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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。 帝都の名は朱春。 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位に就き、今もまだ少年であった。 地方の老舗お茶問屋『深茶屋』の御曹司、常春。そう名乗ってきた常春の正体は泰国の春華王、その人である。 失踪中の兄を探すにおいて懇意の開拓者達に正体を明かす。ただ一般には伝わらないよう秘密にしてもらう約束を交わして。 呼び名についても変わらず常春と呼んで欲しいと開拓者達に願う春華王である。 前春華王である常春の兄はさる女官と駆け落ちして姿を消していた。その足取りは長く不明であったが、常春が偶然に見かけた純金製の文鎮を切っ掛けにして露わになる。 しかし向かった先にはすでにもぬけの殻となっていた。探す途中で手に入ったのは書物『妙体心草木』。泰国薬の秘伝が記されたもので、泰国の仕来りとして本来ならばこの世にあってよいのは二冊。春華王が手元に置く一冊と宮殿奥に保管されるもう一冊のみである。故に失踪の兄が持ち去ったと思われる一冊は本来あってはならないものといえた。ただ常春は処分せずに探す手がかりとして残しておくことにする。 常春の幼名は『白鳳』。兄の幼名は『飛鳥』。かつて生活の場では弟が兄を『アス兄』と呼び、兄が弟を『ハク』と呼んでいた。 今はどのような名で生活しているのかわからないものの、混乱を避けるために兄については『飛鳥』に敬称をつけて呼ぶことにした常春である。ついアス兄と幼き頃の調子で表現してしまう常春だったが。 調べた範囲では飛鳥と女官の間には子供がいるようだ。我が子を救う薬を手に入れるために飛鳥は純金製の文鎮を手放したらしい。 飛鳥の家族が生活の糧としていたのは薬草。薬草師を生業としていた。住んでいた小屋に残っていた薬の材料や昔に飛鳥が薬作りに興味を持っていたところからの推察である。 またいくつかの証言もあって飛鳥の家族は理穴の首都、奏生に向かったと考えられた。秋には豊穣感謝祭が行われて市がたくさんの行商人達で賑わう。薬を売り捌くにはうってつけの場所である。 飛鳥の家族を探し求め、ようやく会えようとした場所で騒ぎが起こっていた。駆けつけた常春と開拓者達は賊と戦った。しかし残念ながら飛鳥を人質にされて飛空船で逃亡されてしまう。 その後、飛鳥の妻である『棗』と息子の『高檜』は常春が用意した朱春内の隠れ家で匿われた。飛鳥親子を支えてきたもふらも一緒に。 『曾頭全』と呼ばれる組織が飛鳥を攫ったといった棗の証言を得た常春は開拓者達と共に梁山湖の近くにある『知皆』へと向かった。隠れ住んでいる土地だと、かつて曾頭全に属していた棗が知っていたからである。 調査のおかげでいくつかの事実が判明する。 崖上の要塞跡で曾頭全の見張りがしていた会話によって飛鳥が曾頭全周辺にいることがほぼ確実といってよい。 漁村周辺にあった謎の蔵については口が堅そうな漁民にいくらかのお金を渡して監視してもらっている。 遙か昔より未だに採掘が行われている石切場は曾頭全の隠れ家の候補地だ。問題はあまりに広大なので目星をつけなければ調べることすら難しい。 梁山湖で獲れるた朽葉蟹の取引値段は交易商人・旅泰の『緑勝』、『案特』、『藻波』の三商隊が決めていた。常春は曾頭全へと繋がる糸口だと期待していた。 そしてもう一つ。知皆の薬屋が求める香木も重要な手がかりである。 朱春で手に入れた香木では品質が条件に合わなかった。