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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。 帝都の名は朱春。 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位に就き、今もまだ少年であった。 地方の老舗お茶問屋『深茶屋』の御曹司、常春。そう名乗ってきた常春の正体は泰国の春華王、その人である。 約一ヶ月前、失踪中の兄を探すにおいて懇意の開拓者達に正体を明かす。ただ一般には伝わらないよう秘密にしてもらう約束で。 呼び名についても変わらず常春と呼んで欲しいと開拓者達に願う春華王である。 前春華王である常春の兄はさる女官と駆け落ちして姿を消していた。その足取りは長く不明であったが、常春が偶然に見かけた純金製の文鎮を切っ掛けにして露わになる。 しかし向かった先にはすでにもぬけの殻となっていた。探す途中で手に入ったのは書物『妙体心草木』。泰国薬の秘伝が記されたもので、泰国の仕来りとして本来ならばこの世にあってよいのは二冊。春華王が手元に置く一冊と宮殿奥に保管されるもう一冊のみである。故に失踪の兄が持ち去ったと思われる一冊は本来あってはならないものといえた。ただ常春は処分せずに探す手がかりとして残しておくことにする。 常春の幼名は『白鳳』。兄の幼名は『飛鳥』。かつて生活の場では弟が兄を『アス兄』と呼び、兄が弟を『ハク』と呼んでいた。 今はどのような名で生活しているのかわからないものの、混乱を避けるために兄については『飛鳥』に敬称をつけて呼ぶことにした常春である。ついアス兄と幼き頃の調子で表現してしまう常春だったが。 調べた範囲では飛鳥と女官の間には子供がいるようだ。我が子を救う薬を手に入れるために飛鳥は純金製の文鎮を手放したらしい。 飛鳥の家族が生活の糧としていたのは薬草。薬草師を生業としていた。住んでいた小屋に残っていた薬の材料や昔に飛鳥が薬作りに興味を持っていたところからの推察である。 またいくつかの証言もあって飛鳥の家族は理穴の首都、奏生に向かったと考えられた。秋には豊穣感謝祭が行われており、市がたくさんの行商人達で賑わっている。薬を売り捌くにはうってつけの場所である。 飛鳥の家族を探し求め、ようやく会えようとした場所では騒ぎが起こっていた。駆けつけた常春と開拓者達は賊と戦った。しかし残念ながら飛鳥を人質にされて飛空船で逃亡されてしまう。 その後、飛鳥の妻である『棗』と息子の『高檜』は常春が用意した朱春内の隠れ家で匿われた。飛鳥親子を支えてきたもふらも一緒である。 『曾頭全』と呼ばれる組織が飛鳥を攫ったといった棗の証言から、常春は開拓者達と共に梁山湖の近くにある『知皆』へと向かった。 曾頭全が隠れ蓑にしている土地だと、かつて所属していた棗が知っていたからである。 様々な調査のおかげでいくつかの事実が判明した。 崖上の要塞跡で曾頭全の見張りがしていた会話によって飛鳥が曾頭全周辺にいることがほぼ確実になった。 漁村周辺にあった謎の蔵については口が堅そうな漁民にいくらかのお金を渡して監視してもらっている。 遙か昔より未だに採掘が行われている石切場は曾頭全の隠れ家の候補地だ。問題はあまりに広大なので目星をつけなければ調べることも難しい。 梁山湖で獲れるた朽葉蟹の取引値段は交易商人・旅泰の『緑勝』、『案特』、『藻波』の三商隊が決めていた。常春は曾頭全へと繋がる糸口だと期待していた。 そしてもう一つ。知皆の薬屋が求める香木も重要な手がかりであった。 ● 知皆の薬屋が欲していた香木は田舎町で望むにはあまりに貴重で高価な代物であり、それ故に薬草学に詳しい飛鳥が注文した品と思われた。 囚われの身の立場で何故といった疑問も浮かぶかも知れないが、曾頭全が飛鳥を頂にしたいのであれば懐柔が必須。なら彼が望む品なら手に入れてくれるはずだと考えられたのである。 具体的には『黄熟香』と呼ばれる香木であり、『ジンコウジュ』と呼ばれる木から採れるようだ。