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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 泰大学で行われた大学祭は大成功で終わる。今では学生達も落ち着きを取り戻して日々の勉学に励んでいた。 但し、一部の者達は未だ夢から覚めないままでいる。春華王の仮の姿『常春』もその一人であった。 「秋も終わり。もう冬だね」 常春は芸術寮の近くに植えられていた広葉樹の落ち葉を竹箒で集める。少し掃いて立ち止まって空を見上げた。長い空白の後、ため息をついて掃除を再開する。 それを繰り返して二時間弱が過ぎ去った。ようやく片付いたが、ひらひらと新たな枯れ葉が落ちてくる。 明日になればまた枯れ葉が積もっているはず。日に日に少なくなっているので、もうすぐ掃除しないでも済むようになるだろう。ただそれが何時になるのかがわからない。 常春が悩んでいたのは想いを伝えること。 学生生活はまだ続くのだが、ある意味において常春としての時間はわずかである。 在学中に将来の伴侶を決めるというのは侍従長の『孝 亮順』との約束であったからだ。もし決まらなければ近々彼が連れてきた女性と婚姻することになるだろう。 幸いなことに常春は気に入った女性が身近にいる。ただ一人に絞るにはとても時間が足りなかった。 王妃は選ぶとしても春華王の血を絶やさないために後宮も大切だと幼少から教えられてきている。 (「自分で決めたことだからね」) 常春は王妃としてふさわしい女性をすでに絞り込んでいた。また別の魅力で側に居て欲しいと考えている女性も複数いる。 世間的は王妃が上だと受け取るのだろうが、常春にとっては同じくらい大切な人。それぞれのオンリーワンなのだが、それをいっても仕方がない。 常春がいくら望んだとしても、女性の側が拒否することもあるだろう。 身分を明かしつつも常春として求婚するのは女性に断れる裁量を持たせるためだ。権力を行使しての無理強いは常春の主義に反する。それだけは絶対にやるつもりはなかった。 男性の友人達にも将来の自分を支えてもらえないかと声をかけるつもりでいる。信じられる友人ほど心強いものはない。 枯れ葉集めが終わった常春は芸術寮の自室に戻る。そして一人一人にどうやって話を切り出そうかと考え続けるのであった。 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
七塚 はふり(ic0500)
12歳・女・泰
ノエミ・フィオレラ(ic1463)
14歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●伊崎紫音 夜も更けていた芸術寮の一室。そこは伊崎 紫音(ia1138)と常春が日常を過ごす共同部屋である。 「旅泰市で希儀のチョウザメが売っていたんです。白身の肉を挽肉にして焼売を作ってみました。アクセントに塩漬けの魚卵も入ってますよ。常春さんも如何ですか?」 「ちょうどお腹が空いてきたところなんだ」 寮の食堂で晩御飯を食べたばかりの二人だが、男の若さとは空腹との戦いでもある。 「たくさん作ったので寮のみんなにお裾分けしてきますね」 「うぐっ‥‥し、紫音さん。実は大事な話があるんだ。寝る前に少し時間をくれないかな」 常春は口にしていた焼売を急いで飲み込み、廊下へでようとしていた伊崎紫音を呼び止めた。頷いた伊崎紫音は焼売を配り終えるとすぐに部屋へと戻る。 「誰にも聞かれないようにお願いしますね」 そして忍犬・浅黄に部屋前の廊下で見張ってもらう。 