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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 二月の初め頃、春華王は天帝宮の執務の間で人事承認を行っていた。 特に面接をするわけではない。役人が作成した任命書に目を通して気になる点がなければ玉璽を押すだけである。 (「アス兄だけでなく侍従長まで后がどうのと言い出すし‥‥」) ここのところ、春華王には身を固めるようにとの声が各所から届いている。 春華王自身はその気があるようでないようで、どちらともいえない心境だ。女性とつき合うのならばともかく婚姻となれば別の話だからである。 「これは?」 最後に残った任命書を眺めた春華王は一瞬眉をひそめた。それは泰大学に関するものだった。 以前、泰大学の図書館には曾頭全と関わる人物が何名か籍を置いていた。それらの人物は秘密裏に捕らえられて今では牢屋の中だ。 曾頭全の一件は人事にも深い影響を与えているようである。大学長を筆頭にして上層部すべてが罷免か左遷扱いだと書かれていた。 「新しい大学長は女性ですね。『花麗』というお名前ですか」 春華王は補足付きのぶ厚い任命書の束を読んでいるうちに気がついた。 大学ならば人との出会いが多くある。また資料を読んだところ絵画に関する学科があってとても興味深い。 是非に入学をと考えたところで春華王は表情を曇らせた。開拓者達との関わり合いを捨ててまで大学に進む価値があるのかどうかと。 数日間悩んだ春華王は少々強引な手を思いつく。 「‥‥相談があるのですが」 「なんで御座いましょうか?」 まずは侍従長の孝亮順を説き伏せようと春華王は考えた。意を決して話したところ、拍子抜けなことに大賛成してくれた。 あれよあれよという間にわずか二週間で根回しは終わった。 それは開拓者に限っての特例待遇『泰大学への入学許可』である。窮地を救ってくれた泰国からの恩返しの意味が込められていた。 入学試験は実質ないに等しい。非常に簡単な筆記試験と面接を行うだけだ。 特別な計らいで神楽の都と泰国朱春の間ならば精霊門を自由に使える。 ただ一つ、学業と両立してギルドの依頼に参加することだけが条件とされていた。 (「みんなも喜んでくれるといいのだけど‥‥」) 常春として朱春の街中に出かけた春華王は開拓者ギルドで依頼の手続きを行う。 常春が開拓者達に求めたのはいつも通りの護衛である。 朱春内で泰大学主催による芸術学科卒業生の展覧会が開かれる。常春が鑑賞しに行くので安全を確保してもらいたいといった内容になっていた。 裏向きの理由もあった。 常春は開拓者達を泰大学に誘いたいと考えていたのである。芸術学科に限定されてしまうのだが、是非に学友になってもらいたい。 拒否されるのではないかと悩むうちに時は流れるのであった。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
朱華(ib1944)
19歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
七塚 はふり(ic0500)
12歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●絵画鑑賞 泰国の帝都、朱春では春を間近にして泰大学芸術学科卒業生の展覧会が開かれていた。 絵画の趣味がある常春は開拓者達と一緒に会場を訪れる。 常春がこの展覧会を楽しみにしていたのは誰の目に明らかだ。声や態度の端々から嬉しさが溢れ出していた。 「バッチリお守りしちゃいますから、坊っちゃんは楽しんじゃってください!」 「実は嬉しくて眠れなくてここ数日寝不足気味なんだ」 ルンルン・パムポップン(ib0234)と常春が会場の案内図を一緒に眺める。 実はルンルンも寝不足気味。何を着ていこうかずっと悩んでいたからだ。 一行はなるべく固まって行動する。 柚乃(ia0638)が水墨画を眺めていると常春が解説してくれた。聞き終わった柚乃が気になっていたことを常春に質問する。 「大学内で展覧会をやらないのは何故なの?」 「今年は先生方の移動が多くて内部が大変らしいんだ。それで外部の興行に任せたみたい」 泰大学は朱春南方の郊外に建てられている。城塞に囲まれた大学はよく小さな町に喩えられた。 