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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 武天は天儀本島最大の版図を持つ国である。 王は赤褐色肌の巨勢宗禅。巨勢王の名で通っている巨漢の男には娘がいる。 その名は『綾』。普段は綾姫と呼ばれていた。 父親に似ず器量よし。亡くなった母親の紅楓に似たおかげだ。 紅楓は理穴国の王族、儀弐家の血筋。綾姫は親戚となる理穴国王の儀弐重音にどことなく面影が似ている。 綾姫は飛空船で編成された武天軍を統率した経験もある才女の綾姫だが、まだ十歳と若いどころか幼いといってよかった。 お忍びでの城下出歩きが禁じられた綾姫は此隅城で怠惰な日々を過ごしていた。未だ脅迫じみた苺畑での事件が後を引いていたからである。 「こうなれば仕方ないからの。紀江に心配をかけるわけにもいかんし。それにしても父様は今頃、どこで戦っておるのやら‥‥」 暑い日にはプールで泳ぎ、朱藩安州から取り寄せた味付き炭酸水で涼をとる。ちなみに彼女は苺ジャムを使ったイチゴ炭酸水がお気に入りだ。 水着姿の綾姫はプールサイドの木陰で寝転びながら青空を眺める。もっと大人だったら巨勢王の役に立てるのにと考えながら。 綾姫は武天飛空船団の指揮を執って勝利に貢献したことが何度もある。 その意味では若いながら充分な実力と経験を備えているのだが、巨勢王の判断で冥越で繰り広げられている戦いからは遠ざけられていた。 「あ‥‥綾姫さぁま〜」 「お、紀江か。どうじゃったか? よいぬいぐるみはあったかや?」 城下へ買い物に出かけていた侍女の紀江が普段の格好のままプールに姿を現す。 何かを伝えようとした紀江だが急いで走ってきたようで息を切らせていた。綾姫は自分のために用意されていたコーラを飲むように勧めて落ち着かせる。 「そ、そのぬいぐるみですが‥‥市中で大変な事態が起こっていまして」 「ぬいぐるみで大変な事態じゃと? よくわからん。詳しく話してみよ」 最近の綾姫はぬいぐるみにご執心である。 侍女達が作ってくれたぬいぐるみを部屋に飾っている。そのような綾姫なので紀江にお土産としてぬいぐるみを頼んでいた。 「ぬいぐるみが此隅の民に噛みつくといった事件が発生しています。そのせいでどの店もぬいぐるみを取り扱わなくなっておりまして‥‥」 紀江の説明に綾姫は瞳を大きく見開く。 「アヤカシか! 奉行所はどうしておる?」 「その‥‥ぬいぐるみを売らないように達しをだしたのが奉行所のようでして」 「つまり、未だ犯人を捕まえられず、後手に回った対処しかしていないのじゃな」 「そういうことになります。噛まれたせいで瘴気感染した者もいるようです」 会話の途中で綾姫が容器に残っていたイチゴ炭酸水を飲み干す。 「‥‥懇意の開拓者を呼び寄せよ。彼、彼女達ならば早期に解決してくれよう。ぬいぐるみの特徴は?」 「色鮮やかな熊のぬいぐるみです。赤、青、黄、緑、桃の五体になります。背の高さは五寸ほどだとか」 「それも依頼書に記載してたもれ」 「わかりました。ギルドに依頼してきますのでもう一度、城下へ行って参ります」 「急がずにでよい。もふら車で出かけよ」 「はい、綾姫様。心遣いありがとうございます」 綾姫は紀江が遠ざかっていく姿を見つめ続ける。自身が動けないもどかしさを感じながら。 開拓者一行が武天此隅を訪れたのは、それから五日後の深夜であった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
蒼井 御子(ib4444)
11歳・女・吟
