寒い料理修行 〜綾姫〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/21 21:01



■オープニング本文

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 天儀本島より北西遠方に位置する独立した浮遊大陸の中央部分を占めるのが武神島である。
 天儀本島とジルベリアを結ぶ空航路上の中間に位置している孤島だが、現在では精霊門が設置されているために比較的自由に行き来が可能な地となっていた。
 島内で質の良い粘土が採取されるおかげで島の建築物の多くは煉瓦造り。必然的にジルベリア風の建築物が多くを占めている。とはいえ歴史書を紐解けば天儀朝廷の直轄地とされていた。
 様々な人や物資が通り過ぎて行く土地故に情報も集まりやすい。武天国も素性を隠しつつ武神島の町『広地平』にいくつかの施設を構えていた。
 そのうちの一つがレストラン『ドーフクルーク』。
 料理はチーズや赤ワイン、ハムやソーセージを使ったものが多い。どれも様々な種類が取りそろえられてあった。


 ここは武天国此隅城。
「ジルベリアに行くぞよ。用意を致せ」
 ある朝、布団から飛び起きた綾姫は侍女達を驚かせた。
 突飛な発想には彼女なりの理由がある。
 十二月に入り、もうすぐクリスマス。
 パーティを開催するにあたって父親の国王・巨勢宗禅に本格的なジルベリアの手料理を振る舞ってあげたいといった娘心からだ。
 いろいろな方法を頭の中で模索した末、一番がジルベリアでの修行だと綾姫は結論づけたようである。それは決して間違っていないのだが、綾姫ほどの立場の者だと障壁が多くて簡単にことが運ぶはずもない。
 いきなり旅立つといわれても侍女達は狼狽えるばかり。一人の侍女が機転を利かせて綾姫の信頼厚い重鎮を呼んできた。
 最終的にはその重鎮が綾姫を宥めてくれた。せめて自分達の目が届く武神島のレストラン『ドーフクルーク』での修行をお願いしたのである。
「うむ、わかったぞよ。そなたの顔も立ててあげねばな」
「もう一つ、護衛をつけさせては頂けませんか?」
「‥‥そうじゃの。開拓者の護衛ならばよいぞ。あの者の中には料理の達人もおるのでの。いろいろと教えてもらえそうじゃからな」
「わかりました。そのように手配させて頂きます」
 話しが決まれば後は早かった。武神島のドーフクルークへの連絡、開拓者ギルドへの手配などすぐさま準備が整えられる。
 一応巨勢王には内緒なのだが本当にそうなのかは誰も知らない秘密である。
 開拓者に護衛をしてもらえれば精霊門を利用する手続きも簡単。綾姫一行は雪降り積もる武神島の町『広地平』へと足を踏み入れるのであった。


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
紙木城 遥平(ia0562
19歳・男・巫
柄土 神威(ia0633
24歳・女・泰
九竜・鋼介(ia2192
25歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
蒼井 御子(ib4444
11歳・女・吟
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579
19歳・女・サ


