見合いはイヤじゃ 〜綾姫〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/19 19:53



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 武天は天儀本島最大の版図を持つ国である。
 王は赤褐色肌の巨勢宗禅。巨勢王の名で通っている巨漢の男には娘がいる。
 その名は『綾』。普段は綾姫と呼ばれていた。
 父親に似ず器量よし。亡くなった母親の紅楓に似たおかげだ。
 紅楓は理穴国の王族、儀弐家の血筋。綾姫は親戚となる理穴国王の儀弐重音にどことなく面影が似ている。
 綾姫は飛空船で編成された武天軍を統率した経験もある才女の綾姫だが、まだ十歳と若いどころか幼いといってよかった。


「ち、父様! 嫌なのじゃ! 休ませてはもらえんかのう‥‥」
 日差しに満ちた武天此隅の城庭に綾姫の声が響き渡る。
「そういわれても、これは決まりじゃからな。参加さえしてもらえれば、あとはどうでも構わん。わしも紅楓と一緒になるまでは、のらりくらりとしておったぞ。男と女では違うのかも知れんが――」
 武天の王『巨勢宗禅』の威厳も娘の前では形無しである。巨体を縮こまらせて綾姫を宥めようとした。
 一週間後、この此隅城庭にて『野点』が催される。
 野点とは野外で楽しむ茶会である。作法が簡略化された気軽なもので、いつもの綾姫ならば喜びそうな行事といえた。しかし気持ちは暗雲の中だ。
 将来の伴侶を探すお見合いだからである。
 綾姫はまだ十歳と幼い。十二月になっても十一歳。しかし武天の将来を考えれば、今からそのような話があってもおかしくはなかった。
 ちなみに今回の話は巨勢王からでたものではなく、古からの仕来りによるものだ。
(「騒ぎを起こせば‥‥いや、それよりもわらわが嫌われるような悪態を――」)
 綾姫はいろいろと悪巧みを企む。しかしどれも父親の顔に泥を塗ってしまうものばかり。見合いの野点はとても嫌だが、かといって巨勢王に恥をかかすつもりもない。
「そ、そうじゃ。これじゃ!」
 ようやく綾姫は一つの策を思いつく。それは予め用意した相手と仲良くすることで、その他の参加者達を諦めさせる作戦であった。
 綾姫は相手役を探すために自ら開拓者ギルドへと出向く。そして受付嬢に条件を告げる。
 自分の年齢ぐらいから二十五歳までは相手役として。それ以上は野点の要員として手助けをしてもらいたいと。
「おっと大事な部分を忘れていたのじゃ」
 綾姫は依頼書にこう追加してもらった。
 相手役の基本は男性。女性の参加も歓迎するが男装は必須だと。野点の要員に関してはその限りではない。
 そして春のうららかなそよ風の中、此隅城庭にて野点が催されるのであった。


■参加者一覧
紙木城 遥平(ia0562
19歳・男・巫
柄土 神威(ia0633
24歳・女・泰
九竜・鋼介(ia2192
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
蒼井 御子(ib4444
11歳・女・吟
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579
19歳・女・サ


■リプレイ本文

●此隅城へ
 深夜、開拓者一行は精霊門を抜けて武天此隅の地を踏んだ。どこに立ち寄ることもなく此隅城へ向かう。
 野点の開催は明日である。一行は此隅城に用意されていた部屋で充分に睡眠をとり、夜が明けてから綾姫と対面した。
「――というわけでの。わらわを他の野点参加者から遠ざけて欲しいのじゃ。実際に離れてやり過ごすのは無理だと承知しておる。話しや接触をできるだけ避けるようお願いしたいのじゃが――」
 説明する綾姫が時折小さくため息を混じらせる。憂鬱なのが開拓者達へ如実に伝わってきた。
「ちょいとええか、綾姫さん」
 神座真紀(ib6579)は自らの境遇と重ね合わせて今後の身の振り方についてを訊ねる。
「この野点を上手く切り抜けられたとしても姫さんの立場上、似たような行事は今後もあるとおもうんやけど」
