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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 泰国は天儀本島と離れた地。嵐の壁によって隔たっていたものの、今では飛空船での往来が可能である。多数の群島によって形成され、春王朝天帝と諸侯によって治められていた。 帝都の名は朱春。 春王朝天帝の名は春華王。十一歳の時に帝位に就き、今もまだ少年であった。 天儀本島の理穴から望んで北西遠方に位置し、ジルベリア大陸への開拓史に中間基地の島として記されているのが武神島である。 春華王の仮の姿、常春と開拓者達が動かす大型飛空船・春暁号は島の警備兵達に空賊と間違われてしまう。着陸してすぐに離陸をしなければならない状況に陥った。 その際、臨検しようと乗り込んできた警備兵二名を捕縛。汚名を着せられたままではいられないと一同は真実の解明に乗り出す。 開拓者達の活躍のおかげで空賊の正体は白日の下に晒される。実は空賊ではなく、飛空船によく似たアヤカシであった。 朱藩の首都、安州沖で擬態前のアヤカシと春暁号は遭遇していた。アヤカシは春暁号の姿を見て参考にしたに違いなかった。 春暁号にそっくりなアヤカシ『偽春暁号』であったが、大きく違う点が一つある。それは船首下部に現れる獣のような口と牙だ。 強靱なそれで一気に飛空船外装を噛み砕き、中の人を含めて丸ごと呑み込んでしまう。戦闘が繰り広げられた際、春暁号も危ないところであった。 捕縛の警備兵二名が春暁号とアヤカシ偽春暁号との戦いを目撃。おかげで誤解は解けたものの、まだ謎は残っていた。 人を喰らう為だとすれば飛空船の姿は非効率である。物事すべてが合理的に片づくはずもないが、常春はその点が気になった。 (「次こそは」) 泰国の帝都、朱春にある天帝宮で常春は思い続ける。 ギルドに開拓者募集の手配をし、再び武神島を訪れる用意は整う。次こそは偽春暁号を破壊し、謎を解くのだと常春は密かに誓うのであった。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
久万 玄斎(ia0759)
70歳・男・泰
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
奈良柴 ミレイ(ia9601)
17歳・女・サ
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●広地平 ある晴れた日の昼頃、武神島唯一の町『広地平』に隣接する基地へ大型飛空船『春暁号』は着陸する。 以前はアヤカシが化けた偽春暁号と間違えられてしまったが、誤解が解けた今回は特に騒ぎも起こらず係留許可が下りる。 常春と開拓者達は高鷲造船所の協力者達に留守を任せて町中へと向かう。一人、雲母(ia6295)だけは春暁号に残った。 (「偽の船ねぇ‥‥。何かしら理由があるかもしれんが、私が気に入らないから見つけたらとっとと落すかね」) 雲母は甲板に置いた椅子に腰掛けて手には煙管を持つ。そしてゆっくりと紫煙を空へと立ちのぼらせる。 しばらくして町中へ向かった常春一行は中心地に辿り着いた。 「あの警備兵二人の話がちゃんと伝わっていたようでよかったのう。まだ厄介なアヤカシは残ってはおるが‥‥」 「そうなんですよね。あの偽春暁号はどうにかしませんと‥‥」 久万 玄斎(ia0759)に常春が強く頷いた。広地平の人々の中にまだ訝しいと感じている者がいるとも限らず、少しでも早く誤解を解こうと常春は考えていた。 久万玄斎に近況を訊ねられるとついこの間花見をしたと答える常春だ。その際、手にいた梅の枝が春暁号の艦橋には飾られていた。 