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●真夜中の綾姫 深夜零時。 精霊門を潜り抜けて武天此隅に到着した開拓者一行は城へと向かう。 依頼書を確認してから数日経った現在、熊ぬいぐるみ妖に関する新情報が入っているかも知れなかったからだ。 城の一室に案内されてしばらく待っていると綾姫自身が座す。深夜なので代理の者が現れると考えていた開拓者達は誰もが驚いた。 「どうにもやり口が気に入らないのじゃ‥‥」 綾姫はアヤカシ側の出方に対して静かに怒っていた。 サムライの道をアヤカシに説いたとしても暖簾に腕押しなのは重々承知である。それでも憤りは抑えきれるものではない。 「あたしもそうや。可愛さ利用して子供襲うなんて厭らしいアヤカシやなぁ」 神座真紀(ib6579)が腕を組みながら綾姫に頷く。隣に座る上級羽妖精・春音も同じ姿勢でぷんぷんと眉毛をつりあげた。 「子供達を狙って罠を仕掛けるとは‥‥。許しがたい行為だ。必ず殲滅する!」 普段は温厚なフランヴェル・ギーベリ(ib5897)が声を荒らげる。人妖・リデル・ドラコニアが驚いた様子でフランヴェルの顔を見上げた。 「今のところ、被害者は大事に至っていないと聞きましたが?」 「その通りじゃが、依頼してからも続々と被害者は増えていてな。猶予はない状況なのじゃ」 三笠 三四郎(ia0163)に問われた綾姫が瞼をわずかに落とした悲しそうな瞳で答える。 「タチの悪い敵だな」 草薙 早矢(ic0072)は綾姫の心中を察した。自ら城から飛びだして退治したい気持ちをぐっと堪えているのだろうと。 だがそれをしてしまっては敵の思うつぼである。アヤカシ側にはそれを狙っている節が感じられた。 「その動くぬいぐるみは、アヤカシ‥‥なん、だよね?」 「依頼した時点では不確定であったが、その後の瘴気調査でまず間違いなくアヤカシだと判明しておるぞよ」 蒼井 御子(ib4444)は綾姫から聞いた話しを帳面に書き残す。 「それならば話しが早いですね。瘴気を探る手はありますので。問題はその熊ぬいぐるみのアヤカシがとても素速いという点でしょうか」 「芳純殿のいう通り。五体の熊ぬいぐるみ妖は疾風のような素速さで姿を消すそうじゃ」 宿奈 芳純(ia9695)は懐の『懐中時計「ド・マリニー」』を握りしめながら綾姫への質問を続ける。 今から出向いて探す案もあったが、深夜に発生した関連事件は皆無であった。無理はせず休むことを優先した。 朝日が昇る頃、開拓者達は市中へ出かける。 「さて、それじゃ隈なく探すとしますかねぇ‥‥熊だけに」 九竜・鋼介(ia2192)は大通りを歩きながら人妖・瑠璃にそう話しかけるのであった。 ●作戦計画 開拓者達は神楽の都で予め計画を立ててきた。 瘴気の痕跡を探り、此隅内の大まかなアヤカシの出没予定範囲を絞り込む。次に小柄な仲間や人型の朋友が子供を演じて熊ぬいぐるみ妖をおびき寄せて倒すというものだ。 それとは別案でフランヴェルがぬいぐるみ販売の新規店舗を開いてアヤカシを誘う計画を進めていた。確認されている熊ぬいぐるみ妖は五体なので接触を図る手段は複数あるのが望ましい。ただ何事にも誤算はつきものである。 意図したものか、または偶然の産物か。熊ぬいぐるみ妖の暴走は開拓者達の想像を越えていた。 ●突然に 数人の開拓者と朋友はまとまって城下の通りにいた。通行人だけでなく物売りや荷運びも行き交ってとても賑やかである。 『熊のぬいぐるみのアヤカシか‥‥随分とかわいらしいアヤカシもいるもんじゃのう‥‥。しかも私達人妖よりも小さいとか』 人妖・瑠璃が九竜鋼介の横を歩きながら難しい表情を浮かべる。宙に浮いて移動しなかったのは、どこに熊ぬいぐるみ妖の目があるのかわからなかったからだ。 「ままごとの場所が決まったら瑠璃は蒼井といつも一緒にいてくれな。