「真紀殿のいう通りじゃな。わらわの知らぬところでも計画されるであろうて」
「姫さんと比べたら失礼かもしれんけど、あたしもいずれ一族の当主になる身として自分が政略結婚の道具になることも覚悟しとる。その辺り、どうおもうとるん?」
「うむ。せめて十五になるまでは父様の側にいたいかのう」
 相手がそれなりであるならば政の役割として婚姻しても構わないと綾姫は語った。
 今は亡き綾姫の母『紅楓』は理穴の王家『儀弐』の出身である。結果的に相思相愛になったとはいえ、父宗禅との婚姻は政略的なものであったに違いなかった。
「父様と母様がそうであったから気にせぬのじゃ。世の中にはそういう出会いもあるのじゃろう。そう考えておる」
「それならええんや」
 神座真紀は納得して今回の依頼をこなそうと気を張り直す。
「お見合いか‥‥ボクも一応貴族の生まれだからね、経験はあるよ」
「そうなのか。よかったら参考に聞かせてもらいたいのじゃ」
 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)は綾姫に思い出話を聞かせる。
 今回の野点のような合同のお見合いの席で仲良しの女の子をたくさん同席させたのだという。そして親密な様子を居並ぶ貴公子達に見せつけたところ、口をあんぐりと開けて帰ってしまったらしい。
「後で話を聞いた兄上も大笑いしていたよ♪」
「それは愉快な話じゃな」
 オチがついたところでフランヴェルと綾姫は声をあげて笑う。ちなみにフランヴェルの性別は女である。
 パラーリア・ゲラー(ia9712)はちょこんと座布団に座りながらフランヴェルと綾姫の話を静かに聞いていた。
「武天のお姫様も大変なのにゃ。まだまだ遊びたいお年頃だと思うし、ここは綾ちゃんの力になるのにゃ」
 膝の上で寝転がる仙猫・ぬこにゃんに囁く。ぬこにゃんも同様に感じたようで小さく鳴いて髭を震わせる。
「これだけあれば大丈夫でしょう。種類は様々。ジルベリアから天儀、アル=カマルに泰国のものも用意できそうです」
 宿奈 芳純(ia9695)は野点で提供予定の菓子目録を確認していた。
 堅い茶室の席ならば天儀菓子のみになるのだろうが、せっかくの野点なので趣向を凝らした次第である。
 宿奈芳純が事前に送った手紙の意見を参考にして取り寄せた菓子も多い。日持ちするものはすでに納品されていた。
 九竜・鋼介(ia2192)は場を和ませようとすすっと綾姫の側に近づいて一興を披露する。
「興味の無い奴らには円を四つ書いた紙でも渡してやれば良いんじゃないかねぇ‥‥五円(御縁)が無かったってことで‥‥何てな」
「それはよいのじゃ。わらわはそれを死角(四角)から歓楽させてもらおうかのう」
 綾姫も負けてはいなかった。駄洒落師弟の応酬は周囲の者達を白けさせながらも当人達にとっては楽しい一時となる。
 これを本番の野点で再現できれば人を遠ざける立派な障壁になるに違いない。
(「やっぱり綾姫様もちゃんとお子様‥‥」)
 蒼井 御子(ib4444)は肩に掴まる上級迅鷹・ツキの頭を撫でながら駄洒落合戦に興じる綾姫を眺めていた。
「っていうと叱られちゃいそうだね、我慢がまんっと」
 ひとまず野点に着ていく着物を確認する蒼井御子である。
 お見合いを主とした野点なので、綾姫以外の参加者は男性に限られる。なので男装は必須といえた。但し野点要員に関してはその限りではなかった。
「小右衛門、一役買ってもらいますからね」
 紙木城 遥平(ia0562)は天火燐・小右衛門に何かを仕掛けさせるようだ。
「身分が高いとこういうこともあるのね」
 柄土 神威(ia0633)は硯や筆の点検をしながら、今回の野点に対してよい点とわるい点の両面を考察する。
 良い点としては綾姫の人脈作りに役立つ。悪い点としては邪で物騒な輩が綾姫に近づこうとするかもしれない。
 柄土個人にとって良い点もある。野点に参加することで茶好きな夫への土産話ができることだ。
 明日の野点に向けて準備は着々と行われるのであった。

●野点
「へぇ〜、結構、たくさん、いるね」
 蒼井御子は首だけでなく身体も動かして城庭を眺める。
