青空へと高く〜春華王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/20 19:35



■オープニング本文

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 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。
 帝都の名は朱春。
 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位に就き、今はまだ十四歳の少年である。


 泰国を象徴する王としてではなく老舗お茶問屋『深茶屋』御曹司として常春は飛空船を欲した。
 少年は自由に空を飛びたいと憧れを持っていた。
 窮屈な宮廷暮らしから解放されたい気持ちが募ったのか、未知なる冒険への渇望か、または失踪した兄との再会を夢見ているのか。どれに当てはまるのか、それともどれでもないのか、すべてであるのか、本人にすらわからなかった。
 開拓者達の協力を得て建造されたのが大型飛空船『春暁』号である。
 朱藩の首都、安州にある飛空船基地近郊に建つ高鷲造船所でついに完成した。その報が泰国の帝都、朱春の天帝宮で日々を過ごす春華王の耳へと秘密裏に入る。
 一日でも早く朱藩へと赴いて春暁号へと乗り込みたい気分にかられた春華王であったが、簡単にはいかなかった。
 影武者に王の役目を代わってもらうにしても機会というものがある。政にほとんど関与していない天帝だが、面倒な仕来りがある祭事は別だからだ。
(「もうすぐだな。もうすぐ」)
 それでも朱藩へと旅立てる日は近づく。指折り数えて日々を過ごす春華王こと常春であった。


■参加者一覧
紅(ia0165
20歳・女・志
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
富士峰 那須鷹(ia0795
20歳・女・サ
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138
13歳・男・サ
奈良柴 ミレイ(ia9601
17歳・女・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
朱華(ib1944
19歳・男・志


■リプレイ本文

●完成
 朱藩安州、飛空船基地近郊。
 開拓者達と共に高鷲造船所内へ足を踏み入れた常春はしばらく大型飛空船『春暁』を見上げたまま微動だにしなかった。
 最終的な仕上げが施された春暁号はまさに一分の隙もない新造船である。真新しい自分の船を前にして瞬きもせずに言葉すら出せなかった常春だ。
「出陣の掛け声はおぬしがきっかりと勤めよ、常春」
 肩に乗った手を知って常春が振り返ると富士峰 那須鷹(ia0795)の笑顔があった。
 泰国出発の時、再会を喜んだ常春だが富士峰にもいろいろと事情があるようだ。それを常春は非常に残念がっていたのだが。
「ついに飛空船が完成したんだね‥」
「うん!」
 柚乃(ia0638)の言葉に気を取り直した常春が強く頷いた。常春の瞳が輝いていたのが特に印象深かった柚乃だ。
「わぁ、改めてこうやって見るとほんとに大きいです、やりましたね坊ちゃん」
「みんなのおかげだよ」
 笑顔のルンルン・パムポップン(ib0234)は常春の両手を握り、踊るように一緒に喜んだ。
「あたしも常春くんと一緒にがんばるからねっ♪」
「パラーリアさん!」
 パラーリア・ゲラー(ia9712)は常春とルンルンをまとめて抱きしめるように掴まえると、その勢いのまま春暁号へと駆ける。乗降口の可動式階段は祝いを示す為に花で飾られていた。
 すぐに開拓者全員が階段下へと集まった。
「船長、でいいのかな?」
 微笑みを浮かべながら紅(ia0165)は常春の背中を軽く押す。
「紅さん‥‥。行ってきます」
 一度紅に振り向いてから常春は一段ずつ確かめるように階段を登る。
「なかなかの凛々しさですわ。常春さん」
 階段を登り切って春暁号の船内に入った常春にフレイア(ib0257)が声をかける。常春は手を振って応えた。
「常春さん、飛空船完成、おめでとうございます」
「ありがとう、紫音さん」
 口の端に当てた手を筒状にした伊崎 紫音(ia1138)は常春に歓声を送った。
 続いて開拓者達も春暁号へと乗り込む。建造途中で立ち入っている者もいたが、やはり完成したばかりの船内は一味違うものがある。
 船内に一行以外の人影はなかった。それは造船所から常春に春暁号が引き継がれたのを示していた。
「飛空船ってのは初めてだが‥これも良い経験だな」
 朱華(ib1944)は船内の様子を眺めながら仲間の後を追ってゆく。元々詳しくはないのだが真新しいのはよくわかる。やがて操縦室へと辿り着いた。
「ここが心臓部なのですね。救護室はどちらになるのでしょう」
 看護と治療の係を希望する玲璃(ia1114)は操縦室の壁に貼られた船内地図を見上げる。
「ここが操縦席?」
「みたいだね」
 常春の次に主操縦席へと腰掛けてみた奈良柴 ミレイ(ia9601)は、宝珠が連動しない範囲で装置に触ってみる。後で技師が操縦方法を教えてくれるようだ。そのようなメモが計器に貼られていた。
 造船所の技師と職人が説明の為に春暁号へ乗り込んだのは約一時間後である。それから食料の積み込みなどの準備が行われ、二日が過ぎ去るのだった。

