【砂輝】忘れ物〜春華王
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/14 16:47



■オープニング本文

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 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。
 帝都の名は朱春。
 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位に就き、今もまだ少年であった。


 春華王は地方の老舗お茶問屋『深茶屋』の御曹司『常春』を仮の姿としてお忍びに出かける事がままある。
 開拓者達と遠方へと向かう時もあるが、朱春の街を散策するのも楽しみのひとつだ。民の生活を少しでも知ろうとしていた。
 ある日、常春は以前に知り合った同年齢の少年『海峰』と朱春の通りでばったりと会った。
「浮かない顔をしているけど‥‥。何かあったんですか?」
「それが――」
 海峰の一家は交易商人の旅泰である。現在、父と姉が飛空船で新しい商いを見つける為に『アル=カマル』に出かけているという。
「アル=カマル‥‥」
 常春も大型飛空船『春暁号』で荒れ狂う嵐の壁を突破し、アル=カマルの空域に辿り着いた事がある。国家間の交渉もようやく執り行われて人の行き来も増えつつあるようだ。
 ちなみにアル=カマルと呼ばれているが、正式な大陸名はアル=シャムス。そしてファティマ朝アル=カマル首長連合王国の首都は『ステラ・ノヴァ』と呼ばれている。
「父さんは旅泰としてあるまじき忘れ物をしていったんだよ‥‥」
 海峰がこっそりと見せてくれた袋の中身には砂金が詰まっていた。
 アル=カマルではどのようなお金が使われているかわからないが、黄金ならどんな土地でも商売の交渉に使えるだろうと。
 そこまではよかった。問題なのは袋を間違えて黄金の殆どを家に忘れていった事だ。
 もしもに備えていくらかの金目の物は服に縫い込んであるので無一文ではないだろう。とはいえ貨幣や金を持たずに信用のない土地で商売が出来るはずもなかった。
(「春暁号だとあまりに時間がかかりすぎる‥‥。はステラ・ノヴァに辿り着く頃には海峰の父親と姉もあきらめて帰路にあるはず‥‥」)
 常春は思案の末、開拓者ギルドに頼んでみようと海峰に提案する。
 開拓者ならば精霊門が使える。ステラ・ノヴァにも新規の精霊門が作られたとの事なので、同行させてもらえば一瞬で首都『ステラ・ノヴァ』に移動出来るはずである。
 さっそく朱春の開拓者ギルドで手続きを済ませる。ステラ・ノヴァに興味津々の常春も一緒に行くつもりであった。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
純之江 椋菓(ia0823
17歳・女・武
伊崎 紫音(ia1138
13歳・男・サ
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
奈良柴 ミレイ(ia9601
17歳・女・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔


■リプレイ本文

●アル=カマル
 常春は依頼主の海峰と一緒に精霊門から飛びだす。
「ここがアル=カマル‥‥」
 深夜の時間、当然ながら暗くて景色はよく見えなかった。しかし漂う空気の違いだけははっきりわかる。泰国とは違ってとても乾いた、そんな感じがした。
 開拓者八名がゆっくりと精霊門から現れる。
 事前に風信器で神楽の都の開拓者達に連絡をしておき、このステラ・ノヴァで落ち合う約束をしていたのである。
「やっぱり、初めての場所はドキドキしますね」
「そうだよね!」
 伊崎 紫音(ia1138)は常春の横に並んで声をかける。暗がりの向こうに広がっているはずの景色を二人はしばらく想像して立ち続けた。
「本当に砂に覆われた土地なのですね」
 純之江 椋菓(ia0823)は屈んで足下の土壌を手のひらで掬ってみる。
