豊穣感謝祭 〜春華王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/22 21:42



■オープニング本文

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 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。
 帝都の名は朱春。
 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位に就き、今もまだ少年であった。


 地方の老舗お茶問屋『深茶屋』の御曹司、常春。そう名乗ってきた常春の正体は泰国の春華王、その人である。
 約一ヶ月前、失踪中の兄を探すにおいて懇意の開拓者達に正体を明かす。ただ一般には伝わらないよう秘密にしてもらう約束で。
 呼び名についても変わらず常春と呼んで欲しいと開拓者達に願う春華王である。
 前春華王である常春の兄はさる女官と駆け落ちして姿を消していた。その足取りは長く不明であったが、常春が偶然に見かけた純金製の文鎮を切っ掛けにして露わになる。
 しかし向かった先にはすでにもぬけの殻となっていた。探す途中で手に入ったのは書物『妙体心草木』。泰国薬の秘伝が記されたもので、泰国の仕来りとして本来ならばこの世にあってよいのは二冊。春華王が手元に置く一冊と宮殿奥に保管されるもう一冊のみである。故に失踪の兄が持ち去ったと思われる一冊は本来あってはならないものといえた。ただ常春は処分せずに探す手がかりとして残しておくことにする。
 常春の幼名は『白鳳』。兄の幼名は『飛鳥』。かつて生活の場では弟が兄を『アス兄』と呼び、兄が弟を『ハク』と呼んでいた。
 今はどのような名で生活しているのかわからないものの、混乱を避けるために兄については『飛鳥』に敬称をつけて呼ぶことにした常春である。ついアス兄と幼き頃の調子で表現してしまう常春だったが。
 調べた範囲では飛鳥と女官の間には子供がいるようだ。我が子を救う薬を手に入れるために飛鳥は純金製の文鎮を手放したらしい。
 飛鳥の家族が生活の糧としていたのは薬草。薬草師を生業としているようだ。住んでいた小屋に残っていた薬の材料や昔に飛鳥が薬作りに興味を持っていたところからの推察である。
 またいくつかの証言もあって飛鳥の家族は理穴の首都、奏生に向かったと考えられた。今の季節は豊穣感謝祭が行われており、市がたくさんの行商人達で賑わっている。薬を売り捌くにはうってつけの場所である。
(「きっとアス兄は奏生で薬売りをしているはず‥‥」)
 宮殿の奥で絵を描きながら兄を思い出す。
 次にお忍びの向かう先は当然、奏生。兄の飛鳥を探し出したいと願う常春であった。


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
伊崎 紫音(ia1138
13歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
朱華(ib1944
19歳・男・志


