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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。 帝都の名は朱春。 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位に就き、今はまだ十四歳の少年である。 泰国にも栢山遺跡発見の報は伝わった。 嵐の壁を突破する際に必要な『開門の宝珠』が地下深くに眠っているといわれている遺跡である。 開門の宝珠が発見されれば、再び嵐の壁を突破する機会が得られるという。朝廷が動いているところからも真実だと窺える。ただ確証が揃ったとまではいえなかった。 事実だと仮定して泰国としてどう動くのかが話し合われる。ただそれを決めるのは泰国を管理する官僚達。天帝・春華王は蚊帳の外で決定の結果を聞くのみである。 報があってから数日後、泰国は今回の新大陸発見に対して静観の態度をとると決まった。 今日もまた春華王は宮殿奥の『青の間』で絵筆を握っていた。しかし気分がのらずに止めては描きの繰り返しである。 (「新大陸とはいかなるところであろう‥‥」) 春華王は空想する。 少年の多くは未知なる冒険に焦がれるものだ。春華王も例外ではなかった。幼い頃、兄とよく冒険ごっこをした時の事もよく覚えている。 もし栢山遺跡の一件が真実で開門の宝珠が発見されたとする。その時に必要なのは飛空船に違いない。 もちろんすでに何十隻もの飛空船を所有している春華王だ。しかし国として静観を決めた以上、春華王として行動する訳にはいかなかった。 「よし!」 「何がよしで御座いましょうか?」 「いや、何。気にするでないぞ、亮順」 「承知致しました」 侍従長の孝亮順とのやり取りで春華王は冷や汗をかく。よしといったのは外国で新たな飛空船を調達するのを決めたからである。 旅泰なら金さえ用立てれば簡単に売ってくれるだろう。しかしばれる可能性は非常に高くなるので却下だ。 そこで春華王は内政が混乱気味で近年飛空船製造に力を入れている朱藩に白羽を立てた。嵐の壁が通れるようになるその時までに深茶屋の御曹司である常春としての飛空船を用意する為に。 新しい飛空船を手に入れる計画は孝亮順に秘密である。 春華王は次のお忍びの旅先を朱藩の首都、安州と決めるのだった。 |
■参加者一覧
紅(ia0165)
20歳・女・志
椿 奏司(ia0330)
20歳・女・志
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
久万 玄斎(ia0759)
70歳・男・泰
富士峰 那須鷹(ia0795)
20歳・女・サ
純之江 椋菓(ia0823)
17歳・女・武
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●相談 朱藩の首都、安州に到着した常春一行はまず腹ごしらえの為に蕎麦屋へと足を運んだ。 常春とは春華王の仮の名であり、地方の老舗お茶問屋『深茶屋』の御曹司という立場を演じていた。今のところ開拓者達にも内緒である。 「実は飛空船が欲しくて安州にやって来たんです」 常春はお座敷に腰を下ろしてすぐに今回の旅における本当の目的を開拓者達に説明し始めた。これまで話さなかったのは借りたという形にしている泰国発、朱藩行・飛空船の乗員達に聞かれたくなかったからだ。侍従長の孝亮順に話が漏れないように細心の注意を払っていたのである。 飛空船は春華王として数多く所有していたがそれでは新大陸発見の際に役立たない。欲しいのは常春として自由に使える飛空船だった。 新大陸の噂については開拓者達も耳にしていた。 「中古でも構いません。お金は工面出来ますので飛空船が手に入るようにどうか手伝って下さい」 嵐の壁の向こう側に何があるのかを知る為には飛空船がどうしても必要だと常春は熱心に開拓者達を説いた。 「ほえ〜、飛空船買っちゃうのにゃ。常春くんってほんと〜にお金持ちなんだね〜」 冷たいお水の入った器を包み込むように持ちながらパラーリア・ゲラー(ia9712)は目を丸くする。 しばらくして女中が各自の料理を運んでくる。ざる蕎麦や掛け蕎麦などいろいろだ。 