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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 曾頭全とのすべては終わった。 かといって政は春華王の日常。時に泰国の代表として神楽の都に出向くこともある。 泰国の朱春に戻ってみてもそれは同じだが、少しは自由な時間がとれるようになってきた。 ある日、春華王は天帝宮の離れへと足を運んだ。 「この点心、美味しいですね」 「そうだろう。棗の自信作なんだよ」 現在、天帝宮離れの一室が飛鳥一家の住まいになっていた。 飛鳥一家とは春華王の兄とその妻『棗』、息子の『高檜』に赤い子もふらの『丸々』である。 春華王はお忍びのときには常春を名乗っているが兄とは幼名で呼び合う。兄は弟を白鳳。弟は兄をアス兄といった具合に。 兄弟の間には常に穏やかな雰囲気が漂っていたが、取り巻く周囲はとても騒がしかった。 現春華王は弟であり、前春華王の飛鳥は駆け落ちによって帝位から降りている。これは春王朝の歴史に前例がない出来事である。 類似があるとすれば、それこそ混乱の春王朝・梁山時代に他ならなかった。故に偽春華王に続く新たなる波乱の予感を感じる者が天帝宮内にも数多くいた。 春華王と飛鳥の双方が知るところ、知らぬところで様々な話し合いが行われる。 飛鳥が望む今後は市井の者として市中に住み、薬草師として家族と一緒に慎ましく暮らすこと。だがこれが叶うはずもない。飛鳥本人も心の奥で無理だと承知していた。 飛鳥を完全に天帝の血筋から外す案も出たがこれは却下。国家転覆を企む輩に担ぎ上げられる危険性は避けなければならなかった。 二転三転、四転五転していくつかの案が官僚によって練り上げられた。それらの中で飛鳥が妥協しつつも選んだのが天帝医としての道である。 そうはいっても飛鳥本人が医者となって春華王を診るのではない。あくまで飛鳥が就くのは天帝医一族の長。将来の天帝医になるのは息子の高檜だ。兄弟の立場を気遣っての采配である。 泰国における天帝医三家のうちの一つが先代のときにお取り潰しになっている。その空いたところへ新たに飛鳥家が加わる形となった。 「うん。ボク、父さんのように薬草師になるつもりだったからいいよ。お医者さんならもっとたくさんの人を助けられるし」 一番大変であろう高檜が快諾してくれた。 この返事をもらった時、飛鳥は高檜を抱きしめてしばらく泣いたという。 悲しい運命を背負わせてしまったと感じたのか、それとも自分の仕事を継ごうとしてくれたことに感動したのか。答えは飛鳥の心の内にある。 そして飛鳥親子が隠れ住んでいた山頂の底に作られた秘密基地が整理されることとなった。万が一の事態に備えて施設はそのまま残す。残してきた大切な品を回収するだけである。 ついでに秘密基地内で親しい者だけで食事会を行うことにした。超中型飛空船『春暁号』を動かすために開拓者ギルドに募集がかけられる。 「白鳳、后選びはどうなっているんだ?」 「それはなんといいますか、せっつかれてもなかなか‥‥」 残る大きな懸案といえば春華王の后選び。とはいってもこればかりは焦って決めても仕方がない。 一週間後、常春と飛鳥親子は開拓者と一緒に秘密基地がある山に向けて移動用の飛空船で飛び立つのであった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
朱華(ib1944)
19歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
七塚 はふり(ic0500)
12歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●引っ越し 夜明け前、常春一行は往復用中型飛空船で泰国朱春近郊から離陸する。ほどなくして秘密基地が存在する山頂上空へと辿り着いた。 さっそく山頂の噴火口に似た窪みへ向けて下降開始。窪みの底は湖になっており、隠してあった超大型中型飛空船『春暁号』の横へと着水を果たす。 往復用飛空船はゆっくりと湖面を移動して湖岸に接舷した。 真っ先に下りたのは飛鳥一家。飛鳥本人に妻の棗、息子の高檜に小柄な赤いもふらさまの丸々である。 開拓者達は掃除道具や食材が詰まった木箱を担いで下船した。常春は先に飛鳥一家と住処へと向かう。 鍵を開けて室内に入り、設置の宝珠を光らせる。住処は元々王朝特製の『箱』を繋げたもの。一般的ではない設備も整えられていた。 「ここを立ち去ったのはそれほど前ではないのに‥‥懐かしく感じるとは」 「本当に。家族だけで過ごした日々が夢のようです」 飛鳥と棗はうっすらと埃をかぶる家具を眺めながら呟いた。 「ボク、ここにいたの楽しかったよ〜♪ だってお父さんとお母さん、いつも笑っていたんだもん。旅のあいだはそうじゃなかったし」 高檜が丸々と一緒におもちゃ箱を運んでくる。中には常春や開拓者の土産の玩具が詰まっていた。滞在中に開拓者が作ってくれたおもちゃもかなりある。 「まずは掃除から始めますか」 襷がけをした常春は高檜からおもちゃ箱を受け取ると外に運び出す。それから高檜の部屋で荷造りを始めた。 「あたしも手伝うよ♪ ピッカピカにしちゃおう♪」 『ぼ、僕‥掃除は得意だから頑張ります‥』 リィムナ・ピサレット(ib5201)と人妖・エイルアードが高檜の部屋掃除を手伝ってくれる。 「これ高檜君が描いたの?」 「うん♪ 開拓者のみんなを描いたんだ!」 リィムナは高檜に聞きながら大切な品を木箱に仕舞う。 人妖・エイルアードは常春が持ってきた古い冊子の頁を破いて丸めていた。木箱の隙間にこの紙を詰めておけば運ぶ途中で破損することはまずないはずである。 「高檜君の大切なもの‥‥っと」 満杯になった木箱にはリィムナが中身を記した紙を貼った。 『僕は人妖の清掃術を使って荷物移動したところから掃除します』 人妖・エイルアードは小柄な身体を活かしてきめ細やかな掃除をする。 大きなゴミを拾い集めて箒をかけた。みるみるうちに高檜の部屋が綺麗になっていく。仕上げに雑巾がけも忘れなかった。 「坊ちゃんこちらのお手伝い、お願いできますか?」 「わかった。これを運び終わったら行くね」 ルンルン・パムポップン(ib0234)に頼まれて常春は次に書庫の片づけを手伝う。 飛鳥が望む書物を秘密基地を訪ねる度にお土産として常春は持ってきていた。 塵も積もれば山となる。それらの本がいつの間にかものすごい冊数になっていたのである。用意されていた本棚には収まりきれず床へと重ねられていた。 『時季はずれの大掃除か。なら俺も力を貸せるというもの。うちの義母さまに散々鍛えられたからな』 前掛け姿の羽妖精・ヤッサン・M・ナカムラは指先ですっと卓の上をなぞる。先程拭いたばかりだが、指先を見ればうっすらと埃がついていた。 このまま掃除しても埒があかないということで、とにかく本のすべてを外に出すこととなる。 『ここは俺に任せてくれ。存分に力を発揮させてもらおう』 羽妖精・ヤッサンは口元を布で覆う。両手に持った叩きでパタパタと書庫の大掃除を始めた。 ルンルンと常春は書庫の外で本についた埃を叩いて落とす。本が傷まないように優しく扱った。 「こんなにたくさんの本があるなんて。驚いちゃいました♪」 「アス兄は読書家だからね。薬学の本が多いけれどその他の分野にも興味を持っていたよ。ほら、これは刀鍛冶の極意本だし」 ここは山頂の窪みだが、洞窟や湖水の出口があるので緩やかな風の流れはある。ルンルンと常春は埃まみれにならないよう風向きに注意して作業を続けた。 「坊っちゃん、これは残します? 