朱藩への旅 〜春華王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/08/19 17:23



■オープニング本文

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 秋の大学祭に出展する絵画の用意は順調に進んでいた。常春と学友達は夏の絵を描き終えたようである。
 残る秋の絵は大学祭の間近に仕上げることになるだろう。早めに仕上げておきたいところだが、季節が関係するのでこればかりは仕方がなかった。
 ある日、常春は朱春の天帝宮を秘密裏に訪れる。侍従長の孝亮順や影武者の春に会うためだ。
「興志王様の妹お二人は非常に個性的な方でした。振る舞われた料理も個性的なものが多かったかと」
「特に美味しかった料理はあるかな?」
 常春として泰大学に入学してからというもの、公務は影武者の春に任せっきりである。
 卒業後、春華王に戻った際に戸惑わないよう訪問先でどのようなことがあったのか知っておく必要があった。報告書には目を通していたが、それでは足りない部分があるからだ。
「中でも味付き炭酸水は奇妙奇天烈なお味でして。それでいて、とても美味でした」
「味付き炭酸? どこかで聞いたような‥‥確か、学友の誰かが美味しいっていっていたような」
 常春は話題にでた味付き炭酸水がとても気になった。
 発泡する湧き水なら常春も飲んだことがある。発泡するといえばジルベリアのお酒にもそのようなものは存在する。
 だが影武者の春によれば、それらの発泡とは比べものにならないほどの強烈さだとのこと。また付けられた味によって得もいわれぬ美味しさのようである。
 常春は春華王の公務として外国の土地を訪れたことは何度もあった。しかし市井の常春としては殆どないに等しい。
「せっかくの機会だし‥‥」
 常春は朱藩安州への旅計画を立てる。
 せっかくなので学友達も誘う。
 旅の間にもしもがあるといけないので久しぶりに開拓者ギルドを通させてもらう。
 万が一が発生した場合、そのほうが何かと融通が利くからである。だからといって主従の関係は持ち込まない。常春は気兼ねないお互いを望んでいた。
「傾いた物がたくさんあるらしいね。激しく変な服もあるって噂に聞いたけど、本当?」
 常春は寮の同じ部屋の学友と一緒に旅の荷物をまとめる。
 ギルドを通しているので精霊門は使えるのだが、それでは旅として味気がない。
 出発の日、全員で泰国朱春発の旅客飛空船へと乗り込む。向かう先はもちろん朱藩安州であった。


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔
七塚 はふり(ic0500
12歳・女・泰
ノエミ・フィオレラ(ic1463
14歳・女・騎