■リプレイ本文

●雪
 深夜、綾姫と開拓者八名は精霊門を通じて武神島・広地平の施設で合流する。
 挨拶を交わして再会を喜び合う。そしてレストラン『ドーフクルーク』に向かうべく誰かが野外への扉を開くと猛烈な地吹雪が吹き込んできた。
「真っ白なのじゃ‥‥」
 廊下中央に立っていた綾姫は瞬く間に雪まみれである。
「ジルベリアに来たのは久しぶりだから、忘れていたよー。あ、一応ここは天儀になるんだっけ?」
「こりゃきっと足下の雪も深いに違いないやね」
 蒼井 御子(ib4444)と神座真紀(ib6579)が綾姫についた雪をそっと叩いて落としてあげる。こんな状況でも頭の上で寝ていた羽妖精・春音を神座真紀は指先でつついて起こした。
『うにゃ‥‥今日はですぅ。じゃなくて忘れてたですぅ』
 寝ぼけの羽妖精・春音は先程したばかりの綾姫への挨拶をもう一度繰り返す。続いてふらふらと綾姫の頭上で一回り。幸運の光粉をかけてこれからのよき運を祈った。
 地吹雪が収まってから店に行こうと話していると、九竜・鋼介(ia2192)の人妖・瑠璃が野外へと続く扉を指さした。
『夜の道案内をしようと思うって先に暗視を使っていたのじゃ。さっき何かが雪に埋もれていたような気がするのじゃが』
「人だったら一大事だな」
 人妖・瑠璃の言葉が気になった九竜鋼介がわずかに扉を開いた。
「任せてください」
 紙木城 遥平(ia0562)は誰もが見えるよう鬼火玉・小右衛門に外へと出てもらう。するとぼんやりだが吹雪いた景色が浮かび上がる。
「何でしょうかね」
 踞る何かを見つけた三笠 三四郎(ia0163)は轟龍・さつなを連れて野外に出た。そして雪に埋もれていた大男を見つけて担ぎ上げる。三笠は意識がない大男をさつなの背中に乗せて施設内へと戻った。
「もしもを考えたら仕方がないですね」
 柄土 神威(ia0633)は頬を叩いても目を覚まさない大男に発気を試す。すると大きく目を見開いた大男が自ら上半身を起こした。
「身体冷たいのにゃ。特別にぬこにゃんを貸してあげるのにゃ♪ あったかいよ〜」
 パラーリア・ゲラー(ia9712)は懐石代わりにふかふかの仙猫・ぬこにゃんを大男に抱かせてあげた。
「た、助かりました。ありがとうございます。急遽、武天のお姫様がお越しになると聞きましてお迎えしようとしたらこんなことに。まさか町中で遭難しかけ、いやしてしまうとは‥‥」
 大男は助けてくれた一同に感謝の言葉を口にする。
「綾姫、どうやら彼がドーフクルークの店長のようだね」
「うむ、そのようじゃ」
 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)が綾姫に話しかける様子を知って大男はようやく気がついた。武天の姫が目の前にいたことを。
「綾姫様、お、遅くなってすみません、私はドーフクルークを任されています店長のベルケッツェンと申します」
「いらぬ苦労をかけてしまったようじゃな。ベルケと呼ばせてもらおう。寒くはないか? 身体は大丈夫かや?」
 綾姫は店長ベルケが下げていた頭を上げさせる。
 地吹雪が弱まってから一同は店へと向かう。短い距離だが犬ぞりで町中を駆け抜けるのであった。

