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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。 帝都の名は朱春。 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位へと就き、今もまだ少年であった。 現在、高鷲造船所で建造中の飛空船の名は『春嵐号』と決まった。全長は六十メートル前後が想定される。 中型と大型の中間に位置する大きさなので、常春は便宜的に超中型飛空船と呼ぶつもりだ。朱藩の興志王が所有する超大型飛空船『赤光』の命名方法に習ってである。 船首部分には突撃用の衝角が装備予定。風を噴出しての防衛方法は技術的に検討中。 保冷庫に関しては春暁号のそれよりも高遮断、高密閉のものが設置される予定だが、やはり氷を使わなくては冷却出来ないようだ。巫女の氷霊結か、または長期の氷卸しとの契約が不可欠となるだろう。 龍などが船倉から各部への通路に関しては工夫がなされる予定だ。船倉を中心にして甲板、または船尾にある大型開閉扉までの移動は三十秒もあれば十分になるだろう。側面からの出入りについても検討されたが、こちらは強度の問題で不採用となった。 宝珠砲については甲板に一門、後部に一門、船底に一門、右舷に二門、左舷に二門の計七門の砲座が設計に組み込まれる。但し着水状態の場合、避難しなければならないので船底の一門は使用不可だ。宝珠砲の選定は未だ保留中である。 急いで造られているものの完成まで後二ヶ月は要する。その間にも曾頭全の暗躍に対抗すべく常春は行動しようと考えていた。 一見、常春が春華王として動けば簡単に片づきそうではあるが、そうはうまくいくはずがない。泰国において実権を持っているのは各地の諸侯と科挙によって選出された官僚。天帝たる春華王は象徴的存在だからだ。 無理を通せば出来るのかも知れないが、そうなれば荒れることは必至。泰国内が争乱状態になればそれこそ曾頭全の思うつぼである。 結局のところ、一般人の立場の常春として曾頭全に対抗するしか手はなかった。資金には非常に余裕があるので、その点だけは有利である。かといって無尽蔵にある訳でもなかった。 そんな折、常春は妙な噂を耳にした。 朱春より西の地に春華王が現れて貧しい者達に施しをしたらしい。常春にそのような覚えはなかった。一度だけなら聞き流すところだが二度三度と土地を変えて行われているようである。 (「曾頭全の名も混じっている‥‥。放っておけないですね」) お忍びで朱春の茶屋に足を運んだ時にも常春の耳に春華王出現の噂が飛び込んでくるのだった。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
朱華(ib1944)
19歳・男・志
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●待機 常春と開拓者達は泰国の帝都、朱春で合流。旅客飛空船を乗り継いで一行が目指したのは朱春西方の町『丸角根』である。 「人通りの多い街道だね」 「町で商売が繁盛している証拠なのにゃ」 常春とパラーリア・ゲラー(ia9712)は街道茶屋の前に並べられた卓について飲茶を頂いていた。 両隣の卓には朱華(ib1944)、エラト(ib5623)、玲璃(ia1114)、伊崎 紫音(ia1138)の姿が。開拓者のうちこの五名が常春の護衛班を担っていた。 調査班の柚乃(ia0638)、ルンルン・パムポップン(ib0234)、ライ・ネック(ib5781)の三名は別行動をとって丸角根へと先乗りしている。常春と護衛班は町の安全状況が判明してから乗り込む手はずになっていた。 (「じろじろに注意なのにゃ」) 誰かこちらを見張っていないかパラーリアは茶をすすりながら横目で眺める。 今のところ監視の目はないようだが油断は禁物。ここに至る道中で仲間達とも話したが、一連の出来事は本物の春華王である常春を誘き寄せる罠の可能性が高い。 