空の護り 〜巨勢王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/17 19:37



■オープニング本文

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 シノビらしき賊等に襲われた武天の王、巨勢宗禅の幼い娘『綾姫』。
 調査を進めてゆくうちに彼女が持つ母の形見である宝珠を賊が奪おうとしていたのではないかという推測が成り立った。
 お守りの宝珠によって投影された地図がどこかを確かめる為に調査が行われる。
 過程で地図の真実を確かめようとする別の集団の存在が浮かび上がる。綾姫を襲った賊と考えられ、また巨勢王側の情報が筒抜けになっているとの疑いが濃厚となった。
 蔵書家の矢文遠野が所有していた文献『古地遙々』は、屋敷を襲撃した賊によって奪われた。しかし開拓者の機転で一部の頁は残る。照らし合わせてみると宝珠の地図は理穴のどこかだと判明する。宝珠の投影で浮かび上がる地図と表記の一部が一致したのである。
 これまで経緯から巨勢王臣下の中に裏切り者がいる可能性が大いに膨らんでいた。そこで巨勢王は絶対の信頼を置く臣下のみに開拓者達の調査結果を精査させる。
 しばらくして巨勢王と綾姫に報告があがった。それによれば地図が指し示していた位置はすでに魔の森へと飲み込まれた周辺であるという。
 調査続行を諦めようとした矢先に一報が入る。
 以前の緑茂の戦いによって魔の森との境界線が押し戻され、おかげで瘴気の一帯から外れて現在は立ち寄る事が可能になっていた。
 開拓者達は巨勢王の命によって理穴東部にある『仁良』の町跡へと赴いた。そして長く隠されていた鉱山だったことを突き止める。
 亡くなった巨勢王の妻、綾姫の母でもある『紅楓』は、理穴の王族『儀弐家』の血筋。お守りの宝珠に莫大な財宝の隠し場所が隠されていたとしても不思議はなかった。
 鉱山の奥に存在していたのは精錬された金ではなく、地下水脈によって自然に堆積した砂金。その量は半端なものではなかった。
 仁良は隠し鉱山と同時に罪人を集めた労働収容所の意味合いを持っていた。そのことを謎のシノビの首魁女によって告げられた綾姫は驚きを隠せなかった。母の形見であるお守りの宝珠は首魁女の先祖が儀弐家に贈ったものだという。それが巡って綾姫の手元にあると。実際、首魁女も対となる宝珠を所有。鉱山の奥に二つの宝珠が辿り着くと砂金が開放される仕掛けになっていたのである。
 生還後、綾姫と開拓者は巨勢王にすべてを話す。巨勢王は理穴の王『儀弐重音』に連絡をとった。そこでかつて仁良の管理を任されていた氏族が『鳥島家』だと判明する。
 すでに鳥島の家系は途絶えていた。果たして首魁の女が本当に鳥島家の末裔であるのかには疑問が残るものの、それを否定する証拠もなかった。仮に『鳥島シノビ』と呼ぶことになる。
 未だ砂金が眠る鉱山ならば管理しなければならない。
 責任者として武天側から巨勢王の娘『綾姫』、理穴側から『鈴鳴御代』という名の少女が派遣された。
 ぎくしゃくとした関係の『武天隊』と『理穴隊』が護る最中、鳥島シノビの首魁の女は策を用いてシノビの多勢と共に鉱山へ潜り込もうとする。しかし失敗。何も得られずに仁良を立ち去った。
 それからしばらくして人員と設備が整い、鉱山奥から砂金が地上へと運ばれる。
 砂金を分配する比率は理穴七に対して武天が三。武天側が不利なようだが後に理穴側が武天建造の飛空船を購入することが決められていた。アヤカシへの対策として武天からはすでに理穴へと派兵が行われているのでその一環といえる。
 近く仁良から空中輸送の第一陣が理穴の首都、奏生へ向けて飛び立つのだが懸案があった。
 大型飛空船に砂金を載せて運ぶのだが重量のせいで遅くしか飛べなかった。無理をすれば姿勢を崩して落下しかねない。往復の回数を増やす案が出されたものの、その方がより空賊に襲われやすいといって却下された。
「ここは万全を期そうぞ」
 綾姫の希望で輸送用の大型飛空船に開拓者を乗船させることになる。
 無事、砂金は奏生まで届けられるのか。今の時点では誰も知る由もなかった。


