【新大陸】春華王、飛翔
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/30 17:18



■オープニング本文

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 嵐の門の向こうにあると推測される、新たな儀『あるすてら』を発見せよ。
 『あるすてら』を見出すために、飛空船使用を許可する。

 一三成か、大伴定家か。
 その文書に花押を記した者の名には二通り、文書の内容は受け取る者の立場で幾つかあれど、目指す場所は一つ。
 嵐の門解放がなり、いよいよもって『あるすてら』の存在が現実味を帯びてきたと判断した朝廷は、その探索を改めて命じていた。朝廷に忠誠を誓う者には命令を、新たな土地に利益を求める者には許可を、居並ぶ国々には要請を。

 受ける側には功名心に逸る者、まだ形のない利益に思いを馳せる者、他者への競争心を熱くする者、ただひたすらに知識欲に突き動かされる者と様々だ。
 人の数だけ動く理由はあれど、嵐の門も雲海も、ただ一人で乗り越えることなど出来はしない。
 『あるすてら』を目指す者は寄り集まり、それでも心許ないと知れば、開拓者ギルドを訪ねる。
 新たな儀を求める動きは、これまでとは異なる多くの依頼を生み出していた。


 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。
 帝都の名は朱春。
 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位に就き、今はまだ十四歳の少年である。


 天儀本島から遙か南東にある嵐の門開放の報は泰国の帝都、朱春の天帝宮にも届く。一般の民にもすでに知れ渡っていて、新たな浮遊大陸への期待で持ちきりである。一部の者達は脅威になるのではないかと心配していたが、多くの民は希望と捉えていた。特に交易商人である旅泰は新たな商売の種として我先にと血気盛んだ。
「どのような土地なのでしょうな。『あるすてら』とやらは?」
 天帝宮・青の間で侍従長の孝亮順が絵筆を止めて椅子に座りながら背伸びをした春華王に話しかける。
「泰国とどれほど違うのか興味がないといえば嘘になる。とはいえ、まだ実在するかどうかあやふやな見果てぬ土地。しばらくは傍観者であり続けなければな」
 答える春華王が描いていたのは空から大地を見た時の風景である。
 言葉とは裏腹に春華王の心はすでに踊っていた。
 嵐の門の先に飛び立てる術として春華王には建造したばかりの大型飛空船『春暁』号がある。この好機を逃してはならないと密かに画策していた。
 次のお忍びの旅は朱藩の首都、安州。しかしそこで止まるつもりはなかった。安州の飛空船基地では大型飛空船・春暁号が主の帰りを待って静かに眠っている。
 主とは老舗お茶問屋『深茶屋』の御曹司、常春。春華王の仮の姿だ。
(「新大陸か‥‥」)
 春華王の心は春暁号に乗ってすでに嵐の壁の中を飛んでいた。


■参加者一覧
紅(ia0165
20歳・女・志
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
純之江 椋菓(ia0823
17歳・女・武
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138
13歳・男・サ
奈良柴 ミレイ(ia9601
17歳・女・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
将門(ib1770
25歳・男・サ
朱華(ib1944
19歳・男・志


■リプレイ本文

●嵐の門へ
 常春一行は朱藩・安州に到着すると即座に出立の準備に取りかかる。大型飛空船・春暁号の整備そのものは高鷲造船所のおかげで完璧だが食料などの積み込みは別であったからだ。
 急いで必要物資をかき集めて半日後の夕方。離陸の時を迎える。
 動力室が連なる左舷下部通路で宝珠を監視するのは紅(ia0165)。左舷下部通路は朱華(ib1944)が担当する。
 将門(ib1770)と純之江 椋菓(ia0823)は甲板付近の展望室で周辺警戒。
 伊崎 紫音(ia1138)は離陸を待ちながら調理室で食材の再点検を行う。
 玲璃(ia1114)は氷霊結で保存庫の氷を補充した後で救護室に待機した。
 その他に高鷲造船所の技師や職人が補助として十名が乗り込む。
 操縦室には常春、柚乃(ia0638)、奈良柴 ミレイ(ia9601)、パラーリア・ゲラー(ia9712)、ルンルン・パムポップン(ib0234)の姿がある。
 常春が主操縦席。
 主操縦席を囲むように再配置された各操縦補助席には、柚乃、奈良柴、ルンルンの三名。
 航海士のパラーリアは広げられた地図を前に見晴らしのよい椅子に座っていた。
「各部機関異常なし、進路クリア、天気予報も一部大嵐以外は順調! ‥‥さぁ」
 ルンルンはまとめた報告を読み上げながら期待の視線を常春に注ぐ。
「我が希望の『春暁』号発進!!」
 常春は照れながらも以前よりも滑舌よく指示を出した。その声は伝声管によって船内の各部に響き渡る。
 巨大な船体が安州の飛空船基地から浮かび上がりながら速度を増してゆく。
 目指す先は開かれたばかりの嵐の門。その奥にあるはずの新大陸であった。

