展覧会に必要な物〜春華王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや易
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/29 19:26



■オープニング本文

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 泰大学の華。年間で一番盛り上がる大学祭は十一月の三日から六日まで開催される。
 殆どの学科が大学祭を目標にして様々な準備を行っていた。芸術学科も同様で着々と進行中である。
 常春と学友達は絵画を展覧する予定だ。それぞれ夏と秋を対比させる二枚を飾ることになるだろう。夏の絵は各自完成している。
 常春も緑濃い森を写した夏の絵を完成させていた。
 秋の絵は森の紅葉を描こうとしているので今はまだ無理。手をつけるのはギリギリになりそうである。
 今年は残暑が感じられなくてとても涼しかった。幸いなことに秋の紅葉が早めに訪れそうな気配だ。
 最後の準備期間に予定を空けるため、その他の作業は予め終わらせておかなければならなかった。
「よし、がんばろうか。箒を取ってくるね」
 常春と学友達は展覧用として宛がわれた一室の掃除から始まり、必要な什器を運び込んだ。壁への金具設置など約二週間で大体が整う。
「そういえば‥‥額縁のことを忘れていたね」
 絵画を展覧するのに額縁は必須といえた。朱春の画材屋で完成品を購入する手もあるのだが、常春は手作りすることに決める。
 木材から木枠を作り上げ、それに彫刻刀で模様を彫り込む。夏と秋の絵画を飾るので二つの枠が必要になる。
「明日から材料を集めて作ろうと思っているんだけど、一緒にどう?」
 常春は学友達を額縁作りに誘う。秋の絵の進歩状況もゆっくり詳しく聞きたいと考えていた。


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
七塚 はふり(ic0500
12歳・女・泰
ノエミ・フィオレラ(ic1463
14歳・女・騎


■リプレイ本文

●お茶
 常春と有志一同は申請して普段使われていない芸術学科棟の木工室を借りる。さっそく訪れるとまずは必要な道具が揃っているかどうかを点検した。
「これで全部っと。よし!」
 常春が手にしていた帳面を閉じる。額縁作りで足りないのは木材のみ。膠や金具などもすべて揃っていた。
 朱春の画材屋へ買いだしへと行く前にひとまず休憩をとった。
 展示用の絵や額縁について先に意見を交換しておいた方がよい。趣向が重なっていると後々で調整が大変だからだ。
「ちょうどいいのがあった」
 常春が見つけた火鉢で炭に火を熾した。人数が多かったので大きな鍋で湯を沸かす。
「淹れるのは任せて欲しいのであります。最近はまっているのでありますよ」
 湯が沸くと七塚 はふり(ic0500)が紅茶を淹れてくれる。
「ロールケーキがあるのにゃ♪ ふわふわだよ♪」
 パラーリア・ゲラー(ia9712)は作ってきたばかりのロールケーキを人数分に切り分けた。
 全員に行き渡ったところで意見の交換が始まった。
「ちょっとのあいだ顔をだせなかったけど、課題はこなしているから大丈夫だよ♪ 夏用の空からの泰大学の全景も描いてあるんだっ。ほら♪」
「空の上からだと大変だったんじゃない?」
「チェンタウロで飛んだり、サジ太と同化したりできるからね♪」
「それは便利だよね」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)が夏の絵を常春に手渡す。その絵を有志達が覗き込む。リィムナの夏の絵は緑濃い大学の様子が俯瞰で描かれていた。
 席に戻った伊崎 紫音(ia1138)はふと壁に飾られていた絵を眺める。
「絵を飾るのですから、額は絶対に必要ですよね。人に例えれば服のようなものなのですから」
 卒業生が残していった絵はどれも額縁に納まっていた。自分の絵に合った額縁とはどんなものだろうかと今一度考え直す。
「私、額縁までは気が回っていなかったのです。常春さんがいってくれなかったら大変でした。大感謝です♪」
「ルンルンさん‥‥」
 ルンルン・パムポップン(ib0234)が常春の右手を両手で握りしめて感謝の気持ちを伝えた。二人とも頬をほんのりと染めながら。
「額縁‥‥ふふっ、こんなこともあろうかと材料は用意しておきました! お披露目です!」
 ノエミ・フィオレラ(ic1463)は自信満々に小袋と箱を取りだす。袋の中身は海岸の砂。箱の中には綺麗な色の貝殻が並んでいた。
「そうか、海岸で拾っていたよね」
「さすが常春様。仰る通りです!」
 これらを使って額縁を飾るのだとノエミは胸を張る。
 玲璃(ia1114)は学友達が紅茶とロールケーキを食べ終わった頃に彫刻刀の小箱を持ってきた。
「先程確認しましたが、彫刻刀の刃先はどれも鈍っているようです。切れない刃物はかえって危険ですので、作業の前に研ぐことをお勧めします」
「本当だ。品数だけ点検してそこまでは気がつかなかったよ」
 試しに常春が適当な彫刻刀で木片を彫ってみると微妙に引っかかる。
 忘れないうちにと全員で彫刻刀を研いだ。それから朱春へと出かけるのであった。