そこで『妙体心草木』の記述を参考に鬼アヤカシが巣くう土地で苦労の末、ジンコウジュの木から香木『黄熟香』を手に入れる。 黄熟香を餌にして取引を持ちかけた。だが薬屋の主人は取引場所の『龍梁山飯店』に現れなかった。いたのは頭目らしき龍仮面を被った人物一人と虎仮面を被った護衛達。 危険と背中合わせであったが常春と開拓者達は馬車で移動する龍仮面の男の追跡に成功。石切場に隠れされていた秘密の坑道を発見するのだった。 常春は様々なところに手を回してみたものの、知皆近郊の石切場の坑道を記した地図を手に入れることはできなかった。 また知皆の薬屋は閉店しており、主人は行方不明となっていた。 (「出たとこ勝負で入ってみるしかないのか‥‥」) 天帝宮・青の間で絵を描いていた春華王こと常春は筆を止める。 開拓者達と協力して発見した岩盤に偽装した隠し坑道。侵入方法もわかっているので踏み込むのは容易い。 問題なのは兄の飛鳥をどうやって発見するのか。また脱出をどうするのかだ。 飛鳥の発見については危険を承知で潜り込む以外に道はなかった。脱出に関しては大型飛空船『春暁号』を使うことにする。 石切場周辺から離れた上空で待機。狼煙などの合図で急行するやり方だ。 潜入と離脱の二手に分かれる必要があり、また連携が求められる。 (「足手まといなのはわかっている。でも‥‥」) 常春は坑道内に潜入して兄を直接助け出したいと何度も繰り返し考えたが諦めざるを得なかった。志体を持たない自分が参加しても邪魔になるのは明白だからだ。 春暁号で待機して脱出の成功に尽力することを自らに誓うのだった。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
朱華(ib1944)
19歳・男・志
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●移動 開拓者八名は精霊門を使って神楽の都から朱藩の首都、安州へと移動。高鷲造船所に預けてあった大型飛空船春暁号で泰国の帝都、朱春へと飛んだ。 普段以上の危険が伴うために造船所からの応援は熟練の五名のみ。乱気流に巻き込まれながらも無事朱春近郊へ着地。待機していた常春が乗り込んで知皆方面へ。 知皆近郊に近づくと低空飛行で石切場が望める場所に着地し、偽装を施す。 離脱班の柚乃(ia0638)、朱華(ib1944)、常春の三名は応援の五名と共に春暁号へと残ることになっていた。 「坊ちゃん、行って来ますね‥‥お兄さんは絶対助けだしてきますから、大船に乗った気でいてください!」 「ルンルンさん、アス兄をお願いするね」 「あっ、ほんとに春暁号って大船に乗ってるから、御利益もひとしきりなのです!」 「そうだね。ルンルンさんも無事にね」 ルンルン・パムポップン(ib0234)は常春との暫しの別れを笑顔で交わす。 潜入班の玲璃(ia1114)、伊崎 紫音(ia1138)、パラーリア・ゲラー(ia9712)、ルンルン、エラト(ib5623)、ライ・ネック(ib5781)の六名は移動を開始。隠し坑道がある岩盤へと向かう。 「‥‥常春クン、船に残る事も大事な役目だよ? 折角、潜入班の皆が飛鳥さんを助け出してくれても、足である飛空船が飛べなかったら、失敗に終わりかねないし」 春暁号の艦橋に戻った柚乃は心配そうに常春へと話しかけた。 「うん。きっと潜入班のみんながアス兄を連れ出してくれるよね。そうしたらこっちの番だ」 柚乃に振り向いた常春が頷く。 「飛鳥さんに会えるのはもうすぐさ。一緒に何を食べようとかそういうのでも考えていてくれ。こんなのはどうだ?」 