「ざっと五十、野点要員を含めれば百人はいるのにゃ♪ いや、いるね」
 パラーリアも驚いた様子で周囲を見渡す。
 蒼井御子とパラーリアは綾姫の相手役としてばっちりな男装姿である。
 身分を問うのは無粋な集まりとのことなので、いつものように帽子を被らず狐獣人の耳を外にだす蒼井御子だ。
 黒く染めた髪に衣装は武天に合わせてサムライ風である。但し、余興の席故に腰の刀は城の役人が預かる取り決めになっているのでぶら下げていない。特例として武器を備えてよいのは巨勢王とわずかな側近のみのようである。
 代わりに腰からぶら下げている懐中時計は綾姫に対しての目印だ。これだけの参加者がいるとはぐれてしまうかも知れず、そのような不慮の事態に備えていた。
 パラーリアは同じ男の子の格好でも泰国風に扮する。
 衣装だけでなく言葉遣いなどもそれとなく雰囲気を醸しだす。基本は元気な男の子だが、やはり女の子の部分は抜けきらなかった。そこで中性っぽく振る舞うことにした。
 蒼井御子が見上げると翼を大きく広げた迅鷹・ツキが城の上空を旋回している。上から不審者がいないか警戒中である。
 パラーリアが連れてきた仙猫・ぬこにゃんも近くの野良猫を猫を総動員して警戒態勢を敷いていた。野点の参加者と入れ替わった暗殺者が混じることも考慮に入れていたのである。
 柄土神威も綾姫の相手役の一人だ。
(「主殿はこういった催しとは縁遠いからのぉ‥‥。茶会にしろお見合いにしろ両方ともまったく縁の無い生活をしておるからな‥‥」)
 人妖・瑠璃がまじまじと主の九竜鋼介を見上げる。
 遠目からは普段とあまり変わらない格好だが、さすがは巨勢家御用達で作った着物だ。質の良さが誰の目にもあきらかである。
「ここは開拓者としての話しでもしようかねぇ。それとも駄洒落について話そうか。これが一番効果がありそうだが、瑠璃はどう思う?」
『そうじゃな。あの駄洒落を耳にして耐えられる者は少ないじゃろうな。昨日の綾姫とのやりとりも凄まじい破壊力だったのじゃ』
 九竜鋼介は人妖・瑠璃の意見を取り入れて駄洒落で綾姫を守ることにした。
 男装の神座真紀は小箱を脇に抱えて城庭に現れる。
 いつもの大きなリボンを外して髪紐で総髪にしていた。蒼井御子とパラーリアの力を借りて胸元はさらしで締めつけてある。
「これを引き合いにして話しを持たせてみようかな」
 神座真紀が小箱に目をやってから綾姫を待つための配置についた。
「そろそろ始まりだね」
 木陰の下に立つフランヴェルは白いジルベリア製のスーツ姿で綾姫を待つ。
 綾姫がいつどこから現れるかは秘密にされていたが、当然のことながら開拓者一同は教えてもらっていた。
 まもなく綾姫が侍女を連れて庭内の林道から姿を現す。
 さっとフランヴェルが近づいて挨拶を交わした。続いて神座真紀と九竜鋼介が綾姫に同行する。蒼井御子とパラーリアは綾姫に一言かけてから野点の席へと先回りした。
 機会を逸した多くの参加者達は綾姫の行列を眺めることしかできなかった。
 綾姫達はいくつか用意された野点のうち、紙木城、柄土神威、宿奈芳純が待機する場へと腰を落ち着ける。
「今日は野点日和ですね」
 挨拶を含めた雑談を交わした後、宿奈芳純が一同に茶を振る舞う。松葉を焚き付けに使い、茶釜で沸かした湯で茶を点てる。
 菓子は上品な漉し餡を葛を使った半透明の皮で包んだもの。作法はあまり気にせずに綾姫達はさっそく頂いた。
 周囲には未だ綾姫と関われず、その様子を恨めしく眺める人物も多い。
(「このままではまずいですね」)
 野点役の柄土神威は近くの空いた茣蓙に移動して俳句を詠んだ。
 綾姫目当ての来訪者ばかりなのは事前にわかっていたこと。その上で集まった彼らの心を和らげなければならなかった。
「そちらのみなさんもいかがでしょう、本日の気持ちを詠んでみては。和歌や短歌、俳句、どちらでも結構ですよ」
 同席こそできないが比較的近くなので詠めば綾姫の耳に届く。そう判断した何人かの参加者は柄土神威と同じ茣蓙に腰を下ろした。
 おとなしい来客者ばかりではない。無礼と剛胆を勘違いした輩もいる。乱れ髪の男がずけずけと綾姫に接触を図った。