朱春で入手した黄熟香を密偵に渡して知皆の薬屋の動きを探ってみた常春だったが、どれも粗悪品だといって取引には至らなかった。 (「おかしい‥‥」) 春華王たる常春が用意した黄熟香は高品質のはずだった。悩む常春だったが泰国薬の秘伝が記された『妙体心草木』を熟読してみると気になることが記されている。 泰国南部のある森林地帯に特異のジンコウジュが生える土地があるという。そこで採れるものこそ優れた香木だと。 曾頭全をおびき寄せるにはこの黄熟香が必要だと常春は覚悟を決める。 その森林は現在、鬼のアヤカシが多数巣くうという。常春は向かうべくギルドで依頼し、開拓者を募るのだった。 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
朱華(ib1944)
19歳・男・志
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●いざ森へ 眼下に広がる広大な泰国南部の森林地帯。大型飛空船『春暁号』は木々を避けられるわずかな土地を探して着陸した。 ここから何キロメートルか奥へ向かうと鬼アヤカシが多数出現するといわれている。同時にその土地は非常に稀な香木・黄熟香の基となる『ジンコウジュ』の自然繁殖地域。天帝の春華王ですら入手が難しい貴重な香木。 兄の飛鳥を救うために常春こと春華王はこの地にまで開拓者達と共にやってきたのである。 常春は下船すると真っ先に空へ向かって狼煙銃を撃つ。 「常春くん、ただいまなのにゃ〜♪」 「おかえりなさい。どうでした?」 しばらくしてパラーリア・ゲラー(ia9712)が森から姿を現す。航行途中で見つけた集落近くに一人で飛び降りて情報収集をしてきてくれたのである。先程の狼煙銃は着陸場所をパラーリアに知らせるための目印だった。 集落で得られた情報によれば、数十年以上前から鬼アヤカシがより凶暴になっているらしい。それと大まかだが集落に伝わるジンコウジュの木が育つ地域もわかる。約直径十キロメートル円の森林内であり、妙体心草木の記述を裏付けるものである。 「坊ちゃん、黄熟香は何に効く薬になるんでしょう? 飛鳥さんが欲しがっているぐらいですから、特別なものですよね。きっと」 ルンルン・パムポップン(ib0234)はふと脳裏に浮かんだ疑問を常春に問う。 「妙体心草木によれば人心掌握に使うものみたい。高貴な香りで誰もが欲しがるからなのか、それとも実際に言いなりにまで出来るのかどうかそれまではわからないんだ。伝説みたいなものだから」 「わかりました。お兄さんを助け出す為にも、黄熟香をバッチリ見つけましょう! ‥‥私、何が来ようとしっかり護っちゃいますから♪」 笑顔で常春を励ますルンルンである。アーマーケースを担いで元気よく声をあげた。 「進みながら常にアヤカシを探らせて頂きますので、どうか私の近くから離れないでください」 「わかった。よろしくね、玲璃さん」 玲璃(ia1114)は『瘴索結界「念」』で瘴気を感じながら森を歩むつもりである。危険を避けるために常春には側にいてもらう。 「アヤカシではなくて修羅なら、お願いして手伝って貰ったりできるのに。香木はあまり詳しくないですけど、結構独特な匂いですね」 伊崎 紫音(ia1138)は忍犬・浅黄に話しかけながら黄熟香を嗅がせていた。 こちらは少しでも参考になればと常春が用意した黄熟香である。首都・朱春で購入したのだが、これでも香木の求道者達によれば中の上程度の質のようだ。実際、少量にも関わらずかなりの金額だった。重量比でいえば黄金よりも高価である。 「ではお借りしますね。さあルプス、こちらです。これと似たものを手に入れたいのです」 ライ・ネック(ib5781)も忍犬・ルプスに黄熟香のにおいを覚えさせる。忍犬二頭に加えてパラーリアの猫又・ぬこにゃんにもにおいを嗅いでもらう。 常春一行は春暁号の留守番を高鷲造船所の者達に任せて深い森の中へと足を踏み入れるのであった。 ●行く手を阻む森 「すぐ近くに瘴気は感じられませんが、注意を怠らぬようお願いします」 玲璃は振り返って仲間達に注意を促す。 