿を決めるとさっそく喝破探しを開始するのだった。 ●後始末団 (「気分転換にこの町を訪れたのかも知れませんね」) 水波(ia1360)は後始末団の詰め所の門を叩く。 「名は長曽禰喝破。喝破様はとても長い刀をお持ちの様子。身体の特徴は――」 水波は喝破の特徴をあげてそのような人物を見かけたかどうかを聞いてみた。 「喝破かどうかは知らねぇが、そんな刀を差した奴が蕎麦屋で何杯も丼重ねながら大食いしているとこ見たぜ」 「俺は天丼屋でみたな。丼を卓に並べてすごい勢いで食べてたなー」 何人かの団員が教えてくれた。彼彼女らによれば喝破なる人物は相当の大食らいのようである。 質屋『逆転屋』は仲間が向かうので任せ、水波自身は食事処を回ってみる。 (「果たして喝破様なのでしょうか」) 話題に出てくる人物は特徴のある刀こそ持っているものの、刀鍛冶や真剣師といった噂はまったく出てこなかった。 刀鍛冶は置いておくとしても、賭け事の町で真剣師の顔が広まっていないのはとても不思議だと水波は感じるのだった。 ●質屋『逆転屋』 「旦那お二人にお嬢さん、儲かってまっか?」 宿奈 芳純(ia9695)、将門(ib1770)、蒼井 御子(ib4444)の三名が逆転屋の暖簾を潜ると揉み手をしながら恰幅のよい男が近づいてきた。逆転屋の主人『田野吉』である。 「何かいい出物がないかと思ってね。もう流しても構わない質草を見せてもらえるか?」 将門の願いを承知した田野吉は丁稚に店番を任せて奥の倉庫へと案内する。宿奈芳純と蒼井御子も一緒についていった。 「いろいろとあるんだね。ふえー。コレ、流れるの? もったいないなー」 蒼井御子は跳ねたり屈んだりとして棚を元気に見て回った。注意して探したのは刀鍛冶に関係しそうな品。例えば刀そのものや素材となる玉鋼、地金を鍛えるための鎚などを。ただ残念ながら喝破の持ち物らしき品は見つからなかった。 そこで蒼井御子は田野吉に質問してみる。 「刀に関係する品でっか? 確か三週間ぐらい前でっしゃろか。刀の鍔を一日だけ預けて取り戻しはった旦那がおりましたで」 田野吉によれば刀の鍔はとてもよい出来だったらしい。あれがあればと悔しがる。 「すぐに金子を用立ててきたのですか。ちなみにいかほどだったか教えてはもらえませんか?」 宿奈芳純の問いに田野吉は無理といいながら大ざっぱに答えてくれた。一ヶ月は高めの宿に泊まれるだけの金額だったようだ。 「一応、あれば便利そうだからな」 将門は将棋盤と駒をいくつか購入しておいた。喝破がどのような人物であれ将棋好きならば役立つかも知れないと。ちなみにこの購入代金は後に巨勢王から補填される。 喝破と思われる人物が遊界に滞在しているのは確かだと話し合いながら三名は逆転屋を後にするのだった。 ●将棋道場 「賭博の町か‥‥興志王は下町に良く顔を出していると聞くがもしや」 「あちらでは馬が走っていたのですよ」 西中島 導仁(ia9595)と此花 咲(ia9853)は町を散策しながら賭け将棋が行われている界隈を探し回った。 動物を使った賭け事、弓矢や銃による的当て、賽の目勝負。 盤上ゲームも盛んだ。将棋や囲碁が多いものの、他にもチェスや麻雀、トランプを使用したものもある。 「こちらにいらっしゃったのですか。いろいろな賭け事があるようですね」 西中島と此花咲はサラファ・トゥール(ib6650)と再合流。サラファがヴィヌ・イシュタルで訊ねて知った将棋道場へと足を運んだ。道場内ではそれぞれ相手を探して指してみる。 「将棋の真剣師? まあ、奴らにもいろいろいるわな」 「どのように違うのですか?」 サラファは知り合った中年男性から賭け将棋の世界についてを教えてもらう。 素人に毛が生えた程度の指し手を演じて相手からかもるのが一般的。もしくは盤を並べて一度にたくさんの者と対局したり、手合割といって自前の駒をいくつか落として勝負をする真剣師もいる。稀だが強い真剣師としか勝負をしない者もいるようだ。 喝破がこの遊界にいるといった噂を中年男性は知っていた。それらしき人物を見かけたこともある。だが対局を観たことはないという。 「ではどうやって将棋の勝負を?」 「おそらく喝破は強いと評した棋士とだけやっているんだろうさ。こういう衆目の場じゃなくて静かなところでな」 サラファは中年男性に負けたが重要な情報を得た。 少し離れて西中島も青年と将棋に興じていた。話題はそのものずばり喝破についてである。 「知っているのか? 喝破とはどのような人物なのだ?」 「強いらしいねぇ。