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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。 帝都の名は朱春。 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位へと就き、今もまだ少年であった。 思い出の詰まった春暁号との別れは辛いものがあったが、曾頭全の暗躍を考えればすぐにでも代わる飛空船が必要とされていた。 春暁号の形見となった宝珠の回収の成功によってかなりの工期短縮が期待できる。だがやはり新造となればそれなりの日数を要するのは仕方がないことだ。 次の飛空船構想を練る春華王たる常春は二つの必要条件を決めていた。 一つ目は春暁号よりも一回りか二回り、小さめの飛空船であること。 全長百メートル前後を誇る大型だと操船にかなりの人員を要してしまう。高鷲造船所に応援を頼んでいた現状だが、もう少し減らしたいと常春は考えた。具体的には全長六十メートル前後を想像する。 二つ目は兵装。宝珠砲を何門か搭載出来れば戦闘力があがる。曾頭全との戦いにおいては不可欠だろうと常春は判断した。 (「飛空船がたくさんあるところといえば、高鷲造船所近くの朱藩安州の基地。もう一つは――」) 今は天帝宮内。晩餐の大皿へと箸をつけずに春華王姿の常春は考え込む。飛空船を多く見学出来る場所として、よく立ち寄る安州の飛空船基地以外に思いついたのが武天の友友だ。 公式な発布はされていないものの交易商人・旅泰が自治独立をしている金融の町が『友友』だ。武天の巨勢王から特別な許可を得ている治外法権の土地である。 中心となる両替屋は武天国首都のそれより立派。泰国銀行並の権限と実行支配力を持っていると噂されていた。 この友友に隣接して造られた飛空船基地は普通のものではなかった。着陸している飛空船を店に見立てて楽市楽座の商売が行われているのである。 旅泰だけでなく各地の商人が集まるので多種多様な飛空船が着地しているという。兄とその家族とともに遊興がてら飛空船を見学しようと常春は頭の中で計画を立てる。 「お口に合いませんでしょうか?」 「いや、何でもない。よきにはからえ」 侍従長の孝亮順に声をかけられるまで春華王たる常春は状況を忘れていた。自分が食べ終わらなければ困る人々が宮にはたくさんいる。 晩餐が終わるまで夢想するのをやめた春華王たる常春であった。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
朱華(ib1944)
19歳・男・志
ブリジット・オーティス(ib9549)
20歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●空の旅 各地の精霊門を使って武天の都、此隅に集合した一行は旅客飛空船へ乗り込んで旅泰の街『友友』へと飛び立つ。 友友は金融がとても発展しており、非公式ながら巨勢王から自治独立が認められている。また隣接する飛空船基地では楽市楽座が行われているので有名だ。 座席に腰掛けながら一行が話題にしていたのは次の飛空船につける『船名』である。よい名はないかと常春が悩んでいた。 「命名とかは得意ではなくて‥」 柚乃(ia0638)は悩んだ末に『飛鳳』という船名をあげる。兄弟の幼名である飛鳥と白鳳からとったものだ。 「あたしも『飛鳳号』って考えてきたよ〜。一緒だにゃ♪」 パラーリア・ゲラー(ia9712)は空を羽ばたく鳳凰のイメージを盛り込んだ。柚乃と同じく兄弟の幼名からとったという。 「私は『燕丸』を提案します」 玲璃(ia1114)は次の飛空船が小回りが利く性能であるのを見越しての船名だ。縦横無尽に空を舞う燕のように。 「船の名前は思い浮かびませんけど、一通りの調理が出来るキッチンと、保冷機能付きの食料庫が欲しいです」 伊崎 紫音(ia1138)は船名よりも調理設備が心配でならなかった。 ただ保冷を何らかの宝珠で実現する技術は今のところ存在していない。氷を外部から定期的に補充する形がせいぜいだ。 