秋の絵 〜春華王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/10/19 20:46



■オープニング本文

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 泰大学祭は十一月の三日から六日の間に開催される。
 各学科とも準備に余念が無い。芸術学科もしかり。常春を含めた有志一同は額縁制作を終えて後は秋の絵を描くだけとなった。
「ありがとう、助かったよ」
 常春は龍に餌をあげようと訪ねた厩舎で知人から待望の情報を得る。
 夏の絵を描いた森が紅葉に染まっているとのことだ。しかも色づいたといった程度ではなく、秋の風景が一面に広がっているという。
 計画を実施するときがきたと常春は考える。夕食の際、芸術寮の食堂で学友達に相談した。
「紅葉の時期が遅かったらどうしようかと思ってたんだけど、杞憂に終わってよかったよ。その気になれば想像でも描けるけど、できればそれはしたくなかったし」
 常春は再び森へ出向いて秋の風景をキャンバスに写し取るつもりでいた。学友達もそれぞれの場所に赴いて描くつもりだという。
 中には常春にモデルになってもらいたい学友もいる。そこで日程が重ならないよう綿密な計画が立てられた。
 常春は夏のときと同じように泰大学に龍の貸し出しを願う申請をだす。学友の何名かはすでに提出済みのようである。
 何日かして常春は秋の絵を描くために駿龍へと乗って旅立つ。
 泰大学に残る者、遠くまで足を運ぶ者など様々であったが、誰もが秋の絵を完成させようと情熱を注いでいた。


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
七塚 はふり(ic0500
12歳・女・泰
ノエミ・フィオレラ(ic1463
14歳・女・騎


■リプレイ本文

●出発
 夕方時の芸術寮食堂。
「想像で描くのでありますか?」
「私としてはそうならなくてよかったよ。でもこればかりは絵に対しての考え方だから、そういう描き方もありだと思うけどね」
 食事が終わった七塚 はふり(ic0500)と常春は雑談を交わした。
 もし想像で描いたとしたらどの絵の具を一番使うのかといった七塚の質問に常春はしばし考えてから答える。おそらく桔黄を多く使うのではないかと。
「桔黄でありますか。ではその色を下地に使うと良いでありますよ」
 七塚は帰ってきたら本当に多かった色はなんなのか教えて欲しいという。笑顔で素直に頷く常春である。
 翌朝、出立する常春とパラーリア・ゲラー(ia9712)を学友達が見送った。
「絵を描くのは気力も体力も大事だから、良かったら現地で食べてください」
「ありがとう。途中で食べさせてもらうね」
 常春はルンルン・パムポップン(ib0234)から受け取った弁当を駿龍の荷物箱へと丁寧に仕舞う。
 それぞれ龍に跨がった二人は大空に飛び立っていく。
「お待ちしています、常春様〜!」
 遠ざかる常春にノエミ・フィオレラ(ic1463)が手を振った。モデルを常春に頼んだのでノエミの出発は彼が戻ってからだ。
 芸術寮の有志達は秋の絵を完成すべく行動を開始する。
 ルンルンが作ってくれたお弁当は栗やキノコが使われたお握りである。休憩を取りながら森を目指す常春とパラーリアだった。