朱華はお茶の用意を運びながら二人の会話に参加する。 「朱華さん、ありがとう」 常春は張っていた肩の力を抜いて濃いめのお茶を頂くのであった。 ●潜入 知皆近郊の石切場に潜入班が到着したのは夕方であった。 枯れ草の茂みに隠れて様子を窺っていると厳重な警備を施した馬車三両が隠し坑道へと消える。 (「間違いはないですね」) 伊崎紫音は以前に隠れた岩盤の窪みに潜んで坑道へと繋がる岩扉の開閉方法を再確認した。 鍵穴は岩扉下部の左右に二つある。同時に鍵を差して右に回し、填め込まれた多数の四角い岩板を決まった順番で動かすと開閉する仕組みだ。 二本の鍵は近くの小屋の中。シノビのライとルンルンが小屋の間近に潜んで状況を探っていた。 (「鍵は担当者が肌身離さず持っていますね。服と鎖で繋がっているので外すのに時間がかかりそうです。きっとどこかに予備があるはずですが‥‥」) (「そろそろ役目交代の時間みたいなのです。日が暮れたらきっと休みの班は眠りに就くはず!」) ライは暗視、ルンルンは超越聴覚を駆使して担当を区分していた。機会がある度に番人二名が通行者を通しているものの小屋は留守にはならない。合計で四名が常駐していたからである。 (「あの形‥‥見張りが持っていたものとそっくり」) 机の引き出しが開いた際、屋根の穴から覗いていたライが予備の鍵二本が仕舞われているのを目撃した。 ライとルンルンが出した合図を確認したエラトは気配を消しながら小屋へと近づく。 (「少しの間、お休みになってください」) 小屋の外壁まで辿り着いたエラトはリュートで夜の子守唄を奏でた。それを安らぎの音色を聞いた小屋内の四名が眠りに落ちる。 念のため夜で時を止めた上でライが小屋へと侵入。引き出しから二本の予備鍵を手に入れると夜の効果が消える小屋の外まで移動する。 (「届くのです!」) ライは大きく振りかぶって鍵を遠投。隠し坑道前に待機していた伊崎紫音と玲璃がそれぞれ受け取った。二人は手順通りに岩盤を模した扉を開閉する。 (「にゃ!」) パラーリアは矢の鏃の部分に二本の鍵を軽く糸で結んで射つ。矢をつかみ取ったライはルンルンへ手渡した。 エラトは眠りが切れる寸前にもう一度、夜の子守歌を奏でる。 ルンルンが夜を使いながら二本の鍵を返す。その間に仲間全員が扉を潜って坑道の中へと。疾走して向かってくるルンルンが間に合うよう全員で閉まらないように扉を支え続けた。 あまり激しく抗うと扉そのものが壊れるかも知れなかった。少しずつ扉が閉じる最中、ぎりぎりのところでルンルンが滑り込む。 一息つく暇もないまま潜入班は坑道内を歩み始めるのだった。 ●調査 隠し坑道は長い一本道になっていた。馬車が余裕ですれ違えるほどの広い幅があり、天井も高かった。 定間隔で設置されている輝く宝珠のおかげで用意した松明も使わずに済む。ただどこに監視の目があるのかはわからず、丁寧に索敵しながらの進みとなった。 「石材掘る作業で出来た坑道を利用したものではないと思います。城の通路とかに似てますし‥‥」 伊崎紫音は坑道の所々に存在する待避用の窪みを発見した。出入り口方面から奥に向かう際、窪みは非常に浅いものにしか見えなかった。しかし実際にはかなりの空間が存在し、また槍や射撃用の銃眼もあって外部からの侵入に備えられている。 「天井にも仕掛けがありますね。私たちは発見されていないので今のところ安全ですけど」 「水攻めみたいですね? 気をつけないと」 シノビのライとルンルンも罠を見抜いていた。ちなみにルンルンはシノビではなく自らをニンジャと呼んでいたが。 「少し足を止めて頂けますか?」 エラトが仲間達の足を止めて耳を澄ませる。