●日常
 レストラン『ドーフクルーク』に到着後、一眠りしてから綾姫と開拓者は動き出す。ドーフクルークでの普段通りの営業を全員で手伝うこととなった。
「お、新人さんかい? 黒ビールもらえるか? それとソーセージ一皿」
「しばらくこちらで厄介になるんでよろしゅう頼みますわ」
 メイド服姿の神座真紀はウェイトレスに変身。仕草をする度にそこかしこのフリルを揺らしつつ注文をとる。
 白いスーツ姿で主に女性客から注文をとっていたのはフランヴェルだ。
「こちらのビーツたっぷりのボルシチが本日のお勧めですよ」
「あら、ではそちらを頂こうかしら。他にもお勧めはありまして?」
 女性客達はお品書きに視線を置かず、男装のフランヴェルを見取れていた。商売上々、たくさんの料理が頼まれる。
 飲み物は給仕自らが入れて運ぶ。樽の栓を抜いてカップになみなみと。料理については調理場に向けて読み上げた上で書いた紙を順に受け取り口へとぶら下げた。
 店内には演者や奏者専用のステージが設置されていた。
「ダメだよ、あちこち行ったら。今日はお仕事に来たんだからね」
 蒼井御子は梁へと迅鷹・ツキを留まらせた。ちょうど調理場も覗ける位置なので綾姫を見守るのに丁度よかった。
 演奏する楽器は悩んだが本日は竪琴で。軽くジルベリアの曲を一つ弾き終わるとリクエストが入った。陽気な一曲をと。
『お願いするのですぅ』
 蒼井御子の横にあった空の椅子の背もたれの上に羽妖精・春音が舞い降りる。それまでウェイトレスをしていた神座真紀が三味線を持って蒼井御子の演奏に加わった。
 羽妖精・春音の歌と踊りに合わせて蒼井御子と神座真紀による弦楽演奏が始まる。幸運の光粉を舞い散らせ、店内の上空と飛びながら春音は唄う。
 壁の向こう側は雪と氷の世界だが、店内では熱気が溢れていた。
「とても陽気ですね」
 店内から洩れてくる演奏を聴きながら三笠が斧を振り下ろす。さすがに雪深い外では難しいので小屋の中で。それでも吐く息は真っ白である。
 その気になれば斧がなくても薪を割れる三笠でも寒さには弱い。身体を動かしていてもそれは同じ。凍えてしまわないうちに終えて買い出しに出かけた。荷運び要員として轟龍・さつなを連れて行く。
「ここなら七面鳥が手に入ると聞いてきたのですが」
「さっき絞めたばかりのがあるよ」
 三笠は綾姫が望む料理用の食材を優先して購入。
 鶏なら絞めて解体したことがあると思いながら、肉と化した七面鳥四羽分を巨大な袋へと仕舞う。幸いに小雪の状態だったので三笠は急いで店へと帰った。
「ふむ、ジルベリア料理ねぇ‥あまり馴染みが無いな‥‥最後にジルベリアに行ったのは何時だったかな‥?」
 九竜鋼介は掃除の途中で目に入ったお品書きをしげしげと眺めた。
 料理の殆どは保存の利く食材を活かしたものが多かった。ソーセージやハムに代表される肉類も。ちょうど店長ベルケを見かけたので思いついた料理が作れないか訊ねてみる。
「肉まんとどーなっつって食べ物を少し前に綾姫と一緒に食べたんだが、これらを組み合わせたら美味しいんじゃないかねぇ‥?」
「もう少し詳しく話してくれますか?」
 九竜鋼介の説明にジルベリアにも『ピロシキ』と呼ばれるよく似た料理が料理があるという。ただ中の具の味付けが決定的に違うようだ。
「天儀風に醤油を基本にしてみれば新しいピロシキになるかも知れませんね。今度試してみます」
 九竜鋼介のおかげで新しい料理を思いついた店長ベルケはより機嫌が良くなる。
 その頃、人妖・瑠璃は主人の九竜鋼介から離れて調理場横の小部屋にいた。どのような料理をしているのか興味があったからである。休憩に入った綾姫にお茶を淹れてあげる。
「綾姫。主殿が駄洒落で世話に‥いや、迷惑をかけたかのう?」
 人妖・瑠璃が気にしていたのは先日九竜鋼介が行った駄洒落講義について。つまらないことをいったに違いないと申し訳なさそうに訊ねた。
「楽しかったぞよ♪ ただ‥‥あれからわらわが駄洒落をいうと回りの者達が困った顔を浮かべることが多くなっての〜。それがとても不可解なのじゃが」
 駄洒落の深みにはまりつつある綾姫であった。
(「食材は殆ど揃っているようですね。オーブンも十分な大きさがあります」)
 紙木城は店の調理を手伝いつつ、七面鳥の丸焼き作りが過不足なく出来るかどうかを確かめる。三笠が七面鳥の肉を買ってきてくれことですべてが整った。
 その七面鳥の肉は柄土神威が三笠から預かる。鈎をかけて梁の下へとぶら下げられた。非常に寒いのでこのまま放置してもしばらく大丈夫である。
「絞めるところから教えるのかと内心ドキドキしていたの。よかったわ」
 柄土神威が七面鳥の肉を眺めている綾姫が休憩から戻ってきた。
「おー立派な雉のような鳥のお肉じゃ。これが七面鳥かや?」
 そのとおりだと柄土神威が答えると綾姫は目を輝かせる。
(「碧瑠璃はのんびりしているし、私の料理の献立も増える良い機会だわ。それにしても綾姫様の向上心は本当に高いのね、感心しちゃう」)
 綾姫が喜んでいる様子を見ているうちに柄土神威も嬉しくなってきた。
 それまで倉庫に調味料を取りに行っていたパラーリアも姿を現す。
「七面鳥のお肉、たくさん買ってきてくれて嬉しいのにゃ♪」
「おー、パラーリア殿の作り方もとても興味があるぞよ」
 綾姫は紙木城とパラーリアの双方から七面鳥の丸焼きの調理法を学ぶつもりである。
 手伝いの初日はあっという間に過ぎ去るのであった。