●買い物
「あ、みなさん!」
 有志一同が天儀湯・釜屋の近くを通りかかると主人の釜吉に呼び止められた。
「今日だけ何とかなれば、明日からは手配が間に合うのですが――」
 浴場の清掃担当二名が突然に来られなくなったらしい。今日だけで構わないというので手伝うことに。材料の購入を前にして一同はちょうどよい収入を得た。
「常春殿はどちらがよいと思います?」
「比べるならこっちかな」
 七塚は額縁ではなく屏風絵に装丁するという。骨格にする木材だけでなく天儀紙なども購入した。泰大学から荷車を借りてきたので多少嵩張っても大丈夫であった。
 常春を含めた額縁作りの一同は木材選びに頭を悩ませる。漆などを塗るにしても素材は大切だ。一口に木材といっても様々な種類がある。
「高級感をだしたいな♪ こっちの木材の方が重たくてがっちりとしているね」
「あたしは彫りやすさを優先したいのにゃ♪」
 リィムナとパラーリアが壁に立てかけられている木材をじっと眺めた。
「これにしましょう。木目が気に入りました」
「夏の分は、もう描いた物がありますし、それに合わせれば良いですよね。案は二つありますがこれならどちらも大丈夫そうです」
 玲璃は決めるのがとても早かった。悩んでいた伊崎紫音も木材を眺めているうちに考えがまとまる。
「常春さんは、蔦と紅葉の葉なんですね‥‥私はどうしようかな?」
「悩んでいるのなら熟考してから買った方がいいよ。今日は下見ってことにすればいいし」
 ルンルンは常春の助言がもっともだと感じて購入は後日にする。
「これなんていいですよね。ぴったりです」
 ノエミは早めに品定めを終えていた。それよりも気になることがあって離れたところからそっと常春を眺める。モデルのお願いをなかなか切り出せずにいたのである。
「夏ならまだ明るいのに」
 必要分の材料を買って画材店の外にでると日が暮れようとしていた。一同は寮の晩御飯に間に合うよう荷車を引きながら急いで帰るのであった。

●玲璃
 木工室には額縁用の治具があったので枠作りそのものは初心者でも難しくなかった。
 玲璃は木枠の接着が乾くまでの間、いくつもデザインを描き下ろす。
「次はリスの姿をお願いしますね」
 宝狐禅・紗に人魂で秋を象徴する小動物に化けてもらう。夏用の額縁も同様にして枠に彫り込むデザインを決めていく。
 休憩時、早起きをして芸術寮の厨房を借りて作った焼売を蒸かす。学友の分を残しておき、木工室にいた常春と一緒に食べた。
「秋の絵は前に話してくれた感じでいくの?」
「草原の絵を描くとき、そのように申し上げましたね。秋の絵は草原の豊穣と冬支度をする姿を描写したいと思っています」
「夏の草原は鮮やかだったよ」
「油絵のおかげでもあります。ただ秋の草原はどうしようかと悩んでいまして。実際に秋の草原を目の当たりしてから判断しますが、水彩画への変更もあり得ます」
「画材を変えてみるんだ」
 絵画について常春と語り合うと時間がいくらあっても足りなくなった。程々で切り上げて二人とも作業に戻る。
 彫刻刀で彫りだした常春に玲璃が『加護結界』をかけた。それでも怪我をするときはある。
「ありがとう、玲璃さん」
「疎かにしがちな部分や困ったことが起きたら、助けるのも友人の務めですので」
 かすり傷は救急箱で治療する。それよりも酷いときには『精霊の唄』で癒やした。
 額縁に下絵を写し終えて玲璃も彫刻刀を手に取る。少しずつ彫っていく。
(「常春さんには振り返って楽しいと思える思い出を多く作ってもらいたいです」)
 玲璃は常春との時間を過ごしながら心の中で呟くのであった。

