寮への引っ越し 〜春華王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/23 19:28



■オープニング本文

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 泰大学の入学式はそつなく進行した。今年から就任した花麗大学長による歓迎と叱咤激励の言葉によって。
 講堂の外に一歩出てみれば満開の桜が咲き乱れる。この景色を切り取れたのならばと常春は心の中で呟いた。
 学科によって違うのだが、実際の講義が始まるまでにはしばらく期間が設けられている。
 学生の中にはまだ寮への引っ越しを終えていない者もいる。春華王の仮の姿『常春』もまたその一人であった。
「これはどう考えても多すぎるよな‥‥」
 天帝宮内の青の間に積み上げられた荷物を前にして常春は胸の前で腕を組んだ。
 侍従長の孝亮順が張り切りすぎたためだが、常春はあらためて選別を行う。画材一式は仕方がないとしてもそれ以外の運び込む品は減らさなくてはならなかった。
 必要ならば適宜買い求めていく方が良さそうである。衣類などは最低限にすることにした。
 それでも両手で抱えられる木箱が五つ分にもなった。
 輸送を受け持つ飛空船の業者は朱春にも何社か存在する。
 常春は開拓者の中で評判が高いと聞いていた昇徳商会に運んでもらうことにした。自らが運ぶのは特に大事にしている品と貴重品のみである。
 常春が学ぶのは芸術学科であり、入寮するのも当然『芸術寮』となる。入学式前からすでにかなりの学生が住んでいるとのことだ。
「どんな生活が始まるんだろう‥‥」
 常春はこれから始まる新生活に心弾ませていた。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔
七塚 はふり(ic0500
12歳・女・泰
ノエミ・フィオレラ(ic1463
14歳・女・騎


■リプレイ本文

●引っ越し
 常春が寮に引っ越ししたのは入学式から数日後のことだ。大半の荷物はすでに輸送業者へと預けてある。自身は貴重品が仕舞われた鞄を片手に朱春郊外の南を目指す。
 城塞に囲まれる泰大学は朱春からそれほど離れていない土地に建てられていた。門番に学生の身分を証明しつつ北門を潜り抜ける。
 常春が泰大学にやってきたのと同時刻にノエミ・フィオレラ(ic1463)も北門周辺にいた。
「お父様ったら‥泰大学に入学しろ、でなければ開拓者を続けることは許さない、なんて‥。神楽の都は沢山の人がいて誘惑もいっぱい、悪い虫が付かない様に、ってことなんでしょうけど。あーあ、毎日開拓者ウォッチングが出来ると思ったのに‥んっ?」
 ノエミが歩いていたところ、すれ違おうとした一人の男性に目がとまる。心の中で『ズキュウウウン!』といった射撃音が鳴り響き、心の臓を貫いた。
(「あ‥‥あの人‥‥。歳は私と同じ位かな‥。でも私より小さい‥小さい事はいいことだ‥」)
 ノエミは父親に感謝しつつふと我に返る。せめて名前だけでも知りたいと反転して後をつけ始めた。
「大学生活の大半をここで過ごすのか」
 常春は地図を頼りにして芸術寮へと辿り着く。二階建ての大きな建物には玄関が二つある。
「あ、春くんなのにゃ♪ やっほー♪」
 常春が東側の玄関に入ると手を振りながらパラーリア・ゲラー(ia9712)が近づいてきた。
 事前に割り当てを調べてくれていたパラーリアが常春を部屋に案内する。
 寮の中央には壁があり、西側が女子寮で東側が男子寮である。それぞれ異性の立ち入りは禁止なのだが、引っ越しの時期に限ってその制約は解かれていた。
 一階中央にある食堂が寮内で唯一男女が立ち入られる場所となっている。
「鍵はかかっていないね」
 常春が部屋へ入ろうとすると突然黒い影が降ってきた。
「常春ぼっ‥‥常春さん、お手伝いに来ました」
 影の正体はニンジャのルンルン・パムポップン(ib0234)だ。
「お、驚いたよ。えっとルンルンさんはもう引っ越し終わったの?」
