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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。 帝都の名は朱春。 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位に就き、今はまだ十四歳の少年である。 「これじゃあ‥‥いくら獲っても獲っても、暮らしていけねぇだよ」 漁から帰ってきた初老の男が地面へと膝をつけて頭を垂れる。初老の男を囲む村人達の表情も沈んでいた。 そこは『涼明』と呼ばれる湖畔の地域。湖で獲れるのは朽葉蟹。 泰国の河川や湖などの淡水に広く生息するその蟹は名物である。冬は特に美味しい季節とされ、今頃から書き入れ時といってよい。 ところがつい先程、管轄する役人からの達しがしたためられた看板が漁師が住む地域に立てられた。それによれば収穫した蟹による収益のうち、六割を収めなければならないという。船や網などの維持費、仲買への手数料に加えて六割を持っていかれると手元に残るのはほんのわずかだ。それでも漁師達は朽葉蟹の漁へ出かけるしか生きる術を持っていなかった。 泰国の帝都、朱春にある天帝宮。 (「ああ‥‥早く食べたいなあ‥‥」) 青の間で絵筆を握っていた春華王は次の旅先に思いを馳せていた。 飛空船は使わず、久しぶりに泰国内を徒歩で回ってみようと立てた計画の行き先は朽葉蟹で有名な涼明。冬は美味しい季節である。 特に酒蒸しにした朽葉蟹は絶品で春華王も大好物だ。 そんな春華王だがこの時点では何も知らなかった。中央の意向から外れた暴走が現地で行われているのを。 |
■参加者一覧
紅(ia0165)
20歳・女・志
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
奈良柴 ミレイ(ia9601)
17歳・女・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朱華(ib1944)
19歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●到着 夕暮れ時の街道。常春一行は湖沿岸の町『涼明』へ辿り着けずに少々焦っていた。 「もうすぐのはずなんだけど。もしかして迷ったかな」 常春が歩きながら丸めていた地図を開く。 「ダメじゃん?」 そういいながらも奈良柴 ミレイ(ia9601)はぼんやりと輝くランタンで常春の手元を明るくする。 老舗お茶問屋『深茶屋』の御曹司の常春の正体は泰国の春華王。この事実は開拓者達にも内緒である。 「迷ってないよ〜〜。ここからだと湖が見えるにゃ♪」 街道脇に並ぶ大木に登ったパラーリア・ゲラー(ia9712)は遠くを望む。薄暗い赤みの景色に湖が広がっていた。丘を一つ越えると誰でも湖が一望出来るようになる。 「ここに看板があるな。どれどれ――」 紅(ia0165)が道ばたの立て看板に書かれてあった内容を読んだ。涼明まで後二十分と記されていた。 「俺、先に行って宿を探しておくよっ! あ、もちろん蟹料理の店もな!」 「待て、荷物は俺が運んでやる」 ルオウ(ia2445)は朱華(ib1944)に荷物を預けると街道を駆けていった。 一行が涼明に辿り着いた頃はすでに宵の口である。街道と涼明内の往来が繋がる辺りで待っていたルオウと合流する。 宿の予約はとれたとの事なので一行が先に寄ったのは朽葉蟹料理を出す飯店。並ぶ卓二つに分かれて全員が座る。 壁に貼られているお品書きから適当に選んでしばらくお喋りをしていると、女性給仕が料理を運んできた。 「蟹は美味しいけど、食べづらくて‥ちょっと苦手。いつも兄様達が取ってくれてたから‥‥」 「そうなんだ。こうやれば結構簡単だよ」 常春は蟹の身の取り方を柚乃(ia0638)に教える。足下に座るもふらの八曜丸にも蟹の身のお裾分けだ。 酒も頼んで全員が朽葉蟹の料理を楽しんだ。