■リプレイ本文

●探し人
 威勢のよいかけ声が響き渡る往来。
 秋真っ盛りの頃、奏生には『豊穣感謝祭』と呼ばれる市が立つ。
 城へと続く道の両側にはこの時期だけ仮の店舗が並んだ。立派な屋台、ゴザを敷いただけ行商など様々であったがどれも活気に溢れていた。
「アス兄、いるといいんだけど‥‥」
 常春は不安そうな表情を浮かべながら立ち止まり、市の通りを眺める。
「大丈夫、きっとみつかるよ〜」
 パラーリア・ゲラー(ia9712)は常春の手を握って微笑んでみせた。
「ううん、あたしが見つけてみせるね!」
 そう告げて人混みへと駆け出すパラーリアだ。
「そうです。大丈夫ですよ」
 常春の肩に手を置いたのは玲璃(ia1114)。
「どこから手をつけようか考えてみたのですが‥‥祭りの評判を下げるようなものは売らない様、責任者なりが行商人達の様子を確認しているはずです」
「そうだね。そういう人達にも当たってみないと」
 常春もパラーリアが消えていった人混みへと玲璃と一緒に一歩を踏み出す。
「常春さんのお兄さんには、子供が居るようなので、ボクは玩具などの子供向けの物を売っている露店を中心に、聞き込みをしてきます。宿屋で落ち合いましょう」
 伊崎 紫音(ia1138)は胸元で拳を強く握り、気合いを入れてから常春と別れる。すでに拠点とする宿屋は決めてあった。
「豊穣感謝祭か、賑やかなのです‥‥。あっ、今まで通り坊ちゃんって呼ばせて貰っちゃいますね。行きましょう、坊ちゃん!」
「る、ルンルンさん!」
 ルンルン・パムポップン(ib0234)は常春の背中を押して進みながら栗の屋台の前で止まる。お腹が減ると悪いことばかり考えてしまうといって多めに購入した。
 道の端にあった花壇の石枠へと座ったルンルン、常春、玲璃の三名は焼き栗を頂きながら市の状況を観察する。天儀本島北部に広がる理穴の冬は厳しいものがある。雪に閉じこめられても問題ないよう保存食が多く扱われていた。
 野菜などの植物類はおそらく奏生周辺の客が買い求める品。冬場に向けて漬け物などにするのはおそらくこれからに違いない。
 逆に夏に生産がしやすい海産の干物、乾物については地方の客が購入しているようだ。地元の品を担いで運んできて売りさばき、得た収入で必要な品を買い求めて故郷に戻ってゆくのが普通の流れなのだろう。
 兄の飛鳥が薬を商っているとすれば欲するのはお金そのものだと常春は考えた。各地を点々としている様子からみて、未だ逃亡の生活を送っているのは間違いのないところ。それなら融通の効くお金が一番よい。
(「持ち込んだ薬が売れた時点で奏生を離れてしまうかも‥‥」)
 木は森に隠すのがよいとはいっても理穴の首都は目立ちすぎる。背に腹はかえられないといっても危うい賭といえた。蓄えはあったのだろうが、おそらく子供の治療で使い果たしたに違いない。稼いだらすぐに奏生を立ち去るつもりなのだろうと常春は兄の行動を想像する。
(「美味しい食べ物は、時としてアヤカシよりも怖いんだからっ」)
 ちなみにルンルンは美味しくて食べ過ぎないよう葛藤していた。もう一口だけ、いやこの一口が太る原因だと。
 その頃、仲間達より先に市を訪ねていた朱華(ib1944)はすでにいくつかの情報を得ていた。
「この人をこの辺で見かけたと聞いたんだが、知らないか?」
 噂話が好きそうな井戸端の夫人達を狙って似顔絵を見せる。
 美男子よね、と三人組の夫人達が高笑いを織り交ぜながら似顔絵を肴にお喋りの花を咲かす。他の者にも声がかけられ、いつの間にか十人以上に膨らんでいた。
「昨日、見たらしいよ。うちの隣に住んでいる人がさ」
 朱華が詳しく聞くと似顔絵に似た二十歳前後の男性が豊穣感謝祭の通りで怪我に効く軟膏を売っていたという。
 朱華は教えてもらった場所に向かってみるが違う人物が座っていた。念のために聞いてみると、午前までここに陣取っていた行商は持ち込んだ品をすべて売り捌くつてが見つかったらしい。そこで場所を譲ってくれたという。
 人相については似顔絵の人物に似ていたとの証言を得る朱華であった。

●焦り
 翌日も飛鳥とその家族探しは続けられた。朱華が聞いた市から立ち去った行商の話以外にも得られた情報はある。
 夜の帳が降りた頃、一同は食事処で湯気立つ魚介鍋を囲みながら相談した。
「薬売りについてなのですが――」
 玲璃が祭りを管理する役人代理の商人から聞いたところ、十一名の薬売りが名簿に記載されていた。すでに立ち去った行商は二名のみ。そのうちの『ヒガラ』と名乗った人物が年格好からいって飛鳥と考えられる。ヒガラは飛鳥が好きな鳥だったと常春が記憶していた。
「子供さんが立ち寄りそうなところを回ってみました」
 伊崎紫音は子供向けの露天を回ったものの、それらしき家族との遭遇はなかった。次に回った奏生内の宿にもそれらしき家族は泊まっていなかった。ただ街の周辺で野宿する行商も多いとの情報を耳にした伊崎紫音だ。
「仲の良い家族だったみたいです!」
 ルンルンは各宿屋の周囲にある食事処を主に調べあげていた。宿屋の泊まりにあぶれたとしてもお腹は空くので立ち寄ったかも知れないと想像していたからである。
 一軒のうどん屋で仲むつまじいそれらしき家族が見かけられていた。子供は三歳から四歳位の男の子だったらしい。
「えっと‥‥」
 日中、医者や薬草師の元を回ったパラーリアは、常春がより心配しそうなので知った情報を伝えるかどうか一瞬迷う。しかし非常に重要なので覚悟を決めて全員の前で伝えた。
 ここ数日の間にパラーリア以外にも薬草売りの行商人についてを聞き回った人物がいるらしい。しかも一人だけではなく複数人らしかった。
「薬をすべて買い取ろうとした相手はどうやら医者や薬草師じゃなさそうなんだよな。周囲にいた行商によるとお武家さんって感じだったらしい」
 朱華はあらためて日中に調べ上げたことを話す。
「今日の午前に取引の話があったとすれば、最速で午後に売り渡しているかも知れませんね。なら早ければ明日の朝には奏生周辺を出立してもおかしくないです‥‥」
 常春は少々焦っていた。そこで早めに就寝して明日は夜明け前から行動することとなる。
「えっとこことここがそうらしいのです」
 伊崎紫音が取り出した奏生周辺の地図には小さな丸が二つ描かれてあった。野宿に適した自然発生的な場所を示したものだ。
 高台で木々がある程度周囲に茂り、雨風を防いでくれる出入り自由な土地。そして広く、小川が流れていて水が手に入りやすい。加えて人が多く集まっていれば野盗にも襲われにくい。二個所はそれらの条件を満たしていた。
 今からでも向かいたい気持ちが沸き上がっていたものの、常春はぐっと堪える。闇に覆われる夜は魑魅魍魎跋扈の時間。見知らぬ土地で野宿をする者達にとって真夜中の来訪者は敵以外の何者でもないからだ。
(「アス兄‥‥」)
 寝付かれない常春は何度も布団の中で繰り返し寝返りをうつ。あまり眠れないまま宿を出る時間になってしまうのだった。