「飛空船とは大きな買い物だ。船は個人的な興味もある。常春が気に入る物を用意したいな」 紅(ia0165)は箸を上下させて、ざる蕎麦を椀の汁につける。 「飛空船‥天翔ける船‥『天翔船』。折角だから新しい船、欲しいよね。『はじまり』を告げる‥」 柚乃(ia0638)は丼からかき揚げを持ち上げて端っこをかじった。 「自分の飛空船を持ってみたいと思う人は多いんでしょうね。‥‥私もその一人ですっ」 純之江 椋菓(ia0823)は蕎麦をツルツルっと頂く。 「今日も今日とて酒がわしを呼ぶ‥‥」 クイッと満たしたばかりの盃を空にしたのは富士峰 那須鷹(ia0795)。彼女曰く蕎麦に酒は欠かせない。 そうだと思いだすように富士峰は久万 玄斎(ia0759)に相談を持ちかける。飛空船の購入者として常春は非常に若い。常春も世間に不信感をばらまきたくないだろうし、何より大金の扱いが心配である。そこで久万玄斎が購入者という形で話を持ってゆく事となった。 「なら坊ちゃまを孫として常春と呼ぶかのう。わしの名は‥‥そうじゃな。壮一郎とでもしておこう」 カカカッと笑いながら久万玄斎は常春の頭を撫でた。どうも孫を溺愛する祖父の役を演じるようだ。 「それではボクも、玄斎さんに雇われていると言う事にしておきます。常春さんが買うより、少しは自然な感じになりそうです」 伊崎 紫音(ia1138)は数本の蕎麦を行儀良く口に運んで笑う。 「ご隠居さんや坊ちゃんにはニンジャの護衛がつかないとね。私ルンルン忍法を駆使して頑張っちゃいます!」 常春のことを坊ちゃんと呼ぶのはルンルン・パムポップン(ib0234)である。微笑みながら道ばたで摘んだ野の花を常春の胸元に挿してあげた。 「飛空船かぁ‥‥。折角だからやっぱり新造がいいよね。いい職人さんが見つかるといいけど。新大陸は何だか心躍るものがあるよね」 「そうなんです。機会があるとは限らないのですけど、そうなったら飛空船は必要でしょうし」 浅井 灰音(ia7439)は試しに酒を呑みながら常春と話す。やはり酔えないと心の中で呟きながら。 (「新天地への憧れか、何か詳細あってのことか。――聞いてはみたいが、詮索を為すのも問題か」) そば湯で割った汁を頂きながら椿 奏司(ia0330)は常春を眺める。 「船名も考えておかないといけませんね‥‥」 常春の思いはすでに大空の飛空船へと馳せていた。 ●飛空船 腹ごしらえが済んだところで宿を見つける。それから飛空船を手に入れる為に行動を開始した。 目指すは新造飛空船。無理ならば中古飛空船と目標を定める。 まずはどうすれば新造飛空船が手に入るかを知るために全員で情報を集めた。 やがて一に優れた宝珠、二に優れた設備の飛空船・造船所、三に腕のよい職人が必要だと見えてくる。一つずつ集めるもよし。場合によっては造船所で宝珠と職人もすべてを含めて手に入るかも知れない。そこで造船所を探す事になった。 造船所はどこも大きな施設だ。安州の飛空船基地周辺を歩いていると自然に見つかる。 「縁がないのう」 項垂れる常春の横を歩きながら久万玄斎が白い顎髭を触る。 一棟ずつ当たってみるものの、どこも手一杯で新規の造船を引き受けてくれなかった。それに必要な宝珠が絶対的に不足してる事実も判明する。 常春の頭を撫でて空を見上げる久万玄斎である。一句浮かびそうだが、なかなか出てこなかった。 「情報を集めるときに街で飛空船に詳しい人がいってたんだけど‥。無茶を承知なら樽に宝珠をつけても空は飛べるって‥‥。もちろんそれだとすぐ落ちちゃうはずだけどね‥‥」 柚乃は宝珠の重要さを説明した。浮遊宝珠と風の宝珠が基本で、船体の大きさに合わせて数も必要になるという。 頼める造船所が見つかったとしても、この状況下で宝珠の在庫が潤沢とはとても考えられない。そこで紅、純之江、パラーリアの三人は、前もって持ち込み用の宝珠を探す為に一行を離れた。 「そんなに落ち込まないで。まだ造船所はたくさんありますし」 浅井灰音が常春の肩に手を置く。 「お金に関しては出来る限り壮一郎さんにに任せてね」 「はい。ちゃんといわれた通り、玄斎さん‥‥いえ、壮一郎お爺さまに預けています」 見上げる常春に浅井灰音は頷く。 「あそこの造船所、ひとっ走りして様子を見てきます。