俺はまあ、適当に見張っておくから」 『主殿は相変わらずなのじゃ。しかしアヤカシでなければ愛でるところなんじゃが。退治する他あるまい』 九竜鋼介は瑠璃と話しながら蒼井御子と視線を合わせる。了承の意味で蒼井御子が頷く。アヤカシ退治の計画は大まかだがすでに決まっていた。 (「この辺りは普通ですね」) 一番先頭を歩く三笠は『懐中時計「ド・マリニー」』を手にしていた。大まかな瘴気の濃さを計りながら道を選んだ。 (「少し瘴気が濃い気がしますが通常の範囲でしょうか」) 最後尾の宿奈芳純も所有する懐中時計「ド・マリニー」で此隅の瘴気状態を計る。 そろそろ手分けして此隅の瘴気分布を探ろうとしたところで事件が発生した。 突然に熊ぬいぐるみ妖二体が現れたのである。 一行の後方から疾風の如く接近して前方へとすれ違っていく。気がついた時点ですでに豆粒の大きさまで遠ざかっていた。 あまりの唐突さと速さに九竜鋼介、神座真紀、三笠の咆哮が間に合わない。一同はしばし呆然とした。 「あれが熊ぬいぐるみのアヤカシ?! あ‥‥ボクたちは、ダメだね!」 蒼井御子が追いかけようとした瑠璃を抱きしめて止める。後日、子供役をやるのであれば敵に面が割れる行為は避けなければならなかった。 小さな緑と桃の点になった熊ぬいぐるみ妖が二股の道に沿って別々になる。 九竜鋼介は熊ぬいぐるみ妖・緑を追う。 神座真紀と羽妖精・春音は熊ぬいぐるみ妖・桃を追跡した。 (「滑空艇が手元にありませんので、ここは他の方にお任せしましょう」) 宿奈芳純は呼子笛で上空の仲間に熊ぬいぐるみ妖の出現を伝えた。 「もしかしてもうアヤカシが現れたのか?」 翔馬・夜空で大空を駆けていた草薙早矢が笛の音を聴いて眼下を眺める。瓦屋根の上を走る九竜鋼介を見つけて接近を試みた。 「よく気づいてくれましたね」 三笠は頭上高くを飛んでいた灼龍・さつなが地上まで下りてくる。さつなの背に跨がり、熊ぬいぐるみ妖・桃の行方を空中から探す。 宿奈芳純と蒼井御子、そして瑠璃は此隅の巡回を続行。瘴気の濃さを調べるのであった。 ●熊ぬいぐるみ妖・緑 地上からは九竜鋼介。空中からは夜空を駆る草薙早矢が熊ぬいぐるみ妖・緑を追いかける。 派手な攻撃をすれば道行く人々に被害が及んでしまう。追いついて接近戦に持ち込むか、郊外に誘い込むしか手立ては残っていなかった。 「まったくこちらの計画を台無しにしてくれて、くまり(困り)ましたねぇ‥‥」 どんなときにでも九竜鋼介は駄洒落を忘れない。 緑の素速さは凄まじかった。志体持ちのサムライ九竜鋼介が全力で駆けてもなかなか距離は縮まらなかった。屋根の上を走ったかと思うと窓に飛び込んで他人の家を通り抜けていく。 「すみませんねぇ」 九竜鋼介も仕方なく他人の家へと飛び込んだ。驚く家人にぺこりと頭を下げながら再び外へ。そのような行動が幾度となく繰り返される。 「なんて迷惑なぬいぐるみか」 上空の草薙早矢は緑を見失わないように動いた。もちろん屋根の上に現れたときには攻撃を試みる。とはいえ此隅内では埒があかない。 草薙早矢の放った矢が緑の進路を封じ込める。逃げ道の選択を狭めていった。 九竜鋼介は追いかけ続けることで緑に判断の時間的余裕を与えない。咆哮で行動を惑わしつつ、郊外への誘い出しに成功する。 緑が駆ける先には大きな岩が多数転がっていた。 「ここなら存分に」 岩場へ逃げ込まれる前に勝負をつけるべく、草薙早矢は夜空の高速走行で先回りする。馬上で『強弓「十人張」』を構えて狙い撃つ。 緑が大きく宙に跳んで矢を避けた。 九竜鋼介は全力疾走で緑との距離を縮める。落下中の緑が放った毛攻撃を『ベイル「アヴァロン」』で受けつつ、『霊刀「天之尾羽張」』の刃を赤く輝かせた。 草薙早矢の放った次の矢が緑の胴を射貫く。 