 土というよりも砂。一言で砂といってもいろいろとあるのだが、やはり天儀本島の大地とは違って痩せていた。
「いろいろと見てまわりたいところはあるけど、まずは人探しよね‥。その前に宿が必要だけど‥」
「まだ朝まで時間があるよね」
 柚乃(ia0638)はもふらの八曜丸を連れながら常春に話しかけた。
「てぇんとは二つ持ってきたから交代で寝れば大丈夫さ」
 用意周到な海峰は野営道具を持ってきていた。さすがに全員は入れないので、何人かはしばらく見張りをして途中で交代である。くじ引きで順番を決めるとさっそく空き地にてぇんとを設営した。
 その際、奈良柴 ミレイ(ia9601)が用意してくれた松明が非常に役立つ。真っ暗闇では何も出来ないに等しいからだ。
(「難儀を為されているとは思いますが、今はどうしようもありません。身体を休めさせて頂きましょう」)
 ジークリンデ(ib0258)はてぇんとの中で掛布にくるまる。
「夜こそニンジャが主役の時間ですけど、坊ちゃんの護衛も大切ですからね!」
 ルンルン・パムポップン(ib0234)は常春、海峰と一緒に見張り役である。手頃な岩を運んできて椅子の代わりにする。
「これプレゼントするねぇ〜。日中は倒れそうになるくらい暑いにゃ」
 パラーリア・ゲラー(ia9712)は頭に巻くターバンとブブーと呼ばれる首から下の殆どを多う男性用の外套を常春と海峰のそれぞれに贈った。
「へぇ〜、こっちではこういうの着るんだね」
「きっと気候に合った服なんだろうな」
 さっそく着てみた常春と海峰である。パラーリアは『お休み〜♪』と笑顔で挨拶してからてぇんとへと潜り込んだ。
「これ」
 パラーリアと入れ替わるように奈良柴が常春と海峰の前に立つ。
 奈良柴が差し出したのは頑丈そうな革の紐。海峰に手渡し、砂金の入った袋を盗まれないよう身体と結ぶ事を提案する。
「これを無くしたらそれこそ大変だよね。これでよしっと」
 常春も手伝って海峰の身体にがっちりと袋が繋がれる。ブブーのおかげで袋と革のすべてが隠れた。
 去り際に奈良柴はいつものように常春へと扇子を贈る。
「白地に大きな花。とても綺麗だね」
 広げた扇子を眺めた常春に奈良柴は頷くと、てぇんとの中へ姿を隠す。
「俺も見張りを手伝うぜ。まずは海峰の父ちゃんの顔とか教えてくれよ」
「そうだよな。まずは特徴を伝えておかないと――」
 筆記用具を持ってきたルオウ(ia2445)はさっそく探し人の似顔絵描きを始めた。ついでに海峰の父親『山峰』がどのような商品に興味を示しそうなのかを訊ねる。
 海峰の父親『山峰』は『食べ物は必要不可欠だが扱いに注意が必要だ。布などの腐らない商品なら失敗も少ない』が口癖らしい。
 松明の灯りを頼りにして『山峰』と姉の『波曲』の二枚が仕上がる。常春を含めて絵心がある仲間が見張りの間に写して似顔絵の枚数を増やす。
 数時間ごとに見張りを入れ替えながら一行は朝を待った。

●人捜し
 太陽が昇ると気候は一変する。強い日差しのせいで落ちる影は非常に濃かった。
 日の当たる場所はひたすらに目映く、そうでない場所はひっそりと佇む。
 人が集中する場所が市内にはたくさんあるので手分けして探す事となる。今夜からの宿を待ち合わせ地点にして一旦解散である。
「来たばかりなら二人も泰国の服装のままかな‥?」
 柚乃はもふらの八曜丸を連れて似顔絵を片手に市場を回る。
「あ、もふら様‥‥」
「ほんとだもふ」
 たくさんのラクダに混じって寝ころんでいたもふらに柚乃は近づいた。飼い主ともふらに似顔絵を見せて訊ねる。
 ここ最近国外からの商人は増えつつあるので、もしかすると見かけた可能性もある。しかし全員の顔まで覚えていないという。
「これからよね‥八曜丸」
「おいらもがんばるもふ」
 日陰に入った柚乃は石清水を氷霊結で凍らせたものを八曜丸と一緒に頂く。試しに琵琶で精霊の唄を奏でてみた。天儀の調べなら探し人の気を引けるかと考えて。
 暑さがひいたところで柚乃は人捜しを再開した。
 その頃、純之江は食料品以外の品を扱う露天商に当たっていた。