「今から約五百年程前‥かな、原始飛空船が初の嵐の壁突破に挑んだものの、突入直後にアヤカシに襲われて消息不明になったって‥ばば様に聞いた事がある‥」 柚乃(ia0638)は隣りを歩く常春に知っていた昔話を語る。飛空船と嵐の壁については様々な逸話や伝説が残っていた。 「アヤカシも飛空船の存在は把握しているはずなんだよね。特に頭がよい奴でなくても‥‥」 言葉の最後で唸る常春。胸元で腕を組んで首を傾げながら一緒に唸ったのがパラーリア・ゲラー(ia9712)である。 「どうして偽春暁号は飛空船の形をしてるのかなぁ? 不思議だにゃ」 「そうなんだよね‥‥」 パラーリアの疑問に常春は同感だ。事件があってからこれまでずっと考え続けてきた謎であった。 (「坊ちゃんに罪を着せようとしたその悪事、絶対に許せないもの!」) ルンルン・パムポップン(ib0234)は仲間達の話し声を聞きながら、ステッキを強く握りしめた。これ以上の被害を食い止める為にも正義のニンジャの出番だと心の中で呟いて。 「人を喰らうなんて、まるで伝説やおとぎ話に出てくる幽霊船ですね。接触しながらも生き残った人達を探して話しを聞くのは賛成です」 「そうしてもらえると助かります」 決意の述べたジークリンデ(ib0258)に常春が笑顔を浮かべる。 偽春暁号に襲われて生き残った者はいないとされていた。 春暁号が戦った記録を除くこれまでの証言すべては遠方から見かけられたものである。だからといって誰もいないと考えるのは早計だと考えられた。目撃した状況が荒唐無稽過ぎて信じてもらえなかった人がいるかも知れないからだ。 「調査はみなさんに任せて、ボクは水や食材を手配してきます。補給は大切ですし」 「よろしく頼むね、紫音さん」 伊崎 紫音(ia1138)は物資補給の任を常春から任されている。明日からしばらく無補給状態で飛び続けるので今日の補給は重要である。 「戦闘になれば駿龍の応鳳で役立つ所存ですが、今は買い物をさせて頂きます」 「助かります。お願いしますね、コルリスさん」 コルリス・フェネストラ(ia9657)は伊崎紫音を手伝ってくれるという。 待ち合わせ場所を決めると一旦解散になる。 「これ、あげる」 「へぇ、透かし彫りの扇子なんだね。こうしてみると奈良柴さんの姿もぼんやりと見えるよ」 奈良柴 ミレイ(ia9601)が贈った『扇子「雲間」』を常春が広げた。扇子の向こう側にいる奈良柴は一瞬だけ常春側に視線を向けると走り去ってゆくのだった。 ●噂 常春一行は宵の口に係留中の春暁号へと戻る。 そして伊崎紫音が作ってくれた広地平の料理店でよく見かけられる塩漬け肉を使った煮込み料理を頂きながら情報を突き合わせた。 パラーリア、久万玄斎、ルンルン、ジークリンデの四人とも似たような情報を得ていた。それは浜に流れ着いた酒瓶についてだ。 木片の蓋で閉じられた酒瓶の中から『助けて欲しい』と書かれた千切れた服の袖が見つかったという。噂によっては『船に食われた』とも記されていたようである。とはいえあくまで噂であり、誰も現物を確認した訳ではなかった。その酒瓶の在処は現在ようとして知れない。 「‥‥それが本当だとすれば一つの仮説が成り立つね」 常春はわずかな情報の断片から推測を導いた。 元々、偽春暁号内を探るべきだという意見は開拓者達から出されている。そこで偽春暁号を倒すにしろ、入れるのならば中を調査してからという話に決まった。 翌日、春暁号は進路を武神島の西側海域上空にとる。以前に偽春暁号と戦闘が繰り広げられた空域である。 春暁号に残って常春を手伝う者、龍騎して探す者など手分けして事に当たった。 頑張った捜索二日目だが偽春暁号との接触はなく日が暮れる。真夜中の戦闘はあまりに不利になるので常春の判断によって安全な空域へ移動した。 そして三日目の早朝、再び武神島の西側海域上空を捜索するのだった。 ●偽春暁号の秘密 「む?」 偽春暁号を再発見したのは壮一郎に龍騎して探していた久万玄斎であった。真下の海面がいきなり盛り上がってきたかと思うと船体を現した。 (「こりゃ、坊ちゃまに知らせんといかんのう」) 久万玄斎は一人で立ち向かうよりも仲間達と一緒にと判断する。武天の呼子笛を口に銜えて吹きながら春暁号が漂っているはずの方角へと駿龍・壮一郎をひたすら飛ばす。 途中、滑空艇・覇龍を駆る雲母、炎龍・紫に騎乗する伊崎紫音、駿龍・応鳳を操るコルリス、炎龍を飛ばすジークリンデが合流する。その他の仲間達は全員春暁号に乗船中であった。 「常春くん、北北東に偽春暁号がでたみたいだよ〜」 気流の確認と同時に艦橋で監視を行っていたパラーリアが、久万玄斎の手振りを望遠鏡を片手に解読する。 「進路変更、北北西!」 「旋回して北北西に」 常春が指示を出すと福操縦席の奈良柴が春暁号を操った。春暁号が船体を傾かせながら船首の方角を変える。 (「やっぱり海からなんだ〜。偽春暁号の正体は海洋性のアヤカシなのかな?」) 艦橋の一席に腰掛けていたルンルンは、右手を頭の上に乗せながら状況を整理する。擬態前のシャボン玉みたいのが本当の姿なのか、もしくは大貝などの別の本体がいるのではないかと想像は多岐に渡った。 「常春クン、戦いになりそうなので甲板で待機するね‥」 「うん。お願いね」 雲母が甲板に向かう前に常春へと一声かける。 「ぼっちゃん、私もいってきますね〜。いまこそ偽春暁号の真実をニンジャの瞳でズバット見ぬき、しっかり成敗しちゃいます!」 跳ねるように椅子から立ち上がったルンルンも甲板へと駆けてゆく。 偽春暁号が確認出来る空域まで移動すると常春は奈良柴と操縦を代わる。奈良柴は甲龍・甲彦で飛び立つ。 「戦いが激しくなったらあたしも参加するね〜」 「それまでは艦橋にいてもらえると助かるよ」 艦橋には常春とパラーリアの二人になる。常春が主操縦の司り、パラーリアが宝珠出力などの補助を行う。 海中から上空へと浮き上がった偽春暁号はどうやら『餌』を探していたようだ。春暁号を見つけるなり進路を変えて速度を増しながら向かってきた。 「私に射抜けない物なんてないんだよ」 雲母は煙管を銜えたまま『マスケット「シルバーバレット」』を構える。白銀に輝く銃身から射撃された弾は偽春暁号の左側面後部に命中。水晶板がはめられた窓のような箇所にわずかながら亀裂が生じた。 雲母が次弾を装填中、コルリスが駿龍・応鳳の背中で『呪弓「流逆」』の弦を引く。 「せっかくなので狙わせてもらいます」 コルリスが放った朧月による矢は幻惑の動きを見せながらも亀裂の部分に突き刺さる。これで亀裂は広がった。 「これは耐えられるでしょうか」 ジークリンデの掌から迸る稲妻。アークブラストの閃光も亀裂部分を射抜く。この時の衝撃によって偽春暁号は船首下に口と牙を露出させて悲鳴をあげた。 轟く悲鳴にたじろがすに炎龍・紫を急かせて伊崎紫音は偽春暁号に急接近する。手には『殲刀「朱天」』を握って。 「流石に大きいだけあって、しぶといですね」 伊崎紫音は下から上へと刀を振り上げ一撃を食らわしてから急上昇して離脱する。 さらに雲母の二発目の弾が亀裂付近に命中。亀裂がさらに広がって外装の一部が剥がれ落ちた。 「中は変な感じじゃの?」 久万玄斎は駿龍・壮一郎を接近させると目を細めて偽春暁号の中を覗き込んだ。 破壊されたことでようやくわかったのは水晶板のように見えた窓はただの模様であった事だ。つまり外見と中身は必ずしも一致していないのが判明する。 (「やはり外側に騙されていたのかも知れない‥‥」) 状況を知った常春は表面上だけでなく、もっと奥を調べる必要を感じ取った。さっそく伝声管で連絡し、銅鑼によって外の仲間達に指示を出す。奥を調べて欲しいと。 