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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 泰国の帝都、朱春南方郊外に泰大学は存在する。城塞に囲まれた泰大学は町のように機能していた。 引っ越しや入学式も一段落し、各学科では講義が始まる。 (「みんな、やる気に満ちているな。よし私も」) 市井の常春に扮した春華王も仲間の学生達と席を並べて指導を受けた。 「みんなが提出してくれた絵はすべて鑑賞させてもらった。どれも素晴らしかったが、それとは別に課題をだそうと思う」 髪をざっくばらんに後ろでまとめる芸術学科の女性講師『緑華』は淡々と説明を続ける。 絵画の腕前は時間と手間をかけることで出来具合にかなりの幅が生じる。 最終的によい作品ならばかけた時間を問うのは無意味だが、講師の立場としては把握する必要があると緑華は語った。 同様の作品を仕上げられるのであれば早い方がよい。それを学ぶのが芸術学科という場であるのだと。 「そこでだ。この講義が終わってから一週間後、課題に沿った絵を提出してもらう。画題は野生動物。是非に生き生きとした動物を紙や布の上に写し取ってくれ。色をつけるかどうかは問わない。線描でも十分だ。ああ、描く絵は写実的だけに限らないが、躍動感は忘れないようにしてくれよ。たとえ眠っている姿を写したとしてもね」 課題提出まで講義はお休み。実は緑華自身が休みたいだけなのではといった疑いをかける学生もいたが、常春はそうではなかった。 すでに何を描こうか思案し始める。 「実は親戚が住むいい山を知っているんだけど‥‥一緒に行かないかな?」 常春は講義が終わった直後、仲間達に声をかける。 泰国南部の山奥でメロン栽培を主にして生計を立てている集落があるという。常春はそこに仲間達を誘った。 畑の周りは山ばかりで様々な野生動物が棲息する。子供の頃、常春は兎と狸、熊を目撃していた。昆虫はいくらでもだ。 「熊は遠くから眺めたんだけど、怖かったな」 常春の誘いに何名かの学友が同行することとなる。 翌日、常春と学友達は借りた中型飛空船で山奥の集落へと向かうのであった。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
真名(ib1222)
17歳・女・陰
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓
七塚 はふり(ic0500)
12歳・女・泰
ノエミ・フィオレラ(ic1463)
14歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ● 泰国朱春から飛び立った飛空船は暮れなずむ頃に南部山奥へと着陸する。 「久しぶりだな」 常春は飛空船の窓から外を眺めた。 集落周辺は平地が階段状に連なる。住処の段、メロン畑の段といった感じである。 常春と学友達は下船して住処の段へと向かう。 柚乃(ia0638)は主の朋友として玉狐天・伊邪那を連れてきていた。もふら・八曜丸も一緒である。 『八曜丸はオマケで。あたしのしもべよ』 小柄な姿で出現中の伊邪那は八曜丸の背中へと馬乗りならぬ『もふら乗り』していた。 『おいらはメロン食べ放題に命をかけるもふ!』 『‥‥働かざる者、食うべからずよね〜』 伊邪那と八曜丸の掛け合いを聞いていた柚乃と常春が思わず吹きだす。 「この香り‥‥」 笑い泣きの柚乃が芳醇な果実の香りを感じた。 遠くに見えるメロン畑からと思われる。八曜丸は今にも涎を垂らしそうになっていた。 