一人で湖面の水彩画を観ていた常春の隣に伊崎 紫音(ia1138)が立つ。 「大学の芸術学科ではこういう絵も描いているんですね」 「水墨画を専門にする学生は多いけれど水彩画を習う機会もあるんだって。奥の方には油絵が飾ってあるって聞いたよ」 いろいろな技法に興味を持っていた常春だが、ここのところ油絵に執心しているという。 「大学って面白そうですね。もし入れて沢山学べば、今まで教えて貰っていた人に逆に教える立場になれるかも知れませんし」 伊崎紫音の顔を常春が見つめる。 大学についてを切り出そうとしたが、みんなが聞いている時がよいと判断して心の奥底に引っ込める。 パラーリア・ゲラー(ia9712)は遠巻きに常春を見張っていた。 (「あの人の動き、怪しいのにゃ」) 常春をちらりちらりと眺めている不審者に気づく。 何年も市井の者としている常春はお忍びの上級者といえる。 とはいえ世の中にはどんなに隠していても鼻が利くスリ師、詐欺師がいる。絵画鑑賞の場は奴らにとって格好の狩り場といってよかった。 無防備に絵を眺めている常春に向かって不審者が小走りに近づいた。 「ごめんなのにゃ」 パラーリアはわざと不審者にぶつかって足を止めさせた。 けちがついたスリ師と思しき人物がその場から立ち去った。スリ師、詐欺師の上級者になるほど験担ぎをするものである。 「こっちの幽霊画は怖いけど、あっちの虎はかわいいね♪」 「これほどの腕ならお抱えの声がたくさんかかるだろうね」 リィムナ・ピサレット(ib5201)と常春が一人の卒業生作品二枚を見比べた。どちらかといえばリィムナは幽霊、常春は虎が好みだと感想を言い合う。 (「泰国では様々な芸術が花を咲かせているのですね」) 玲璃(ia1114)が注目したのは油絵である。朱春の街角を切り取ったような写実的なものであった。 朱華(ib1944)は殆どの絵の前で首を捻っていた。 「‥‥こういったものは‥綺麗だとは思っても、どこが良いかとかは分からないな‥。この林檎はうまそうだ」 例外なのは食べられる物が描かれた絵画のみ。家庭内の情景を描いた油絵の林檎はとてもみずみずしく本物に見えた。 大方の絵画を見終わったとき、七塚 はふり(ic0500)が常春の袖を掴んで引っ張る。 「常春殿の絵はどこに飾られているのでありますか?」 「え?」 常春は目を丸くした。 「残念ながらここには飾られていないんだ。大学生ではないからね。今の私は」 七塚は常春が言葉にした『今の私』の部分が気になった。それは的を射ていた。 ● 午前の鑑賞を終えた一行は飯店で昼食をとる。午後からは個別に気に入った絵を鑑賞する予定になっていた。 常春が代表して辛い味と滋味深い味の海鮮鍋二つを注文する。毒味役を買って出た玲璃は少しずつ先に食べてみた。 「大丈夫なようですね。お待たせしました」 玲璃の判断が下り、全員で鍋をつつく。 「みんな、食べながら聞いてくれるかな?」 緊張気味な常春が話しを切り出す。 「何でありますか? 常春殿」 七塚が真っ先に興味を示した。 「実は今年の春から泰大学の芸術学科で本格的な絵を学ぶつもりなんだ」 常春は照れくさそうに決意を話す。 「はじめて春くんと会ったのは絵を描きにいく依頼だったのにゃ。大きな問題が解決した節目に春くんが好きな絵を描こうって思ったのは幸せだとおもうのにゃ」 パラーリアが当時のことを思い出した。 「実は今年から泰大学の特別入学枠に開拓者が加わることになったんだよ。泰国の窮地を手助けしてくれたことへの感謝として。試験も簡単な筆記と面接だけなんだ。同じ芸術学科に入って勉強してもらえると嬉しいんだけど、どうかな?」 常春の望みに一同が静まる。学科で寮が分けられているので身近な間柄になれる芸術学科が望ましかった。 「あの‥‥寮に入らずとも、神楽から通うことはできるのかな?」 「学生は寮に入るのが原則になっているんだ。でも学生開拓者は依頼参加の優先が認められているから宿代わりのようにしても構わないと思うよ。特別に神楽の都と泰国朱春の間限定で依頼に関係なく精霊門を使っていいことになっているから」 柚乃の問いに常春はなるべく丁寧に答えた。 城塞に囲まれている泰大学が出入りできるのは北門と南門だけだ。開門時間は六時から十九時までだが、依頼が理由ならば何時であっても門番が通してくれる。 寮には朋友用の厩舎が併設完備されていた。小柄な朋友は寮部屋での同居も認められてる。 部屋は男女別になるが一室に最大五人までの同居が可能だ。 