玲璃が術で瘴気を探り、パラーリアとライが木の上から遠方を監視する形で一行は奥へと進んでいた。 暖かい気候なので冬でも青々とした草木が繁っている。それらが一行の行く手を阻んだ。 「坊ちゃん、少し待ってくださいね」 パラーリアからの合図を知ったルンルンが足を止める。 春暁号を離れて一時間後、最初の鬼アヤカシと遭遇した。鹿を追いかけていて、こちらに気づく様子もなかったので目立たないようにしてやり過ごす。 「どうですか? 飛鳥さんを助けるための黄熟香は香りましたか?」 伊崎紫音に訊ねられた忍犬・浅黄は耳を小さくし、尻尾を丸めてわからないと表現する。 「わかりますか?」 ライの忍犬・ルプスも似たような反応である。ライ自身は超越聴覚を用いてアヤカシの索敵に一役買っていた。 「樹液に集まる虫さんも見つからないよ〜。猫又さんはどう思うのにゃ?」 パラーリアは枝から枝へと飛び移りながら猫又・ぬこにゃんとお喋りをする。そしてにおいは風に乗ってやってくるものだといった猫又・ぬこにゃんの言葉で閃いた。 「えっと‥‥」 パラーリアは樹木の天辺までよじ登ってから人差し指を舐めて掲げ、風向きを調べる。そして地上に降りると自分の考えを仲間達に伝えた。 「なるほど、理にかなっています。確かにこういう場合は風下から探すべきだね」 常春が頷く。 現在の位置からするとジンコウジュの木があるといわれている地域は南の方角。パラーリアが確かめた風は現在、北北東から南南西へと流れている。つまり大まかにいって追い風。逆に南から北へと進み、向かい風の状態で探した方がにおいがわかりやすいのではないかとパラーリアは考えたのである。 危険な地域を避けてひとまず大外回りで探索予定地域の南側へ移動する。その間でも、においには注意を傾けた。 鬼アヤカシとはほとんど遭遇せずに無事南側へと辿り着いた。ただとても密集した森であったためにかなりの時間を要す。 まだ日は暮れていなかったものの、一行は早めに野営の準備を行った。 暖かい地方であったが冬には違いなく夜は冷える。枯れ草で温かくなるよう工夫を凝らして一晩を野外で過ごす一行であった。 ●こっそりと 新しい日が昇る。 昨日のうちに南側へと迂回した常春一行は再度危険な地域へと足を踏みいれた。 (「こんなものが‥‥」) 常春はそびえる石塔の横を通り過ぎながら見上げる。 草木に隠され、蔓が絡まりながら森の中には遺跡が存在していた。興味はあるのだが残念ながら今は調べている余裕はなかった。 鬼アヤカシ共は一部の遺跡を住処としているようである。 森に迷い込んだ人々を捕らえては喰らう。または遠征して集落を襲っているのだろうと常春は想像しながら一歩一歩前へと進んだ。 戦闘を避けるために草むらで息を潜める機会も多かった。 近くにあった葉っぱに鼻をくすぐられて常春はクシャミをしそうになる。そんな常春の口をルンルンが両手で塞いでくれて事なきを得た。逆の機会もあって今度はルンルンのクシャミを常春が止めた時もあった。 さすがに食事に時間を割く余裕はなく、伊崎紫音が事前に作ってくれた小柄なおにぎりを数分のうちに頬張る程度で済ませられた。 玲璃が急速に近づく鬼アヤカシの集団を察知。即座の機転によって全員が大木に登ってやり過ごす。眼下では二十を超す鬼アヤカシが屯っていた。 巨体の鬼アヤカシが棍棒を振り上げて雄叫びをあげる。呼応して他の鬼アヤカシ共も声を張り上げた。 ライは鬼アヤカシの集団に悟られないよう物音を立てずに木から木へと移動。より広範囲の状況を知った上で打開策を思いつく。 一行は隙をみて一番手薄な方角へと脱出する。その際、パラーリアが常春を抱えて跳んでくれた。 いくつもの危険を乗り越えながら黄熟香探しは続いた。パラーリアが集落で特徴を教えてもらったジンコウジュの木を途中で何本か発見したものの黄熟香は採取出来なかった。 常春は次こそはと闘志を燃やす。諦めることは許されない。それは兄の飛鳥を見捨てるのと同義であったからだ。 進展があったのはその日の夕方頃である。 伊崎紫音の忍犬・浅黄、ライの忍犬・ルプスの二頭が黄熟香らしきかおりがあるといった反応を示した。 