■リプレイ本文

●朱藩の首都、安州
 一隻の旅客飛空船が整備された沿岸に着水する。乗降口が開いて、泰大学芸術寮の有志達は次々と朱藩安州の飛空船基地へと下船した。
 ひとまず目指したのは隣接する安州の街中である。
「朱藩って何だか泰国南部と似た空気感があるよね」
「朱藩は暑いでありますからね」
 海を眺めながら歩く七塚 はふり(ic0500)に常春が声をかける。彼女によれば南方の海に浮かぶ千代ヶ原諸島は泰国南部さながらの気候のようだ。
「常春さん、まずは何をします? 傾いてみるものいいですし、それとも味付き炭酸水を最初に味わいます?」
 ルンルン・パムポップン(ib0234)が後ろ向きに歩きつつ常春に訊ねた。
「どちらがいいかな。そうだ、宿屋に先に立ち寄ろうか。荷物を預けたいし」
「ですね。宿屋で身軽になったら傾いて炭酸水を一緒に飲んじゃいます!」
 ニンジャの身軽さで反転したルンルンは軽やかな足取りで前へと進んだ。
「滞在の間、雨が降るのは夜だけです。日中は殆ど晴れますので思いっきり遊べますね」
「それはいいね。街を練り歩くならやっぱり晴れていた方がよいからね」
 玲璃(ia1114)も常春が望む派手に傾いた格好での練り歩きにつき合うつもりである。
(「自分に似合うかは別としまして、友人の楽しみを叶えたり、助けたりするのも、友人の役割ですから」)
 一週間程前からどのように傾こうか常春が思案していたのを玲璃はよく知っていた。
「派手な着物なら普段から着てますからね。なのでもちろんつき合いますよ。傾いている男の人って、格好良いので、ちょっと憧れている所もあるんですよね」
「部屋にいるときも色鮮やかな着物だものね」
 伊崎 紫音(ia1138)と常春は芸術寮の同室である。なので常春は伊崎紫音の普段の格好を誰よりもよく知っていた。
「ぬこにゃん、飛空船で話した通りお願いなのにゃ」
 パラーリア・ゲラー(ia9712)は抱きかかえた神仙猫・ぬこにゃんに囁いて常春の護衛をお願いする。地面に下ろすとぬこにゃんはトコトコと常春の後ろをついて回った。
「宿に着いたらしばらくお留守番を頼みますね。美味しそうなお肉を差し入れしますので楽しみにしていてください」
 ノエミ・フィオレラ(ic1463)は一緒に歩く駿龍・BLに話しかける。
 宿に着くまではともかく龍はさすがに巨体なので、街中を一緒に散策するのは難しい。
 伊崎紫音の轟龍・紫と一緒に宿の厩舎でお留守番である。
 連れてきたのは用心のためだ。緊急の事態が発生したのなら飛行能力抜群の龍はとても役に立つ。
 宿では大きめの部屋を二つ借りた。男女で分かれて出かける準備を整える。
 雁久良 霧依(ib9706)は自前で用意した服装に着替え始めた。
「みんなはどんなのにするのかしらね♪」
 バラージドレスを纏い、さらに派手な色の羽根の装飾品を荷物袋から取りだす。肩や腕、コステイロにカベーサ、足飾りも身につけて完成である。大きなコステイロはまるでクジャクの翼のようだった。
「♪よし! 後はは髪を撫でつけたら完成ですね」
 ノエミは持ってきた騎士用の白スーツに着替える。鏡で確かめる想像していた通りにジルベリアの青年貴族風の佇まいだ。