そして奥の方から馬の蹄と車輪の音が聞こえると報告した。ライとルンルンも同意見であった。 潜入班は待避用の窪みに分かれて姿を隠す。エラトがいっていた通り、しばらくして馬車が通り過ぎていった。 (「商売人に見えるのにゃ‥‥」) パラーリアは宝珠の輝きで闇に一瞬だけ浮かび上がった馬車に乗っていた人物の姿格好を見逃さない。旅泰のようであり、またかなり高価な装飾品を身に纏っていた。 進行を再開するものの三十分も経たずにまた馬車が通り過ぎようとする。乗っていたのはやはり旅泰風の人物達。 梁山湖の朽葉蟹を取り仕切るのは旅泰の三商隊『緑勝』『案特』『藻波』といわれている。曾頭全と三商隊はかなり密接な関係は疑いから確信へと変化した。もしかして曾頭全の表向きの顔が三商隊なのかも知れないとも。 潜入して二時間が過ぎた頃、ようやく坑道は終わりを迎えた。繋がっていた先は非常に広い地下空間。潜入班が歩んできた順路だけでなく、いくつもの坑道が繋がっていた。外界と地下空間の交通分岐点のような場所であった。 (「冷静さを装いましょう」) 玲璃は背筋を伸ばして歩く。仲間達も同様に。 当然多くの人が屯っていたが、年齢容姿など様々で統一性がなかった。 旅泰などの変装をした潜入班は澄まし顔で停車中の馬車の間を通り過ぎて多数の扉が並ぶ廊下へとたどり着いた。 問題となるのはこれから。攫われた常春の兄である飛鳥は曾頭全にとっても重要人物であり、警備が厳重な区域にいるのが想像された。 超越聴覚を持つルンルン、ライ、エラトが廊下に響く足音を聞き分けて人目を避ける。多くの扉には鍵がかけられておらず、室内に待避するのは容易かった。扉の向こう側に人がいるかどうかも耳を澄ませればすぐにわかる。ライが忍眼で罠の有無を確認しながら開けた扉に潜入班の全員が待避する。 廊下に出ては移動して隠れるのを繰り返すうちに潜入班は妙な部屋を訪れることとなる。 「蜘蛛の巣が張っているし埃っぽいのにゃ」 「これは槍のようですけどボロボロですね」 先に奥へ入ったパラーリアと伊崎紫音が拝借したランタンを灯して室内を見回す。かなりの広さがあり、たくさんの武器が置かれていた。但し、どれもとても古いもので役に立ちそうもないものばかりだ。 「曾頭全は古い組織のようですので、その名残なのかも知れませんね」 玲璃の想像に仲間達から異論は出なかった。それを裏付けるような物的証拠とも遭遇する。 「ひどい崩壊ですっ‥‥。飛鳥さんが巻き込まれていないといいのですけど」 ルンルンが崩落で行き止まりになった廊下の前で呟いた。 「補修した形跡がありますので、かなり昔のもののようですね」 ライが見えにくいところに建てられた石柱を発見する。 その後、似たような崩落跡はいくつも見つかった。最初はこんな危険な場所でよく暮らしていけるものだと考えた潜入班である。しかし途中で想像を変えた。理由は定かではないものの、わざと崩したと思われる痕跡を見つけたからだ。 曾頭全の隠れ家はすべて巨大な岩盤内にあるという訳ではない。山の上部に造られた野外の空間もあった。多数の針葉樹が繁り、飛空船などで上空から見下ろしてもばれないような工夫が凝らされていた。 侵入から丸一日が経過した頃、隠れ家内の人々の動きに妙な動きがあった。 最初は自分達の存在がばれたのではないのかと怪しんだ潜入班だったが、集会だとわかってほっと胸をなで下ろす。同時に集会の内容がとても気になった。 これまでの調べで得た情報から集会に使われるであろう空間は想像できた。集会に紛れ込むのはあまりに危険なので隣接する倉庫部屋へと忍び込んだ。 忍び込んだ倉庫部屋には覗き穴の代わりになりそうな空気穴がある。