秘密の取引 〜春華王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/06 22:30



■オープニング本文

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 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。
 帝都の名は朱春。
 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位に就き、今もまだ少年であった。


 地方の老舗お茶問屋『深茶屋』の御曹司、常春。そう名乗ってきた常春の正体は泰国の春華王、その人である。
 失踪中の兄を探すにおいて懇意の開拓者達に正体を明かす。ただ一般には伝わらないよう秘密にしてもらう約束を交わして。
 呼び名についても変わらず常春と呼んで欲しいと開拓者達に願う春華王である。
 前春華王である常春の兄はさる女官と駆け落ちして姿を消していた。その足取りは長く不明であったが、常春が偶然に見かけた純金製の文鎮を切っ掛けにして露わになる。
 しかし向かった先にはすでにもぬけの殻となっていた。探す途中で手に入ったのは書物『妙体心草木』。泰国薬の秘伝が記されたもので、泰国の仕来りとして本来ならばこの世にあってよいのは二冊。春華王が手元に置く一冊と宮殿奥に保管されるもう一冊のみである。故に失踪の兄が持ち去ったと思われる一冊は本来あってはならないものといえた。ただ常春は処分せずに探す手がかりとして残しておくことにする。
 常春の幼名は『白鳳』。兄の幼名は『飛鳥』。かつて生活の場では弟が兄を『アス兄』と呼び、兄が弟を『ハク』と呼んでいた。
 今はどのような名で生活しているのかわからないものの、混乱を避けるために兄については『飛鳥』に敬称をつけて呼ぶことにした常春である。ついアス兄と幼き頃の調子で表現してしまう常春だったが。
 調べた範囲では飛鳥と女官の間には子供がいるようだ。我が子を救う薬を手に入れるために飛鳥は純金製の文鎮を手放したらしい。
 飛鳥の家族が生活の糧としていたのは薬草。薬草師を生業としていた。住んでいた小屋に残っていた薬の材料や昔に飛鳥が薬作りに興味を持っていたところからの推察である。
 またいくつかの証言もあって飛鳥の家族は理穴の首都、奏生に向かったと考えられた。秋には豊穣感謝祭が行われて市がたくさんの行商人達で賑わう。薬を売り捌くにはうってつけの場所である。
 飛鳥の家族を探し求め、ようやく会えようとした場所で騒ぎが起こっていた。駆けつけた常春と開拓者達は賊と戦った。しかし残念ながら飛鳥を人質にされて飛空船で逃亡されてしまう。
 その後、飛鳥の妻である『棗』と息子の『高檜』は常春が用意した朱春内の隠れ家で匿われた。飛鳥親子を支えてきたもふらも一緒に。
 『曾頭全』と呼ばれる組織が飛鳥を攫ったといった棗の証言を得た常春は開拓者達と共に梁山湖の近くにある『知皆』へと向かった。隠れ住んでいる土地だと、かつて曾頭全に属していた棗が知っていたからである。
 調査のおかげでいくつかの事実が判明する。
 崖上の要塞跡で曾頭全の見張りがしていた会話によって飛鳥が曾頭全周辺にいることがほぼ確実といってよい。
 漁村周辺にあった謎の蔵については口が堅そうな漁民にいくらかのお金を渡して監視してもらっている。
 遙か昔より未だに採掘が行われている石切場は曾頭全の隠れ家の候補地だ。問題はあまりに広大なので目星をつけなければ調べることすら難しい。
 梁山湖で獲れるた朽葉蟹の取引値段は交易商人・旅泰の『緑勝』、『案特』、『藻波』の三商隊が決めていた。常春は曾頭全へと繋がる糸口だと期待していた。
 そしてもう一つ。知皆の薬屋が求める香木も重要な手がかりである。
 朱春で手に入れた香木では品質が条件に合わなかった。そこで常春は『妙体心草木』の記述を参考に鬼アヤカシが巣くう土地へ開拓者達と向かう。
 苦労の末、ジンコウジュの木から香木『黄熟香』を手に入れるのだった。