「ここは入ってみないとわからないか」 真っ先に飛び込んだのは甲彦に龍騎する奈良柴。龍ごと偽春暁号の内部へと侵入を果たす。 「さてと‥‥どうなっているのかのう」 久万玄斎もまた壮一郎と共に偽春暁号の中へと飛び込む。 「こうなればアヤカシの気を逸らす為に威嚇が必要ですね」 「やれやれだな」 コルリスと雲母は偽春暁号の右側面が望める空間へと移動。それぞれの武器で遠隔攻撃を再開する。 「ここからがやりやすいですね」 ジークリンデは偽春暁号の上方に移動して激しい雷を落とす。但し、中の仲間に影響がないよう最後部に狙いを定めた。あくまで念のためであったが。 間を置いてポイズンアローで弱らせておくのも忘れないジークリンデだ。 「ここの守りは任せてください」 伊崎紫音は龍騎したまま偽春暁号に空いた破損部分で待機した。常に破壊を続けて治癒回復する穴が塞がらないようにと。 「パラーリアさん、出力は?」 「まだ余裕があるにゃ!」 常春とパラーリアは協力して春暁号を操船する。春暁号は囮となって牙を剥く偽春暁号からわざと逃げ回っていた。 追いかけてくる後方の偽春暁号に対し、甲板の柚乃とルンルンが攻撃を加え続ける。 「そっちはダメ‥こっち‥。伊邪那もお願い‥」 「戦えばいいんだよね?」 精霊砲を放ち、偽春暁号の注意を引きつけようと頑張る柚乃。近づきすぎた時には管狐の伊邪那に風刃の技を放って加勢してもらう。 「ニンジャアローガン‥シュリケーン‥‥オマケに、天儀の伝統水芸です!」 ルンルンは『風魔閃光手裏剣』によって巨大な手裏剣を投げる。水芸は誰もツッコンでくれなかったので空振りに終わる。ちなみに迅鷹の忍鳥『蓬莱鷹』も偽春暁号を攻撃して注意を引きつけてくれた。 とはいえ時間稼ぎにも限界がある。偽春暁号に突入した奈良柴と久万玄斎の報告をひたすら待った常春と開拓者達だった。 ●偽春暁号の内部 「あれは」 「なんじゃ!」 偽春暁号の内部に突入した奈良柴と久万玄斎は不思議な光景に遭遇する。廃材の焚き火による灯りの中にいたのは生きていた人々であった。数えてみると老若男女合わせて六名にのぼる。 「あんた達も食われたのか‥‥」 やせこけた男が床に座ったまま奈良柴を見上げた。 「いや違う。食われたのではなく、自分の意志で乗り込んできたんだ」 奈良柴の返事にその場の六名から驚きのうめき声があがる。 (「やはり坊ちゃんの仮説は正しかったようじゃのう‥‥」) 久万玄斎は常春の話を思い出す。常春は情報の断片から偽春暁号の内部に人がいるのを予想していたのである。 久万玄斎が酒瓶に『助けて欲しい』と書いたのはおぬし達かと訊ねてみると一人から返事があった。 細かい話しは抜きにして奈良柴と奈良柴は閉じこめられていた六名を連れての脱出を開始した。 「わかりました。どう考えてもボクたちの龍だけで運ぶのは無理ですから。すぐに伝えます。待っていてください」 外へと繋がる穴まで移動すると、久万玄斎が待機していた伊崎紫音に事情を説明する。伊崎紫音は春暁号までひとっ飛びして状況を常春に報告した。 「パラーリアさん、偽春暁号の上に接触を強行するよ!」 「船は大丈夫だよ〜。やっちゃお〜」 常春は春暁号の速度を一気に落とした。後方を追ってくる偽春暁号と衝突しないように微調整も行いながら。 大きく船体が揺れたものの、パラーリアの監視誘導のおかげで春暁号は無事偽物との接触に成功した。 「三、二、一の一で飛んで」 「大丈夫じゃからな」 奈良柴と久万玄斎は救出者を一人ずつ春暁号の甲板へと落下させてゆく。 この間、コルリス、雲母、ジークリンデ、伊崎紫音は偽春暁号に攻撃を仕掛けていた。春暁号や救出作業の仲間達、捕らわれていた人々に危害が及ばないよう手加減をしながらも偽春暁号の意識を自分達に向かわせなければならない。全力で戦った方が余程楽な状況が続く。 「はい。