常春が所持していた黄熟香は丁寧に密封されていたのでまず間違いなかった。ただ人の鼻ではまったくわからなかったので、かなり遠くだと判断して焦らず休むことにした。 鬼アヤカシの徘徊から判断して地上での野営は難しい。木の上で一晩を過ごすこととなる。眠るときは太めの枝が分かれているところで横になるしかなかった。落下に備えて身体を縄で木に縛り付ける。 (「アス兄‥‥今はどうしているんだろう。大丈夫だとずっと思っていたけど‥‥もしかして酷い目にあっているんじゃ‥‥‥‥」) 常春はなかなか寝付けずに太枝の上で寝転がったまま、夜空の月を眺めていた。 「常春くん、心配なのにゃ? 飛鳥おにいさんなら大丈夫だよ〜。今頃おなかいっぱいですやすや寝ているよ♪」 見張りをしていたパラーリアが常春に小さく声をかけた。すると他の仲間達も起きて常春を励ましてくれる。 「坊ちゃん、きっと明日には黄熟香が見つかります。そうなったらこんな森、とっとと逃げちゃいましょうね♪」 ルンルンは枝に足を引っかけて逆さまになりながら常春へと微笑んだ。 「ルプスの鼻はとても利きますので。安心してお休みください」 ライは忍犬・ルプスの背中を撫でながら頭上の枝で寝ている常春を仰ぐ。 「たった今探りましたが周辺に鬼アヤカシはいないようです」 玲璃は常春にもう一枚毛布を貸してくれる。 「帰りの飛空船での料理はがんばりますね。美味しいものたくさん食べて、黄熟香の入手を祝いましょう」 伊崎紫音は常春に料理の希望を訊ねた。常春は春巻きが食べたいと伊崎紫音にお願いする。 「みんな、ありがとう‥‥」 常春は涙がこぼれ落ちるのを我慢しながら仲間全員にお礼をいうのだった。 ●黄熟香 三日目早朝。南へと向かおうとする逸る気持ちを抑えて一行は黄熟香探しに手堅い一手を打つ。 「探ってきますね」 「途中で引き返してきますので」 伊崎紫音は忍犬・浅黄を連れて東に、ライは忍犬・ルプスで西へと向かった。等間隔で黄熟香のにおいの強さを推し量るために。 護衛として伊崎紫音にはパラーリアが同行。ライには玲璃が。常春を守るため中心地点に残ったのはルンルンであった。 結果、黄熟香のものと思われるにおいが強いのは、東方面の約一キロメートル先前後。風向きは昨日、一昨日と殆ど変わらず南南西方面へと吹いていた。一行は東に一キロメートル移動してから南南西方面へと探索を再開する。 突然頭上から落下して奇襲をかけてきた鬼アヤカシ二体と戦ったのがルンルンとパラーリアである。 「さらなる注意が必要みたいですね、坊ちゃん」 ルンルンは木の幹を次々と足で蹴って跳ね、鬼アヤカシを翻弄させながら名刀「エル・ティソナ」で斬り倒す。 「きっともうすぐなのにゃ」 パラーリアはガトリングボウによる連射で一気に鬼アヤカシ一体を沈めた。 「さあ、今のうちに」 瘴気を探りなおした玲璃が道先案内をする。 少数の鬼アヤカシは速攻で倒し、多い場合は出来るだけやり過ごして進み続けた。 やがて忍犬の浅黄、ルプスに続いて猫又のぬこにゃんも黄熟香のにおいを感じるようになる。 さらに一時間後、開拓者や常春もかすかに感じ始めた。香辛料のような黄熟香のものと思わしきにおいを。 急いで周辺を探す。そして常春ははっきりとしたにおいを嗅いで立ち止まる。振り向けばジンコウジュの木。枝一本の一部分が他とはまったく色が違っていた。 「みんな、これじゃないかな?」 常春は仲間を集めて黄熟香以外に考えられないとの意見で一致する。 「結構、大きいですね。とても静かには伐りだせそうにありません」 ルンルンは背中からアーマーケースを降ろす。そしてX2ーG『影忍』の起動準備を開始する。 「戦力を補充致しましょう」 玲璃は宝珠から管狐・紗を出現させる。そしてこれから鬼アヤカシとの戦いが始まる旨を伝えた。さらに全員に加護結界をかけて一時的にせよ守りを強化する。 「任せるのにゃ。常春くんには近づけさせないよ〜」 パラーリアはジンコウジュの木に登って戦弓を構える。猫又・ぬこにゃんにはすぐ近くの常春の護衛を頼んだ。 