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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 「ちょっと買いすぎたかな」 朱春からの帰り道。常春は大きな袋を背負って歩いていた。袋の中身は絵の具ばかりでとても重い。一休みしようかと考えていると地響きが聞こえてくる。 「なんだあれは?」 丘の向こうが騒がしかった。 物が壊れるような音と叫び声。やがてその正体がわかる。牛の群れが暴走していた。 このままでは自分も危ないと察した常春はその場から離れようとする。 しかしそのとき、女性の姿が目に入った。赤ん坊を抱えた母親があまりの恐ろしさに硬直して動けなくなっていた。 「早く逃げないと!」 駆け寄って話しかけても母親は震えている。常春は子供を肩で担いで母親の手を引く。しかし牛の群れは直前にまで迫っていた。 「仕方ない!」 常春は力一杯に引っ張って母親を無理矢理に走らせようとする。だが途中で転んでしまってどうしようもなくなってしまった。 常春は赤ん坊を包むようにして蹲る。駆け抜けていく暴れ牛の土煙のせいでしばらくなにも見えなくなった。 やがてすべてが静まる。跳ねた石で小さな怪我は負ったものの、常春と赤ん坊は無事だった。 しかし母親は牛にぶつけられたようで足と腕を片方ずつ骨折してしまう。常春が何度声をかけても意識が朦朧としていた。 「どうしたんだ?」 「さっきの牛にやられたようで――」 通りがかったもふら車に乗っていた男性が女性を朱春まで運んでくれることになる。常春は自分がよく知る医者の元へ連れて行ってもらえるように頼んだ。 「どうしようか?」 常春は一旦赤ん坊を連れて泰大学の芸術寮へと戻った。 するとそれまで寝ていた赤ん坊が突然に泣きだす。どうしたらよいのかわからず、常春は大いに慌てだした。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
七塚 はふり(ic0500)
12歳・女・泰
ノエミ・フィオレラ(ic1463)
14歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●勘違い 泰大学芸術寮の食堂は赤ん坊の泣き声で騒然となっていた。 「あら、可愛い子ねえ。よしよし‥‥」 常春に視線を送った雁久良 霧依(ib9706)が赤ん坊を預かる。彼女が腕の中であやすと次第に泣き止んでいく。 「村の子供は、大人が農作業をしてる間は子守をするものなのよ。私もよくやったわ♪」 「た、助かったよ。霧依さん」 額に汗をかいていた常春が安堵の表情を浮かべた。一部始終を見ていた玲璃(ia1114)が二人へと近づく。 「詳しい経緯はわかりませんが、とにかくおむつが必要ですね。保険医のところに行けばあるかも知れませんので行ってきます」 「すまない。助かるよ。またすぐに泣きそうだからね」 玲璃が急いでおむつを取りにいってくれた。泣き止んでいたものの、赤ん坊の表情は不機嫌そのものだったからである。 「可愛い赤ちゃんじゃありませんか♪」 天井からシュタッと床へ下りてきたのはニンジャのルンルン・パムポップン(ib0234)だ。 「春くん、この子どうしたのにゃ? 小さなお手々なのにゃ♪」 いつの間にかパラーリア・ゲラー(ia9712)の姿も。椅子に寝かされたばかりの赤ん坊を側で眺めていた。 「実はね。朱春に買い‥‥」 常春が説明しようとすると甲高い叫び声で遮られる。 「と、常春様、その子は‥‥ルンルンさん? 霧依さん? パラーリアさんですか!? 私の知らない間にっ‥‥!」 窓から覗き込むノエミ・フィオレラ(ic1463)はわなわなと震えていた。雁久良、ルンルン、パラーリアが白けた表情で「ないない」と首を横に振る。 「えっ?」 ノエミが戸惑っている間に伊崎 紫音(ia1138)も食堂に現れた。 「えっと、念のため聞いておきますが、常春さんの赤ちゃん、じゃないですよね?」 「ご、誤解だよ」 「もしそうなら、色々と問題が‥‥え、違うんですか? いえ、それなら良いんです」 「まさかこうなる‥‥いや想像力が足りなかったのかも」 常春と伊崎紫音のやり取りを聞いたノエミが強ばっていた顔を柔らかくする。