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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 武天は天儀本島最大の版図を持つ国である。 王は赤褐色肌の巨勢宗禅。巨勢王の名で通っている巨漢の男には娘がいる。 その名は『綾』。普段は綾姫と呼ばれていた。 父親に似ず器量よし。亡くなった母親の紅楓に似たおかげだ。 紅楓は理穴国の王族、儀弐家の血筋。綾姫は親戚となる理穴国王の儀弐重音にどことなく面影が似ている。 綾姫は飛空船で編成された武天軍を統率した経験もある才女の綾姫だが、まだ十歳と若いどころか幼いといってよかった。 「もうすぐ初夏だというのにこの暑さは‥‥」 五月下旬の武天此隅城。綾姫は城庭の木陰でぐったりとしていた。 地面に敷いた茣蓙の上に仰向けで寝転がる。ようやく上半身を起こしたかと思えば、侍女が持ってきてくれたかき氷を口にする。 苺ジャムで作られたシロップがけのかき氷は美味しかったが、涼しいのは食べている間だけだ。 無風のせいで余計に蒸し暑い。このままの暑さで梅雨に入ったのならと考えるだけで憂鬱になる。綾姫は眉をへの字にした。 「内陸中の内陸である此隅で海などと贅沢はいわぬ‥‥。せめて川で水遊びがしたいのじゃ」 「苺畑での件もありますし、あまり外を出歩かれるのは警護の者達がよい顔をしませんので、どうか自重して頂けますか」 「この間は開拓者と一緒に城下へ遊びに行ったぞよ」 「それはそれ。これはこれです」 侍女の紀江からの説得に綾姫はしばらく黙り込んだ。ちなみに苺畑襲撃の件で怪我をした紀江は全回復していた。 「そ、そうじゃ! この庭に足りないものがあると常々思っていたのじゃ。池、いや水遊び場が欲しいぞよ」 「水遊び場‥‥ですか?」 飛び起きた綾姫はさっそく巨勢王から許可をとる。 場所も城庭にある林の中と決まったところで問題が発生した。此隅近郊で重要な治水工事が行われており、水遊び場を作るとしても秋以降にずれ込むとの連絡があった。 「担当奉行の話によれば絶対的に穴掘り人夫が足りていないようです。左官といった職の者達は確保できるようなのですが」 縁側に座る綾姫は紀江の話しを聞きながら冷たいミカン果汁を飲んだ。 「‥‥仕上げは専門職に任せるとして、大体の穴を掘っておけばなんとかなるのかや?」 「もしや臣下達に掘らせるおつもりなので?」 「そのような命じはせぬ。各々の役職こそ全うすべきじゃからな。開拓者ならば何とかしてくれそうな気がするのじゃが」 「わかりました。奉行にもう一度訊いて参ります」 約二時間後、紀江は綾姫の元に戻る。 水遊び場用の大穴さえ掘ってもらえるのならば、後の処理や水路の設置は何とかなるという。 綾姫は紀江を通じて開拓者ギルドに穴掘り依頼をだすのであった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
紙木城 遥平(ia0562)
19歳・男・巫
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
蒼井 御子(ib4444)
11歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●準備 「よく来てくれたのう〜♪」 深夜の武天此隅。綾姫は侍女の紀江達と共に此隅城へ到着した開拓者一行を出迎えた。 城内の一室に通された一行はすぐに仮眠をとる。夜明け前に起床すると水遊び場予定地である城庭の林へと足を運んだ。 日の出はまだだったが空はすでに白んでいた。やがて太陽が昇り、林内の拓かれた一帯がはっきりと視認できるようになる。 「この土地に水遊び場ですか。図面通りですともう水練の設備兼渇水の対策貯水池ですよね」 三笠 三四郎(ia0163)は灼龍・さつなに龍騎して上空から観察する。 「昨晩挨拶したときに姫様が仰っていましたが、測量器具と木杭、複数の縄は準備されていますね」 「休憩用の天幕もあるな。給水用の樽も作業が始まればすぐに運んでくれるそうだ」 紙木城 遥平(ia0562)と九竜・鋼介(ia2192)は近場に置かれた必要な道具類や施設を点検する。紀江から聞いた話によれば水だけでなく食事も現場に運んでくれるという。 「荷車に掛矢もある。綾姫のためにも大穴を掘ってみせなくちゃね。なんたってボクにとっても大切な姫君だからね」 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)も鋼龍・LOに話しかけつつ道具類を確認する。 とくに注目したのが頑丈さだ。開拓者の殆どは志体持ちであり一般人よりも身体能力に優れている。その分、丈夫な道具でないと簡単壊れてしまう。さすが武天の姫君が手配させた品々でどれも頑丈であった。 「ツキは上から曲がっていないか、教えてねー」 「あたしはこっち側を引くのにゃ。ぬこにゃん、一緒に走ろ〜♪」 蒼井 御子(ib4444)とパラーリア・ゲラー(ia9712)が拾った木の枝で地面に線を引いた。ちゃんとした測量後に引き直すが、大まかな水遊び場の範囲を知るにはこれで充分である。 他の仲間達が二人の線で囲まれようとしていた範囲を見渡す。 「結構な広さや。これだけ掘るってなかなかきっつい仕事やな。せやけどこれも姫に頼られたら応えん訳にはいかへんし、きばってやろか、ほむら!」 神座真紀(ib6579)にポンと首を軽く叩かれた炎龍・ほむらが吠える。 「相談の通りにことが進めばすぐに出番がくるはずです。ここで待機していてください」 アナス・ディアズイ(ib5668)は邪魔にならない場所でアーマーケースを展開した。いつでも『アーマー「人狼」改・轍』に乗り込める用意を整えておく。 紙木城と神座真紀が測量を開始する。打ち込まれた基準木杭に沿って縄を張ったのはパラーリアと蒼井御子だ。 開拓者の何名かは朋友龍と一緒に縄へ沿って矢板を打ち込んだ。 三笠が支える矢板を灼龍・さつなが壊さない程度に叩く。 フランヴェルは鋼龍・LOに打ってもらう。修正用に自ら掛矢を振るうときもあった。 アナスはアーマー・轍を駆動させて矢板を打ち込んでいく。 測量や縄張りが終わった開拓者達も手伝い、午前が終わる頃には水遊び場の予定地が矢板で完全に囲われる。 「ご飯持ってきたぞよ〜♪ おー、すごいのじゃ。もうこんなに進んでおるとは、さすがなのじゃ」 綾姫が侍女達を引き連れて食事を運んできてくれた。炙り豚肉の丼飯が昼食である。 朝食をとっていなかったので開拓者達は普段よりもお腹が空いていた。樽の水で顔や手などの汚れた部位を洗う。侍女達が用意してくれた野外用の卓と椅子でさっそく頂いた。 「お替わりは充分にあるのじゃ♪」 綾姫も一緒に丼飯をかき込んだ。 飲み物は冷温両方が取り揃えられている。お茶に紅茶、珈琲や果汁ジュースまであった。 「動いた身体にこの醤油タレの塩気が染み渡るな‥‥うまい」 「駄洒落の師匠は炙り豚丼が気に入ったようじゃな」 綾姫自ら九竜鋼介のために丼飯のお替わりを取りに向かう。