●パラーリアと常春
 森に差し掛かったパラーリアと常春は駿龍をより羽ばたかせて高度をとる。それまでも草葉の色づきに気づいていたが、より高見から眺めると想像とは違う世界が広がっていた。
「‥‥‥‥これは」
「すごいのにゃ、すごいよ春くん!」
 二人は暫し言葉を失ってから感想を口にする。
 七塚がいっていたように銀朱、桔黄、艶紅など秋の色は様々にある。だが実際の眼で眺めるとそれが狭い見識なのかがよくわかった。
(「七塚さん、これをいいたかったんじゃないだろうか」)
 どれも一色ではない。微妙に変わって織りなしている。やはり現場に来てよかったと常春が呟いた。
 目的としていた杉の大樹近くに着陸。野宿の準備を行う。
「えっと、お米よし、お醤油よしなのにゃ♪」
 パラーリアは焚き火の場所を確認。崩れた石を積み直す。
「熊手を持ってきてよかった。ぬこにゃんはそっち頼むね」
 常春と神仙猫・ぬこにゃんは火事を防ぐために落ち葉をかき集める。落ち葉は燃料としても使うが落ち枝も拾う。持ちが違うからだ。
「あ、柿」
 常春が見つけた柿の木をぬこにゃんが駆け登る。鋭い爪で熟れた柿を落として常春が受け取った。一口食べてみると甘い。
 柿をいくつか収穫すると次に栗の木も発見する。こちらは落ち葉の上に毬栗が転がっていた。踏んで割って栗を取りだす。
 常春が小川まで水汲みに行った際にはぬこにゃんが川魚を獲ってくれる。水中から掬った鮎が鮎が川辺に転がった。
「これで栗御飯と鮎の塩焼きを作るのにゃ♪ 締めの柿も楽しみだよ〜♪」
 あと一時間で日が暮れる。常春とパラーリアは調理をしながら明日からどのような秋の絵を描くかを相談した。
「やっぱりここからがいいのにゃ」
 途中、パラーリアは炊飯中の釜をぬこにゃんに任せて杉の大樹に登った。頂から眺める夕日に染まった森の紅葉が素晴らしい。明日からはこの景色を想定して描くつもりのパラーリアである。
「落ち鮎って初めて食べたよ。こんなに美味しいんだ」
「大きなシシャモみたいだよ。ぬこにゃんでかしたのにゃ〜♪」
 卵を抱えたメスの落ち鮎焼きをおかずにして栗御飯をお腹いっぱいに食べた。ぬこにゃんも鮎を食べて大満足だ。
 夜は天幕で休み、翌日から本格的に絵を描き始める。
(「絵のできは色次第だな‥‥」)
 常春は下絵を早々に終わらせて彩色の段階に入った。微妙に色を加えて紅葉の景色をキャンバスに写していく。
 杉の大樹は緑を残していたが、その他はすべて彩り鮮やか。次々と色を混ぜ重ねていく。
「今なのにゃ!」
 二日目の夕日。大樹の頂で待機していたパラーリアは一番印象の強い色を作る。昼間は夕日の染まるとこんな感じだと想像しながら森を写生した。実際に夕日に染まった景色が観られる十数分は修正に費やされる。
 南に向かおうとしている雁の群れも茜色の空に描き込んだ。
 日が暮れればそれまでに準備した晩御飯を頂く。
「あたしは松茸。ぬこにゃんは鮭を獲ってきてくれたのにゃ♪」
「なんだか、すごい豪勢な御飯だよね。野外とは思えないくらいに」
 二日目は鮭とイクラの丼御飯に焼き松茸。そして栗で作ったモンブランで締めくくる。
 満腹になったところで就寝。常春の知らないところでパラーリアとぬこにゃんは夜間の見張りをこなしてくれた。
 深夜、狼の遠吠えが晩秋の森に響き渡るのであった。

