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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 武天は天儀本島最大の版図を持つ国である。 王は赤褐色肌の巨勢宗禅。巨勢王の名で通っている巨漢の男には娘がいる。 その名は『綾』。普段は綾姫と呼ばれていた。 父親に似ず器量よし。亡くなった母親の紅楓に似たおかげだ。 紅楓は理穴国の王族、儀弐家の血筋。綾姫は親戚となる理穴国王の儀弐重音にどことなく面影が似ている。 綾姫は飛空船で編成された武天軍を統率した経験もある才女の綾姫だが、まだ十歳と若いどころか幼いといってよかった。 武天の此隅城。庭の木陰に寝転がっていたのは綾姫である。 「夕立でもあれば少しは涼しくなるやもしれぬのに‥‥。その気配はなしか」 芝生の上で大の字になって青空を見上げていた。手に取った本は胸元で伏せたまま、ここしばらくの状況を整理する。 苺畑襲撃や熊ぬいぐるみの噛みつきはどちらもアヤカシの仕業だ。目的は綾姫自身だと考えられた。特に熊ぬいぐるみ・妖に関しては誘いだしが露骨であった。 (「どうも裏で手を引く何者かがおるような気がするのじゃ。それなりに賢い奴が」) 序列の高いアヤカシが指揮を執っているとするならば、ここで終わるはずがない。かといって不意打ち的な戦法で来られると後手に回るしかなかった。 「そうじゃ。こちらから打って出ればよいのじゃ」 綾姫は先に仕掛けてアヤカシ側を騙そうと考える。 幸いといってよいのかはわからないが、アヤカシ側が綾姫を狙っているのはまず間違いがない。なら自ら囮となって一網打尽にすればよいのではと考えたのである。 「ならん! 絶対にならんぞ!!」 さっそく巨勢王が休む部屋へと向かう。許可を得ようとしたところ猛烈に反対された。 「父様、心配してくれて嬉しいのじゃ」 綾姫は構わず次案を説明した。開拓者に偽綾姫一行を演じてもらい、アヤカシを引きつけてもらう作戦である。 アヤカシが集結したところで武天軍の飛空船が急行。うまくいけば此隅周辺に巣くうアヤカシをまとめて掃除できるかも知れなかった。 「仕方があるまい」 巨勢王は次案について渋々ながら承認する。 翌日、秘密裏に武天国から開拓者ギルドに協力要請が行われた。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
蒼井 御子(ib4444)
11歳・女・吟
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●到着 よく晴れた日の午前中。開拓者一行を乗せた中型飛空船が森に囲まれた湖の上空に差し掛かる。 「大丈夫なようですね」 灼龍・さつなで先に湖畔へと着地していた三笠 三四郎(ia0163)は上空の飛空船に大きく手を振った。周囲の安全を確かめた合図である。 囮となってアヤカシを集めるのが今作戦における開拓者達の役割なので、反する行動ともいえる。しかしまったく警戒していない態度はアヤカシ側に不審を抱かせるに違いないと一行は考えたのである。その判断はとても正しかった。 飛空船は加速を緩めつつ高度を下げて湖畔に着地する。湖面に着水しなかったのは水中から攻撃されるのを避けたかったからだ。 「さあ、綾姫様。こちらに」 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)は乗降口から現れた綾姫に騎士の振る舞いで手を差し伸べる。並んで歩きながら『とてもよく似合ってる、可愛いね♪』と呟いた。 後ろからついてくる侍女役の神座真紀(ib6579)には『素敵だね』の言葉を贈る。彼女はジルベリア風のメイド姿に扮していた。 (「ボクに任せて、だよ、綾姫様!」) 下船したばかりの綾姫は本人ではなかった。蒼井 御子(ib4444)が変装した姿だ。 