「遊びに赴いた先で、時間があればデッサンをしているの」 「今度見せてほしいな」 柚乃はこれまでに描いた絵を常春に見せる約束を交わす。 伊崎 紫音(ia1138)は昨夜に常春と同じ寮部屋へと引っ越ししたばかりであった。 「ギルドのお仕事で講義に出られなかったら、教えてもらえますか?」 伊崎紫音が振り向いて常春に話しかける。 「もちろんだよ。同室の寮生活、よろしくね」 常春が和やかに頷く。 雑談を交わしながら歩いているうちに一同は住処の段まで辿り着いた。 「しゅ‥‥いや常春くん、大きくなったな」 「おじさんとおばさん、お世話になります」 常春は親戚の夫婦と挨拶を交わす。そして学友達を紹介し、宿泊用の部屋へ案内してもらった。 「坊ちゃ‥‥いえ、常春さん。こちらにどうぞ」 「ありがとう。でもルンルンさん、気をつかわないでいいからね」 ルンルン・パムポップン(ib0234)が敷いた座布団に常春が腰を下ろす。その隣へとルンルンはちょこんと座った。 「課題の静物であっても感じられる躍動感。自分には芸術性なるものはまだ難しいであります」 七塚 はふり(ic0500)が卓を挟んで常春の真正面で正座する。 「確かに難しいよね。きっと野生動物の仕草とかを表現できればそれでいいと思っているんだけど」 野生動物の生態を紙の上にうまく切り取ればよいと常春は解釈していた。 「ビーエルが休める厩舎があってよかったです」 ノエミ・フィオレラ(ic1463)は少し遅れて部屋にやってくる。 「龍の餌は頼んでおいたから大丈夫だよ」 常春と話しながら落ち着こうとしたところでノエミは気がつく。常春を取り囲むように学友達が座っていた。 (「絵を描くときは常春様のお傍で護衛をしなくては」) そう考えながらノエミは空いていた座布団へと収まる。 「熊がいるって聞いたんだけど」 「でっかいの、見たことあるよ」 篠崎早矢(ic0072)の言葉に常春は思い出を語る。 常春が幼い頃に遠方から眺めた熊は二頭の子を連れていた。 「熊の親子は川沿いにいたんだ。水辺には野生動物がよく集まるみたいだよ」 篠崎早矢は熊を描くつもりなので常春からの情報は役立ちそうである。 「いろいろな撒き餌を用意してきたから大丈夫よ♪」 「それはた‥‥助かるよ」 雁久良 霧依(ib9706)は卓に両肘を乗せて頬杖をつきながら常春にウインクした。 「紅印を描いてもダメなのよね。野生じゃないし」 真名(ib1222)は膝の上に座る玉狐天・紅印を眺めながら呟いた。 『マスター‥‥』 苦笑いを浮かべる紅印に真名がくすりと笑いかける。そして近年集落周辺で目撃された野生動物の箇条書きに目を通した。 パラーリア・ゲラー(ia9712)も胸の前で腕を組んで何を描こうか悩んでいた。 「山猫さんがいればぬこにゃんに頼ん‥‥‥‥忘れていたのにゃ!」 突然にパラーリア・ゲラーが立ち上がる。背負い袋を抱えて廊下へと飛びだすが、すぐに戻ってきた。 「どうかしたの?」 「春くんの親戚さんにお土産を渡してきたのにゃ。アジの干物とおが屑保存の毛ガニだよ〜♪」 喜んでくれたとパラーリアは笑顔である。 玲璃(ia1114)は荷物の中から防寒用の狩人の外套を取りだす。 「南部とはいえこの季節の山は夜になると寒いです。よろしければ着てください」 「ありがとう。できればこれの世話にならないほうがいいか。月下の野生動物も魅力的だけどね」 山間では早く日が暮れる。夕食を食べた一同は明日に備えて就寝するのであった。 ● 翌日、各自は野生動物を探して森へと向かう。パラーリア、七塚、ルンルン、ノエミは常春に同行した。 「春くんはどんな動物が描きたいのにゃ?」 