引き上げます‥‥あっ、それは私が」 「大丈夫だよ」 ルンルンと常春の手が本の上で触れ合う。しばしの時が止まった後で、二人同時にパッと離して無言で本を叩き出す。二人の顔が真っ赤であったのは説明するまでもない。 朱華(ib1944)と猫又・胡蘭は日用品の運び出しを担当した。 「手伝いをするんだからな? くれぐれも、邪魔はするなよ?」 『何じゃ。はー坊は儂を信用しとらんのぉ。まったくもってけしからん』 朱華は重たい物を優先して外へ運び出す。飛鳥が貼っていった持ち帰りの紙を目印にして。 猫又・胡蘭は割れ物を古い紙で包んでいった。 『よい茶碗じゃて。‥‥ん? はー坊よ、今笑っていたのではないか?』 「気のせいだろ」 その姿が朱華には猫招きのように見えたのだが、当人(当猫)には内緒である。 「棚の上に物が残っていないか確認してくれ」 『やれやれ。猫使いの荒いことじゃよ』 部屋には何も残っていないことを確認。朱華は部屋の掃除を仲間達に任せて外に積み上げられている荷物を飛空船へ運び込むことにした。 帰りは往復用飛空船と春暁号の二隻に分かれて乗り込むことになるだろう。現在湖岸に接舷されているのが往復用飛空船なので荷物はこちらに積み込んだ。 「はい、動かすよ〜♪ 気をつけるのにゃ♪」 湖岸のパラーリア・ゲラー(ia9712)がロープを引っ張ると支柱の滑車を介して重たい家具が吊り上げられる。接舷に使われている渡し板の強度を考えての作業であった。 「よし、下ろしてくれ」 湖岸から甲板に移動した朱華は家具に触れながら優しく下ろす。支柱を可動させる役目は仙猫・ぬこにゃんと猫又・胡蘭が担ってくれる。 ルオウ(ia2445)は破龍・フロドで住処から湖岸まで荷物を運んだ。それが一段落ついてからは甲板に積み上がっていた荷物を船倉内まで移動させる。 「船倉内の片づけは俺に任せてくれよなー」 ルオウは昇降機の大きな回転式取っ手を回す。すると荷物を載せた甲板の一部が船倉まで降下した。これならばルオウ一人でも簡単である。 「戦も終わり、新たな一歩を踏み出すでありますね」 「その通りだ。俺もがんばらなくてはな。それでは頼むよ」 七塚 はふり(ic0500)は飛鳥から説明を受けた後で住処の屋根へと登る。 「雨漏り寸前でありますね。泰拳士の膂力で片づけてしまうのです」 住処は元々、王朝特製の『箱』と呼ばれる組み立て式簡易宿。 一般的なものとは違うが建物としての基本は同じ。噴火口のような窪みの中とはいえ雨風に晒されれば傷むのは道理といえた。 七塚は屋根板の隙間に藁を詰めて漆喰を流し込んだ。その上で新たな木板を打ち付けて将来的な雨漏りを防ぐ。 しかし考えていたよりも補修箇所が多く、途中で釘と板がなくなった。 七塚が屋根を降りようとする。その時、迅鷹・金蘭が口に釘袋を銜え、足には板を掴んで持ってきてくれた。 「さすがであります」 おかげで作業は滞ることなく屋根の修理は完了するのであった。 ●調理 掃除の目処がついてきたところで羅喉丸(ia0347)、伊崎 紫音(ia1138)、十野間 月与(ib0343)は棗と一緒に調理へ取りかかった。 秘密基地を閉鎖するに当たっての宴が開かれる。朱春でたくさんの食材を買い込んできたのはこのためである。 「これは絶対に旨いぞ」 羅喉丸(ia0347)は皇龍・頑鉄に運んでもらった小樽の中から六羽分の鶏肉を取り出した。朱春出発前に醤油や酒を基本としたタレを作り、鶏肉を小樽で漬け込んでおいたのである。 鶏肉の腹腔内にもち米と炒めた具材を詰めて蓮の葉で包んだ。さらに粘土で覆い、土中に埋める。 「安心しろ、一羽は頑鉄の分だからな」 七塚が集めてくれた廃材などを燃料にして鶏肉を埋めた地面の上で焚き火を行う。羅喉丸は燃えるゴミを焚き火にくべながら鶏肉が焼き上がるのを待った。 