■参加者一覧
紙木城 遥平(ia0562
19歳・男・巫
水波(ia1360
18歳・女・巫
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
西中島 導仁(ia9595
25歳・男・サ
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
将門(ib1770
25歳・男・サ
蒼井 御子(ib4444
11歳・女・吟
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ


■リプレイ本文

●空の移動
 かつて鉱山町であった理穴東部の仁良から浮かび上がる巨体。
 それこそ武天所属の大型飛空船『不可思議』。通常、国王・巨勢宗禅が座とする飛空船なのだが、娘を案じて今回輸送用に使われることになったのである。
 武天最強の飛空船『不可思議』だが比重のある砂金を大量運搬するには慎重を要す。船体を安定させて空中輸送するためには速度を落とさなければならなかったからである。護衛の中型飛空船四隻を含めた船団で一路、首都の奏生を目指した。
「何をしているのじゃ?」
「姫様、船内通路の再確認をしていたのです」
 艦橋で綾姫が地図を眺めていた紙木城 遥平(ia0562)に声をかける。離陸前に船内を一通り探検した紙木城だが今一度復習していた。
 朋友の鬼火玉・小右衛門は操船の邪魔にならないところで宙を漂う。輝く宝珠は設置されていたがより明るくなって結構船員から重宝がられていた。
 紙木城の他にも艦橋に開拓者の姿はあった。綾姫に今後の相談を持ちかけた鈴木 透子(ia5664)もその一人だ。
「もし、砂金が奪われたときは引き返しますか? そのまま理穴に向かわれますか?」
「砂金がすべて奪われる事態があるとすれば、この不可思議が乗っ取られたときじゃろうな。または墜落させられて後に回収されるといった感じじゃな」
 戦闘が勃発した混乱の中でわずかでも砂金が奪われたとすれば仁良に引き返すつもりだと、綾姫は鈴木透子に答える。
 将門(ib1770)は綾姫と鈴木透子のやり取りを聞きながら考えを巡らす。
(「敵が襲ってくるとすればどの辺りになる?」)
 将門が机に目をやると理穴を中心とした地図が広がっていた。いくつかの経路の中で綾姫が選択したのが北方向ルート。主に海の上空を飛ぶ航路だ。
 陸の上空を飛行するのと比べて利点欠点どちらもある。綾姫が重要視したのは理穴国土への被害を最小限に留めること。他国での行動はより慎重さが求められた。
 その頃、水波(ia1360)は砂金が収容されている船倉にあった。
 砂金は量られた上で小分けにされて袋に詰められている。それらをまとめた袋がさらに木箱へと収められていた。木箱は鉄枠で補強された非常に頑丈なものである。
「これで大丈夫でしょう」
 水波は糸と鈴で作った鳴子を張り巡らせ終わる。不可思議は大型なので揺れは比較的少ないが、あまりに敏感だと常に鳴りっぱなしになるので反応の鈍い鈴を使った。