「大事な話って、何ですか?」 「実は卒業後、天帝宮に来て欲しいんだ。私の儀礼関連の警護の一人をお願いしたい。ゆくゆくはまとめ役になってもらうおうかと考えているのだけれど、どうかな?」 常春からの突然の申し出に伊崎紫音は言葉に詰まった。自分の将来に大きく関わる申し出だったからだ。 うまく返事ができずに刻々と時が過ぎ去る。いつの間にか日付が変わっていた。 「‥‥明日の朝まで、いいえ、夜明け後の今日の夜までには、決めますから」 「わかった。いい返事を待っているよ」 二人ともそれぞれの布団で横になった。伊崎紫音は結局、朝まで一睡もできないまま朝が訪れる。 「ボクに、務まるでしょうか‥‥」 気分転換に早朝の泰大学を散歩する。開拓者として、各地を飛び回る生活はとても楽しいが、永遠に続けられるものではない。 (「いずれは、何処かに仕官して働きたいとは思っていたんですし‥‥」) 伊崎紫音にとって常春はとても身近な存在だが、泰国民衆にとっての春華王は違う。光が強ければ落ちる影は濃くなる。正しい治世が行われても春華王を疎む者が消えることはない。 「王の側近候補なら、うちの家族も反対はしないですよね」 伊崎紫音の心の内は決まった。微力ながらボクの力が役に立つのならと。 「そう、来てくれるんだね! ありがとう」 決心を常春に話したところ、とても喜んでくれる。 (「嵐の壁が弱まったり、新しい儀が見つかるかもしれなかったり、世界が色々動いていますし。儀礼でも外国にでることがあるはず。護衛は大切な任務ですよね」) 「卒業後の話だから。それまではこれまで通りでね」 今は常春が喜んでくれるだけで充分であった。 ●玲璃 「今日はいつもよりも多くて困っていたんだ」 「もう散り際だからでしょうか。蝋燭が燃え尽きる際の一瞬の輝きのようですね」 常春と玲璃(ia1114)が一緒に芸術寮の庭を竹箒で掃いた。集めた落ち葉は随時焚き火で燃やしていく。 「寒くなってきたのでちょうど欲しかったところです」 燃やし終わった後、玲璃は水をかける前に七輪へと灰を詰める。 「これから旅泰市に出かけるんだけど一緒に行かない?」 「そうですね。ではお付き合いさせて頂きます」 徒歩で朱春へ。旅泰市で食べ歩きをしながら食材を買い込んだ。 「これどうかな?」 「美味しそうな干物ですね」 「この間の話の続きをこうして歩きながらしようと思ったんだけど‥‥無理ぽいね。今晩部屋に行ってもいい?」 「はい。お待ちしております」 宵の口、常春は約束通り玲璃の寮部屋を訪ねた。 「お茶でも淹れますね」 玲璃が七輪にヤカンを乗せる。暖をとるために炭は熾されていた。玲璃は宝珠から出現させた宝狐禅・紗に時折『狐の早耳』で警戒してもらう。 常春は大学祭の最中に玲璃と約束を交わしている。天帝宮での務めを願ったのである。 「亮順もいっていたけど、科挙試験は卒業後で構わないよ。実は儀礼の際の護衛として紫音さんも誘ったんだ」 「それは心強いです」 春華王としての常春が玲璃に望むのは天帝宮内を取り仕切る侍従の役目だ。 大まかにいえば玲璃には天帝宮内での春華王を護ってもらう。伊崎紫音は天帝宮の外に出かけた春華王を護るのが務めといえる。 「実は――」 続きを話そうとした常春の口を玲璃が塞いだ。 ヤカンを退かし、七輪の灰の表面に文字を書いて状況を伝える。紗が怪しい物音を耳にしたのでネズミに化けてただ今確認中だと。 お茶を飲んでいる間に他寮の者が酔っ払って迷い込んだのだと判明した。 「孝亮順様の助手をしながら科挙に臨んだり、常春様の理解者となり心身のガス抜きや耳の痛い話もできる立場であれば特に役職の拘りはありません」 「卒業にはまだ時間があるからね。