 常春は慎重に事前の段取りを整えた。
 知皆の薬屋には望まれる黄熟香の入手成功を手紙で認め、ほんのわずかな欠片を挟んでおいた。
 知皆の薬屋からの連絡はすぐに隠れ蓑とした朱春の材木屋へと届く。すぐにでも欲しいとの内容であった。
 兄を救いたい焦る気持ちを抑えながら常春は慎重に事を運ぶ。
 まずはわざと値を吊り上げて薬屋の出方をうかがった。金銭は問題ではないのだが、あまりに相手の言いなりだと素性を疑われるからだ。
「余程欲しいのか‥‥それとも本来の価値がこれ程なのだろうか‥‥」
 当初の買い取り価格の十倍をふっかけたところ、それで構わないとの返事があって常春は驚いた。
 とにもかくにも取引の場所と日取りは決まる。
 日取りは一週間後。場所は知皆だが薬屋ではなく朽葉蟹を出す飯店でとなる。
 常春はギルドを通じて懇意の開拓者に協力を求めるのだった。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
朱華(ib1944
19歳・男・志
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ


■リプレイ本文

●知皆
 赤く夕暮れに染まる梁山湖に面した知皆の町。
「そろそろ約束の時間だね」
 往来を歩く常春は黒の袖無し外套姿で中の長袍も黒である。さらに伊達眼鏡とつば広のジルベリア風の帽子を身につけていた。腰にはルンルン・パムポップン(ib0234)から誕生日のお祝いとしてもらった幸運のもふ根付け、柚乃(ia0638)からもらった常春そっくりのお守ちま人形がぶら下がる。
 玲璃(ia1114)、朱華(ib1944)、柚乃の三名は常春の護衛として同行していた。
「黄熟香が見つかってよかったね‥」
「みんなのおかげだよ」
 常春に話しかける柚乃は黒い帽子と外套、旗袍を纏っていた。狐のケモ耳をつけて猫族に扮しようとしたのだが、常春と話しているうちに薬屋へ出入りしていたのを思い出して取りやめたのである。首に巻かれた淡い色合いのマフラーの正体は管狐の伊邪那。もしもに備えて宝珠から出て待機中であった。
 常春も以前に薬屋と接触していたので猫族への変装をやめている。
「飲食物が出ましたら私が先に頂いて毒味をさせて頂きます」
 玲璃は市女笠を持ち上げて仲間達に顔を見せた。常春の願いで外套や単衣は黒く染まったものへと着替えていた。
「下手を打たないよう、気をつけないとな‥‥」
 朱華は笠を被り、伊達眼鏡とヴェールで人相がわからないよう工夫を凝らしている。やはり常春の希望で外套を含めて黒ずくめである。
 もうすぐ夜の帳が下りる頃で交渉には危険がつきもの。もしも闇に紛れる必要があるとすれば黒が一番だからだ。
「派手ですね‥‥」
 立ち止まった常春は玄関上の巨大な甲板を見上げる。
 店の名は『龍梁山飯店』。朽葉蟹の高級料理を出す店として地元ではそれなりに有名のようである。
「お待ちしておりました。ご案内致します」
 常春一行に店外で待っていた者が話しかける。
 その様子を別動班の何名かが遠くから確認する。
(「坊ちゃんの喜ぶ顔をみるためにも、私、頑張っちゃうんだからっ!」)
 ルンルンは龍梁山飯店に隣接する建物屋根に寝そべって玄関周辺を見下ろしていた。屋根の色に近い被っている布は寒さ対策にも有用である。
「ぷっふぁ〜助かるのにゃ♪」
 パラーリア・ゲラー(ia9712)が隠れていたのは道沿いにあったもふら用の小屋。藁が敷かれている上に寝転がるもふらの親子の間に挟まれているので、ぬくぬくのもふもふである。
 小屋は鷲の目を使えば龍梁山飯店の正面を監視できる位置にあった。人に気づかれそうになった時は埋伏りでやり過ごすパラーリアだ。
(「ようやく尻尾を掴める所まで来ましたし、絶対に失敗は出来ませんね」)
 伊崎 紫音(ia1138)は龍梁山飯店の斜向かいにある点心専門店で料理を摘みながら龍梁山飯店を監視する。
(「今度こそ飛鳥さまの居場所を探りましょう」)
 一人、龍梁山飯店の裏側を見張っていたのがライ・ネック(ib5781)。わずかに見えるルンルンと合図を出し合って情報を交換するのだった。