常春も念願の酒蒸しが食べられて満足げだ。 「そういえば飛空船基地を作っているようですね。通りすがりに予定地がありましたので」 「完成したらとても便利になるね」 玲璃(ia1114)がこの地で建設中の飛空船基地に触れる。竣工されたのなら春暁号で簡単に立ち寄れると常春は微笑んだ。 「お客さん、この町で飛空船基地の話題はやめておきなよ。反感持ってるもんの方が多いんだからさ。それこそ誉めるなんてもってのほか。悪いこといわねぇから」 追加で注文した料理を運んできた給仕が小声で常春と玲璃に注意を促す。 「それはどういうことですか?」 会話が耳に入った伊崎 紫音(ia1138)は給仕に心付けを渡して事情を訊ねる。 「ここだけの話にしてくださいよ。湖を管理する役人の長に馬霧ってのがいるんですけどね――」 給仕は朽葉蟹の漁に対し六割の税がかけられた事実を語った。飛空船建設費用を捻出する為だといわれているが、言葉通りに信じている現地の者はほとんどいない。朽葉蟹を出している料理店も無理矢理の新税をかけられるのでないかと給仕は心配気味である。その内容は内緒話として順に仲間達へと伝えられてゆく。 「六割とは尋常じゃないな‥‥一揆が起こるぞ」 将門(ib1770)の呟きに誰もが同感である。 食べ終わると一行は宿へと移動して一風呂浴びてから床に就く。しかし常春は長い間、寝付けずにずっと考え込むのだった。 ●決心 「ただの観光のつもりだったんだけど、知ったからには放っておけないよ。もし私腹を肥やすためだったら許せない」 朝食の時、常春は仲間達に協力を求めた。役人の馬霧が飛空船基地建設の為に漁師達へ課している六割の苛税について調べたいと。 「常春くん、これ飲むといいにゃ」 パラーリアは笑顔で興奮気味の常春に冷たい水を手渡す。 「あ、ありがと」 「あたしも、常春くんの力になるからっ」 勧められた水を口にすると常春の肩の力がすっと抜けた。その様子にパラーリアは笑顔で頷いた。他の仲間達も次々と賛成してくれて常春は涙目になる。 「飛空船基地建設にかかる費用がどの程度のものかわかれば、おおよそ見当はつきそうだ」 紅の言葉をきっかけにして話し合いが始まり、役割分担が決められる。 馬霧の屋敷に忍び込もうと考えていたのはルオウと朱華。真っ正面から雇ってもらい、馬霧の屋敷内を探ろうとしていたのは奈良柴。 建設の費用に関する調査は紅。 柚乃、将門、伊崎紫音は全般に渡る聞き込み。常春は町の飯店を回って噂を探るつもりだ。 困窮している漁師達への聞き込みは玲璃。パラーリアも朽葉蟹の漁獲量を調べる為に漁師への聞き込みをするつもりである。 「はい、これ」 「ありがとう。綺麗な青い扇子だね」 出かける間際に奈良柴は常春に扇子「清凛」を贈る。常春のいうとおり清らかに感じられる青い扇子であった。 ●様々な費用 紅は涼明だけでなく周辺の村や集落にも足を運んで飛空船基地建設にかかる費用を調べようとした。 まずは役所を回ってみたが部外者というだけでなく土地の者ですらない紅には何一つ教えてくれない。建設工事の関係者もそうだ。関係者にとっては飛空船基地建設をお膳立ててくれた役人の馬霧は恩ある人物といってよい。たとえそれが道義として間違っていたとしてもだ。 (「聞かれて素直に教えてくれるはずもないか‥‥」) 頭を切り替えた紅はもっと末端の現場における調査を開始した。具体的には必要な材木などを建築材を用立てている業者への聞き込みだ。 判明したのは建築材の原価と市場価格、それと大まかな納品量である。請負の建築費、人件費などの調べは仲間達に任せられる。 建築中の飛空船基地の規模に対して納品された建築材の量は少し多めに推移していた。許容の範囲に収まっているものの、横流しの疑惑が残る。 問題は建築材の納品価格だ。量を集める必要があるとはいえ、市場価格の四倍の値段で推移していた。酷い物資に至っては十倍の差が生じていた。 ●漁師 湖で生活を成り立たせている漁師の元を訪ねたのが玲璃とパラーリアの二人である。それぞれの考えで様々な視点から調査を開始する。 