心の準備だけをしてもらえればいいよ。私がいうのもなんだけど、あまり気負わないでね」 その後、干物を七輪で炙って頂く。 「これいけるね」 「もっと買っておけばよかったですね」 玲璃はこの日の出来事を一生忘れないだろうと心の中で呟いた。 ●七塚はふり 朝早く目が覚めた七塚 はふり(ic0500)は竹箒を握って庭の掃除を始める。 (「ここ最近、皆さんそろって肩に力が入ってらっしゃるのであります」) 大学祭以降、学友達がそわそろしているのに気づいていた。特に女性陣が顕著だなと。 上級からくり・マルフタも手伝って見上げる程の落ち葉の山ができあがる。 マルフタに焚き火の番をしてもらい、七塚は部屋にサツマイモを取りに戻った。よく洗ってから紙に包んで灰の中へ。さらに落ち葉を足して焚き火を続ける。 サツマイモが焼けた頃、竹箒を手にした常春が庭に姿を現す。 「あれ? そうか、はふりさんが掃除してくれたんだね」 「常春殿も焼き芋いかがであります? 火を囲んで暖かいものを食べると落ち着くであります」 寒空の下、七塚と常春が焚き火にあたりながら焼き芋を頬張った。 やがて常春は悩み事を七塚に打ち明ける。 「そう‥‥。特に決めなくてはならないのが王妃のことでね。後宮のことも考えないと」 「常春殿、夏に絵の悩みを聞いてくれたのを覚えているでありますか? 自分も常春殿の相談には乗るであります」 常春が春華王として話している間、七塚に頼まれたマルフタが焼き芋片手に周囲を見張ってくれる。 「――なんと皆々様へ告白でありますか。それは緊張するでありますね。応援しているであります」 常春が後宮の詳しい話題に触れると、少々唐突に七塚はそう言葉を返す。 「はふりさんにも側にいて欲しいと思っていたのだけど」 「常春殿のお気持ちはうれしいです。だけど自分は後宮に入れないのであります。お忘れでありますか? 自分は後宮に反対したのであります。軽率な発言をした自分は皆さんのような立派な王妃にもなれません」 常春は『でも』と続けそうになったが、発せずにすべてを腹へと呑み込む。王妃に迎えるのならばともかく、後宮への招きは多分に自分のわがままなのを自覚していたからだ。 「大学生活は楽しいです。自分は欲張りで、常春殿と皆さんの幸せを傍で見守りたいから‥‥」 それからの七塚は思い出を語った。 舞踏会で甘い夢を見たこと。おいしい紅茶が淹れられるようになったこと。学友との友情や常春殿へ助力したい気持ちも含めて。 「実は以前から憎からず思っていた殿方がいるのであります」 「それは、私が知っている人?」 「秀英殿であります。妹殿とも気が合いそうで‥‥どうしました常春殿。頭痛薬なら寮の薬箱にあるでありますよ?」 いつの間にか常春が背中向きで頭に手を置いていた。 「応援しているよ。はふりさんが幸せになるのが一番だ。よかったら春、いや秀英と会える機会を作るけど」 (「焼くのは芋に留めるであります‥‥」) それは自分も同じだと七塚は心の中で囁いた。 「たまの手紙があれば十分です。春殿とお付き合いできたら卒業がもっと楽しみになるし、断られるのもそれはそれで青春でありますよ」 七塚と常春は食べ終わって包み紙を焚き火にくべる。炎が消えるまでお喋りを続けるのであった。 ●雁久良霧依 ある日の常春は芸術学科棟の屋上でキャンバスに絵筆を滑らせる。 「空はこんなものかな? ん?」 一休みしようと椅子に座ったまま両腕を伸ばして背伸びをしようとしたとき、目の前を真っ赤な火の玉が通り過ぎていく。 「あっ!」 それは不意打ちの序章。