「常春さんの変装、これなら町でもばれないよな」 冷菓子を楊枝で摘む朱華は常春の姿を確認しながら隣に座る伊崎紫音へと小声で話しかける。 「この格好なら大丈夫ですよ」 伊崎紫音の案で常春も含めて護衛班の全員が旅泰風の格好だ。長衣に髪型もそれらしくしている。常春は帽子も被っていた。中は殆ど入っていないが担ぐ格好をするために背負子も用意してあった。 (「怪しい会話は聞こえませんが‥‥」) エラトは周囲の会話に耳をそばだてる。超越聴覚によって遠く離れていてもまるで間近のように聞こえていた。 「今回は深追いせず、偽者の正体を暴く事、敵の目的を知る事ができ次第町から退却した方がいいかもしれません」 「そうだね。あまり無理はしないようにしないと」 常春が扇子を落とすと玲璃が拾ってくれる。 町の安全に問題がなければ調査班が宿をとってくれるはずだが、そうでない場合もあり得る。 常春と調査班は『丸角根』南方の約三キロメートル離れた街道外れで野営の準備を整えるのだった。 ●柚乃 小柄な少年が裏路地に入って辺りを見回す。その人物の正体は変装した柚乃である。 「伊邪那にも手伝って貰おうかな‥」 誰もいないのを確かめた柚乃は取り出した宝珠から管狐の伊邪那を出現させた。 『とりあえず、何か困った事が起きたら呼びなさいな』 「その何かがあるの‥」 伊邪那に柚乃は事情を話す。 先程、この町に現れた春華王を話題にしていた役人達を道ばたで見つけたのだが施設の中へと姿を消してしまった。追いかけようとしたものの門番に邪魔されたのである。 「お願い」 『任せて』 伊邪那はするりと壁を伝わって施設の内部へ侵入を果たす。 天井を静かに歩いて柚乃がいっていた特徴の役人を見つけると人魂でネズミへと変身してさらに近づく。聞き耳を立てて情報を得るとさっそく柚乃の元に戻った。 『春華王だか曾頭全が施しの予告をしてるって。明日、やるみたいだよ。場所はわからないみたいだけどね」 「すごい情報‥‥は、早く常春クンに伝えないと‥」 焦る柚乃は伊邪那を宝珠に戻す。帽子を深く被り直すと町の出入り口となる門へと急ぐのだった。 ●ルンルン (「こんなお洒落じゃない格好で、とても坊ちゃんには見せられないけど‥‥今は我慢、我慢なのです」) ルンルンが扮していたのはなるべく貧しく見える姿。継ぎ接ぎだらけでほつれている箇所も多くある着物を纏っていた。灰色姿のルンルンである。 我慢しているのはもう一つあった。それは食事だ。 (「演技だけでは見破られてしまうかも知れないので‥‥」) ルンルンはお腹を押さえながら歩いていた。 丸一日何も食べないだけで人は堪える。それはニンジャとて同じ。ルンルンはよろよろとふらつきながら貧民街を彷徨った。 貧民街でよく目にするのが酔っぱらっている大人である。道ばたに置いた大瓶から柄杓で酒を掬い、男も女も酔っぱらっていた。 「あうっ!」 「あ、ごめん」 ルンルンは元気よく走ってきた子供達と衝突してヘロヘロと尻餅をつく。 「もしかして‥‥お腹ペコペコ?」 「もう3日もなにも食べてないのです‥‥」 子供達に訊ねられたルンルンのお腹の虫が大きく何度も鳴いた。すると女の子の一人が懐から取り出した黒砂糖菓子をくれる。 感謝して頂くと子供達はまだたくさんもらえるからと嬉しそうに語った。どうやら先日の春華王からの施しのようだ。訊けば大人達の酒も同様のようである。 (「施しなら普通の食べ物の方がよいと思うのですけど‥‥どうして甘いお菓子やお酒みたいな嗜好品なんだろう? ニンジャの勘にぷんぷん臭っちゃうのです‥‥」) ルンルンはしばらく唸って仮説を立てた。 享楽は人を簡単に腐らせる。たまにならば問題ないのだが、何の努力もせずに常に手に入る状態は好ましくない。また慣れるとそれが普通になってしまう。 偽春華王と曾頭全は民衆が不満を抱えやすい状況に導いているのではないかと考えた。 もうしばらく貧民街を観察した後、ルンルンは日が暮れる前に常春達の元へと戻るのであった。 ●ライ ライは旅人の出で立ちで貧民街を歩いていた。凝らした衣装で武器を隠す。 超越聴覚で耳を澄まして人々の噂話に聞き耳を立てる。