他の開拓者にも綾姫は進んで丼飯を運んだ。 炙り豚肉の丼飯にしようと発案したのは綾姫だ。作業場途中で舐めるための塩の注文を受けたところからこれがよいと思いついたようである。 「夏には、たくさん、遊べそうだね。ジルベリアでは水遊び場のこと、プールって呼ぶみたい、だよ」 「ほう、それは初耳なのじゃ〜」 蒼井御子からプールの名称を聞いた綾姫は暫し考え込んだ。そしてこれから作る水遊び場を『綾と開拓者プール』と命名した。 「こちらのプールは遊戯の他に恒常的な水の確保に使われるものだと考えてよろしいのですよね?」 「もちろんじゃ。できあがったらちゃんと点検や清掃も怠らぬようにするぞよ」 三笠は気がかりだった点を綾姫の口から聞けて納得する。 「ふー、姫さん、ごちそうさまや。ほむら達にも美味しいご飯、ありがとうな」 「わらわにできるのはこれぐらいじゃからの〜。夕食も楽しみしてよいぞよ」 神座真紀は朋友達にも新鮮な肉や魚を用意してくれた綾姫にお礼をいう。これで炎龍・ほむらも午後からの作業をがんばれそうである。 「姫様、失礼します。こちらはどうですか?」 「お、氷か。遥平殿、助かるのじゃ♪」 紙木城は冷たい珈琲を飲もうとした綾姫に氷が詰まった木箱を差しだす。先程、氷霊結で凍らせた氷の塊を綺麗な布で包み金槌で砕いたのである。 氷を入れた冷珈琲を綾姫が美味しそうに飲み干す。 そして綾姫は食べ終わったばかりのフランヴェルに紅茶を運んだ。 「とても美味しかったよ、綾姫。午後からはどうするつもりだい?」 「わらわが力仕事を手伝ったとしても邪魔になるだけじゃ。こうやって飲み物の世話などをさせてもらうつもりでおる♪」 綾姫はフランヴェルが紅茶を飲み終わるまで談笑に興じる。次に木陰の下へ置かれていたアーマー・轍の元へと駆け寄った。 「この駆鎧はなんという名じゃ?」 「人狼改の轍と申します」 綾姫が興味があるようなのでアナスは操縦席に座らせてあげた。 「かっこいいぞよ。この桿はなんの‥‥お、なんぞじゃ?!」 操縦席に座る綾姫の元に何かが飛び込んできた。その正体はパラーリアの朋友である仙猫・ぬこにゃんであった。 「ぬこにゃんは綾ちゃんのことが大好きなのにゃ♪」 木の枝に掴まったパラーリアがアーマー・轍の内部に座る綾姫を覗き込んだ。ぬこにゃんは綾姫の膝の上で丸まり、ゴロゴロと喉を鳴らして甘えるのであった。 ●穴掘り 昼食が終わって作業が再開される。 本格的な穴掘り作業を始める前に九竜鋼介と神座真紀にはやることがあった。地断撃による掘り返しである。 九竜鋼介が矢板で囲った四隅の中で北東の位置に立つ。神座真紀は北西の隅に立った。二人は互いの攻撃がなるべく重ならないようにしながら次々と地断撃を放った。 「これで土も軟らかくなるはずや!」 「掘りやすくなれば御の字だな」 神座真紀と九竜鋼介の地断撃によって大地が割れて土塊や石が弾き飛んだ。その他の者達は被害にあわない方位に移動して二人を見守る。 「すごいものじゃな!」 「エルオーの後ろから飛びだしたらいけないよ」 仙猫・ぬこにゃんを抱える綾姫が鋼龍・LOの後ろから身を乗りだす。フランヴェルはもしもがないよう綾姫の前方に立ち、さりげなく守っていた。 二人はしばらくして対角線側の隅に移動する。そして再び地断撃連続発動。ちなみに使われた節分豆は最終日に綾姫が補充してくれた。 「ごくろうじゃったな。こちらを飲んでしばらく休むぞよ。お塩も少しだけ入っているのじゃ」 地断撃での掘り返し作業が終わった九竜鋼介と神座真紀は暫し木陰の天幕内で休憩する。