「おぬし、もしやそれが格好よいとでも思うておるのかや? それで釣れる尻軽もいるであろうが、わらわがそうとでも?」
「その気の強さ。まさに巨勢王の娘だ‥‥‥‥ど、どうした?!」
 突然の地響きに乱れ髪の男は素っ頓狂な声をあげた。急降下で着地した空龍・碧瑠璃の仕業である。
 空龍・碧瑠璃がギロリと睨みを効かす。
 乱れ髪の男が数歩たじろいだせいで綾姫とぶつかりそうになる。それを阻止しようと即座に立ち上がった柄土神威が乱れ髪の男の背中を押す。
 前のめりに倒れた乱れ髪の男が顔をあげるとあらためて空龍・碧瑠璃と目と目が合った。碧瑠璃が重量感溢れる一歩を踏みだした瞬間、慌てて立ち上がるとどこかへ走り去ってしまう。
 綾姫に贈り物を渡して気を引こうとする参加者もいた。
「このような場でもらうわけにはいかんのじゃ」
「そう仰らずに」
 紙木城は綾姫へと取り入ろうとする男の姿を眺めた後で、無言のまま天火燐・小右衛門へと振り向いた。すると小右衛門は真っ赤な炎を揺らめかせながらその者へと近づく。
「あ、あっちいけ!」
「申し訳ありません、お客様。この子がお客様を気に入った様でして‥‥」
 紙木城は申し訳なさそうにしながらも天火燐・小右衛門を止めようとはしなかった。それもそのはず。事前に綾姫と申し合わせた撃退方法であったからだ。
「姫さま、今年の春苺は収量が少なく残念でしたね。あのようなことが起きなければ」
「あの畑は無理じゃった。だがその別の畑ではよい収穫になっての。総じて去年の二割減で済んだのじゃ。なので苺ジャムもそれなりには作れたぞよ」
 小右衛門が贈り物の男を追いかけ回すのを余所にして、紙木城と綾姫は世間話を続けた。
 遊火で小右衛門にまとわりつかれた男はほとほと疲れ果てる。贈り物を渡すのを断念し、そのままお帰りと相成った。
 宿奈芳純は苛立ちを秘めてそうな参加者の元へもふら・典膳を向かわせる。
『もふっ』
 もふら・典膳がおもむろに使ったのはもふもふの毛皮ともふらの癒しだ。周囲の参加者達は遠くから聞こえてくる雅楽を聴きながらうっとりとした表情を浮かべる。
 それでも巧みな話術と行動で綾姫との同席を果たす参加者もいた。礼儀をわきまえている以上、こちらも真摯な態度で相対するのが筋である。
「茶器のことをよく知っているようだね。これなんてどうだい?」
 神座真紀は小箱から茶器「黄鳳飛翔」を取りだし、野点で使われていた茶碗を褒めていた男性に声をかける。
「おお、この鳥は鳳凰じゃな」
 綾姫がその茶器に興味を示したので男も気分をよくする。途中から神座真紀が話し相手となって綾姫の存在を逸らし続けてくれた。
 茶道具の知識を充分に披露した男性はおとなしくなった。しかし本来の目的を忘れてしまったようだ。それが綾姫と神座真紀の目的であったのだが。
(「中にはよさそうな者もいるんやけどな。本音をいえば好いた人と一緒にさせてあげたいとは思うけど」)
 神座真紀は参加者の中から綾姫と合いそうな人物を見繕って巨勢王に知らせるつもりである。
 ちなみに羽妖精・春音は茶菓子をたっぷりと食べた後、神座真紀の側で昼寝をしていた。
 寝返りをうったり寝言を囁く。その姿は非常に面白くて参加者の一部を綾姫から遠ざけるのに役立っていた。意図しない怪我の功名といったところだ。
 巨勢王も野点に参加していたが綾姫達とはかなり離れたところにいた。
 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。そう考えた参加者達が周囲に集まっている。
 別に巨勢王がそうなることを望んだわけではない。自分が側にいると綾姫に近づけない雰囲気になるのがわかっていたからだ。
「少し場所を移動しようか」
「そうじゃの」」
 フランヴェルが差しだした手をとって綾姫が立ち上がる。その姿を多くの者が目で追う。二人の散歩が始まるとぞろぞろと追いかける輩も現れた。
 まずはフランヴェルが連れてきた鋼龍・LOの様子を見学する。
 鋼龍・LOは綾姫と男の子達と遊んでいた。よじ登った男の子達が尻尾や翼の部分を滑り台にして次々と降りてくる。