いくら受けてもらえても手を抜く造船所では駄目ですので」 伊崎紫音は遠くに看板を見つけて駆けてゆく。しばらくして戻ると首を横に振った。 「燻る火の手あらば火を起こし、寂れ落ちる腕あらばその腕を取り未来へ伝える手立てとする。職人探しも別の切り口からやってみようと思ってな」 富士峰も常春一行から離れた。 「私も職人か造船所を探そう」 夜に宿で落ち合う約束をして椿奏司も常春一行とは違う別の道を進んでいった。 「今日は造船所への飛び込みでがんばりましょう! 駄目だったら酒場にでも立ち寄って色々聞いちゃうのもいいかな?」 元気いっぱいのルンルンは次の造船所を指さす。しかし残念ながら到着初日はこれといった進展はなかった。 ●宝珠 紅 「御免、飛空船用の宝珠を扱ってはいないか?」 「そりゃありますぜ。ここはそういう『場』なんですからねぇ」 安州の市場で様々な商人に声をかけ、小銭を握らせたりしてようやく紅が辿り着いたのはうらぶれた射的屋。 ここで宝珠の競りがあると耳にした紅は途中で手に入れた割り符を使って奥に足を踏み入れる。 薄暗い中で確かに宝珠関連の競りが行われていた。 素性のよさそうな者に個人取引を持ちかけたいところだが、そういう行為は違反とされている。場だけを利用して主催者に仲介料を支払わないのは商売の仁義に反しているからだ。とはいえ商売とは刀の鍔迫り合いのようなもの。ぎりぎりのところで見切る事こそが成功への秘訣である。 紅は旅泰の出品を避けた上で一個の浮遊宝珠を競り落とす。高めの値段であったがここは我慢する。肝心なのは出品者の確かさ。目を付けたのは元飛空船乗りの老人だ。 競りが終わった後で尾行し、その日は老人の自宅を確かめた。素性を調べて信用しうる人物だと確信した紅は後日に門戸を叩く。 「空を飛びたがっている人がいる。もっと質の良い宝珠が必要なのだ。譲ってはもらえないか? 頼む」 他にもよい宝珠が手に入らないものかと元飛空船乗りの老人に相談を持ちかける紅であった。 ●宝珠 純之江 純之江も宝珠を探して安州を西に東、南へ北へと探し回った。 一つ一つの噂を追ってようやく確かな情報を掴んだ。飛空船関連の宝珠の値段高騰を耳にして田舎から売りに来た氏族がそれなりにいたのである。裕福なようでも実状は火の車というのはよくある話だ。 「あの、お話しよろしいですか? 宝珠についてですっ」 純之江は商売屋の前で唸っている者達に声をかける。 宝珠を商うところを回ったおかげで純之江も相場をそれなりに理解していた。そして当たり前だが販売値よりも買取値というものは低いものだ。 特に販売と買取の値段に差がある商売屋前で張り、店の者にばれないように宝珠を売りたがっている氏族を連れだして交渉する純之江であった。 ●宝珠と職人 パラーリア 仲間のがんばりで宝珠の入手は何とかなりそうだとパラーリアは判断する。そこで宝珠探しについてはひとまず横に置いた。 「やっぱりすごいおおっきな飛空船にゃ」 沖で着水している非常に巨大な飛空船をパラーリアは眺める。それは興志王の超大型飛空船『赤光』であった。 パラーリアは赤光の造船に関わった職人や技師を探し始める。どの造船所が引き受けてくれたとしても一人でも多くの有能な職人は必要だと考えたのだ。 安州を駆けめぐり、パラーリアは思い描いた人物像と合った者を探し出す。 設計した飛空船があまりに突飛で出資者が見つからずにお払い箱になってしまった初老の技師。赤光の建造時の体験があまりにも眩しく感じられて、普通の飛空船造りに情熱を傾けられなくなってしまった者を。 場末の酒場で呑んでいた元飛空船技師『鎚乃助』にパラーリアは声をかけた。 「鎚乃助さん、お話しがあるのにゃ。この絵みたいな飛空船を造って欲しいにゃ」 「あー? まー若いねぇちゃんならいいか。どれ、暇つぶしに見てやらあ。うめー絵だが、あんたが描いたのかい?」 「違うのにゃ。常春くんが描いたんだにゃ」 「ふ〜ん。何度も描き直したんだろうな。飛空船に関しちゃ素人だろうが気持ちが込められている。俺にはわかるぜ」 安州に来るまでに常春の描いた絵をきっかけにし、パラーリアは新造飛空船の計画を鎚乃助に話すのであった。 ●職人 富士峰 「まったく暇じゃな。こんな事をしていて何が楽しい」 富士峰は腰に手を当てながら惨状を眺めてため息をついた。 