「まずは餃子をたくさん作らないと。それと拉麺は高檜君が食べたがっていましたね。腕によりをかけて作りましょう」 伊崎 紫音(ia1138)は秘密基地に至るまでの飛空船内から下ごしらえを始めていた。 一同から食べたい料理を聞いていた伊崎紫音は要望のすべてを叶えようと大奮闘。七塚に頼まれていたフルーツポンチなる食べ物のためにたくさんの果実を用意していた。 忍犬・浅黄も後かたづけが楽になるよう骨や剥いた皮が入った木箱を運び出してくれる。 「まずはお重の料理があるから品数は大丈夫。大切なのは温かい食べ物だけど、棗さんは何を作るのかな?」 「魚介の鍋物を用意するつもりです。美味しそうな鱈が手に入りましたので」 十野間 月与(ib0343)は棗と一緒にお喋りをしながら調理する。交わされた内容は主に今後について。多くは高檜の将来に関するものである。 政の中央からは外れるとはいえ、天帝の血筋によるしがらみから逃れることは出来ないところからの悩み。せめて高檜によい友達が出来ればと考えているようだ。 上級からくり・睡蓮は月与に頼まれてチョコレートの塊を包丁を使って刻む。月与は宴の最後を飾る甘味の用意も忘れていなかった。 掃除が終わったパラーリアは湖に朱春で買ってきた肉まんを一つ投げ入れる。しばらく待つと湖面に湖の主である大ナマズが現れた。 「お魚を獲らせて欲しいのにゃ♪」 パラーリアは持っていた残りの肉まんも大ナマズの口へと放り込んだ。そして仙猫・ぬこにゃんと一緒に手振り身振りを含めて大ナマズにお願いする。 「ずっしりとくるなー!」 「もう少しだにゃ」 どうやら認めてくれたようで、パラーリアはルオウと一緒に湖へと網を投げ入れた。獲れた獲物は料理に使われる。 続いて台所に立ったパラーリアは朱春で買ってきた朽葉蟹の身でクロケットを作った。さらに白身魚をつかったムニエルも。林檎を使ってふわふわのムース作りにも挑戦する。 「炭火と下ごしらえをしておけば、後は大丈夫だねっ♪」 水浴びをして身を清めた後、リィムナは炭を熾した。そして羊肉を程良い大きさに切って串に刺す。彼女が作ろうとしていたのは羊肉の串焼きである。 さらに熱した鍋の油の中へ何かを放り込むリィムナだった。 ●湖のヌシ 宴を始める前に全員で大ナマズにお別れの挨拶をする。 少し前にパラーリアがやったように肉まんを投げ入れると湖面に大ナマズが姿を現した。 「獲れたお魚で作った魚肉まんなのにゃ♪」 パラーリアは作りたての魚肉まんを大ナマズの口に入れてあげた。口の中を火傷しないようわざと生ぬるい状態にしてある。 「大ナマズさん、初めまして♪ これ美味しいから食べてみてね」 リィムナが大ナマズに食べさせたのは湖で獲れたザリガニやカエルを調理したものだ。 ザリガニは塩茹でとカラアゲに。カエルはもも肉をソテーにしてあった。もちろん人間が食べても美味しい。特に高檜が興味を示していた。 「きっと春暁号をヌシとして守ってくれていたんだろうな、礼を言おう」 羅喉丸は朱春で購入してきた樽いっぱいの海老を大ナマズに振る舞う。野鳥を丸ごと食べても平気ならばと鰹一尾も口の中に放り込んだ。 「これまでありがとう御座いました」 伊崎紫音も調理の合間に作った巨大肉まんを大ナマズに食べさせてあげる。 「今までありがとうなのです」 ルンルンが差し出したのは何と羽妖精・ヤッサン。 『こら、わしは食べ物じゃない、食べ物じゃ‥』 もちろん冗談である。 ルンルンは朱春で買い求めた肉まんと餃子を大ナマズに贈った。口に投げ入れると大ナマズが一気に飲み込んだ。 微動だにしない大ナマズの表情から気持ちを察することは出来ない。だがまずければ吐きだして湖の底へと帰っているはず。きっと美味しいに違いなかった。 「ナマズのヌシ、すげーなー!」 お願いしてナマズの背に乗ったルオウはご機嫌である。