【震嵐】支援 〜綾姫〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/02/26 22:14



■オープニング本文

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 武天は天儀本島最大の版図を持つ国である。
 王は赤褐色肌の巨勢宗禅。巨勢王の名で通っている巨漢の男には娘がいる。
 その名は『綾』。普段は綾姫と呼ばれていた。
 父親に似ず器量よし。亡くなった母親の紅楓に似たおかげだ。
 紅楓は理穴国の王族、儀弐家の血筋。綾姫は親戚となる理穴国王の儀弐重音にどことなく面影が似ている。
 綾姫は飛空船で編成された武天軍を統率した経験もある才女の綾姫だが、まだ十歳と若いどころか幼いといってよかった。


 早朝の武天此隅城。
「わらわとしたことが。ち、ちこく、遅刻なのじゃ〜」
 綾姫は縁側でジルベリア製のブーツを履くと侍女が持っていた皿から苺ジャムが塗られたトーストを手に取り口へと銜える。そのまま雪薄く積もる城庭へと駆けだした。
「姫さまー。こちらの外套をお忘れになっては寒うございますよー」
「昨晩の雪が氷になっているやも知れません。もっとごゆっくりと!」
 何人かの侍女が走る綾姫を追いかける。
 臣下のサムライ五名が待つ龍厩舎に辿り着いた綾姫は、頬に苺ジャムをつけつつもトーストを食べ終えていた。侍女から受け取った外套を羽織り愛龍の背中へ騎乗する。
 はしたないという言葉は日常の最中だからこそ意味がある。今は緊急時故に誰も綾姫を咎めることはなかった。
 綾姫はサムライ五名を連れて城庭を飛び立つ。やがて此隅郊外に停泊中の大型飛空船『那由他』の甲板へと降り立った。
 『那由他』は武天飛空船軍の旗艦・大型飛空船『不可思議』の同型二番艦にあたる。
 理穴国が遂行予定のアヤカシ陽動作戦は綾姫にとって寝耳に水。東房での大規模な戦いを成功させるために理穴の女王『儀弐重音』は動いていた。
 綾姫は神楽の都で行われた会議に巨勢王の側近として同行したものの、さすがに理穴の詳細な動きまでは把握しきれていなかったのである。
 儀弐王自らが陽動作戦に参加することを知った綾姫は出立予定を前倒しする。巨勢王率いる武天飛空船軍の本隊が動き出すのはまだ数日先となる。
 理穴東部に集結する振りをして各国の軍が東房方面に向かう。理穴軍はアヤカシを出来るだけ国内に引きつける。これが作戦の概要だ。
 しかし綾姫閥の飛空船小隊は本当に理穴東部へ辿り着こうとしていた。『那由他』の他に中型飛空船二隻が理穴に向けて離陸する。
 援軍として外部から一隻も理穴に到達しなければアヤカシ側も怪しむだろうと巨勢王が承諾してくれたからである。
 儀弐王の陽動作戦を邪魔するのは綾姫の本意ではなかった。
 理穴東部の元魔の森内に大規模なアヤカシの棲息域が確認されているという。連絡をとったところ、そこの殲滅を綾姫に頼みたいと儀弐王名義の返答がある。
「儀弐王様は理穴の各所に隠れる魔の森擬きのアヤカシを叩くそうじゃ。わらわに託された戦場は一カ所のみだが、強者のアヤカシが多いという。負けられぬぞよ、心してかかるのじゃ!」
 艦橋の大将席から立ち上がった綾姫は伝声管を使って乗員達を鼓舞する。乗員の多くはサムライだが急遽集められた開拓者の姿もあった。
 開拓者の役目は綾姫の護衛である。だが彼女に望まれれば戦場に赴くのも厭わない約束になっていた。
 数日後、綾姫閥の飛空船小隊は武天と理穴の国境上空を越える。
 さらに数時間後。元魔の森に存在するアヤカシの棲息域に戦いを仕掛けるのであった。


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
紙木城 遥平(ia0562
19歳・男・巫
