ジンコウジュ・妖〜春華王〜
マスター名：天田洋介
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| ■オープニング本文 前回のリプレイを見る 黄熟香の採取を難しくすることによって曾頭全による洗脳計画を遅らせることに成功した常春は次の手を打っていた。 それは曾頭全が準備した刷り込み薬製造現場の把握である。 常春が春華王として放った隠密の手の者達は長い時間をかけて苦労の末に探し当てる。 （「こんな山奥に‥‥」） 隠密五名は茂みの中で息を潜めた。 当初は梁山湖周辺ではと想定していたのだがまったく違っていた。泰国中部の山岳地帯の集落において薬は作られる。 集落といっても大規模でかなりの人数が定住していた。必要な物資は定期的に飛空船で運ばれている。 隠密達はその定期飛空船を追跡することでここまで辿り着いた。もちろん移動に使った自前の小型高速飛空船は離れた場所に隠してある。 三日間、雨風に耐えながら監視を続けた。 大まかな状況が判明し、集落内への潜入を模索し始めた頃に大変な事態が勃発する。突如、集落の敷地内でアヤカシが暴れ出したのである。 そのアヤカシは樹木によく似ていたが、うねる太い根で歩くことができた。またしなる枝を武器にして触れるものを破壊する。 隠密達は黄熟香が獲れる樹木ジンコウジュに似ていたところから、アヤカシを仮に『ジンコウジュ・妖』と名付けた。 ジンコウジュ・妖は非常に強かった。集落の者達は抵抗したものの結果として撤退の憂き目を見る。 離陸しようとした飛空船が二隻、ジンコウジュ・妖の枝に掴まれて地面へと叩き落とされた。 仕方なく森の茂みの中へと脱出を図る生き残った集落民達。隠密達は騒ぎに乗じて事情に詳しそうな三名を確保する。 ジンコウジュ・妖を倒すには絶対的に戦力が足りなかった。隠密達は本来の役目を全うすべく隠してあった飛空船にて撤退する。 帰路の空の上で捕まえた三名の尋問が行われた。 黄熟香は樹木ジンコウジュの一部が樹液によって変化したもの。在庫の黄熟香の中に化けたアヤカシが混じっていたらしい。何かをきっかけにして活性化し、この惨劇を引き起こしたようだ。 尋問を続けるうちに危機をはらんだ事実が判明する。 破壊された集落と同じく黄熟香を使った薬を作る製造現場が他にも存在していた。それは人口が密集する地方都市にあるという。 （「もし同種のアヤカシが黄熟香として紛れていたのなら大変なことになる‥‥」） 泰国の帝都、朱春に戻った隠密は直ちに春華王へと報告を入れるのであった。 |
■参加者一覧
玲璃（ia1114）17歳・男・吟 
伊崎 紫音（ia1138）13歳・男・サ 
パラーリア・ゲラー（ia9712）18歳・女・弓 
朱華（ib1944）19歳・男・志 |
| ■リプレイ本文 ●楽観 泰国南部、港町『楽観』の沖に超中型飛空船『春嵐号』は着水していた。常春と飛鳥親子は開拓者達を見送って船内でお留守番である。 「みんなが帰ってきたときに労うために美味しい物を用意しておこうか。何がいいかな？」 「お魚！ 猫さんたち食べたがっていたよ！」 飛鳥の息子『高檜』が元気よく常春に答える。もふらの丸々も一緒に。 「手伝おう。この辺ならよい魚が釣れそうだ」 常春と飛鳥親子は甲板で釣り糸を垂らすことに。釣果は他の食材と合わせて飛鳥の妻『棗』が料理してくれることだろう。 その頃、開拓者一行は『楽観』の材木問屋の敷地近くまで辿り着いていた。 「ここが黄熟香の秘密薬品工場があるといわれている材木問屋なのにゃ」 「かなり広いですね」 パラーリア・ゲラー（ia9712）と玲璃（ia1114）は往来から材木問屋を囲む塀を見渡す。 