最後にはヌルヌルの表面で滑って湖に落ちてしまったが、ルオウは寒さに震えながらも喜んでいた。 「色々と世話になったようで‥‥有難う」 最後の振る舞いは朱華だ。角樽入り祝酒を口へと注いであげた。大ナマズは軽く尻ヒレをばたつかせる。 「湖のヌシ、大ナマズさん。これまでありがとうございました」 常春が大ナマズに深く頭を下げる。 「ナマズのヌシさん、さよーならー!」 高檜は七塚に肩車をしてもらいながら両手を振って別れを名残惜しんだ。 大ナマズは湖の底へと戻っていく。住処に戻った一同は宴を始めるのであった。 ●宴 「野外ならではの料理はいかがかな」 羅喉丸が土の中から掘り出してきたばかりのコジキ鶏を大皿に盛りつけて宴の卓へと並べた。 「ボク、この辺りがいいな!」 「よし、少し待っていろよ」 張り切った飛鳥が棗と高檜の分を小皿に取り分ける。 「幸せそうだな」 その様子を観て羅喉丸はよかったと心の底から思う。 「この餃子、紫音さんが作ったんだって? とっても美味しいよ」 「嬉しいです。拉麺は注文してて頂ければすぐに作りますので」 常春が伊崎紫音が作った餃子でほっぺたを膨らませる。 「ボク拉麺、食べたいんだ!」 常春よりも先に高檜が拉麺を作って欲しいと伊崎紫音に頼んだ。コジキ鶏を食べていたのを知っていた伊崎紫音はびっくりする。 高檜の皿は綺麗に平らげられていた。時に子供の食欲は凄まじい。伊崎紫音はさっそく麺を茹でてトンコツ拉麺二杯を仕上げる。 「おいしー♪」 「本当に♪」 高檜と棗が美味しそうに拉麺を啜った。他の料理も食べられるように丼はわざと小さなものを使っていた。 「こんなに美味しいなんて♪」 常春が次に食べたのもトンコツ拉麺である。 「さあ、熱い間に召し上がれ♪」 月与が出来たてのチンジャオロースーを運んできた。 「二、三人前は軽く食べるが‥‥遠慮しなくて、本当にいいか?」 「大丈夫、たくさんあるからね♪」 小皿に取りながら朱華が話しかけると月与は窓の外を指さす。そこではリィムナが羊肉の串焼きを焼いていた。さらに台所でも出来たてを食べて欲しいと調理は続いているという。 朱華は安心したところで御飯茶碗を片手にチンジャオロースーを頂く。猫又・胡蘭は朱華の膝の上で焼き魚を食べて舌鼓を打っていた。 『たまには、良い物を食べんとのぉ』 「‥‥厭味か、それ」 朱華と猫又・胡蘭の掛け合いは何故か場を和ませる。常春が鰹の刺身をあげると猫又・胡蘭は喜んで食べていた。 「おいしー♪ もう一皿食べてもいい?」 「まだまだあるのにゃ♪ 男の子はたくさん食べたほうがいいよー」 パラーリアが作ったカニクリームクロケットを高檜がお代わり。白身のムニエルは飛鳥が誉めてくれた。 後に棗が作れるようにレシピを書き残しておくパラーリアである。 「やっぱ肉だよなー。常春の分ももらってきたぜ」 「肉汁と脂でおいしそー」 両手に羊肉の串焼きを持ってきたルオウが片方を常春にあげた。火傷しないようにハフハフしつつルオウと常春は串焼きを丸かじりした。 「食べたいものを食べるのが一番だよね♪」 リィムナも焼いている途中で羊肉の串焼きを頂く。塩茹で、カラアゲ、ソテーはもちろんである。たまに高檜がつまみに来ていた。 「はい、おまちどおさまです」 「うわぁ、おいしそうだねっ」 トンコツ拉麺を伊崎紫音がリィムナのところまで届けてくれる。リィムナは羊肉の串焼きを伊崎紫音に食べてと手渡す。 リィムナは拉麺、伊崎紫音は串焼きを頂きながら星が瞬く天を眺めた。山頂付近から観る星空には格別なものがあった。 「ルンルンさんの分、とってあげるね。羅喉丸さんが作ったこれ、すごく美味しいんだよ」 常春が横に座ったルンルンにコジキ鶏を小皿に取り分けてあげる。 「あ、ありがと‥‥。おいしい‥‥」 未だほんのりと頬を赤らめているルンルンはもじもじとしながらコジキ鶏を口にした。