集会の地下空間からすれば天井に近い位置であったので全体を俯瞰出来た。 光り輝く宝珠がいくつも設置されていたが全体としては非常に薄暗かった。床から伸びる天井を支える何本もの石柱を避けるようにして三百名近くの者達が整列しているようにも見えたが、すべてを把握したわけではない。暗がりで見えない者達も推測した上での数字である。 潜入班の一同は目を細めて壇上を注視した。 「あれは‥‥。ごてごてとした衣装を着ているのは飛鳥さんでは?」 暗視を駆使して様子を眺めていたライが呟く。 「これは‥‥‥‥?」 「くんくん?!」 ルンルンとパラーリアは覗き穴から漂ってくるにおいが気になった。常春から嗅がせてもらった香木『黄熟香』の香りに似ているようだが違うような気もする。 単に離れているせいで違ったように感じられたのかとも思ったルンルンとパラーリアだが、真実はしばらく後に判明することとなる。 壇上の飛鳥らしき人物は煌びやかな古風な服装に身を纏って何らかの儀式を行っていた。目立つ壇上中央に香炉が置かれており、黄熟香かどうかはわからないものの香が焚かれているのは確かなようだ。 「うわぁ!」 「ビックリですっ!」 突然沸き上がった歓声に伊崎紫音とルンルンが思わず尻餅をついた。儀式は盛り上がりを見せ始める。 「奥に入るのなら今の内ではありませんか?」 「私もそう考えます」 エラトと玲璃は警戒が厳重な区域も今なら容易く侵入出来るのではないかと仲間達に提案した。意見は一致し、即座に行動へと移される。 見張りはほんのわずかで、これまでの苦労が嘘のように潜入班は警戒網を突破した。 (「にゃ?!」) ある扉の前で立ち止まったパラーリアは鼻を近づけて嗅いだ。そして仲間達に告げる。本来の黄熟香の香りがこの部屋から漂っていると。 「罠などはないようですね‥‥」 鍵は閉められておらず、ライが先頭になって部屋へと立ち入った。豪華な品々が置かれた広間のせいで錯覚しそうであったが、よくよく見れば寝室の様式である。 「ここにいたはずですね」 エラトが書物『妙体心草木』から抜粋した走り書きの紙を発見する。ここが飛鳥の寝室なのは間違いなさそうであった。 「ここが飛鳥さんの寝室なら、ボスの部屋も近くにありそうなのです。大切なものは身近に置いておきたいのが人情ですので。少し探してきますね!」 ルンルンは天井付近にあった空気口の中に潜り込んだ。儀式がいつ終わるかわからない状況でこれ以上廊下をさまようのは危険だと考えたからである。 その他の潜入班は寝室内の各所に身を隠す。飛鳥がこの部屋へ現れる時間まで待つために。 ●飛鳥 長い時間が過ぎた後、潜入班が隠れる寝室に何者かが来訪する。 (「間違いないです」) 家具の中にいた玲璃は扉の隙間から飛鳥の存在を確認した。他にいたのは女性二名。会話や行動から推測するに飛鳥の身の回りの世話をする侍女のようだった。 侍女達が就寝の準備を始めたところから今日の予定はすべて終わったと判断する。ルンルンはまだ戻っていなかったが潜入班は飛鳥確保の行動に出た。 「静かにしてください。そうすれば何もしませんので」 「口を閉ざしておいてください」 伊崎紫音とライがそれぞれに侍女を背後からベット上に転ばせて抑えつけた。猿ぐつわを噛ませた上で縄で縛り上げる。 「飛鳥さんで間違いないですね?」 玲璃に飛鳥が頷いた。 「もしや白鳳の手のものですか?」 「そのとおりだよっ〜♪ 常春くんで泰の王様で白鳳くんなのにゃ」 パラーリアは常春の幼名が白鳳だというのを思い出しながら飛鳥に答えた。 飛鳥の意志を確認した上で潜入班は脱出に必要な情報を教えてもらう。