「私のはそれほど荷物無かったから」
 三人で部屋の中に入るともぬけの殻である。パラーリアによれば常春は今のところ一人部屋のようだ。
「常春さんも今日引っ越したんですね」
 ひょっこりと廊下側の扉から伊崎 紫音(ia1138)が顔を覗かせる。
 常春の部屋は205号室。伊崎紫音は204号室で隣である。
「一人じゃさみしいな。紫音さん、こっちの部屋に来ない?」
 伊崎紫音は数日考えてみると答えた。初期の移動なら寮としては問題ないようである。
 部屋の掃除をしていると外から大きな音が近づいてくる。常春が戸板を開いてみれば亀のような中型飛空船が寮の近くに着陸しようとしていた。
 船体には『昇徳商会・浮雲』と文字が並ぶ。常春が輸送を頼んだ業者だ。
 荷物を受け取ろうと仲間と一緒に外へ出たところ、常春は柚乃(ia0638)と玲璃(ia1114)の姿を見つける。
「引っ越しは昨日で終わったから常春クンを手伝うね」
「あまよみですと今日は晴れですが、風は強くなりそうです。早めに部屋に運んだ方がよさそうですね」
 柚乃と玲璃も手伝ってくれることとなる。
 玲璃にも同室への誘いをかける常春だ。答えは後日わかることだろう。
「あれ? どうしてそこにいるの?」
 常春が『浮雲』を見上げてみれば、黒猫を抱えた七塚 はふり(ic0500)が甲板の縁に立っていた。
「これからの学生生活、よろしくであります」
 地上に飛び降りた七塚は常春に事情を話す。
 実は常春の荷物を積み込む作業を手伝うために昇徳商会へ立ち寄ったのだという。泰大学に向かうところだったので同乗させてもらったそうだ。
「ハッピー、そこにいたのですね」
 猫族の女性が近づくと黒猫が跳んで抱きついた。
「みなさんの中に荷物受け取りの常春さんはいらっしゃいますか?。昇徳商会の響鈴といいます〜」
「私、常春です」
 常春は響鈴に近づいて部屋番号を教える。
(「同じ芸術寮の常春様ですか」)
 建物の陰に隠れて聞き耳を立てていたノエミはほんわりと頬を赤らめる。
 人手が多かったおかげで常春の荷物はすぐに運び終えた。受け取りの署名をして受け取りは完了する。
「お別れに猫のハッピー、撫でてもいいでありますか?」
「もちろんです♪」
 七塚は響鈴に一声かけて黒猫の頭を撫でる。
 『浮雲』が飛び去っていくのを見送った後で常春は寮へ戻ろうとする。
 その時。
「ちょっとそこのボクー!」
 辺りをきょろきょろと見回していた女性に常春は呼び止められた。
「私ですか?」
「突然ごめんなさいね、実は今から二人分の荷物を女子寮に運ばないといけないの。少し手伝って頂けるかしら。お願いよ♪」
 ウインクをした女性は雁久良 霧依(ib9706)と名乗る。
 業者に頼んで荷物を運んでもらったまではよかった。しかし契約だからといって門の外ですべての荷物を下ろされてしまったのだという。
 手伝うことにした常春は寮の荷車を借りた上で雁久良と一緒に北門へと出向く。門番に預かってもらっていた荷物を荷車に載せて芸術寮を目指す。
「本当はね、今回入学式に来れなかった子に、荷物を寮に運ぶのを頼まれただけだったんだけど芸術って前から興味あったから、急遽入学を決めてね。その結果が二人分の荷物って訳なのよ♪」
「芸術学科の生徒同士仲良くやりましょう。常春といいます」
「ではあらためて。私は雁久良霧依、よろしくね♪」
 喋りながら荷車を引っ張っているとすぐに芸術寮へと辿り着いた。仲間達も手伝ってくれて雁久良の荷物はすぐに女子側の寮部屋へと運び込まれる。
「運んでもらえたらお礼にワッフルを差し上げるわ。みんなで食べて。大感謝よ♪」
「ちょうど小腹が空いていたところです」
 常春は雁久良からお礼にワッフルを受け取るのであった。

●夕食と浴場
 芸術寮内に夕食を告げる鐘音が響き渡る。
「今日はカレーなのにゃ♪」
「カレーは美味しいのであります」
 パラーリアと七塚に誘われて常春が同じ卓の椅子へと腰かけた。
 見知った者達が次々と常春のそばの席へ座っていく。その中にはノエミや雁久良の姿もある。