「親子が描けたらなって思っているよ」 パラーリアと常春は森の野生動物を話題にする。仙猫・ぬこにゃんは枝から枝へと飛び移り、高所から探してくれた。 「熊が出ても、今日は私が近くにいるから!」 すすっと常春に近寄ったルンルンが掌を取って瞳を輝かせる。 「その傷、どうしたの?」 常春の視線はルンルンの両手に注がれた。 「だ、大丈夫です。‥‥あっ、えっと、課題がんばっちゃいましょう」 ルンルンはわたわたとしながら先を急ごうとする。すると後ろから肩を掴まれた。 「危ないよ」 ルンルンは常春の指摘で若木の幹へぶつかりそうになっていたことに気がつく。幹から離れる際、一瞬であったが常春の胸元に顔をうずめるのであった。 森を歩き始めて一時間後、ノエミが先頭に乗りだして両腕を広げる。 「この先に危険な動物がいるようです」 ノエミは小声で話す。頭上を飛行中の駿龍・BLから危険の合図が送られてきたらしい。 ルンルンは上級迅鷹・忍鳥『蓬莱鷹』を連れて偵察にでた。数分で戻ってくる。 「猪と洞穴を発見しました」 常春は報告を聞いて最初の題材に猪を選んだ。洞窟まで十数メートルのところに立つ大樹へと登る。 「ドングリ、たくさん食べるのにゃ♪」 パラーリアが洞窟前にたくさんのドングリをばらまくと猪達がでてくる。 子猪が六頭。大人の猪は二頭いた。 常春はじっくり描くのではなく速写で紙の上に表現していく。 (「じー‥‥」) そんな常春を七塚は見つめていた。 「見ててもいいよって約束したけど、やっぱ恥ずかしいな」 「課題の絵は別に描くのであります。今は真似して描くであります。臨写であります。これは修復の勉強なので恥ずかしがられると困るでありますよ」 七塚は絵を描く常春の様子を描き始めた。側にいるルンルンとノエミにも許可をとってあるので三人まとめて写し取った。 常春の表情が徐々に真剣味を帯びてくる。 七塚は常春が描いた速写の絵を数枚預からせてもらう。後で上げ写しをするためである。 「躍動感の出し方が分からなくて‥‥コツがあったら、教えてもらえませんか?」 「猪の視線がどこに向いているか注意するといいかも」 常春に木炭を渡すときに手が触れてルンルンは顔を真っ赤にさせた。 (「常春様の真剣な眼差しと表情‥‥胸がきゅううううんとしてきます‥‥」) ノエミも常春が絵を描く様子を紙の上に残そうとしていた。だが七塚と目的が違う。 「エフッエフッ――」 ノエミの妙な笑い声に常春が振り向く。 (「私ったらはしたない」) さっと常春側の頬を片手で隠す。まもなく常春を描いていたことが露見する。 「真剣で素敵で‥‥お、お姿をお描きしないのは芸術に対する犯罪だと思いましたので!」 ノエミは顔を真っ赤っかにしながら心中を吐露した。 「別にかまわないよ。でも先に一声をかけてくれたらうれしいな」 それからのノエミは隠すことなく常春を描いた。課題の野生動物を描き忘れそうになるほどに。 「そろそろなのゃ」 パラーリアはしばらく経ってから本気をだす。食事後の仕草を描き写すつもりだったからだ。 猪達がごろんと土の上に寝転がる。 何頭かは身体を地面に擦りつけた。この瞬間を逃すまいとパラーリアは木炭を紙の上に滑らせる。さらに欠伸が伝染して次々と口を大きく開けていた。 太めの線で素描し躍動感を大切にする。気に入った一枚は厚みのある油絵にするつもりでいた。 やがて昼食の時間になって地上へと降りる。 「春くんが食べたいっていってたのにゃ♪」 パラーリアがお重の蓋を開くと春巻きがいっぱい入っていた。 「えっと‥‥その、形はあんまり良くないかもしれないけど」 ルンルンが作ってきたのは塩むすびである。課程は定かではないが、これが手傷の原因らしい。 (「とっても幸せだな」) 常春は理由もなく涙腺が緩んだ。