天帝宮の訪問 〜春華王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/02/22 01:46



■オープニング本文

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 泰大学芸術学科は進級するにあたって、一年を通じての課題提出が重要視されていた。
 今時期に行われる試験は非常に補助的なもので、課題の評価が高ければ余程の失敗をしない限りは上級生になれる。
 常春と学友達は大学祭での高評価でまず間違いなく上がれるだろう。
(「一度、みんなを招待しようかな? 春華王の正体はとっくにばれているわけだし」)
 筆記試験の最中、常春はあることを思いつく。それは仲の良い学友達を天帝宮に招いてみてはどうかと。
 様々な形で学友達の殆どは将来天帝宮で日々を過ごすことになるだろう。また天帝宮に会いたい人がいるかも知れない。
 常春はあくまで市井の常春として訪問する。春華王の役目はこれまで通り影武者の秀英にやってもらう。
「試験が開けてから一泊二日で天帝宮に泊まってみない?」
 常春は学友達を誘った。
 実家に帰るようなものなので、常春に身支度の必要はない。ただ変装はしっかりとしなければならなかったが。
「付け髭‥‥だめだ似合わない。というか変だよね」
 鏡の前でいろいろと試してみたがなかなか決まらなかった。結局、長髪のカツラを被り、眼鏡をかけて誤魔化すことにする。
 試験が終わった翌日、常春と学友達は朱春へ。そして侍従長の孝亮順から送ってもらった許可証を手に天帝宮の正門を訪れるのであった。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔
七塚 はふり(ic0500
12歳・女・泰
ノエミ・フィオレラ(ic1463
14歳・女・騎


■リプレイ本文


 衛兵達によって天帝宮正門が開かれる。一行は案内の者にもふら車へ乗るよう勧められたが徒歩で向かうことにした。
(「常春様、長髪と眼鏡もよくお似合いです。一緒にお泊り‥‥な、何かあったらどうしましょう!」)
 ノエミ・フィオレラ(ic1463)が常春の横顔を眺めながら、うっとり、ごくりとしていたのは内緒である。ちなみに駿龍・BLは泰大学でお留守番中だ。
「天水甕まで金ぴかであります。迷子になりそうでありますね」
 七塚 はふり(ic0500)は周囲を見回す。
「天帝宮にお泊りなんて素敵ね♪ どこかに宝物庫もありそう」
『数々の秘宝があるのでしょうなあ‥‥心躍ります』
 手をわきわきさせる提灯南瓜・ロンパーブルームの頭に雁久良 霧依(ib9706)が片肘をどすんと乗せる。
「ロンちゃん、パクったらその場で死罪♪ OK?」
『冗談、冗談ですよ』
 悪戯っ子の笑いでロンパーブルームは誤魔化した。
「春くん、飛鳥おにいさんと遊んだりしたのにゃ?」
「正門から宮殿までかけっこしたことがあるよ。かなわなかったけどね」
 パラーリア・ゲラー(ia9712)に聞かれた常春は幼い頃を思いだす。
「あまよみによれば快晴が続くようです」
「それはよかった。野外も見て欲しかったからね」
 玲璃(ia1114)と常春が話していると離れの庵が徐々に見えてくる。
「青の間のことは何度も聞いていますが、中は入るのは初めてですね」
 伊崎 紫音(ia1138)は興味津々。名前が示す通り、庵全体が青系統の色でまとめられていた。
 影武者の秀英と侍従長の孝亮順が迎えてくれる。人払いは済んでおり、案内がいなくなって春華王の正体を知る者だけになった。
「この度はお招き頂いて有り難う御座います」
 伊崎紫音が孝亮順に挨拶。続いて全員が感謝の気持ちを言葉にした。
「あの、天澪に女官の服を着させてあげたいんですけど‥‥」
 柚乃(ia0638)の願いを後で届けさせると孝亮順が快諾する。
「おかげでばれずに済んでいるよ」
 実は泰大学出発前、ルンルン・パムポップン(ib0234)が常春の変装に一手間かけてくれていた。
「よく似合ってて、素敵だと思います」
 笑顔のルンルンは泊まるのが楽しみで昨晩よく眠れなかったという。
「こちらをどうぞ」
 秀英が手渡してくれたのは各自の名前が入った札である。札が掛けられていない部屋なら自由に使っても構わないとのことだった。