「‥‥ふふ、胸にさらしを巻きましたし、もともと胸が控えめなので完璧ですね!」
 拳を握りながら自虐的な一言を呟きつつ、胸に赤い薔薇を差す。
 宿前の通りに全員が集まる。
「やあみんな、お待たせしたね」
 背筋を伸ばし、くるりとターンを決めつつノエミは学友達の前に姿を現した。微笑みをまき散らしつつ胸元の薔薇の香りをかぐ。
「常春、きみはこれから傾くようだね♪ 楽しみにさせてもらうよ」
「ノエミさん、性格まで変えるんだ。見習おうかな」
 ノエミの変貌した姿に常春は大いに驚いた。
「もう常春君ったら。私も見てくれなきゃ♪」
 雁久良は両手で常春の頬を挟んで顔を自分の方に向けさせる。
「すっごい派手だね。ひらひらが特に」
「これはアル=カマルの一地方で、お祭りの時に着用する由緒正しい衣装なのよ♪」
 軽く躍ってみせると道行く人々の目が雁久良の肢体に集まった。中には同伴していた女性に小突かれる男性もいたとか。
『霧依嬢は今日は一段と美しい。堪りませんなぁ』
 提灯南瓜・ロンパーブルームが雁久良の背後から近づいた。
「お触りはダメよ♪ 見るだけね〜♪」
 ロンパーブルームがそっと後部に手を伸ばしてきたのを雁久良は見逃さない。ばしっと叩いて撃墜する。
 雁久良とノエミの派手さに驚きつつ、他の学友達も現地の呉服屋に立ち寄って傾くための服装を一通り整えた。
「朱藩は砲術士の国だからね。やっぱり銃は欠かせないかな」
 常春は赤の生地に様々な花があしらわれた着物を纏う。着崩した上で腰には装飾品の短銃を二挺ぶら下げる。顔には軽く黒と朱色の隈取りを施した。
「私は常春さんに合わせますね。どの色にしましょうか」
 玲璃は常春とは反対の印象を狙う。着物は青地で花模様の柄を選んだ。短銃は一挺だが胸元に挿すことで個性を演出する。
「あたしも派手さでは負けないのにゃ♪」
 パラーリアは黄色を基本にしたクノイチ風衣装で決めた。袖と裾は短めで各所が玉石のイミテーションで派手に飾られていた。
「柄や鞘に装飾を施した、長脇差とかも欲しいですよね」
 伊崎紫音は龍柄の反物で作られたカブキサムライを目指す。鞘に精巧な金模様が施された長脇差を腰に差したら完成である。
 ルンルンは派手目の男装風を狙ってみた。
 紫色の着流しに大きな槍を背負った。肩には上級迅鷹・忍鳥『蓬莱鷹』を掴まらせる。
(「‥‥でも、胸だけはちょっと弛めておかないと、きついのです」)
 顔を赤くしながらルンルンは常春の前に立つ。
「わぁ、常春さんよく似合って‥‥普段の常春さんも素敵だけど、いつもとは違ったワイルドな感じも素敵です。わっ、私はどうかな? 変じゃないです?」
「とてもいいよ。そんな感じの格好もしてみたかったけど、きっとルンルンさんには敵わないな」
 右に左に身体を揺らすルンルンに常春は屈託のない笑顔を浮かべる。
 ルンルンと充分にお喋りした常春が振り向いて大きく瞳を見開く。
「はふりさん、その格好!」
「どうでありますか? 常春殿」
 常春が驚いたのも無理はない。
 七塚と人妖・てまりはお揃いの格好で春華王に扮していた。上品かつ煌びやかな泰国風の天帝衣装。泰国ではなく朱藩国だからできる荒技である。
 七塚とてまりは広げた扇子で口元を隠しつつ、良きに計らえと呟いてみせるのだった。

