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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。 帝都の名は朱春。 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位に就き、今はまだ十四歳の少年である。 宮殿奥の『青の間』。 いつものように春華王は絵筆を振るう。先程観たばかりの宮殿内に植えられた梅の木を思い出しながら。 この時期、梅は艶やかな花を咲かせていた。 出来るならば庭で描きたいところだが、それもままならない。行事として花見は行ったものの、絵を描く機会は得られなかった。少しでも伝統から外れた行動をとろうとすると様々な方面から邪魔が入る。天帝とは何かと窮屈なものであった。 「これから見事に咲き乱れる遅咲きの梅の園があると聞く。次はそこに参ろうと思う」 春華王は茶を淹れてくれた侍従長の孝亮順に話しかける。 「お止め頂きたいのは変わりませんが‥‥。仕方ございません。せめてこの前のように護衛する開拓者のご同行をお許し頂きたく」 「あの者達は心優しき者達であった。一緒ならば楽しい旅になるであろう。何やら梅の園には紅梅の饅頭もあると聞く。土産に買ってまいろう」 「お気持ちはうれしゅうございますが、ご無事で帰って頂ける事ことが何よりの土産」 春華王と亮順のやり取りはしばらく続いた。 その日の夕方には泰国の開拓者ギルドを通じて一つの依頼募集が始まる。商人の御曹司・護衛募集とされていたが、その内実は違った。実際には泰国の天帝『春華王』の護衛である。 影武者の少年と入れ替わっての春華王の旅がまた始まろうとしていた。 |
■参加者一覧
柚月(ia0063)
15歳・男・巫
紅(ia0165)
20歳・女・志
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
久万 玄斎(ia0759)
70歳・男・泰
富士峰 那須鷹(ia0795)
20歳・女・サ
純之江 椋菓(ia0823)
17歳・女・武
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
奈良柴 ミレイ(ia9601)
17歳・女・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●出発 まだ薄暗い早朝の泰国帝都、朱春近郊の飛空船基地。一人また一人と春華王と旅する仲間が集まり始めていた。 「ほえ〜! こんな大きな飛空船をちゃ〜た〜できるなんて常春くんはお金持ちなんだね〜」 両腕を広げながら見上げるパラーリア・ゲラー(ia9712)は飛空船の大きさに目を丸くする。向かう人数からして中型の飛空船を想像していたのだが、これから乗り込むのは大型であった。 「大きい? そ、そうですね。少し大きすぎたかも知れません。まあ大は小を兼ねるといいますし――」 春華王は身分を隠して開拓者達に『常春』と名乗っていた。仮の姿は地方の老舗お茶問屋『深茶屋』の御曹司である。 「常春、久しぶりっ」 「あ、柚月さん」 足取りも軽く近づいてきた柚月(ia0063)と常春は握手をする。 「今回も傍で遊‥‥もとい、護衛するよっ」 再会の嬉しさに顔を綻ばせる柚月である。 「坊ちゃん久しぶりじゃのう」 「! な、何でそこに!」 突然背後から声をかけられて常春は慌てふためいた。犯人は久万 玄斎(ia0759)。常春の様子に『かっかっかっか』と破顔一笑する。 全員が集まったところで挨拶もそこそこに大型飛空船へと乗り込んだ。間もなく離陸して船首を目的地へと向ける。 「梅の花の花見、か。あんまり縁がないから楽しみだね。そう言えば泰国では何か大きな祭りってあったりするのかな?」 「いくつかはあるはずですが‥‥私は田舎の出身なので詳しくは」 浅井 灰音(ia7439)の質問に常春はとぼける。あまり詳しいと正体がばれるのではと考えていたからだ。 (「絵の参考になるような梅の景色があるとよいのだが」) 奈良柴 ミレイ(ia9601)は出された飲茶を頂きながら、ちらりと隣に座る常春を見つめる。 「ボクはお花見は桜しか行った事が無いんですけど、梅もきっと綺麗なんでしょうね」 「これから向かう土地にはたくさんの梅の木があるって聞いてますよ」 伊崎 紫音(ia1138)と話しながら常春が思い浮かべたのは失踪した兄の姿。梅の園について話してくれのが兄であった。 (「常春が選ぶ場所には何か想いが詰まっているように思える‥‥」) 伊崎紫音と話す常春を眺めながら紅(ia0165)は心の中で呟いた。 「梅の園、どんなところだろう。常春クンが行きたいところだからきっとよいところだよね」 椅子に座る柚乃(ia0638)は膝の上に乗せたもふらのぬいぐるみに語りかける。常春からもらったぬいぐるみを大切にしていると話しかけられ、嬉しく感じる柚乃である。 「梅園か、良き酒が呑めるとよいのぅ。そうじゃ――」 富士峰 那須鷹(ia0795)は人目につくところで大金を出すのを控えるようにお小言を始める。金に目が眩んだ輩が悪いとはいえ、この前の朱春における騒動は常春自身が招いたものだからだ。 「世間に疎いのにも程がありますよね。気をつけます‥‥」 シュンと反省する常春である。 「春と言えば桜とついつい思ってしまいますが、梅の花や香もそれに劣らず良いものです。一年に一度の大事な機会、良い旅になるといいですねっ」 「‥‥ええ。梅の花の香りに満ちているそうですよ」 笑顔の純之江 椋菓(ia0823)がうつむき加減の常春に話しかける。そしてパラーリアがもってきてくれたお弁当を一緒に食べて元気になってもらった。 「楽しみにしてほしいのにゃ〜♪」 梅の園でもお弁当を用意するつもりだとパラーリアは張り切っていた。きっと宿で炊事場を借りるつもりなのだろう。いくつかの食材も持ち込んでいるようだ。 約一日半の航行を経て大型飛空船は着陸する。そこからは徒歩で梅の園へと向かう春華王一行であった。 ●梅の園 到着する前から漂う梅の花の香り。 山間にあるその地ではたくさんの梅の木が大地に根をおろしていた。植えられたものもあるだろうがほとんどは自然木だと伝え聞いている。 見渡す限りの梅の樹木。 誰もが言葉を失い、しばらくの間その場に立ちすくむばかりであった。 うぐいすの鳴き声でようやく我に返り、さっそく常春は創作意欲に燃える。 しかしどこを描いても絵になるゆえに、逆に迷ってしまう。ようやく梅の樹木の向こうに山の連なりが佇む場所に決めて腰を下ろす。 「すっごくキレイ‥‥」 感嘆の言葉を呟けるようになった柚月は常春の隣に座って一緒に絵を描き始める。ちらりちらりと常春の絵を覗き込み、迷ったときには訊いてみる。 「にゃー‥こんなカンジ?」 「いい感じですよ。今日はここで描いて明日はあの丘からにしましょうか?」 ゆったりとした時間を感じる柚月である。 「これほどのものとは‥‥まさに名所ですねっ」 絵こそ描いていなかったが純之江は常春達の近くで縫い物に勤しんでいた。梅の匂い袋作りである。店先で枯れた梅の花びらが売っていたので、それを詰めてみる。 「はい、どうぞ。これは常春さんの分です」 「ありがとう。へぇー、いい香りがするね」 真っ先に常春に匂い袋をあげた純之江である。仲間の分はこれからだ。 「ふむふむ、一句浮かびそうじゃ」 顎に手を当てて梅の花を見上げていた久万玄斎は短冊を取り出してひらめきを記す。さらに久万玄斎曰く『坊ちゃん』である常春を眺めた。少々鼻の下を伸ばしながら。 「若いもんっていいのう」 何を想像していたのかは久万玄斎しか知らぬ事だ。ただそれは初孫を見るような目でもあったのは確かであった。 (「今のところは何事もないか」) 紅は少し離れたところで常春から目を離さないようにして梅の幹へ背中を預ける。 「お昼にするにゃ〜♪」 先に宿を訪ねていたパラーリアが顔が隠れそうなぐらいのカゴを抱えてやってくる。じゃこ、梅の園で手に入れた梅干し、葱で作った炒飯をさらにおにぎりにしたものだ。他にもおかずがいっぱいである。 「玉子焼き、もう一つもらえます?」 