一位を目指せ〜春華王〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/05 20:12



■オープニング本文

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 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。
 帝都の名は朱春。
 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位に就き、今もまだ少年であった。


 天儀本島の朱藩には『遊界』という町がある。
 興志王が特別許可を出した賭博の土地だ。
 札や盤上勝負など様々あるが動物を競わせるものも存在する。動物がそうなら人も、そして飛空船が競ってもおかしくはない。
 遊界に集った飛空船乗りの間で自然発生的に始まったレースだが、現在は管理されていた。
(「悩んだけどやっぱりこれだよね」)
 泰国の春華王は参加しようと思案する。もちろんお忍びの旅で地方の老舗お茶問屋『深茶屋』の御曹司『常春』としてだが。
 春華王が注目していたのは大商人の参加を想定したもの。レースといえば小型で速い船体で競うと考えがちだがこれは一風変わっていた。
 競技開始を合図にしてたくさんの貨物を船倉に積み込み、遊界の飛空船乗り場を離陸。目的地に着陸してから契約の真似事を行い、貨物を船倉から下ろしてからもう一度同じ貨物を積み込み。そして遊界の飛空船乗り場へと戻って貨物を所定の位置に下ろせばゴールだ。
 目的地で同じ貨物を積み卸しするのは商品を買い主に届けて、さらに現地で商材を手に入れるといった部分を行為として模すためである。
 運ばなければならない貨物がかなりあるので大型飛空船以上でないと実質的に参加は不可能。裕福な氏族がお遊びで参加することも稀にあるようだが、殆どは大商人のためのレースだ。特に泰国由来の交易商人『旅泰』はかなりの割合を占めている。
 ギルドを通じて懇意の開拓者に連絡をとると共に、所有する大型飛空船『春暁号』での手続きを秘密裏に手配した春華王であった。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
白拍子青楼(ia0730
19歳・女・巫
伊崎 紫音(ia1138
13歳・男・サ
奈良柴 ミレイ(ia9601
17歳・女・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
朱華(ib1944
19歳・男・志


■リプレイ本文

●レース開始
 真夜中の零時過ぎ。
 精霊門を通じて朱藩の首都、安州に集合した一行は高鷲造船所に保管してある大型飛空船『春暁号』で旅立つ。朱藩内の『遊界』と呼ばれる町で開催される飛空船レースに参加するためである。
 二日前に現地入りして春暁号の再点検を行いながら、空路の確認を含めた規約を全員が頭へと叩き込む。そして当日の朝が訪れた。
 開始は簡易係留所の出入り口付近から。参加する飛空船の乗員全員がすべて揃っているのでかなりの混雑状況だ。
 銅鑼の響きを合図にして戦いの火蓋が切られる。
「坊ちゃん、しっかりと掴まっていてくださいねっ!」
「うわあ!」
 ルンルン・パムポップン(ib0234)が常春を背中に担いで先頭をニンジャ走り。タラップを跳ねるように駆け上がり、春暁号の乗降口へと飛び込んだ。ルンルンは常春と共に離陸準備に取りかかる。
「今回は機関士さんいない‥? 動力室は大丈夫かな‥」
 続いて乗船した柚乃(ia0638)も艦橋の操縦席で操縦関連の起動を行う。高鷲造船所の者達も乗船次第、忙しく動き回ってくれた。
 外では春暁号の船倉へと貨物を積み込む作業が始まる。一メートル四方からなる三十の木箱は飛空船から二十メートル程離れた位置に積まれていた。
「お、重いですの」
「これで一杯ですね。お願いします」
 白拍子青楼(ia0730)と伊崎 紫音(ia1138)は柚乃のもふら・八曜丸に繋がる荷車へと三箱を載せる。
「お、重たいもふ」
「あれ?」
 伊崎紫音が後ろから荷車を押してもわずかにしか動かない。それもそのはず。昨日、空の木箱で練習した時には気づかなかったが八曜丸は重たい装備類を身につけたままであった。急いで外してようやく前へと進んだ。
「ちゃんと見張っておきますの。ね、小太郎」
 白拍子は忍犬の雲霧ノ小太郎と共にその場へと残る。ルンルンの事前調査によって素行の悪い参加者の存在が判明していたからだ。
 荷車が八曜丸から外されると太い綱が結ばれた敷き板の上へと固定される。伊崎紫音は新しい荷車に八曜丸を繋いで急ぎ戻っていった。
「練習とおんなじ速さでお願いするにゃ〜♪」
 開放された船倉扉近くに立つパラーリア・ゲラー(ia9712)は、新規に雇った作業員達に号令を出した。彼らはパラーリアが安州の知人に手紙を送って集めてもらった力自慢の者達だ。
 綱は船体の高い位置に固定された滑車に通してある。敷き板ごと荷車が吊り上げられてゆく。
「よし、こんな感じだ。梅桃、いいぞ」
 朱華(ib1944)も甲龍・梅桃と一緒に作業員達に混じって縄を引っ張った。
 指示を出しながらパラーリアも一緒に縄を引く。船内に貨物を下ろす係の奈良柴 ミレイ(ia9601)も最初なので引っ張るのを手伝った。
「ダメじゃん?」
 奈良柴は荷車から下ろした木箱に縄をかける。そして船倉床の鈎を利用して固定する。
 頭の中では一度目の作業の流れを反すうしていた。あと少し力作業を手伝う者が必要だと判断し、伝声管を通じて船内の各所にいるルンルンと柚乃に応援を要請した。
 ルンルンと柚乃は点検の目処がついてから運び込み作業に途中参加する。疲れが見え始めた頃で二人の参加のおかげで大いに活気づいた。
 レース参加していた八隻のうち、春暁号は二番目に大空へと飛び立つ。
 ちなみに昨日の夕方までは十三隻のレース参加が見込まれていた。今朝になって五隻が突然参加を断念したという。理由は船体の破損や船員の怪我など。どれも何者かの妨害工作と考えられたが確固とした証拠は残っておらず犯人は不明であった。
 この事態によって賭倍率による三位予想に浮かび上がってきたのが現在一位の大型飛空船『禿鷹号』。黒い噂のある商人が所有する船であった。