へなへなと窓枠に上半身を引っかけながら「よかった」と呟く。 「常春殿がものすごい美人に赤ん坊を押しつけられた、と今さっき廊下で耳にしたばかりなのであります」 「まぁ常春クン、本当にお子さんがいらしたんですね。これはお祝いをしないと」 廊下からやってきた七塚 はふり(ic0500)と柚乃(ia0638)が常春に止めを刺す。 「尾ひれつくのが早すぎる‥‥」 「はい、常春君♪」 雁久良が椅子を動かして蹌踉けた常春を座らせる。 「これだけあれば当‥‥」 おむつを抱えて戻ってきた玲璃は食堂のカオスな雰囲気にしばし言葉を失った。 ●病院 「お身体の調子はどうですか?」 常春と学友達は赤ん坊を連れて母親を見舞う。赤ん坊の名は『京』だと教えてもらった。男の子なのはおむつを換えたときに確認済みである。 父親は遠出していて帰って来るまで一週間かかるという。それまで常春が赤ん坊を預かることになった。 雁久良は『レ・リカル』で母親の痛みを少しでも軽くしてあげる。 芸術寮へ戻って寮長に相談。一週間に限って許可が下りた。寮男子側への女性の立ち入りも許されることとなる。学友達は交代で手伝ってくれるという。 睡眠時間すら削られる状況になりそうなので、同室の伊崎紫音には一時的に玲璃の部屋へ移ってもらった。 ●柚乃 「すまないね。柚乃さん」 「困ったときは助け合い、ですよ。それに前に依頼とかで頼まれたことがありますから大丈夫っ♪」 最初に子守を手伝ってくれたのは柚乃である。 『もふっ♪』 「うぶぅ〜」 京の遊び相手は、ものすごいもふらの八曜丸の担当だ。とても気に入られたようで京が抱きついて離さない。こうなると立ち去るときが大変だった。 「生後一年らしいですし、そろそろ歩きだす頃なのかも?」 「気をつけないといけないかな」 二人が話している間に直前まで笑っていた京が突然に泣きだす。 「ご飯は食べさせました?」 「三十分も経っていないはずだよ」 「ならやっぱり‥‥」 「かな?」 そこでおむつを確認してみると大当たり。取り替えるとすぐ笑顔に戻る。 「そろそろ失礼しますねっ」 「階段、暗いから気をつけてね」 宵の口になり、柚乃が寮の女子側へ戻ろうとした。そのときである。 「ばぶうっ」 帰ろうとする八曜丸を追いかけるようにして京がふらふらと立ち上がった。一歩前に進んで尻餅をつく。 「立った。今、立ったよね?」 「おめでとうっ♪ でもこれは注意した方がいいかも‥‥」 心配になった柚乃は常春に『懐中時計「ナイトウォー」』を貸しだす。転ばずに歩けるようになったら速さを測っておいたほうがよいと。 「そうなの。八曜丸を気に入ったらしくて――」 寮の女子側へ戻った柚乃は、京が立って歩いたことを同性の学友達に伝えた。 ●七塚 京が立ったと知った七塚は翌朝早起き。材木を手に入れて人妖・てまりと一緒に柵を作った。 ささくれた部分で怪我をないように全体をヤスリがけ。扉は蝶番で開閉できるようにしておく。完成したところで常春の部屋を訪ねる。 「それは?」 「京殿がでないようにする柵でありますよ」 さっそく室内で柵を組み立てた。部屋が寒いので火鉢も持ち込む。七塚の工作はこれで終わらない。階段前に簡易な門も建てられた。 「お茶。喉が渇きましたであります」 「それなら丁度いいのが。団子も買ったのが」 七塚にお茶をねだられた常春がダージリン紅茶を淹れる。そのよい香りに疲れを癒やされる七塚とてまりだ。 門の完成後は七塚も赤ん坊の世話をしてみた。 「こうでありますか? おや泣いた」 七塚が耳を引っ張ったせいで京が泣きだす。 「耳を引っ張ってはいけない‥‥。なるほど、ひとつ覚えたであります」 あやそうとして抱きかかえて髪を引っ張られた。さらに離乳食を吐かれて服を汚される。 「京殿が火へ手を伸ばしたら叱ってください。やけどが残るよりましであります」 「そうだね。可愛がるだけがやさしさじゃないし」 懲りた七塚は早々に退散した。とはいえもう夕方だったのだが。 翌日は手紙のやり取りで約束した秀英とのデートである。 「曲芸一座が来ているね」 「観劇より美味しいものがいいであります」 秀英が七塚を連れて行ったのは漁特料理の店だ。蟹を頂きながら昨日の出来事を秀英に話す。 