春巻きと塩むすびを交互に食べて涙を一粒零すのであった。 ● 「ウサギやタヌキ、熊はどこにいるのかしら?」 雁久良は滑空艇・カリグラマシーンを駆って上空の風に乗っていた。しばらくして眼下に一頭の狼を発見する。 「群れで行動するっていうけれど、まさに一匹狼? 面白そうね」 興味を持った雁久良は狼から少し離れたところにカリグラマシーンを着陸させる。そしてゆっくりと近づき、射程に入ったところでアムルリープを使って眠らせてしまう。 「これで準備よしっと」 雁久良は狼の近くに肉塊を置いてから素描を始めた。起きたとき、すぐに見つからないよう茂みの向こう側から木炭を紙の上に走らせる。 「凄味はあるけど寝ているとかわいいわね♪」 こうして眺めると犬と変わらなかった。元々疲れていたのかアムルリープが切れても狼は眠り続ける。三十分後、目を覚まして肉塊に気がついてにおいを嗅いでから齧りついた。 雁久良は狼だけでなく様々な野生動物を描いた。 メロン畑を背景にして真ん中にカリグラマシーンを置きつつ、周囲に様々な動物達を配置した絵を描くためだ。彩色もする予定である。 (「大きな葱を前に動物達が飛び跳ねたり寝転がったりしてる、そんな絵本みたいな絵に仕上げようかしら」) 移動中、仲間の一団を発見。着地して近づくと何故か常春が泣いていた。 「ちょっと目にゴミが入っただけなんだ」 雁久良は常春に勧められて一緒に弁当を頂いた。その後、余興で仲間同士を描くことなる。 「ねぇ、これ付けてみない?」 「もしかしてウサギ?」 雁久良が常春の頭に被せたのはラビットバンドである。 「じゃあノエミちゃんにはこれ♪」 近くにいたノエミには獣耳カチューシャだ。 (「常春様のうさ耳姿‥‥。鼻血がでそう」) ノエミは常春を見てよからぬことを考えた。 雁久良自身はグラスラビッツ付属のうさ耳をつける。動物役をみんなで交代しながら写生大会が行われるのであった。 ● 『見つけたわ』 『いっぱいいたもふ〜♪』 玉狐天・伊邪那ともふら・八曜丸が茂みから顔だけをだして柚乃を誘う。柚乃が後をついて行くとウサギの家族が見えてきた。 「ありがと‥♪」 柚乃は小声で感謝すると詩を奏でた。心の旋律である。 精霊語の詩は言葉の壁を越えられる。柚乃は敵対の意思がないことをウサギ達に示してから木炭を手に取った。 (「もう夏毛なのかな?」) 柚乃は一羽を選んで描き続ける。茶色の子ウサギの動きがとても可愛らしかったからだ。走っている途中で倒れて転がったり、仰向けになって手足をばたつかせたりしている。 「これも常春くんに見てもらおうっと」 五枚描いたところで一段落する。しかし立ち去る前にもう一枚描く気分になった。伊邪那と八曜丸の周囲にウサギ達が集まっていたからだ。 伊邪那の耳に掴まろうと跳ねる子ウサギ。もふもふの八曜丸の背中にもふもふのウサギが寝転がる。 軽い気持ちで始めた最後の一枚が大作になってしまうのであった。 ● 「浅黄だけ描くのは駄目なんだって」 木漏れ日の下、伊崎紫音は忍犬・浅黄と一緒に森の獣道を歩く。浅黄の嗅覚はさすがですぐに野生動物を探しだしてくれた。 最初にリスが棲む木のうろを発見。周囲には細い若木しか育っていなかったのでドングリを撒いて誘いだす。しばらく待つとリスが地面まで降りてきた。 「まだ描けてないから‥‥あ〜、逃げちゃいました」 伊崎紫音は描き始めようとするが、ドングリをその場で食べずにうろへと持ち帰ってしまう。 そこでありったけのドングリを置くことに。それでようやくリスを描くことができた。 次に浅黄が見つけてきたのは鳥のキツツキである。 (「キツツキなら躍動感が出しやすそう」) 今度は近くに木が育っていた。