 天帝宮の案内は春華王・春と孝亮順がしてくれた。
 孝亮順はよいとして春華王自らの案内は滅多になかった。官達の顔色がそれを物語っている。もふら車二両に乗り込んで見学して回った。
 昼食は池の側に建てられた壁のない庵で頂く。
「こちらをどうぞ」
 玲璃が重箱弁当と花茶「茉莉仙桃」を提供。その他に孝亮順がハムサンドを用意してくれる。
「自分が淹れるのであります。たまには紅茶以外もよいのでありますよ」
 七塚が淹れた花茶を飲みながら常春は池を眺めた。
「天儀から輸入した錦鯉がいるんだよ」
 試しに常春がパンを投げ入れると水面近くまで錦鯉があがってくる。
「ちょっと試してみましょうかっ」
 柚乃が『時の蜃気楼』を使うと春の景色が目の前に広がった。池沿いに植えられた梅の木に花が咲く。
 夏や秋の季節も再現されて一同は四季折々の様子を眺めながら昼食を楽しんだ。


 見学の後、一同は常春が昔描いた絵を眺めながら青の間で過ごす。玲璃も混じりたかったが先に成すべきことがあった。
「玲璃です。相談がありまして――」
 『貴女の声の届く距離』を使って孝亮順と話す機会を得る。そして幽閉中の『ヤオ』との面会を望んだ。
 快諾ではなかったが、その願いは叶えられる。玲璃は自身が管理監督する形でヤオを説得し、影ながら雇うことを望んでいた。
 孝亮順は非常に懐疑的である。玲璃はまずはヤオという人物を理解するところから始めようとした。
「あんたか‥‥。殺しに来てくれたのかい?」
 玲璃は鉄格子越しにヤオと再会する。宝狐禅・紗には見張りを頼んだ。
「差し入れ、二つずつあります。どちらがよいですか?」
 玲璃は拒否されるかと思っていたが、ヤオは素直に重箱弁当と花茶「茉莉仙桃」を受け取る。
 毒味をしようとした玲璃だがヤオはすぐに食べ始めた。毒が盛られていても、どうでもよいようだ。
「貴方の好きな方の良いところを教えてくれませんか?」
「知ってどうする?」
 自分語りは苦手で嫌だといってヤオが背中を向ける。そして食べ終わるとベットに横たわった。
「貴方はその方を何とお呼びしていたのですか? 貴方がその人を忘れなければいい。貴方が生きること、忘れぬことが、貴方の好きな人が存在した証です。だから今後も生きてくれませんか?」
「断る。遠方での任務中にあの方が亡くなったのを知ったとき、私はすぐに死ぬべきだった‥‥春華王を殺させてくれたら考えてやるよ」
 ここからは玲璃の一方的な語りかけとなった。一時間後の去り際になってようやくヤオの口が開く。
「引き返せるのであればとうの昔にしている。お前がいうように自滅の道なのもわかっている。今、こうして屈辱に耐えているのも春華王を殺す機会を得るためだ‥‥。わかったら立ち去れ。そしてもう二度とくるな」
 ヤオの発言を聞いた玲璃は思う。少なくとも自分の話しは聞いていてくれたのだと。


 天帝宮の庭には雪が残っていた。
「立派な築山でありますね」
 七塚と秀英は青の間から離れて散歩する。日陰では霜柱が残っていて歩く度にざくざくと音がした。
「先日はありがとうございました」
「元気になられてよかったです」
「おかげでぴんぴんしているでありますよ。ところで‥‥ずっと気になっていたことがあるのであります。春殿とお呼びしたほうがよいのでしょうか?」
「二人のときはどう呼んで頂いても」
「でしたら自分は秀英殿とお呼びしたいであります。秀英殿を好いておりますから」
「‥‥えっ?」
 七塚の告白に秀英は立ち止まって固まる。
「あの、ですね。私もあの、七塚さん、いやはふりさんのこと、いいなと思っていたんですけど、ですが何とかいうか、その‥‥」
 秀英は素の自分に戻っていた。
「その前に春華、いや常春様のことが好きなのとばかり思っていまして」
 秀英の訊ねに七塚は首を横に振る。
「常春殿に似ているからなどではなくて、秀英殿が好きです。出し巻き卵を食べて泣いているのを見たときから、料理はぜんぜんだけど‥‥がんばるから‥‥いつかお傍に置いていただけませんか?」
「あの卵焼き‥‥美味しかったんです。はふりさんが料理人に頼んで作ってもらったんですよね」
 秀英からしどろもどろが消えていく。
「私も好きです。ずっと好きでした。これからも」
 秀英と七塚は互いに気持ちを打ち明け合う。
 常春が卒業すれば秀英は影武者としての役割を終える。一役人としての生活を送ることになるだろう。
「こういった機会に会えますし、普段は文通だけになってしまいますけど」
「自分も芸術学科を卒業したいのであります。朱春と泰大学は近くですからいつでも会えるのですよ」
 それから二人は庭の片隅で二時間ほど過ごす。戻った青の間では人妖・てまりと常春が長椅子に座って一緒に本を読んでいた。
「お二人、衣装の本が逆さまなのですよ。それにのぞきは良くないのであります」
 常春とてまりが揃って七塚に振り返る。
「気づかれていないとばかりに思っていたよ」
「秀英殿が勇気を振り絞っていたのであります。それを邪魔するのは野暮というものでありますよ」
 常春に答える七塚は頬を赤く染めていた。