●嵐
 処女飛行を終えているとはいえ、まだ飛空船の扱いに不慣れな一同である。練習を兼ねながら飛び続けて、嵐の門に到達したのは安州を離陸してから二日目の夕方だ。
 危険性が増す夜間飛行を可能な限り避ける為、すぐには門を潜り抜けずに周辺を飛び続けて次の朝を待つ。
 空が白み始めた頃、ようやく嵐の門を潜り抜けた。
「アヤカシもいるみたいだから注意が必要だにゃ」
「いよいよだね。まずは安定を心がけないと」
 パラーリアは遠くで輝くいくつもの雷を眺めながら常春に声をかける。技師や職人にも手伝ってもらい、周囲監視を強化していた。
「入ったばかりでこの天候とはな」
 航海士の資料を片手に将門は展望室の小窓から外を眺める。春暁号の大きさ故に今は揺れていないが、風を計る旗は激しくはためいていた。
「もう夜が明けた時間のはずなのに暗いですねっ」
 甲龍・翔玄に背中に乗った純之江は風に負けずに甲板から飛び立った。横風のせいで流されるのを修正しながら飛ぶものの、春暁号を見失いそうになってすぐに戻る。余程の緊急な状況でない限り、並んで飛行するのは控えた方がよさそうである。
「生ものの管理は、特に注意しないといけませんね」
「氷は足しておきました。暑さが過ぎたおかげで大分持つようになりましたね」
 伊崎紫音と玲璃は調理室にある保存庫の確認をする。
 腹が減っては戦はできぬとさっそく料理を始める伊崎紫音。常春の希望でお昼に用意した料理の主役は泰国名物・朽葉蟹の酒蒸しである。
「常春船長。あるすてら、見付かるといいな」
「わたしはあると信じています。天儀から泰国に向かおうとした時も、きっとこんな感じだったんでしょうね」
 紅は調理室に併設されている食堂室へ入ると常春と同じ卓へと座る。
「どんなところなんだろうね」
「いろいろと噂はあるからね。どれが本当なんだろうか」
 柚乃も会話に混じって常春に話しかける。
 ちなみに出発前に常春から連れてゆく相棒は一体にして欲しいといわれて、もふらの八曜丸を乗せた柚乃だ。龍での戦闘を想定しない代わりに操縦室で常春の補助をがんばるつもりであった。
「新大陸、どんな所かとっても楽しみですよね。坊ちゃんはどんな所だと思います?」
「そうだなあ‥‥。もしもでっかい建物とかあったら描いてみたいかな」
 元気よく食堂室にやってきたルンルンも常春のすぐ側に座った。
「‥‥でも、ステラってなんなんだろう?」
「え?」
 首を傾げるルンルンはどうやら『有るステラ』だと考えていたようだ。そこまで思い至らなかった常春は頭の中に『?』をたくさん浮かべるのだった。
 食事が終わると常春は操縦室に戻って奈良柴と交代する。その際、奈良柴はじっと常春の胸元に刺さる扇子を凝視した。
「その扇子じゃないとダメなの?」
「ん? ああ、これね。扇子を持っていないと落ち着かないだけで特別な品ではないよ」
「ならこれ、あげる。よく手に入るけど使わないから」
「ありがとう。へぇ〜、この絵綺麗だね」
 奈良柴からもらった扇子「秋茜」を常春は一度広げてみる。秋を感じさせる景色が描かれた扇子であった。奈良柴は視線を少し泳がせてから頷くと操縦室から小走りに出ていった。
 しばらくして伝声管による朱華からの連絡が操縦室に届く。
「こちら左舷下部通路の朱華だ。技師達によれば全体的に宝珠の力を押さえ気味にした方がいいらしい。余裕を持たせておけば、乱気流に巻き込まれても何とかなるそうだ」
「了解しました。有益な情報ありがとうございます」
 朱華の情報通りに常春は宝珠の力を半分程度に留めて春暁号を操るのだった。

