【猫祭】夏の終わり〜春華王
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや易
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/09 20:48



■オープニング本文

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 泰大学の敷地は帝都朱春の南方に位置する。
 他の三方には小高い山が聳えていた。西の劉山、北の曹山、東の孫山と呼ばれているこれらの山々には夏の季節に重要な役目がある。
 それは猫族の儀式『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』の最終日に行われる『三山送り火』だ。篝火を焚くことでお月さまに感謝の意を捧げる習わしである。
「うまいにゃ。おいしい秋刀魚の塩焼きなのにゃ〜♪」
 朱春の一角『猫の住処』の通りにはたくさんの屋台が並ぶ。祭りそのものは八月五日から始まっていた。
 泰国における獣人の総称たる猫族の祭りなのだが、一般の人々も楽しみにしている。ちなみに今年は曹組、孫組、劉組が協力体制で篝火を用意するらしい。
「最終日の篝火、観に行かない?」
 常春は芸術寮の食堂で学友達を誘う。一緒に三山送り火を楽しまないかと。
 この日ばかりは泰大学の門限も数時間程度は見逃されるようである。
 どこか見晴らしのよい場所に茣蓙を敷き、屋台で購入した料理を食べながらみんなで篝火を鑑賞しようとする主旨だ。
 常春は朱藩安州を訪ねた際に男物の浴衣一式を手に入れていた。派手なものではなくごく普通の紺色で、足下には下駄を履く予定である。
 一緒に安州を訪ねた学友達も浴衣を買い求めている。それらに着替えて出かけようと約束を交わす。
「屋台の秋刀魚料理が楽しみなんだ。噂だと秋刀魚を主体にした拉麺があるらしいんだよ。鰹節じゃなくて秋刀魚節が使われているんだって。どんな味なんだろうね。他にも秋刀魚の身をほぐして使った餃子や焼売も――」
 話題にしたのは食べ物だけではなかった。
 残念ながら篝火を鑑賞するのに適した場所が事前に見つからない。そうこうするうちに当日を迎えるのであった。


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔
七塚 はふり(ic0500
12歳・女・泰
ノエミ・フィオレラ(ic1463
14歳・女・騎


■リプレイ本文

●見晴らしの良い場所
 一年に一度の月敬いの三山送り火である。有志一同は鑑賞するのによい場所はないかと探し回った。
(「常春さんが、がっかりする顔は見たくない‥‥。私は、私の出来る精一杯で場所を確保です」)
 深夜にこっそりと寮を抜けだしたルンルン・パムポップン(ib0234)はニンジャとして朱春へと向かう。
(「良く画材を買いに行ってる、あの大きなお店の屋根なら‥‥」)
 屋根を次々と跳び越えてニンジャ走りをしつつ、場所探しに奔走する。
「あの家の屋根とかどうでしょうかね」
 日中、玲璃(ia1114)は管狐・紗に人魂で小鳥へと変化してもらった。空からよさげな場所を探そうとする。
「見物場所はやっぱりそれなりに高さがあって、篝火を見渡せる場所が良いですよね。何処かに穴場はないでしょうか」
 伊崎 紫音(ia1138)は忍犬・浅黄を連れて朱春内を散策した。高台はあったものの、立ち見がせいぜいの狭いところばかり。茣蓙を敷いてのゆったりとした鑑賞は難しそうだ。
「お兄さんたち、がんばってね〜。とても楽しみにしているのにゃ♪」
 パラーリア・ゲラー(ia9712)は夕方から宵の口の酒場に顔をだす。曹組・劉組・孫組の関係者を見つけるとお酒を奢って労う。
 残念ながら人気がありすぎて公共的な穴場は皆無らしい。その代わり正確な篝火の開始時間を教えてもらった。
「高い建物の屋上がいいんじゃないかしら。でも私はこっちを頑張りましょう♪」
 雁久良 霧依(ib9706)は場所探しよりも望遠鏡の整備に力を注いだ。使いやすいようにキャンバス用のイーゼルを改造して三脚を作り上げる。