蒼井御子は狐系の神威人なのでつけ耳で一工夫凝らしている。髪も染めていて遠目からは綾姫そのものである。 纏う着物はすべて本物。着付けや化粧は城の侍女達が手伝ってくれた。 近くであってもよく知る間柄でなければわからないだろう。錦絵で知る程度の相手ならば絶対に見破れるはずがない。 「お食事の用意をさせてもらいます。こちらでお待ちくださいませ」 神座真紀はいつもとは違う敬語口調である。 抱えてきた茣蓙を敷いて綾姫・蒼井御子に座ってもらうと大急ぎで昼食の準備を整えようとした。手の空いた仲間に手伝ってもらい、船内からいろいろな物を運びだす。 「たくさんあるのよ〜♪ 飲み物もあるのにゃ♪」 パラーリア・ゲラー(ia9712)がバスケットを両手にぶら下げながら、綾姫・蒼井御子の側に座った。 「ここから観る湖は、きれいじゃのう〜」 蒼井御子は綾姫の口調を真似ながらわざとはしゃいでみせる。 神仙猫・ぬこにゃんは彼女の膝の上で喉を鳴らした。時折、何かを感知するように髭をピクピクと動かす。 まもなく湖畔でのピクニックが始まる。 別行動をとった開拓者もいる。 九竜・鋼介(ia2192)は敢えて飛空船の内部に残った。船窓からこっそりと仲間達を見守る。 「さて、アヤカシはどうでるのかねぇ」 最初は鋼龍・鋼だけを飛空船に残そうと考えていた。実際、フランヴェルは朋友の鋼龍・LOをそうさせている。 しかし誰かが飛空船を守らなければと九竜鋼介は最後に降りようとした際に思い立つ。 綾姫役の蒼井御子の護衛は忘れていない。神座真紀が残してくれたバスケットの中のサンドイッチを頬張りながら野外を観察し続けた。 船倉の鋼とLOもちゃんと肉の塊にありついている。 もう一人、宿奈 芳純(ia9695)は森の茂みの中に隠れていた。傍らに滑空艇改・黒羅を置いたまま言霊で雀に化けて周囲を探る。 (「アヤカシは確実に襲ってくると思われますが、どのようなやり方でくるのかが心配です」) 宿奈芳純はアヤカシの出方に応じて複数の対抗策を事前に用意していた。 本物の綾姫が指揮する武天軍の戦闘型中型飛空船八隻は湖から数キロメートルの遠方で待機中である。アヤカシを宝珠砲で殲滅すべく狼煙銃の合図で加勢する手筈になっていた。 調べ終わると滑空艇で場所を移動。それを繰り返す宿奈芳純であった。 ●誘われたアヤカシ 「このサンドイッチ、とても、美味しいのじゃ♪」 変装の蒼井御子は無邪気に笑う。アヤカシへの敵愾心を悟られぬように。 護衛の開拓者達も順に敷かれた茣蓙へと座って一緒にサンドイッチを頂く。 湖側の視界は開けているが、問題なのは取り囲む森の茂みである。もっともそれを補助するために宿奈芳純が奮闘してくれていた。 囮になる以上、危険はつきもの。どこまでアヤカシを引きつけられるかが鍵となる。つまりアヤカシの存在を知ったとしてもすぐに対処することはなく、我慢しなければならない。 (「こないに嫌な予感がするんは滅多にないで。準備しとこか」) 神座真紀は笑顔で飲み物を用意しつつ、心中は穏やかではなかった。 追加のサンドイッチを取るふりをして、バスケット内で寝ていた上級羽妖精・春音を揺する。しかし春音は狼煙銃に抱きついたまま目を覚まさなかった。 「このハムサンドは特に美味しいですね」 三笠はサンドイッチを頬張りながら灼龍・さつなへと振り向いた。先程あげたばかりの肉の塊をもう食べ終わっている。 事態が急変して食べ損なうと感じているのであろう。龍でさえ嫌な予感がしている証拠でもある。 「はい。白身のお魚サンドなのにゃ♪」 パラーリアは神仙猫・ぬこにゃんに千切ったサンドイッチを食べさせようとする。変装の蒼井御子の膝から降りてトコトコとパラーリアに近づく。 実は猫心眼での結果をこっそりと教えてもらうための演技である。 嫌な予感と裏腹にアヤカシらしき存在はまだ何も探知されていなかった。他の仲間達も同様である。 