牙をむきだしながら落ちてきた緑を九竜鋼介は霊刀で串刺しにした。大きく振って外し、大岩へと叩きつける。 それでも緑の攻撃姿勢は変わらなかった。 緑の額に草薙早矢の矢が命中。九竜鋼介は炎を纏わせた霊刀を振り下ろして緑を真っ二つにした。 まもなく瘴気となって緑が雲散する。最初の熊ぬいぐるみ妖が退治された瞬間であった。 ●熊ぬいぐるみ妖・桃 熊ぬいぐるみ妖・桃に地上から迫ったのは神座真紀。空中からはさつなを駆る三笠が追いかける。 「こりゃまずいで‥‥」 『何がまずいんですぅ?』 走る神座真紀の背中に抱きついていた羽妖精・春音が彼女の呟きに首を傾げる。 神座真紀が心配していたのは今後の計画についてだ。 蒼井御子が追跡を踏みとどまってくれたのはとてもよい判断だった。 それに熊ぬいぐるみ妖が出現したせいで自分たちが追いかける羽目になったのは仕方がない。此隅の人々に危害を加える存在を放置しておくわけにはいかないのだから。 だがアヤカシ側に強い警戒心を植え付けてしまうのは間違いない。 「こうなった以上、あの桃色の熊は確実に仕留めなあかん」 神座真紀と春音は二手に分かれて桃を挟み撃ちにしようとした。 しかし敵も然る者。桃は屋敷の壁をまるで道のように真横になってすれ違っていく。 神座真紀は『長巻「焔」』を手にしたまま再び追いかける。春音は桃を見逃さないように高く飛ぶ。 (「こちらの計画を読まれたのではないでしょう。偶然だと思いますが、してやられましたね」) 灼龍・さつなを駆る上空の三笠も神座真紀と同様のことを考えていた。せめて一体でもアヤカシを減らしておかなければと攻撃を仕掛ける。 桃が屋根に登った瞬間、三笠は咆哮で注意を引こうとした。一瞬向かってきたものの、桃はすぐに逃走してしまう。 一筋縄ではいかないことを悟り、今度はさつなの急襲を利用する。身に纏っていた『忍鎧「羅業」』の効力を期待して体当たりを敢行した。 暗器として鎧から飛びだした刃が桃の表皮を掠める。霧のような黒い瘴気が周囲に散ったものの、桃の逃走は止まらなかった。 決め手がないまま追いかけるだけの状況が続く。しかし転機が訪れる。物陰に隠れていた春音が白刃の攻撃を桃に仕掛けたのである。 これによって逃げ場を失った桃は高い櫓を登るしかなくなった。 「春音、よくやったで!」 神座真紀は逃がさないよう櫓の下で待機。櫓の天辺では三笠が待ち構えた。 桃の毛の針による攻撃は三笠とさつなには効かなかった。さつなのクロウ攻撃によって桃が櫓の天辺から叩き落とされる。 自由落下の桃は無防備となった。毛の攻撃こそできたものの不安定すぎて、神座真紀には当たらない。 長巻によって貫かれた桃が一瞬で瘴気の塵と化す。 「‥‥これからが大変やで」 神座真紀は薄まる瘴気を眺めながら小さなため息をつく。 「あまり賢くなければよいのですが」 櫓の上にいた三笠も今後のことを心配していた。 ●ぬいぐるみの店 「よし大体の準備は整ったね」 二日目の夕方。フランヴェルは近くにあった椅子へと座り込んだ。ようやく空き家の手直しが終わったのである。 あとは専門店として熊ぬいぐるみを並べるだけだ。 外装工事も終わり、入り口には大きな看板が駆けられている。屋号は『クマさんのぬいぐるみたくさんのお店』になっていた。 綾姫関係者による周知も進んでいたが肝心な開店日だけは告知されていない。そこにフランヴェルの思惑が隠されていた。 『私は何をすればいいの?』 店内の飾り付けが済んだ人妖・リデルがフランヴェルの頭上をぐるぐると飛び回る。 「リデルはこの店内で人形の振りをするんだ♪ このアンティークドール用の黒いゴスロリドレスを着てね」 フランヴェルが足下に置かれていた箱の中から服を取りだす。