●満腹屋で食事と炭酸水
「!! い、いらっしゃいませなのですよ!」
 ここは食事処満腹屋。暖簾を潜って入店するお客様一行の姿を見て給仕の光奈が瞬きを繰り返す。
 安州では興志王のように傾いた格好をしている者が多く徘徊している。だがこれほど派手な者達をまとめて見る機会はそうそうないからである。
 それだけ芸術寮の有志一行はぶっ飛んでいた。
「小柄な朋友なら一緒でも大丈夫よね♪」
「は、はい。おとなしくしてもらえれば問題ないのです」
 中には躍り続けている人もいる。
 一行は三卓に分かれて卓へとついた。もうすぐ正午なので味付き炭酸水だけでなく昼御飯を頂くことにする。
「そ〜すぅお好み焼き、どれがいいかな。豚玉、イカ玉、タコ、牛すじ。チーズ味って書いてあるな」
「常春殿、ここはだしまき卵も絶品なのでありますよ。いえ噂ですけれど」
「そうなんだ。なら是非に頼まないと」
「自分も常春殿と一緒のものを頼むであります」
 常春と七塚は豚玉のお好み焼きとだしまき卵を注文する。
(「さすがであります、銀政殿」)
 しばらくして七塚はだし巻き卵に感心した。以前に銀政が作ったのと同じく、キャビアの塩味を活かした一品に仕上がっている。
 学友達よりも早くに食べ終わった七塚は智塚一家と銀政への挨拶を忘れなかった。
「ぬこにゃん、この鮪と海老の海鮮そ〜すぅ焼きそば、一緒に食べよ♪」
 パラーリアは大盛りを頼んで神仙猫・ぬこにゃんと一緒に頂いた。
 他の開拓者達も朋友と一緒に満腹屋の一風変わった料理を楽しむ。一通り食べ終わった後で待ちに待った味付き炭酸水を注文する。
「氷室があるとお聞きしましたが、夏場はやりくりが大変でしょう」
 玲璃は自分たちの分として板場を貸してもらい、氷霊結で桶の水を凍らせた。桶から取りだされた氷は布で包み金槌で砕かれる。
「炭酸水、おまちどおさまなのです☆」
 給仕の光奈がお盆でたくさんの大湯飲みを運ぶ。大小様々な氷が味付き炭酸水の大湯飲みの中で漂っていた。
 常春は泡立つ大湯飲みの中をしばし眺めてから口にする。味わいと共に大量の泡が口蓋を刺激した。
「これがジンジャースパークか」
 気に入った常春はあっという間に飲み干してしまう。
「常春くん、この炭酸水もおいしいのにゃ♪」
「それはコーラだね。頼んでみようかな」
「じゃあたしはブルーベリー味を頼もっと♪」
「給仕さんお願いします」
 常春はパラーリアが飲んでいたコーラが美味しそうで注文を追加する。学友達も二杯目を頼む者は多かった。
「ぷはっ。この苺ジャムの炭酸水美味しいわね♪ さっき食べたシャシリクも美味しかったし大満足♪」
 シャシリクとはジルベリア風の串焼き肉のことである。武神島でよく出される料理のようだ。
「常春君は何を食べたの?」
「豚玉のお好み焼きを頂きました。とても美味しかったですよ」
 もっと食べて大きくなってねとお願いしながら、夕食には肉料理を勧める雁久良である。
(「これが炭酸水。常春様も同じジンジャースパークを飲んでいたし。美味しいです♪」)
 ノエミは麗人として他の女性客の視線を集めながらも心の中は乙女だった。
「けほっ!」
「ルンルンさん、大丈夫?」
 むせていた涙目のルンルンに常春が駆け寄る。ハンカチを取りだしてルンルンの手に握らせてあげた。
「味付き炭酸水は一気飲みが作法と聞いていたんです。おっ、美味しいけど刺激が凄いのです‥‥常春さんありがとう」
 ルンルンが瞼をハンカチで抑える。
「よかった。少し待っててね。水をもらってくるから」
 潤んだ瞳で見つめるルンルンに常春は優しかった。彼女は水を飲んでようやく落ち着きを取り戻す。
「けほっ、こほっ。これ、口の中で弾けるってほんとですね」
 そしてもう一人むせる者が。恐る恐るコーラを飲んだ伊崎紫音である。それでも二口目からは特に引っかからず普通に飲んでいた。
「紫音さん、炭酸水どう?」
「慣れれば、結構美味しいですね」
 お腹がいっぱいだったので伊崎紫音は二杯目を頼まなかった。
「紗は炭酸水の味、どうですか?」
 玲璃が眺める管狐・紗は蜂蜜レモン味の炭酸水が気に入ったようだ。玲璃も飲んでみると元気が出てくる。自ら用意した氷のおかげで最後の一口まで冷たく頂けた。
「ぬこにゃん、お疲れなのにゃ♪」
 パラーリアは店前の道に座っていた神仙猫・ぬこにゃんを連れてきて、秋刀魚ご飯とブルーベリーの炭酸水をあげる。
 ぬこにゃんが別行動をとっていたのは野良猫達から安州で流行っていることを聞いてまわっていたからだ。
「それにしようか」
 『烏慕情』という観劇が人気を博しているという。そのことを常春に話すと強い興味を示す。
 満腹屋を出た有志一行は烏慕情を楽しむべく芝居小屋に向かうのだった。