●忍び寄る影
 理穴に向けて春暁号は順調に飛行を続けていた。艦橋にいたのは常春、ルンルン、柚乃、奈良柴の四名である。
「どうぞ‥。氷霊結の氷で冷やしてみたんです‥」
「冷たくて美味しいよ」
 柚乃は常春を始めとして淹れた冷茶を仲間に配った。
「坊ちゃん、詳しくいうとですね――」
 ルンルンは大型飛空船・禿鷹号を運用する『角三商会』の情報を語る。
 角三商会は交易商人ながら裏で禁制の品を扱っているとのもっぱらの噂がある。犯罪の証拠を握る潰すために各地の官憲の下っ端を抱き込んでいるともいわれていた。
「そんなに悪い奴なんですか」
 泰国の王たる春華王の務めは後に行うとして、今は市井の者としてレースに勝つことに専念する常春だ。
「それじゃ時間だから。身体休めないと」
 奈良柴は機会をみて艦橋を去った。無着陸飛行なので操縦者は特に休憩時間厳守の交代制が敷かれていた。
「おっはよ〜♪ あ、冷茶、おいしそうだにゃ」
 奈良柴と入れ替わりにパラーリアが休憩から戻ってきた。その時、甲板で見張りをしていた白拍子から伝声管を通じて連絡が入る。
「小太郎と一緒に甲板の高いところで『ひしっ!』と、『はわわ〜』としていましたら、何か光るものを雲の中で見つけましたの。あまよみでもよい天気ですし、雷ではないと思いますわ」
「わかりました。引き続き監視をお願いしますね」
 白拍子の報告を聞いた常春は宝珠の出力管理を担当していた朱華に連絡をとる。
「ちょうど梅桃と気分転換に飛びたいと考えていたところだ」
「攻撃されそうになったら戦わずに戻ってきてくださいね」
 朱華はさっそく梯子を登り、甲板下の格納庫で待機していた甲龍・梅桃に飛び乗った。そのまま通路を抜けて大空へと飛び立つ。
 梅桃は飛ぶのが遅い甲龍故に本来ならば偵察任務には向かない。しかし今回必要なのは不意の攻撃を受けても十分に耐えられる頑丈さだ。それ故に常春は朱華と甲龍・梅桃を選んだのである。
 白拍子の目視通り、雲の中には高速型の中型飛空船が姿を隠していた。
 龍騎する朱華が近づこうとするとそそくさと遠方へ離れてゆく。船名や紋などが一切描かれていない所属不明飛空船だった。
 戻った朱華は艦橋で報告した。
「もし競争相手がし向けた船だったとするとルール違反だよ〜」
 パラーリアのいう通り、レース規約では複数の飛行船使用を禁じている。
「ばれなければ何をやっていいって輩か」
 非常事態に起きてきた奈良柴の考えは的を射ていた。
「夕食が仕上がりました。食べやすいように肉まんですが、お肉たっぷり、肉汁たっぷりになっています。担当者は食堂室に取りに来てくださいね」
 伊崎紫音の声が伝声管で船内に響き渡った。食堂室には全員が入りきらないので配膳方式がとられていた。
 やがて夕日の赤みは消え、夜の帳が下りる。夜間飛行の始まりであった。