柄土 神威(ia0633
24歳・女・泰
九竜・鋼介(ia2192
25歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
蒼井 御子(ib4444
11歳・女・吟
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579
19歳・女・サ


■リプレイ本文

●戦闘開始
 快晴の午後。綾姫閥の飛空船小隊は理穴東部、元魔の森内のアヤカシ棲息域を視界に捉えた。綾姫が儀弐王からアヤカシ討伐を頼まれた土地である。
 直前の索敵を担当したのはパラーリア・ゲラー(ia9712)だ。
「けっこう低いのにゃ」
 空龍を駆る志体持ち武天兵の後ろに乗せてもらい、アヤカシに絡まれない速さで一直線に棲息域上空を突っ切った。その際、パラーリアは鏡弦で眼下の状況を把握した。
 往復することで二度行われる。大まかではあるものの、これで地上のアヤカシの分布が判明する。即座に艦橋の綾姫や砲撃の指揮官に伝えられて作戦に取り入れられた。
 大型飛空船『那由他』、中型飛空船『載』、中型飛空船『極』は棲息域を上空から囲むように展開する。
 『那由他』は左側面からの宝珠砲六門砲撃。『載』と『極』はそれぞれ宝珠砲二門を轟かせた。さらに『那由他』は回頭して右側面の宝珠砲六門も棲息域へと叩き込まれる。
 これらの砲撃には紙木城 遥平(ia0562)の案が採用されていた。
『今じゃ! 空は飛空船と飛行班が受け持つ! 陸上への降下開始じゃ!』
 伝声管を通じて綾姫の声が『那由他』の船内に響く。
 『載』や『極』を含む外部で待機する仲間に報せるために、突撃を告げる狼煙銃が空に向かって複数撃たれた。
 蒼井 御子(ib4444)はこの時『載』に乗船していた。
「んー、ちゃんと龍の相棒も持っておけば良かったかな、なんて思うねー‥‥」
 『載』の甲板に立つ蒼井御子は『那由他』から飛び立つたくさんの龍達を見守る。その中には開拓者仲間の姿もあった。
「って、ツキ。そっぽ向かない。嫉妬してもしてあげられることなんてないんだからねー」
 蒼井御子の言葉を理解したのかどうかはわからないが、上級迅鷹・ツキは顔を横に向けてぷいっと拗ねている。
 これから蒼井御子は制空権の確保のために『載』を支援する。そのためには迅鷹・ツキの協力は不可欠である。
 迫る鳥型アヤカシの群れを武天兵が銃や弓で迎え撃つ。
 宝珠砲は命中率からいって小さな相手を倒すにはまったく適さない。ただ群れている相手ならばやりようがあった。
 鳥型アヤカシの群れの中心に向けて『載』の宝珠砲二門から榴弾が放たれる。群れに呑み込まれたところで榴弾は炸裂。何体かの鳥型アヤカシが墜ちていく。
 宝珠砲の再砲撃には少々の時間を要す。『載』は推進力をあげて追ってくる鳥型アヤカシの群れとの距離を引き離す。その間に次弾装填と練力供給が行われた。
 宝珠砲の運用は当初、最初の地上斉射のみに使われる予定であった。しかし開拓者からいくつかの案が出して綾姫がそれを採用。適宜運用に切り替えている。
 いくら『載』が速く飛んでも高速機動のアヤカシ数体には先回りされてしまう。そんな時には甲板で愛龍と共に待機する志体持ちのサムライが活躍する。
「これで戦いやすくなるからね♪」
 蒼井御子は幻影のステップを踏んで志体武天兵を応援した。
 黒猫白猫で攻撃と回避をあげた志体武天兵が刀撃を用いて船体に取り憑いたアヤカシを弾き飛ばす。
 さすがに姿勢を崩して失速すれば『載』に追いつくのは難しい。最低でも次弾装填までは到達不可能である。
 後方の空中に取り残されて豆粒のように小さくなっていく鳥型アヤカシを蒼井御子は見守った。