●伊崎 紫音
「夏の絵の額なんですけど山とひまわり、どちらがいいでしょうね」
 伊崎紫音が器用に手の甲で筆回しをしながら呟く。忍犬浅・黄は彼女の足下で耳を動かしながら昼寝中である。
「どちらもよさそうだよね。ただ絵と合わせるなら山のほうがいいかな」
 彫刻作業に疲れた常春が伊崎紫音の相談に乗ってくれた。
「山がいい理由を教えてもらえますか?」
「絵がひまわりだから、額縁も同じひまわりだとちょっと騒がしいかなって思って」
 なるほどと伊崎紫音は合点がいった。
「夏と秋の連作としての一番のモチーフは山なんです。ひまわりの彫刻は目立ちますが、山ならデザイン次第でひっそりとできますし‥‥。そうですね、山で作ろうと思います」
 決まってしまえば後は早い。伊崎紫音は額縁へと直接下絵を描き込んでいく。連なる山脈をイメージして山形の段模様にした。
「夏の額縁には暗めの色を塗って、絵画の明るさが映えるようにしようかと」
「額縁はあくまで主役を引き立てる脇役だからそれでいいと思う」
 夏の額縁は深い緑に彩色する。問題なのはまだ描いていない秋の絵用の額縁だ。
 夏と同じ場所からの風景を描くつもりだが、収穫後のひまわり畑を入れようかどうしようかと悩んでいた。
「逆に、耕された土というのも、次の夏を待つ風景としては面白いかも」
「畑を訪ねたときにうまく遭遇できればだけど、収穫されたたくさんの向日葵の種もよさそうだよね。それと連作を避けるためにひまわりとキャベツを交互に植えるって聞いたことがあるよ。十月は春キャベツ用の植え付け時期のはず」
 悩んだ末、伊崎紫音は秋の絵の額縁にも山形の模様を彫り込む。
「かなりギリギリな予定ですけど、合わない額では意味がありませんし」
 但し、こちらの彩色は絵の完成を待つことにした。

●パラーリア・ゲラー
「今日もお昼寝かい?」
 常春が木工室で作業をしていると、いつの間にか現れるのが神仙猫・ぬこにゃんである。そして元気よくやって来るのがパラーリアだ。
 廊下を走る足音がだんだんと近づいてきて扉が開く。『おはよう、春くん♪』と笑顔を振りまきながら常春の前に座る。
「今日もふわふわのお菓子を買ってきたのにゃ♪」
「ありがとう。いつも悪いね」
 休憩のとき常春がお茶を淹れて一緒に頂いた。
「あたしの絵は森の高いところからの風景なのにゃ」
「私のは森の中からだね」
 パラーリアと常春は同じ森を画題に選んだので少々の摺り合わせが必要だった。
 パラーリアは高い位置から眺めた夏の大樹の葉と枝と空を額縁の中に封じ込める。秋は紅葉する葉、空や雲、鳥を想像させる額縁を目指す。
 常春は地上からの視点を用いた。夏用の額縁は緑濃い蔓を表現したもの。秋用は紅葉の葉などをモチーフにする。
「焦らずゆっくりと休みながらっと」
「それがいいのにゃ♪ こういう作業はゆったりとした気分がやらないとね♪」
 二人が木工室で作業をしていると徐々に学友達が集まりだす。
「う〜ん。ちょっと変だな。全体がばらけている感じだ」
「あたしはいいと思うけど、春くんが気に入らないのならもう一度がんばるのにゃ♪ 時間はあるよ〜♪」
 夏の絵用の額縁が彫り終わったものの常春は気に入らない。これは習作としてもう一度作り直すことにした。パラーリアは彫刻刀やノミを研ぐことで常春を手伝う。
「とっても楽しいのにゃ。こういう風にずっと一緒にいられるといいな〜♪」
「そうだね。ずっと続くのならきっと‥‥」
 彫刻刀が床に転がって二人が同時に屈んで手を伸ばす。
 拳一つほどまでお互いの顔が近づいて思わず距離をとる。何だかおかしくなってきて、二人ともお腹が痛くなるほど笑うのであった。