「常春様が赤ん坊を?」 「あの赤ん坊には何とも思わなかったけれど、好きな人の子どもだと違って見えるのでしょうかね? どう思われますか、秀英殿」 「そ、そうだね。父親としてならわかるかな。もし自分の子供が牛の下敷きになりそうになったら死んでも助ける‥‥と思うな」 「そういうものでありますか」 秀英が顔を真っ赤にして答える。 デートの最後に立ち寄ったのは問屋街。安い産着をいくつか購入した七塚であった。 ●伊崎 三日ぶりに寮部屋を訪れた伊崎紫音は唖然とした。 「火鉢はいいとしてこの柵‥‥。初めての部屋に来たような気がします」 部屋の変貌に驚くつつも七塚から預かった産着を常春に渡す。 「こちらは新しいおむつです。ボクだけじゃなくて、みんなで縫ったんですよ。汚れたらすぐに代えないといけないので、多くて困ることはありませんし。それにしても慣れていますね」 「ここ数日ずっと一緒だからね」 常春が手際よくおむつを換える姿は奇妙に感じられる。京のことは常春に任せて溜まっているおむつを洗うことにした。 「お湯があって助かりました」 水が張られたタライの中へ火鉢にかかっていた薬缶の湯を注いだ。忍犬・浅黄に汲んできてもらった水を足し、ぬるま湯の中へおむつを浸す。おまけに灰もいれておく。他の作業をして、つけ置きをしてから洗う。 「日光に当てて乾かさないと、不衛生になってしまうので。今日は風が拭いているからよく乾くでしょう」 「なるほどね」 陽当たりのよい芸術寮の庭にたくさんのおむつがたなびく。 一段落したところで常春と伊崎紫音がおやつを食べた。すると京が煎餅を欲しがる。 「煎餅はさすがに‥‥」 常春はクッキーがあったのを思いだす。湯煎で温めた牛乳と一緒に京にも食べさせてあげる。 「はい、一枚だけ。‥‥‥‥すごく喜んでいるね」 「お菓子をあげるのはあんまりによくないけれど、その笑顔は反則です」 その無邪気な京の笑顔に二人の疲れは吹き飛んだ。 ●パラーリア 「はい、縫ってきたばかりの柔らかいおむつだよ。もう少し。いい子なのにゃ♪」 一週間の中頃。手伝いに常春の部屋を訪れたパラーリアはさっそく京のおむつを取り替える。 常春は食堂で作ってきた離乳食を火鉢の上で温め直した。 「これぐらいでちょうどいいかな?」 おむつに続いて離乳食作りも慣れてきた常春だ。差しだした匙を京が含む。美味しかったようで笑顔を浮かべる。 「京ちゃん、かわいいのにゃ♪ そうだ。昨日、病院のお母さんのところに寄ったのにゃ。近況報告しておいたよ〜♪」 「ありがとう。怪我の様子はどうだった?」 「単純骨折だから治りも早いってお医者さんいってたよ。それと京ちゃん、まっくろで大きいのを怖がるって教えてもらったのにゃ」 「えっ?」 そういえばと立ち上がった常春は部屋の片隅に吊してあった黒い服を手に取る。それを見ていた京が泣きそうになっていた。 「道理で部屋のこっち側には来たがらないはずだ」 常春が急いで黒い服を仕舞って隠す。機嫌を直してもらうためにパラーリアは神仙猫・ぬこにゃんを呼び寄せた。 「猫は大好きっていってたのにゃ♪」 京がぬこにゃんに抱きついて頬をすりすりする。 髭を引っ張られそうになっても、ぬこにゃんはささっとかわす。そして尻尾で京の首筋をくすぐった。きゃっきゃっと声をあげて京は喜んだ。 「えへへ〜。はるくんも赤ちゃん好き?」 「見ているだけで和むよね。正直寝不足で大変だけど、いいなあって思うよ」 いくら見ていても飽きないが、やがて京はこてんと寝てしまう。 常春が飲み物と菓子を用意する。本日は土産でもらった柑橘系味付き炭酸水とチョコレートケーキだ。 「こういうの、いいのにゃ♪」 「だね」 パラーリアはしばしの間、常春の肩にそっと寄り添うのだった。 ●雁久良 京を預かった初日の夕方。雁久良は常春が過ごしている部屋の両隣や真下の寮生の元を訪ねる。 「夜泣きしてしまうかもしれませんが、どうかご容赦ください」 「い、いえ仕方ありませんし」 丁寧に挨拶回りを済ませてから常春の部屋に顔をだす。 「そういうの気がつかなかったよ。ありがとう。後で何か差し入れをしておくね。どうしても迷惑かけちゃうから」 「どの方もやさしそうだったわ」 雁久良が本格的に京の世話をしたのは別の日である。 