 柚乃は札がかかっていない扉を開いて部屋の中を覗き込む。
 すでに確かめた部屋は二十を越える。回廊先の建物も含めれば庭園が見える部屋はまだまだあった。
 廊下に戻ると上級からくり・天澪が手招きをしている。薄い紅色の女官服はとても似合っていた。
「いいかもっ♪」
 天澪が見つけてくれた部屋は柚乃の希望に叶う。
 方角からいって壁の窓からは朝日が差し込むはず。天井の一部は天窓になっているので満点の星空が見えるだろう。どちらも硝子張りである。
 柚乃はこの部屋がとても気に入ったので名前の札をかけておく。
 そして柚乃は常春の元へ。
「猫又になって歩きたいんだけど、宮廷内の警備が厳重なのは当然でしょ。不審に思われる場合もありますから‥‥」
「春には私からいっておくからつき合わせるよ」
 柚乃は『ラ・オブリ・アビス』で首に赤いリボンを巻いた真っ白な猫に変化した。
 猫柚乃が春華王・春と天澪が連れて向かった先は図書館である。入るなり大勢の女性司書が声をかけてくる。
「春華王様、最近飼われ始めた猫で御座いますか?」
「友人が飼っている猫です。可愛いので少々借りてきました」
 春華王・春が屈んで猫柚乃の頭を撫でた。
「可愛い猫、誰のかしら?」
「あなた知らないの? 春華王様のご友人の猫よ」
 猫柚乃は二人から離れて周囲を練り歩く。春華王が可愛がっている猫の噂は瞬く間に広がっていて、咎める者は誰一人としていなかった。
 人が集まっているところで聞き耳を立ててみる。
 春華王の評判は総じてよいようである。やはり女性の中には玉の輿を望んでいる者も少なからずいた。将来を約束した学友達のことはまだ知られていないようだ。
(「あ、いいかも。すごいなっ」)
 昨日から気になっていた風呂はとても広い。特に春華王専用の風呂は湯船も含めてすべてが煌びやかであった。


 伊崎紫音は敷地内の衛兵詰め所を訪れる。孝亮順の一筆のおかげで簡単に見学の許可が下りた。
「普段から一分の隙間もない警備態勢が敷かれている。春華王様のお命は我らが――」
 案内してくれた衛兵は二メートルを超える大男であった。名は馬強という。
(「お国柄からいって泰拳士の方々がたくさんいますね」)
 野外の稽古では木偶人形を相手に衛兵達が武術を磨いていた。
「将来、ここに入るつもりなのか? まあ、容姿優先の儀礼衛兵もいる。巫女にも重要な役目があるだろう」
「あのボク、サムライです。念のためにいうと男の子です」
 伊崎紫音が答えると饒舌だった馬強の声が聞こえなくなる。顔を見上げてみれば凄まじい驚きようだった。
「サムライで男‥‥なのか? いや失礼した」
「巫女に関してはこの袴姿ですし、間違えられても仕方ありません」
 突然に稽古場の方から凄まじい音が聞こえてくる。振り返ると鉄製の訓練器具が倒れて衛兵一人が下敷きになっていた。
「隙間を空けろ!」
「ボクにもやらせてください」
 駆け寄った伊崎紫音と馬強が手を貸す。するとそれまで動かなかった訓練器具が緩やかに持ち上がる。
「もしや伊崎、いや伊崎殿は志体持ちなのか?」
「馬強さんもそうなんですか?」
 怪我した衛兵は急いで運ばれていった。
「伊崎殿が入られる日を心待ちにさせてもらう。サムライが入れば戦い方の幅も広がりましょう」
「卒業後は一緒に春華王様を守らせて頂きますね」
 見学の最後、伊崎紫音は馬強と握手を交わす。そして日が暮れるまで庭園からの宮殿を描いた。
「あの松、綺麗ですよね」
「庭師が代々手入れしているって聞いたよ。六代目とか」
 夜、伊崎紫音はスケッチ絵を常春に見せる。そして日中の出来事をいつものように話すのだった。