柔らかくて温かい何かが後ろから覆い被さった。 「はぁい♪ 元気にしてた? 私の顔が見られなくて淋しかったかしら♪」 「霧依さんだね。しばらくいなくて、どうしたのかと心配していたよ」 火の玉は提灯南瓜・ロンパーブルームの悪戯。後ろから常春に抱きついたのは雁久良 霧依(ib9706)の悪戯である。 『ははは、では僕は失敬します。もう冬ですなぁ』 悪戯心が満たされたロンパーブルームは庭で落ち葉掃除に精をだす。すべては焚き火を楽しむため。雁久良の故郷では『田焼きロンちゃん』の綽名で呼ばれているらしい。 「いろいろとあったのよ。文学科の寮で同室の子がねぇ、本当にやんちゃで、とっても手がかかるの♪ 最近、悪戯が更にエスカレートしてねぇ‥‥よくお布団濡らすし、世話が大変♪ 芸術科にも在籍してる、あの超強いちびっ娘よ♪」 雁久良の話しは留まることを知らない。常春はしばらく聞き役に徹する。 「でも、とっても甘えんぼで夜は私の布団に潜り込んで抱き付いてくるの♪ きっと子供ができたらあんな感じなんでしょうねぇ♪ そういえば深刻そうな顔をしているけど、どうしたの? 話しちゃえばすっきりするわよ。私にみたいにね♪」 ようやく抱きつくのをやめた雁久良が常春の表情に気がつく。いつもは恥ずかしそうな顔をするのに真面目だったからだ。 「霧依さんが好きです。はっきりとした物言いとかが特に‥‥あの、大学卒業後も一緒にいられればと‥‥。実は天帝宮の一部を後宮に改装中でして」 「それって‥‥私を後宮に誘っているのかしら? 若いのに女性を見る目があるわね♪」 「霧依さんと卒業後も離れたくないと思っています」 「私は籠の鳥にはならないわよ? 卒業後の学びはどうなるのかわからないけど、魔術師としての鍛錬や伝承や文化の研究も続けるわ。お出かけも沢山したいわね♪ アヤカシだって退治しちゃうわ♪」 「構いません。といいますか、散々お忍びの旅をしてきた私にそれをいう資格はありません」 「そんなこと前にいってたわね。実は私たち、似た者同士なのかもね♪」 雁久良と常春が声をだして笑う。 「春華王、貴方は若いわ。どうせなら今までの伝統を打ち壊すような自由な宮廷にしていきましょう。私は‥‥今の芸術科の雰囲気が好きよ♪ 貴方を中心に今みたいな関係が続けば最高♪ 私達なら、きっと皆、仲良くやっていけるわ♪ 仲間ですもの♪」 雁久良は再び常春に抱きついた。いつもより優しくふんわりと。 「あ、でも安心して。操はきっちり立てさせて頂きますわよ、我が君♪ ‥‥全身全霊で尽くさせてもらうわ♪」 屋上に流れるのは二人だけの時間。 庭のロンパーブルームが集めた落ち葉の山に火を点ける。すると真っ赤に燃え上がった。 ●ノエミ・フィオレラ 早朝のノエミ・フィオレラ(ic1463)は芸術寮の自室内をぐるぐると回る。 「常春様が‥‥春華王様?!」 常春の正体が春華王。脳裏に浮かぶのはそれにまつわることばかり。 (「実家のことは‥‥お父様、お母様にはどういえば納得してもらえるのでしょうか。私は‥‥どうしたらっ」) 悩んではいたものの、自分が取るべき道は一つしかなかった。 「‥‥いえ、違うわノエミ、大事なのは自分の想い! 今まで通り、常春様をお慕いしていくのよっ」 意を決したノエミは何故か窓外に惹かれる。勘が当たっていて常春が落ち葉を集めていた。急いで部屋を飛びだし、階段を駆け下りて庭へ。 「ノエミさん、おはよう」 「あの‥‥常春様が春華王様であっても私‥‥私にとっては‥‥」 はっとノエミは言葉を引っ込める。 「ノエミさん、午後は時間ある? よかったら朱春で開催されている旅泰市へ一緒に行ってみない?」 「は、はい!」 