●龍梁山飯店
 常春一行は店内奥の豪華な客室へと通された。
 個室で待っていたのは取引相手らしき龍の仮面を被る小太りな中年男性と虎の仮面を被る体格のよい護衛七名。交渉相手だったはずの薬屋の主人の姿はなかった。
「貴重な黄熟香を譲って頂けるとのこと。そちらの素性を探らない代わりに、こちらも秘密で通させて頂きたく‥‥よろしいか?」
「了解した」
 龍仮面の男の提案を常春は承諾する。常春一行全員が帽子をとることなく逆に深く被って顔を隠す。
 黄熟香は護衛の三名が肩に掛けているベルト付の細長い筒に入っていた。取引相手が奪おうとしてもどれが本物の黄熟香かわかりにくくするための常春の策である。偽物にもいくらかの欠片で香りを放つように細工されていた。
「まずはこちらを」
 龍仮面の男は常春に薬屋からの委任状を確認させる。用が済むと暖炉へと投げ捨てた。
 常春が代金として要求したのは金塊。別々の卓で黄熟香と金塊の確認が行われる。それぞれ確認するのは受け取る側だ。
(「背丈を少し高くする分には不自然さはないだろうが‥‥」)
 朱華は黄熟香を調べる虎面の男が飛鳥ではないかと疑ってみたが、どうやら別人のようであった。
「水に沈ませます」
 玲璃は常春に教わった通りに金塊が本物かどうかを調べる。様々な細工で誤魔化されているかも知れないので比重を調べるやり方だ。
 個室には緊張の空気が張りつめていた。
 わずかな物音だけが響いて無駄口が一言も呟かれない。時折、隣室から届く微かな笑い声が余計に静けさを強調する。
 確認が終わって取引も終了。龍仮面の男は食事を勧めるものの常春は断った。毒殺が第一に頭の隅にある。そうでなくても消される危険が大きかった。
 外までの案内として虎仮面の男二名が同行した。
「すみません。厠はどちらですか‥?」
 廊下に出た柚乃は通りすがりの店員に訊ねる。
 ぶっきらぼうな態度の店員が厠の位置を指し示す。本来ならば腹が立つところだが常春一行にとっては好機といえた。間抜けな店員のおかげで抜け道を教えてもらったようなものだからだ。
 先に厠へと入った柚乃は窓から管狐の伊邪那を外へ放って様子を探らせる。周囲に見張りは立っていたものの厠付近を監視している者はいなかった。
 柚乃は中に入っての意味を込めて壁を静かに叩く。それを耳にした朱華と玲璃は同行していた虎仮面の男二名を気絶させる。すぐに厠へと侵入。全員で窓から脱出するのだった。