大丈夫ですよ〜」 「しっかり持たないと‥」 春暁号の甲板ではルンルンと柚乃が大きな布を広げて落ちてくる救出者を柔らかく受け止めた。六名全員を脱出させると奈良柴と久万玄斎はそれぞれの龍に飛び乗った。 錐揉みを始めた偽春暁号から二体の龍が飛び出す。春暁号も接触状態を解いて距離をとった。 脱出を手伝った奈良柴、久万玄斎、伊崎紫音はそのまま龍と共に春暁号へと帰還する。 「これで気兼ねなく倒せるな。まったく手間をかけさせやがる」 いつの間にか煙管を仕舞っていた雲母が発砲する。 「悲鳴から急所の位置がわかりました。ここです!」 コルリスも大きく弓を引いて矢を放つ。 「存分に叩いてあげます。木っ端微塵になるほどに!」 青白い輝きをジークリンデは偽春暁号の船首部分に落とす。 「春暁号は食べちゃだめなのにゃ」 奈良柴と操縦補助を代わったパラーリアは、ルンルン、柚乃と一緒に甲板から偽春暁号への攻撃を繰り返す。ガドリングボウの連射で固め撃ちである。 「もう大丈夫じゃよ」 久万玄斎は少しでも暖かくなるように救出した六名に毛布を運んだ。 「すぐに支度しますので」 伊崎紫音は食事の支度を始める。戦いの最中ではあったが、救出した六名の飢餓状態は無視出来るものではなかったからだ。消化のよいものを与えなければならなかった。 大きく口を開いて牙を剥く偽春暁号。以前のように海中へと逃げられないよう春暁号は下に潜り込んで阻止を敢行する。 開拓者達は攻撃を偽春暁号の船体中央に集中させた。外装は剥がれると生肉のような姿へと変貌し、やがて瘴気の塵となる。 最後には中折れして自壊。偽春暁号は完全に破壊されてすべてが消え去る。体内に残っていた品のみが海へ落下してゆく。 日が暮れるまでの間、海上に浮かんでいた遺品の回収を行うのであった。 ●そして 偽春暁号を退治した春暁号は武神島の町『広地平』へと戻る。 助けた六名のうち比較的元気だった一人に経緯を訊ねた。 どうやらアヤカシの偽春暁号は自分の体内で恐怖に怯える人達を楽しんでいた節があった。完全に食べられてしまった者もいるので趣味と言い換えてもよい。悪辣過ぎて人にとっては看過出来ないものだが。 アヤカシが人を食す欲望と共に恐怖を楽しむ感情を持ち合わせているのは、すでに判明している事実だ。 食料を含む最低限必要な物資は偽春暁号が呑み込む形で補充され続けた。 偽春暁号の口内に長く留まって脱出を試みた者もいたが、目を離した隙に行方不明になってしまったそうだ。おそらく邪魔だと感じた偽春暁号が食べてしまったに違いなかった。 助けを求めた酒瓶についてはこっそりと偽春暁号の口内に残して置いたという。偽春暁号は口の中に溜まった塵をたまに吐き出していた。 「そのくらいおやすいご用ですから」 常春は助け出した全員を故郷に戻すために春暁号を運用する。各地を回って最後の一人が下りるまでに三日を要した。 遺品を遺族に戻す事に関しては常春が別依頼として開拓者ギルドに頼んだ。しばらくすればある程度は遺族の手に渡るであろう。 春暁号が朱藩の首都、安州の高鷲造船所に戻ったのは、それから二日後である。 「茶の一つくらい出せるんだろう?」 「もちろんですよ。はい、お待たせしました」 全員が集まった春暁号の食堂。常春がお茶の湯飲みを煙管を吹かす雲母の前に置く。労いの意味を込めて全員分を常春が淹れていた。 「広地平でお土産探し出来なくてごめんね」 「うううん。時間があるときでいいの‥‥」 柚乃は常春からお茶を受け取る。宝珠から出していた伊邪那が不思議そうに湯飲みの中を覗いていた。しばらく待ってから柚乃はお茶を頂いた。 とても濃くて元気が出るといわれているお茶だ。飲み過ぎると目がさえすぎてしまうようだが。 飾られた桜の枝はまだ元気に花を咲かせている。 今回の出来事を振り返りながら別れ際のお茶会を楽しむ一同であった。 |