興味惹かれたリデルは床に下りて真っ黒なドレスに顔を近づける。 『‥‥に、人形? ま、まあ仕方ないわね。やってあげるわよ』 リデルはフランヴェルから受け取ったドレスを自分の身体に当ててみた。 お気に召した様子でさっそく隣の部屋で着替えて戻ってくる。フランヴェルの前でくるりと回ってスカートの端をなびかせた。 三日目も店内の飾り付けは続く。但し準備中の札を入り口にぶら下げ、外から店内が眺められるように窓が開け放たれる。 すべての熊ぬいぐるみには目立たぬところに小さな印がつけられていた。フランヴェルは一体ずつ毛並みを整えてあげながら時間をかけて並べる。 リデルは店内が見渡せる高い台の上に人形として座っていた。 (「アヤカシがたむろしている予兆はありませんね」) フランヴェルは時折隠し持っていた懐中時計「ド・マリニー」で瘴気の状態を確認した。 ●青と赤 偶発的に開拓者達が遭遇した初日以来、此隅で熊ぬいぐるみ妖は目撃されていなかった。残る三体の行方はようとして知れないまま四日目となる。 「はい。ご飯ですよ。旦那様、召し上がれ」 『うむ。ホッケの開きじゃな』 子供に扮した蒼井御子と人妖・瑠璃は毎日数時間ずつ、ある屋敷の庭でおままごとをしていた。 この屋敷を綾姫に借りてもらったのは通常の範囲内であるものの、この一帯の瘴気が強めだったからだ。垣根が低く、通りに面していて目立ちやすいのも理由に数えられた。 上級迅鷹・ツキは上空で旋回して屋敷を見下ろす。 庭にある大きな岩の間で九竜鋼介が待機。神座真紀は羽妖精・春音と共に縁側に面する部屋の障子戸の隙間からおままごとを見守る。 庭の片隅にある馬小屋では草薙早矢が翔馬・夜空の世話をしていた。 古びた蔵の中には宿奈芳純と三笠の姿があった。 いつでも飛び立てるよう滑空艇改・黒羅、灼龍・さつなを側に置きつつ、二人は懐中時計「ド・マリニー」で瘴気の状態を探る。 「たくさん、食べてね」 『そうじゃ。大きくなれんからの』 母親役の蒼井御子が熊ぬいぐるみへと順にご飯をあげる。敢えてアヤカシが混じりやすいよう色とりどりの熊ぬいぐるみを茣蓙の上に並べていた。 「少し増えたような‥‥」 「こちらもそうです」 三笠がド・マリニーの反応に知って蔵の外に眼をこらす。宿奈芳純も同様の反応を得て別の窓から外をじっと観察した。 (「こりゃどうするかねぇ。綾姫のためにもすぐに倒すべきだろうか‥‥」) 熊ぬいぐるみ妖・青が九竜鋼介の隠れる岩へと近づく。九竜鋼介は息を殺して過ぎるまでやり過ごす。 「もっと蒼井さんに近づいてや‥‥」 部屋に隠れる神座真紀もわずかに遅れて青を確認していた。 『垣根のところでごそごそしている、あれはなんですぅ?』 神座真紀の頭に掴まっている羽妖精・春音が青とは別の個体に気がついた。熊ぬいぐるみ妖・赤も庭に現れる。 青とままごとの現場までの距離は十メートル前後。 青とは違う方角から接近する赤はままごとの現場まで二十メートル強。 現在の青と赤の距離は神座真紀の目視で三十メートル弱。 敵の素速さを考えればどれだけ引きつけられるかが勝負の鍵となる。 茂みの中から飛びだした青が自分とよく似た熊ぬいぐるみをかっさらった。瞬く間に茂みへ隠してから自身がちゃっかりとその場所に収まる。 (「がまん、がまん‥‥だよ」) (『辛抱じゃな』) 蒼井御子と瑠璃は笑顔でままごとを続ける。熊ぬいぐるみ妖二体の存在は頭上の迅鷹・ツキが鳴いて知らせてくれた。 (「庭から逃がさないのを第一に」) 草薙早矢は静かに翔馬・夜空へと跨がる。いつでも飛びだせるよう馬小屋の扉は開放してあった。 蔵の中にいた二人も同様だ。宿奈芳純は黒羅に搭乗。三笠はさつなに龍騎して手綱を握りしめる。 やがて家族揃って風呂に入るまねごとが始まった。 子供役の熊ぬいぐるみの背中を蒼井御子と瑠璃が丁寧に洗っていく。 