●ルンルン
 ルンルンが泰国南部の海岸線に向かう旅の途中で休憩をとる。渓流の川辺に駿龍を着陸させてお弁当を広げた。
「常春さんも今頃、食べているかな?」
 囓るお握りは常春にあげた弁当と同じもの。栗御飯にキノコ入り炊き込み御飯のお握りだ。
 乙女は鱗雲を見上げて思い人を心に浮かべる。
 途中、南部を目指す親切な飛空船船長と出会って途中まで乗せてもらう。おかげで移動の日数が少なくて済んだ。
 海岸線に近づいたところでお礼をいって駿龍で飛び立つ。上空から眺める海は鉛色をしていた。以前に絵を描いた辺りをみつけて駿龍を着陸させる。
「同じ場所なのにこんなに顔が違う、自然ってやっぱり面白いのです」
 打ち寄せる高波が高く飛沫をあげた。
 さっそく準備を整えたルンルンは木炭を手にとる。しかし気持ちだけが空回りしているせいか中々描き進まない。
「‥‥‥‥ここは蓬莱鷹ちゃんとニンジャ合体して気分を変えましょうか」
 ルンルンは輝鷹・忍鳥『蓬莱鷹』と『大空の翼』で同化して背中から光の翼を生やす。次に海岸線上空を飛んでみた。上から眺めると波の打ち寄せ方がよくわかる。
「季節はまた巡ってくるけど、時は前に進んでいく‥‥そっか、そうなんだ」
 海岸に戻ったルンルンは夏の絵の写しを取りだす。構図を参考にして秋の海と波、そして大空と雲をキャンバス一杯に描いていく。
 翌日には下描きが終わり、早々に彩色に手をつける。どちらかといえばこちらが本番といえた。
 ルンルン曰くシノビではなく『ニンジャ』なので、眠るときは海岸から少し離れたところにある大樹に登って野宿した。
 輝鷹・蓬莱鷹が一緒でルンルンはとても助かる。日中は海面まで浮かんできた魚を急降下して獲ってくれた。夜は音で危険を察知してルンルンに教えてくれる。
「常春さんも今頃がんばっているのかな?」
 おかげ絵を描く作業は順調に進んだ。やがて荒々しい秋の海をキャンバスに写したルンルンは帰路に就く。
 芸術寮に戻ったルンルンは夏と秋の二枚の絵に少しだけ修正を施す。それぞれ背景の砂浜に人影を二つずつ描き足したのである。
「情熱を込めて描いた季節と世界、それに想いと願いも込めちゃいます」
 夏の絵はただ楽しく遊んでいるように、秋の絵はそっと寄り添うようにと。これはルンルンの想い、それが叶うようにといった願いも込められていた。

●玲璃
「油紙に包んだ道具も積みましたし、これで万端です。出発しましょうか」
 玲璃(ia1114)が泰大学から借りた駿龍で目指したのは秋の草原である。草原は龍で飛べば朱春近郊から当日の間にたどり着けた。
 途中での休憩時にあまよみで今後の天候を調べた。今のところは崩れそうにない。
「このままだといいのですが‥‥」
 玲璃は宝狐禅・紗が納まる宝珠に話しかけてから甘酒で喉を潤す。再出発して一時間後、目的の草原上空に差し掛かった。
「まるで絨毯のようですね」
 風に撫でられた草原が波のように靡いていく。まるで海原のようだと思いながら駿龍を小川近くに着陸させる。
 あまよみで天候を読んだ玲璃は顔色を変えた。
 翌々日の昼下がりから天候が崩れるのを知ったからである。数日前から嫌な予感はしていた。
 まずは高めの土地に天幕を張る。しかし気に入らず、さらに風向きを考慮にいれて天幕を樹木の近くに張り直した。
 絵画の道具はすべで雨対策を施してある。それでも油断せず念入りに準備を整えた。
 宝狐禅には薪集めをしてもらう。それが終わったら狩り。小川にいた鴨を捕まえてくれた。
 二時間ほどで日の入りだが、貴重な時間なので絵を描き始める。
「結構、獣がいますね」
 草原の中を狐の親子が疾走していく。草原の所々にある茂みは様々な動物の住処になっているようである。
 木々の枝葉の奥からは小鳥の囀りも聞こえてきた。
「そうですね‥‥」
 絵は基本写実的にするが多少の演出を加えることにした。
 まずは別紙に目撃した野生の動物を写生する。それらを後で一つの秋の草原絵にまとめるやり方である。
 やがて日が落ちる。護衆空滅輪で天幕を周囲を浄化して結界を張った。沙と見張りを交代して警戒も忘れない。
 数日の間、野原を走る狐や鹿、猿などを描いた。野鳥は何種類も見かけられる。大空を舞う雁の編隊は玲璃の心を洗ってくれた。
 二日が過ぎ去ってあまよみの通りに強い雨が降る。玲璃は天幕の中で過ごす。
 食事は昨日に作った料理の残りを頂いた。煮こごり状態になっている鴨肉料理はとても美味しかった。
 玲璃は天幕の中で水彩画を描く。本番の油絵を描くための習作としてである。動物達も配置して草原の景色を再構築してみた。
 翌日からは天気が好転した。
「また天候が崩れたら大変ですからね」
 玲璃は全身全霊を込めて絵筆を振るう。滞在の間に油絵を完成させるのであった。