●煙に巻く
 外はすでに夜。暗がりの中を家々から洩れる灯りを頼りして常春一行は駆ける。追っ手の気配が素人の常春にもはっきりとわかった。
 追跡の理由は容易に想像出来る。黄熟香を欲していた事実の隠蔽と金塊が惜しくなったに違いなかった。
 今後も関係を持つつもりがあったのなら、あるいは生かして帰したのかも知れない。しかし今回限りの取引相手でかつ遠方の来訪者など大事にしても無意味。土地の有力者なら簡単に葬り去れるはずである。常春が若輩なのも理由の一つに数えられるだろう。
 土地勘がある配下達ならば簡単に金塊を取り返せると龍仮面の男は考えているに違いなかった。
「今になって金が惜しくなったってわけか‥‥」
 殿の朱華が後方に目をやる。少なくとも五名の追跡者を確認した。
「普通の道を通る分には先回りされるかも知れません。ここは一つ、大胆な方法でいきませんか?」
「どんなやり方です?」
 玲璃は返事をするよりも早く常春を背中に担いだ。次に小屋の上へと跳び、並んで建っていた家の屋根へ。柚乃と朱華も続く。
「お願い‥‥」
 柚乃は管狐の伊邪那に監視を頼んだ。周囲の状況に目を光らせてもらう。
 次々と屋根から屋根へと飛び移った。悲鳴をあげないように常春は自分の腕を噛んで必死に堪える。
 地上を駆ける追っ手の引き離しには成功した。だが屋根まで追いかけてきた虎仮面の二名は未だ後方から消えていなかった。
「志体持ちだろうな」
「柚乃もそう思う‥‥」
 朱華と柚乃の考えが一致する。玲璃と常春も異論はなかった。
「これから先は作戦参に変更です」
 常春の指示に開拓者三名が頷いた。
「常春クンを守るっ」
 柚乃は飛び移った先の屋根の端で立ち止まって振り向いた。まだ宙を跳んでいた虎仮面・壱へと白霊弾を放ち、見事当てて屋根への着地を失敗させる。
 その間に虎仮面・弐が柚乃に追いつこうとしていた。
 虎仮面・弐の跳躍力は凄まじく、柚乃に命中する勢いで足を伸ばす。
 柚乃の背中に蹴りが当たろうとした瞬間、淡い色の塊が虎仮面・弐の左膝にぶつかって落下の軌道を逸らした。姿勢を崩した虎仮面・弐が屋根板を壊しながら転倒する。
 淡い色の塊の正体は管狐の伊邪那。柚乃と伊邪那は見事な連携をみせた。
 まだ動ける虎仮面・壱が呻き声をあげる虎仮面・弐に駆け寄ろうとした。
 その背後に影が忍び寄る。
 虎仮面・壱が振り向いて小刀を抜こうとしたときにはもう遅かった。影は朱華。朱華が雁金で抜いた刃が虎仮面・壱の頬を撫でる。
「静かに武器を捨てろ」
 朱華は虎仮面の男両名を拳で気絶させた。
 常春を背中から下ろした玲璃が走馬灯で記憶を断片を探ろうとする。
 しかし危険が伴う上に取引先の正体が必ず判明するとはいえない状況。それに相手を殺せば余計な恨みを買う。どうしてもの場合はやむを得ないが今はその状況ではなかった。
 常春逃げるのを優先してやめさせる。そして全員で知皆を脱出するのだった。

