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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 本来大学内で保存されるべき書物、資料の一部が泰国南部の官僚、深山家の地下蔵に移送されていた。 春華王の仮の姿、常春は開拓者達と力を合わせて深山家の屋敷を強襲。その殆どを取り返して秘密基地内へと運び込んだ。 常春はその中でも幼子に聞かせるための冊子、お伽噺『割れた柿』に興味を引かれる。 春王朝側を『日陰の民』、東春王朝側を『陽光の民』と置き換えていたが『春王朝・梁山時代』を主題として書かれていた。 春王朝歴九二○年頃から一○○○年頃までを『春王朝・梁山時代』と呼ぶ。天儀暦に直すと四○○年頃から四八○年頃を指す。 それぞれを率いる二人の兄弟天帝が覇権を争った内容で陽光の民が勝利する結末だ。現実の歴史も東春王朝側が勝利して泰国は再平定される。 時代を経るに従って東の文字が外れて単に春王朝と呼ばれるようになった。当の天帝も春王朝と名乗っているが、いにしえに従って呼称すれば現王朝は『東春王朝』で間違いなかった。 この歴史的事実は春華王たる常春と兄の飛鳥にとって心の隅に置かれた教訓といえた。まったく同じではないが王朝が二つに割れた状況が自分達と重なるからである。 題名の割れた柿は袂を分かった天帝兄弟を表している。だがもう一つ、二つ目の意味も内包していた。 それは裂けた大地。 泰国を成す泰儀本島を高みから眺めた場合、帝都朱春を中心点にして放射状の形をしている。 大地変動によるものだが、まるで海岸線となる外縁の端を何者かに摘まれ、引っ張られて耐えきれずに裂けてしまったようにも見える。 割れた柿によれば自然現象などではなく日陰の民がある策を使っての人工的な災いであったという。更なる壊滅的な状況になるところを陽光の王が阻み、そして日陰の王を倒して物語は締めくくられていた。 大学に付随する図書館にて暗躍が確認された。 図書館の関係者である南部の深山家の当主『深山砥』はやはり曾頭全との関わりが深かった。 また図書館の女性司書『七瀬山奈』は香木の黄熟香を利用して深い刷り込みの研究を行っていた。ようは曾頭全による民衆洗脳の準備である。 深山砥と七瀬山奈の会話によると必要充分な黄熟香は集まっていないようだ。やるべきことはたくさんあるのだが、常春は泰国民の洗脳阻止を優先する。 護りのかたい深山砥はあえて放置。常春は数少ない手駒の隠密を使って七瀬山奈の動向を探った。 図書館内に実験室は存在するようだが、黄熟香を使っての大規模な薬作りは別所で行っているようだ。その場所は突き止められてはおらず、隠密達の今後に期待しなければならなかった。 「それは‥‥まさかそんなことが‥‥」 晴れた日の天帝宮の庭。常春は姿を消したままの隠密からの報告を聞いて戸惑いをみせた。 常春は黄熟香を手に入れるために開拓者達と共にアヤカシが巣くう危険な森に足を踏み入れたことがある。森には黄熟香が出来るジンコウジュの樹木が自生していたからだ。 現在開拓者ギルドでは、その森のアヤカシを倒して欲しいとの依頼が多くだされているという。正体を隠した七瀬山奈の息がかかった者達が申請していた。 黄熟香の入手を願った依頼内容ではなかった。どうやら黄熟香そのものは曾頭全が直接手に入れたいようだ。なるべく目立たずに黄熟香を手に入れたい思惑があるのだろう。 アヤカシは人に仇なす存在。依頼料の出所が何にせよ退治してもらえるのであれば民の危険は減る。