(「人が集まりやすい場所がいいですよね。人気がないところだと雁久良さんが‥‥ごにょごにょで心配ですし」)
 ノエミ・フィオレラ(ic1463)は猫の住処にこだわらず、朱春全体で探してみたが何処も予約済みだった。よさそうな場所は縄と杭で囲んであったり、すでに茣蓙が敷かれている。それどころか天幕を張って場所取りをしている者さえいる始末だ。
「重たそうでありますね」
「あ、はふりさん」
 七塚 はふり(ic0500)は町中でたくさんの画材を抱える常春と遭遇する。
「猫の住処には屋台がたくさんあるらしいでありますよ、常春殿」
「帰りにちょっと寄っていこうと思ったんだけど、この荷物で諦めたんだ。当日が楽しみだね」
 画材の一部を上級からくり・マルフタと七塚が持ってあげた。
 芸術寮に戻った常春は有志一同に食堂へと集まってもらう。
「空き地とかは数日前から場所取りされていて無理みたいだね」
 建物の屋根や屋上についてはいくつかの候補があがる。
 そのうちのルンルンが探してくれた画材屋にお願いすることに。猫の住処が非常に近く、物干し場なので広く平らなのが決め手となった。
「BLならひとっ飛びです」
 画材屋に向かおうとしたルンルンをノエミが呼び止める。二人で駿龍・BLに乗り、夕暮れの空へと飛翔した。龍のおかげで三十分もかからずに戻ってくる。
「歓迎してくれるそうです。あちらのご家族様も楽しむそうなのでよろしくと仰っていました♪」
 場所が決まって全員が喜んだ。やがて三山送り火の当日を迎えるのであった。

●浴衣を着て
「一晩中晴れますので心配はありません」
 玲璃があまよみで天気の心配はいらないことを教えてくれる。早めに支度して昼過ぎから朱春へと出向くことに。
「春くん、出発なのにゃ〜♪」
 花柄の浴衣に身を包んだパラーリアはお重を包んだ風呂敷をぶら下げていた。常春も包みの一つを持っている。パラーリアと常春は午前中、秋刀魚を調理していたのである。
 神仙猫・ぬこにゃんの背中には紐で七輪が括りつけられていた。常春の後ろをテクテクと追いかける。
「常春さん、私のは浴衣ドレスなんです! に、似合いますでしょうか‥‥。下駄を合わせてみましたっ。わきゃああ!」
 黒い浴衣ドレスをまとったノエミは常春の目の前でスカートの裾をふわりとさせる。裾や襟元からわずかに白いレースがオシャレポイントである。
 そんなノエミを牡丹の花と蝶々が描かれた浴衣姿の雁久良が後ろから抱きついた。
「ノエミちゃんが黒い服着てるのは新鮮ね♪ いつも白いから♪ よく似合ってるわ♪」
「あ、あの雁久良さん、褒めてもらって嬉しいんですけど今は常春様に。それにあの、ちょっと」
「えっなに? もしかして下着のこと? ちゃんといいつけては守ったみたいね♪」
「な、ななななんでもありませんよ、常春様! 浴衣を着るときは下着を付けないなんて私は知りません!」
 雁久良からようやく開放されたノエミはぐったりと何かにもたれ掛かる。それが常春だと気がつくのにしばしの間が必要だった。
「あ、あのえっとその‥‥…」
「ノエミさんの浴衣ドレス、とてもいいね。かわいらしさがより引き立っているよ」
「あ、ありがとうございますっ♪」
「さあ、祭りへと行こうか」
 しばらくお喋りしながら常春と並んで歩いたノエミである。
「爆竹の音が聞こえるであります」
 朱春に到達してまもなく七塚が呟く。彼女のいう通り、爆竹の音が遠くから聞こえてきた。
 七塚が着ていたのは朝顔柄の浴衣だ。
 朱藩安州で常春に選んでもらった薄紫色の兵児帯を結んでいたが、花ような形は難しすぎて諦めていた。普通の蝶々結びに落ち着いたがそれはそれでとても可愛らしい。
「猫の住処の方角からだね。賑わっているみたいだ」
 常春に頷いた七塚は辺りを見回す。心なしか人の流れも猫の住処へと続いているようである。
 まもなく有志一同は画材店前に到着する。
「常春さん、あの外壁の階段を自由に使っていいって約束になっています」
 金魚と秋桜の柄が描かれた浴衣姿のルンルンが屋上を指さす。
「常春さんが話してた秋刀魚料理に篝火、私凄く楽しみで‥‥。でも何よりも、常春さんの浴衣姿がとてもよく似合ってるって」