●伊崎紫音
「額の仕上げもしないといけませんし、余りゆっくりできませんね」
 常春とパラーリアを見送った伊崎 紫音(ia1138)はそれからすぐに出立した。荷物を載せてあった轟龍・紫に跨がって大空に浮かぶ。
 目指したのは向日葵畑である。
「すっかり景色が変わってしまいましたね」
 数時間後、着地して紫から降りた伊崎紫音が周囲を見回しながら呟いた。
 夏の頃には黄色と緑が広がっていた向日葵畑の影も形もない。土が剥きだしたただの畑であった。
 作業をしている農家の人を見かけて声をかけてみると、向日葵の種は一ヶ月以上前にすべて収穫されたという。ただ一部はまだ油にしている最中らしい。
「あ、あの――」
 教えてもらった小屋に行くと、向日葵の種から油を絞る作業の真っ最中。伊崎紫音は作業の人達に許可をとった上で絵に描き写す。
 積み上げられた麻袋の一部に穴が空いていて向日葵の種がこぼれ落ちる。これを見逃さずにさっと描いて資料の一つにする。
「姉ちゃん、絵うまいな」
「ありがとう。でもボク、男の子ですよ」
 油絞りを手伝っていた男の子に声をかけられてにこりと笑う。謝る男の子はこれをあげると向日葵の種が詰まった袋をくれた。
「ちょうど夏にとても綺麗だったので、大学寮の庭に植えたいと思ってたんです。とても嬉しいですよ。そうです!」
 伊崎紫音はお礼に男の子の似顔絵を描いてあげた。渡すと両親共々喜んでくれる。こうした経緯で滞在の間、油絞りの家族のところで世話になることに。
 翌日、遠くの景色を眺めると山の頂がほんのりと白かった。昨晩のうちに雪が降ったようである。
「この時期の山は、毎日姿が変わって面白いですね」
 連作障害を防ぐために今畑に植えられているのはキャベツだ。
 出荷のために少しずつ時期をずらして栽培しているらしく、育っている畑とそうでない畑がある。初期に育てた畑のキャベツは小振りだがしっかりとした形になっていた。
「これで描けそうです」
 絵の構想がまとまった伊崎紫音は筆がのってきた。
 向日葵の種の山を手前にしてキャベツ畑を描く。遠景には紅葉がかった山の景色。頂上付近はうっすらと雪化粧だ。
 種は別にしてキャベツ畑と山は場所をしっかりと決めて現実を写生する。下描きは二日間で終えて、後はすべて彩色に時間を費やした。
 描いている間に額縁をどう仕上げるかの考えもまとまる。
 十日後、村人達に感謝した伊崎紫音は泰大学への帰路に就くのであった。