「結構辛めなんだね」
 常春は美味しいカレーを食べつつ柚乃の話しに耳を傾けた。入学を迷っていた柚乃だが呉服屋の夫婦と相談して決めたのだという。
「お店のお手伝いとか、開拓者としての依頼請負とか相棒達もいるし‥‥それで神楽を離れる事に迷いがあったの。でも。今という時間は二つとないモノ、興味があるなら様々なコトに挑戦してみるのもいいだろうって」
 呉服屋の夫婦は実の娘を送り出すようにしてくれたそうだ。
「これからもよろしくお願いしますね」
「こちらこそ。実をいうと少し心細かったんだ」
 途中で柚乃と常春は握手を交わす。そして満開の桜が話題にのぼった。
「綺麗だよね。ずっと残しておきたいぐらいに」
「スケッチは必須でしょ!」
 常春と柚乃が桜のスケッチを決めたら次々と賛同者が現れる。
「さ、桜なら私もと、常春さんと一緒に」
「声をかけようと思ったら先にいわれてしまったね」
 ルンルンは『常春坊ちゃん』ではなく『常春さん』と呼んだのは本日二度目である。
「あ、あの私、ノエミ・フィオレラといいます。スケッチ、ご一緒してもよろしいですか?」
「私も参加させて欲しいわ。さっきは荷物運びを手伝ってくれてありがとうね」
 ノエミと雁久良も常春に声をかけて参加を決めた。
 常春の知る全員が参加する。明日の九時頃からと約束したところで夕食の時間は終了した。
 何人かの開拓者はまだ片付いていなかった常春の部屋の片付けを手伝う。
「筆はここに並べておくのにゃ♪」
 パラーリアは組み立てた棚に解いた荷物の中身を並べていく。
「絵の道具は多いですけれど服は少ないですね。‥‥?!」
 常春の服を整理していた最中、下着を見つけてルンルンは頬を真っ赤に染めた。
「明日のスケッチ、せっかくならお花見も兼ねたいですね」
「それいいかも。挨拶代わりにもってきたクッキーサンドはまだたくさん残っているし‥‥」
 玲璃と柚乃は明日の相談をしながら手を動かす。
「常春殿、寮長への挨拶がまだではないでしょうか。今日のうちにしておいた方がよいのであります」
「ありがとう、そういうの疎くて忘れていたよ」
 常春は七塚に誘われて寮長のところへ挨拶しに向かう。
 その後、常春は伊崎紫音と一緒に大浴場で汗を流そうとした。
「こっちは女湯じゃないですか。ぼ、ボクはこれでも男です!」
 番台に間違われつつ伊崎紫音は常春と一緒に男風呂へ。湯船に浸かって今日一日の疲れを癒やす。
 その頃、隣の女風呂では死闘が始まろうとしていた。
(「確か雁久良霧依といってたはず。先ほどの態度はまるで常春様を狙っているような。それにあの身体‥‥」)
 湯船に顔を半分沈めながらノエミは身体を洗う雁久良を観察する。強敵になると考えたノエミは決意して湯船からあがって近寄った。
「貴女‥その嫌味なぐらい豊かな体で常春様を誘惑するつもりですね! カタケの薄い本みたいに! 薄い本みたいに!」
「えっと、そうそう。さっきスケッチに参加するとき、一緒に声をかける形になった‥‥確かノエミちゃんだったかしら?」
「もうちゃん付けですかっ」
「いいからいいから。ほらそこに座って。なんなら寝転がってもいいわよ♪」
 泡だらけの指をくねくねと動かす雁久良。ノエミは逃げようとしたがもう遅い。
(「これは強敵どころじゃない‥危険、危険人物ですっ」)
 ノエミは雁久良の黄金の指によって丹念にマッサージをされてしまう。隅から隅までずずいっと。ぐったりと降伏するノエミであった。

●桜
 翌朝、芸術寮有志による桜のスケッチが行われた。
「ここがいいかな」
 常春は芸術寮と桜の木が収まる草の上へと腰を下ろす。
「よいしょ‥‥」
 柚乃も常春の近くに座ったが描く方向は違う。くつろいでいる学生達と桜並木を描こうと決める。
 玲璃、伊崎紫音、パラーリアは大量のお弁当を抱えて現れた。スケッチが終わってからの宴会のためである。
(「これで完全に花忍から花の女子大生に転職なのです‥‥」)
 ルンルンは常春の近くで絵を描く準備を整える。木炭を握り、ちらりと常春を眺めた。