 当初は外部との開放部に取り付けるつもりだったが、それでは運行に支障をきたすので綾姫の許可は下りなかったのである。伝声管については重要な三個所の鈴の音が艦橋に届くように工夫がなされていた。
 ライ・ネック(ib5781)は忍犬・ルプスを連れて窓などの開放部の安全点検をして回っていた。さらに実行していたのが船員に匂い袋を少しだけ持ってもらう下準備だ。
「こちらを五つ数える間だけ首に当ててもらえますか?」
「いいけどどんな意味があるんだ?」
 袋の匂いは人が感じにくいものだ。しかし鼻が敏感な犬は別。ましてや絶対嗅覚を持つ犬ならはっきりとわかるものである。
 蒼井 御子(ib4444)は精霊砲の砲撃手達との会議を開いていた。
「一射目は、威嚇を含めて弾幕を貼る為に斉射。その後は、龍に乗ってこちらを狙う相手については、こっちから狙わず、指揮を執る相手や、相手の船を狙った砲撃をお願いするよ」
 時間の許す限り意志疎通を図る。戦闘が起こったのなら自ら赴くつもりなので、念入りに砲撃手達と話し合った蒼井御子であった。
 肌寒い甲板で見張りをしていたのはフェンリエッタ(ib0018)。
 大空を飛翔する朋友の迅鷹・ブランスィーカと共に怪しい存在が近づいていないかを注意していた。
(「船ごとの砂金奪取や撃墜されぬよう船を守らないと‥‥」)
 フェンリエッタは大きく腕を動かして迅鷹・ブランスィーカに指示を出す。
 現在、不可思議は雲の上を飛行中である。中途半端な高度だと上と下のどちらにも注意を向けなければならないからだ。頭上を無視するわけではないのだが下方に集中出来る利点は大きかった。
 一番危惧しなければならないのは雲を隠れ蓑にして接近を試みてくる空賊の存在だ。フェンリエッタは厚い雲を対して特に眼を凝らす。怪しいと感じたならブランスィーカに突入させてみる。
 綾姫のおかげで兵の何名かはフェンリエッタの指揮下にあり、死角がないよう警戒が続けられた。
 甲板下の格納庫には西中島 導仁(ia9595)とフレイア(ib0257)の姿がある。
「私たちにとっても鳥島シノビにとっても正念場ですね」
「まったくだ。おっと、そろそろ時間だな。行って来る」
 フレイアに軽く手を振った西中島が炎龍・獅皇吼烈の背に乗って甲板へと移動。そして大空へと飛び立つ。
「交代の時間だ」
「了解だよ。綾姫ちゃんに報告してくるね!」
 西中島が炎龍・チェンタウロを駆るリィムナ・ピサレット(ib5201)に並んで話しかけた。役割を交代してリィムナは格納庫へと戻る。
「チェン太、ちょっと待っててね!」
 リィムナは炎龍・チェンタウロに乗ったまま伝声管で綾姫に状況報告をする。すぐ近くでフレイアも報告を耳ににしていた。
「お疲れさまでした」
「うん! お休み!」
 フレイアと挨拶したリィムナは格納庫に併設されている休憩室で眠りに就いた。炎龍・チェンタウロも敷かれた藁の上で丸まって瞼を閉じる。
 鳥島シノビの襲来を警戒しながらも体力の維持を心がける開拓者達であった。