●契約
 レース開始から二日目の宵の口。目的地となる理穴西部の町近郊に設営された簡易係留所上空に春暁号は到達する。
 現在一位の禿鷹号は非常に行儀の悪い位置取りで着陸していた。続く飛空船がどのように着陸しても契約の真似事を行う小屋まで遠回りしなければならなかった。
「常春くん、任せてにゃ」
「お願いするね」
 パラーリアは春暁号が着陸する前に駿龍に乗って甲板を飛び立った。歩いていけば通り回りでも飛び越えてしまえば何でもない。禿鷹号を眼下に見据えて小屋まで一気に辿り着く。
 契約の取り交わしは飛空船が着陸してからでないと無効だが、龍などを使って先に辿り着くのは禁止されていなかった。
 パラーリアは着陸を意味する白拍子が撃った狼煙銃の輝きを確認してから契約書を提出した。契約が終わらなければ貨物の積み卸しをしてはいけない規約である。つまり契約の早さがレースの勝敗を決する場合もあり得た。
「おっとすまんな」
 契約が終わった禿鷹号の角三商会社長は立ち去る際、墨汁の瓶に肘を引っかけて倒した。あやうく春暁号の書類が真っ黒になるところだったが、パラーリアは間一髪のところで拾い上げて事なきを得る。
 不可抗力だったと謝って角三商会社長が小屋から消える。その表情に誠実さは感じられなかった。
 憤慨しながらも約三十分後にパラーリアは契約を成立させた。小屋の外に出ると常春がくれた狼煙銃を夜空に撃って合図を出す。
 春暁号では積み卸しが開始され、約一時間後にすべてが終了する。
 再び浮かび上がる春暁号。先に飛び去った禿鷹号との時間差は約二十分にまで縮まっていた。