●家族
 夜明け前に宿を出立。常春一行は野営地へと向かう。
 目的となる二個所はせいぜい一キロメートル程度しか離れておらず途中で二手に分かれる。壱組が常春、ルンルン、パラーリア。弐組が玲璃、朱華、伊崎紫音。昨晩のうちにくじ引きで決められたものだ。
「もう旅立とうとしている者もいるな」
 朱華は野宿の現場に到着すると木に登って状況を確かめる。空はすでに白み始めていたので目を凝らせば何とか状況の判別は出来た。停まっている荷車や馬車からすると約三十の小規模な団体が一晩を過ごそうとしたようである。
「男の子がいる家族はここにいませんでしたか?」
 伊崎紫音は近くにいた人に訊ねてみた。
「姿格好はこのような感じです。三人家族の行商なのですが――」
 玲璃もすぐに旅立ちそうな商人にそれらしき親子がいたかどうかを訊いた。
「そういえばいたぜ。昨晩、一緒に酒を呑んだからな。今朝、この近くで薬を受け渡すとかいってたな。えっと‥‥、もふらが牽いていた荷車がないところからすると、もう出発しちまったのかもな」
 小川で顔を洗っていた人物が玲璃に教えてくれる。
 玲璃は急いで伊崎紫音と朱華に教え、三人で野宿が行われている土地から外へ出る。ちょうど朝日が地平線から昇ろうとしていた頃であった。
「私が報せに行って来ます。お二人はこのまま探してください」
 そういって玲璃は壱組がいるはずのもう一つの野宿の地へと駆けだす。
「相手も荷車か馬車なんかを所有しているはずだ」
「それならきっと遠くからでも視認できそうですね」
 朱華は野営地を中心にして西回り、伊崎紫音は東回りをしながら探すことにした。
「あれは?」
 朱華が遠くに発見したのは巨大な影。逆光でよく見えないが中型規模の飛空船のようである。小さな点はおそらくもふらが牽く荷車だろうと察した。
 巨大な影へと朱華は走って向かう。
 伊崎紫音もまた同じように遠くの巨大な影に気がついて駆けていた。やがて二人は互いの存在に気がつき、手振り身振りで合図を交わす。
(「お兄さんの会えたらきっと常春さんは大喜びですね」)
 そう思っていた伊崎紫音だが近づくにつれて異様な雰囲気を感じ取る。女性の叫び声が聞こえて不安が憶測から確信へと変わった。
 朱華は呼子笛を口に銜え、両腕を交差させて腰の両刀に手をかける。出来ればすぐにでも吹きたかったが加害者が気づいたらまずいことになるだろうと判断した。
 伊崎紫音は刀を抜いて腰を低くしながら進んだ。風に揺れるススキ一帯に身を隠しながら飛空船の直前まで近づいた。
 様子をしばらくうかがおうとしたものの、家族らしき三人が無理矢理に飛空船へと連れ込もうとされている最中であった。この状況に朱華と伊崎紫音はススキの原から飛び出す。
 朱華は遠慮なく呼子笛を吹いて向かっているはずの仲間達へと場所を知らせた。
「理由はわかりませんが、とにかく無理矢理はいけないです」
 伊崎紫音は振るった刀で誘拐・壱の武器を払い、さらに体当たりで弾き飛ばす。朱華は誘拐者・壱のふくらはぎを斬って動けなくしてしまう。
 伊崎紫音は気絶して倒れかけた女性を抱きかかえるようにして支えた時、近くのススキが大きく揺れた。
「大丈夫ですか?」
 それは連絡に行っていた玲璃だった。続いて壱組の仲間もススキの原から現れる。担がれていた常春がルンルンの背中から下りた。
 状況は誰が見ても誘拐の現場とあきらかだ。パラーリアは即座に構えていた弓で矢を放つ。
「動いちゃだめだよ!」
 男の子を抱きかかえて飛空船へと連れ込もうとした誘拐・弐の足へ矢が何本も突き刺さる。それでも誘拐・弐は乗船しようと前へと進む。
「人攫いは卑怯者がすることですよ!」
 跳んだルンルンが誘拐・弐から泣き叫ぶ男の子を奪取する。
「アス兄!」
 常春は飛空船の中へと押し込まれる寸前の男性を見て叫んだ。その面影は兄に間違いなかった。無我夢中で駆け寄って助けようとするものの相手に捕らえられそうになる。
 窮地を救ったのはルンルンだ。夜で一瞬時間を停めて近づき、常春を抱えて高く跳んだ。
「坊ちゃん、大丈夫ですか?」
「今、飛空船に連れ込まれようとしている人はアス兄に間違いないんだ!」
 落下しながら常春はルンルンへと力を貸して欲しいと望んだ。
 その声はパラーリアの耳にも届き、邪魔な誘拐・参を排除しておこうと矢が放たれる。しかしすべての矢は誘拐・参が持つ小刀によって地面へと叩き落とされた。
 パラーリアは誘拐・参が志体持ちだと直感する。
「放すのにゃ!」
 パラーリアが弓で狙いを定めると誘拐・参は不敵な笑みを浮かべながら飛鳥の首元に刃を当てた。
「誰に何をしているのかわかっているのですか!」
「わかっているさ。我々は春華王様をお迎えにあがったのだから」
 常春にも視線を注ぐ誘拐・参は飛鳥を仲間に預けて船内へと収容させる。
「その声はハク、白鳳なのか? もしそうなら棗と高檜を頼む!!」
 飛空船の中から届いたのは常春の幼名を知る者の声。
「アス兄ぃ!!」
 常春が叫んだのと同じくして中型飛空船は宙へと浮かび上がる。無茶な操縦で墜落しかけたものの持ち直してそのまま雲の彼方へ。
 常春は太陽が昇った澄んだ空を見上げ続けた。
「大丈夫ですよ。すぐに治ります」
 玲璃は精霊の唄で女性と男の子を癒す。
 気がついた女性は無言で男の子を抱きしめる。男の子は再び泣き叫ぶのだった。