 拗ねながらも迅鷹・ツキはちゃんと蒼井御子を手伝う。船底などの一般兵が戦いづらい所に張り付いたアヤカシを風斬波を当てて剥がしてくれる。周囲の警戒も忘れず蒼井御子に教えてくれた。

 『那由他』に残ったパラーリアは船倉下展望室に移動する。
「よいしょっと♪ ここがいいのにゃ♪ ぬこにゃんもよろしくだからね〜」
 見晴らしの良いここから仙猫・ぬこにゃんと一緒に索敵の続きを行う。
 パラーリアは鏡弦で、仙猫・ぬこにゃんは猫心眼を使う。一人と一匹は地表のアヤカシ分布変化を観察して艦橋に報せる役目を任されていた。
 宝珠砲斉射後、棲息域からたくさんの飛翔型・妖が姿を現す。
 『那由他』は地上に武天兵を降ろすために低空で空中停止を試みる。許容の範囲の揺れで収束し、武天兵達が次々と垂らされた縄を伝って地上へと降りていった。
「あまり時間はかけられん‥‥一気に仕掛けるぞ、鋼!」
 鋼龍・鋼を駆る九竜・鋼介(ia2192)は龍騎兵第三小隊と協力して降下中の味方を援護する。
 森の中にぽっかりと空いている拓けた土地には巨漢のアヤカシが集まっていた。その多くは鬼系のアヤカシ『獄卒鬼』。一見するだけでは数え切れない。
 二天を使いつつ『太刀「鬼丸」』ですれ違いざまに斬りつける。片手の『刀「長曽禰虎徹」』は盾代わりだ。獄卒鬼が振るう金棒を受けては流す。
 ラッシュフライトを使った鋼龍・鋼はさらに龍鎧で自らを強化した。烈槍を纏った獣角を獄卒鬼の腹に突き刺して空中まで持ち上げた後で地面へと落とす。
 九竜鋼介は焔陰の炎を纏わせた鬼丸を獄卒鬼の喉を切り裂いていた。落下の途中から獄卒鬼は瘴気の塵と化す。
 龍騎兵第三小隊も果敢に獄卒鬼を攻め倒していた。十数分の間に十一体の獄卒鬼が瘴気に還元する。
 これだけでも素晴らしい成果だが、ひとまずの目的は武天兵達が無事着地を果たすことである。戦いの本番はこれからといえた。
「儀弐王さんの為に役に立ちたいって綾姫さんの思い、健気やなぁ。綾姫さんの思いが叶うよう、しっかり頑張ろうな、ほむら!」
 神座真紀(ib6579)が背中に話しかけると炎龍・ほむらは吼える。彼女は地上へは向かわず、『那由他』周辺を飛行していた。
 神座真紀は広義の意味で綾姫の護衛を担ったのである。
「いきなり鵺か! いくで!!」
 神座真紀は雷撃を受けつつアヤカシの鵺へと急接近する。
 すれ違いざまに剣気を当てて、怯ませることで二度目の雷撃を防いだ。その際に炎龍・ほむらの爪が鵺の胴体右側面を引っ掻いていた。
 宙返りで鵺の上をとった神座真紀は『長巻「焔」』の柄を両手で強く握りしめる。そして鵺の首筋目がけて刃をかけた。
 両断剣によって切り離された鵺の頭部が瘴気を散らしながら宙で回転する。それでもまだ胴体部分は『那由他』を目指していた。
 神座真紀は炎龍・ほむらに追いつかせて後方からもう一度長巻を振るう。ざっくりと割れた部分から瘴気が吹き出してようやく鵺は動きを鈍らせる。
 やがて錐もみしながら落下していった。
 神座真紀の比較的近くで祟り神と戦っていたのが三笠 三四郎(ia0163)と轟龍・さつなである。
 彼も制空権の確保に注力していた。何故かといえば宝珠砲の活用を綾姫に進言したうちの一人だからだ。
 今回同行する武天兵の中には志体持ちの龍騎兵が三十名含まれている。六名ずつに分けられて五小隊が存在。各船に一小隊ずつ配置済みである。
 三笠は『那由他』に三小隊置くべきだとしたが、綾姫は地上での戦いも重視する。相談の結果、二小隊は地上付近での戦いに参加している。
 空中での戦いが早めに収束したのならば一部隊だけを残して他はすべて地上戦に参戦する予定になっていた。
 とはいえ予定は未定。状況次第で変更もあり得る。最終判断は綾姫に委ねられていた。
「行きますよ!」
 三笠は轟龍・さつなの急襲で祟り神へと一気に近づく。そして『三叉戟「毘沙門天」』の穂先をスマッシュで胸部へと叩き込んだ。