常春とデートの約束をしたノエミはうきうきな気分で部屋に戻った。 「ここは舞踏会のときのようにドレスアップに気合いをいれるべきかな‥‥」 迷ったが普段から愛用している『ドレス「ロイヤルホワイト」』に決める。まだ時間があったので浴場で超念入りに全身を磨き上げた。 ナチュラルな化粧を施して準備万端である。気がつけば待ち合わせの五分前。鐘の音が鳴り響く中、待ちあわせの場所に辿り着く。 駿龍・BLに二人乗りして朱春へ向かう。旅泰市では各地の小物も多く扱われていた。 「え、いいんですか?」 「迷惑だったかな」 「大切にさせてもらいます」 「よかった♪」 お茶をしての休憩中、常春がノエミに贈り物をした。それは先程ノエミが見つめていた少年の木彫り像であった。 「常春さんに似ているなって思ってたんですっ」 「いわれてみれば」 二人で木彫り像を眺めて微笑み合う。帰りもBLに乗って夕焼けに染まる空を飛んだ。 「もうすぐ朱春天帝宮に後宮ができあがる。卒業後もノエミさんと離れがたくて‥‥。好きです、ノエミさん。よければ私と一緒に長く過ごして欲しい」 常春からの告白にノエミは手綱を落としそうになる。予感を感じていたおかげで軽く揺れただけで済んだ。BLは姿勢を保ち続けた。 このままではせっかくの告白の雰囲気が薄らいでしまうと、ノエミはここ数週間で溜めてきた想いを一気に吐きだす。 「私は、貴方のお傍に居られるだけで幸せです。いえ‥‥本当はその、あああ愛し合うというか何というかっ‥‥もう! 好きです! これからもずっとお慕い申し上げます! 誰にも負けないくらいっ!」 常春は言葉よりも先に背中から強く抱きしめることで気持ちを示した。 「とてもうれしいよ」 「私は騎士としても貴方をお守りしますよ! まだ未熟ですがこれからはもっと鍛練を積みます! ふふ、頑張りますよ! 護衛が要らないくらいに! ジュテーム‥‥春華王‥‥」 駿龍なら朱春から泰大学まで十分もかからない。ノエミと常春はわざと遠回りをして芸術寮に帰った。 ●パラーリア・ゲラー 「あれってもしかして‥‥」 朱春の旅泰市で買い物を済ませたパラーリア・ゲラー(ia9712)は、芸術寮が見えてくると足を速める。庭で常春と神仙猫・ぬこにゃんが焚き火にあたっていたからだ。 「パラーリアさん、お帰り」 「ぬこにゃん、とても気持ちよさそうに寝ているのにゃ♪」 「今日は特に懐かれちゃってね」 「きっと春くんの近くだと安心なのにゃ♪」 ぬこにゃんは木箱に座る常春の膝の上でぐっすりお昼寝中。そのだらけた姿には警戒の欠片も見つけられなかった。 「そのかご、もしかして買い物に行ってきたの?」 「うん♪ 旅泰市のお土産なのにゃ。一緒に食べよう♪」 パラーリアから常春が受け取ったまん丸の点心はまだ温かい。 「美味しいけど変わった味だね」 「屋台のお兄さんは新しく売り始めたカレーまんっていってたのにゃ♪ あたしのもお揃いだよ〜♪」 二人が話していると、ぬこにゃんが目を覚ます。 「おいしいのにゃ♪」 パラーリアが差しだした肉まんを、ぬこにゃんがパクリと口で銜える。そして寮の方角にゆっくりと歩いて姿を消した。まるで役目を終えた舞台役者のように。 (「今日の春くんは、どこかそわそわしてるのにゃ‥‥」) いつもは続く会話が今日に限って途切れ途切れ。積もる話でもあるのではないかと勘を働かせたパラーリアは常春をさりげなく誘ってみる。 「春くんは泰大学でお気に入りの場所はあるのにゃ?」 大学祭のとき、パラーリアと常春は一緒に星空を眺めている。そこはパラーリアの秘密のお気に入りの場所であった。 「お気に入りの場所か。