 青の間周辺を散策した神仙猫・ぬこにゃんは小さな庵の屋根にあがる。
 ぬこにゃんが『猫呼寄』で呼びかけると飼い猫達が集まりだす。陽当たりがよいので好都合な場所であった。
(「上品な猫が多いのにゃ」)
 ぬこにゃんは猫達に天帝宮の状況を教えてもらう。
 偽春華王が現れた時には疑心暗鬼に囚われていたが、今は落ち着きを取り戻しているようだ。
 元春華王である飛鳥の帰還。それに息子の高檜の存在が天帝官達に歓迎されているらしい。
 春華王の血が突然に絶えることがなくなったのを喜んでいる。そうぬこにゃんは判断する。後継者争いは今のところ心配されていないようだ。
 その頃、パラーリアは常春と一緒に庭の奥を探検していた。
「この木に一緒に登ったこともあるよ。確かあの枝の上まで。今見るとそんなに高くないけど、ものすごい達成感があったな」
「春くんも飛鳥おにいさんもやんちゃだったのにゃ」
 常春の思い出話を聞いているとパラーリアは木の幹にある傷に気がつく。消えかかっていたが確かに文字が彫ってあった。
「これ、春くんたちが彫ったのにゃ? 両側にあるよ〜」
「なりたい将来をアス兄ぃと一緒に彫ったんだよ。子供の頃だったとはいえ、この木には悪いことをしちゃったな」
 今はもう読めなかった。どちら側を彫ったのかすら常春は忘れてしまったという。
 パラーリアは散歩の後、孝亮順に聞いてみる。
「内緒と約束して頂けるのなら」
 孝亮順はパラーリアにこっそりと教えてくれた。
 飛鳥がなりたがっていたのは医者。これはある意味叶ったといってよい。常春は飛空船の操船士だった。


(「ここが卒業後に暮らすところ。常春さんと一緒に過ごすところ‥‥」)
 窓の外には雪景色の庭が広がる。別の窓を覗くと綺麗な朱色の宮殿が遠くまで続いていた。
「何度見ても凄いのです」
 ルンルンは玉砂利が敷かれた道を眺めているうちに夢の国へ来たような気分になる。
「この部屋を選んだんだね」
「とても気分が落ち着くので」
 しばらくして常春が部屋にやってきた。
「子供の頃のかくれんぼ、よくこの部屋に隠れたんだよ。アス兄ぃや亮順も知らない秘密があってね。ほらここ」
 衣装箪笥が二重構造になっていて子供一人が隠れられる空間があった。
「よく遊ばれたんですね」
「そういえば誰にも話したことがなかったな。ルンルンさんが初めてだね」
 ルンルンは嬉しくなって頬を染める。
 常春とルンルンは青の間でくつろいだ後に庭を散歩した。
「冬のこうした雪景色も綺麗だけど、どちらかといえば濃い緑の本物の夏をルンルンさんに見せたいかな」
「夏の頃もまたこうして、お庭で‥‥約束です」
「もちろんだよ。今年の夏、また来よう」
「嬉しいです」
 ルンルンと常春はお互いに手を握っていた。その手を深く組み合わせる。
「私、暮らしをもっと楽しめる、日々の生活に彩りを添えられる、そんな風に出来たらって思います」
「さっきの箪笥がなくてもルンルンさんなら、いつでも隠れられるものね。毎日驚かせられるのかな?」
「あ、いぢわるなのです。そんなこと‥‥いえ、しちゃおうかな?」
「構わないよ。ルンルンさんなら」
 そのとき、常春の頭上に枝から落ちた雪の塊が迫った。ルンルンはさっと常春を抱えて倒れ込んで難を逃れた。
「ありがとう。いつも気を抜かないようにしないといけないね」
「そういえば私、最近誕生日だったんですよ」
 常春は乱れたルンルンの髪を手櫛で整えてあげる。そしておめでとうといいながらキスをするのだった。