●妨害
 真夜中の飛行は特に地上との距離が大切である。地上に人家などの灯火なければなおさら難しくなる。
 それでも常春は一定の速さを保ったまま春暁号を飛ばし続けた。柚乃とパラーリアに助けられながら朝を迎える。
「お腹空きすぎて寝られそうもなかったんだ。そうそう、すまないけど船倉で木箱の見張りをしてもらえるかな?」
「わかりました。こう見えても、体力にはそれなりに自信はあるんで任せてください」
 伊崎紫音が作ってくれたおかかおにぎりで軽く腹ごしらえをすると常春達は休憩に入る。操縦はルンルンと奈良柴が担った。
 風向きを考えて少々東よりに修正してはいたものの、春暁号が採った空路は直進ルート。これが最短と考えられるので禿鷹号も同じ空路を飛んでいるはずなのだが姿形はどこにも見あたらなかった。
(「禿は巡航速度ではなく無理をした全開航行を続けている?」)
 奈良柴が疑問に感じていると白拍子から緊急の連絡が伝声管によって届いた。
「またあの船が来ていますの! 小太郎もそうだって吠えてますの!」
 先日、朱華が確認した高速型の中型飛空船が急接近していると白拍子が報告した。
「春暁号、機関全開をお願いしちゃいます!」
「了解した! 任せておけ!」
 ルンルンは機関室の朱華に連絡。宝珠最大出力の安定調整を頼んで推進力を最大まで上げた。
 奈良柴の機転で急降下を敢行し、未確認中型飛空船の体当たりを躱す。しかし未確認中型飛空船はしつこく二回目の体当たりを試みてきた。それも見事躱してみせる。
「詳しい状況を」
 常春、パラーリア、柚乃は緊急事態を知って休憩を取りやめて艦橋に戻った。
「頼めるかな」
「わかったにゃ。木箱が壊れたら到着時間に罰則がつくもんね」
 パラーリアは常春の頼みで貨物が崩れないよう船倉で頑張っている伊崎紫音の手伝いに向かう。
「後は引き受けます‥。八曜丸はそこの空いている席に乗っていてね‥」
 柚乃はルンルンと入れ替わって常春の操縦補助を行う。
「さぁってと。ルンルン忍法の出番です!」
 ルンルンは甲板へと移動。夜による体感時間停止でタイミングを計り、三度目の特攻を仕掛けてきた未確認中型飛空船に回転で勢いをつけた鉄くず入りのバケツを放り投げた。バケツは噴射の勢いにも負けず、推進の噴出口へと入り込む。
 未確認中型飛空船が減速。みるみるうちに後方へと遠ざかってゆく。
 浮遊状態は維持出来るはずなので墜落の心配はほとんどない。一同は正体を確認したい気分にもかられたが、レースを優先して先を急いだ。
 太陽が真上に差し掛かる頃、春暁号はようやく禿鷹号の尻尾を捉えた。
 ここからは抜きつ抜かれつ。
 この辺りから遊界運営所属の監視飛空船が随行するようになっていた。この状況下で妨害をやれば即座に失格である。
 緊張状態のまま日が暮れて再び夜の飛行。早めの交代を促して失敗を未然に防ごうとする常春だ。
 朝日が昇ってすぐに遊界が目視出来るようになる。その時、突風が吹き荒れた。
 禿鷹号が風で流れてくる。左側面に接触された春暁号は軌道を乱した。すぐに立て直したものの、上空を旋回して着陸をやり直すはめになる。禿鷹号は激しく土煙をあげながらも着陸に成功した模様だ。
 わざと接触したように感じられたが、突風があったのは事実なのでおそらく運営の判定は違反行為無しだろう。角三商会側はこの機会を虎視眈々と狙っていたと思われた。
 気を取り直して春暁号も遊界に着陸を敢行。禿鷹号に約十分遅れての到着となった。
 しかしまだ勝負が終わったわけではない。三十箱に及ぶ貨物を下ろしきり、代表者がゴールに駆け込む時点で順位が決定する。
 もう春暁号を動かす必要はないので全員総出で貨物の搬出が行われた。
 常春のみが春暁号に割り当てられた区画の一番ゴールに近い地点で待機する。ゴールに駆け込む役は代表者の仕事だ。
「常春様、終わりましたのっ!」
 白拍子が忍犬の小太郎が銜えていた狼煙銃を受け取って空へと撃つ。それを合図にして常春は疾走する。禿鷹号の角三商会社長はすでにゴールへと駆けだしていた。
「行け〜〜!!」
 貨物を下ろしたばかりで汗だくの一同が大声をあげて常春を応援した。
 常春は角三商会社長の背中に迫り、ゴール約十五メートル前で追い抜いた。気づいた角三商会社長が急ごうとするものの足がもつれて転倒する。
 常春が一位でゴールして春暁号の優勝が決まる。
 角三商会社長が大地に顔面をぶつけて藻掻いてる間に後続の二名が先にゴール。結果、角三商会は四位にとどまった。
「みんな、みんなありがとう!」
 春暁号の乗船者達は常春を囲んで勝利を祝うのだった。

●そして
 表彰式の後、常春号に賭けていた何名かの開拓者は賞金を受け取った。
 すぐに遊界の町を飛び立ち、一同は安州の高鷲造船所へと戻る。そして全員で食事に向かった。
 刺身などの生食から野菜中心のものまで、なるべくたくさんの種類が選べるお店を選んで楽しんだ。常春は武天から来た板前自慢の肉料理を食べたようである。
 食事代は優勝賞金から。残る全額は春暁号の修理費として貯金だ。
 深夜、常春は思い出を胸にして泰国の帝都に戻る。
「あ!」
 常春は奈良柴にもらった扇子を春暁号に忘れてしまったのを思い出す。すまないことをしたと思いながらしばらく春華王としての日々を過ごした。
 それから数週間後、角三商会は泰国内で密輸品取引の現場を押さえられた。財産のほとんどが没収され、さらに厳しい罰が下されたという。