「昨晩からずっとね」 「ご機嫌斜めなのかしら?」 常春がいろいろ手を尽くしても昨晩からぐずりっぱなしだという。 考えた末、雁久良は病院へ立ち寄って母親から母乳をもらうことにした。京の離乳は進んでいるのだが、母恋しいのだろうと想像したのである。 「こちらに頂けるかしら」 「少し待ってくださいね」 母乳を用意してもらう間、雁久良は『フローズ』で氷を用意する。そして母乳を冷やしながら滑空艇・改弐式・カリグラマシーンで運んだ。 わずかな時間で芸術寮の庭に到着。湯煎で人肌まで温め直して京に飲ませてあげた。すると瞬く間に機嫌が直る。 「やっぱり母親は偉大だね」 「本当にそうね♪ それと京ちゃんは人参が好きらしいのよ♪ お母さん、言い忘れていたって」 普段の離乳食に細かく切った人参を足すと京は普段よりも多く食べた。 おむつの洗濯はどうしても溜まりがち。常春と京が昼寝をしている間に雁久良が洗濯を終わらせる。 「あれ? タライに浸けておいた、おむつがないや」 「さっき洗濯して干しておいたわ。おむつ替えと洗濯は得意よ。文学科の寮で同室の子がまだおねしょしてるからよくおむつを替えて、お洗濯も手伝ってるの♪」 「もしかして‥‥」 「そう、常春君も知ってる、あの子よ♪」 雁久良が一人で留守番を引き受けたときにも京が泣き止まなくなる。雁久良はそっと胸をはだけさせて京に吸わせてあげた。 「ふふ、お母さんになった気分ね。‥‥そう遠いことじゃないと思うけど♪ ねぇ、常春君♪」 壁に張ってあった常春の絵に語りかける雁久良であった。 ●ノエミ 時を遡って京を預かった当日。 母親との面会が終わった頃、ぐるぐる眼鏡をかけたノエミの朋友、人妖・アースィフが病院に現れた。遅れたのは泰大学の図書館で育児関係の書物を調べてきたからだ。 『重要な個所を抜きだしてきました。まずはおむつや肌着など、必要なものを手分けして買い出しし、交代で常に誰かが赤ちゃんの傍に付いている態勢にしましょう』 アースィフが帳面を読み始める。 『食事は――』 「私やってみます!」 突然に胸元をはだけさせたノエミが常春から赤ちゃんを預かった。アースィフは常春から見えないよう帳面でノエミの大事なところをパパッと隠す。 「‥‥てやっ! ふんっ! とぅっ! 駄目みたいです‥‥ううっ」 「ノエミちゃん、気合い入れても母乳はでないと思うわよ♪ 結構脳筋よねぇ♪」 雁久良がノエミの胸元の乱れを直してあげる。 「えっと‥‥ノエミさんが席を外している間にお母さんが話したことなんだけど、離乳食でもう充分だって」 ノエミよりも常春の方が顔を真っ赤にさせていた。 それでめげるノエミではなかった。少しでも時間があると、アースィフを連れて常春の部屋に顔をだす。 「常春様、洗濯物をとってきました♪」 「ありがとう。京が泣きだしたんでどうしようかと思ってたんだ」 洗濯や調理などの雑務はアースィフに任せて京の世話に専念する。ぐずるのでおむつを外してみれば思っていた通りだ。 「立派な男の子ですね‥‥」 だがおむつを替えても京はふてくされていた。 そのとき、ちょうど部屋には常春はいない。用事で二時間ほどでかけている。 もう一度試してみようと、ノエミは胸元をあけて京を抱き上げる。すると今回はわずかな時間で吸い付いてきた。 「あ、なんだか嬉しいというのも変ですが。いずれ、私も常春様の子供を‥‥‥‥‥‥‥‥にゃあああ!!」 子作りの過程を含めて想像したノエミは赤面して大声をあげてしまう。 「ご、ごめんなさいー」 しばらく京が泣き止まなかったのはいうまでもないことである。 ●玲璃 「共同浴場に連れて行きたいところですが、さすがに粗相をするかも知れませんので、こちらで浴びさせましょう」 玲璃は寮一階の空き室に深めのタライを用意する。食堂で沸かしてきたお湯を張り、京に湯浴みをさせてあげた。 「ものすごく気持ちよさそうだね」 「この時期のお子様は水遊びが大好きですから。楽しい雰囲気作りができればお風呂好きな子になります」 玲璃は京のために毎日、タライ風呂を用意してくれる。おかげで京は清潔な日々を過ごせた。他にも歯を磨いてあげたり、顔を洗ったりなど生活習慣を覚えさせる。 真夜中、どうしても泣き止まないときにはおんぶして大学敷地内を散歩した。 