●七面鳥、その一
 綾姫が調理法を習得する時間は二日目から取られた。本日は紙木城による七面鳥の丸焼きである。
「血抜きや羽根の処理が大変なのですが、お店ですでに処理済みでしたので昨日のうちに塩水に浸しておきました」
「武天では注意せねばの〜」
 紙木城が用意した食材を綾姫に説明する。
 使う肉は七面鳥二羽分。オリーブオイル、バター、岩塩、堅パン、小麦粉、米、さつまいも、乾燥ニンニク。たまねぎ、セロリ等の野菜。主な調味料としてさいきょう味噌。そしてタイムやローズマリーなどの乾燥香草である。
「さて姫さまは七面鳥の丸焼きの味付けをどうなさいますか? 天儀風用に味噌を用意しましたが、巨勢王様であればより香辛料を効かせてジルベリア風でも喜ばれるかも知れませんね」
「そうじゃの‥‥うむ〜」
 綾姫はしばし悩んだ末に天儀風を選んだ。パラーリアと一緒に作る七面鳥の丸焼きがおそらくジルベリア風であろうからと。
 但し、せっかく材料があるので今回は二種類を作ることに。綾姫が天儀風、紙木城がジルベリア風だ。
 まずは米を堅めに炊き、サツマイモも茹でてられた。
「塩水浸けの肉から水分をよく拭き取ります」
「こうじゃな」
「そのまま調理する地方もあるそうですが肉が柔らかくなるようなので。これに塩とバターを塗り込みます」
「こんな感じかや」
 紙木城と同じように綾姫は肉を扱う。
 続いては詰め物の用意。セロリ粗微塵、玉ねぎは微塵切り。芋はサイの目切り。香草類は軽くすり潰す。温めた鉄鍋をオリーブオイルで潤してこれらを炒める。米と砕いた堅パンをそれぞれ混ぜ込んだ二種類を用意する。
 そして七面鳥の中へと詰めて閉じた。そして十分に熱したオーブンの中へ。時折、様子を見ながら溶け出た肉汁を掬ってかけながら焼き上げた。
 最後に炒めた小麦粉に余った肉汁を足して伸ばしつつ、味噌も加えてソースを作り上げた。下味もそうだが、この辺りが天儀風とジルベリア風の大きな分かれ目である。
 それぞれのソースを二つの七面鳥の丸焼きにかけて出来上がり。仲間達に食べてもらうが、まずは二人で試食する。
「パンの方もうまいが、やはり米は馴染みがあってうまいものじゃの〜♪」
「では決まりですね」
 最初に決めた通り、綾姫は天儀風の七面鳥の丸焼きを選ぶのであった。