綾姫が持っていた甘いジュースで喉を潤した。 続いての作業はアナスが受け持つ。アーマーの性能を存分に発揮するために独壇場を用意してもらったのである。その他の者達は地断撃によって枠外へと吹き飛んだ土運びに専念した。 「すべて問題なしです。それではいきます」 アーマー・轍を駆るアナスはまだ手つかずの土地に巨大な鍬を打ち込んで掘り起こす。効率稼動を駆使して黙々と。だが激しく。 こうして矢板で囲んだ枠の八割方が一度掘り返される。残り二割は主に矢板近くの大雑把では作業がしにくい場所であった。 「樹糖入りで甘くて冷たいぞよ♪」 「ふぅー、身体に染み渡ります」 アーマー・轍から降りたアナスも綾姫からジュースをもらって小休憩をとる。 大地が柔らかくなったおかげで作業は捗った。 「土の仮置き場はあそこにしましょう。これに詰めて運べば効率がいいはずです」 紙木城は炎龍・韻姫が牽いてきた荷車にあがる。載せてあった山積みの麻袋の一部を抱えて地面へと落とした。 さらにプール予定地を面として捉えた上で四分割して担当を決める。 最初に目指すのは深さ五十センチメートルだ。四つの面が平均して掘れたのならさらに次の段階へ進める。三回繰り返して最終的に一・五メートルまで掘り下げる算段になっていた。 「矢板近くはやはり人が丁寧にやったほうがよさそうですね」 三笠はさっそくスコップで掬った土を麻袋に詰めていく。溜まったところで荷車に乗せて灼龍・さつなに引っ張ってもらう。 麻袋はたくさんあるのでそのまま城内の空き地へと積んでおけばよかった。綾姫によれば後日業者がやってきて処理してくれるとのことである。 「みんなで考えた設計図通りに掘った土を小山のように積み上げてスロープをつくるのにゃ♪」 「ボクも、手伝うよー」 パラーリアと蒼井御子は一部の土を空き地まで運ばずにプールの側で盛る。 主人が休んでいた鋼龍・鋼と炎龍・ほむらには踏んで固めてもらう。二体がいないときには借りた飛空船で離着陸を繰り返す。 土だけでは崩れやすいので石なども利用して積み上げていった。 フランヴェルも麻袋に土を詰めて荷車に載せて鋼龍・LOに牽いて運んでいた。空き地に向かう途中で足を止める。 「あれは‥‥」 フランヴェルが気がついたのは用水路工事の作業者である。それほど遠くないところでプールのための用水路作りが始まっていた。 そのことを仲間に知らせると誰もが更なるやる気を湧かせる。 九竜鋼介、神座真紀、アナスの三人が小休憩から作業に復帰する。開拓者と朋友達は夕暮れまで懸命に土を掘り続けるのであった。 ●力の続く限り 二日目が過ぎて三日目。掘削作業は終盤に突入する。 これまで綾姫の持て成しによって仕事後には美味しい料理を食べて、熱い湯船で疲れを癒やしてきた。さらにふかふかの布団でぐっすりと休んで体力の維持に努めてきた開拓者達だが、疲労はどうしても溜まっていく。 それでも今日のうちに穴掘り作業を終わらせて、専門職の方々に引き継いでもらえればゆっくり休養できる。希望を胸に秘めながら開拓者達は土まみれになって汗を流す。 掘り一層のときには土入りの麻袋を荷車に載せて空き地まで直接運んだ。 二層の深さになると高低差を考慮して、龍達に土入りの麻袋を掴んで地上の荷車まで載せてもらう。それから空き地まで運び込んだ。 三層にまで達すると龍達に土入り麻袋を直接空き地まで運んでもらうやり方が一番効率的になった。ただ作業負担の均等が崩れてしまったので全体的な進みは徐々に遅くなっていく。 