俺も喝破だと噂のある男に声をかけてみたんだけどさ。振られちまったよ。奴はこういう場に現れて対局を見ては強い相手を探すらしい。つまり、俺は喝破のお眼鏡にはかからなかったってことだな」 西中島も重要な情報を得た。人相については噂通りとらえどころのない顔のようで手応えは感じられなかった。目は、鼻は、口はと一つずつ質問してみても、どれも普通と返ってきてしまう。 サラファや西中島よりも早く一局を終えた此花咲は、他の対局を鑑賞しようとしていた。 「あ、すみません」 「いや、こっちこそ」 此花咲はある男の隣に座ろうとして非常に長い刀の鞘へと膝をぶつけてしまう。 (「もしかして‥‥この人物が喝破さん?」) 此花咲は隣の男をそっと横目で眺めた。 事前の情報通り、ひげ面で非常にだらしない印象。歳は三十台。中肉中背で容姿は普通過ぎるほど普通。両手を長い袖の中に隠している。そして何よりも特徴的なのが畳に置かれた長い刀だ。 対局していたのは四十歳前後といった男性と十三、四歳辺りの少年。回りの囁き声からすると男性はかなりの強者で有名なようである。その男性と互角に指している少年に注目が集まっていた。 此花咲は喝破に話しかけようとしたものの、盤上が白熱していてそれどころの雰囲気ではなかった。機会を見てその場を離れた此花咲は西中島とサラファに喝破らしき人物を発見したことを告げる。 注目の対局は男性が投了して少年の勝ちで終わった。 「いない‥‥?」 人集りが散ると喝破の姿は消えていた。此花咲、サラファ、西中島は急いで周囲も探してみたが喝破の姿は見つからなかった。 ●相談 夜の帳が下り、開拓者達は全員が宿の一室に集合していた。 「みなさんの話を聞く限り、喝破さんは強い棋士としかやらないようですね。それにかなりの大食漢のようです」 紙木城 遥平(ia0562)はもし賭け事で喝破を誘うのならば本将棋以外でと考えていた。だがそもそも勝負してもらえない危惧を抱く。 開拓者達は作戦を練り直す必要に迫られた。 「どうしたものか‥‥‥‥!」 西中島にはある考えが浮かんだ。 それはそれとして喝破をもう一度探し出さなくてはならない。喝破がいそうな場所といえば将棋道場か食事処なので明日は二手に分かれることにする。 「あの少年に声をかけてみますか」 「それがよいと思います」 サラファと此花咲は喝破が注目していた少年棋士にも接触してみようと考えていた。 ●喝破 遊界に到着して二日目。 水波、将門、西中島、宿奈芳純は探しだしてまもなく食事処で喝破らしき人物を見つける。丼飯をかっ食らっていた。 「昨日の人物に間違いないな」 西中島は実際に顔を見たことがあるので間違いはなかった。肝心なのは本当に喝破なのかだ。 「こちらよろしいかしら」 「構わんよ」 水波が相席を頼んでその場の開拓者全員が喝破らしき人物と一緒の卓を囲んだ。 喝破が食べ終わった頃を見計らって宿奈芳純が話しかける。 「人違いならすみません。もしかして刀鍛冶で有名な長曽禰喝破様でしょうか?」 「いかにも」 喝破は本人だとあっさりと認めた。 「実は俺達、将棋好きな巨勢王の依頼でやってきた。刀と将棋に惹かれる者同士、興味があるんだそうだ。見た目はごついが道理の分かる御仁だ。会ってみてはくれないか?」 将門の話しを聞きながら喝破が湯飲みの茶を喉に流す。 「残念だが今は将棋で頭の中がいっぱいでな」 「それはあの少年のことだろうか? 昨日、平手戦であの強い男に勝った少年棋士」 喝破の顔色が西中島の言葉で変わった。将門、宿奈芳純、水波も察しがつく。 宿奈芳純は喝破の説得を仲間達に任せて一足先に食事処を後にした。人魂で連絡をとるつもりであったが将棋道場は離れていてそれは難しい。志体持ちの足の速さで伝えに向かうのだった。 ●少年棋士 紙木城、此花咲、蒼井御子、サラファの四名は宿奈芳純から喝破が見つかったとの報を将棋道場内で受ける。 喝破を説得するにはまだ足りないものがあった。それが強い棋士の存在だ。すでに手は打っており、蒼井御子が今指している相手が話題の少年棋士『良吉』であった。 「良吉さんは賭けはしないんだね。遊界は賭博の町なのに」 「腕試しで来てるだけだから。地元だともう僕より強いのは親父だけなんだよ」 蒼井御子は良吉に六枚落ちで相手をしてもらう。その間にいろいろと事情を聞いたがすぐに勝負はつく。 次は此花咲の番である。 「実はお願いしたことがあるんですよ」 此花咲は良吉に喝破と勝負をしてみたくはないかと持ちかけた。だが実は昨日のうちに良吉はすでに喝破から勝負を挑まれていた。しかし断ったという。 