「飛空船の名前は決めてあるのですけど‥‥」 ルンルン・パムポップン(ib0234)は船名を描きかけの設計案と同時に発表するつもりでいた。ひとまず常春にだけ耳元でこそっと教えておく。 「飛空船の名前‥蒼天号とか‥‥それくらいしか思いつかない」 朱華(ib1944)は先日、飛空船関係者と話した時のことを思い出す。その中で語られていた船名を一つあげてみた。 (「道楽で小型の船を?」) ブリジット・オーティス(ib9549)は船名のやり取りに参加しなかった。道楽と受け取っていたのは、お茶問屋に飛空船は必要ないのではと考えていたからである。後で小型の話題ではなく大型だと知って驚くブリジットだ。 常春が飛鳥の息子『高檜』にも訊いてみると『丸々がいい』と返ってくる。母親の『棗』から『それはもふらの名前でしょう』といわれると高檜は『そっか』と笑う。 飛鳥の家族が連れている真っ赤なもふらの名前が『丸々』であった。今は船倉で柚乃のもふら八曜丸とお休み中だ。 それから約三時間後、旅客飛空船は友友に隣接する飛空船基地へと着陸するのだった。 ●楽市楽座 「滞在の間、雨が降る気配はありません」 「よかった。これで気兼ねなく見学できるね」 到着早々、玲璃があまよみで知ったしばらくの天候を常春に報告した。これから三日程度は崩れることはないようだ。 「常春くん、宿の主人に教えてもらってきたよ〜♪ うんと、ものすごく美味しい点心のお店があるにゃ。あつあつのうまうまスープが閉じこめられているんだって〜」 「今晩はそこで食べようか。楽しみだなあ」 パラーリアが仕入れてきたお店情報で夕食は決まった。お勧めのお品書きもチェックしてきたのでばっちりである。 「春暁号より小さい船だと、あの辺りですよね‥‥」 ルンルンが指さした先には七十メートル級の大型飛空船が着陸していた。かなり大きな商隊の船のようである。 「あれよりももう一回り小さい方がいいかなって思っているんだ」 話題にした大型飛空船は後部扉を開放して船倉内に並んだ商品が閲覧できるようになっていた。一行は乗降用の渡し板を上って船倉内を回る。 「積載量はどうかと思っていたけど、たとえ三分の二になっても船倉は十分に広いね」 「小さくした方が小回りもきくし、同じ宝珠を使うなら余剰出力を他に回せそうだし、流石坊ちゃんなのです。夢が拡がっちゃいます」 商品のグライダーをそっちのけにして常春とルンルンは船倉内を観察した。 朋友を多数連れてきてもなお余裕がありそうである。多段ベットのような階層式にすればより効率的に出来そうだ。 「えっと、ああしてこうすれば‥‥きゃー♪」 ルンルンの妄想は膨らむ一方だ。 「船体はシャープな感じがよいのにゃ。風宝珠を増やすのはできるのかにゃ?」 「増やせるけど船体の剛性も考えないとね。小型化がよい方向に働くと思うんだけど、基礎設計の仕上がり具合次第かな」 常春はパラーリアに基礎設計案を高鷲造船所の造船技師に頼んでいるという。 「仕事だと分かってはいるが‥‥少し、旅行気分だな。楽しいからか」 朱華は船内に置かれてあった椅子に腰掛けると高檜に先ほど購入した桃をあげる。 「ありがとう、お兄ちゃん。あの‥‥丸々の分もいいかな?」 「棗さんともふら達にもあげてくれ。美味しいぞ」 朱華は笑いながら、棗の分、そしてもふらの丸々と八曜丸用の桃も高檜に預けた。側にいた柚乃には桃を直接手渡しする。 分け終わった高檜はもふら二頭と並んで桃にかじりついていた。 「春暁号の最後、どんな感じだったのかな‥?」 「そうだな――」 桃を眺めながら柚乃は朱華に大型飛空船・春暁号の最後を教えてもらう。 「春暁号‥今までありがとう」 最後まで聞きいた後で柚乃が呟いた。瞳を潤ませながら。 (「人混みは常に注意すべきですね」) それまで飛鳥と棗の護衛担当を務めていたブリジットがルンルンと交代して自由時間となる。一時的に役目から解放されても楽市楽座にごった返す人々の中に不穏な空気をまとう者がいないか遠巻きに監視を続けていた。 「朱華さんが買ってきてくれた桃なんだ。食べませんか?」 常春がブリジットへと近づいて実はと事情を話し始める。その内容は本当ならば驚く内容。