朋友を複数連れてきた場合は一人で一室を使うことになるだろう。もちろん同姓ならば気の合った学生同士で共同生活をしてもよい。 「あの、お風呂はどうなっているんでしょうか?」 伊崎紫音が小さく手を挙げて質問を追加する。 「風呂は寮にはないんだ。代わりに全大学生共同の大浴場が敷地内にあるって聞いたよ。男女別々で無料だって」 「わかりました」 男らしさを目指す伊崎紫音にとっては大事な案件である。 「授業は別にして大学の行事ってたくさんあるのかな?」 「ちょっと待ってね」 リィムナの問いに答えるために常春は懐の中から一枚の紙を取り出す。そこには大まかな行事が記されていた。 四月一日は入学式。 七月十日から二十日までは前期試験。二十八日からは夏季休業。 八月はすべて夏季休業中。大学と直接関係ないが五日から二十五日までは猫族の月敬いの儀式の期間にあたる。また最終日の二十五日は朱春で三山送り火の行事が執り行われる。 九月三十日に夏季休業は終了。 十一月三日から六日までは大学祭が開催。 十二月二十日で講義は終了。翌日からは冬季休業。一月七日から講義が再開する。 「特に大学祭が楽しみで仕方ないんだ」 常春が目を輝かせる。 「なるほどな。絵が好きな常春さんらしいな」 朱華は鍋から具を椀によそりながら常春に頷いた。 (大学、行事、常春坊ちゃんと一緒に‥‥) 真っ赤な顔のルンルンはお肉を挟んだ箸を途中まであげながら固まっている。 「どうしたの? 顔が赤いけど」 「な、何でもありませんよ。ちょっとお鍋が辛かっただけです!」 現実に戻った瞬間、常春の顔が目前にあって慌てふためくルンルンであった。 ● 一行はもう一度展覧会に足を運んだ。 常春は一人一人に声をかけて、入学についてを訊ねることにする。集団だと話しづらい仲間がいるかも知れないからである。 「大学の話、どうかな」 「実は迷っているんです。常春クンらと学友になるのも楽しそうなのですがっ‥‥寮が」 柚乃には神楽の都から離れたくない理由があるようだ。 「さっき話したように宿代わりでもいいと思うよ」 常春は自分の気持ちを抑えて無理強いはしない範囲で大学の良さを語る。 柚乃の入学はひとまず保留となった。 「望む未来が掴めるとよいですねっ」 柚乃は片手を強く握りしめながら深い意味を込めて常春を応援する。 「ありがとう、柚乃さん」 柚乃と歓談した後で常春は他の仲間に歩み寄った。 「ご一緒に泰大学へと入学するつもりでおります」 玲璃の言葉を聞いて常春は目頭を熱くした。 「ここだけの話、ちょっと心細かったんだ」 常春の肩から力が抜けていくのが玲璃から見てもよくわかる。 「もしかして絵画のこと以外で悩まれていることがあるのでは?」 「ない‥‥といえば嘘になるね」 玲璃は察する。春華王として大変なのだろうと。 「常春さまのお悩みになられていることへの答えは、常春さまご自身で見つけなければならない、ということです。ご自身が納得されないでしょうから。ですが、私は常春さまでしたら答えを見つけられると信じています」 「大学でそれが見つかるようにがんばるよ」 常春と玲璃は四月から泰大学で学友として過ごすこととなった。 「学生になって技術を学べば常春さんの絵も、もっと上手になると思います。それにお后候補だけじゃなく、お友達とかももっと増えれば良いなと思います」 常春は伊崎紫音に后の話題を出されて驚きを隠せなかった。 「春華王として后探しは切実な問題なんだ。紫音さんは入学を考えてくれた?」 「是非に入りたいです。芸術学科でも、教養科目もあるでしょうし」 伊崎紫音は元々乗り気だったが、意志を確認できて常春は一安心する。 「常春さんは春華王として忙しくなって、なかなか会う機会も無くなってしまうのかなと思っていたので一緒に何か出来るのは嬉しいです。これからも、よろしくお願いしますね」 「こちらこそ、学友としてよろしくね」 伊崎紫音と常春は強く握手を交わした。 「パラーリアさんは大学に一緒に行ってくれる?」 「うん。うれしいのにゃ♪」 即答してくれたパラーリアに常春が満面の笑みを浮かべる。 (「いつまでも一緒にいられたらきっと‥‥」) パラーリアは常春の手を両手で握ってぶんぶんと上下させた。途中から常春も力をいれて、二人で一緒に振り回す。 「さっき話し忘れたけど、二階建ての寮は真ん中で仕切られているんだって。西が女子用、東が男子用。