あったんだけど‥‥、なくなっちゃってね」 「えっ? それは残念なのにゃ」 ここしばらく泰大学の敷地内で何かを取り壊した様子はなかったはずだとパラーリアは首を傾げる。 「パラーリアさんと一緒に星を眺めたでしょ。あそこが一番になったから、元からの一番の場所はなくなったんだ」 常春の優しい眼差しにパラーリアは何度も頷いた。 その日の晩。パラーリアと常春はこっそりと寮を抜けだす。 そして二人にとって一番の場所に足を運んだ。そして持ってきた一枚の毛布に包まりながら夜空を眺める。 「好きだ、パラーリアさん。卒業したら後宮に入って欲しい‥‥‥‥ごめん」 「あたしも大好き。いつでも、いつまでも一緒だよ春くん。でもごめんは余計なのにゃ♪」 パラーリアは常春の手を握る。すると出会ってから今日までの思い出が次々と脳裏に浮かんできた。 常春が春華王ではなく、富豪のお茶問屋の跡継ぎではなく、ただの白鳳だったとしてもきっと好きになって恋をした。 パラーリアにとってそれは真実で誰にも譲れなかった。 ●ルンルン・パムポップン ここは朱春。旅泰市のまっただ中。多くの屋台や露天で賑わう。 「泰国薬を扱っているみたいですね。色々とありますけど‥‥この粉末は一体なんでしょうか? 文字が掠れて読めないです」 ルンルン・パムポップン(ib0234)と常春は主人がうたた寝中の露天を覗き込む。 「アス兄ぃのところでこんなの見たような‥‥。あ、これ毒蛇を黒焼きにした粉末だよ」 驚いたルンルンが常春の片腕に強く抱きつく。 照れる常春に頬を赤く染めるルンルン。二人は腕を組みながら次の露天へ移動する。 (「よかった。常春さん、笑っている。勉強頑張っていたし、それに色々考え事もしていたみたいだから、息抜きにちょうどよかったのです」) ここのところ常春が塞ぎ気味だったのをルンルンも心配していた。 露天や屋台は雑多で二人の好奇心を刺激してくれる。買ったばかりの変なお面を被りつつ屋台料理を物色した。 「まだ秋刀魚の塩焼き、売ってるよ。あ、やっぱり店主は猫族の人だ」 「こちらはソーセージとハム焼きですね」 時に料理を半分に分けながら色々な味を二人で楽しむ。 (「私から伝えた気持ち‥‥それが重荷になっていなければいいんだけど‥‥」) ルンルンは泰大学祭のとき、常春に心の内を伝えていた。貴方のことが大好きですと。 あれからお互いに気恥ずかしくてその話題に触れられなかったが、どうやら今日で終わりそうである。常春の表情に決意が窺えたからだ。 常春からのよい返事をルンルンは望んでいた。とはいえ後宮の建設が天帝宮の敷地内で行われていることを風の噂で知っている。 (「私、後宮には反対したし‥‥やっぱり自分の心はごまかせないもの」) 様々な想いがルンルンの胸中で交錯する。 「豊かな山の幸、行き交う人も楽しそうで‥‥世界の危機も落ち着いたし、私ほんとにほっとしちゃっています♪」 「みんなもきっとそうだよ。私もだけどね」 人混みから離れて人数少ない並木通りを二人で歩いた。 「ルンルンさん‥‥大事な話があるんだ」 常春の一言でルンルンは足を止める。 自身の気持ちはすでに伝えてある。ルンルンは常春の言葉を待った。 「私も好きです。王妃になってもらえませんか? あれから考えましたが‥‥ルンルンさんのいない将来は考えられなかった」 「大好きです、私永遠にその側に」 ルンルンが常春に一歩近づいたとき、木枯らしで辺りの枯れ葉が舞う。そして二人の唇が重なった。 上空を滑空していた輝鷹・忍鳥『蓬莱鷹』が鳴く。 きっと精霊が気を利かせてくれたに違いない。抱き合う常春とルンルンにはそうとしか思えなかった。 |