●離陸
 朝焼けに染まる空。すでに地上移動された春暁号は飛空船基地で離陸の準備を始めていた。
「南東からの微風のみですね」
 春暁号甲板中央で屈んだフレイアは床板に隠されていた伝声管を使って情報を伝える。終わるとすぐに船内へと退避する。
「しばらく天気の変化はないみたい‥」
 柚乃は春暁号後部の展望室から伝声管であまよみの結果を伝声管で報せた。もふら・八曜丸は元気に柚乃の足下を回り続ける。
「今回は長い旅ではないですから、そんなに量は無いですね。でもお腹は空きますし」
 昨日のうちに食料在庫の確認を終えていた伊崎紫音はおにぎりを握る。そして出来上がったすべてを持ち運び用の木箱に詰め終わった。
「この薬はこちらの仕切りの間に‥‥。そろそろのようですね」
 救護室内で整理整頓をしていた玲璃は座席に着いて身体をベルトで固定する。
「前方よ〜し♪ 後方よ〜し♪ 右舷よ〜し♪ 左舷よぉ〜し♪ 常春クン、大丈夫だよ〜☆」
 操縦室内を駆け回ったパラーリアは各窓を覗いて指さし確認をする。ポンッと座席に座ってから常春に声をかける。
「どんなに大きくたって、飛んでしまえばこっちのものよ」
「そうだね。よし!」
 副操縦席へ座る奈良柴に頷いた常春は、汗ばむ手を服の袖で拭ってから操縦桿を握り直した。
(「確認は怠っていないようだな」)
 富士峰は少し離れた座席から常春を見守る。自分の助言を守っている様子に安心した。
(「どうしようかなあ‥‥」)
 離陸については意を決した常春だが、他に気になる事があって左前方をチラリと眺める。
 さっきからルンルンがパチパチとウインクを送ってきていた。どうやら先日の会話で出てきた船長らしいかけ声をやって欲しいようだ。しかしどうにも気恥ずかしい。
「各宝珠の反応よし。出力上昇‥‥。坊ちゃん、今です!」
 ルンルンが動力室から送られてくる捲り式の表示板を読み上げる。
「我が希望の『春暁』号発進!」
 ポーズこそつけなかったが、台詞はルンルンの案を採用した常春だ。まずは船体を浮かばせてからゆっくりと加速をつけてゆく。
 その頃、紅は動力室の一つで浮遊宝珠の状態を見つめていた。
(「刀剣に応用できないものか‥‥」)
 紅は左舷下部通路を歩きながら各動力室における宝珠の状態を確認する。全体を持ち上げる為に宝珠はある程度平均的に配置されていた。
 右舷下部通路で宝珠の確認をしていたのは朱華だ。
「よく出来ているな。一点にかかってしまう浮遊宝珠の力を分散させる組木の工夫があると技師はいっていたが」
 感心した様子で朱華は薄暗い右舷下部通路を歩き続けた。
 充分な加速がついたところで春暁号は高度を上げてゆく。船首の仰角をあげて雲の中に突入した。薄暗い世界を突き抜けてやがて雲上で水平飛行に移る。
「ふぅ〜」
 知らず知らずのうちに入っていた肩の力を常春は抜く。窓から射し込んでくる陽光がとても眩しかった。
「予定通り、折り返し地点は北方の彼方にある武天の都、此隅上空です」
 常春が伝声管で船内に指示を出す。
 身体に仕事を覚えさせる意味もあって、常春と開拓者十名がすべての操船作業を担当していた。乗り込んでくれた造船所の技師三名と職人五名はあくまで補佐である。
 船内では安堵の空気が漂うのだった。