暗い裏路地では忍眼を使って怪しい者がいないかを探った。 (「仕事がないのでしょうか、それとも‥‥」) ライには貧民街の人々がどこか怠惰な日々を過ごしているように感じられた。 遭遇したガラの悪い物取りの男を懲らしめ、偽春華王の来訪時の出来事を喋らせる。 中型飛空船十隻の船団で訪れた春華王は、貧民街の人々にこのような生活をさせていることを詫びる演説をした後で施しを行ったらしい。 「へへへっ。この町はもう大丈夫さ。春華王様が目をかけてくれたんだからな」 物取りの男が語る話をライはそのまま受け取ることができなかった。どうにも胡散臭い。 物取りの男がいうところの優遇とは依怙贔屓だ。決して機会が与えられていない者に対して差し伸べられた手ではないとライは考える。 「待て!」 隙を見て逃げようとした物取りの男を転倒させると懐から一枚の紙が落ちる。 「これは‥‥もしかして」 拾った紙に描かれていたのは常春そっくりの人物。高そうな服飾を身につけているところからも春華王の姿絵に間違いなかった。 「どこで手に入れたのですか?」 「施しの時にばらまいていたんだよ。いい紙だったんでとっておいただけさ」 この絵に描かれた若者が演説していたと物取りの男は告げた。何度、ライが尋ねても答えは同じ。 ライは貧民街を注意深くもう一度歩いてみた。すると同じ姿絵が飾られていたり、切れ端が捨てられているのを発見する。 しばらくしてライは町の外にいる常春達の元へ帰って報告を行う。 調査班三名の意見で町中は危険だとして宿で休むのは断念する。 一行は郊外での野営で一晩を過ごした。調査班三名が話す情報に耳を傾けながら、どうすればよいのか全員で策を練るのだった。 ●施しの日 翌日、『丸角根』の広場には多くの民衆が集まる。大半が貧民街に住む人々だ。 春華王再来の日にちこそ知らされていたものの、場所は特定されていなかった。しかし誰もが知っていた。 何故なら前回と同じように中型飛空船十隻で訪れるのならば、町中でここしか着陸可能な場所はなかったからである。 民衆の想像通り、上空に飛空船十隻が現れると歓声が沸き上がった。 常春一行は広場近くの裏路地から飛空船が次々と着陸する様を窺う。 「それではお願いするね」 常春の願いで開拓者達が動き出す。 「気を付けてな」 「何があっても常春さんを守りますね」 暫しの間だけ常春の護衛は朱華と伊崎紫音のみに託される。 (「これをわからない隙間を射つのにゃ」) パラーリアは建物の上から弓で狙い、小柄な矢を各飛空船の隙間部分へと隠すように突き刺した。矢には常春が用意した非常に小さな宝珠が取り付けてあった。 (「偉そうな装飾の船ならきっと敵の親分が乗っているかも。坊ちゃんのためならっと!」) ルンルンは黒塗りにされた側板に金文字が入った飛空船へと侵入。 (「これは重武装な飛空船です」) ライは中型なのに宝珠砲が六門も搭載された飛空船へ。 ルンルンとライはそれぞれの飛空船の機関部へと仕掛けを行う。 エラト、玲璃、柚乃の三名はすべての飛空船の外装に印をつけようとしていた。今後偽装されたとしても再発見時にあの時の飛空船だとわかるように。 「とても立派な飛空船です」 「その刀も素晴らしいものなのでしょうね」 エラトと玲璃が敵の護衛達へと話しかけて気を逸らさせる。 「伊邪那、見張っていてね」 『誰か来たら知らせるよ』 柚乃は管狐の伊邪那にも手伝ってもらいながら船底に小刀で印を付けてゆく。知らない者が見たら単なる傷に見えるようなものをだ。普段なら絶対にしないことだが、今後の戦いを有利に進めるため、常春のための策にと。 演説が始まろうとした頃、開拓者全員が常春の元に集まった。一行も演説がよく聞こえるように群衆の中へと身を置く。 「再びこうしてみなさまとお会いできたことに感謝します」 一隻の飛空船甲板上に現れた若者が声を張り上げた。 (「常春くんとうりふたつなのにゃ‥‥」) パラーリアは隣で帽子を深くを被っている常春と甲板の若者を見比べる。双子だといっても信じてしまうほどのそっくりさだ。 「これは驚きましたね」 「ここまで似ているなんて」 玲璃と伊崎紫音は小声でやりとりする。