常春が現春華王であるといったものだ。 友友は泰国出身の旅泰が多い土地なので春華王の肖像画が飾られている店も多い。髪型を変えてみたら常春にそっくりである。また信じるに値する高価で王族を示す印の入った品物も見せてくれた。 「お忍びで出歩きたい気持ちは察しようもあります。ですが茶問屋の御曹司でよかったではありませんか?」 ブリジットは複雑な心境だ。それでも王宮警護の者達の心情を考えればよいものではないと心の中で呟いた。 お忍びの理由はいくつもあるし、その中には春華王たる常春の我が侭が混じっているのは確かだった。ただ現状において重視しなければならないのは曾頭全の存在。元春華王の兄、飛鳥をつけ狙い泰国転覆を謀る逆賊である。 「本当かどうかはわからないけど、大昔に存在した組織の末裔を名乗っている奴らなんだ」 「曾頭全、そのような者達が――」 常春のブリジットへの説明は続いた。 ブリジットに事実を口外しないようにお願いしたところで常春の話は終わった。常春の考えを受け入れてくれるかどうかはブリジット次第である。 「旅泰が多いせいか、武天なのに泰風のお店が多い感じですね」 「あ、飴が売ってる!」 伊崎紫音は柚乃と交代して高檜の護衛を務めていた。常に真っ赤なもふら、丸々が側にいるので高檜の位置はすぐにわかる。 (「緑勝、案特、藻波も旅泰だったはずです」) 伊崎紫音は曾頭全と関わりがある旅泰の商隊がいないかを注意深く窺っていた。常春と飛鳥親子は変装しているものの油断は禁物だ。 小物や食べ物を購入しながらの飛空船見学は続いた。 友友の飛空船基地とはいえ大型飛空船の数は限られている。大型三隻全部を回ったところで一番数の多い中型飛空船見学へと移行した。 交易商人・旅泰にとって飛空船の積載可能重量は非常に大切だ。大量に運ぶのであれば海上輸送に勝てるはずもないが、ある程度の貨物を確保しなければ商売にならない。内陸部の特に高所への輸送に飛空船は最適だからだ。 中型とはいえ旅泰が使う大抵の船体は大きめに造られていた。二十五メートル級が普通だとすれば四十メートルに近い船体もある。常春達が参考にするには十分な大きさだった。 「宝珠砲が‥‥よく見えないのにゃ。うんしょっと!」 見学中の船内窓を前にしてパラーリアが背伸びをする。隣に並んで商売している飛空船搭載の宝珠砲が気になったからだ。 宝珠砲といっても千差万別。大きさから性能まで様々である。志体持ちのように練力の蓄えに余裕がある者が使うのならば、それ相応の調整も必要だといえた。 「ここにあるのでは役に立ちそうもないな。砲門は出来れば、後方に一門は欲しいところだが」 朱華も宝珠砲について意見を持っていた。性能の方向性は別にしてパラーリアと同じように商用飛空船用の宝珠砲では曾頭全相手だと役に立ちそうもないと判断する。次飛空船に搭載するのならば軍仕様の宝珠砲が不可欠だとの結論を出す。 「ああ‥‥夢が広がります! 坊ちゃんのためならたとえ火の中水の中。ついでに空まで飛んじゃいますから!」 ルンルンは思いついた案を懸命に書き残した。後で絵にして常春に提示するためだ。 「こちらの調理場、とても使い良さそうですね。棚の中も見せて頂いても構いませんか?」 伊崎紫音は美味しい料理を売る旅泰飛空船の調理場を見せてもらっていた。二つ返事で招いてくれた船員だが、どうやら伊崎紫音を女の子と間違えているようだ。 激しく揺れる飛空船を想定して調理道具は零れにくいようどれも縦長である。そして釜戸には固定具がつけられていて鍋の転倒を防いでいる。また蓋も簡単に固定出来る工夫がなされていた。 「少し頂きますね」 玲璃は一行が食す機会を得た時、なるべく初めに口にするよう努めていた。さりげない毒味役としてだ。志体持ちならば普通の人よりも耐久力はある。いざとなれば解毒も使えた。 「お友達ができてよかったね、八曜丸」 「もふ♪」 柚乃はもふらの八曜丸の頭を撫でて目を細める。高檜のもふら・丸々と仲良しになったようで嬉しかった。 「夜も営業する旅泰もいるようですが、大抵は日暮れと同時に店仕舞いだと聞きました」 ブリジットが楽市楽座が終わる時刻を調べてきてくれた。 