もっとも森からかなり離れないと人の集落は存在しないのだが。 どう対応すればよいのか常春は困り果てた。 短期的にはアヤカシが排除されることで民の生活は楽になる。しかし中長期的には曾頭全の計画を許すことになってしまうからだ。 仮に黄熟香をすべて集められたとしてもジンコウジュの樹木は残ってしまう。それらをすべて伐採してしまうのは愚の骨頂といえた。 悩み抜いた数日後、常春はある手を考えついた。 それは森を徘徊する賊の退治。つまり秘密裏に黄熟香を回収しようとする曾頭全関係者を依頼で排除するのである。 これは継続的にしなければならないが、まず最初の依頼は懇意の開拓者に頼むことにした常春だ。もちろん自分も同行する。 どうやって黄熟香を回収するつもりなのか曾頭全関係者の出方がわかれば、二回目以降の依頼時に役立つ。真に欲する情報は現場で確認するしかない。 お忍びで出かけた常春はさっそく朱春ギルドにて手続きを済ませるのだった。 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
朱華(ib1944)
19歳・男・志
ヤリーロ(ib5666)
18歳・女・騎
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●森の中 開拓者七名と常春は泰国朱春の精霊門前で合流。移動用飛空船で秘密基地に立ち寄り、飛鳥親子と共に超中型飛空船『春嵐号』で再出発した。 翌日、泰国南部に到達した春嵐号は目的の森林地帯外縁付近に着陸。飛鳥親子に留守番を頼んで常春と開拓者達は緑濃い森の中に足を踏み入れた。 この森林地帯を常春と何名かの開拓者は以前に訪れたことがあった。妙体心草木と呼ばれる書物にジンコウジュが自生すると記されていたからだ。 ジンコウジュは香木・黄熟香の元となる樹木である。 ジンコウジュの幹の一部が自らの樹脂によって固まることで香木へと変化するらしい。その過程は未だ謎が多く、こうすれば黄熟香に変化するといった手段が見つかっていなかった。また多くの場合、栽培木に出来た香木箇所は自然木のそれと異なるものだという。 本物の黄熟香を手に入れるには結局のところ森に自生するジンコウジュを探すしかないのである。 「前はたくさんいたよね。この辺りに鬼のアヤカシが」 「そうなのにゃ。結構大変だったよね〜」 常春が事前に手に入れた情報通り、アヤカシ退治は進んでいるようである。常春とパラーリア・ゲラー(ia9712)は一緒に枝葉茂る頭上を仰ぐように辺りを見回す。 パラーリアは時折弓を手にとって鏡弦を鳴らす。やはりアヤカシの気配は感じられなかった。 猫又・ぬこにゃんはパラーリアの言いつけを守って大地に残る足跡に注意を払っていた。肝心なのは真新しい足跡である。 「ジンコウジュやら黄熟香とかいわれても薀蓄のない俺には、ただの木なんだけどな。特徴は聞いたが、目の前にあっても気がつく自身がないな」 「ありがとう。喉が渇いていたところです」 朱華(ib1944)が竹製の水筒を常春に渡しながら話しかける。 『こんな森の中に連れて来るとは‥‥ほんと、猫使いの荒い奴じゃのぉ』 猫又・胡蘭は枝から枝へと飛び移りながら地上を歩く朱華に聞こえるようぼやいた。 「口を動かす前に、周りを見ろよ?」 猫又・胡蘭は朱華からわざと視線をそらせて二又の尻尾をブンブンと振るのだった。 玲璃(ia1114)と伊崎 紫音(ia1138)は小声で話しながら先頭を進む。 「アヤカシをやり過ごすのに苦労するかと思いましたが、ここまで退治が進んでいたとは‥‥意外です」 「鬼アヤカシが討伐されて数が減っているとはいえ、こんな森に入ってくる回収隊はそれなりに手練の筈。