この寝室から一番近い外への開放部をだ。 脱出の決行は深夜。すでに警戒は厳重な状況に戻っていたので強行突破である。 「ボスの顔を見られなかったのが残念!」 重要そうな書物を手に入れたルンルンが戻ってきたところで作戦は実行された。 敵が多い時にはエラトの夜の子守唄で相手を眠らせながら。時間稼ぎが必要な場合はパラーリアが弓矢で遠くから威嚇する。 玲璃と伊崎紫音は飛鳥を守りながら前へと進んだ。 ライとルンルンはシノビの素早さで敵を圧倒。脱出の道を切りひらいてゆく。 「こっちなのです!」 ルンルンは煙遁で煙に巻いて敵を翻弄。 「この上です」 ライは先行して壁を登り縄を垂らす。 「春暁号から見えますようにっ」 岩山の表面へと出ると伊崎紫音が狼煙銃で頭上の星を狙う。春暁号の離脱班へ知らせるための閃光が夜空に放たれるのであった。 ●脱出 「常春クン常春クン‥‥起きて」 「ん‥‥?」 微睡みの中、常春が柚乃の声で目を覚ます。そこは春暁号・艦橋の操縦席。常春は椅子をベット代わりにして寝ていたのである。 「常春さん、狼煙銃の閃光がさっきあがった! 間違いない!!」 伝声管で機関室に連絡を終えたばかりの朱華が叫んで教えてくれる。それは潜入した離脱班が兄の飛鳥を確保したのを示していた。 「離陸はすぐに出来ますか?」 常春はかけてあった毛布を剥いで座席に座り直す。 「抜錨完了!」 「宝珠の出力も大丈夫‥」 朱華と柚乃も席に座って操船を手伝う。 「春暁号、浮上します!」 大型飛空船としてはあり得ない速さで春暁号は夜空に浮上した。本来なら姿勢を整えてからするところを常春はお構いなく推進させる。左舷を下に傾かせたまま春暁号は狼煙の閃光があったとされる方角を目指す。 二度目の狼煙の閃光は常春も自らの目で捉えた。船首の向きを修正、左右角も安定させる。 「もっと仰角をとってくれ! 岩の突起にぶつかる!」 「推力を抑えないと通りすぎてしまうかも」 夜間の岩山上空を接近しながら飛ぶのは非常に困難であったが、朱華と柚乃の補助のおかげで常春はこなす。 「乗り込むのを手伝ってくるが構わないな?」 「お願いします!」 朱華が常春の許可をとって船倉へと向かった。船倉へ到着するとすでに用意してあった縄梯子の束を肩に担いだ。乗降口を開放すると凄まじい風に飛ばされそうになったが、朱華は歯を食いしばってその場に留まる。 「今、通り過ぎたみたい‥。反転して」 「了解!」 眼下を確認する柚乃に従って常春が春暁号の位置を微調整する。三度目の狼煙の閃光が艦橋の間近を通り過ぎたことによって位置取りの成功を常春は確信した。後は岩山と春暁号の距離が問題である。 起伏が激しく、とてもではないが着陸は不可能。朱華が縄橋子を投げても風に煽られて岩山にいる潜入班が掴めない。かなりの錘をつけてあったのだが、想定を上回る風の強さに難儀させられる。 ようやく縄梯子を潜入班の誰かが掴んだ。春暁号まで登りきる余裕はないので全員が無理矢理にぶら下がる形となる。 四度目の狼煙の閃光は赤色。岩山の味方全員が縄梯子に掴まったことを意味していた。常春は出来るだけ揺らさないよう水平を保って移動し、岩山を盾として強風を防げる位置まで移動する。 「ここは任せて。大丈夫だから」 「うん‥。常春クン、がんばってね‥」 常春が春暁号の操縦すべてを受け持つ。柚乃は朱華がやっている縄梯子による乗船を手伝いに船倉へと向かう。 「無理をしないでゆっくりと!」 朱華は最初にあがってきた飛鳥へと手を伸ばした。何度も揺れですれ違ったものの、ようやく朱華の手が飛鳥の右手首を掴まえた。無理に引っ張らず、飛鳥の動きを補助するように引き揚げられた。 