●七塚
「画材集め出発進行ーであります」
 泰大学に残った七塚は上級からくり・マルフタを連れて敷地内を散策した。
 芸術寮の近くで何種類かは発見していたが、他にも秋の七草が育っている場所があるかもと考えたからだ。
 まず最初に探したのは花見をした周辺である。
「女郎花は日当たりのいいところ‥‥」
 桜や梅の樹木を除けば広い空き地のようなものだ。まもなく七塚が女郎花を発見する。マルフタが萩も見つけてくれた。
 次に目星をつけていたのが敷地内に建てられている治療院。垣根を覗き込もうとするものの、身長が足りなかった。
『とっとと乗ってくださいまし。どうぞ』
「助かるであります」
 マルフタに肩車をしてもらうと垣根の向こう側によく手入れされた庭園が見える。
「これはやはり薬草園でありましょう」
 七塚の呟きにマルフタがコクリと頷いた。
 七塚は治療院の医者に話を通して立ち入りの許可をもらう。想像していた通り、泰国薬にも使われている葛、桔梗、藤が育てられていた。
 撫子も薬草園で発見。薬には使わないようだがどうやら医者の趣味らしい。すすきは泰大学を囲む城塞付近に生えていた。
 各所の許可をとった七塚はお腹が空いて芸術寮に戻った。
「少し気になるのでありますよ」
 ふと購買部に立ち寄ると古風な壺風の花瓶が売っている。絵に描くかどうかは別にして濃い藍色が気に入ったので花を活けるために購入しておく。
 それから毎日各所に通って秋の七草を描いた。
 ただ雨が降った日には寮の部屋でお茶でもしてゆっくりと過ごす。マルフタが沸かしてくれたお湯でブルーベリー紅茶を淹れた。
「雨の日に描くと常春殿が心配するでありますから‥‥」
 小さく呟いた七塚がブルーベリー茶の香りを確かめる。
 秋の七草は順調に描き終わった。後は秋の七草の絵を八曲一隻屏風に仕上げるだけだ。すでに夏に描いた朝顔は枕屏風に仕上げてある。
「桔梗は気持ち右がよさそうであります」
 さっと描いた仮絵を屏風にピンで留めて遠くから見栄えを確認する。
 貼り付ける作業はマルフタに手伝ってもらった。特ににかわの塗布はマルフタに一任した。決めた位置に七枚の絵を寸分狂いなく貼り付ける。
 七塚は最後の曲へと泰大学の印を書画風に墨で描き入れる。ちなみに印は『泰』の字を崩したものである。さらに効能や花言葉を入れて八曲一隻屏風を完成させた。
「常春殿が帰って来る前に完成してよかったのであります」
 七塚はマルフタと一緒に芸術学科棟の一室で双方の屏風を眺め続けるのであった。