「それは嬉しいな。ルンルンもとても似合っているよ」
 ルンルンが常春の手を引いて階段を駆け上がる。小気味よい足音が鳴らしながら画材店の屋上へと辿り着いた。
「いい景色だね。三つの山がはっきりと望めるし」
「気に入ってもらえて嬉しいです♪」
 ルンルンは屋上をぐるりと回る常春につき合う。いつの間にか常春がルンルンの手を握っていた。
「あ、ごめんね」
「いえ、そんな‥‥」
 ようやく気がついた常春が手を離した。
「日が暮れるまで、まだまだ時間があります。猫の住処に並ぶ屋台を見て回りませんか? 美味しそうな料理をチェックしながらとか」
 黒無地の浴衣を着た伊崎紫音の意見に全員が賛成してくれる。
(「瘴気は‥‥平気なようですね」)
 輝くような青い瑠璃色の浴衣を着た玲璃は密かに『懐中時計「ド・マリニー」』で瘴気の状態を確かめた。アヤカシが周辺にいた形跡はまったくない。
 屋上に荷物を置いて猫の住処へと全員で出かける。
「味付き炭酸水がここの屋台で売っていますよ」
 ノエミは屋台の水桶の中に沈む容器を発見した。
「さすがに氷では冷やされていないようですね」
 案があった玲璃はノエミと協力して人数分の味付き炭酸水を購入する。雁久良も運ぶのを手伝ってくれた。
「秋刀魚の塩焼きはどこでも買えそうね♪ 蒲焼きはあるかしら? 私、好きなのよね」
「霧依さん、実はね。蒲焼きはもうあるんだよ」
 常春は屋上に置いてある風呂敷包みの中に秋刀魚の蒲焼きが入っていることを明かす。今は蒸した状態だがタレをつけて七輪の炭火で仕上げるつもりだという。
 常春は雁久良に思いっきり抱擁される。
「浅黄の分に、塩を振っていない焼いた秋刀魚も買って行かないとですね」
 伊崎紫音は人の良さそうな屋台の店主に訊ねてみた。
 快諾してくれた店主に後で買いに来るからと手付けを渡してお願いしておく。ひとまず一本だけ秋刀魚の塩焼きを買ってみんなで摘まんでみる。一口ずつの味見であっという間になくなってしまう。
「春くん、春くん。秋刀魚の焼売と餃子が売っているのにゃ」
「ここも買いに行く候補の一つと。竜田揚げもあるけどお弁当にあるからいらないね」
 パラーリアと常春が作った弁当には秋刀魚の竜田揚げも含まれていた。蒲焼きと違ってこちらは完成しているが、冷めても美味しいように調理してある。
「あの屋台、秋刀魚を使ったお菓子だって。どんなのだろう?」
「ちょっと見ていきましょうか」
 ルンルンと常春が一緒に屋台を覗き込む。秋刀魚の身を混ぜ込んだ揚げパンや、揚げた骨せんべいが売られていた。食事とは別のおやつ扱いでいくつか購入しておく。
 屋台見学をしていた七塚は想像していていなかった足止めを食らう。上級からくり・マルフタが金魚すくいや亀釣りの屋台を見かける度に引っかかっていたのである。
「先を急ぐのであります」
『しかしながらおひいさま。食えねぇもん見たってしょうがねぇでございまし』
 常春によれば、からくりも人の料理を食すことはできるし、うまいまずいは別にして味もわかるらしい。ただ活動を維持するためには必要なく、また体内に入ると何故か消滅してしまうそうだ。
 いくつかの料理はマルフタの分も購入される。マルフタが実際に食べてみたかどうかは本人か七塚しか知らない事実だ。
(「秋刀魚のラーメン食べたいであります」)
 七塚は常春も食べたがっていた秋刀魚ラーメンの屋台を探してみたものの、見つけだすことは適わなかった。

●三山送り火
「よし、やっと火が点いた」
「少し待てば炭全体に広がるのにゃ♪」
 夕暮れ時、常春とパラーリアは秋刀魚の蒲焼きを仕上げるために七輪で炭を熾す。
「ノエミさん、用意できましたよ」
「本当に氷が浮いています。あ、すごく冷たいです!」
 玲璃が氷霊結を活用して大きめの桶に氷水を用意してくれる。ノエミは購入してきた味付き炭酸水を容器ごと沈めていった。少し時間を置けばとても冷たくなるはずである。
「これでばっちりよ♪ ほら、ノエミも常春くんも見てみて」
 雁久良は三山の送り火がよく見えるように三脚付きの望遠鏡を設置し終えた。
 手が空いていた学友達は事前に調べた屋台を回って晩御飯を手に入れようとする。