フランヴェルは片膝をつく格好でいつでも立てる姿勢を保ちながらサンドイッチを頂いた。いつでも刀が抜けるよう常に利き手は空けておく。 (「ボクの面はおそらく割れているだろうからね」) これぐらいの警戒は極普通のことだ。アヤカシ側も変だとは思わないはずである。 『にゃっ!』 ぬこにゃんが猫心眼で蜂四匹が近づいてきたことを察知した。 普通の蜂であったとしても綾姫を刺すかも知れないので処分してもおかしくはない。無闇な殺生は望まないが、一定の距離まで接近すればそうせざるを得なかった。 三笠は『三叉戟「毘沙門天」』。フランヴェルは『殲刀「秋水清光」』を構えつつ、咆哮で蜂を一匹ずつ引き寄せる。 自らに呼び寄せた蜂の攻撃を避けつつ、まだ変装の蒼井御子に近づこうとしている蜂を一匹ずつ切り裂いた。すると二匹の蜂は瘴気の塵となって消え去る。 急いで咆哮で引き寄せておいた蜂も退治した。こちらも切った瞬間に瘴気と化す。アヤカシである。 「あ、綾姫様、こちらに。お急ぎを」 「わかったのじゃ」 神座真紀は焦った振りをしつつ、バスケットを抱えて変装の蒼井御子の手を取る。そして飛空船まで急いで戻ろうとした。 フランヴェル、三笠、パラーリアは二人を囲んで護衛する。しかし飛空船の裏側に隠れていた鬼系のアヤカシ等が棍棒を片手に襲ってきた。 「あっちに逃げるのにゃ!」 すでに弓を構えたパラーリアが殿となった。鬼アヤカシ等の額を狙って矢を当てていく。 飛空船に戻れなくなった偽の綾姫一行は一旦森の中へと逃げ込んだ。 「ようわかったわ。引き続き頼んだで」 神座真紀は肩の上に雀を捉まらせながら呟く。雀は宿奈芳純が言霊で作りだした式である。 宿奈芳純が集めた情報によれば様々なアヤカシが急激に集結しつつあるという。その中心は偽綾姫一行だ。 これは事前の作戦通りである。大勢のアヤカシを引きつけて殲滅できるかが、今作戦の肝であったからだ。 その頃、飛空船でも戦闘が行われていた。 九竜鋼介は真っ赤な天儀刀で鬼アヤカシの胴体を真っ二つにしてから甲板の周囲をじっくりと見回す。 「油断は禁物でしたねぇ。これは教訓としておきましょうか」 これで船内に侵入を試みようとしたアヤカシは最後である。 後のことは専任のサムライ達に任せて九竜鋼介も偽綾姫一行と合流しようとする。鋼龍・鋼の背に乗って空を舞うと森の方から呼子笛の響きが聞こえてきた。それはフランヴェルが鋼龍・LOを呼び寄せるための合図だった。 鋼龍・LOが翼を広げて飛空船から飛び立ち、呼子笛が鳴るところを目指す。九竜鋼介も呼子笛が鳴る方向へと手綱を捌いた。 「さてと追いかけるのにゃ」 鬼アヤカシを殲滅し終わったパラーリアも呼子笛が聞こえる森の中へと飛び込んだ。 偽綾姫一行とアヤカシの戦闘はまだ本格化していなかった。 宿奈芳純が把握するアヤカシの数はすでに五十を超えていた。実際にはもっと多くのアヤカシが潜んでいる可能性がある。 「頃合いやな」 神座真紀はバスケットの中から狼煙銃を手に取り、頭上の枝葉の隙間を狙って引き金を引いた。大空に一筋の赤い煙が立ちのぼる。 「出番やで! さっさと起きや!」 次にバスケットを激しく振って、まだ寝ていた春音をたたき起こす。 どちらの方向を見てもアヤカシばかりの状況になるまで数分とかからなかった。その前に鋼龍・鋼を操る九竜鋼介と鋼龍・LOが同時に参上。パラーリアも合流を果たす。 (「我慢、我慢だよ」) 変装の蒼井御子は袖の中でブレスレッドベルを握りながら術を使うのを控えていた。言霊の雀を通じて宿奈芳純からアヤカシの状況を聞かされていたからだ。術を使えば偽者だとばれること必至である。 どの程度の序列かはわからないが人型のアヤカシを見かけたとのことだった。そいつこそが陰謀を巡らせていた張本人なのではと誰もが疑念を抱いていた。 ●真実とは 「開拓者が引きつけてくれている間に急ぐのじゃ!」 武天軍の飛空船八隻は本物の綾姫の号令によって赤い狼煙を目指す。 