●七面鳥、その二
 パラーリアによる七面鳥の丸焼きは紙木城とは別の日に行われる。
「綾ちゃんがんばろ〜♪」
「お願いするのじゃ☆」
 綾姫の傍らにはパラーリアから贈られた手帳が置かれていた。
 手帳にはパラーリアが記した絵と説明がすでに綴られてある。綾姫は手帳を使って予習済みだった。
「最初は丸焼きに詰める詰め物をつくろ〜♪ 材料はキノコに玉葱に人参ハーブあたりで大丈夫。細かくきざんでペーストにするのにゃ」
「このくらいの大きさでよいのかや?」
「うんとね、OKなのにゃ♪」
「ふむふむ‥‥‥‥ではいくぞよ」
 綾姫は手帳を完全なるレシピにすべく実際に作りながら細かい点を加筆する。
 パラーリアから見て綾姫の包丁さばきは中の下くらい。調理室内に小気味よい音が響き渡る。時間さえかければ調理に問題はなかった。
「よく混ぜてと」
「お腹につめつめなのにゃ♪」
 七面鳥の内臓はすでに抜かれていたので作ったばかりのペーストを中に詰めてゆく。外側の肉表面全体には塩、胡椒、ハーブ、大蒜を擦り込んだ。
 鉄皿の上に七面鳥と人参、玉葱を並べて熱々のオーブンの中へ。熱で溶け出した肉汁と脂を長めのスプーンで掬ってはかけてあげる。
「じゅわ〜ってかけるのをアロゼっていうのにゃ♪」
「他の肉料理にも応用が効きそうじゃの〜。書き留めておくのじゃ」
 楽しそうなパラーリアと綾姫の調理の様子を店長ベルケは少し離れたところから見守っていた。
 膝の上にはちゃっかりと仙猫・ぬこにゃんが。どうやら、ぬこにゃんはベルケの膝が気に入ったようである。
「よい味じゃ♪」
 試食した七面鳥の丸焼きの味は素晴らしかった。懸念は此隅城にオーブンがあるかどうかなのだが、その点は大丈夫そうである。
 パラーリアは空いた時間で綾姫と一緒にパン作りも行った。
 パンといってもいろいろあるが、山切りパンにバターをたっぷり練り込んだロールパン、それにレーズン入りのロールパンを作る。
 捏ねる作業はベルケも手伝ってくれる。
 最後にこっそりと作っておいた、かにクリームのクロケットをパンに挟んで綾姫に手渡す。その場にいたベルケとぬこにゃんにもお裾分け。
「このパンと、このクロケットはよく合うの〜♪ もう一個もらってもよいかや?」
「どうぞ〜。お気に入りのパンなのにゃ♪」
 綾姫とパラーリアは美味しく夜食のパンを頂くのであった。

●龍とデザート
「綾姫様は龍は平気ですか? 今からちょっと様子を見に行くのですが、どうでしょうご一緒に」
「父様と練習したから、わらわも龍は乗れるぞよ。行くぞよ」
 柄土神威は駿龍・碧瑠璃の世話に綾姫を誘う。二人してドーフクルークの厩舎へと向かうと不思議な光景を目にした。
「昨日は飛びましたが、今日は吹雪いていますからやめますよ。‥‥こら、囓るのは止めてくださいね」
 三笠が轟龍・さつなに襲われ、いや、じゃれられていた。
「仲がよいの〜♪」
 綾姫に声をかけられた三笠は急いで轟龍・さつなをおとなしくさせる。そして三人で龍二体に餌をあげた。
「碧瑠璃は羽毛みたいでもっふりしていて触り心地がよいのですよ」
「おー、本当なのじゃ♪」
 綾姫は駿龍・碧瑠璃の翼に抱きついてみる。まるでもふらさまに触っているようだ。
「綾姫もこちらにいらっしゃったのですか」
「フランヴェル殿も龍の世話なのか?」
 しばらくしてフランヴェルも厩舎に顔を出す。
「はい、LOがどうしているかと」
「LOもよい龍じゃ。特に背中の鱗が滑べ滑べなのが綺麗なのじゃ」
「さすが綾姫、お目が高い。滑りもよくて子供達には特に好評なのです」
「そ、そうなのか‥‥。こ、後学のためにちょっとよいかや?」
 綾姫は子供っぽいかと考えつつも我慢しきれず甲龍・LOの背中を滑らせてもらう。
 龍の世話が終わると柄土神威が作っておいた食後用のデザートを四人で試食した。
「カマンベールチーズを混ぜた生クリームでトッピングしたチョコレートケーキです」
 柄土神威が運んできたデザートを卓に並べる。
「甘さがしつこくなくて美味しいですね」
「これは素晴らしいね」
 三笠とフランヴェルは先にチョコレートケーキを頂いた。綾姫はもう一つの三色スイートポテトを先に食べた。
「紫イモ、さつまいも、かぼちゃを裏ごしして使いました」
「ほうー、よくまとまっている。味もよいのじゃ♪」
 持ち帰り用の折り詰めにも良さそうだと話し合う。綾姫はどちらのデザートも気に入った。クリスマスにも出してみようと考えるのであった。