一辺が百メートル弱の正方形の敷地内に材木置き場や作業場、そして屋敷などの家屋が並ぶ。 「あまり繁盛している様子はないな」 材木問屋の荷車用裏門を横目で眺めながら朱華（ib1944）が呟いた。 道の轍が真新しくない。時折、材木を伐る音が聞こえてくるものの忙しさは感じられなかった。 「近所の八百屋で聞いてきましたけれど、かなりたくさん買ってもらっているようです。しかも長期に――」 食に関連の店を回っていた伊崎 紫音（ia1138）が戻ってきた。ちなみに話しを聞きだす過程で購入した品はみんなの昼食となる。 材木問屋として忙しくない状態なのに日々購入する食料から逆算すると敷地内で暮らす者は推定百人以上。であるのはずなのに外出する者は特定の人物のみでほんのわずか。曾頭全の組織と知らなくても十分に怪しい商売屋といえた。 胃袋が満たされたところで敵情視察をすべく開拓者達は朋友を材木問屋の敷地内へと忍び込ませる。 「野良猫のふりしてお願いなのにゃ」 パラーリア・ゲラーは猫又・ぬこにゃんの毛並みをわざと荒立たせてから見送った。後で綺麗に梳いてあげると頭を撫でてから。 「どこで実際に製造しているのか突き止めてください。ただ、ジンコウジュのアヤカシは飛行船も落とす強さですので危なくなったらすぐ引き返して下さいね」 玲璃に頷いた上級人妖・蘭が鼠に変化する。材木問屋を囲む塀の隙間をすり抜けて向こう側へ消えていった。 『あいかわらず、猫使いの荒い奴じゃの』 「頼りにしてるんだ。さっきの焼き秋刀魚、美味しかっただろ？ その分ぐらいはがんばってくれ」 朱華に頼まれた猫又・胡蘭は欠伸をした後でするりと木に登る。そして枝を伝い材木問屋の敷地内へと宙返りしながら着地を果たす。 伊崎紫音は一般人に扮して忍犬・浅黄を散歩させた。もちろん材木問屋の周辺を回るようにして。 （「ここですね」） 時折、忍犬・浅黄が伊崎紫音の足に頭をすりつける。これが黄熟香の香りを強く感じた合図である。伊崎紫音は覚えておき、後で地図へと書き込むことに。 海風が南東から北西へと吹いていた。香りがする位置と照らし合わせて材木問屋の東側に秘密薬品工場があるのではないかと伊崎紫音は想像した。 （「おかしいです‥‥。どうしてなのでしょうか」） ちなみに何カ所かある資材運び用の門の周囲において忍犬・浅黄は反応しなかった。 すでに時が過ぎて香りが消えてしまったかも知れない。しかし犬の嗅覚でないとわからないにしろ、在庫の黄熟香の香りが敷地外まで漂って来ているのに妙である。 黄熟香の運び込みは飛空船で行っているのではないかと伊崎紫音は推測した。 これらの仮定が当たっているのかそうではないのか、潜入した三体の朋友が戻ってきたときに判明するだろう。 情報源はたくさん合った方がよい。視点を変えた情報が合致したのなら信用性は高くなる。嘘情報を掴まされる場合もあり得るが、今回は朋友が直接見聞きしてくるのでその心配はいらない。 「蝉さん、鳴き声がすごいのにゃ」 「忍び込むには音が紛れて都合がいいな」 南側のパラーリアと朱華は木陰から材木問屋を望む。 「もうすぐ半時が過ぎますね」 「騒ぎは起きていないのできっと大丈夫です」 北側の伊崎紫音と玲璃は甘味屋の椅子に腰掛けながら材木問屋の門番を眺める。 開拓者達は市井の者達に紛れながら材木問屋の監視を続けるのであった。 ●忍び 少し遡って朋友三体が侵入した直後。 鼠に変化した人妖・蘭は庭をかけて一番近くの家屋の中へと潜り込んだ。そして人目がないのを確認した上で元に戻ってそっと物陰から辺りを見回す。 右を見て左。そしてもう一度右。 ひっそりとしていて耳を澄ましても建物内からと思われる物音は聞こえなかった。 