「大変でしたね‥」 柚乃は途中で負ったと思われる飛鳥の傷を閃癒で癒してあげる。 (「常春クンにそっくり‥‥」) 柚乃は手当が終わると飛鳥を眺めていたい気持ちを抑えて潜入班の乗船を手伝った。 「全員乗船完了しましたっ!」 「あれは!」 最後尾のルンルンの足が船倉の床を踏んだ瞬間、すでに春暁号内にいたライが近づく船影を発見した。状況から考えて曾頭全が放った追っ手の飛空船に間違いなかった。 「おおおっ?!」 「だ、大丈夫ですか?」 轟音と同時に大きく船体が揺れた。転倒しそうになった飛鳥を伊崎紫音が支えてくれる。 常春が操縦をしくじったわけではなかった。敵飛空船が放った宝珠砲が春暁号の左舷後方下部に命中したのである。 「追っ手は三隻、いえ四、五‥‥。増え続けています!」 ライは窓から目を離さないようにしながら伝声管で艦橋の常春に状況を伝えた。 「艦橋に連れて行くのがよさそうだな」 「こちらになります‥」 朱華と柚乃は艦橋まで飛鳥を案内した。潜入班だった開拓者達は追っ手の飛空船に対抗するために船内の各所へと散らばる。 「アス兄!」 「白鳳! 元気だったか」 艦橋で再会した兄弟であったが喜び合う余裕はなかった。飛鳥に空いている席へと座ってもらうと常春は空域からの脱出を計る。 「敵影、現在十五の報告あり! 但し、重複がありそうだ。おそらく実際は十前後だろう」 朱華が仲間達からの情報を整理して常春に伝えた。 「宝珠の破損はなかったみたい‥‥。でも船体破損がどのくらいかわからないから全速は控えてね‥。最大でも八割ぐらいかな‥‥」 柚乃は春暁号の機関室との調整を再開させる。 「進路、東北東!」 常春は仰角をつけた春暁号を加速させる。しかし多数の敵飛空船は難なく追跡してくる。 (「しつこいにゃ!」) 甲板上で深呼吸をしたパラーリアは『戦弓「夏侯妙才」』を構え、敵飛空船・壱の操縦室の窓を狙う。五射目でついに貫通。受ける風の抵抗のせいで全速が出せなくなったようで追跡から離脱していった。 (「効くとよいのですが‥‥」) エラトは急襲しようと間近に迫った敵飛空船・弐に夜の子守唄を奏で響かせた。飛び移ろうとしていた敵兵が次々と失敗して宙に四散してゆく。ただ腰に命綱はつけていたようで敵飛空船・弐にぶら下がる形となる。それでも何名かの敵兵が春暁号の甲板へへばりついた。 「中へは行かせません!」 玲璃は構えていた『ピストル「アクラブ」』で敵兵一名を狙い撃つ。敵兵は退かずに扉へ取りついたが柚乃は焙烙玉を投げて散らす。 「タイミングを合わせないと!」 伊崎紫音は振り向き様に突進してきた敵飛空船・参を刀先で示しながら仲間に協力を願う。 「ニンジュツの出番です!」 ルンルンは煙遁で周囲の視界をわざと悪くする。煙と闇のせいで目視が難しい状況を作り出す。 「移動する私の両側へ常についてきてください!」 ライは暗視で闇をものともせず、敵飛空船・参の位置を探った。煙については仕方がないが、敵飛空船・参が風を切る音を聞いて位置を補足する。 伊崎紫音、ルンルン、ライの強力な刀撃で敵飛空船・参の船首の一部分が見事に切り取られる。まるで熱したナイフでバターを切ったごとく。 敵飛空船・参はわずかに春暁号へ接触したものの、体当たりには失敗してすれ違ってゆく。 その頃、艦橋では常春が決断を迫られていた。曾頭全の船数が圧倒的でじり貧は確実である。物量の差は明白であり逃げおおせようにも敵飛空船の方が船速は上だ。 (「決めなくちゃいけない‥‥。でも‥‥」) 激しく揺れる中、常春は覚悟を決める。 「柚乃さん、朱華さん、船内に通達を。春暁号から敵船に体当たりを敢行します。