●ドーフクルーク
 食事の際には店長ベルケが腕を振るった自慢料理が並ぶこともある。
 特製黒パンにボルシチ。それに九竜鋼介の案を採用した新作ピロシキなどだ。
「どうぞ、綾姫。温かいうちに召し上がれ」
 フランヴェルが運んできた料理に綾姫は何度も瞬きをする。
「白パンもよいがわらわは黒パンも好きなのじゃ。煮込み料理には程良い堅さのパンがよく合うの〜♪」
 ボルシチと一緒に黒パンを食べる綾姫は常に笑顔である。
「ツキも黒パン好き、みたいよ」
「そうなのか。わらわからもお裾分けぞよ」
 蒼井御子が千切ってあげた黒パンを迅鷹・ツキが美味しそうについばんだ。綾姫も同じようにあげるとツキは小さく鳴いて喜んでくれた。
『ほぉ‥これがジルベリア料理なのじゃな』
「こちらの揚げ饅頭みたいのは俺の案が入ったピロシキのようだが。さすがは料理人、使われている調味料は醤油だけじゃないな。それが何かと問われたらわからないが」
 九竜鋼介は人妖・瑠璃と一緒にジルベリア料理を頂いた。
 新作ピロシキを口にした時、瑠璃は瞳を大きく見開いてから最後まで一言も語らず最後まで食べきった。
 ドーフクルークの料理も綾姫は一通り学んでいた。わからないところは店長ベルケに聞いて帳面に書き留めるのであった。

●ロールキャベツ
「ロールキャベツ、一緒に作ってみる?」
「キャベツの葉をぐるぐる巻くのかや? なんだか楽しそうなのじゃ♪ それもジルベリア料理かや?」
 神座真紀は閉店後のまかない作りに綾姫を誘って思わず笑いが零れる。頭の上で寝ていた羽妖精・春音も目を覚ます。
「ロールキャベツも立派な煮込み料理やで♪」
『その通りですぅ』
 神座真紀に元気よく同意する羽妖精・春音だが、果たして意味をわかっているのかとうか。とにもかくにもロールキャベツ作りが始まった。
「合い挽きは牛七、豚三の割合が一番肉汁が出るらしいで」
「なるほどの〜。この爪楊枝は何に使うのじゃ?」
 牛と豚の肉を挽肉にして調味料で味を調える。それをキャベツで巻き、瓶詰めのトマト煮や赤葡萄酒などで作った汁で煮込んだ。
 同時に神座真紀はパンも作る。
「実はな、せっかくやからと思って用意しといたんや」
「すごい色になっておるの」
「これもパンの種や」
「ドーフクルークのものとは少し違うようじゃの」
 神座真紀が綾姫に見せたのは発酵させた干し葡萄。干し葡萄を煮沸した小瓶にいれて水に浸したものである。
 綾姫はすでにドーフクルークの種を使ってのパン焼きを経験済み。しかしパンの種によって味が大きく変わると聞いて俄然興味がわいてきた。そこで新しい種でパンを作ることにした。
「なかなかの味ですね。風味がとてもよいです」
 店長ベルケも新しいパンの種を気に入る。黒パンはこれまでの種を使うが、白パンにはこちらの方がよさそうだと切り替えるのであった。

●そして
 一週間はあっという間に過ぎ去った。帰路の一行は深夜に精霊門へと向かう。
「ベルケよ。帰りは気をつけるのじゃぞ。また遭難したら大変じゃからな」
「さすがに今日は晴れていますので大丈夫です。あのときはご心配かけてしまいまして」
 綾姫と一行は店長ベルケに見送られながら精霊門の中へ。開拓者達は武天此隅に立ち寄って綾姫を送り届けた。
「皆とベルケのおかげで父様に美味しい料理を振る舞えそうじゃ。当日までに何度か練習して確実にわがものにするぞよ♪ ありがとうなのじゃ♪」
 綾姫は開拓者に深く感謝した。開拓者達は一日を此隅で過ごしてから神楽の都へと戻るのであった。