●嵐の中で
 嵐の壁の中は奥に入るにつれて天候の乱れを増す。縦横無尽の風に春暁号は煽られ、空気を切り裂く激しい雷鳴が耳をつんざいた。
 すでに二日目。春暁号は可能な限り拓けた空間を選んで航行していたが、完全に暗雲を避けるのは無理だ。時には覚悟して吸い込まれるような暗黒へと突っ込んでゆく。
 真っ昼間だというのに深夜のような暗さ。
 宝珠の輝きで照らす先にあるのは黒雲ばかり。操縦室内の頼りないランタンの輝きが不安をかき立てるものの、常春はしっかりと操縦桿を握りしめる。
「南西の上で雲が渦巻いているにゃ!」
 監視するパラーリアの声を耳にした常春は滑らかに船体を傾けながらも可能な限り大きく春暁号の軌道を変えた。
「浮遊宝珠は安定している。このままを維持」
 奈良柴は春暁号が浮かぶ力の安定を図る。
 緊張の最中、睡眠休憩から柚乃とルンルンが操縦室へと戻ってきた。
「後は任せてね‥。休むのも仕事だから」
「わかった。後は頼むね」
 常春は柚乃と席を替わる。
「揺れてると思ったら凄い嵐‥‥でも、この位の嵐になんか、負けないんだからっ! 坊ちゃんは私達に任せてごゆっくり!」
「お願いするね。ルンルンさん」
 ルンルンは奈良柴と交代すると背中越しに常春へと手を振る。
「えっとだにゃ――」
 これまでの経過はパラーリアによって柚乃とルンルンに伝えられた。
「布‥‥みたいに見えるが」
 それからしばらく経った後、将門がプロペラ付近に妙なものを発見する。別の方角を監視していた純之江も呼んで二人で目を凝らす。
「待ってくださいねっ」
 純之江は心眼を使って確かめる。姿形はよくわからなかったが、アヤカシであるのに間違いはなかった。
「プロペラを狙うアヤカシがいますっ!」
 伝声管に飛びついた純之江が叫ぶ。その声は船内の各所に響き渡った。
 引き続き柚乃とルンルンが操船を担当し、操縦室へ戻った常春は指揮を専門とする。
 パラーリアは嵐の状況を逐一報告。
 純之江、将門、伊崎紫音は龍で嵐の直中へ飛翔。奈良柴、玲璃は念のために命綱を腰に繋げてからアヤカシが貼りつく外へと向かう。
 紅が下部通路から操縦室へ移動したのは常春の護衛の為だ。すべての宝珠監視制御は朱華に任された。
「これでは‥‥」
 炎龍・紫の背にしがみつく伊崎紫音が春暁号を見下ろす。
 あまりに風が強く、龍を駆る三人は春暁号の左舷プロペラ付近に近づけなかった。プロペラを破壊してしまったら元も子もないし、第一自らも非常に危険だ。
 外壁にしがみつき、奈良柴と玲璃が左舷プロペラ下部に到着する。見上げればアヤカシが絡みついた付近から煙があがっていた。溶かす液体のようなものをアヤカシは分泌しているようだ。今はまだ比較的分厚い外壁だけだが、もしもプロペラや軸の部分を溶かされたのなら大惨事になるのは想像に難くない。
「アヤカシは三体。位置は――」
 視界すら遮る強風の中、玲璃が正確なアヤカシの位置を奈良柴に告げる。
「これが一番か」
 意を決した奈良柴は立ち上がると咆哮をあげて自らにアヤカシを引きつけようとした。アヤカシが外壁から剥がれた瞬間を龍を駆る三名は見逃さない。
「ここは逃げ切る方が得策だな」
 甲龍・妙見の背で構えた将門はアヤカシを弾くように刀を振るう。アヤカシですらも強風に抗う事は出来ずに吹き飛んでゆく。
「早く帰って食事の用意をしないと」
 伊崎紫音が操る炎龍・紫はアヤカシを爪で引っ掻いた。追いかけてきたところを急降下で巻いてしまう。
「守って見せます、この先を見るためにっ!」
 純之江は甲龍・翔玄に迫るアヤカシに炎を纏わせた薙刀をすれ違い様に叩きつける。姿勢を崩したアヤカシは風に舞って彼方へと消えた。
「常春さん、少しだがまだ宝珠には余力がある。引き離すなら今だ」
 朱華からの伝声管による連絡を聞いた常春は全速力を指示する。再び正体不明のアヤカシに取り憑かれないように先を急いだ。
「アヤカシの危険は去ったようだな。ところで常春船長。風が弱まってきたような気がするのだが」
 常春の隣の席に座っていた紅がいう通り、徐々にだが風は弱まっていた。やがて遠くに光が現れて段々と近づいてくる。
「もしかしてあれが新しい儀の門?」
 常春の想像は当たっていた。
 光は新たな世界からのもの。門を抜けると青空が広がっていた。しかし新たな浮遊大陸はどこにも見あたらなかった。