●ルンルン・パムポップン
 銭湯掃除を手伝った翌日、ルンルンは朝早くから木工室を訪れていた。
 上級迅鷹・忍鳥『蓬莱鷹』で不思議そうな眼でルンルンを眺める。何故なら仰向けになって身体を反らし、橋のような姿勢をしていたからだ。
「閃け、閃け…閃‥‥めかないのです‥‥」
 次は逆立ち。壁に向かって踵をつけると顔が真っ赤になるまで姿勢を保つ。
 蓬莱鷹が作業台に舞い降りてピョンピョンと移動する。端材を嘴で摘まもうとして床に落とす。爪で掴んで作業台の上に戻そうとする蓬莱鷹だ。
 だが跳ねてルンルンの目の前の床まで転がっていってしまう。
「蓬莱鷹ちゃんがつけたこの波線‥‥。そうです。閃いたのです! 私の額節は夏の波と秋の波を柄にしちゃいます! ‥‥‥‥って、とっ、常春さん、いつからそこに?」
 姿勢を崩したルンルンをいつの間にか側にいた常春が支える。
「顔、真っ赤だけど大丈夫?」
「は、はい。ちょんと頑張り過ぎちゃって。でも、無事に思いつきました♪」
 別の意味で顔を真っ赤にしながらてへっ☆とルンルンは照れてみせた。
 急いで朱春の画材屋までいって木材を買ってくる。
 馴れない作業でルンルンは多くの切り傷をこしらえた。あるときから常春が常備の救急箱を持ってきてくれる。
「はい。指、痛くない?」
「ありがとうございます。大丈夫です‥‥」
 ルンルンが額縁に彫った模様はどちらも海である。波の荒々しさの具合で夏と秋を表現していた。
「常春さん、これなんですけれど‥‥あれ?」
 あるときルンルンが振り向くと休憩していた常春がいつの間にか寝ていた。根を詰めた作業で疲れたのだろうと毛布をかけてあげてゆっくりと休ませてあげる。
「常春さんとの思い出が、一杯詰まった海だから」
 びっくりさせようと常春が寝ている間に彫刻刀を振るう。夕方前に起きた常春に彫り終わった額縁を見せた。
「これ夏の額縁だよね。いい感じの波だね」
「そうなんです!」
 常春がちゃんと理解してくれてルンルンは大喜びするのであった。

●リィムナ・ピサレット
「サジ太、ちょっとそのままの姿でいてね」
 梁の上に留まる輝鷹・サジタリオが翼を広げていた。リィムナは紙の上に木炭を滑らせる。
 数日後、リィムナの作業を覗いた常春は眼を見開いて驚きの表情を浮かべた。額縁に描かれた下絵こそ簡素なものだったが、あくまで位置取りに過ぎない。参考資料と実際に彫られた図案はとても精密なものだった。
「ものすごく細かいんだね」
「せっかく栄えある泰大学に絵を飾るんだから、豪華にしちゃおうって思ったんだ♪ ジルベリアの宮廷絵画の額縁のような精密な彫刻を施して釉を塗るよ」
「ここどうやって彫るの? 立体的になっているんだけど」
「うんとね。彫金学科で指輪の台座を作るときに覚えたんだ。まずは――」
 リィムナはちょっとしたテクニックを常春に教えてくれる。彼女が制作する額縁だが、夏用は青葉を基本にするらしい。秋用は椛の葉をモチーフにするつもりだという。
「手間かかるけど大丈夫! 間に合わせるよ♪ それよりも‥‥」
 リィムナは木工室内を見回す。廊下に人影がないのも確認。常春に寄り添っていた神仙猫・ぬこにゃんにもお願いして、少しだけ席を外してもらう。
「どう? お嫁さん見つかった〜?」
「ま、その。何というか」
 リィムナの訊ねに常春が明後日の方角へと視線を向ける。
「そんなことじゃないかって思ったんだ。後宮とはいわないけど一夫多妻も有りだと思うよ? 奥さん達が仲良しならなお良し♪ ‥‥あたしも狙っちゃおうかなぁ?」
 リィムナは夜春を使いつつ着ていた上着をわざとずらして肩を見せた。常春が振り向いた瞬間にウインクをしてからかう。
「大学祭が終わった頃に自分の中では結論をだすつもりなんだ。相手の事情もあることだから、どうなるかわからないんだけどね」
 常春もそれなりに考えているようでリィムナは安心した。