「綾姫さま、よろしいですか」 「なんじゃ?」 双眼鏡を覗いていた見張り役が急接近する滑空艇の存在を綾姫に伝える。それは滑空艇改・黒羅で飛来した宿奈芳純であった。 宿奈芳純は指揮飛空船に滑空艇を着船させると、急いで操船室まで駆け上がる。 「報告があります。首魁と思われる人の姿をしたアヤカシを見かけました。狼煙を中心とした宝珠砲による掃射ではなく、人型のアヤカシを中心にしての陣形を具申します」 「なんと!」 宿奈芳純が綾姫に報告と具申した内容は言霊の雀を通じて仲間全員にも伝えてあった。 「人に例えるのなら中肉中背の三十歳前後の男性に見えますが、容姿はどこか女性的です。長い黒髪がそう感じさせるのかも知れません」 「わかったぞよ。その首魁のアヤカシを倒さぬ限り、わらわは狙われ続けるというわけじゃな」 綾姫は全飛空船への命令に修正をかける。狼煙を中心点として円陣を組むのではなく、宿奈芳純が指定した周囲よりも高い樹木を中心にして攻撃するようにと。 「それでは仲間の元に戻らせて頂きます」 宿奈芳純は滑空艇改・黒羅で指揮飛空船を飛び立った。 森の中ではアヤカシによる総攻撃が始まっていた。その殆どが変装した蒼井御子を狙うものである。 「綾姫様に近寄るんやない! どついたるで!!」 神座真紀は虫のアヤカシをサブル・ボークをぶん回して叩き落とす。 『えいっ!』 地面に落ちてもまだ消失していないアヤカシには羽妖精・春音が獣剣を突き立てて止めを刺す。 「春音はあっち側のアヤカシを頼むわ!」 『わかったですぅ〜』 神座真紀と春音は変装の蒼井御子を中心にして左右に分かれる。 神座真紀は刃を剥きだしにしたサブル・ボークによる回転切りでアヤカシを裂く。血しぶきのように瘴気の塵が舞う。 春音は獣剣を構えての妖精剣技・突を繰りだした。アヤカシの群れを一直線に突き抜けることで深い傷を負わせる。 『いきますぅ』 さらにアヤカシが追いかけてきたところで妖精剣技・舞で剣を輝かせながら薙ぎ払う。バッタや蜂、蝶の形をしたアヤカシが次々と消滅していく。 フランヴェルは賢そうな個体と優先して戦っていた。 (「知能が高そうなアヤカシは必ず仕留めておかないとね」) そのような個体は後方に待機して機会を窺っていることが多い。時には雑魚アヤカシを指揮している場合も。 咆哮はこういうときにとても役に立つ。遠くにいるアヤカシを引き寄せて直接対決に持ち込めるからである。 『殲刀「秋水清光」』でアヤカシを両断したフランヴェルの背筋が一瞬凍りついた。 焦りながら振り向いたが、いたのは綾姫に変装した蒼井御子だけ。遠方ならともかく間近にアヤカシはいなかった。 嫌な予感には従うべきである。そう判断したフランヴェルは後退して蒼井御子の側に立つ。 呼子笛で呼び寄せた鋼龍・LOはその身を盾にして蒼井御子を守っていた。フランヴェルもLOの硬さと頑丈さを活用した戦い方に切り替える。 パラーリアは地上での戦いに巻き込まれにくいように大木の太枝まで登っていた。 狙うのは大型の虫型や鳥型のアヤカシである。『神弓「サルンガ」』で狙いを定めて次々と墜としていく。 (「なんだか単純すぎる襲い方なのにゃ。これが頭のいい相手とは思えないんだけど、う〜ん‥‥もしかして誘ったつもりが誘われて。もしもそうだったとしても綾ちゃんをやっている蒼井さんは絶対に守るのにゃ」) 自分たちが有利なのはよいことなのだが、変装した蒼井御子を狙うアヤカシの動きはとても単調である。先読みしてくれといわんばかりの一本調子だった。 鏡弦で周囲全体のアヤカシ分布を探ってみると遊兵は少なく、本気で戦っているのはわかる。考えすぎかと思うパラーリアだが疑念はなかなか払えなかった。 変装した蒼井御子への攻撃が急激に強まっていく。それを知った九竜鋼介は鋼龍・鋼を地面に降り立たせる。 「鋼、あれを防いでくれるか」 龍戈衛装によって強固な盾となった鋼は飛んできた巨大な岩を全身で受け流す。 