「飛空船基地の建設が終わってしまったら‥‥また漁に戻られるのですか?」 「わかんねぇ‥‥。とにかく目先のおまんまが食べられなきゃ家族が死じまうだ。今後がどうなったとしてもよ」 玲璃の調べによれば獲ってもお金にならない蟹漁に見切りをつけて建築現場で働き始める漁師が増えていた。 玲璃は仕方なく建築現場で働いている漁師達から実労働者数を教えてもらう。現場だけで施工が成り立つはずもないが比較材料の一つにはなり得た。 「ほえ〜。たくさんの蟹さんなのにゃ」 パラーリアは湖近くにある魚市場で目を丸くする。並ぶカゴにたくさんの朽葉蟹が入っていたからである。 市の取引は一見活況に見えた。しかし課せられた重税のせいなのか市場の人々の表情は沈んでいる。 パラーリアは飛空船基地建築に反感を抱いている者から役人や土建屋が立ち寄りそうな酒場を教えてもらう。正確にいえば教えてもらったのは高級な料亭であった。 下働きの主任に金子を握らせて潜り込むとパラーリアは会合が行われた隣の部屋で聞き耳を立てる。酔いやすいように運ばれるお酒はとても強いものに変更してあった。 (「これからも漁師さんたちをいぢめるつもりだにゃ。許せないっ」) 会話の内容を全部書き留め、さらに役人と土建屋が立ち去る途中でばれないように帳簿を手に入れるパラーリアであった。 ●馬霧の屋敷 「護衛で雇ってくれって? ああ、うちでいう用心棒か。間に合ってる。帰った帰った!」 「そういわずにさ。ちょっだけ試してみれば?」 門番が奈良柴を追い返そうとしたのも無理もない。若い娘がいきなり腕っ節を買ってくれといっても、はいそうですかという者はまずいないだろう。 面倒なので奈良柴は門番の二人を軽く捻って倒してしまう。続いてやってきた用心棒の三人も伸す。 「ちょいと待ちな」 屋敷の者十名以上に取り囲まれた奈良柴に鶴の一声がかかる。門番がいっていた用心棒の頭からだ。それからいくらかのやり取りがあったものの、奈良柴は用心棒として屋敷に潜り込むのに成功した。 事態が収まった頃、屋敷の庭に球が飛び込む。球「友だち」を使って屋敷の周囲で遊ぶをふりをしていたルオウが蹴り込んだものである。 「なー頼むよ」 返してくれとルオウは傷だらけの門番に子供っぽい仕草で困らせる。仕方なく一緒に中に入れてもらい球を拾わせてもらった。 そのままおとなしく退散するが本番は日が暮れてからだ。 「へへっ、こういうのってなんかわくわくするよな」 「忍び込むには夜が一番だからな」 夜、屋敷前の通りでうごめく二つの影。ルオウと朱華だ。 「そこの門番さん。一杯やらないか」 「目障りだ。あっちへ行け!」 朱華が心眼で探っても警備に隙は見つからなかった。そこで酔っぱらったふりをして門番に絡む作戦に出た。 (「ありがとう。朱華の兄ちゃん」) その間にルオウが塀を越えて屋敷の庭へと降りる。朱華の大声は屋敷内にまで届く。 (「なんでこんなにたくさんいるんだ? こりゃへたに動けないぞ」) ルオウは縁の下で息を潜めた。一人や二人の敵なら一瞬で倒せる自信がある。しかし六人もいると倒している間に他の場所から応援を呼ばれてしまうに違いなかった。 困ったルオウだが奈良柴が二階の窓から落とした紙の束に気がつく。いくつかの証拠を手に入れた奈良柴だが、外出が許されずに悩んでいたのである。 朱華は手にしていた提灯をわざと落として塀近くに生えていた枯れ草に火を点ける。慌てて消す門番達。その騒ぎに乗じてルオウは屋敷内からの脱出に成功するのであった。 ●町の人々 「土木関係者の人って何処か近くの街に住んでたり‥‥とか?」 柚乃は涼明近郊で飛空船基地建設に携わっている人々を探していた。涼明の住人よりも距離を置いて暮らしている人々の方が事情を話してくれると考えたからである。 地域の酒場では仕事や上役に対しての悪口が飛び交う。その中で筋の通っていることを話す者達に柚乃は話しかけた。 「不正? やっているだろうな。俺達でもおかしいと感じる点は多々あるさ。とはいっても査察をしているのも役人。