「僕も喝破さんと指してみたい気持ちはあります。ただ賭けをしないと本気になれないというのでお断りしました」 良吉は賭け事そのものが嫌いではなかった。ただ賭ける持ち合わせがなく、また賭けなければ本気になれないといった考えが理解出来なかった。 此花咲との一局が終わると紙木城と宿奈芳純も良吉に話しかける。 「強い良吉さんなら喝破さんも楽しんでもらえるでしょうね」 紙木城は昨晩のうちに仲間達から了承をとっておいたことがあった。将棋勝負に持ち込むとしても巨勢王との面会は賭けないことをだ。将棋勝負を通じて喝破との繋がりさえ出来れば後は説得次第でどうにでもなると考えたのである。 「お金は私達がすべて用意しますので勝負を受けてはもらえませんか?」 宿奈芳純は喝破に借金があった時には肩代わりしてもよいと巨勢王に話をつけてあった。そのお金を転用すれば問題がない。また臨機応変の必要経費として認められるはずである。 「そうですね‥‥」 「ではこちらで決めませんか?」 考え込む良吉を前にしてサラファが歩兵の駒五枚を手にとった。将棋では先手後手を振り駒で決める。表が多ければ受けるという約束でサラファは駒を振った。 このくらいはご愛敬ということでサラファはモイライを使う。盤上に投げられた歩兵は表が四枚となった。 「せっかくの機会ですので」 良吉は喝破との一局を了承するのだった。 ●喝破対良吉 開拓者達は将棋勝負の場として高級宿の奥座敷を用意した。とても静かな場所で双方とも満足してくれたようである。 「昨日は嬉しすぎてあまりよく眠れなかった」 「僕の方こそ胸をお借りします」 早朝、喝破と良吉による一番勝負は始まった。先手は振り駒によって良吉から。 持ち時間は特に決められていなかったが最大二時間程度で一手が指される。早い展開もあれば遅い時も。勝負は三日に渡って続けられた。 一般で指される将棋ではここまで時間をかけはしない。喝破と良吉が本気であり、また全力で指したいといった気持ちがそうさせたといえる。 対局者の食事時、また就寝時に開拓者達は次の一手を書き記した封じ手を預かった。 「ありません。ありがとう御座いました」 三日目の深夜、蝋燭の灯りの中。良吉の投了によって勝敗は決するのだった。 ●此隅へ 喝破と開拓者達を乗せた旅客飛空船が武天の都、此隅へと飛び立つ。 良吉との勝負を仲介してくれた開拓者達に感謝し、喝破が巨勢王との面会を了承してくれたのである。 「巨勢王か。先代は会っていたはずだが」 喝破は余興としてならと将棋盤を開拓者の人数分並べて全員と同時に指す。 「将棋では負けましたがタロットで勝負をしませんか。此隅での食事を賭けて」 「わかった。そちらも負けんぞ」 サラファはタロットを使った勝負を喝破と約束する。 「あっという間に負けちゃったケド‥‥、ちょっとだけ見せて」 「いいぞ。但し、刃には触らんようにな」 蒼井御子は鞘から抜いた喝破の刀を見せてもらった。素人目にも造りから質実剛健さがよくわかる。 「俺にも見せてくれ‥‥」 勝負がついた西中島も刀を鑑賞させてもらう。さすが虎徹で有名な一門の物だけあると呻る西中島だ。 「謝らなければならないことがあります。借金があるのではないかと将棋の腕を見くびっておりました」 「気にしないでいい。こうして儲けさせてもらったんだからな。それにして良吉は強かったな。二年もすれば勝てなくなりそうだ」 宿奈芳純と喝破は多くの雑談を交わす。 「質草として一時逆転屋に預けた鍔とはどのような?」 「その鍔はこの刀のものではない」 水波に望まれて喝破が袖の中から刀の鍔を取り出した。 それは非常に年代物で初代の作とされているもの。つまり長曽禰興里の作。価値を理解していた辺り、逆転屋の主人はただのうさんくさい人物ではなさそうである。 「やはり敵いませんね」 「思慮深さはなかなかのものだ‥‥。偉そうに聞こえたらすまんな」 紙木城と喝破の勝負はかなりもつれたものとなる。 「流石なのですよ‥。巨勢王がお呼びしたくなるのも頷けるのです」 「王が将棋好きなのは知っていたが、どの程度の腕前なのか」 此花咲は守りに徹することで喝破の腕を確かめる。一言でいえば先手必勝の指し方。ただ最低限の守りも忘れてはいなかった。 「下手の横好きとは謙遜だな」 「いやいや、全力で勝負したが‥‥敵わなかったな」 最後まで喝破と指したのは将門。その後も時間潰しにと船内で二局を指すこととなる。 此隅に到着した喝破は登城して巨勢王と目通りした。開拓者達は巨勢王と喝破の将棋勝負を待たずして神楽の都へと戻るのであった。 |