それまでは同胞を傷つけない戦い方をしていたアヤカシ側だが、ここに来てなりふり構わない戦法に切り替えてくる。 その後も三分ごとに岩が飛んできた。鋼とLOはそれらをすべて防いだが、このままでは埒があかなかった。 「受け続けるのも芸がないねぇ」 枝の上の九竜鋼介は猿・妖を烈槍で串刺しにして樹木の幹に縫い止める。 ふと高見から遠くを眺めてみれば片腕だけが異常に発達した巨体鬼アヤカシが視界に入った。岩を投げつけていたのはその個体である。 岩を防いだばかりの鋼を呼び寄せて九竜鋼介は背に飛び乗った。 ラッシュフライトで邪魔するアヤカシを翻弄しながら烈槍を纏わせた『獣角「インドリク」』で巨体鬼アヤカシの肩を貫く。 他のアヤカシが加勢してきたので仕留められなかったが、これ以降は大きな岩が変装の蒼井御子に投げられることはなくなった。 三笠は変装の蒼井御子の頭上にアヤカシを近づけないよう灼龍・さつなと共に制空権を確保していた。 近づくアヤカシには『三叉戟「毘沙門天」』の刃で見舞い、翼や羽根を切り裂いてすべてを墜落させる。 「ついにやって来ましたね」 三笠が戦いの合間に武天軍飛空船八隻の到来を確認する。 頃合いと感じた三笠はさつなの手綱を操って低空を飛んだ。樹木の天辺を掠めながら仲間達に綾姫が指揮する飛空船八隻の到来を知らせる。 「もう大丈夫、だね!」 変装した蒼井御子はベルを鳴らしながら黒猫白猫のステップを踏んだ。そうすることで仲間達の素速さを一気にあげる。 このままだと飛空船から放たれる宝珠砲の斉射の巻き添えになってしまう。アヤカシを倒しつつ脱出を図ろうとした。 そのとき蒼井御子は誰かの声を耳にする。『違いますね』との呟きを。 滑空艇改・黒羅を駆る宿奈芳純が道しるべとして逃げるべき方角を教えてくれる。 陣形が決まってからまもなく飛空船八隻に搭載された宝珠砲の全門が火を噴いた。 榴弾の爆発によって辺りは土煙に覆われる。瘴気の黒い塵が混じりだすことでアヤカシが倒されたことが容易にわかった。 逃げだそうとするアヤカシもいたがそれも想定済み。二斉射目は逃げ惑うアヤカシの群れに叩き込まれる。 飛空船で指揮を執っていた綾姫が満足げな表情を浮かべた。 「何じゃ?」 しかしすぐに険しい表情へと変わった。船窓の外に龍騎の人物を見かけたからである。 最初は開拓者の誰かと思ったが雰囲気が違う。 「中肉中背‥‥。三十歳前後の男性で女性的な‥‥‥‥」 宿奈芳純が説明した人型アヤカシの特徴にそっくりだった。 「一体どこに?!」 一瞬のうちに龍騎の人物が姿を消す。綾姫が戸惑っていると伝声管を通じて何者かが語りかけてきた。 『私は流水と申す者。以後お見知りおきを。綾姫よ。やはり血は争えませんね。母親の紅楓にそっくりです。あと五年も経てばさぞ美しい娘になることでしょう』 綾姫は流水と名乗る者の言葉に愕然とするしかなかった。瞬きを忘れて膝を震えさせる。 「何故、母様のことを御主が知っておるのじゃ! どういうことじゃ!!」 綾姫は伝声管に顔を近づけて渾身の力を込めて叫ぶ。 『知っているも何も、紅楓を丁寧に殺してあげたのは私なのですから。あるとき紅楓に弓矢で胸を射貫かれましてね。瀕死まで追い込まれまして、そのお礼にです。‥‥‥‥目障りなのですよ、あなたが。あの紅楓が生き返ったようで。楽に殺したりはしませんよ。じっくりといたぶりながら殺してあげます』 「嘘じゃ! 母様は病死だと聞いておる!」 『信じてもらわなくても結構です。どうであれ私は私の信じることを成すだけなので』 「こやつ!!」 綾姫が絶叫をあげた瞬間、指揮飛空船は大きく傾いた。 流水が何らかの方法で凄まじい風を起こしたせいである。指揮飛空船が安定を取り戻すのに一分少々の時間が必要だった。 その間に流水は何処かに消えてしまった。 アヤカシの殲滅は成功した。 此隅城に戻った綾姫は巨勢王に紅楓が亡くなった本当の理由を問いただす。だが巨勢王の口は重かった。 |