注意して行きましょう」 玲璃は仲間に氷咲契付与の心構え、伊崎紫音は刀に手をかけていつでも戦える体勢を忘れない。 「ライさん、そろそろどうでしょうか?」 振り返った伊崎紫音が見つめたのはライ・ネック(ib5781)が持つ手帖である。 「以前、私達が辿り着いたジンコウジュの自生地域は森林地帯全体でいえばもっと南部だったはずです。その周辺のアヤカシ退治まで終わってないとすれば、そろそろ賊との接触もあり得ますね」 ライの手帖には森の地図や注意事項が記されていた。 地図は正確な測量を行ったものではなく、当時の参加者達による記憶の寄せ集めなので距離を信じるのは難しい。ただ森の中では歩きやすい経路は決まってくるものだ。目印から東西南北に何がある程度の情報については信用してもよかった。 広大な森林地帯とはいえ自然道を辿っていれば人と出くわす可能性は非常に高いものである。常春一行はわざとそうしていた。 大きな箱を背中に担いでいたのはヤリーロ(ib5666)とアナス・ディアズイ(ib5668)だ。その箱はアーマーケースと呼ばれるもので中には駆鎧が収納されていた。 「賊に黄熟香を奪われない為の流れは了解しましたが‥‥森は視界が悪くて敵の視認が難しいですね」 「戦いになったとしてアーマーを活用するのなら拓けた場所に誘い込むのが良さそうです」 ヤリーロとアナスは二人とも騎士。アーマー使いである。 「あの丘がよさそうなのにゃ。常春くんがいっていた条件が揃っているよ〜」 パラーリアが指さした先は小高くなっていてなおかつ樹木も多く育っている。周囲を監視するのにはうってつけである。 アヤカシと遭遇して退治するのが今回の目的ではない。ジンコウジュの自生地域にたどり着く必要もないが、賊が近寄ろうとするならばその限りではなかった。肝心なのは曾頭全の回し者である森を徘徊する賊の退治だ。また賊の見分け方を調べるのも依頼のうちといえる。 高所であるにも関わらず岩場から清水が染み出ていた。水の確保も楽なので丘の上を今晩の夜営地とすることに。 茂み深く姿を容易に隠せる場所であったが、そうするつもりはなかった。もちろん眼下の森は監視はするのだが、常春はわざと賊を引き寄せようと画策していた。 伊崎紫音、朱華、ライ、パラーリアは朋友を連れてそれぞれに賊探しを開始。アナスとヤリーロは協力して仲間全員分の天幕を張る。 「日が暮れるとまだ肌寒いですね。でもこの時期の南部はどうなのでしょうか」 「天幕をアナスさんとヤリーロさんが作ってくれて助かるよ。蚊も鬱陶しいしね」 玲璃は持ち込んだ食材を使って鍋を作った。摘んだばかりの春の山菜をふんだんに使った味噌仕立てのおじやである。常春も包丁を片手に調理を手伝う。 焚き火をすれば煙が天に昇る。さらに日が落ちれば灯火としてとても目立つ。加熱調理中の美味しそうなにおいが風に乗って周囲に漂えばだめ押し。これで丘に誰かがいるのは明白といえた。 賊探しに向かった仲間達が全員戻ってきたところで夕食となる。 「あきらかに開拓者といった連中と接触したが、やはり依頼者のことは何も知らないようだな。もちろん本当のことは内緒にしておいたが」 「私も遭遇しましたが曾頭全を知らず、ごく普通の依頼だと信じているようでした。確かにアヤカシは倒すべき敵なのでそう受け取るのが自然ではありますけれど」 朱華とライのやり取りを聞きながら一同は食事をすすめる。 「にゃ?!」 パラーリアは木の枝にいた猫又・ぬこにゃんの合図に気づいて椀を近くの岩の上においた。 「誰か来るにゃ」 パラーリアの一言で一同の間に緊張が走る。