土入りの麻袋の処理が大幅に間に合わなったときだけ、アナスがアーマー・轍を駆動させてまとめて運び込んだ。 微力ながら蒼井御子も友なる翼で迅鷹・ツキと同化して作業を手伝うときもある。 「うわっ!」 あるときプールの穴際に立った綾姫が足を滑らしてしまう。 近くにいた仙猫・ぬこにゃんは咄嗟に綾姫の着物の裾を掴んで落ちるのを阻止してくれた。しかし姿勢が立て直せないまま綾姫が徐々に穴へと傾いていく。 「危ない!」 蒼井御子が下から持ち上げるようにして綾姫を支える。麻袋を穴の底まで運ぶために迅鷹・ツキと友なる翼で同化していたのが幸いした。 「ふー、助かったぞよ〜。ありがとうなのじゃ。御子殿にツキ、そしてぬこにゃんよ」 「穴の完成はもうすぐだから、待っててね」 「うむ。今晩は野外での焼き肉じゃ。わらわもこれから下拵えに参加する心づもりじゃて。楽しみにしていて欲しいのじゃ。おっと、朋友達には取り寄せた新鮮な魚と生肉もあるぞよ」 「みんなにも、いっておく、ね」 綾姫と蒼井御子は互いに手を振って一時的に別れる。 日が暮れる頃、多くの開拓者達が地面へと座り込んだ。 「ほんまにできたで‥‥。ようやったな」 神座真紀が手にしていたスコップを杖代わりにして寄りかかる。依頼書で提示された通りの大穴が掘り終わったのである。 「これで綾姫とプールで遊べそうだね」 フランヴェルは土まみれの顔を首にかけた拭いた後で夕日を見上げた。 「明日から丁寧に整備してあげますから、今日は許してください」 アナスは泥だらけになっていたアーマー・轍に声をかける。 「疲れたよ〜‥‥。あ、ぬこにゃんなのにゃ」 小山の上でへばっていたパラーリアは林の道を抜けてきた仙猫・ぬこにゃんに気がつく。料理ができたので綾姫から開拓者達を呼んできて欲しいと頼まれたのである。 「続きは職人達に任せれば大丈夫でしょう」 「大体思い通りになりましたからね」 紙木城と三笠がゆっくりと立ち上がり、城に続く林道を歩き始めた。 「さあ飯を食べに行こうか」 九竜鋼介は鋼龍・鋼に乗って茜空を舞う。食事の準備を荒らさないよう林を越えた辺りで降りて残りは徒歩で向かった。 「あの小屋で湯浴びができるぞよ」 待っていた綾姫は湯沸かし設備が付いた近くの小屋まで開拓者達を案内する。 開拓者達はざっと湯を浴びて置かれてきた着物に着替えた。そして綾姫と一緒に野外で肉の網焼き料理を頂く。 肉の焼けるにおいは胃袋を揺さぶった。疲れて食欲を失いかけていた何人かの開拓者もやがて箸を手に取る。 「氷室で充分に熟成させたお肉なのじゃ♪ 食べてたもれ」 綾姫が焼きたての肉を頬張る。開拓者達も続いて舌鼓を打つのであった。 ●完成まで それから数日間、開拓者達は綾姫と一緒に専門職の作業を見守る。 長方形枠の巨大な穴は綺麗に整えられた上で岩や小石が敷き詰められた。仕上げとして左官職人によって漆喰で固められる。 職人達の手が空いていたのは郊外の治水工事が穴掘りの真っ最中だったからだ。専門職による分業なので先の職人達がこなさなければ出番はない。 掘り終わったところからゆっくりと手をつけるとしても一ヶ月先の予定になっていた。手持ち無沙汰の状態だったので職人達はとても張り切って作業してくれる。綾姫の口利きで支払われた給金がよかったのもいうまでもない。 穴掘りと同時期に始まった用水路もわずかな日数で仕上がった。小山の石段やスロープ部分もできあがる。 すべては開拓者と朋友達が三日間で穴掘りを完遂してくれたからこその早い完成であった。 ●綾と開拓者プール 漆喰が乾燥するのを待って『綾と開拓者プール』は完成した。 