ここには人が住んでいないのかと首を傾げてさらに詳しく調べ始めるとたくさんの小部屋を発見する。 小部屋には窓はなく昼間だというのにどこも真っ暗。人妖・蘭は暗視を使ってこっそりと調べあげた。 小部屋の主な備品は布団三組のみ。 表向きの材木問屋に関わる者用の部屋の可能性もあるが、陰気っぽいところからして人妖・蘭はそうは考えなかった。秘密薬品工場で働いている曾頭全の信徒達にただ寝るために宛っている部屋に違いないと。 自ら望んでここにいるのか、それとも強制的に働かされているのかはわからない。だがどれも煎餅布団からして待遇は最低といえた。 その頃、猫又・ぬこにゃんは隠れていた庭の茂みからひょっこりと頭を出す。人の良さそうな材木問屋の職人を見つけたからである。 「お、どこから迷い猫か。どこから入り込んだんだ？」 普通の猫と勘違いした職人が腰を屈めて茂みの中の猫又・ぬこにゃんに手招きをする。 あえて身を晒したのは油断を誘って情報を得るため。猫かぶりをして愛嬌を振りまくのも忘れていなかった。 可愛らしく何度か鳴いてみせるものの、相手の手が届くところまでは近づかないまま様子を窺う。 「危害を加えるつもりはないんだが‥‥‥‥。そ、そうか。腹が減っているんだな。待ってろ」 職人が後ろ髪引かれながら建物の中へ。猫又・ぬこにゃんはこっそりと後を追いかけた。 その建物は食堂になっていた。職人は板場で飯の余り物を探す。 「ついてきたのか。ほら、うまいぞ」 職人は猫又・ぬこにゃんに御飯をくれた。せっかくなので猫又の尻尾を隠しながらご相伴に預かる。お礼として職人の足にじゃれてから姿を隠した。 ちなみに職人の彼は曾頭全と深い繋がりはなく、今回の事が済んだ後はどこかに無事逃げおおせる。 食堂の天井裏には人妖・蘭が隠れていた。それに気がついた猫又・ぬこにゃんも一緒にあがる。 しばらくすると労働者と思われる大勢がぞろぞろと食堂内に姿を現した。 『ここにおったのか。軒下で監視していたら奴らがここに向かって一列に歩いていたので追跡してきたのじゃ』 猫又・胡蘭も合流したところで労働者らしき大勢を朋友三体で見張る。 出されていた食事は粗末なもので量も少なかった。 食した猫又・ぬこにゃんによれば味はとても薄かったという。とてもではないが成人男性が満足出来る量ではない。 朋友三体の印象としては労働者らしき大勢から生気が感じられなかった。 いつ倒れても不思議ではない虚ろな瞳。あまりにゆっくりと食べる緩慢な所作。背中を丸めている者が多いのも印象に拍車をかける。もしかすると彼彼女等にも洗脳の薬が使われているのかも知れなかった。 自らを縛る薬をその手で作り続けなければならないとは因果なものだと猫又・胡蘭が溜息をついた。 食事が終わると休憩もとらず労働者らしき大勢はどこかへと戻ってゆく。朋友三体はそれぞれの得意を駆使してこっそりと追跡する。 そして敷地内の南東側で秘密の薬品工場の建物を発見した。 表向きは屋根付きの木材保存倉庫。積み上げられた丸太の奥には隠し扉を通じて広い空間があり、そこで薬品は作られていた。 盗み聞きした会話から黄熟香の保管場所もここであることが判明する。 朋友三体は侵入に気づかれないまま、無事敷地外へと脱出した。そして開拓者達に報告する。 秘密薬品工場と黄熟香の場所。そして労働者の多くは薬を使って無理矢理働かされていることも。 忍犬・浅黄の鼻による判別情報と照らし合わせて、具体的な作戦が立てられる。決行は深夜となった。 ●戦いと破壊 日が暮れると材木問屋の敷地内は篝火で照らされた。さらに警備が徘徊。泥棒避けとはいえ尋常ならざる対応といえた。 それでも開拓者達は簡単に忍び込む。 猫又・ぬこにゃんの猫心眼。 