裏路地で行われていたのは喧嘩。その中心にいたのは富士峰が探していた元飛空船職人『平太郎』である。 「なんだぁ? てめぇは!」 たった今倒したばかりの横たわる喧嘩相手の背を踏みつけながら平太郎は富士峰に殴りかかった。 ひょいひょいとかわし続ける富士峰。志体持ちの富士峰にとってはあまりに遅く感じる動きである。平太郎の腕を払って近くの外壁へと押しつける。 「上役とのつまらぬ諍いで、三年頑張った造船所を最近止めたらしいな。おぬしが住んでおる長屋の者から聞いたぞ。ガキの頃の夢が叶って職人になれたのにそれでよいのか?」 「だからなんだってぇんだ!!」 「もう一度、わしが機会をやる。飛空船造りのな」 「‥‥もう一度?」 富士峰が力を緩めると平太郎が壁から離れて自由の身になる。 まずは倒れている怪我人を運んで治療してから富士峰は飛空船を造る計画を話す。 平太郎はやがてパラーリアが連れてくる鎚乃助を慕うようになり、職人としての腕をあげる。ただそれはしばらく後の事であった。 ●造船所 常春一行が安州到着してから四日後、ようやく新造飛空船を引き受けてくれる造船所が見つかった。その名は高鷲造船所。 「ほら、わしってもう結構歳じゃろう。じゃから最後に世界を見て回ろうかと思ってのう孫と一緒に。まあ、要するに年寄りの道楽じゃな。なあ、常春」 「そ、そうです。わ、わた、いやぼくも壮一郎お爺さまと一緒に旅がしたいと思っています」 造船所の責任者と話す久万玄斎の横で常春は緊張気味である。頭を撫でられたりすると余計に。 「わぁ、立派な飛空船‥‥さぞかし作るのも大変なんでしょうね」 「まあ、これはこれでな」 ルンルンが見上げながら感想を口にすると職人の一人が頭をかく。造船所の大きさに比べて製造途中の飛空船はどれも小柄なものばかりだ。中型一隻と小型三隻があるだけ。 飛空船需要急増により、多くの職人が他の造船所に引き抜かれたのである。そのせいで大型飛空船を造れる設備を持ちながらこんな有様になってしまっていた。 「これだけ丁寧な仕事をしているみなさんなら安心して任せられます!」 首を傾げて褒めるルンルンである。 「こちらの人達が仲間を探してくれた技師や職人さん達だ」 浅井灰音はパラーリアと富士峰が連れてきた鎚乃助と平太郎を造船所の責任者に紹介した。先程まで鎚乃助と平太郎と話して人となりを観察し終えている。言葉遣いに少々難はあるものの、二人の飛空船造りにかける情熱は本物だと感じた浅井灰音である。 高鷲造船所が引き受けるにあたって条件がいくつかあった。 宝珠は在庫が足りないので持ち込みでの受注になる事。これはすでに紅と純之江のおかげで達成である。 もう一つは技師、職人を手配する事。現在、富士峰、椿奏司、パラーリアがいないのは他にも人材を探しているからだ。特に椿奏司は鎚乃助と平太郎の知り合いに声をかけているようである。 伊崎紫音、柚乃、常春の三人は久万玄斎が責任者とお金の交渉をしている間、造船所の手代に施設内を案内してもらった。 「命を預ける物ですし、やっぱりちゃんとした物を作ってくれる所を探さないと。ここなら大丈夫ですね」 「そうだね。この飛空船も、とても頑丈に造られているし」 常春と話しながら事前に確認した通りだと心の中で呟いた伊崎紫音である。 「あ、ここ‥‥。こういう接ぎをするところは仕事が丁寧だって‥街で知り合った造船に詳しい人がいってたの‥‥」 「そうなんだ。あ、そうだ。その人もどこかの造船所に勤めているのかな?」 常春は柚乃が知り合った造船に詳しい人も誘えたらいいなと呟く。後日、柚乃が持ちかけるとのってくれた。大きな仕事がしたかったところだといって。 ●そして 最終的に高鷲造船所は二十名の増員がはかられる。宝珠も大型飛空船を造るのに充分な数が集まった。 安州での最後の夜、新造飛空船の命名が話題になる。 紅は『春運』。 久万玄斎は『寿限無ム』。 富士峰は『薫風天駆』。 ルンルンは『麗しき常春号』。 浅井灰音は『春暁』号。 純之江は『春暁』。 提示してくれた中から常春は選ぶつもりだが結果は熟考の後だ。 別れ際にパラーリアがくれたのは前回の武天祭で描いた街の人々の絵。今回の安州で描いた絵も混じっていた。 戻った泰国の宮殿で青空を見上げ、飛空船の完成を心待ちにする常春であった。 |