|
■オープニング本文 前回のリプレイを見る 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。 帝都の名は朱春。 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位に就き、今はまだ十四歳の少年である。 新たな儀『あるすてら』を発見する途中で、小さな無人島まで辿り着いたのがこの前の旅である。 主に時間的事情により引き返したが、真にあるすてらをこの目にしたいと考えていた常春こと春華王だ。しかし新たな調査項目が増えたようで探索は停滞していた。 そんな中、常春は大型飛空船『春暁号』の操船をより確かにする為の依頼を開拓者ギルドに頼んだ。 まずは開拓者だけで春暁号を操ってもらい、朱藩の首都、安州の飛空船基地から泰国の帝都、朱春まで来てもらう。そして春華王の仮の姿である常春が朱春近郊の飛空船基地で合流。再び安州へ向かい、また朱春へ。 新たな儀へと繋がる嵐の壁の中ほどではないものの、天儀と泰国の浮遊大陸を阻む元嵐の壁の周辺は荒い天候が常だ。 春暁号で元嵐の壁を二往復して飛空船への熟練度を高めようというのが常春の考えだった。なら最初から常春も乗船すればよいのだが、そこは天帝の役目もあって遅れての参加しか出来なかったのである。 (「どんな荒い風の中でも自由に春暁号を飛ばせないと‥‥。訓練はいくらでもやっておかないと」) 大勢の前で天帝の役目をこなしながら常春は次の旅を考えていた。 しかし常春は知らない。 朱春近郊の飛空船基地で開拓者達と再会を果たした頃に常春は報せを耳にする。泰国西部の山間地が集中豪雨に襲われているのを。 常春はそれを知って救助に向かう覚悟を決めるだろう。開拓者達の協力を得て山間地へ向けて春暁号を飛ばすはずであった。 |
■参加者一覧
紅(ia0165)
20歳・女・志
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
純之江 椋菓(ia0823)
17歳・女・武
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
奈良柴 ミレイ(ia9601)
17歳・女・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
朱華(ib1944)
19歳・男・志
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●突然 泰国の帝都、朱春近郊の飛空船基地には朱藩から訪れた大型飛空船『春暁』号が着陸していた。 「み、みなさんお待たせしました!」 春暁号の乗降口に集まっていた開拓者十名へ駆け寄ったのが依頼者の常春。ここまで走ってきたせいで息が切れ気味である。 再会の挨拶を交わしていると高鷲造船所の者達が戻ってきた。朝食がてらに朱春の朝市で必要物資を購入してきたところであった。 「え? そんな事が起きているのですか」 常春は高鷲造船所の者達から興味深い話を耳にする。飯店で再会した知人から泰国西部にある山間の地『柳安』が豪雨に襲われている事実についてだ。 その知人が昨日飛空船で上空を通過した時には今にも溢れんばかりの川の増水だったという。その雨は未だ止んでいないとの噂も高鷲造船所の者達は同じ飯店で耳にしていた。 常春は話しを聞き終わった後、しばらく黙って考え続ける。じっと足下を見つめた次には天を見上げて。 「みなさん! 春暁号の操船練習の為に集まってもらいましたが救助に向かいたいのです。現地がどうなっているのか今一わかりませんが、きっと出来ることがあるはずです!」 常春は覚悟を決めた表情でその場の全員に話しかけた。 「常春さんが助けるというのであれば是非があるはずがない」 紅(ia0165)は常春の肩にぽんと手を乗せる。 「流石坊ちゃんです、人の命は何物にもかえられないもの、がんばって絶対全員助けましょう!」 