「お月さまが好きなようですね」 月が夜空に浮かんでいると三十分程度で機嫌を直す。 そうでないときは一時間以上歩かないと寝付いてくれない。常春と交代しながら敷地をぐるぐると回った。 「火鉢のおかげで室内はとても暖かいですから、こんなに厚着させなくても大丈夫です」 「そうなんだ。つい着せたくなってしまってね」 時に宝狐禅・紗を出現させて京を監視してもらう。歩ける距離が少しずつ伸びていたので柵や門があっても安心するのは禁物である。 「昼夜が逆転しているのはあまりよくはありませんね」 早寝早起きをさせるようしたかったが、中々うまくはいかなかった。それでも一週間が終わる頃には比較的寝付くようになる。 「なんか苦しそうなんだ」 「いつもよりたくさん食べましたから。貸してください」 玲璃は、のの字を描くようにして優しく京のお腹をさすってあげた。合わせて足裏の土踏まずを適度に押してあげる。こうすると便秘が解消されやすくなるという。 「お休み、なさい‥‥」 すやすやと眠る京を眺めているうちに玲璃は眠くなる。後のことは常春に任せて京の隣でしばらく横になった。 ●ルンルン 「そろそろおねむの時間かな」 常春が京を抱っこして柵の中へ下ろそうとする。ルンルンはその姿を眺めながら様々な想像を巡らせた。 (「いずれ私も、常春さんとこんな風に赤ちゃんを――」) ほわほわとした気分に浸っていたルンルンだが京の泣き声で吹き飛んだ。 「眠たそうな顔してたんだけどな。こっくりしてたし」 「常春さん、任せてください。赤ちゃんの世話だってルンルン忍法にお任せなのです!」 ルンルンが懐から取りだしたのは、でんでん太鼓である。振って鳴らすと京が興味を示す。 「へぇ〜」 「気に入ってくれたようですよ♪」 「いろいろ試したんだけど、おもちゃは喜ばない子だとばかり思っていたよ。音が鳴るのは好きみたいだね」 「あ、京ちゃんっ」 ルンルンが抱き上げると京は胸元に顔を押しつけてきた。 「離乳しているんでしたよね? 常春さん」 「そうなんだけど、母親が恋しいみたいなんだ。女性の胸元だと安心するみたいよ」 しばらく頭を撫でてあげると京が寝息を立て始める。今度こそ起こさないように優しく寝かせてあげた。 「みんなが縫ってくれたおかげで、おしめがたくさんあって助かっているよ」 「私はエペタムで布を切ったのです。蓬莱鷹ちゃんは窓から皆の元へ切った布を配ってくれました♪」 「おしめ、そうやって作ってくれたんだ」 「はい♪」 京の寝顔を眺めながら小声で話す。 「手もこんなにちっちゃいし、ほんと可愛いですよね。‥‥常春さん、子供は沢山欲しいです?」 「そうだね。兄弟がたくさんいた方が寂しくないね」 常春が火鉢の湯で茶を淹れる。京が起きるまでの間、常春とルンルンは二人だけで過ごした。 (「牛に襲われたところを助けて、怪我したお母さんの替わりに赤ちゃんの面倒を見てあげるなんて、常春さんはやっぱり優しくて格好いいのです」) 惚れ直したルンルンは常春を見つめながら顔を近づけるのだった。 ●別れの時 時が経つのは遅いようで早い。 「ご迷惑をおかけしました。京の父親です」 一週間後、京の父親が泰大学の芸術寮を訪ねてきた。疑うわけではないが一緒に朱春の病院へ向かう。一緒に母親を見舞う場で京を返す。 「私たちが持っていても今のところ使い道がありませんので、どうかお持ちになってください」 「よろしければ台車に載せておきます」 玲璃と伊崎紫音はそれぞれ風呂敷包みを担いでいた。 「こっちの風呂敷の中身はおしめなのにゃ♪」 「こちらは肌着であります」 パラーリアと七塚が風呂敷包みに付けられた札を指さす。 「おしめと肌着はまだまだ必要よね。京ちゃん以外にも♪」 「そ、それって? もしかして」 雁久良の言葉にノエミがベットの母親を見つめる。すると母親が大きく頷いた。 「それって二人目っ?」 「常春さんは三人の命を救っていたんですねっ♪」 柚乃とルンルンが同時に常春へと振り返る。 「そうだったんだ、知らなかったよ。よかった、本当によかったよ‥‥」 常春は涙ぐんだ。 そしてお別れの時がやってくる。一同は小さな手と握手したり、頬にキスをして別れの挨拶をした。 「元気でね!」 そして父親に抱かれた京に手を振りながら病院を後にするのだった。 |