静かに登って太枝に座り描き始める。 絵に集中すると周囲への警戒が緩慢になってしまう。浅黄は地面に残り見張り役をしてくれた。 キツツキは小一時間ほど同じ木を突いていたので絵を描く充分な対象となる。 ご機嫌な足取りで森の中を散策していると川辺に辿り着く。集落の人から教わったように川の中の岩を他の岩で叩いてみると魚が浮き上がる。 浅黄が叩き、伊崎紫音は浮いた魚を集めた。 「焼き魚もいいですね」 朝食分の魚が手に入ったと喜ぶ伊崎紫音であった。 ● 「狸や狐なんていいかな。どこかに‥‥」 真名は斜面の下を沿って歩いていた。狸や狐がこうした場所に横穴を掘って棲んでいると聞いたからである。 「よしここはあの作戦でいこうかな」 なかなか見つからないので次の手を打つ。 輝いた後、ぴょこと髪の間から飛びだす狐の耳。真名は玉狐天・紅印と狐獣人変化を果たして普段よりも鋭敏な感覚を得た。 垂直に近い斜面もなんのその。わずかな突起を足がかりにして一気に登る。目の端に黄金色の何かがいたような気がして足を止めた。 (「狐、ようやく見つけたわ」) 真名は崖上から子狐を見下ろす。こっそりと後をつけて巣穴を発見した。 親狐が駆け寄ると子狐を銜えて巣穴に戻す。子狐は勝手にうろつき回っていたようだ。 忘れないうちにと親狐が子狐を銜えた姿を紙の上に写す。子狐達はとてもやんちゃで何度も巣を飛びだそうとしていた。 (「とてもかわいいけど触るのは我慢‥‥」) 親狐は大変そうだが真名にとってはよい題材となる。 日が傾き始めた頃に帰路へ就く。紅印と再び同化して周囲を警戒しながら崖を一気に降りた。 (「それにしても恋の争奪戦はすごいわね。私は傍観者だけど」) 真名は仲間達が行った常春への接触を思いだす。態度にだしていない中にも恋心を抱いている者はいそうであった。 ● 「熊を描く、とにかく熊を描くんだ」 篠崎早矢は描く対象を熊のみに絞っていた。 翔馬・夜空で川岸を上流へと向かう。段差などひとっ飛びでひたすら駆けた。 「いた‥‥!」 川の中で魚を獲っている熊一頭を発見。夜空の背中に乗ったまま描き始める。 熊との距離はわずか二十メートルほど。熊は魚獲りに夢中で篠崎早矢の存在に気づいていなかった。 紙の上でシャコシャコと木炭を滑らせる。 熊の身長は目視で二メートル弱。しかし前屈みになっているので背筋を伸ばせば二メートルを軽く超えそうである。 数分後、篠崎早矢は振り向いた熊と目と目が合う。愛想笑いをしながら篠崎早矢は踵で夜空の横っ腹を軽く蹴った。 「逃げろ夜空! 走れ! 馬のように走れ!!」 熊の突進を躱して夜空が走りだす。 熊は巨体に似合わず素速かったが、それでも夜空には敵わなかった。数百メートル走ったところで振り返ると熊は追いかけるのやめていた。 「ほとぼりが冷めたらまた戻るんだ‥‥」 熊の側へ戻って絵を描く。そして追いかけられるのを繰り返した。四度目でようやく素描は完成をみる。 夕暮れの中、夜空を川で洗ってあげる。 「おかげでよい絵が描けた‥‥と思う」 篠崎早矢は好物のニンジンを夜空に食べさせてあげた。 ● 玲璃は早朝、あまよみで天候を読んた。晴天が続くのを仲間に伝えてから羽妖精・睦と一緒に森の中へと入る。 「それでは本格的に始めましょうか」 川以外の水辺はないかと『因幡の白兎』を呼びだして清浄な水を探した。川から離れたところに棲む野生動物が集まっていると考えたからである。 地元の人達から聞いた話によれば森の中に池は存在する。但し、目印がないせいで正確な場所まではわからなかった。 睦も枝葉をすり抜けて池を探し回る。蛇に驚いたり、蜂に追いかけられながらも頑張ってくれた。 「あちらです?」 