 祟り神があげる呪声に耐えながら三笠はさらに一撃。一槍打通で止めを刺す。
 紙木城も別個体の祟り神と戦っていた一人である。倒したところで炎龍・韻姫に高度をとらせた。そして戦況を把握しようとする。
(「うまくいっているようですね」)
 大型飛空船『那由他』は自らに集ろうとする飛翔型アヤカシを武天兵の力のみで排除していた。空中戦に宝珠砲は使われていない。砲口が向けられていたのは地表であった。
 このような運用が可能なのはパラーリアと仙猫・ぬこにゃんの賜であろうと容易に想像がついた。
 中型飛空船『載』は宝珠砲を鳥型アヤカシの群れに撃ち込んでは距離を取っている。避けきれないアヤカシは志体持ちの武天龍騎兵が奮闘して排除していた。
 中型飛空船『極』は残念ながら遠方すぎて紙木城の位置から確認できなかった。
 その『極』周辺で戦っていたのがフランヴェル・ギーベリ(ib5897)である。
 龍騎兵第二小隊の一名が啄木鳥型のアヤカシに背後から襲われて怪我を負う。即座に小隊ごと『極』の甲板に避難した。
 フランヴェルは鋼龍・LOと共に『極』の上空で周囲を警戒する。
 小隊の一人が手を振ってフランヴェルに合図を送った。傷ついた仲間は重傷の状態だと。
「少しの我慢さ。待っていてくれよ」
 フランヴェルは準備済みの狼煙銃を上に向けて撃つ。
 煙の色は回復救援を意味していた。重傷した仲間は『極』の乗員達に預ける。残る五名はフランヴェルと共に再び空の戦いへと身を投じた。
 十分後、狼煙銃の煙を見かけた紙木城が駆けつけてくれる。
 精霊の唄によって重傷の龍騎兵は回復した。骨折していなかったおかげで即座に戦線に復帰するのであった。
「反撃のための布石とはいえ、綾姫様も儀弐王様も無茶をされるわね」
 柄土 神威(ia0633)は駿龍・碧瑠璃の背中の上で呟く。彼女は地上付近に配備された龍騎兵第四小隊と共に戦う。
 主に対峙していたのは猿顔の鬼アヤカシである。行動も猿のようで樹木の枝から枝へと移りつつ、攻撃を仕掛けてきた。便宜的に現場では猿鬼・妖と呼ばれていた。
 中には巨体の猿鬼・妖も存在する。
 そういった個体は強靱な四肢の力を使い、十数メートルの飛躍を軽々とこなす。奇襲に使われると、とてつもなく厄介であった。
 駿龍・碧瑠璃が放ったソニックブームが跳んだ巨体猿鬼・妖に見事命中する。落下するかと思われたが近くの枝を掴んでその場に留まった。
 逆上した巨体猿鬼・妖は樹木の天辺よりも高く跳んだ。柄土神威が駆る駿龍・碧瑠璃へと被さるように襲いかかる。
「小癪な真似をされますね」
 柄土神威は咄嗟に気功波を放つ。巨体猿鬼・妖が描いていた放物線がずれて間一髪のところで避けきった。
 反転した駿龍・碧瑠璃はラッシュフライトを使いつつ、風焔刃の炎頬を巨体猿鬼・妖の背中に命中させる。
 さらに火炎に包まれた巨体猿鬼・妖へ向けて柄土神威の拳が吼えた。飛龍昇の籠手が巨体猿鬼・妖の顎を捉えて引っこ抜くように天へと振り抜かれる。
 頭部が崩れた巨体猿鬼・妖は森の中へと墜ちていった。地面に衝突する際、瘴気が放射線状に広がる。それはまるで散っていく花のようであった。

●地上での戦い
「綾ちゃん、今煙が上がっている辺りから北東方面にアヤカシが集中しているよ。さっき通過したときに感じたのにゃ」
 『那由他』船倉下展望室のパラーリアはアヤカシ分布状況の定時連絡を行う。鏡弦に加えて仙猫・ぬこにゃんの猫心眼による再確認の裏付けもある。
「まったくしんどいで、少しは休ませてや」
 神座真紀は左手の甲で額の汗を拭う。
 寒さで息が白く、また炎龍・ほむらに騎乗しているのにも関わらず流れる汗は絶え間ない。一体ずつ相手をしていられるのは楽な時である。大抵は複数のアヤカシをまとめて相手にしなければなかった。
「ほむら! ヒートアップで龍砕牙や!!」