 十歳ぐらいの男の子にとっては女の子への興味よりもそういった遊びの方が楽しいものである。おそらく野点への参加は両親が促したに違いなかった。
 フランヴェルによるエスコートが終わり、次は九竜鋼介の出番となる。
『さっき食べたらとてもうまかったのじゃ。主殿と綾殿、どうじゃ?』
 ふわふわと浮遊する人妖・瑠璃が九竜鋼介と綾姫の元へ皿を運んでくる。二人は皿の上に並ぶ、みたらしの串団子一本ずつ手に取った。
 人妖・瑠璃は近くの木の枝に座り、残った一本を口にする。
「この串団子、丸が四つで――」
 昨日話した五円の変形話から綾姫と九竜鋼介の駄洒落合戦が始まる。
 男女の色恋とは別の意味で近寄りがたい雰囲気が辺りに漂う。誰も近づけず遠巻きに眺めるしかなかった。
(「よい時間稼ぎになりそうじゃのぅ‥‥」)
 人妖・瑠璃は飲み物や茶菓子を二人の元へ運び、その時間が長く続くように努める。
 一人だけ無理を承知で二人の駄洒落合戦に加わった参加者がいた。
「こ、このジルベリアの木靴を履くと誰もが屈託のない笑顔が浮かぶのさ。それはどうしてかって――」
 しかし五分後、敢えなく敗退する。廃人のような表情を浮かべて城庭から立ち去った。
 次に綾姫を相手にするのは蒼井御子だ。
「ちょっと待っててね」
 蒼井御子が口笛を吹くと大空を飛んでいた迅鷹・ツキが降りてくる。見事な所作で蒼井御子の腕へと掴まった。
「さすがなのじゃ♪ ツキはとても賢いのう♪」
 綾姫が褒めると迅鷹・ツキは照れくさそうに鳴いた。
 しばらく蒼井御子と綾姫は鷹談義をする。
 綾姫は巨勢王に連れられて鷹狩りに参加したことがあった。そのときの出来事を蒼井御子に話す。
(「綾姫様は本当に巨勢王様のことが、好きだよね」)
 うんうんと綾姫に頷いていた蒼井御子は綾姫の向こうにあった藪の中から男が現れたのを目撃する。
 男は無理矢理に綾姫を誘おうと考えている御仁。そう判断した蒼井御子は迅鷹・ツキを上空へと飛び立たせた。そして綾姫の手を取り、ツキを追いかけることでその場から立ち去った。
 最後の相手役はパラーリアである。
 仙猫・ぬこにゃんに集めてもらった猫達に囲まれながら残りの時間を芝生の上で過ごす。
「綾ちゃん、野点って難しいね。簡単な作法でいいって聞いていたけど、ぼくはどうも慣れなくて」
「充分様になっていたぞよ。気楽にいくぞよ」
 パラーリアは普段とは違う男の子口調である。そして綾姫から野点についてを教えてもらう。
「ジルベリアとは大分違うね」
「彼の地でも茶室や野点があるのかや?」
 ジルベリアのお茶会についてはパラーリアが綾姫に教えた。
 二人は猫達を膝や肩に乗せながらお喋りを楽しんだ。二人に近づこうとする無粋者には猫達がじゃれて邪魔をする。猫の魔力に屈する者は多かった。
 仙猫・ぬこにゃんは参加者の中に潜む要注意人物を洗いだし済みである。
 仲間の朋友達にも手伝ってもらって綾姫に近づかないように配慮した。具体的にはまとわりつくことでその気を失わせる。
「時間じゃな」
 終わりの時を示す鐘音が響き渡る。参加者の多くは綾姫と挨拶を交わす程度で帰ることとなった。

●そして
「つっかれたあああああああ!」
 蒼井御子は城内の部屋へ戻った途端、ぱたりと畳の上に倒れた。
 開拓者の誰もが精神的に疲れた様子で朋友達も同様である。
 綾姫はそれを察してか開拓者達を持て成してくれた。
 開拓者達は広いゆったりとした城の湯船に浸かり、美味しい晩餐にも預かる。武天名物の肉料理は絶品であった。朋友達にもそれぞれに適した豪華な食事が準備される。
 綾姫の勧めもあって無理に帰らず、もう一晩泊まっていくことにした。
「とても助かったぞよ。おかげでやり過ごすことができたのじゃ」
 翌朝、上機嫌の綾姫が開拓者達の部屋を訪ねる。土産にと苺ジャムを手渡し、さらにお忍びで城下に出かけて食べ歩きなどをして一緒に遊んだ。
 綾姫は日が暮れて帰路に就く際にも精霊門まで見送ってくれた。屈強なサムライが同行していたので城への帰りも大丈夫である。
 これにて野点による綾姫の見合い話はご破算となった。綾姫曰く、臣下から報告を聞いた巨勢王は気にした様子もなかったという。