全員ベルトか縄で船に身体を固定するか、がっしりと掴まって振り落とされないようにと伝えてください!」 驚きの表情を浮かべて常春に振り返る柚乃と朱華。しかし今は意見を交換する時間は残っていなかった。柚乃と朱華は手分けして伝声管で常春の意志を各所に伝えた。 まもなくして春暁号が敵飛空船に次々と船体を衝突させる。 春暁号が敵飛空船に対して唯一の優位が大型飛空船故の巨体質量。敵に乗り込まれないように注意さえすればこれほどの兵器はこの場に存在しなかった。但し自らも傷つく諸刃の剣でもある。 敵飛空船四隻の推進部分を破壊したところで春暁号も多大な損傷を被った。 「俯角三十! このまま!」 常春は残る追跡の敵飛空船三隻を巻き込むようにして春暁号を急降下させた。衝突の一隻目は真っ二つに相手をへし折り、二隻目は右舷壁を大破壊、三隻目は一緒に地面へと一直線に。 下になっていた敵飛空船三隻目を挟むことで地面との衝突を緩和した常春は春暁号の船首持ち上げに成功。間一髪で春暁号を強行着陸へと移行させた。 激しい振動と衝突音。樽に入れられて縦横無尽に振り回されているような感覚。ようやく停止しても動けるようになるまで誰もがかなりの時間を要した。 「痛たたっ‥‥!」 甲板から地面へと飛び降りたルンルンは春暁号へと振り返って凍り付いた。右側面を下にして倒れているのは仕方がないのだが、それよりも大破といってよい状態だったからだ。 着地時に巻き込んだ敵飛空船はかなり離れた遠くの地面で燃えさかっていた。他にも上空で破壊したいくつもの敵飛空船が墜落したようで燃えさかる炎がいくつも見て取れる。 次々と仲間達が船外に出てきた。開拓者はもちろんのこと、常春も飛鳥も操船所の応援五名も。全員の命に別状はなかった。柚乃と玲璃が閃癒で怪我を癒してくれる。 「隠れませんか」 エラトが遠くの夜空を飛ぶ飛空船の音を聞き分けて一同に伝えた。もしかすると敵飛空船の応援が近づいているのではないかと。 全員で草木が繁る一帯に身を隠して息を潜めた。 やがて一隻の飛空船が春暁号の近くに着陸する。エラト、ライ、ルンルンは下りてきた者達の会話に耳を澄ませた。交わされた内容から曾頭全の者達に間違いないと判断する。 「あれを奪うしか帰る手はなさそうだね」 常春の意見に誰もが賛成してくれた。 開拓者達の手に掛かれば赤子の手を捻るも同然の相手。瞬く間に敵飛空船の制圧は完了した。 敵飛空船の推進部に損傷はあったものの、巡航する分には問題はなさそうであった。余分な資材がなければ全員が乗り込んでも大丈夫だとわかって次々と放り捨てた。 さらなる追っ手がやってくる前にと拝借した飛空船を浮かび上がらせる。主操縦はルンルンが担当した。兄弟の時間がもてるよう気をつかってくれたのである。 「ありがとう‥‥春暁号」 常春は遠ざかって小さくなってゆく春暁号をしばらく眺め続けた。やがて完全に暗闇へと紛れてしまう。 「白鳳、強くなったな。いや今は春華王か」 「やめてよ、アス兄」 ひしめき合う船内で兄弟はようやく会話の時間を得る。 それから二回、追っ手と思われる飛空船に見つかりそうになったものの無事に回避。念のために大きく迂回する航路をとった。 ルンルンとパラーリアは黄熟香についての疑問を飛鳥から教えてもらう機会も得た。 集会の最中に使われたにおいは黄熟香を変化させたもので幻覚幻聴を促す効果を持つようだ。これを使いたくて曾頭全の首領は欲したようである。普通に使う分の黄熟香にはそのような効果はなかった。 泰国の帝都、朱春近郊に着陸したのは脱出から四日目の夕暮れ時。 何故、曾頭全が飛鳥を欲したのかの理由は次の機会となる。家族水入らずの時間を優先してあげた開拓者達であった。 |