「娘連れの、この辺りとは違う服装の男の方を見かけませんでしたか?」
 市場が無理なら点在する宿か飛空船の駐留地を探してみようと考えていた。きっかけさえ掴めればすぐにでも見つかるだろうと。
 大通りにはジークリンデの姿があった。
「おそらく難儀なされていることでしょう。海峰様のお父様とお姉様、どちらにいらっしゃるのか」
 ここでも道沿いに様々な露天が開かれていた。ジークリンデはその中で山峰が立ち寄りそうな布地を扱う店を中心にして探す。取引が出来なくても視察程度はしているかも知れないからだ。一軒一軒訪ねてみる。
 ルンルンは一人、街の上空をグライダーで舞う。街を越えると周囲には砂ばかりの地平の景色が広がる。
「坊ちゃんにも見せてあげたい風景ですね。あ、きっとあそこなら!」
 商売が繰り広げられているのは何も街中に限ったものではない。郊外までひとっ飛びして多くの人が集まるキャンプ地に着陸する。
 そこではいくつかの隊商同士で物々交換が行われていた。
「いろいろとありますけど、今は置いてといてと。ルンルン忍法友達の輪で、バッチリ情報収集なのです!」
 ルンルンは夜春の効果をまとって商人へと近づいた。
「お、お姉ちゃん、どこの国から来なさった?」
「この絵の二人が買い付けに来た、と思うんだけど‥‥知りませんか?」
 普段より一歩近い距離で訊ねるルンルンだ。おまけでもらった見知らぬ果物は仲間へのお土産となった。
 パラーリア、ルオウ、奈良柴の三名は護衛を兼ねて常春と海峰と一緒に行動する。衣料関係の露天や店舗を順に探し回る。
「いい匂いなのにゃ。あ! 常春くん、焼いたお肉だよ〜」
 パラーリアは道ばたでちょっと気になる露天料理と出会う。串に刺された巨大なお肉は常に炭火で焙られており、ナイフで表面を削いでいた。
「おお! 常春兄ちゃん、旨そうじゃね?」
「美味しそうだね、すごく!」
 ルオウと常春はパラーリアが見つけた屋台を眺めながら同時につばを飲み込んだ。しかし今は山峰と波曲の探すのが先決である。
(「好奇の目で視られるのは仕方がないか。問題は手癖の悪い奴がいないかだけど」)
 奈良柴は海峰の後ろにぴったりと張り付くように歩いていた。いつも視界に入れておけばスリに狙われたとしても対応出来るからだ。
 ちなみにパラーリアは一緒に常春の兄の似顔絵も見せていた。どこに情報が転がっているかも不思議ではない。
 解散して探しだしてから四時間後、宿屋に戻った一同は互いの情報を照らし合わせる。
「服を扱っているお店では海峰クンのお父さんらしき人の情報はなかったの‥。別の商品を探していると思う‥。ね、八曜丸」
 柚乃の考えにもふっと頷くもふらの八曜丸だ。
「宿をあたってみましたが、それらしき親子が泊まった様子はみられません。時間が足りなくて飛空船の駐中地はまだですが、もしかすると所有している船に寝泊まりしてるのかも知れませんねっ」
 純之江は常春の瞳を見つめながら話す。
「大通りの露天を調べましたが、そちらにはいらっしゃいませんでした」
 ジークリンデは布地を扱う店と水飲み場を調べてみたが、残念ながら手がかりはなかったと報告する。
「郊外に構えていた隊商のみなさんは海峰くんのお父さんとお姉さんを見かけていないようです」
 パラーリアはもらった果実を仲間に分けながら調べを伝えた。
「飛空船の駐留地ならボクが見てきました。ただ、あまりにたくさんあってどれなのかわからなかったです」
 駐留地はいくつかあるのですべては回りきれなかったと伊崎紫音は報告した。
「あたしたちも服の店を調べたけどわからなかったにゃ」
「そうそう。見たことないっていってたぜ」
 パラーリアとルオウは手振り身振りで物や人の大きさを示しながら話す。
「店が駄目なら船を探すのがいい」
「そうだね。可能性を一つずつ潰していこう」
 奈良柴の呟きに常春は同意する。仲間達ががんばってくれたおかげで衣服と布を扱う店は除外してよさそうである。
「とはいえ服や布が違うとすれば‥‥どのような商品を扱おうとしているんだろう?」
「父さんなら何だろうなあ」
 常春と海峰は店を覗き込みながら歩いた。