「そういえば宿を決めただけで友友を散策していなかったね。今日の見学はこれで切り上げて、パラーリアさんが探してくれた点心のお店で夕食にしようか」 常春の提案で今日の飛空船見学は終了となるのだった。 ●夕食と飛空船談義 目的の店にたどり着いた一行は個室に通されて注文し暫し料理が運ばれるのを待つ。 「坊ちゃん、見てください! 私、思い付いた案を図にしちゃいました。その名も春嵐号です!」 「へぇ〜、どれどれ?」 ルンルンから受け取ったお手製新型船想像図を常春が広げる。ド派手なショッピングピンク色の船体が真っ先に網膜に飛び込んできて目眩がした常春だが、よく確認すれば面白い装備が描かれている。 「これからの戦いに備える為、船首に衝角を装備し、船で突撃出来るようにするのです! 側には空いた穴に入れるように扉も用意して――」 ルンルンの説明を興味深く聞きながら常春は頷いた。 「この衝角はいいね。どういう形にするにしろ、この機構はなるべく再現出来るように高鷲造船所にお願いしよう」 常春の言葉に両手を挙げて喜ぶルンルンである。他にも出した風の壁の案は検討扱いとなった。技術的に出来るのかどうか常春にはわからなかったからだ。 そうこうするうちに料理が運ばれてくる。 「常春くん、これおいしいのにゃ♪」 「すごいね! どうやって作ったんだろう?」 点心を頬張るパラーリアと常春は大きく瞳を開いた。高檜も味に驚いて両親へと話しかけている。他の開拓者達も次々と驚きの声をあげた。 具の基本が豚肉なのはわかるが、深みのある香辛料と噛んだとき口から溢れそうになるほどの汁を皮の中にどうやって閉じこめているのかがわからなかった。 「こういうの、空の上でも食べられたらいいんだけどやっぱり肉は難しいよね。保存を考えると塩漬け肉になるし」 「氷室は無理なのにゃ?」 常春は訊ねるパラーリアに視線を向けながら伊崎紫音への返答を思い出す。 次の飛空船に氷室を造るとすれば巫女の氷霊結か、または長期の氷卸しとの契約が不可欠。春暁号にも似た設備はあったものの設計段階から盛り込むのならば、より効果が高い保冷庫が望めるだろう。 「使うかどうかはその時の判断として、熱遮断に優れた氷室は造るようにするよ」 常春はパラーリアだけでなく伊崎紫音にも調理場の改良案を説明するのだった。 次に常春へ話しかけたのは朱華だ。 「これから仲間になる飛空船についてだが、空戦を想定して船倉から甲板への移動は楽に出来るようにはならないか? それと経路は一つだけでないほうがいい。どの方向にも出られれば最高なんだが」 「設計技師に相談してみるね。船倉後部開閉部の変更は簡単だろうけどその他はどうなんだろう?」 朱華の意見はもっともだが、あまり増やすと侵入されやすくなる。 宝珠砲については保留となった。パラーリアの連射を重視した案か、それとも朱華や玲璃が推すように多方向への射撃による死角をなくす方向性か。両立させられればよいのだけどと常春は心の中で呟いた。 「そうだ。忘れていました!」 思い出したルンルンが想像図の二枚目を取り出して広げた。それには常春を象った船首像が描かれてあった。 「ルンルンさん、それはごめん。却下です」 「え〜〜。採用してくださいよ、坊ちゃあぁ〜〜んっ〜〜」 横に首を振る常春にすがるルンルン。個室内は笑い声に包まれるのだった。 ●そして 二日目は友友見学に費やされる。開拓者達は常春と飛鳥親子の安全を守るために交代で護衛を続けた。 「わぁ〜、ありがとう〜。かっこいいなあー」 「どういたしましてだゃに♪」 パラーリアは通りすがりの店で高檜に飛空船を模した木彫りのおもちゃを買ってあげる。それからしばらくの間、高檜は常におもちゃの飛空船を傍らに置いていた。 三日目は基地での飛空船再見学に費やす。一部の飛空船は入れ替わっており、それらを優先して回った。 常春は帰りの旅客飛空船内で次の飛空船の名前を発表した。 「とっても悩んだんだけどルンルンさんの『春嵐号』にします」 船名が決まったところで全員によってより詳しく性能要求が精査される。 常春と開拓者達は精霊門で朱藩安州の高鷲造船所に立ち寄って書類を届けてから解散するのだった。 |