●恋人達
 芝居小屋はとても賑わっていた。
 有志一行は広めの枡席に陣取った。
「美味しそうだったのにゃ♪」
 パラーリアが買ってきた花林糖をみんなで分けて食べているとやがて幕が上がる。
 芝居は賢い烏が惹かれあうのに事情があって離ればなれに暮らす青年と娘に手紙を届けてあげる内容になっていた。意地の悪い庄屋の息子があらゆる手を使って二人の仲を邪魔する。
(「悲恋で終わってしまうのでしょうか?」)
 ルンルンは感情移入してぽろぽろと涙を零す。
 終わりに近づいて烏が機転を利かす。庄屋の息子が青年に盗まれたと言いふらしていた物品が発見される。
 疑いは晴れて恋人同士は一緒になり、烏が鳴いて飛び去っていくところで終劇となった。
「よかった、二人が幸せになってよかったです‥‥。これ旅の思い出に。わっ、私も買ったんですよ」
「烏の根付けだ。ありがとう。さっそくつけさせてもらうね」
 頬を染めながらルンルンがくれた根付けを常春はさっそく帯に取りつけるのであった。

●男
 日が暮れる前に有志一行は借りていた宿に戻る。
 男女別々の二部屋が借りられていたので、夕食後は別行動となった。
 常春は玲璃と伊崎紫音を宿屋に隣接する銭湯へと誘う。
「ふぅ〜。極楽ですね」
「今日は楽しかったね」
「芝居の烏の鳴き声、どうやってだしていたんでしょうね。本物みたいでした」
「あ、それ私も気になったよ」
 湯船に浸かった伊崎紫音と常春が頭に手ぬぐいをのせた姿で今日一日を振り返る。
「そういえば先程売店を眺めましたら炭酸水を売っていました」
 手ぬぐいで身体を洗いながら玲璃が思いだす。
「そうなんだ。だったら飲もうかな」
 種類こそ少なかったものの玲璃のいう通り風呂の売店でも炭酸水は扱っていた。
 玲璃が氷霊結で作った氷を大湯飲みに入れる。余った氷を売り子にあげたらとても喜ばれた。
 女性陣も一風呂浴びにきたようで、雁久良に追いかけられるノエミの声が女風呂の方から聞こえてくる。
(「ノエミさんの男装、すごかったな。道行く女の子に握手求められてたし」)
 常春は柑橘系炭酸水を飲んで気持ちと身体をすっきりさせてから宿の部屋に戻る。布団はすでに敷かれていたが、男性陣はしばらく将棋や囲碁を楽しんだ。
 三人が立て続けに欠伸をしたところで就寝となる。夜遅くまで遊んでいたのにもかかわらず、三人は早く目を覚ますのだった。

●再会
 二日目の午前中に回ったのは飛空船基地のすぐ近くの高鷲造船所である。
 常春が所有する飛空船を建造した会社であり、大規模な整備が必要な際には今もお世話になっていた。
「船しか覚えていないのは、常春殿らしいであります」
「妙な話だけど、あのときは結構切羽詰まっていてお仕事って印象だったんだよね」
 七塚と常春は昔話に花を咲かせながら高鷲造船所を訪問する。有志一行は造船所内を見学させてもらう。
「やっぱり大きいのにゃ」
「いつ見てもすごいですね」
 パラーリアとルンルンが建造中の大型飛空船の骨格を眺める。飛空船の受注はひっきりなしで大忙しのようだ。
 玲璃と伊崎紫音も懐かしそうにしていた。
「よ、しばらくご無沙汰だったな。元気していたか?」
「はい!」
 知った顔が多くて挨拶を交わす。
 話題は自然と春嵐号のことになる。職人や設計士にとっては嫁にだした娘のような存在らしい。
「以前、万屋黒藍と交渉しに行かれたのを覚えているでありますか? 実は自分が常春殿の影武者になるつもりでしたが身長の都合で他の方へお願いしたであります」
「確か‥‥茶室のある竹林からの帰り道だったよね」
「あの時、ご一緒した方々に感謝なのであります。交渉が上手くいってよかったでありますよ。結果、倒れたのは偽者、天帝宮に居るのも偽者、自分も偽者の春華王であります。‥‥平和でありますね」
 七塚と人妖・てまりが扇子を開いて笑う。
「いわれてみるとその通りだね」
 常春は七塚とてまりが天帝に扮した理由を理解するのだった。