そして水遊び当日。誰もが暑さに耐えきれなくなって目を覚ます。 「指折り数えて待っていたぞよ〜♪」 朝食が終わった綾姫は開拓者達を誘ってプールへと向かう。 昨日の夕方にはまだわずかな水しか張っていなかったプールが今では満水になっていた。 「この暑さ。泳ぐにはちょうどいい日やな」 上着を脱いだ神座真紀に綾姫が視線を注いだ。 「すごいのじゃ‥‥」 神座真紀の身体を覆っていたのは黒ビキニ。大胆スタイルの神座真紀は腰を軽く捻って綾姫へと振り返った。 「褒めてくれてありがとな♪ スタイルは自分でも結構ええと思うんよね。綾姫さんもしっかり食べて成長しぃや♪」 「うむ。負けぬぞよ! 三年‥‥いや五年後に勝負なのじゃ♪」 何を持ってして勝敗が決するのか不確かだが、とにかく将来において神座真紀と綾姫は戦うようである。笑いながら受けて立つ神座真紀だ。 初めてのプール入水の役目は綾姫ということで彼女も上着を脱いで水着姿となる。朱に近い赤でまとめられたワンピースの水着は左胸辺りにワンポイントで苺の意匠がつけられていた。 神酒を捧げてから綾姫がプールに近づく。 上空では迅鷹・ツキが旋回中。仙猫・ぬこにゃんはプールサイドで綾姫の入水を見守った。 「けっこう冷たいの〜。おっと‥‥」 綾姫が水面に足先をつけて状態を確かめているうちに姿勢を崩す。ザバンと頭から落ちて入水式は済んだ。 日焼けしたくない者は綾姫が用意したオリーブオイルを肌に塗る。経験的にこうすることで防げるらしい。 「まるで真夏のような太陽ですね」 紙木城は褌と浴衣をまとってプールに浸かる。のんびりと歩いたり、仰向けに浮かんで優雅な時間を過ごす。 「初夏にはプール。書家は筆を振るう(ぷる〜)」 綾姫の師匠である九竜鋼介は相変わらず我が道を行く。プールサイドの木陰でアイス珈琲を飲みながら一筆書きつつ駄洒落を呟いた。 「よく頑張ってくれたな」 三笠は排水側の用水路で灼龍・さつなを丁寧に洗ってあげる。馬毛のブラシを使っていつも以上に磨き上げた。 「これで元通りですね」 アナスもまたプール近くでアーマー・轍を綺麗に洗った。酷使した分、今日まで丁寧に整備したのでその仕上げとして。 「綾ちゃん、一緒に滑るのにゃ♪」 「これは楽しそうじゃの〜」 黄色い水着姿のパラーリアが綾姫を誘って一緒にスロープを登る。 四日目以降、パラーリアは飛空船のクレーンと滑車を利用して小山の完成に尽力していたのである。 「ぬこにゃん、発進なのにゃ♪」 パラーリアによってスロープに置かれた仙猫・ぬこにゃんが滑っていく。プールに落ちる瞬間、宙に浮いてからドボンと落ちる。 パラーリア、そして綾姫が続いた。 「ボクも滑ろう、かな」 鶯色の水着を着た蒼井御子もスロープを滑ってプールの中へ。綾姫、パラーリア、蒼井御子は三人で水中鬼ごっこを始める。 神座真紀は優雅に三往復した後でプールからあがった。その後はプールサイドでゆっくりと寝転びながらはしゃぐ綾姫達を見守る。 楽しく遊んでいるうちに二時間が過ぎた。 「さあ綾姫、そろそろ別のところで浸かろうか」 「はて、それはどこなのじゃ?」 フランヴェルは侍女達に頼んで城内の浴場を準備してもらっていた。 綾姫の唇が紫色になっている。いくら楽しくてもこれ以上の水浴は身体に毒だ。 フランヴェルの心遣いを受け入れた綾姫はプールの後に湯船に入って身体を温める。希望する仲間達も一緒に入って温まり、その後は風通しのよいところでお昼寝する。 この日、綾姫と開拓者達は少し早い夏の日を楽しんだのであった。 |