ちょっとだけ瞳を潤ませながらルンルン・パムポップン(ib0234)は笑顔で常春に何度も頷いた。 「人助けはサダカです。参りましょう」 喜捨の心を大切にしたいモハメド・アルハムディ(ib1210)も率先して常春に賛成する。 「水害なら行きましょう。旅はいずれまたできますが、その人達を助けられるのは今だけですっ!」 純之江 椋菓(ia0823)は両手で常春の手をとって瞳を見つめた。 「ほえ〜タイヘンなのにゃ。でも大型飛空船の春暁号ならきっと役に立つよ〜」 「パ、パラーリアさん」 パラーリア・ゲラー(ia9712)は常春の背中を押しながら船内へと向かう。 「た、大変です。急いで救助に行かないと。毛布とかの予備がどうなっているのか、見てきます」 伊崎 紫音(ia1138)はいてもたってもいられずに先に船の奥へと走っていった。 柚乃(ia0638)、奈良柴 ミレイ(ia9601)、朱華(ib1944)、鳳珠(ib3369)からも賛同を得た常春は操縦室に向かう。そして伝声管を使って船内に伝えた。変更した目的地は泰国西部の山間にある柳安だと。 ●強まる風雨 準備を整えた春暁号は離陸して泰国西部に空路をとる。朱春を飛び立った頃には快晴だった天候も徐々に悪くなっていった。 「はい。これは紅葉」 「ありがとう。描かれた紅葉が綺麗だ。それに対になっているのか」 奈良柴からの贈り物『扇子「紅葉」』をもらって操縦席の常春は喜んだ。しばらく常春を見つめた後で奈良柴は副操縦席へと戻ってゆく。 「凄い暴風雨‥これは嵐の門の中にいる時と同じかも‥‥」 「そうだね。現地はもっと酷いのだろうか」 呟くように話しかけた柚乃に常春が答えた。その柚乃の足下には、もふらの八曜丸が寝転がる。柚乃によればどうやら八曜丸はいたく飛空船を気に入ったらしい。おとなしくしているのを条件に操縦室に入れてもらっていた。 「楽しい空の仕事が‥‥災難といえば災難だな」 朱華は船倉内で甲龍・梅桃の背中を藁束で撫でていた。救出の際に力仕事が必要ならば龍にも手伝ってもらおうとすでに開拓者達は話し合い済みである。 「梅桃‥‥頑張ってくれよ」 梅桃の首を抱いて力を貸して欲しいと囁く朱華だ。 「どれも穴はなくて大丈夫です。必要な櫂もあります。新品のようですね」 「了解しました」 船倉内には鳳珠の姿もある。五艘の小舟の点検作業を終えると伝声管で常春に報告をする。洪水が発生していたとすれば小舟の出番が考えられたからだ。 春暁号は暮れなずむ頃に柳安周辺上空へとたどり着く。昼間のはずなのに雨雲のせいで周囲は薄暗かった。 「あれ?」 常春は眼下を眺めるが山間の土地を流れる川などどこにもない。川が決壊して濁流が湖のように柳安全体に広がっているのに気がつくまで、少々の時間が必要であった。 ●救助活動 操縦と船体制御を担当する者達を除いた全員が船倉下の展望室へと集まった。薄暗くて遠くのせいで見にくいものの、小高い丘に住民が取り残されているのがかろうじてわかる。 最終的に決められた作戦は次の通りだ。 船倉の開閉扉を開け放ち、そこから縄を複数取り付けた小舟を増水した水面に下ろす。その小舟に遭難者を乗せて春暁号まで引き上げるというものだ。必要な滑車などは機転を利かせたパラーリアが高鷲造船所の者達と共に船内で制作済みである。 春暁号を着陸させられればよいのだが、水面に覆われた土地がどのような起伏になっているのかがよくわからなかった。春暁号大破といった二重遭難は避けなければならないので、着陸寸前の超低空飛行を維持させる方法が採用される。 悪天候の為に龍の二人乗りは非常に難しい。そこで直接の救出作業はあきらめて、代わりに低空を飛んでの遭難者を探索する役目も用意された。 「さあ、急がないと‥‥」 操縦室の常春は深呼吸するとゆっくり春暁号の高度を下げてゆく。 「常春クン、左舷が少し下がり気味‥‥。今地上から五十ぐらい‥‥」 「了解」 柚乃は操縦室の一番前の席に座って操縦を補佐しながら濁流の水面との距離を目測する。 