●敵襲
 夜の帳が下りても船団は着水せずに飛行を続けた。
 雲の上なので星明かりは常に降り注いでいる。さすがに日中のようにはいなかったが視界は確保されていた。
「敵です! 下方からグライダーが!」
 迅鷹・ブランスィーカを肩に乗せたフェンリエッタが甲板設置の伝声管に飛びついて報告する。敵は雲海を潜行し、間近まで迫っていたのである。
「現在、八、九、十‥‥、まだまだ増えていますわ」
 甲板から身を乗り出した水波が状況の変化を言葉にする。それらもすべてフェンリエッタを通じて艦橋へと伝えられた。
「戦闘態勢をとるのじゃ! 龍騎兵は発進せよ!」
 襲撃の一報を寝室で聞いた綾姫は着替えながら指示を出す。指示は銅鑼によって全船に敵襲が伝えられる。
 綾姫がお付きの者と一緒に廊下へ出ると紙木城と将門が待っていた。
「僕達は万が一に備えさせて頂きます。さあ、こちらへ」
「おそらく鳥島シノビの残党だな。やはり来たか」
 紙木城と将門は綾姫を守りながら艦橋へと案内した。
「細かい状況を教えるのじゃ」
「はい。こちらに」
 椅子へと腰掛けた綾姫へと甲板からの情報をまとめた紙を伝声管係が手渡す。その様子を見て紙木城と将門は安心した。やはり綾姫には度量があると。
 襲撃のグライダーに取り付けられていた旗印から敵は鳥島シノビだと断定される。
「綾姫様の射撃許可があるまで体勢維持のまま!」
 今のところ蒼井御子は精霊砲が並ぶ左側面通路に待機していた。実際に射撃が始まったのなら甲板へと移動するつもりであった。
(「怪しい動きをしている者は‥‥」)
 ライは忍犬・ルプスと共に三個所存在する宝珠・機関室を周回警備中。まだ鳥島シノビの息が掛かった者が忍び込んでいるかも知れず、油断は禁物だったからだ。
 龍騎兵と共に開拓者四名も朋友の背に乗って夜空へと飛び立っていた。現在は護衛の中型飛空船四隻の護りのおかげで不可思議まで攻撃はほとんど届いてない状況だ。
「飛空船での正面攻勢ではなく、奇襲してきたということは‥‥」
 鈴木透子は駿龍・蝉丸の背中で鳥島シノビが打つであろう次の一手に考えを巡らす。宝珠・機関室を狙い打ちするつもりかも知れないが現実的ではない。不可思議を含めた戦力に正面から対抗するのは無謀。船に強硬突入しての乗っ取り、または積載されている砂金の投棄が現実的だ。
「不可思議から離れるのは愚策だからな」
 西中島は護衛船の護りをかいくぐっていた敵・グライダーを真空刃で追いつめる。炎龍・獅皇吼烈を駆って突っ込んで墜落させていった。
「ここは一つ、先手を打つべきですね」
「雲に隠れているとすれば敵しかいないよ!」
 フレイアとリィムナはそれぞれの龍を駆って不可思議の船底下へ潜ると魔杖を掲げた。
 そして眼下の雲海に放ったのがメテオストライク。火球が雲に沈み込む。わずかな時間差をもって爆発の輝きを放つ。
 鳥島シノビのグライダー隊の他に龍騎の敵も混じり始めた。精霊砲、または弓術師による矢の雨が敵の上空に降り注げられる。
 それらを潜り抜けた敵に対しては味方の龍騎兵も立ち向かう。
「‥‥鳥島シノビの動きはこの不可思議への突入に絞ったとみてよいじゃろう。乗っ取れたのなら御の字。無理な場合は墜落させる算段あたりか。双方、どう思う?」
 しばらく黙って事態を見守っていた艦橋の綾姫が紙木城と将門に話しかける。
「雲の中に温存の伏兵飛空船が隠れている危険もありますが‥‥」
「不可思議はあまりゆっくりとしか飛べない状況だからな。そうなると厄介だ」
 言葉のやり取りは頭を活性化させて考えをまとめやすくしてくれる。紙木城、将門のおかげで綾姫は次の一手を導き出す。
 引き離せないとすれば、すべての敵を墜とすか撤退を余儀なくさせるしか方法はない。雲中に伏兵の飛空船が忍んでいるとすれば護衛の四隻に対抗させればよい。不可思議が採るべき行動は別にあった。
 綾姫の新たな命令が下って武天・理穴共闘船団は緻密な連携を始める。
 護衛の中型飛空船四隻は精霊砲と弓矢で鳥島シノビのグライダーや龍を撃墜しながらも手に余る分は無理をせずわざと見逃す。当然、それらは不可思議に集った。
 不可思議の遠隔攻撃担当者達は綾姫の命令によって不用意な個所から敵に船内へと忍び込まれないことだけに専念する。それさえ守り通せれば逃してしまっても構わなかった。何故なら他に潜入可能なのは上部甲板周辺のみ。そこは鉄壁の開拓者と兵が待ちかまえていた。