「騒動は起こさないでね? 氷漬けになりたくないでしょ♪ 私は落ち着いて見て回りたいから」
『任せてください』
「その言葉が一番信用ならないのよねぇ」
『巷では真面目のロンちゃんと呼ばれているのですよ』
 雁久良は提灯南瓜・ロンパーブルームを連れて気ままに敷地内を散策する。
「霧依さん、そこで何をしているの?」
 庭で見かけた大きな岩の窪みに頭を突っ込んでいると常春の声が聞こえてきた。
「あら、常春君じゃない。いえね、いずれ私達の子供ができたら何処でどうやって遊ばせようかしら、って思って♪」
 雁久良には別の意図があったが内緒にしておく。
「子供、沢山作りましょうね♪ 我が君さえよければ、今すぐにでも」
「えっ?!」
 雁久良はなまめかしい仕草で常春に近づいたが、ロンパーブルームの視線で我に返る。
「冗談よ、冗談♪ それにしても素敵な宮殿ばかりね♪ 常春君の一番好きな場所、教えてくれるかしら? 折角だし、そこから見た景色をスケッチしていきたいわ♪」
「好きな場所‥‥えっと、あ、あっちです」
 常春は雁久良とロンパーブルームを六角形の御堂に案内した。
「外側は見た通り、朱と金でまとめられているんだ。でも中は板張りでとても質素なんだよ。何のために建てられたのか、まったくわからなくてね。そこに惹かれて子供の頃から好きなんです」
「へぇ〜、興味そそるわね。文献は残っていないの?」
「単に建てたとしかなくて。修理はされているけど焼失は一度もないよ。それが本当なら六百年は経っているはず」
 雁久良はこういった物件に興味津々である。常春を強く抱きしめて喜ぶのであった。


(「ここが常春様が育ったところ」)
 ノエミは青の間の調度品を一つ一つ確かめた。馴染みあるジルベリア様式とは違うがどれも手の込んだ逸品なのはすぐにわかる。
 しばらくして常春が現れた。
「この青磁の壺、素晴らしいです」
「それが一番価値があるって亮順がいっていたよ。さすがだね」
「天帝宮とは比べ物になりませんが、私も、貴族の館で生まれ育ちましたのでそれなりに詳しいのです」
「そういえば池でとってきたオタマジャクシをその壺で飼って、亮順に怒られたことがあったなあ」
 驚くノエミ。だが思い出を語る常春の瞳から童心が感じられる。その瞳を見つめながらノエミは何度も相づちを打った。
「絵画の道具、貸してもらえないでしょうか。庭を描いてみたくなりまして」
「どれも自由に使って構わないよ。紙はきっとここに‥‥」
 常春が傍らにいる空間でノエミは絵筆を振るう。
(「常春様はここで何を想って、今の私のように絵筆を握っていたのでしょうか‥‥」)
 しばらく絵に集中していると紅茶の香りが漂ってくる。
「あ、やります」
「いいんだ。私が淹れたかったんだから」
 ノエミの側にあった台の上に常春が紅茶のカップを置いた。
「とても、とても美味しいですっ! 常春様」
「喜んでもらえてよかった」
 ノエミは思う。このときの常春の笑顔とミルクティの味は一生忘れないだろうと。


 一行は春華王の賓客として晩餐に招かれた。
 満腹になった後は風呂の時間となる。
 賓客用だけでなく、希望者には春華王専用の風呂場が提供された。ちなみに常春は男性用の賓客風呂に浸かってくつろいだ。
「よい風呂だったわ」
「石鹸、とてもよい香りがします」
 風呂からあがった雁久良とノエミは部屋に戻った。二人は相部屋である。
「ノエミちゃん、常春君の部屋に行こうとか、変な気を起こさない方がいいわよ〜? 問題起こして変装がばれたりしたら大迷惑がかかっちゃうんだから♪」
「わ、分かっていますよ」
 そう答えながらもノエミは行く気まんまんだ。そのためにわざわざ常春が泊まるはす向かいの部屋を選んでいた。
 それがわからぬ雁久良ではない。説得は無理だと判断して強攻策にでる。
「き、霧依さんそんなにくっつかないで‥‥悲しくなりますから。その胸‥‥」
 雁久良は同じベットに横たわってノエミをぎゅうと抱きしめる。そうこうするうちに雁久良が吐息を立て始めた。抱きしめていた腕が緩んで落ちる。
 好機到来と心の中で叫んだノエミはそろりとベットの外へ。しかし、がしっと腕を掴まれて再びベットの中へ呼び戻された。
「駄目駄目♪」
「あははは! そんなふにゃあああ!」
 ノエミは脇をくすぐられて力が入らなくなる。
「大人しくしない子はお仕置きよ♪」
 雁久良が止めとしてノエミの耳朶をかぷっと甘噛み。
(『たまりませんな』)
 提灯南瓜・ロンパーブルームは物陰からじっと見続けた。


 二日目にはパラーリアの希望で全員が庭先に集まった。青の間を背景にし、秀英と孝亮順も一緒に並んで絵が描かれる。
(「春くんが旅にでるようになったのは飛鳥おにいさんを探すためだったのにゃ。そしてこれが今の幸せなのにゃ」)
 途中、パラーリアと交代して常春が木炭を握る。空いていた椅子に座ったパラーリアを彼が描く。
 パラーリアが仕上げた絵は後日、青の間に飾られることとなった。