自分達でも常春と入れ替わっていたらわからないほど似ていた。 (「徴兵はしていなくとも、志願兵なら戦力増強は出来るからな‥‥」) 朱華が注意していたのは演説の内容だ。泰国転覆を謀るなら武力は不可欠。たとえ経済的な侵略方法を用いたとしても最終的に力は必要となるからだ。 (「曾頭全にも触れましたね。よい組織と吹聴するとは」) エラトはいつでも夜の子守歌が演奏できるようロープの下でリュートを携える。 「そっくりだ‥‥」 見上げる常春は呟いた。 仲間達も同じように思っているはずだが、まるで自分がそこにいるようだった。朱春・天帝宮を離れるために準備した影武者の少年よりも似ているかも知れないと。 「おそらくこの中に潜んでいる、ある人物に告げます。私は必ず偽の春華王を滅ぼす! 曾頭全の春華王こそが泰国における正当な血統である証を立てるために!!」 群衆の多くは意味がわからなかったようで一瞬だけ場がざわめいた。 その言葉に常春と開拓者達は心の底から怒りを感じる。誰が偽者なのだと。 甲板の偽春華王へと近づこうとした常春をパラーリアと伊崎紫音が掴んで止める。玲璃、エラト、朱華は常春の前に出て壁となった。 常春を誘い出すための罠に違いなく、ここで行動すれば曾頭全の思うつぼだ。 演説が盛り上がりをみせてこれから施しが始まるといった矢先、広場外縁から大きな音が響き渡った。それは台車に載せられた銅鑼の音。 「直ちにこの場から立ち去りなさい!!」 いつの間にか広場を囲むように『丸角根』の役人達が取り囲んでいた。 一部の群衆はしぶしぶと従ったものの、そうでない者もいる。跳ねっ返りが役人を挑発して小競り合いが始まった。喧嘩は広がりをみせてあっという間に役人対群衆の戦いへと変化してゆく。 「坊ちゃん、こちらです!」 ルンルンが建物の狭間にある裏道へと誘導する。 「常春クンについていてあげてね‥」 柚乃は管狐の伊邪那を出現させて常春の背中にへばりつかせた。これだけの人混みだといくら注意していてもはぐれてしまうかも知れないからだ。 「すみませんが押し通らせて頂きます」 ライは裏道を塞いで争っていた十名をあっという間に気絶させる。 「追いかけて来るのにゃ!」 周囲に気を配っていたパラーリアが追っ手に気がついた。格好からいって偽春華王の手下だと判断してよさそうである。 「先にいっていてくれ」 立ち止まって振り返った朱華は二刀を抜いて追っ手を威圧する。 「相手にしている時間はありませんので」 睨む朱華の横でエラトがリュートを奏でて追っ手を子守歌で眠らせてしまう。 この活躍で朱華とエラトは常春達とはぐれて別行動となった。しかしいざというときのために決めておいた郊外の待ち合わせ場所で無事合流を果たすこととなる。 「ボクに任せてください!」 裏道は板壁で行き止まりにされていたが、打破するために伊崎紫音が一歩前に出た。構えた殲刀から放たれた地断撃の衝撃波によって壁の一部が吹き飛んだ。大男でも屈めば通れるほどの穴が空く。 途中、何者かの投石が常春に当たるものの何事もなかった。玲璃が事前にかけておいた加護結界のおかげである。 「少しお待ち下さいね」 「ありがとう、助かるよ」 安全そうな場所で玲璃が加護結界を常春にかけ直して移動を再開する。 町の混乱は拡大の一途。ここにはもういられないと判断した常春は撤退の指示を出すのであった。 ●そして 「あれほどはっきりと春華王を騙るなんて‥‥」 帰り道、常春は空を見上げる。 春華王の名を騙る行為は泰国において犯してはならない。この一点だけをとってもあの甲板にいた偽春華王の罪は明白だ。さらに春華王の常春がいる場と知った上で宣戦布告まで行ったのである。 群衆が耳目ではっきりと受け取り、またこの町の役人も見聞きした。この事実は揺らぐことなく、役人が怠慢でなければ中央にも届くことだろう。 (「もしもアス兄があのまま、曾頭全に捕らえられたままだったらどうだったんだろう‥‥」) 常春は開拓者達に今後についての考えを伝える。まずは曾頭全に関する天帝宮の資料を調べ直すつもりだと。 春華王でさえ知り得ない国家の秘密がある。そう常春は予感していた。 |