●そして
 春暁号は何もない青空を飛行し続ける。嵐の壁の中を抜けて一日が過ぎた頃にようやく変化が起きた。
「小さいのがあるにゃ」
 上半身を前に伸ばしたパラーリアが最初に発見したのは非常に小さな浮遊大陸。その中央付近に一キロ四方の小島があった。
 野原が広がる島へと春暁号は着陸する。
 大地に下りた一行は周囲を見渡す。あるのは青空と途切れているのがはっきりとわかる小島を取り囲む海。そして風にそよぐ大地の草だけ。
「まさかここが新しい儀?」
 将門の言葉は全員の疑問でもあった。
「何かありますよ、坊ちゃん」
 ルンルンが指さした先に向かってみると石壇が見つかった。ちょうど島の中央付近にあたる。
 帰りも嵐の壁の中を通らなければならないのを考えると、すでに探索に割ける時間はない。せめてと考えた常春は石壇を絵として紙に写し取る。
 その日の夕食は着陸している春暁号の甲板で頂くことになった。星空の下、篝火をいくつか焚きながら伊崎紫音が作った魚介鍋を全員でつつく。
「どこかにあるはずの新しい儀のみなさんも同じ星を見ているのでしょうか」
 ふと伊崎紫音は夜空を見上げる。
「きっとそうだにゃ〜♪ ね、常春クン」
「そう思うよ。この島だけが新しい儀とは思えないからね」
 パラーリアが話しかけると常春は箸を止めて頷いた。
「八曜丸もそう思う‥?」
 柚乃に訊ねられると、もふらの八曜丸が寝ころびながらも尻尾を振った。
「きっとあるステラはありますよ♪ だってあるステラだもん☆」
 ルンルンは持っていた箸を星空に掲げる。
「この島には誰もいないみたいですねっ」
 純之江のいう通り、日中探し回ったものの島に住民は一人としていなかった。
「人はいないがあの石壇は一体‥‥」
 将門は石壇の存在が引っかかる。
「簡単に発見できるほど甘くはないということだな。何、また来ればいい」
 食べ終わった紅は腰の刀を確認する。
「船体の補修はすべて終わったと造船所のみなさんはいっていた。すぐにも飛び立てるそうだ」
 朱華は宝珠を含めた春暁号の状態を常春に報告する。
「今日は久しぶりに天日干しが出来てよかったです。きっと布団から太陽の匂いがしますよ」
 玲璃は久しぶりに布団の天日干しと洗濯が出来てほっとする。嵐の壁の中はそれどころではなかったからだ。
「この島は一体なんだろう?」
 そう呟くと奈良柴はお椀からお汁を飲み干す。
 常春一行は一晩を過ごすと後ろ髪を引かれながらも島を後にする。
 それから三日をかけて天儀本島側の嵐の門を通過。朱藩の首都、安州に戻ると開拓者ギルドに島発見の報告を行う。常春が描いた遺跡の絵も一緒に。
 発見した島だけが新しい儀なのか。それとも別の何かがあるのか。
 謎はまだまだ残っていた。