●揺れ
 食料などの必要物資の枯渇を別にして、飛空船そのものは船体に支障がない限り飛行が可能である。月夜ならば夜間飛行も可能であるし、闇夜でも輝く宝珠を利用すれば何とかなる。
 無着陸飛行の際に発生する問題の多くは人に起因する。春暁号は大型故に主と副による常時二重の操船態勢が採用されていた。適宜交代を促進する為になるべく全員に通常航行程度の腕は身につけてもらえるように訓練が行われる。
「任せてください、ルンルン忍法に不可能はないんだからっ!」
 ノリノリで主操縦席に座ったルンルンが常春を見上げる。
「緊急事態が起きたら報せてくださいね」
「寂しくなったら私の膝の上に座りに来てもいいですよっ!」
 ルンルンの冗談に常春は照れた様子を見せた。
 副操縦席に座っていた富士峰は懸命にメモを取っていた。ふと常春と目があって作業を中断する。
「常春、どうだ? 航海日誌はつけておるか? わしにはよくはわからぬが店主は評判のものといっていたが」
「はい。頂いたものでさっそく書かせて頂いています」
 富士峰は船の完成を祝って日誌用の道具を一通り常春に贈っていたのである。
「暑い夏には‥やっぱりこれ」
 常春が操縦室を去ろうとした時にちょうど柚乃が作ったばかりのかき氷を運んできた。伝声管でかき氷があると呼びかけた後でさっそく常春は頂く。
「美味しいね。この甘いのは蜂蜜?」
「そうなの‥」
 柚乃と常春が話している足下では、もふらの八曜丸が余った氷を頭の天辺から背中に滑らせて涼んでいた。
「これは美味しそうだな」
 呼びかけを聞いて操縦室を訪れた紅はさっそくかき氷の器を手に取る。
「これから休憩か? なら絵でも描かないのか? いい景色だったぞ」
「せっかくだし描かせてもらおうかな」
 かき氷を食べながら話す紅と常春の元にパラーリアがやってくる。
「あたしも絵を描きたいと思っていたにゃ♪」
「なら一緒に甲板で描こうか」
 パラーリアと常春は急いでかき氷を頬張る。眉間が痛くなった二人の様子に笑い声が沸き上がった。
 パラーリアと常春はさっそく甲板で絵を描き始めた。
 常春の夢を聞いてみたパラーリアであったが、あまりに漠然としていて自分でもよくわからないという。確実にわかっているのは遠くへ行ってみたい願望のみ。
「そうなのにゃ。それからね、常春くんのお兄さんってどんな顔の人なのか絵に描いて教えてほし〜にゃ〜☆」
「前にミレイさんとパラーリアさんが描いた絵。とても似てたけどあれじゃダメなの?」
 改めて描いて欲しいとパラーリアにいわれて常春は紙の上に筆を滑らせた。
 常春にそっくりなのだが笑っている感じの細い目が兄の特徴だ。かれこれ四年前の記憶を写したものなので、このままを信じてはいけないと常春は付け加える。
 再び景色を描き始めた常春だが筆が止まった。雲のわずかな隙間から遠くに黒雲を見つけたのである。
 目を凝らしたパラーリアが確認すると雷が光っていた。完全に迂回するのは難しいと常春は判断する。
「どうしたんだ? 急いだ様子で」
 操縦室でかき氷を食べていた朱華が急いで戻ってきた二人を不思議に思う。ちなみに朱華が柚乃に作ってもらったかき氷は四杯目であった。
「航路の先に暗雲の広がりがあるんです。今突入している雲を抜けたらはっきりとわかるはず」
 朱華を始めとした操縦室内の全員が前方窓を見つめ続ける。視界がひらけると確かに黒雲が遠くの空に広がっていた。
「騒いじゃって、どうかした?」
 休憩から起きたばかりの奈良柴も操縦室へとやってくる。
「どうやら航空路の先が嵐みたいなんです」
「それ、ダメじゃん?」
 常春から事情を聞いた奈良柴がはっきりと目を覚ます。