猫又・ぬこにゃんによれば眼下の森の中に小さな灯火を二つ見かけたという。おそらく松明の火と思われた。 何者かは風下の方向からやって来ていて、忍犬の浅黄とルプスの鼻の出番は次回へと繰り越しになる。これが風上の方向からであったのなら忍犬二頭が真っ先に気づいたことだろう。 「風下からというのが偶然でないのなら相手も犬を連れているのかも知れませんね。松明は森の茂みでわからない考えたのかも知れません。この暗闇を明かりなしで歩くのはシノビ以外は難しいですから」 伊崎紫音は忍犬・浅黄の頭を撫でてあげる。 まだ敵かどうかの判断が出来ないので常春一行は自然体を装う。しかし常春を守るべくの配置といざとなったときの戦いの覚悟は忘れていなかった。 それから約十分後、常春一行がくつろぐ夜営の場に六人の武装集団が現れる。伊崎紫音の想像通り、忍犬らしき二頭を連れていた。 「お仲間か? 俺達は開拓者だ」 お互いに何人か知った顔がいたおかげですぐにギルドの同僚だとわかる。 「お腹空いていませんか。よかったらどうぞ」 伊崎紫音はおじやを別依頼の開拓者一行に勧めた。 常春一行は曾頭全のことを内緒にしてここしばらくの実体験について別依頼の開拓者達から詳しい話を聞いた。 やはりこの森林地帯では人の集落がないはずなのに開拓者以外の集団が彷徨いているようである。その集団はアヤカシ退治をする開拓者一行を遠巻きから見学するらしい。そしてアヤカシ退治が終わった後、我が物顔で周囲の探索を始めるそうだ。声をかけてみたことあるが大抵は無視されるという。 「その方々はテュールを持っているようでしたか?」 「いや、何人かはそういう雰囲気は持っていたが全員はあり得ないな。そちらの若者みたいに依頼人とかが混じることがあってもな。だからこそ開拓者じゃないって判断したんだからよ」 玲璃の問いに別依頼開拓者のリーダーが答える。 テュールとはジルベリアの表現で志体と同義である。現場に出てくる殆どの開拓者は志体持ちなのでこの判断は正しかった。 別依頼の開拓者一行も今晩はこの高台に泊まることになる。 「アヤカシが退治されたばかりの周囲を探るということは」 「まだジンコウジュの自生場所を特定していないのかも知れませんね。最新の接触は昨日だったようですから」 ヤリーロとアナスは別依頼の開拓者一行に聞こえないように話す。常春も同じ考えである。余談だがこのとき常春はアナスに自分の正体を告げたのであった。 ●作戦相談 翌日、別依頼の開拓者一行は去っていった。 昨晩に聞いた話のおかげで曾頭全と思しき集団がどのようにして行動しているのかがよくわかった。 得られた情報に推測を加えて常春一行は曾頭全の真の目的を導き出そうとする。 奴らは安全などこかに身を潜めながらアヤカシ退治の開拓者一行を監視している。もしかすると森林地帯上空に飛ばした飛空船内で身を隠しているのかも知れない。 開拓者一行がアヤカシ退治を始めると急行して待機。退治が終われば一時的にせよその周辺は安全が確保されたといえる。再びアヤカシが徘徊する危険な一帯に戻る前にジンコウジュが自生していないかを調べるのが曾頭全側の作戦なのだろう。 「繰り返していれば確かにいつかは見つかるだろうな。ジンコウジュの自生場所は」 「わざわざ開拓者にアヤカシを退治させるところがきたないのにゃ」 朱華とパラーリアは憤慨して声を少々荒らげる。 「これでまちがいないですね」 「いくつか作戦は考えられますが、どうしますか?」 伊崎紫音と玲璃が振り返って常春に視線を向ける。 「‥‥‥‥そうですね。アヤカシと実際に戦っていなくても、そのように装えば曾頭全と疑わしき賊は近寄ってきますよね。