(「ここは頑張らなくてはね」)
 敵龍の爪が自らを襲うのをフェンリエッタは静かな佇まいで見上げていた。
 何もしていなかった訳ではない。両手で構えていたのは『太刀「阿修羅」』。振り上げた切っ先が桜色の燐光を纏わせながら龍爪と激突して火花を散らす。
 敵の勢いで押されて身体ごと後ろにずれたものの、転ぶことなく耐えて視線は敵龍を捉えたまま。逆に敵龍は右翼を甲板へと接触させて失速し、身体を捻りながら墜落する。迅鷹・ブランスィーカが龍の背で操っていた鳥島シノビへと風斬波をぶつけてくれたおかげでもある。
 フェンリエッタはすかさず龍から転げ落ちた賊に向けて桔梗のカマイタチを突いた。賊の戦闘不能を確認すると次を探すために振り向く。
「アスカ?」
 迅鷹・ブランスィーカをフェンリエッタはそう呼んでいた。
 敵を見つけたようで迅鷹・ブランスィーカは甲板間近を滑空している。フェンリエッタは追いかけて新たな敵と対峙するのだった。

「さって、ツキ? 一仕事してもらうよ?」
 甲板の端に立った蒼井御子は周囲に味方がいないのを確かめる。自分から一定の距離を保ち戦って欲しいと言い聞かせてから迅鷹・ツキを夜空へと放つ。また仲間が近づいてきたのなら鳴いて知らせて欲しいとも。
 蒼井御子は胸元で詩聖の竪琴を構えて重力の爆音を奏でた。
 重低音の衝撃に捉えられた敵龍が軌道を乱して背面飛行状態。グライダーを駆る鳥島シノビもまた操縦不能となる。
 敵が墜ちる先は雲海へ。甲板に残ると後々厄介だからだ。船内に突入されたら大変である。強硬着艦されそうになっても迅鷹・ツキが風斬波で弾いてくれるのだった。

「兵の解毒も終わりましたし、今のところ優勢のようですね」
 甲板で戦う味方に治療を施していた水波は駿龍・驟雨へと飛び乗った。
「しばらく持ち堪えられそうなので空中で戦う仲間を癒してきます」
 水波が手綱をしならせると駿龍・驟雨が大きく翼を羽ばたかせた。一気に宙へと舞って誰よりも高くに位置する。そして予め決めておいた間隔で呼子笛を吹き鳴らし、空中戦の仲間達を集結させた。
「皆様、わたくしの周囲に集まってもらえるでしょうか」
「頼む!」
 輝く水波は空中戦で傷ついた仲間を閃癒の輝きで癒す。
 それからしばらく破魔弓による遠隔攻撃で仲間達を支援。練力を効率的に使用して全体戦力の維持を心がける水波であった。

 外部への警戒故に手薄になってしまった船内を巡回していたのがライである。
「匂いはあるのですね?」
 小声でライが訊ねると忍犬・ルプスは頷いて答えた。妙な動きをしている者を見つけて離れたところから注視していたのである。
 浮上用宝珠が並ぶ機関室用の人員だが任された場所から離れてばかり。ちなみに理穴隊からの参加者だ。
 袋の匂いは残っているようなので鳥島シノビだとしても以前から潜り込んでいたのだろう。そのような例はすでにいくつもあった。
 怪しい船員が宝珠を固定する支柱近くに何かを忍び込ませると廊下に向かって駆けだす。
「どこへ行くのです?」
「は、放せ!!」
 跳躍したライは怪しい船員に足を引っかけて転ばせた。這ってでも逃げようとする船員の姿に事態の緊急性を感じ取る。
「ルプス! この男が隠したあれを私に!」
 ライの求めに忍犬・ルプスが全力で探した。すぐに見つけて怪しい船員が隠したと思われる品物を口に銜える。その間にライは船員の片足を踏んで折り、みぞうちを強打して身動きを封じた。
 ライは即座に廊下をひた走った。追いついた忍犬・ルプスが銜える筒からは煙が立ち上っていた。
 爆薬だと判断したライは壁の突起を利用して天井へと駆け上る。そして空気採り入れ用の小窓をこじ開けた。
 跳ねた忍犬・ルプスから筒を受け取ると全力の投げで外へ。次の瞬間、爆音が轟くのだった。