 神座真紀は『那由他』の艦橋へ向けて一直線に飛ぶ大型隼・妖を目撃する。手綱を引いて炎龍・ほむらを全力で飛ばす。
 身体ごとぶつけるようにして大型隼・妖の特攻を阻止した炎龍・ほむらは龍砕牙で相手の首を噛み砕いた。
「あれは‥‥」
 神座真紀が艦橋の窓に目をやると窓辺に立つ綾姫が心配そうな顔をしていた。彼女は軽く手を振ってから戦線に戻る。
 安心した綾姫は『那由他』艦橋の席に戻って腕を組む。
(「アヤカシは減っているはずじゃが、問題はどれだけの個体が怖じ気づいてしまったかじゃな‥‥」)
 アヤカシといえども置かれた立場が悪くなればその場を逃げ出す。視界の悪い森の中で四散されてしまえば追うのは難しい。
 それをさせないための速攻殲滅作戦なのだが、アヤカシ側の空中戦力が強くて地上への展開が遅れている。あくまで想定の範囲内ではあるのだが。
「少々強引じゃが空のアヤカシも地上に誘き寄せようかと考えておる。すべては宝珠砲で葬るためじゃ。艦長よ、この辺りで那由他を着陸させられようか? 無理というのならば諦めようぞ」
 綾姫に意見を求められた『那由他』の艦長は暫し考えてから答えた。任せて頂ければ必ずやり遂げると。
 狼煙銃が決まった色の順番で『那由他』の甲板から撃たれる。それにはすべての者が『那由他』に注目せよといった意味が含まれていた。
 艦長の指示によって見張りが増員される。艦長は多数の伝声管から聞こえてくる打音を頼りに操舵手に指示をだす。
 艦長は他にもう一つ指示を出していた。それに従って船体後部から偽の煙りが吹き出す。
 それから数分後に『那由他』は強硬着陸を敢行する。
 元魔の森の土地故に大地には樹木が多数育っている。どれも半枯れで『那由他』の船体を大きく傷つけるものではなかった。
 それでも森に隠れている地形の起伏や巨大な岩などを考慮に入れなければならない。これには卓越した操艦技術が必要とされた。
 『那由他』が降りたのはアヤカシ棲息地の外縁付近。主戦場から少しだけずれた位置といえる。
「何を狙っているのかと思えば‥‥そういうことか」
 九竜鋼介は『那由他』着陸後に撃たれた狼煙銃の輝きの軌跡を見上げる。
 開拓者を含めた志体持ち全員の集合場所が指示されていた。そこは『那由他』左舷側の約五十メートル先である。
 アヤカシ・鬼等が倒れた樹木を拾って放り投げた。鋼龍・鋼はその硬い身体で物ともせず弾き、九竜鋼介が刀を振るう。
 時に焙烙玉で敵の目をくらませてつつ、戦いを味方の有利に進めていった。
 九竜鋼介だけでなく続々と仲間達が集まる。アヤカシ側も徐々に集結しつつあった。
 理由は単純。アヤカシ側は『那由他』が煙を上げていたのを不時着だと勘違いしていたのである。
 綾姫と艦長が協力して『那由他』の瀕死を演じきっていた。一般武天兵は『那由他』周辺へと集結してアヤカシの進攻を阻止する。
 『載』と『極』に関しては着陸せず、『那由他』の上空付近に浮かびながら戦う。
「ぬこにゃん、右側の足止めを頼むのにゃ!」
 『那由他』の甲板に移動していたパラーリアは、大地を揺るがしながら迫る巨大な獄卒鬼に弓術で挑んだ。
 樹木を盾にされてもパラーリアには通じない。月涙を使って放たれた矢は緑色に輝きつつ遮蔽するすべての物を通り抜けて敵に命中した。
 ふらりと祟り神が寄ってきたときには響鳴弓で対抗する。女性の声のような響きを纏う矢がパラーリアによって次々と放たれた。
 仙猫・ぬこにゃんは幻惑の瞳でアヤカシを足止めし、パラーリア達が一斉に襲われないように戦う順番を調整する。
 うまくいくと、ぬこにゃんが被っていた帽子のつばを扇子の先でひょっいと持ち上げた。
「さって、最後のひとふんばり、だよっ!」
 『載』の甲板に立つ蒼井御子は武勇の曲や黒猫白猫で味方を応援し続ける。