「たくさんあるのにゃ〜♪ そだそだ、常春くんはお料理とかつくるの〜? たのし〜から今度一緒につくってみよ〜よ??」 常春はパラーリアと一緒に料理を作る約束をする。 離れた場所にいた仲間達も集まってお弁当の時間となった。 「梅干しって初めて食べます」 「へえ、そうなんだ」 常春と話していた浅井灰音はふと柚月に目がゆく。どうやらすでにたくさん食べた様子だ。 「って柚月さん? いくつ食べたの?」 「えっと‥‥」 首を傾げる柚月の様子に浅井灰音は何も見てなかった事にする。 さらにおにぎりを柚月へ手渡そうとする常春を止める浅井灰音である。ちなみに今日のところは護衛に徹し、明日には絵を描いてみようと考えていた浅井灰音である。 「いいですね。まるでここだけ時がゆっくり流れているみたいです」 「初めての土地なのに郷愁を感じます」 伊崎紫音は梅の花びらが舞うのを常春と一緒に見上げる。 「これ‥‥常春クン、喜ぶかな?」 柚乃は梅の園にある各店を回っていた。今のうちにこの地の様子を確認するのと土産を探すためだ。 同じく常春から離れて別所にいたのが富士峰である。飲み屋で一杯引っかけながら聞き耳を立てていた。 「用心棒先を探している‥‥何、銘酒があれば何処にでもつくぞ」 時にはかまをかけながら富士峰は探りを入れてゆく。 常春が何人かでお弁当頂いた後で戻ってきたのが奈良柴である。 「あ、ミレイさん。お弁当とっておいて‥‥」 「こっちだ」 突然、奈良柴が常春の腕を掴むと走りだす。しばらくして立ち止まると奈良柴は指さした。 「足速いです‥ね‥‥こ‥こは?」 奈良柴が指さした先にあったのは舞い散る梅の花びらの吹雪。 少しずつ散るのも風情だが激しく風に舞う様子もまた美しいものであった。 「もしかして、ずっと探してくれたのです?」 頷いた奈良柴は常春に画材の一式を手渡す。 それから三十分も経たずに梅の吹雪は終わってしまう。常春はその景色を瞳の奥と紙の上に焼き付けるのであった。 ●梅の園に似つかわしくないもの それは梅の園への滞在二日目。 ふと振り向いた常春が目に留めたのは紅梅饅頭を売っていた店先。 売り子の娘ががらの悪いゴロツキの一人に羽交い締めにされており、そこに店の主人が現れた。その主人が殴り倒されるの見て常春は開拓者達へと振り返る。 「事情は知らないがあれは酷いです。助けてあげてくれませんか?」 常春の願いを開拓者達は受け入れた。別行動をとっている富士峰から妙な連中がこの梅の園を徘徊している噂はすでに耳に入っていた。 「なんだ? てめぇらは?」 後ろに控えていた者も含めてゴロツキは十人。 常春や紅梅饅頭の者達を守る役目もいたので、実際にゴロツキとやり合った開拓者は二人。 とはいえ志体持ちと一般の者との実力差は大人と赤子以上にあるもの。あっという間に開拓者側がのしてしまう。あとはお決まりの捨てぜりふをゴロツキ共が吐いて遁走してゆく。 「実は以前から‥‥」 柚月の神風恩寵による治療が終わった後で、紅梅饅頭の主人から詳しい事情を聞かせてもらった。 様々な商材に手を出している『富末屋』が二ヶ月前に梅の園へ店を構えたのだという。 地元役人への手続きなどは正しく行われたので紅梅饅頭屋を含めて他の地元商店があれこれいう筋合いではなかった。とはいえ、いきなりの商売敵の出現に心中穏やかでなかったのは確かである。 問題はその後。先程のようなゴロツキを富末屋が雇って他の店舗への嫌がらせを始めたのだ。 役人に訴えても解決に至らない。裏で結託しているのが見え見えであったが、どうにもならなかった。 このままではとても商売は立ちゆかなくなると紅梅饅頭の主人が肩を落とす。 常春は富末屋の主に会ってくるといって紅梅饅頭屋を飛びだす。開拓者達は後をついてゆく。 紅梅饅頭屋からそれほど離れていない場所に富末屋はあった。店に主人はおらず、隣に建つ屋敷を訪ねる。 「こちらの主人に会わせて頂けるだろうか。私は天帝献上を為すお茶問屋『深茶屋』主人の長男、常春というものです」 「事前の許可なき者。通す訳にはいかず。帰れ!」 名乗った常春を門番が長刀の柄で突こうとする。