 炎龍・獅皇吼烈が吐いた火炎が夜空を焦がす。さらに騎乗の西中島が放つ刃が鳥島シノビを奈落の底へと追いやった。
「あれは?!」
 不可思議の船底を狙おうとする敵龍目がけて急降下。西中島は獅皇吼烈の背に身体を伏せた。今の距離では咆哮が使えなかったからである。
「獅皇吼烈、行くぞ!」
 炎を全身に纏った炎龍・獅皇吼烈は勢いのまま敵龍を弾いた。そして西中島の刀が龍騎していた鳥島シノビの左腕を斬って落とす。敵は撤退するしかなく、雲の中へと姿を消していった。
「戦場は久々だったが、鈍ってなかったな?」
 西中島が声をかけると獅皇吼烈は振り返る。その不服そうな顔を見て野暮な質問だったと反省する西中島だ。
 それから数分後、鳥島シノビの龍やグライダーを積載していたと思われる中型飛空船六隻が雲海の中から浮上してきた。
「このタイミングからすると‥‥奇襲しようと待ちかまえていたものの、痺れをきらせて現れたといった感じですわね」
 炎龍・イェルムの背に立ったフレイアは魔杖「ドラコアーテム」を掲げてメテオストライクを放った。火球が雲海をかき分けながら敵飛空船・壱に命中。一気に膨らんで爆散する。
 フレイアと殆ど同時期に敵飛空船・弐へとメテオストライクをぶつけたのはリィムナだ。とはいえフレイアとは攻撃した目的が違った。不可思議に特攻しようとしていた敵飛空船・弐の軌道軸を変えさせたのである。
「行くよ! チェン太! 綾姫ちゃんも砂金も守ってみせるんだから!」
 リィムナは敵飛空船・弐へと近づいてさらなる攻撃を仕掛けた。炎龍・チェンタウロの鋭い爪が推進部の壁へと深く食い込む。そして魔杖「ドラコアーテム」から放たれた吹雪で銃撃してきた鳥島シノビの者達をまとめて圧してゆく。
「もう少しで敵も撤退するはずです。頑張りましょう、蝉丸」
 鈴木透子は駿龍・蝉丸を駆って味方に力を貸していた。特に不可思議から弓矢を放つ理穴の弓術師達を支援する。
 死角へと潜り込もうとする敵には駿龍の速さを生かして行かせない。時には魂喰で式を打ち、鳥島シノビを恐怖させて退かせた。
 乱戦の中、疲労が蓄積すれば隙も生じる。そうなれば屈強な者でも怪我を負うこともある。
「これで癒せるのは最後になるでしょう」
 輝く水波が練力を振り絞って閃癒によって仲間達を回復させた。
 龍を駆る開拓者達が敵中型飛空船六隻を抑え込んでいる間に味方の護衛中型飛空船二隻が現れる。協力して一気に敵殲滅を図った。
 敵の飛空船六隻は本来ならば不可思議に止めを刺す為の戦力であったろう。しかし先攻の龍やグライダーの不甲斐なさは敵にとって大いに当てが外れたはずである。
 元々潜り込ませてあった間者は別にして、不可思議への侵入に成功した鳥島シノビは一人としていなかった。

「もうすぐ片が付きそうじゃの」
 艦橋の綾姫は各方面の報告から状況を判断して安堵のため息をついた。
 戦況は優勢。
 敵飛空船六隻のうち四隻を轟沈。鳥島シノビが駆っていたグライダーや龍はもう不可思議の周囲には飛んでいなかった。
 このままなら大丈夫だと綾姫が考えていた矢先、目前で事態が急変した。
「もろともだ!」
 艦橋内の一人が突然に隠し持っていた短銃を発砲。主操縦士が流血に染まりながら両腕を床へと垂らす。
 不可思議は姿勢を崩して酷く傾きながら落下を開始。雲海へとその巨体を沈ませた。
「紙木! 操縦は任せた!」
 将門は各部にしがみつきながらも激しく揺れる艦橋内を移動した。鬼火玉・小右衛門はそこらにぶつかりながらも明るくなるよう気を利かせて輝きを増す。
 将門は苦労しながらも発砲の犯人に詰め寄った。刹那のところで毒を自ら飲もうとした犯人の手を払って阻止。生かしたまま犯人を捕らえる。
「右横にある装置を見るのじゃ! 紐のついた錘が図案の中央を指すようになれば水平になったということじゃ!!」
「こ‥‥これですね」
 紙木城は操縦席まで辿り着いて操縦桿を握りしめた。よくはわからなかったものの動かしているうちに何となく理解する。海面に激突する前に無事不可思議を立て直す。
 幸い主操縦士は一命を取り留めるのだった。

●そして
 翌朝、不可思議を中心とした船団は理穴の首都、奏生へと着陸する。大量の砂金は無事届けられた。
「これで父様の面目も保たれたのじゃ」
 感謝した綾姫は開拓者達を武天の都、此隅の城へと招いて歓迎する。疲れを完全に癒した後で神楽の都へと戻る開拓者一同であった。