●食べて躍って
 有志一行は一旦宿に戻る。
 昼御飯代わりに屋台を食べ歩くことになっていたのだが、出発前にパラーリアは常春の髪型をいじる。
「これでいいのにゃ♪」
「なんかぴっちりしているね」
 パラーリアは常春の髪型をオールバックに仕上げた。
 そしてパラーリアもお色直し。理穴の女王、儀弐重音を真似てみる。元々がかなり近い髪型だったのでそっくりに。着物を着替えれば小柄な儀弐王のできあがりである。
「さてと、この格好で春くんと大食い散策にいくよ〜♪」
「ぱ、パラーリアさん、急がなくても大丈夫だよ」
 パラーリアが常春の手を引っ張って宿屋から外に飛びだす。
 有志一行が向かったのは海沿いの通りである。海産物だけでなく様々な食材を使った屋台が並んでいた。
「やっぱり本場は違うね。全然違う」
「さすがなのにゃ♪ もう一貫たべよ〜♪」
 屋台で鮪の漬けを食材として使った鮨を頂いた。パラーリアはさらに卵焼き。常春は穴子を注文する。
 他にも焼きトウモロコシにイカ焼きなどなど。屋台がこれだけ並んでいるとまるで祭りのようだ。
 神仙猫・ぬこにゃんや上級迅鷹・忍鳥『蓬莱鷹』も新鮮な魚介にありつけて大満足の様子である。
「これを丸ごと頂けるだろうか。商売の邪魔をするつもりはない。無理なら諦めるからそういってくれ」
「予備がありますんで気になさらず。毎度あり!」
 麗人のノエミは龍二体のお土産としてとても大きな豚の丸焼き肉を購入した。本来は薄く削いで食べるようだが、龍二体ならぺろりと平らげてしまうだろう。
「あれはもしかして」
 雁久良は耳に届いた囃子で気がつく。砂浜で催しが行われていた。舞台があって自由に芸を披露する場のようだ。
 見学と参加をするために有志一行は砂浜に下りた。
『では、僕が歌と楽器をやりましょう、陽気な曲を一つね』
 提灯南瓜・ロンパーブルームがパラストラルリュートを雁久良から借りる。演奏が始まると雁久良はまさに舞台へと躍り出た。
 身体をくねらせて身体全体で激しさを表す。情熱的な振り付けを披露する。
 ノエミは購入したばかりの肉を伊崎紫音に預かってもらう。
「折角の機会。僕はきみと躍りたいんだ」
 ノエミは常春の手を引いて舞台へと駆け上った。
 ロンパーブルームの演奏はより激しくなる。
 常春がぎこちなかったのはほんの一瞬だけ。着物の裾を翻し、足踏みで激しくリズムをとる。
 ノエミは赤い薔薇を口にくわえて伸びやかに手足を伸ばす。
 雁久良も負けじと色とりどりの羽根を揺らした。
「僕の正直な気持ちさ、ジュ・テーム!」
 踊りの最後、ノエミは常春に赤い薔薇を投げる。おどけてこそいたものの、彼女なりに常春へ気持ちをぶつけた瞬間である。
「かぶいた記念なのにゃ♪ あたしの姿も想像して一緒に描こ♪」
 パラーリアはこの情景を脳裏に焼き付ける。宿に戻ってから筆を取り、常春を中心にして有志全員が収まる絵を描き残すのであった。

●そして
 安州での二日間はあっという間に過ぎ去る。
 日が暮れて宿に戻った有志一行はゆっくりとくつろいだ。
(「この男装の格好なら常春様がいる殿方の部屋に紛れてもわからないかも」)
 ノエミは他の女性陣に気づかれないよう静かに襖を開ける。廊下に出ようとしたところ、目の前に胸の谷間が飛び込んできた。
「‥‥ノエミちゃん、もしかして男の子の部屋に行こうとしてるのかな? 男装して急接近する作戦なのね♪ そうはいかないわ♪」
「ち、違いますそんなふしだらな気持ちは。むぎゅう!」
 雁久良に思いっきり抱きしめられてノエミの計画は失敗に終わる。

 翌朝、楽しかった思い出を胸に泰国行きの旅客飛空船に乗り込む有志一行であった。