 七塚は秋刀魚の甘辛煮を買おうと小鍋を抱えて屋台を探す。からくり・マルフタとても離れてしまい、人混みの中を歩き続けた。
(「あまり時間をかけると送り火が始まってしまうのであります」)
 焦りつつ目的の屋台を探すが見つからなかった。移動してしまったのかと諦めかけたところ、別の屋台に掲げられた幟に気がついた。
「秋刀魚の、ラーメンであります」
 先程は探し当てられなかった秋刀魚ラーメンの屋台を発見したのである。持ち帰るために小鍋へと盛ってもらって画材店まで急いだ。
「し、しまったのであります」
 嬉しくて忘れていたが、七塚は現在迷子の最中であった。どう考えても画材店を探している間にラーメンが伸びてしまう。
 仕方なく路地裏に入ったところで秋刀魚ラーメンを頂いた。すでに麺が伸び始めていたので急いですすり、秋刀魚つみれを始めとした具を頂く。
『おひいさま、こちらに隠れてやがったでありまし。どうぞ』
 七塚は突然に現れたマルフタに声をかけられて小鍋を落としてしまう。麺や具は殆ど食べ終わっていたが楽しみにしていたスープが土に染みこんでしまった。
「急いで食べたからあまり味がわからなかったであります」
 秋刀魚ラーメンを持ち帰るのは諦める。マルフタが探してくれた屋台で秋刀魚の甘辛煮を購入してから屋上へと戻った。
 屋台料理が一通り揃う。日が暮れた頃、画材店の方々も屋上に姿を現す。
「今日はありがとうございます」
 有志一同で画材店の方々に挨拶した。料理を分け合いながら食事を楽しむ。
「秋刀魚ラーメンの屋台を見つけたのですが運べなかったのであります」
「そうなんだ。私も食べたかったな」
 常春は七塚からの報告を聞きながら秋刀魚の塩焼きを頂いた。玲璃がすってくれた大根おろしに醤油を垂らして食べるととても美味しい。七塚も一緒に食べて頬を震わす。
「焼き上がったよ〜♪ 一番に食べたがっていた雁久良さん、どうぞなのにゃ〜♪」
「そうよ。これこれ♪ ありがとう、パラーリアちゃん♪」
 雁久良はパラーリアに頬同士を当てて感謝してから秋刀魚の蒲焼きに齧りつく。炭火で焼かれたばかりの身はとてもふっくらとしていた。
「とても賑やかよね♪」
 画材屋の集まりには猫族の人も混じっている。
「この笑顔が、全世界に広がったらいいのに♪ あ、あの人、くるくると回りながら秋刀魚を捧げているわ。どこかの地方のやり方かもね」
「本当だ。すごいね。三回転ぐらいしたんじゃないかな」
 雁久良と常春が建物の端から地上を見下ろす。
『賑やかであれば、僕も悪戯のし甲斐があるというものですな』
 懲りない提灯南瓜・ロンパーブルームが雁久良のお尻に手を伸ばした。
「‥‥おかしな真似したら料理して屋台で売っちゃうわよ♪」
 雁久良は手を払い、とても怖い笑顔でロンパーブルームを威嚇した。
 ちなみにロンパーブルームが闇への誘いで周囲を照らしてくれるので、屋上は篝火いらずである。
「同じ秋刀魚なのに、これだけ沢山の料理が出来るんですね」
 伊崎紫音が忍犬・浅黄にほぐした秋刀魚の身をあげた。他の朋友にもお裾分け。迅鷹・蓬莱鷹は生の秋刀魚をついばんでご機嫌である。
 神仙猫・ぬこにゃんはパラーリアが分けた秋刀魚料理を両手を器用に使って頂いていた。
 伊崎紫音当人は秋刀魚の竜田揚げが美味しくてとても気に入る。
「その竜田揚げはパラーリアさんと一緒に作ったんだ」
「そうなんですか。なら寮に戻ったら教えてもらおうかな」
 常春と伊崎紫音は後日一緒に料理を作る約束を交わす。
(「雁久良さんは望遠鏡に夢中だから常春さんは大丈夫のはず‥‥あれいない?」)
 ノエミは屋台で買ってきた野菜料理を常春に勧めようとしていて辺りを見回す。
「高さはここをこうやって調節するのよ♪」
「ここかな」
 もう一度雁久良に視線を向けてみれば、ぴったりと重なっていたせいで常春が見えなかっただけ。望遠鏡を覗き込む常春の背中に雁久良がぴったりと身体を添わせていた。
「あー! 何やってるんですかあ! ダメです! そういうのはっ!」
 ノエミはあたふたと二人の間に割って入った。
「油断も隙もないっ」
 二人を離れさせたノエミは一息つくために水を飲もうとする。しかしそれは雁久良が用意した古酒であった。一気にあおったノエミは顔を真っ赤にさせる。