「そういえばルンルンさん、入学式の大学長の話のとき眠そうだったよね。途中からそうでもなかったけと」
 突然に常春から話しかけられてルンルンはあたふたした。入学式時、こっそりとスキル完徹で眠気をやり過ごしたルンルンである。
「偉い人の話ってどうしても眠くなっちゃうのですよ。それにしても桜、凄く綺麗ですよね‥‥まるで私達を、祝福してくれてるような、そんな気がしちゃいます。大学のこと、誘って貰えて凄く嬉しかった‥‥これからの学生生活、宜しくお願いします」
「こちらこそ。無理をいっているかなと心配だったけど、そう受け取ってもらえてとても嬉しいよ」
 常春とルンルンは笑顔で見合わせる。
(「来年は別の顔を見せるこの子達、今を閉じこめる為にも、絵の勉強頑張らなくちゃですね」)
 ルンルンも常春と同じように満開の桜を紙の上に残そうと描き始めた。
「よい景色はどこでありましょう‥‥。あれは?」
 七塚はスケッチ場所を探している途中で折れた桜の枝を発見する。もう元に戻らないし、通行の邪魔なので枝を切り取った。
 すぐに芸術寮へ戻って寮長に相談。せっかくなのでいくつかの花瓶に分けて食堂を飾る。小さな桜が二つだけ咲いている小枝だけは花瓶に生けて自室に飾った。
 昼を過ぎたところで食事を兼ねた桜見の宴会となる。その頃には誰もが桜の花を描き終わっていた。
「豪華だし、たくさんあるね」
 茣蓙の上に座った常春はお重の中身に驚く。
「春くん、これだけではないのにゃ♪ じゃんじゃじゃ〜ん♪」
 パラーリアが開けたお重にはカニクリームのクロケットと泰国風焼きそばが。さっそく頂いた常春が何度も美味しいと呟いた。
 クロケットや焼きそばの食材として使われていたのは朽葉蟹。蟹の身はもちろん蟹ミソもたっぷりと使われていた。
「へぇ、みんなの絵を描いてくれたんだね」
 常春はパラーリアが描いた絵を見せてもらう。芸術寮の有志達が真剣に桜をスケッチする姿が描かれていた。
「これからよろしくなのにゃ♪」
「こちらこそ♪」
 パラーリアと常春はしっかり手を握り合う。
 宴会の席なのでお酒もあった。もしもがあっても玲璃の解毒があるので安心だ。その玲璃が特別に作った料理が披露される。
「‥‥これはものすごいね。玲璃さん、大変だったでしょ」
「是非に食べて頂きたくて」
 常春が驚いたのは刺身だ。氷霊結で凍られた氷が敷き詰められている箱の中に保存してあったのでとても新鮮である。
「さあ、召し上がってください」
 玲璃に勧められて常春が鰹の刺身を一口頬張る。常春がうまいと呟くと芸術寮の有志達が一斉に刺身を求めた。
「えっと、もし良ければ、一緒にどうですか?」
 伊崎紫音は自分が用意したお重を見せながら芸術寮で見かけた学生達に声をかける。そうやって次第に人が増えていく。
(「も、もしかしてここにいる女性はみんな敵?」)
 ノエミは負けじと常春に話しかける。
「常春様はどちらから来たのですか?」
「結構田舎からなんだ。実家はお茶問屋をやっていてね」
 ノエミと常春がお喋りしていると雁久良もいつの間にか加わっている。
「それでは一踊りしようかしら」
 桜の花びら散る中、雁久良は扇子を広げて舞を踊った。奇を衒わない伝統の故郷の巫女舞を。
「まるで精霊のようだったよ」
「褒めて頂いてありがとう♪」
 舞を見せてもらった礼として常春は雁久良の杯に酒を注ぐ。
「足りない服とかを、良かったら‥‥私と二人で買いに行きませんか?」
「そうだな。明日とかどうかな」
 勇気を振り絞って常春をデートに誘ったルンルンだが失敗に終わった。仲間達が知るところとなり、全員で出かけることになったからである。
 酒が回ったせいなのか常春は宴会の途中でうつらうつらとし始めた。
「自分が見張っているので大丈夫なのであります」
「そう。じゃお願い。そういえば食堂の桜‥‥綺麗‥‥‥‥」
 茣蓙の上で横になって七塚と話しているうちに常春が眠りに落ちる。
 春眠暁を覚えず。
 常春と開拓者達の学生生活は始まったばかり。朱春南方の泰大学は賑やかであった。