●ノエミ
 泰大学に戻ってきた常春はすぐさまノエミと南部の海へと出発した。
 常春は借りた駿龍、ノエミは駿龍・BLで飛行したが途中で飛空船に乗せてもらう機会を得る。
 船室での昼食。ノエミは最後に持ってきた秋の果物を剥いた。
「常春様、こちらをどうぞ♪ 自信作なんですよ♪」
「ありが‥‥、ものすごい細工だね。これウサギの形だ。しかもチューリップの花が刻んであるし」
 皿の上に盛られた果物はどれも素晴らしかった。中にはハロウィンのジャックオーランタンに模した梨まである。
「すごいな。ノエミさん、彫刻でもいけるんじゃない?」
「私は斬るの得意なんです♪ ‥‥って遊んでる場合じゃないですね!」
 常春とノエミは果物を味わいながら一緒に眼下の景色を眺めた。
 色づいた街道の銀杏並木がとても綺麗である。ノエミは眺めながら常春が描いた森の絵がどんなものなのかを教えてもらう。
 飛空船のおかげで予定よりも早く南部の海岸に辿り着いた。
「着慣れないので何だか恥ずかしいな」
 砂浜に張った天幕から現れた常春はジルベリア貴族の装束を纏っている。ノエミがこの日のために厳選して用意したものだ。
「これをつければ完成です」
 ノエミが常春の胸元に赤い薔薇を飾った。常春には微笑みながら描き手に腕を差し伸べるポーズをとってもらう。
 やがて日が傾いて次第に空が赤く染まっていく。
 海辺が夕日で輝くときこそが待ち望んだ瞬間である。ノエミは想像を大切にするために大急ぎで木炭をキャンバス上で滑らせた。
 三十分も待たずに日は沈んだ。星空の下、ノエミはキャンバスを片付ける。
「やっぱりよくお似合いでした! 常春様は高貴な佇まいでいらっしゃるのできっと、貴族の衣装が似合うと思っていたんです! 明日もお願いしますね」
 完成にはほど遠いが絵を描き始められたことにノエミは喜びを感じる。
「もしや常春様は‥‥実は名のある貴族ではないかと‥‥そんなこと、ないですか」
 首を傾げるノエミに常春は複雑な表情を浮かべた。
「そ、そんなことあるわけないよね」
「ですよねー」
 笑って誤魔化しながら常春は心の中で呟く。大学祭が終わったらノエミにも自分が春華王であることを伝えようと。
 晩御飯は簡素に済ませて早々に休んだ。BLを含めた駿龍二体がいるので周囲への警戒はばっちり。二人ともぐっすりと就寝する。
 翌朝からもノエミは絵筆を振るった。たまに常春の姿に見惚れてしまう。夕日の瞬間は特にそうである。
「常春様、海が綺麗ですよ」
 ノエミは夕日に照らされる沖を指さして常春を振り向かせた。
「すごい。まるで黄金の道のようだね」
 常春の後ろ姿をノエミが頬を染める。
「私、泰大学に入ってこの光景を常春様と見ることができて本当に良かったです」
 涙ぐむノエミに常春がハンカチを貸した。
「すいません、絵、描きますね‥‥」
 真っ暗になるまでノエミは常春を描いた。そうやって日々が過ぎていく。
 何度も心の内を伝えようとしたノエミだができなかった。それでも絵で気持ちを伝えられるのではと懸命に絵の具をのせていった。
「ありがとうございました! 素晴らしい絵がかけたと思います」
「恥ずかしいけど‥‥これはよい出来だね」
 最後の一筆を入れた直後、常春がキャンバスを覗き込んだ。ノエミは常春の顔が間近で心臓が破裂しそうになるのであった。

●そして
 ノエミと常春が芸術寮に戻ると学友達が迎えてくれた。
 芸術学科の部屋で絵を眺めながら七塚が淹れてくれたブルーベリー紅茶を頂く。
「地上からと高いところから二つの視点‥‥うん、いい感じなのにゃ♪」
「うまくいったね」
 額縁に収まった森の絵四枚の前でパラーリアと常春が感想を口にする。
「ルンルンさん、この二人の影って誰かモデルはいるの?」
「そ、それは‥‥あの‥‥」
 ルンルンは夏と秋の絵に描いた二つのシルエットを常春に訊ねられて顔を真っ赤にした。
「こちら習作になります。荒削りですがある意味で本番の絵よりもよく描けたと思います」
「いいの? もらっちゃって。部屋に飾らせてもらうね」
 玲璃から常春は習作の水彩画を贈られる。
「額縁に填めて‥‥よし完成です」
 伊崎紫音は乾燥を確かめた額縁に夏と秋の絵を填めて壁へと飾った。
「いいね。この種が零れる感じが夏の向日葵を感じさせている」
 感心した常春はしばらく伊崎紫音が描いた絵に釘付けとなる。
「常春殿、紅葉の景色の色はどうでありましたか?」
「とても一言で表せないのがよくわかったよ。だからこの絵を観てくれるかな」
 常春が手を引いて自分の絵の前に七塚を立たせる。彩る葉の一枚一枚がわかるような、そんな印象の秋の絵に仕上がっていた。
「うふふふっ‥‥」
 ノエミは帰ってから三日間ほど超ご機嫌状態。自分が描いた二枚の絵を眺め続けていたという。
 大学祭はもうすぐ。最後の飾り付けに余念がない芸術寮の有志達であった。