どうにもならないさ」 柚乃は要点を書き留めておく。仲間から得られる情報とつき合わせれば何か浮かび上がるかも知れなかった。 一つの町なのに役人と大衆の世界は完全に分けられていた。この土壌こそが今回の横暴が起きた元なのではと考える柚乃である。 涼明の飲食店を回った常春も柚乃と似たような情報を得た。 「少し話しがあるんだ。別に喧嘩しようってわけじゃないから逃げるなよ。いいか? 貴公の為だ」 将門が無理矢理訪ねたのは下っ端役人の住処。仲間達が手に入れてくれた情報にそれとなく触れておき、その上で泰国の中央が馬霧の不正暴露に動いているとかまをかける。 「このままだと一蓮托生になるぜ? いいのか?」 「それは‥‥」 証拠固めに繋がる情報を下っ端役人から得る将門だ。 伊崎紫音は馬霧に反感を持つと思われる者の屋敷を訪ねる。飛空船基地の建設から外された土木関係者である。 「たくさんの人が困っているんです。どうか、力を貸して下さい。具体的な土木の知識が必要になると思うんです」 「資料が見られれば予算に正当性があるかどうかぐらいはわかるが――」 伊崎紫音は飛空船基地建設から外された土木の親方の説得に成功するのであった。 ●大立ち回り 陽高く晴れた日の午後。馬霧の屋敷に討ち入る者達あり。門を破り、庭を突っ切って常春と開拓者達は屋敷へと歩を進めた。 「馬霧様の屋敷と知っての狼藉か! 不逞の輩め!!」 集まった屋敷の用心棒、門番、使用人に取り囲まれて常春一行は立ち止まる。 「不逞とは誰を指すのです? もしや私たちではありませんよね? 馬霧こそが泰に仇為す逆賊!! 証拠は押さえてあります! 邪魔する者あれば容赦しません!!」 常春は胸元から資料の一部を取り出して天に掲げると再び歩き始めた。 「おっと、邪魔だ。退いてくれ」 二刀流の刃を煌めかせて退かせ、さらに跳ねて敵の顎に膝蹴りを喰らわす朱華。 「きやがれぃ!」 隼人で仲間達より前に出たルオウは咆哮を使う。襲いかかってくる相手に刀を振るうが斬らずに気絶するように心がけた。 「よそ見はするな。相手は俺だ」 将門は常春が襲われそうになった時に咆哮で敵の注意を引く。 「常春くんの道をあけるにゃ」 パラーリアは構えた戦弓を即射して包囲する敵の幕をこじ開ける。 「怪我をしたくないのなら、退いて下さい」 伊崎紫音は常春の側にいて盾となった。 「少しは手応えのある敵がいたか!」 大木の上から飛び降りてきた敵の一撃を刀で受けたのは紅。身のこなしからいってすぐに志体持ちと見抜く。 「邪魔はさせない‥‥」 常春の側にいた柚乃が紅の援護として白霊弾を放つ。 敵側の志体持ちは一人ではなかった。一時膠着状態に陥るものの、やがて一行は屋敷まで辿り着く。 「大丈夫ですか。今すぐに」 玲璃は機会を計って仲間達が負った怪我を閃癒で一気に回復させる。 障子や襖を開き、蹴倒して奥へと押し進む。 「こっち」 「奈良柴さん!」 途中、屋敷内で潜入していた奈良柴と合流する。馬霧が逃げた先を知る奈良柴は屋敷内を案内してくれた。柚乃が馬霧を見つけたのは炊事場の隅であった。 「な、何なのだ! こ、こんな事をしてただですむと思っておるのか! このはな垂れ子僧め!!」 腰を抜かして地べたに尻をつけながら馬霧は常春を見上げる。その馬霧を紅が後ろ手にして捕らえた。 「飛空船基地建設における悪事の証拠は仲間達が集めてくれた。六割もの重税を守るべき民に負わせるとは‥‥情けない」 屈んだ常春は青い扇子を広げて口元を隠すようにして馬霧の耳元で囁いた。その言葉を聞いたのは馬霧のみ。 畏れおののき、青ざめた表情で震えだす馬霧であった。 ●そして 帰りにもう一度食べた朽葉蟹の味を常春は特に美味しく感じたという。 朽葉蟹にかかる六割もの重税は取り消し。 飛空船基地建設については一時中止にされたものの、労働者には一時金が支払われる。 常春一行が立ち去ってしばらく後、中央からの達しによって馬霧は失脚する。さらに一ヶ月後、飛空船基地建設が再開される。その費用は没収された馬霧の財産が宛われるのであった。 |