どちらからも入れる場所は一階中央の食堂だけだから、そこに集まることになりそうだね」 「わかったのにゃ♪」 常春とパラーリアの話題は寮生活にまで及ぶのであった。 「この灯台は朱春北の海岸線付近に建っているんだ」 水彩画を眺めていた七塚に常春が絵の写生場所を説明する。 「由来を聞くのは楽しいのであります。このような灯台を描いた他の絵はどちらで見られるのでありますか?」 「この会場で行われた他の催しで観たことがあるかな。それと絵画専門の古物商に行けば観られるかも」 「古物商に興味がわいたであります。昔の絵画はどのように保存しているのでありましょう。その辺りは大学で学べるのでありますか?」 「講義でやるはずだよ。絵画を知ってこその修復技術だろうから」 七塚は考える。 学びには興味を持っているし多少の絵心もある。みんなと学友になれるのも嬉しい。だが画家になりたいといえば嘘になる。 それでも絵画修復には興味があった。何であれ手に職をつけておくのは悪いことではない。 「入学を決めたのであります。自分は修復士を目指したいであります」 常春が驚きながらも七塚の決断を歓迎してくれる。 七塚は無邪気な常春を眺めながら心の中で呟いた。『だってこの人、自分の描いた絵をうっかり破きそうなのであります』と。 リィムナがじっと眺めていたのは裸婦像の油絵である。 (「人の身体って綺麗だね。題材に選ぶのは当然だと思うんだけど、恥ずかしがる人って結構いるんだ」) 裸婦像の前を通り過ぎる来場客は多かった。 仲間で顔を赤くしている人がいたらからかってみようと考えているうちに常春が現れる。リィムナは柱の後ろに隠れた。 (「常春さんは抵抗なさそうだね。絵だからかな?」) 裸婦の絵画を鑑賞する常春の様子を窺った後でリィムナは姿を現す。 「リィムナさん、探したよ。実は入学のことどう考えているのか聞きたくて」 「あたし、もっとたくさん、色々な事を勉強したいんだ♪」 笑顔いっぱいのリィムナは入学すると常春に即答した。 「昨日知らなかった事を今日学ぶことが出来て、今日は分からなかった事が明日分かるようになる。これって、最高だよね♪」 リィムナが常春の手をがっしりと握る。 「一緒に勉強しよ、常春さん♪」 「そうだね」 端から見たらまるでリィムナが誘ったかのようである。常春にとってはどちらでも構わなかった。仲間とこれからも同じ時を過ごせるのだから。 昼食後に常春と約束したルンルンは会場の喫茶室で休んでいた。 (「何があっても、坊っちゃんは私が護るもの」) しばらくして常春が喫茶室に現れる。 「待たせてごめんね。ルンルンさん一緒に大学へ行こう。きっと面白いよ」 常春は珈琲を一緒に飲みながらルンルンを大学に誘った。 「はい、私も大学生になりたいです! 芸術のことはまだよく分からないけど、一杯勉強しちゃいます‥‥」 ルンルンが顔を赤らめる。まるで愛の告白をされたかのように。 場所を移して常春お気に入りの絵画を二人で鑑賞する。 「こういう風景画を描いてみたいな」 「こんな素敵な絵を描く人が沢山いるなんて、学校ってやっぱり凄いのです」 しばし同じ時を過ごしたルンルンと常春であった。 朱華は大学への誘いに首を横に振った。 「悪いが、大学には入らない。誘ってくれたのは素直に嬉しいが‥‥俺は、こういった芸術関連にはあまり興味はないし。学びたいわけじゃないのに入るのは違う気がするんだ。常春さんも、此処でしたい事があるように‥俺も、したいことがある」 「‥‥とても残念です。とてもとても」 いろいろと言葉が浮かんだ常春だが口にすることはなかった。朱華は思慮深い男である。考えた末の返答なのだからと。 「学外に出かけることもあると思います。そのときに都合がよければ」 「もちろんだ。此処で、お別れってわけじゃないしな。学内で事件が起きたとして、常春さんが望むのなら俺は駆けつける」 朱華は常春に『守護の首飾り』を贈った。 「‥これ、俺が開拓者になった時から付けてるんだ。お守りみたいなもんってことで」 「大事なもの‥‥」 常春の言葉が途切れる。長い間の後、ようやく『ありがとう』が朱華の耳に届いた。 ●そして 夕暮れ時、朱華にいわれて常春が握った拳を挙げる。その拳に朱華が自分の拳をつき合わせた。 「また、な。頑張れ、常春」 「はい!」 今生の別れではない。次に会うときには互いに成長していようと約束する。 開拓者達を見送った常春は天帝宮にて春華王に戻る。 四月の入学式はもうすぐであった。 |