 否応なくアヤカシが『載』に取り憑いてしまったときは最後の手段として一人で前に出た。そして重力の爆音を使って敵を驚かせて動きを鈍らせる。
 彼女が時間稼ぎをしている間に駆けつけてくれた武天龍騎兵が刀を振るう。迅鷹・ツキは蒼井御子の頭上で旋回しながら迫るアヤカシに風斬波を叩きつけた。
「もう少し、もう少しですね」
 三笠と轟龍・さつなは共にアヤカシを翻弄する。轟龍・さつなが急襲して敵に大きな爪痕を残す。
 三笠が心を砕いたのは銃砲や弓矢がどれだけ有用に使われているかどうかである。
 遠隔攻撃の手段を持っていそうなアヤカシを優先して倒す。味方の援護射撃を受けながら三笠はその時が来るのを待った。
 フランヴェルが龍騎兵小隊の一つと協力して岩人形やがしゃどくろといった不死系アヤカシに仕掛けつつ後方へと下がる。
「綾姫のためにあの骨の集団をここまで誘き寄せなくてはね♪」
 フランヴェルは覚悟を決めた。鋼龍・LOがわざと攻撃を受けてアヤカシを調子に乗らせる。
 戦場は激しさを増しながら『那由他』を中心に凝縮されようとしていた。
「無茶もここに極まれりね。とはいえ勝機が感じられるのは悪い気分じゃないわ」
 仕上げとして柄土神威は駿龍・碧瑠璃で飛び回りつつ、咆哮でアヤカシの注意を引きつける。
 やがて『那由他』から緊急脱出を意味する狼煙銃の合図が出された。
「韻姫、那由他に向かいつつ飛びます。上昇する機会を間違いないようにしてくださいね」
 紙木城は最後の土産にアヤカシへ白霊弾を投げつけてから龍の手綱を引っ張る。
 龍を駆るすべての武天側の者が同じ行動をとった。『那由他』へと飛びつつ途中で急上昇を果たす。
「宝珠砲斉射じゃ!!」
 綾姫の指示が伝声管を通じて『那由他』船内に響き渡る。連絡員による鏡の反射で『載』と『極』にも指示は伝わった。
 密集するアヤカシに向けて『那由他』六門、『載』二門、『極』二門の宝珠砲が火を噴いた。
 着弾と同時に榴弾が炸裂。土煙に混じって大量の瘴気が煙りのように周囲へと漂った。
 だがこれですべてのアヤカシが倒されたわけではない。
 少数ではあるもののアヤカシの中には人と同じ程度の知能を持つ個体がいる。それらは出来る限り後方に下がって綾姫閥飛空船小隊の出方を窺っていた。
 宝珠砲の再装填には時間を要する。今こそ好機と判断したそれらのアヤカシは仲間の屍を踏み越えながら進攻を再開した。
 攻め寄るアヤカシの群れ。しかしそれらの多くが『那由他』に辿り着くことはなかった。
 アヤカシ側の想定よりも早く『那由他』の左舷宝珠砲六門が火を噴いたからである。
 着陸中の『那由他』が反転する余裕はない。そこで右舷担当の砲手達が左舷を手伝った。
 人員が増えたことで縮まるのは十秒程度。しかしそのわずかな時間で勝負が決することもある。今がそれであった。
 怪力を振るうだけの個体よりも狡猾なアヤカシの方がたちが悪い。同じ数を倒せたとするならば後者の方に価値がある。そう綾姫は考えていた。
「これで儀弐王様もやりやすくなったはずじゃ」
 いつまで掃討に時間がかけられるのか。綾姫は迷いつつ号令を出す。
 艦長の意見も聞いて日が暮れるまでとする。それ以上は非効率であり、早々に東房へ向かうのが懸命であるといった判断からだ。
 宵の口になって作戦は終了した。
「疲れたわ〜」
 甲板に着地した途端、神座真紀は炎龍・ほむらから降りてその場にへたり込んだ。
 開拓者には中型飛空船『載』で神楽の都へと帰ってもらう。名残惜しいが依頼の約束事なので仕方がない。
「ありがとう。わらわの我が侭につき合ってくれて助かったのじゃ」
 別れ際、綾姫は開拓者一人一人に声をかけて感謝の意を示したという。
 大型飛空船『那由他』と中型飛空船『極』は夜の間に国境を越える。
 冥越上空を通過出来れば東房まで近道なのだがそれはとても難しい。石鏡上空を通過して東房を目指したのであった。