 全員で飛空船が停留している広場へと向かって中型飛空船『山海号』を探す。しかし何カ所か回ったものの見あたらなかった。
「そういえば‥‥隊商で何か布みたいのを見たような‥‥見ないような‥‥」
 ルンルンが腕を組んで深く唸り続ける。
「布みたいで布でないものって‥?」
「もふ〜」
 柚乃も八曜丸と一緒に悩んだ。
「もしかして‥‥あれかも知れませんね」
 ジークリンデには思い当たる節があるようだ。
 時間がとれたら宝石や装飾品類を見て回ろうかと考えていたジークリンデは、途中で見かけた店舗の片隅に飾られていた巨大な品を思い出す。
 それは絨緞。つまり布ではなく織物である。非常に長い月日をかけて織り上げられる絨緞は非常に高価なものだ。
「それなら父さんが目を付けるかも知れない!」
 海峰は確信めいたものを感じた。
 さっそく絨緞を扱う店を中心にして探す。そして山峰と波曲らしき人物の情報を得た。何時間も買わずに店内をうろうろしていた中年男性と諦めるよう説得していた若い娘の二人組がいたようだ。
 すでに夕暮れ時だったので宿に戻って一晩を過ごす。そして二日目の早い時間に海峰の父親と姉を探し当てた。
 旅の途中で山海号は故障してしまい、なけなしのお金で現在修理中だという。その為に格納庫内にあると山峰は語った。
「それでなかなか見つからなかったのですね」
 駐留地で見つからなかったことに常春は納得する。
 砂金の袋が海峰から山峰に手渡されたところで依頼は終了する。残る時間、全員でこの地を観光する事となった。
 まずは腹ごしらえだ。これまでも頂いていたが、捜索に集中する為に簡易な食べ物ですませていた。この地独特の料理を本格的に食べるのはこの時が最初である。
「お肉の固まりかと思ったら違うみたいだぜ。味付けもちゃんとされているしな!」
 ルオウが口にしたのはケバブ。香辛料やヨーグルトで味付けをした薄い羊肉を串に刺してゆき、一つの大きな固まりにする。それを炭火で焙って削いだ表面を頂く。
「ちょっとクセがあるけど美味いよ〜♪ はい、常春クンの分」
「ありがとう。結構大きいね」
 パラーリアが持ってきてくれたパンに挟まったケバブを常春も頂いた。異国の味に思わずむせる。
「ボクも作って、皆さんに食べさせてあげたいです」
 伊崎紫音は店先でのケバブ作りをじっと眺めた。問題なのは肉を漬け込む下味の香辛料とヨーグルトである。
「天儀や泰国とは別の世界のようです。 世の中は広い、ということですね」
 純之江が気になった現地の味は珈琲。
 泰国や神楽の都などでも最近飲まれ始めているようだが、ここのはちょっと違うようだ。挽いた豆を濾して淹れるのではなく、粉にしたものを溶かして作られていた。その証拠に飲み干したカップの下に溶けきれなかった粉が残っている。
「八曜丸も飲みたいの‥?」
「もふ!」
 悩んだ末に柚乃は少しだけ珈琲を八曜丸にあげた。しばらくすると瞳をまん丸にしてグルグルと回りだす。刺激が強かったようだ。
「すごい景色ですよ! 是非見てください!」
 ルンルンが語った景色を常春も見たいということで全員で郊外に向かう事にする。
 飛空船ではなく精霊門で辿り着いた者達にとって、初めての砂漠の風景が広がっていた。
「すごいね。ルンルンさんがいっていた通りで砂ばかりです!」
 常春は砂の上を思いっきり走ってみた。どこまでいっても砂ばかり。一同の何名かも一緒にしばらく駆け回る。
「あれに乗ってみましょう」
 ジークリンデは通りがかったラクダを連れた隊商と交渉する。さっそくラクダの背中コブの間に挟まって砂漠を散歩してみた。
「月‥‥」
 奈良柴が見上げた青空に浮かんでいたのは白い月。日が暮れると夜空にはっきりと黄色く浮かんだ。
「とっても助かりました。ありがとう!」
 海峰は父親、姉と一緒に行動するのでお別れである。
 常春と開拓者達はステラ・ノヴァのお土産として粉状の珈琲を購入した。たいした量ではないので親しい人々と数日で消費してしまうだろう。
 そして三日目の夜に開拓者達は精霊門で神楽の都へ。常春は泰国の帝都、朱春へと戻るのであった。