それを利用しましょうか」 常春が決断して作戦が決まる。 「幸いなことにみなさんが連れてきてくれた朋友達なら簡単に隠れている賊を見つけてくれるでしょうし」 ライは忍犬・ルプス以外の仲間の朋友にも視線を送る。 「ヤリーロさん、アナスさん。アーマーでの活躍を期待しています」 常春が二人の横に置かれたアーマーケースを眺めて大きく頷くのであった。 ●誘き寄せ 森の中に響く衝突音。 「次はあの岩をやります。破片に気をつけてくださいね」 「わかりました。ヤリーロさんも気をつけて」 ヤリーロはアーマー・ノッカー。アナスにはアーマー・轍に乗り込んで岩を粉々に打ち砕いた。 すべてはアヤカシと戦っているとみせかけるため。当然、その音はかなり遠くまで届いていた。 アヤカシがこの辺りにいないのは確認済である。 余裕があるのなら実際にアヤカシを倒した方が世のため人のためになるが、せっかく寄ってきた賊を逃がす危険があった。アヤカシ退治は別依頼の開拓者一行に任せて、常春一行は曾頭全と思しき賊退治に注力する。 枝葉茂る樹木の上では人妖・蘭と猫又・ぬこにゃんが身を隠す。地上の茂みの中では忍犬の浅黄とルプスが鼻を利かせて周囲を探る。 ヤリーロとアナス、朱華を除く開拓者達は自分の朋友の比較的近場に待機していた。 朱華は猫又・胡蘭と共に常春の護衛に就く。 その常春は空を見上げていた。朱華も時折空を仰ぐ。白雲は少しだけ漂っていたが快晴の天気だ。 「あれは‥‥」 「誰かが狼煙銃を使ったな」 目測で約三キロメートル先。常春と朱華は空に一筋の狼煙があがるのを目撃した。 約五分後、忍犬の浅黄とルプスが狼煙銃を撃った賊と思しき三人を発見。忍犬・浅黄が追跡として残り、忍犬・ルプスが報せに向かう。 狼煙から約七分後、上空から龍四体が現れて森の中に降りる。 龍四体の着陸場所には人妖・蘭と猫又・ぬこにゃんが真っ先に到着する。こちらは人妖・蘭が残って監視し、猫又・ぬこにゃんが報せに走った。 賊と思しき四名は龍を飛び立たせると自分達は地上を歩き始める。予想した通り、狼煙銃を撃った三名と即座に合流を果たす。 七名になった賊と思しき連中は激しい轟音が鳴り響く戦いの場を目指して森の中を駆ける。 忍犬・ルプスと猫又・ぬこにゃんの導きによって開拓者の一部も賊と思しき連中の尾行体勢に入った。 「確かにこの耳で聞きました。黄熟香を早く見つけなければと。それに会話の中で曾頭全といっていました。間違いありません」 ライが超越聴覚で会話を拾ってくれたおかげで、思しき存在から確実な曾頭全の賊だと確認する。 ヤリーロとアナスがアヤカシと戦っているふりをしている拓けた土地へ曾頭全の賊七人が辿り着く前に開拓者達は阻止行動を開始した。 突如飛来した多量の矢が足下に突き刺さり、賊七人は立ち止まった。 リーダーらしき賊・壱が指示を出そうとした瞬間、矢が喉仏へと突き刺さった。パラーリアの月涙を使った障害物をすり抜ける射撃によるものである。 「投降するのなら命はとらないのにゃ。即答だよ」 パラーリアの警告を無視して賊六人がそれぞれに武器を手にしようとする。 賊・弐が枝の上に立つパラーリアへと銃口を突きだす。引き金を絞る前に忍犬・ルプスが腕に噛みついて阻止してくれた。 それと同時に景色の中から突然現れたライの手から黒き鋼線が舞う。賊・弐は二度と立つことが出来なくなった。秘術影舞と奔刃術を駆使して刻んだのである。 「これで大丈夫です!」 接近戦を仕掛ける仲間には玲璃が氷咲契をかけてくれる。おかげで賊との戦いが非常にやりやすくなった。 (「黄熟香で洗脳されているのか、どうか‥‥」) 伊崎紫音は賊・参の槍による突き攻撃を『殲刀「朱天」』で流した。その時に相手の目を観察して正気かどうかを見定めようとする。血走った眼から説得は不可能と判断せざるを得なかった。 「一人、いや二人、こっちに向かっているよう‥‥いや仲間の攻撃から逃げているのだろうな。常春さんをよろしく頼んだぞ」 『任せろ。気合い入れて戦ってこい』 朱華は猫又・胡蘭に常春のことを頼んでからその場を離れる。 猫又・胡蘭は賊二人が視界に入るとそれ以上常春に近づかないよう針千本を放って威嚇した。もちろん移動中の朱華を避けてだ。 「退け、それが一番だ。相手との実力差がわからないようでは生き残れないぞ」 朱華は二刀で攻撃を仕掛けながら賊・禄に話しかける。しかし聞く耳を持っておらず、血走った眼で挑んでくるだけであった。 一人だけ拓けた場所に出た賊・伍は立ち止まって唖然とした表情を浮かべる。 アヤカシと開拓者が戦っていると思っていた場所では二体のアーマーが岩を殴りつけていた。 血迷ったのか賊・伍は槍を手にアーマーへと攻撃を仕掛けてくる。その動きから志体持ちだとわかったヤリーロとアナスだがアーマー二体の敵ではない。 アーマー・ノッカーが鉄の腕を振り回して槍をへし折る。屈んだアーマー・轍は左肩で軽く体当たりをかました。 弾き飛ばされた賊・伍は地面を転がり続けてやがて止まる。骨折こそしていたもののさすがは志体持ちである。命はまだあった。治療すればまだ何とかなる状態だ。 賊七人のうち生きて捕らえたのは二人のみであった。 ●そして 掴まえた賊二人は春嵐号へと運ばれる。 常春と朱華も船に残って尋問を行った。その間にも仲間達は新たな賊を退治する。 やがて滞在期間が終わった。捕縛した者も含めて二十六人の賊を退治したことになる。 調べていくうちにわかったことがあった。曾頭全の賊は全員、左肩に入れ墨を彫っていた。とても小さなものであったが逆さまにした泰の文字が刻まれている。 またジンコウジュの発見は捕縛した者達が吐いた限り二件のみ。どちらの樹木からも黄熟香は発見されていなかった。新しい黄熟香は採取されておらず、曾頭全の手に渡っていないことになる。 「これで曾頭全かどうかの判別は簡単になったね。入れ墨を彫っているのは前線の兵だけらしいけれど」 常春は必要な情報が得られて安心する。継続的に行う依頼ではこの入れ墨の者達を捕まえてもらえばよい。悪党の証なのは泰国が保証すれば済む話である。 「ただ今なのにゃ〜」 「おかえりなさい」 帰路に就こうとしていた春嵐号へと最後に戻ってきたのはパラーリアだ。賊がやられたと偽装するために多量の血を撒いてくれたのである。 血は出発前に畜産業者から譲ってもらったものや、食料確保のために森で狩った野生動物から得ていた。 仲間が戻ってこないのを不審に思ったのだろう。つい先頃、曾頭全らしき中型飛空船が着陸して大規模な森の調査を開始している。これまでも撒いておいたもののパラーリアが念入りに血痕を残してきてくれた。 行方不明の賊等を殺したのはアヤカシ。そのような筋書きを信じ込ませるための演出である。実際には十五人が生きたまま春嵐号内で捕まっているのだが。 官憲に引き渡す際も細心の注意が払われる予定だ。 すべての痕跡は闇の中へ。殺しはしないが当分の間はこの世にいないものとして扱われるだろう。彼彼女等が日の当たる場所に出られるのは曾頭全の暗躍が阻止されてからになる。 朱春に戻った常春は得られた情報を駆使して継続的な曾頭全の賊退治の依頼を出す。 これで黄熟香が曾頭全の手に渡ることはないはずである。常春は協力してくれた開拓者達に感謝するのであった。 |