忍犬・浅黄の絶対嗅覚。 人妖・蘭の暗視。 どれも敵の動きを知るにはうってつけの技である。逆をつけば侵入は容易い。猫又・胡蘭は猫かぶりを使って邪魔な見張りの気を引いてくれた。 （「たるんでいますね‥‥」） 背を屈めながら走る玲璃が状況を鑑みる。 一見、厳重そうに見える警備だが穴だらけ。警備の士気は低く、中には酒をあおっている者もいた。壊滅させられた別所の薬品工場があるにも関わらずの体たらくである。 この重要情報が伝わっていないとすれば、ここはすでに見捨てられた施設なのかも知れない。そうでないとすれば伝達に支障が出ている証左といえた。 これまで地道ながら曾頭全の力を削いできたことが功を奏してきたといえよう。もう一息ではないかと玲璃は思わずにはいられなかった。 「俺達はここで。用事を済ませたらすぐに合流するからな」 『はー坊にしては、考えておるの』 「うるさい。お前も探すんだぞ」 『それは御免こうむりたいものじゃが、条件によってはやってもよいぞ』 朱華は帳簿を手に入れるために猫又・胡蘭と一緒に本隊とは別行動をとった。 事が起きれば秘密の資料は処分されてしまうのが普通。その前に押さえておこうと考えたのである。 残る本隊は目的の秘密工場である木材保存倉庫へとたどり着いた。近くに生えていた樹木を登り、高所の窓から中へと侵入する。 「注意が必要ですね」 玲璃は懐中時計「ド・マリニー」で瘴気が濃くなっているのを確認した。黄熟香の中に化けたジンコウジュ・妖の素体が混じっている可能性が高まった。 期待通り黄熟香の在庫はほんのわずか。数にして十三本のみとなっていた。完成した薬は一緒に置かれている。 「そっとなのにゃ‥‥」 パラーリアは丁寧に布で包んで十三本の黄熟香を四つの袋に分ける。一人につき袋一つを持ち帰れば問題はない。しばらくして帳簿を手に入れた朱華と猫又・胡蘭も合流する。 「どうしたものでしょうか‥‥」 「後は施設を破壊すればいいんじゃないのか？」 悩んだ表情の玲璃に朱華が声をかける。 懐中時計「ド・マリニー」は大雑把な瘴気の流れしか計れない。袋に近づけたとしても敏感な反応は起こらないので判定することは難しかった。 そこで『瘴索結界「念」』で念入りに探ってみるものの、反応はおぼろげ。こんなことは滅多にないと玲璃は不安を感じていた。 「加工途中の黄熟香はどうしようかな？」 パラーリアが工場内へと振り向いた時、遠くで伸びる影を目撃する。ランタンの灯りに照らされたそれは急激に膨らんでいた。 薬品工場内に残された使いかけの黄熟香がみるみるうちに樹木へと変化する。五メートル級のジンコウジュ・妖が姿を現す。 「ぬこにゃんは発火をお願いするのにゃ。建物もそうだけど、薬を燃やすのを優先してねっ〜！」 パラーリアは構えた『神弓「サルンガ」』で次々と矢を放つ。しなる枝に当てて削って切り落とす。 猫又・ぬこにゃんはパラーリアの期待に応えて発火を使って火を点け回った。 『やれやれ。簡単に美味い魚にはありつけないようじゃの』 猫又・胡蘭は身体をそらして白い光を纏う。そして前足を床につけるのと同時に大量の光の針をジンコウジュ・妖に叩きつける。 加勢した人妖・蘭が使ったのは『力の歪み』だ。ジンコウジュ・妖の太い幹が嫌な音を立てながら捻られる。一部の枝が千切れて落ちた。 根をうねらせて猛進してくるジンコウジュ・妖。近づけられるまでに遠隔攻撃によってある程度削り取る。 「胡蘭、よくやった！」 朱華が二刀を手にしてジンコウジュ・妖との間合いをさらに詰めた。その間に伊崎紫音は反対側へと回り込む。 ジンコウジュ・妖の正面がわからないので、朱華と伊崎紫音は挟撃の形で双方とも本気で斬り込んだ。 辺りに散らばるジンコウジュ・妖の斬られた枝と葉。