それまで後ろに下がっていた久万玄斎がかばうように常春の前へと出て掌で柄をそらした。 「坊ちゃんに暴力はいかんのう。うむ? どうした? 突然の腹痛かの?」 常春から見えないように久万玄斎は門番の鳩尾を突く。 「常春、いこっか」 「ひとまず話し合いをしないと解決しませんし。このままでは風流が台無しですっ」 柚月が左、純之江が右を動かして門が開かれる。そして常春一行は屋敷内に立ち入った。 「今暴れられるのは少々困るのだ。大人しくしてもらいたい。ついでにこれから訊ねる事に答えてもらえるとありがたいのだが」 先頭に立つ紅は集まってきたゴロツキ共に一言かける。素直に従う相手でないのはわかっていたが一応の礼儀として。 先生と呼ばれる一人が刀を抜いて常春一行の前に立つ。すでにこの屋敷に潜り込んでいる富士峰から志体が一人いると告げられていた。こいつがそうだと開拓者の誰もが気づく。 「こいつは私に任せるがいい!」 紅は先生と呼ばれる人物と刃を交える。 「邪魔」 奈良柴は常春に襲いかかろうとするゴロツキ共の足を短槍で払って転ばせた。それでも近寄ってくる者には刃を喉元に突きつけて退かせる。 「めっ!」 常春を守りつつゴロツキに矢を放つのはパラーリア。ただし、鏃の代わりに丸い木の玉を取り付けたものだ。 「廊下を歩くのがよさそうだよ」 浅井灰音は常春の安全をはかりながら屋敷の奥へと進む。 「後ろは任せてね」 抜いた刀の切っ先でゴロツキ共を威嚇しながら伊崎紫音は殿を務めた。 「常春クンはそっちは危ないっ」 柚月は常春に寄り添って不意の攻撃から守る。 しかし突然、常春目がけて天井から飛び降りてくるゴロツキが一人。絶体絶命かと思われたが、それは違った。 髪を下ろし、額の印を消し、右目に眼帯をして普段の姿と違っていたが富士峰である。何かがあった時、裏の立場から常春を守ろうとしていたのが役に立った。 「この屋敷の主はこちらの部屋だ」 富士峰の誘導で常春は富末屋の主の元へと辿り着く。 「と、突然なんだ? り、りゆうももなく討ち入ってただで済むと思っているのか!」 へっぴり腰で小刀を構えている富末屋の主の姿を常春が見据えた。 考えてみればかなり大胆な行動だ。この地の役人を富末屋の主が抱き込んでいるとすれば、少々の悪事などもみ消されてしまうだろう。そして常春達が理由もなく屋敷に踏み込んだ事実のみが残ってしまう。 「大丈夫ですよ。私に任せて下さい」 富士峰に富末屋の主の手から小刀を取り上げてもらうと常春は扇子を広げる。そして口元を扇子で隠しながら富末屋の主の耳元で囁いた。 みるみるうちに富末屋の主の顔が青ざめてゆく。 「わかってもらえたようです。では帰りましょうか」 頬笑んだ常春が去ろうとした時、ゴロツキの一人が襲いかかろうとする。それを身をもってかばったのは不思議な事に富末屋の主であった。 「いいのだ! 今ここでは何もなかった。こちらの方々に危害を加えることはまかりならん!」 背中に怪我を負いながら富末屋の主が叫ぶ。 あっけない幕切れに顔を見合わせる開拓者達であった。 ●そして 滞在最後の夕暮れ時、紅梅饅頭店の主人の計らいで梅見の宴会が執り行われる。 富末屋の主が各店を回って詫びたようだ。うまくまとめてくれた常春一行にせめてものお礼という訳である。 天には月夜。 酒を楽しむ者。 お腹一杯に食べる者。 笛の音で梅との別れを惜しむ者。 常春に気になる娘とかおるん?とちょっかいをだす者。 舞傘を手に踊りで対決する者達。 富士峰に『正しく生きよ』と頭を撫でられた常春は考え込んでしまう。真実を話そうかどうかについてだ。 耳打ちしただけで富末屋の主が何故態度を変えたのかについて常春は誤魔化す。それは常春の口がうまかったからではない。訳あって話せないのだろうとみんなが優しく接してくれただけである。 その晩、常春は床についても眠れなかった。 「お留守番しているヒムカと八曜丸に。だって約束したから‥‥守らなきゃ」 柚乃だけでなく全員が紅梅饅頭を土産としてもらう。 常春一行は大型飛空船の着陸地点まで歩いてこの地を去ろうとする。最後に上空から咲き乱れる梅の木々を全員で眺めるのだった。 |