「食事係って結構重要な役目ですね。保存も考えないと」
「氷室にするには壁に藁を埋め込んだり、それに排水の設備も用意しなければ難しいようですね。戻ったら職人の方が改修して下さると‥‥あの雲‥‥!」
 一緒に操縦室へとやって来た伊崎紫音とフレイアも暗雲に気がついた。
「なるべく迂回するように努めますが完全には無理でしょう」
 常春からの指示を聞いた操縦室の一同はさっそく持ち場へ移動する。加えて常春は伝声管で船内に状況と指示を伝えた。
「嵐ですか。大変になりそうですね」
「常春クンを手伝うために戻らなくっゃ‥」
 救護室でかき氷を食べ終えたばかりの玲璃が呟く。柚乃は急いで操縦室へと駆けた。
 それから十数分後。取り巻く天候ががらりと変わった春暁号は激しく揺れ始める。
「左舷浮遊宝珠はどれも順調。これから推進用宝珠の確認に向かう」
「右舷も順調だ。左舷も紅さんが戻るまで俺が見張ろう」
 紅と朱華から機関部の報告が伝声管を通じて操縦室に響く。
「もう少し高度を下げた方がよいでしょう」
「わかった」
 フレイアの状況判断を聞いて常春は船首を下げる。
「雨雲も移動している‥ちゃんと逆方向に飛んでいる‥」
 柚乃はあまよみで読みとった天候を報告する。
「北北西の目視三キロ先に中型飛空船が飛んでいるよ。注意してね〜」
 パラーリアも忙しく各窓から状況を仕入れてゆく。
「宝珠の出力は安定してますよ。坊ちゃん!」
 ルンルンは紅、朱華と伝声管で細かなやり取りする。さらに捲られる板の表示から目を離さず報告を入れた。
「少し代わる」
「ありがとう」
 副操縦席に座っていた奈良柴は一難を切り抜けた常春と操縦を代わった。強風でかなり船体が傾いたのだが何とか凌いだのである。
 常春が集中力を取り戻している間、奈良柴は船体の安定を第一にして操る。
「なるほどな。この部分の連携が鍵か」
 常春に許可を得た上で富士峰は仲間達の様子をつぶさに見て回りながらメモをとっていた。
 黒雲発見から約一時間後。風が少し残っていたものの春暁号は安定を取り戻した。
「お腹空きましたよね」
 伊崎紫音は焼き鳥とパンを各人の元へと運んだ。焼き鳥は揺れても平気なように網で挟んで炙り、パンはフレイアと一緒に作り置きしておいたものだ。
 それからは特に何事もなく飛行は続いた。
 武天の都、此隅を眺めてから春暁号は引き返した。離陸から三日後の夕方に朱藩安州の飛空船基地へ無事に戻る春暁号であった。

●そして
「一味違うよね♪」
 サジを口に運んだ常春は笑顔になる。
 お別れの前にフレイアが作った苺入りと蜜柑入りのシャーベットを一同で頂く事となる。
 氷室がある程度機能したからこそ肉、野菜、果物の保存が可能だったのだが、長期に関しては一工夫が必要なようだ。
 航行日誌もつけ終わって処女飛行のすべてが終了する。ちなみに補助としてフレイアも日誌の一部をつけてくれた。
 技師の鎚乃助を春暁号の乗員として迎え入れたいと考える者もいたのだが、それは保留となった。彼にも事情があるようだ。
 開拓者達は常春を送り届ける為に旅客飛空船で泰国の朱春へと飛んだ。
「これから先何が起こるかは判らぬが‥‥」
 別れ際、富士峰は常春の頬にキスをする。そしてメモをまとめた簡易の操船取り扱い説明書を手渡し、しばらく抱きしめた後でそっと離れた。
 開拓者達は精霊門で神楽の都へと戻るとギルドの職員に頼んで探し人の貼り紙をさせてもらう。
 それはパラーリアの頼みで常春が描いた兄の絵に、奈良柴が特徴を文章として書き加えたもの。新たな情報が手に入るのを願いながら解散する開拓者達であった。