残りが二体になったときに蒼井御子は青へと手を伸ばす。このとき赤はままごと現場の十メートル先にある灯籠裏に隠れていた。 瑠璃は蒼井御子が触れる前に青へと『呪声』を浴びせかける。大きく口を開きながら青がひっくり返った。 「逃がさない、だよ!」 ままごとの道具箱から詩聖の竪琴を取りだした蒼井御子は『魂よ原初に還れ』を奏でる。すぐ側で倒れている青だけでなく灯籠後ろの赤も苦しみだす。 それを合図にして隠れていた仲間達が一斉に表へと飛びだした。 宿奈芳純、三笠、草薙早矢はままごとの現場を中心にして外周を取り囲んだ。 九竜鋼介が青、神座真紀は赤に止めを刺す。動きさえ封じてしまえば倒すのはたやすい敵である。 「また変なアヤカシが来たりする前触れじゃあないといいんだケド‥‥」 散っていく瘴気の塵を眺めながら蒼井御子が呟いた。その直後、昼の空に色つきの煙を引きずりながら光弾が打ち上がる。 狼煙銃のそれはフランヴェルからの合図。熊ぬいぐるみ妖が現れたのを示していた。 ●最後の一体 時は少しだけ遡る。 準備中の『クマさんのぬいぐるみたくさんのお店』に潜入を試みる小さな存在が一つ。 熊ぬいぐるみ妖・黄は抜き足差し足忍び足で棚整理中の青髪の店員の背後をこっそりと通り抜けた。そして自身の背丈と似たような熊ぬいぐるみが並ぶ棚を探してよじ登る。 気になった黄が周囲を確認する。視線を感じたのだが青髪の店員は背中をこちらに向けたままだ。 その他に店内で目立っているのは高い台の上に座っている黒いドレスを着た人形だけである。 気のせいだと納得した黄は熊ぬいぐるみの一体として紛れ込んだ。ここで待てばいずれ子供が現れるだろうと。 それから数分後。突然、目の前が真っ暗になる。黄色が紛れ込んだ棚には非常にわかりにくい扉が存在していたのだ。 閉じ込められた黄は外へ出ようと暴れる。しかし棚が頑丈でなかなか壊れなかった。 「リデル、連絡を頼むよ!」 青い髪の店員はフランヴェルである。棚の扉を押さえながら人形に化けていた人妖・リデルに指示をだす。 リデルは窓から店の外へと飛びだして屋根の上に登る。そこには綾姫からもらった狼煙銃が樋に括りつけられていた。 『これでわかってくれるわよね!』 リデルにとっては大砲といってよい狼煙銃の銃爪を引いた。光球が煙を引きながら昼の空へと昇っていく。 それから三分後。真っ先に現れたのは滑空艇改・黒羅に乗った宿奈芳純だった。他の仲間達も続々とやってくる。 フランヴェルが抑えていた棚にはすでに大きな亀裂が生じていた。仲間が到着したことでフランヴェルは扉から手を離す。 「任せてください!」 宿奈芳純が『黄泉より這い出る者』の式を打つ。たくさんの熊ぬいぐるみと一緒に棚からこぼれ落ちた黄がのたうち回る。 「きみたちがしでかしたのは許しがたい行為だよ」 フランヴェルは店内に隠していた『殲刀「秋水清光」』を手に取った。鞘から刀身を抜くと床に転がった黄の頭部へと深く突き刺す。 黄はまるで弾けるようにして瘴気を散らしながらこの世から消え去った。 ●そして 熊ぬいぐるみ妖五体を倒した開拓者達だが、他の個体がいないかを確認するために数日間は此隅の市中を巡回した。 綾姫が納得したところで依頼は完了となる。 フランヴェルが作戦のために用意した熊ぬいぐるみは城下の子供達へと配られた。 「開拓者の皆よ。ありがとうなのじゃ♪ やはりぬいぐるみはこうでなくてはのう〜」 綾姫も朱色の熊ぬいぐるみを一体だけもらう。 寝室に飾るとぬいぐるみを抱きしめる綾姫を見て開拓者達もつい嬉しくなった。 開拓者達は此隅に再び平和が訪れたことを喜びつつもアヤカシの動向が気になる。今後何も起きなければよいと話しながら精霊門を潜り抜けて神楽の都に帰るのであった。 |