「常春くん、あと十ぐらい下げられるよ〜」 「わかりました。少しずつ少しずつ‥‥」 パラーリアがいたのは船倉の開閉扉近くだ。洪水の様子を見渡せるのと同時に小舟を下ろす仲間達の姿も確認出来る位置である。いざとなれば救出を手伝えるし状況もつぶさにわかった。操縦室とのやりとりは設置されている伝声管で行う。 「よし、ちょうどいい。この高さを維持してくれ」 「は、はい。もしずれてきたら指摘お願いします」 パラーリアと少し離れた位置で同じく春暁号と濁流との距離を把握して常春に報告していたのが紅だ。小舟の引き上げ作業の指揮や補助を行うつもりであったが、人出が足りないので急遽監視役に回ったのである。やはりいざとなれば引き上げ作業の仲間達を手伝うつもりであった。 奈良柴は体調を崩したようで救出作業には参加出来なかった。 「慎重に、ゆっくり下ろします」 伊崎紫音が指揮して開拓者の朋友達が綱を少しずつ出してゆく。まずは上空からでも確認出来た遭難者達が待つ丘を目標にする。丘からほんの少し離れた位置に二艘の小舟が着水した。 「大丈夫か。助けに来たぞ」 救出用・小舟壱に乗っていた朱華は丘へ飛び移ると遭難者達に声をかける。 「まずは怪我人からです。続いて子供さんとお母さん、女性、男性の順でお願いします」 救出用・小舟壱に残った純之江は遭難者に手を差し伸べた。 「全員助かりますので。もう少しの辛抱だから慌てないで、ニンジャの私にお任せです!」 途中で救出用・小舟弐から飛び降りたルンルンはくるりと丘に着地して胸を張る。 「船には温かい食事と毛布が用意されています。もう少しですので」 弐の小舟で着水した鳳珠は全員に聞こえるように大きな声を出す。あまよみの幻視によればこの悪天候は当分変わらない。つまり危険が迫っており、一刻も早くこの場を離れなければならなかった。 「アーニー、一足先に探しにいってきます。アイナ・タクーナヌーナ! どこにいますか!」 朋友の駿龍・ムアウィヌンの背に乗って遭難者を探し始めたのはモハメドだ。二人乗りは出来ないが遭難者を発見するのが役目である。 精神をすり減らして操縦をする常春の限界が訪れた。 時間にして約十分。その間に救出されたのは丘にいた遭難者七名。昇降用の小舟二艘は春暁号に一旦回収。それらとは別に三艘の小舟が水面に下ろされていた。 丘に残った純之江、朱華、鳳珠、ルンルンは三艘の小舟に分かれて捜索を開始する。常春が春暁号を低空で維持させられる集中力を取り戻すまでに救出の効率をあげるべく、迅速に動く四人であった。 ●孤立した人々 モハメドは駿龍・ムアウィヌンを大木を中心に旋回させる。幹にしがみついている男性へと声をかけるために。 「ハル・アントゥム・バヒール! 大丈夫ですか!」 「だ、大丈夫、とはいえないな。もう力が‥‥た‥‥助けてくれ」 真下の水面は荒れていてとても泳げる状態ではなかった。モハメドは男性を勇気づけると仲間の小舟肆へと接近し、助けを求めている男性の位置を報せる。 小舟肆を操るルンルンと鳳珠は上空の駿龍・ムアウィヌンを追いかけた。 もう少しというところで目の当たりにしたのは濁流に流されてゆく男性の姿。 次の瞬間、ルンルンは小舟肆から飛び降りた。しかし沈まずに濁流の上を駆ける。水蜘蛛の術を駆使していたのである。 まだ倒壊していない家屋へ男性が引っかかっている間にルンルンは追いついた。完全に力尽きようとしている男性の腕をルンルンが強く握る。反対側の手は家屋の出っ張りを掴んだ。 「もう大丈夫、私が支えますから船までがんばって」 ルンルンは男性の身体に縄を掛けたかったものの、両手が塞がっていてどうにもならない。 「光陰、お願いします」 鳳珠は先端を輪にした縄の先端を連れてきた駿龍・光陰にくわえさせた。そして小舟肆から指示を出して男の身体を潜るように縄の輪を落としてもらう。タイミングよく縄を引いて輪をしぼませて男性を確保するのだった。 仲間達が頑張っている頃、朱華も遭難者救出に奮闘していた。屋根の上に避難していた遭難者三名を自らが操る小舟参へと移動させる。 