近くで羽妖精・ヤッサンがぱくぱくと食べているのとは対照的な姿である。 「湖で獲れた小魚は天ぷらにしてみたの」 「美味しいです。味付けは何を使っているのかしら?」 月与と棗は並んで料理を楽しんだ。二人の話題は尽きようもない。 鱈鍋を一緒に食べていたのは羅喉丸と七塚である。 「大根下ろし、使うか?」 「使うであります」 寒い日にはやはり鍋。のぼる湯気の向こうに高檜を見つけた羅喉丸は声をかける。七塚は高檜のために鍋の具を椀によそってあげた。 「家族で食べるのは鍋が一番って父さんがいってたよ。母さんもそうだって」 高檜が椀の具を食べて笑顔を浮かべる。 「間違いないな」 「その通りであります」 羅喉丸が高檜の頭を撫でる。七塚は椀にお代わりをよそってあげるのであった。 ●後宮 食事の締めとして卓には甘味が並べられる。 甘いものは別腹というが、お腹がいっぱいといいながらみんなしっかりと食べていた。 フルーツポンチに林檎のムース。砂糖漬け果物付きチョコレートケーキ。チョコレートドリンクに珈琲。果汁ジュースに飴湯も用意。おまけで天儀酒、ワイン、薔薇酒などの酒も出される。 それぞれ好みを甘味や酒を楽しんでいた最中に飛鳥が話を切り出した。 「実は白鳳に後宮を復活させたらどうかと勧めたのだが‥‥みなさんの意見はどうだろう?」 飛鳥の提案に多くの者が驚きの表情を浮かべる。高檜については棗が優しい言葉で他の部屋へと連れ出してくれた。 「俺は反対だ。大金がかかるはずだからな」 羅喉丸は反対。 「難しい問題だけど春くんに好きな人がたくさんいて一緒にいたいならそれでいいんじゃないかにゃ」 パラーリアは常春が幸せならどちらでもよし。 「後宮復活は‥私は嫌だな。だって、いつか私だけを‥‥」 ルンルンは反対。 「立場上、一番結ばれたい人と一緒になれないかもしれないし、相手も納得してなら後宮に収まって貰うのも一つかもしれないわ」 月与は消極的賛成。 「好きなやつと一緒の方が良いと思うんだよな。ありきたりだと思うが。‥‥俺も、姉さんに早く嫁取れとか言われてるなぁ‥」 朱華は現状においては反対。 「世継ぎがいないのは大変だよね」 リィムナは賛成。 「常春どのー。自分も後宮に入ってご奉仕したいであります☆」 「えっ?」 突然、七塚に言い寄られた常春は硬直してしまう。 もちろんこれは七塚の演技。後宮を作ったとしてそのような性格でうまくいくはずがないと。つまり七塚は反対。 伊崎紫音とルオウは特に意見はないようである。 すべての意見は貴重だが、常春は特に月与の言葉に考えさせられた。 天帝の立場上、婚姻の自由は許されない。わかっていたことだが改めて心に突き刺さった。 それができないからこそ兄の飛鳥は当時、女官だった棗と駆け落ちをしたのである。 一切の妥協をしないで老衰するまで人生を過ごせたとすればどんなに素晴らしいことか。しかしそのように生きられる者はいないに等しいだろう。天帝でさえ無理なのだから。 「後宮の再興はやめさせてもらいます。ただ‥‥どのような立場の方を一番に迎えたくなるのかわからないので‥‥保留にするつもりです」 常春は一同の未婚女性を眺めつつそう答えるのであった。 ●そして 引っ越しは無事に終わり、一同は二隻に分かれて泰国の帝都、朱春に辿り着いた。 常春は飛鳥一家と共に精霊門で帰路に就く開拓者を見送った。 「結果論ですけど、常春さんの無茶が、泰国を救ったと言っていいと思います」 別れ際、伊崎紫音はそう常春に告げる。 「坊っちゃん、ここでも色んな事がありましたね‥‥でも、これからも宜しくお願いしちゃいます‥‥その、私」 ルンルンは常春を前にして恥ずかしそうにそういってから精霊門に駆けていく。常春はこれからもルンルンと旅をしたいと答えたようだ。 真夜中の零時。開拓者達は朱春から神楽の都へと帰って行くのであった。 |