●七塚 はふり
「秋の七草を画題に選びましたが、考えてみれば七枚完成させるでありますね‥‥」
「あ、そうか。一枚の絵にまとめるとばかり考えていたんだけど、屏風だからたくさんの絵が必要なんだね。そこまで気づかなかった。大丈夫?」
 昼下がりの休憩時間。七塚と常春はお煎餅と一緒に紅茶を頂いた。
「武士に二言はありません。数をこなすもまた画才のうち、夏の絵との比較にもなるであります。ひまわり観察日記を七草観察日記に変えればいいであります」
「あまり無理しないでね。雨の日も外で描いているところを見ると心配になるよ」
「常春殿はやさしいでありますね」
「えっと、ま、なんだ‥‥」
 照れた様子の常春が立ち上がり、もう一杯紅茶を飲みたいからといって湯を沸かそうとした。そんな常春の背中を七塚が目で追う。
 湯が沸いた頃にはいつもの常春に戻っていた。
「やはりジルベリア風の細密水彩画に額縁だと画面負けしそうなのであります」
 七塚は自分が描いた朝顔の絵を試しに常春の額縁へと重ねてみる。
 朝顔を描いた夏の絵は枕屏風に仕上げる予定。二つ折りの屏風で右に朝顔の全体図を置き、左に詳細図を表現する。
 秋の絵はこれからだが、八曲一隻の縦長の屏風にするつもりだ。七草を下部へ配置し上の空白は名や効能、花言葉を文で記す。空いた一曲には泰大学の紋章と印を描く予定である。
 興味津々の常春は七塚の屏風作りを手伝った。
「屏風の基本構造は襖と同じでありますね」
「襖と同じなんだ。知らなかったよ」
「木組みの骨の上から塗らした天儀紙を均一に重ね貼り、下張りを終えたら、蝶番部分と縁に泰国風の飾り模様の入った布へにかわを塗り貼り付けるであります」
「こうすればいいかな。マルフタはここを押さえてくれるかな」
 乾燥などの空いた時間には展示室の改装に手をつける。上級からくり・マルフタにも手伝ってもらい、屏風が置ける場を用意するのであった。

●ノエミ・フィオレラ
「あ、あのですね。常春様にお願いがあるんです!」
 なかなかいいだせなかったノエミがついに意を決して常春に話しかける。
「どうかしたの? あらたまっちゃって。私でよければ相談に乗るよ」
「あの、秋の絵はですね‥‥その‥‥また、海岸にいる常春様を描きたくて‥‥」
 顔を真っ赤にして俯きながら話す。
「寒いですから水着でなくていいです! 過ごし易いお召し物で‥‥。なので、その時には海岸に私と共に来て下さいますか‥‥? どうかお願いしますっ」
「前に頼まれたような‥‥だから元々そのつもりだったよ。予定にいれておくね」
 ノエミが頭をあげると常春が微笑んでいた。
「ありがとうございます!」
 思わず常春の手を両手で握ってノエミは喜んだ。これ以上ないぐらいに顔を真っ赤にしながら。
 彼女の額縁作りは順調に進んでいた。
 にかわを塗った額縁に海岸で入手した砂を振りかけてそれらしくみせる。綺麗な小さな貝殻も貼り付けて完成である。
 秋の絵は夕暮れ時と決めているので、砂はやや暗めの色に染めてから利用した。
「常春様の水着姿‥‥我ながらよく描けてます‥‥」
 試しに絵を填めてノエミは遠くから眺めた。
「‥‥いけない涎がっ」
 誰にも見られていなくてほっと胸をなで下ろす。
 朱春の市場で買ってきた梨を常春と一緒に食べる機会もあった。
「ものすごく綺麗に切れているね。頂きます」
「料理は兎に角、刃物の扱いは得意です! 騎士ですから!」
 できることならば常春にあ〜んと食べさせたいが、その勇気までは持ち合わせていない。シュンとしながら、こういうことに慣れた友達のことをノエミは思いだした。

●そして
 作業に取りかかって十日が過ぎ去った。額縁や屏風の準備は完了する。
 一部の学友は秋の絵が完成してから額縁に手を入れる予定だ。それにかかる手間はほんのわずかなので、完成したといって差し支えがなかった。
「大学祭は十一月初めだから後一ヶ月ぐらいか。絵を描く旅の準備をしないとね」
 常春は学友達と一緒に絵画のための旅行計画を立てるのであった。