睦は因幡の白兎とほとんど同時に池を探し当てる。 玲璃が池にそっと近づくと猿や鹿が水を飲んでいた。水音だけが辺りに響き渡る。 (「戻り次第、この場所をみなさんにお知らせしましょうか」) 池の探索に時間をかけてしまったので日暮れが迫っていた。玲璃は首を垂らして水を飲む鹿を描いて立ち去る。 家屋に戻るとさっそく池の存在を仲間に教えた。 「その池よさそうだね。明日いってみようか」 常春が特に興味を示す。池には全員で向かうことになった。 ● 翌日、玲璃が発見した池を全員で訪れる。水を飲みに次々と動物達がやってきた。 猿、鹿、猪、野鳥などなど。水辺での野生動物は大抵おとなしかった。それらを学生達は存分に紙へと写しとる。 午後は仙猫・ぬこにゃんが集めてくれた山猫を描く機会もある。 「山猫も子猫を扱うときは優しい眼になるんだね」 「かわいいのにゃ」 常春とパラーリアはたくさんの山猫を紙の上に残す。 メロンの収穫を手伝った日もある。風呂上がりにメロンを縁側で頂く機会も。 「このために生ハムをもってきたのにゃ♪」 「ハム、多めにもらえる?」 パラーリアが希望者のメロンに生ハムをのせる。常春には多めにのせてあげた。 「炭酸水が手に入ったらメロンと合わせるつもりだったけど、日持ちしないのであきらめたのにゃ」 「難しいね。でも――」 パラーリアと常春はいつか炭酸水割りのメロンジュースを飲もうと約束した。 『おいしいもふ♪』 『収穫のとき、がまんしていたもんね』 玉狐天・伊邪那ともふら・八曜丸がメロンにかぶりつく。とくに八曜丸は一口食べるごとに目尻を弛ませる。 他の朋友達もメロンを美味しそうに頂いていた。 「お裾分けです♪」 柚乃は仲間達から離れたところで小鳥の囀りで鳥達を集める。そしてメロンを分け与えた。 「この地の気候のおかげでしょうか。とても甘いです」 玲璃はメロンの味に自然の営みを感じ取った。 「帰ってからも頑張らないと」 「線描でもいいっていわれたけど、やっぱり色塗りたくなるよね」 伊崎紫音は気に入った絵が描けたようである。常春も寮に戻ってから絵に色をつけるつもりでいた。 「私は墨絵調で仕上げるつもりですよ」 「それもいいね。できたら是非に見せてよ」 玲璃も色塗りの話題に加わる。 「常春さん、もう一つどうですか?」 「ありがとう。うん、おいしい♪」 ルンルンは自分が切ってきたメロンを常春に勧める。包丁を使ったが今回は怪我をしないで済んだようだ。 「と、常春様。い、一緒に食べましょうっ」 ノエミも顔を真っ赤にしながら自分が切ってきたメロンを常春に勧めた。 (「見えない火花が散っていそうね」) 真名はちらりと常春の方を眺めてからさじで掬ったメロンを頬張る。芳醇な香りと一緒に上品な甘さが口いっぱいに広がった。 「お風呂のあとのメロンは格別ね。はい、あーん♪」 ふざけた雁久良がサジで掬ったメロンを常春に食べさせる。常春はノリで口にしたのだが、大変な事態となってしまう。メロンを掬ったさじが次々と常春の前に差しだされた。 「メロン、うまいか? ん? うまいがやっぱりニンジンのほうがいいって顔をしているな」 篠崎早矢は翔馬・夜空の側で一緒にメロンを食べる。 「常春殿の親戚は茶農家だと思っていたであります」 「茶農家もいるよ。最近ジルベリアの紅茶にご執心みたい」 常春とお茶談義をする七塚の側には鉢に移し替えられたアヤメが置かれていた。まだつぼみだが寮に持ち帰った頃には咲きそうである。 やがて日が暮れて夜が訪れた。 「一番星であります」 七塚が指さした先には星が輝いていた。 夕食はそのまま庭で様々な食材を網焼きして楽しんだ。 泰大学に戻った後、学生達は課題の絵を提出するのであった。 |