「ここなら狙いやすいですね」 伊崎紫音はジンコウジュの木の周辺で地断撃が放ちやすい草木があまり生えていない場所に陣取る。忍犬・浅黄とは共に戦う覚悟だ。 「悟られない間に瘴気へと戻してしまいましょう。わかりましたね、ルプス」 ライは忍犬・ルプスと連携して鬼アヤカシを倒すつもりでいた。森には隠れられる場所が無数にあった。 準備が整ったところで常春はジンコウジュの木の上で小斧を振り下ろす。黄熟香になっている枝の根本へと深く突き刺さった。 小気味よい打撃音が連続して響き渡る。 当然その音は遠くの鬼アヤカシにも聞こえるはずである。恐ろしい敵が集まってくるのは必然の状況下だ。 開拓者達は常春が伐り終わるのを息を呑んで待ち続けた。丁寧に伐らないと価値が半減してしまうため、一番勉強してきた常春がやらなければ意味がない。 望めるのならば鬼アヤカシが寄って来る前に黄熟香を手に入れて脱出したいところだが、現実は甘くなかった。 まるで風のように、涎を垂らしながら斧の響きを耳にして鬼アヤカシ共は集まってきた。 戦いは始まった。 駆ける一体の鬼アヤカシが突然反り返りながら転倒。パラーリアの矢が額に命中したからである。 土煙をあげながら吹き飛ぶ鬼アヤカシもいた。伊崎紫音の地断撃が炸裂する。 戦闘が始めれば静かにしている必要はなかった。玲璃は仲間達に迫る鬼アヤカシの状況を叫んで伝えた。 ライは次々と草むらへと鬼アヤカシを引き込んで一体ずつ確実に仕留めてゆく。忍犬・ルプスもライを手伝ってアヤカシの喉笛を噛みちぎっていった。 巨体の鬼アヤカシと対峙したのはアーマー・X2ーG『影忍』を身に纏ったルンルンだ。 「ロケットラーンス‥‥そして、必殺電光螺旋拳どりるくらっしゃー!」 影忍の獣騎槍と鬼アヤカシの鉄棍棒がぶつかり合い、激しい火花が飛び散る。まるで爆発のような打撃音が何度も繰り返された。 「終わりました! 黄熟香は手に入れました!!」 常春が黄熟香が入った袋を背負うと仲間達に向けて声を張り上げた。即座に持久戦から撤退へと開拓者達の動きが変わる。 殿として影忍のルンルンが最後までその場に残り、ある程度仲間達が逃げるまで踏み止まった。頃合いを感じて自らも撤退。細い木は避けずにへし折りながら仲間達の後を追いかける。 合流したところで急いでアーマーケースに影忍を収納。遭遇する鬼アヤカシはすべて無視してひたすらに脱出を試みた。 鬼アヤカシをはね除ける際、少々の手傷は気にしなかった。玲璃の精霊の唄で治療すれば問題はないと。 追ってくる鬼アヤカシはかなりの数に上ったが、地域を跨ぐある一線を越えると激減する。鬼アヤカシにとって何かしらの行動の縛りがあるようだがおかげで窮地を凌ぐことが出来た。 一行は無事、大型飛空船『春暁号』へと帰還するのだった。 ●そして 「すごいな。本当に春巻きを作ってくれたんだ!」 「どうぞ、召し上がってくださいね」 その日の夕食は常春の要望通りに春巻きが並んだ。食材は途中で立ち寄った村で購入して伊崎紫音が調理してくれたのである。 「じゃんじゃじゃ〜ん♪ 常春くん、メリークリスマスなのにゃ♪」 パラーリアは用意してあったクリスマスクッキーとクリスマスプティングを食卓に並べた。苺は手に入らなかったものの、牛乳から作った生クリームでデコレーションが施されていた。 「ありがとう! では」 仲間達と分けて常春はプティングを頂いた。 「んと、来年は必ず飛鳥おにいさんを助けてみんなでクリスマス会しよ〜♪」 「そうだね。絶対にそうしよう」 パラーリアに常春が強く頷いた。 「常春坊ちゃんのためなら例え火の中水の中、ニンジャは平気なのです!」 ルンルンは自らの胸をどんと叩く。むせてしまったのはご愛敬だ。 「黄熟香は無事手に入りました。後はこちらをどううまく使うかです」 玲璃は黄熟香が仕舞われた袋へと振り返る。 「これで、飛鳥さんの手がかりが掴めると良いですね」 伊崎紫音は常春に御飯のお代わりをよそってあげる。 「知皆の薬屋との交渉、うまくやりましょう」 お腹が空いていたようでライも春巻きをたくさん食べていた。 開拓者達の奮闘のおかげで、兄の飛鳥を救うための重要な鍵を手に入れた常春であった。 |