瘴気に還元して黒い霧のようなものが漂う。 騒ぎを聞きつけて曾頭全の警備達が隠し薬品工場内へと入ってきた。 「なんだ？ あれは？‥‥」 曾頭全の警備達は開拓者と朋友の存在に気づく前にジンコウジュ・妖を目撃して恐怖する。一人が踵を返して走り出すとそれを追って全員が逃げ出した。 「腰抜けばかりのようですね」 玲璃のいう通り、隠し薬品工場内から曾頭全の警備全員がいなくなった。 その間にも朱華と伊崎紫音がジンコウジュ・妖との戦闘を繰り広げる。パラーリアが遠隔攻撃で援護を行った。 「もう一息です！」 玲璃は精霊の唄で仲間達の傷を癒す。建物や備品が燃えることによって段々と視界の悪さは解消されていった。 問題なのは燃えあがる薬品の煙。あまり吸い込みすぎると志体を持つ開拓者であっても惑わされる可能性がある。 「俺の目の高さぐらいの幹中央に手応えがあったぞ」 「そこを狙ってみましょうか」 朱華と伊崎紫音は同時にジンコウジュ・妖の弱点らしき部位に刃を突き立てた。武器を引き抜くと同時にジンコウジュ・妖は激しく震えだす。 やがて黒い炎で燃えるように瘴気の塵へと還元し、ジンコウジュ・妖は跡形もなく崩れ落ちる。 「ぬこにゃん、もう十分なので急いで逃げるのにゃ」 猫又・ぬこにゃんが発火を止めてパラーリアの肩の上へと乗る。その口には何かが銜えられていた。 開拓者と朋友達は騒ぎに乗じて無事脱出に成功した。 その後、地元の官憲によって敷地内の殆どの者は捕らえられる。火の手は広がらず、敷地内のみで鎮火するのであった。 ●そして 深夜のうち開拓者一行は海上の春嵐号へと帰還した。 食事が出来るまでの間、一行は身体を休める。 （「どのような現象だったのでしょうか？」） 玲璃は『瘴索結界「念」』でジンコウジュ・妖の存在を把握しきれなかったのは薬品製造の段階で一部が切り取られて施設内に散らばっていたせいだろうと考えた。 本体から切り離された部分は瘴気に戻るのが普通だが、かかる時間はまちまちだ。何らかの作用が起きて活性化し元に戻ったのだと思われる。 「みなさん大変だったでしょう」 常春と飛鳥親子が用意した料理で開拓者と朋友達は心と体を癒す。特に猫又のぬこにゃんと胡蘭は生の新鮮な魚に満足げである。 「そういえばこんなの、ぬこにゃんが拾ってきたのにゃ」 食事が終わった後、パラーリアがごそごそとポケットの中を探って鍵を取り出し常春に手渡す。どうやら倒したジンコウジュ・妖の崩れた瘴気の山の中に落ちていたようだ。 「アヤカシの一部だったら消えてしまうよね。ということはこれを呑み込んでいたということなのかな？」 常春は目を凝らしてじっくりと眺めてみる。かなり傷ついていて輝きは失われていたものの、どうやら宝珠製。一見しただけではただの石製である。 「この帳簿三冊だけ厳重に保管されていたんだ。精査は任せるよ」 「朱華さん、ありがとう。これがジンコウジュについて。こっちが黄熟香の入手先。もう一冊は‥‥？」 常春は朱華から受け取った帳簿を順に確認する。そして最後の無題の一冊で手を止めた。冒頭の数頁に例のお伽噺『割れた柿』が記されていた。 泰国の過去『春王朝・梁山時代』に起きたとされる兄弟天帝の覇権にまつわる歴史を架空の人物と場所に置き換えた物語である。 「割れた柿の基点場所？」 最初、常春は意味がわからなかった。 「割れた柿とは泰儀の大陸が裂けたというあの物語でしょうか」 伊崎紫音は以前のことを思い出す。 「かなり重要な事実なのでは？」 玲璃は常春が持つ無題の三冊目を覗き込んだ。 「未だに大陸が裂けるなんて、信じられないのだけど‥‥」 常春は兄の飛鳥へとふり返る。飛鳥は『本当かも知れない』と呟くのであった。 |