散り散りになっている遭難者達を丘に集めておけば春暁号へ乗船させるのが非常に楽になる。小舟参の舳先を丘に向けて朱華は櫂を漕ぎ出す。 「濁流のせいで酷く揺れるからな。落ちないように舟の側面や補強板に掴まってくれ」 志体持ちの朱華だからこそ濁流に飲み込まれずに踏み止まれるが、これが普通の者ならとっくに流されているだろう。自然の驚異を感じながら朱華は必死だった。乗っていた遭難者も棒で障害物を押すなどして手伝ってくれる。 二度の濁流の危険を回避して小舟参は丘にたどり着く。 「まだ‥‥まだまだだ!」 肩で息をする朱華は降下してくる春暁号を見上げながら力を奮い起こさせた。 暴風雨の中、龍で空駆けるモハメドに遭難者の居場所を教えてもらった純之江は小舟伍を懸命に漕いでいた。 到着したのは今にも流されそうな宿屋らしき建物。三階には取り残されていた幼い姉妹の姿があった。 「必ず助けます。純之江は水の家系なれば、これしきで負けるわけにはいきませんっ!」 純之江は衝突を回避しつつ近づくと、流されないように小舟伍を縄で建物の柱へと繋げる。次に心眼を使って姉妹の正確な位置を特定。水に飛び込んで半分水中に沈んでいる階段にまで到達する。それからひたすら登って三階に辿り着いた。 泣きじゃくる姉妹を両の腕それぞれに抱えた純之江は急いで階段を駆け下りた。泳ぎ着いた時に繋いでおいたもう一本の縄を引いて階段間近まで小舟参を手繰り寄せる。 「さあ、行きましょうっ」 純之江は優しく声をかけて姉妹を順に小舟参へと乗り込ませた。建物の軋み音が酷くなり、急いで外へと漕ぎ出る。 まもなく建物は濁流に飲み込まれてゆく。あと十分遅かったのなら間に合わなかったはずだ。 純之江は次の春暁号への乗船時間に間に合うよう丘まで急ぐのであった。 ●そして 暗闇が間近に迫る頃、最後の遭難者四名の乗船作業が始まる。 「疲れていると思いますが慎重に、でも出来るだけ急いで引き上げましょう」 龍やもふらを指揮する伊崎紫音の顔にも疲れが浮かんでいたが、ここで気を抜く訳にはいかなかった。上空での待機時間には作っておいた食事を温めなおし、遭難者達に配った伊崎紫音である。 龍を駆るモハメドは最後の確認をして春暁号に戻る。最後の四人も含めて発見された遭難者は三十一名。おそらく助けられる可能性のあった全員であろう。 「みなさん動かないでその場にいてくださいね‥‥」 疲労困憊の遭難者達を閃癒で回復させてくれたのは柚乃だ。 柚乃だけでなく殆どの開拓者達が救出の途中で様々な術を使って練力を消費している。神楽の都へ帰るまでにある程度まで回復するはずだが完全には難しい。 「常春さん、最後の遭難者達が乗船したところだ。今、船倉の開閉扉が閉じられている」 雨でずぶ濡れの紅は伝声管に手を添えて状況を伝えた。救出した遭難者達に毛布を配ったり、定期的に心眼で人数を確認するなど影で支えてくれたのは紅であった。 「了解。準備を整えておきます」 紅の報告を聞いて常春が操縦桿を強く握りしめる。 「開閉の扉、完全に閉まったよ〜。それに最後の人たち、誰もが軽い怪我で大事はないにゃ」 パラーリアは鷲の目を駆使したり急いで駆け回って把握した状況を操縦室の常春に伝える。すべてが終わった後、がんばってくれた滑車にパラーリアはお礼をいうのだが、常春も一緒に感謝する。二つの滑車はもしもの時に備えて大事に仕舞われるはずである。 「怪我が軽くてよかったです。ではこれから上昇します。揺れますのでみなさん、どこかに掴まってください」 常春は船内のすべてに伝わるよう伝声管で告げる。まもなく春暁号が洪水の濁流近くから離れていった。 「安定しているから大丈夫‥‥。このまま‥‥」 操縦室に戻っていた柚乃は春暁号の状態を読み上げる。それを聞きながら常春は春暁号の推力を上げてゆく。安全な高度まであがると水平飛行に移行した。 春暁号は柳安に近い豪雨被害の少なかった町まで遭難者を送り届けてから朱春へと帰路に着く。 それから約一週間後、柳安の被害者の元に天帝から復興資金が送られたという。 |