●尾行
 取引班の脱出を真っ先に知ったのは龍梁山飯店の裏側で見張っていたライである。
(「どうかご無事に」)
 ライは小石を投げて取引相手の見張りの注意を引きつけ、取引班の脱出を手助けする。その後は表側を監視するルンルンに取引班が脱出したと連絡。ルンルンの合図によってパラーリアと伊崎紫音も知ることとなる。
 まもなく龍梁山飯店の正門付近に待機していた取引相手側の見張りの動きが慌ただしくなる。取引班の脱出を知ったようだ。
 大半の見張りが取引班の追跡を開始。二名だけが残って店内から出てきた者達と合流。店に横付けされた三両の馬車へと分かれて全員が乗り込んだ。全員が顔に仮面をつけていた。
「この追跡、絶対にばれるわけにはいかないから」
 ルンルンは屋根伝いに馬車を追いかける。奔刃術も駆使して先回りをしながら見逃さないように。
「交代で追跡しようと考えていましたが、馬車が相手ではちょっと無理なようですね」
 伊崎紫音はルンルンの動きを基準にして別の道から併走するように馬車を追う。
「どこまでいくんだろ〜? 町の外におうちがあるのかな?」
「町中は追いかけやすいですが、郊外に出られると困りますね」
 パラーリアとライはルンルンとは反対側になる屋根の上を駆けていた。
 体力勝負になるのを覚悟して事前の相談通りに尾行役を交代しながらの作戦を続行する。
 知皆の郊外に出るとルンルンと伊崎紫音は馬車列の左側、ライとパラーリアは右側を走った。馬車列からそれぞれ百メートルは離れての併走なので見逃さないよう気をつかう。
(「道に沿って進んでいるのにゃ」)
 右側担当のパラーリアは岩に隠れながら鷲の目で馬車列を観察する。見えなくなったら全力疾走。先方で見張っているライを追い越して予想した位置で馬車列が来るまで隠れて待機した。
(「どこまで行くのでしょうか。まだはっきりとわかりませんね」)
 ライもまた馬車列が見えなくなったら駆けてパラーリアを追い抜くといったことを繰り返す。左側担当のルンルンと伊崎紫音も同じように馬車列の監視と追走を続けていた。
(「で、出来る限り‥‥役に‥‥」)
 郊外に出てから約二時間。全力で走っては止まってをこなしてきた伊崎紫音に限界が近づいてくる。
「この進み方だとおそらく石切場に向かっていると思います。後は任せて」
 ルンルンが馬車列が向かう先を推理して伊崎紫音に伝える。伊崎紫音は少し休んだ後で近道から一人石切場へと向かうこととなった。
 三人体制になったが馬車列を見失わずに済む。途中からかなり荒れた道のせいで馬車列が遅く走るようになったおかげである。
 さらに一時間後、馬車列がようやく停車した。ライ、パラーリア、ルンルンは大木の太い枝の上へと集まって小声で相談する。
「やはり石切場だったようです。ですけどここは初めてです。それだけ広いってことですね」
 ルンルンは以前に調査で石切場へ立ち寄ったことがある。報告済みだが改めて説明する。
「‥‥‥‥あそこにわかりにくいけど岩盤をくり抜いて造った小屋みたいなものがあるよ〜。何だろ?」
 パラーリアが鷹の目で馬車列が停まった周辺を観察した。小屋の中から現れた二人が馬車列へと近づいて何かを話している。
 ルンルンとライが超越聴覚で耳を澄まして聞き取った。小屋の二人は非常に丁寧な挨拶をしている。馬車に乗っている人物は小屋の二人にとって偉い人物のようだ。
「移動を開始しましたね。ついてきてください」
 ライが先頭になって徐行する馬車を離れたまま追いかける。五十メートル程移動して停車。小屋の二人が岩盤の前でせわしなく動く。やがて岩盤の一部が左右に割れて、坑道が出現した。
 三両の馬車列が坑道内に入ると小屋の二人が岩盤を閉じて戻っていった。
 誰もいないのを確かめた後でルンルン、ライ、パラーリアは岩盤へと近づいた。
「あのー」
 突然の声に別動班の三名は背筋を寒くしたがすぐに気がついた。声の持ち主は伊崎紫音であった。岩盤の窪み奥に隠れていたのである。
 近道で先に到着し、寒さ凌ぎに窪みに隠れていたら馬車列が目の前に停まってびっくりしたと伊崎紫音は語る。
「忘れないうちにメモをとっておかないと」
 伊崎紫音は小屋の二人がやっていた岩盤の開け方をこっそり間近で見ていた。
 左右に割れた岩盤下部の小さな穴が実は鍵穴。まず同時に鍵を差して右に回す。さらに填め込まれた多数の四角い岩板を決まった順番で動かすと岩盤が開閉する仕組みである。
 四角い岩板を動かす順番は複雑だったがすべて記憶していた伊崎紫音だ。
 坑道内に踏み入ってみたい気持ちにかられた別動班であったが、取引班が心配なこともあって引き揚げる。
 日が変わっての深夜、無事全員が待ち合わせの知皆の郊外で合流。遠方に隠しておいた貸し飛空船で帰路に就くのだった。

●そして
 一行は泰国の帝都、朱春にある常春の隠れ家へと立ち寄った。そこで改めて情報の整理が行われた。
「鍵を二本手に入れる必要はありますけど、小屋にあるのはわかっているので大丈夫ですね」
 伊崎紫音が岩盤の開け方を説明し終わる。
「その坑道の奥がきっと曾頭全の隠れ家で、アス兄が‥‥」
 別動班が辿り着いた坑道の奥にきっと兄の飛鳥がいるに違いないと考える常春だ。
「‥‥そうだ。もふ根の付けとちま人形のお守りありがとう。怪我一つなかったよ」
 思い出した常春はもらったお守り二つを指先で揺らした。
「坊ちゃん、もうすぐですよ!」
 ルンルンは空いていた常春の手をぎゅっと握る。
「よかった‥」
 柚乃は照れた様子である。
「出来たよぉ〜♪ 棗おねえさんと高檜くんも手伝ってくれたのにゃ♪」
 パラーリアが飛鳥の妻『棗』と息子の『高檜』と一緒に運んできたのは常春の誕生日を祝うためのケーキだ。
 生クリームと苺をふんわりと焼いたスポンジ生地で巻いたもの。パラーリアは苺フルーツロールと呼んでいた。
「そうか。十六歳になるのか」
 朱華は常春の肩に手をのせて祝いの言葉をかける。
「常春さま、おめでとうございます」
「後で祝いの舞いを踊らせて頂きますね」
 ライと玲璃も食べる準備を手伝ってくれる。
 深夜、常春の誕生日を祝った開拓者達は精霊門で神楽の都へ帰って行くのだった。