●歴史の影
 常春一行は女性と男の子、そして誘拐犯二名をもふらが牽く荷車に乗せて奏生へと戻った。宿代わりに空き家を一軒貸し切って寝泊まりし、女性と男の子が落ち着くのを待った。
 女性の発言によれば連れて行かれた男性は自分の夫、そして男の子は夫妻の実子。薬をすべて買い取るといった商取引は男性をおびき寄せるための罠だったようだ。
 夫を助けて欲しいと母親は常春一行に懇願する。しかし興奮しすぎて会話が成立せず、また隠したい何かがあるようで矛盾ばかりであった。
 誘拐犯二名への尋問も行われたが口を割らせられるには至らない。兄を心配するが故に誘拐犯を殴りつけてしまった常春だが、拷問まではしようとしなかった。
 一行が奏生を訪れてから六日目。ようやく母親が落ち着きを取り戻す。常春が現春華王の素性を明かし、また飛鳥との昔話をすることで信じてくれたのである。
「あの人は元・春華王に間違いありません。名前はその時々で変えていましたので‥‥、ただ家族だけの時は飛鳥と呼んで参りました」
 女性の真の名前は『棗』(ナツメ)。息子は『高檜』(タカヒノキ)といった。
 棗が話してくれた内容が真実ならば常春にとって驚愕に値する。また泰国にとっても。
 一連の話はこの場にいた開拓者にも伝えられたが、他に口外しないよう常春との間で約束が交わされる。
 女官として宮中で働いていた棗だが、実は王朝復興を画策する組織の間者であった。これには泰国の歴史が深く関わるのだが紐解くにはあまりにも長い。詳しくは後に語られるとして、とにかく宮殿へと潜り込んで飛鳥に近づいた棗は真実の恋に落ちてしまう。そしてあらゆるすべてから飛鳥と共に逃げだして現在に至る。
「兄を連れ去ったのはその組織の者達、ということでしょうか?」
 常春の問いに棗は頷く。
「はい。春王朝復活を目指す組織の名は『曾頭全』で御座います」
 棗が告げた内容は常春の心を深く抉るのだった。