「あらノエミちゃんいい飲みっぷりね♪ でもお酒はほどほどに♪」
「ほげー! なんか世界が回ってますよ! あははは! 常春様が沢山います! 一人お持ち帰りで! 大好きでしゅううう!」
 常春に抱きつくノエミを眺めて雁久良はしばらく笑っていた。
 料理を味わっていると遠くの暗闇に明かりが灯りだす。三山送り火が始まったのである。
「仕組みが気になるであります」
 西の山は劉組の担当。七塚は食べる手を止めてじっと見つめた。
(「あれだけの面積に火を燃すだけでも手間でありましょうに動くのでありますか。現場はどうなっているのでありましょうか。普段からの備蓄は‥‥当日の補給手段は――」)
 暗闇に祈りを捧げている猫族の姿が浮かび上がった。耳などの一部がピコピコと動いている。
「すごいね。今年の送り火も」
「はい、きれいであります」
 常春の語りかけに七塚は上の空で答えた。
「本当、どうやっているんでしょうか?」
「噂だと花火を使ったり、板で一時的に隠しているとかいってたよ。あ、それとここに張っているの護衆空滅輪だっけ。他にもありがとうね、いろいろと気をつかってくれて。とても助かっているよ」
「いえ、なんといいますかやはり注意は必要かと思いまして」
 玲璃が渡してくれた冷え冷えの柑橘系の味付き炭酸水を常春が口にした。とても冷たくて生暖かい夜にぴったりの飲み物である。
「玲璃さんはどの料理が美味しかった?」
「そうですね。秋刀魚の身を使った餃子が気に入りました。猫族の方々の秋刀魚への熱心さには頭が下がる思いです」
 玲璃は冷やした甘酒を飲んだ。曹組が担当した北の山の串刺し秋刀魚を眺めながらしばらく話し込む。管狐・紗は玲璃の膝の上で秋刀魚のお刺身をたくさん頂く。
「常春さん、いよいよ東の孫組です。どんなのでしょうか」
「楽しみだね。あ、浮かび上がってきた」
 ルンルンが差しだした紙袋に常春が手を入れる。二人は秋刀魚の骨せんべいを並んで囓りながら東の方角を眺めた。
 送り火の形は最初満月で徐々に三日月へと変化していく。しかもただの三日月ではなかった。秋刀魚にそっくりな三日月である。
「綺麗な送り火‥‥私、常春さんと一緒にこれを見れてとても幸せです」
「私もだよ」
 にこっと笑うルンルンに常春が微笑みを返す。
「他の誰でもなく常春さんと一緒だから」
 小声で呟いたルンルンの言葉は常春の耳にも届いている。赤く染まった頬も気づいているだろう。それが山の送り火かどうかはわからなかったかも知れないが。

●帰り道
 三山送り火を楽しんだ有志一同は泰大学への帰路に就いた。
「ひゃっほ〜い♪」
 ノエミは常春の腕に抱きつきながらご機嫌な様子である。
 提灯南瓜・ロンパーブルームが照らしてくれるので夜道も安心だ。
「あ、あれであります。まだやっていたのでありますよ、常春殿」
 七塚が驚いた様子で屋台を指さす。それは秋刀魚ラーメンの屋台であった。
「小腹が空いてきたし、ちょうどいいかな。みんな寄ってかない?」
 全員の賛成が得られたところで秋刀魚ラーメンの屋台に立ち寄る。屋台の側に置かれていた卓と椅子で秋刀魚ラーメンを頂いた。
「このつくね、秋刀魚の身だね。スープに浮かぶ脂から秋刀魚の風味がするよ」
「ほのかに焼いた秋刀魚の香ばしさもするのであります」
 七塚は常春と向かい合って座る。今度はちゃんと味を確かめつつ秋刀魚ラーメンを頂く。
「そういえば朝顔ももう終わりであります。秋の七草に挑戦がいいでありますかね?」
「確かどの草も色鮮やかだったよね。絵としても映えると思うよ」
 七塚は完食した後で常春に秋の画題について相談した。
「春くん、じゃんじゃじゃ〜ん。絵といえばこれなのにゃ♪」
「あ、いつの間に。パラーリアさんすごすぎ」
 パラーリアは雁久良に貸してもらった望遠鏡を使って三山送り火をスケッチに残していた。常春や仲間達の浴衣姿の絵も写されている。
 朱春をでたところでノエミは完全に眠ってしまう。
「もう仕方がないわね♪」
 芸術寮に辿り着くまで雁久良が背負ってくれる。
 楽しい思い出を胸に全員が眠りに就いた。
 翌日、伊崎紫音は常春から秋刀魚の竜田揚げの作り方を教えてもらうのであった。