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■オープニング本文 武天は天儀本島最大の版図を持つ国である。 王は赤褐色肌の巨勢宗禅。巨勢王の名で通っている巨漢の男には娘がいる。 その名は『綾』。普段は綾姫と呼ばれていた。 父親に似ず器量よし。亡くなった母親の紅楓に似たおかげだ。 紅楓は理穴国の王族、儀弐家の血筋。綾姫は親戚となる理穴国王の儀弐重音にどことなく面影が似ている。 綾姫は飛空船で編成された武天軍を統率した経験もある才女の綾姫だが、まだ十歳と若いどころか幼いといってよい。 世間からすれば姫という立場はお気楽に見えるかも知れないが、身につけなければならない習い事はたくさんある。 「ここがわからないのお。なぜこの地形だと低地が有利なのじゃ? 高台に陣を敷くのは常識だと教えてくれたはずじゃが」 綾姫は日々、巨勢王が招いた各学問の先生から一対一の講義を受けていた。特に気に入っていたのは兵法についての坐学だ。 忙しい日々を送る綾姫だが、突然に各先生達の都合で来週すべてが休講と決まる。 「うむ〜。つまらぬよの‥‥」 突然に空いた一週間に綾姫は戸惑った。 もう少し早めにわかっていたのならば予定を立てて遊びに出かけたことだろう。しかし今からでは間に合わない。 「城下で行われている野趣祭を楽しむのもよいが‥‥一週間それだけでは持たぬ。それに数日ならまだしも毎日屋台で食べ続けたならば‥‥。美味しい肉ばかりじゃ、きっと樽のような身体になってしまうからの〜」 悩んだ綾姫は開拓者のことを思い出す。 「そうなのじゃ!」 彼彼女達は多種多彩な才能と知識の持ち主。臨時の先生としていろいろと教えてもらおうと考えついた。 さっそく侍女に命じて開拓者ギルドへと依頼を出す。 どのような物事に関してでも構わないので先生をしてくれる開拓者を募集するのであった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
紙木城 遥平(ia0562)
19歳・男・巫
柄土 神威(ia0633)
24歳・女・泰
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
蒼井 御子(ib4444)
11歳・女・吟
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
八壁 伏路(ic0499)
18歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ● 「よろしく頼むのじゃ、先生方」 初日早朝、綾姫は先生として集まってくれた開拓者達をお辞儀で迎えた。一国の姫でも師に対して礼を尽くすよう父、宗禅の教えを守った形だ。 最初の先生である蒼井 御子(ib4444)がハープを抱えて教壇へと登る。 「綾姫様、お久しぶりです」 蒼井御子の口調がいつもと違って敬語なのは物事を教えるため。 「音楽と聞いておるぞよ。どの楽譜をやるのかの」 「この辺りの曲なら綾姫様でも演奏出来るかと。ハープは柔らかい音が中心です。なので、弾いている人の心持ちが音に伝わりやすいと言われますよ。まずは模範演奏を弾かせてもらいます」 椅子に腰掛けた蒼井御子がハープを奏でる。音階がわかりやすいようゆっくりと。続いて綾姫が見よう見まねでハープを構えた。 「抱えるようにして弾きましょうか」 「こ、こうかや?」 「大きいので不向きとも言われますが、大丈夫。しっかりと爪弾くことができれば楽器は応えてくれますよ」 「こんな感じかの?」 最初はぎこちなかったものの慣れてくると綾姫はそれなりの音を響かせる。間違えながらもわずかな時間で最後まで一通り弾けるようになった。 トランペットも試してみることに。 「む〜。でないぞよ」 「口ではなくお腹で吹きます」 管楽器は難しい。綾姫が顔を真っ赤にしても楽器らしき音は一度として出なかった。余った時間で蒼井御子が吹いてくれることとなる。 「さすが御子先生じゃ」 トランペットの響きに暫し酔いしれた綾姫であった。 二人目は九竜・鋼介(ia2192)。綾姫に教えるのは駄洒落である。 何故駄洒落なのかと問われれば、語彙を増やすのに適しているからだ。言葉の意味や組み合わせを瞬時に柔軟に考えてもらうことで判断力や柔軟な思考が養われる。 (「まぁ俺は普段こんな大層な事を考えて駄洒落を言う事は無いがねぇ‥」) 誰にも問われなかったので答えは九竜鋼介の心の内に留められた。 「俺が模範を示そう」 「はい、鋼介先生!」 九竜鋼介は開墾中の村人達を狐のアヤカシが襲ったときのことを話す。アヤカシを倒した後、彼は村人達にこういった。 「まぁ、もう狐アヤカシは来ないだろう‥狐だけに、もうコン(来ん)‥ってねぇ」 固まる綾姫をよそにして九竜鋼介は駄洒落を続ける。とあるお嬢様を笑わせてくれと依頼されたときの小話だ。 「ある男が釣果のない男に釣れますか? と尋ねたところ、うるさい、気が散ると怒鳴られてしまった。すると男はこう言った‥‥これが本当のつれない返事ってねぇ」 唖然とする綾姫に九竜鋼介が咳払い。そしてこう告げた。駄洒落はつまらないからこそ駄洒落。上手く言葉を組み合わせて成立させることが目的なのだと。 九竜鋼介が出した駄洒落のお題は『自分が好きなもの』。綾姫は思いついた駄洒落をいくつか話す。 「――武天の姫は苺好きで畑を持っているそうじゃ。ところが今年は美味しくなかったらしい。そりゃまさにすっぱい(失敗)だったな」 九竜鋼介が綾姫の駄洒落に深く頷いた。 「‥ふむ、そうだねぇ‥。この講義について後で苦情だけは勘弁してほしいねぇ‥抗議(講義)だけにってねぇ‥‥」 講義は終了。茜空を飛ぶカラスの鳴き声が二人の耳に届くのであった。 ● 二日目。午前中は三笠 三四郎(ia0163)による天気予報の教えである。 「私の故郷においては‥厳しい環境の中を生きる為、そして周りの里と行き来する為の手段が飛空艇以外無い為に天候を読み解く事が必須になりました」 三笠が正座する綾姫に予報が何故必要なのかを語って聞かせた。 「三四郎先生の故郷も武天であったな。武天は広いからのう」 綾姫が納得したところで具体的な内容に移る。城にあった水銀の温度計を傍らに置いて三笠は簡単な風や天気の予測方法を説明した。 「方角の見方ですが――」 昨晩に作った図解を見せながら三笠は解説する。 天気の変化は決まった方角からが多い。大まかには信用できる判断方法だ。 「なるほどの。天候に関して巫女を頼れないときもあろう。戦術的価値もありそうじゃな」 「そう受け取って頂ければ幸いです」 綾姫が特に興味をひかれたのは雲の形についてである。三笠の話に目を輝かせるのであった。 午後の先生は八壁 伏路(ic0499)。 「ではあらためて。わしは八壁伏路。近所では氷屋のふせさんと呼ばれておるよ。ところで姫君、その扇子の房飾りは苺かの?」 「父様贔屓の根付け職人が作ってくれた苺なのじゃ♪」 八壁伏路を扇子を貸してはくれないかと続けた。 「はい、伏路先生。扇子をどうするのじゃ?」 「ほいっとな」 八壁伏路は手を離しても扇子が落ちない手品を披露。最初のは種を見破った綾姫だが、二度目の手に張り付いたままの扇子はどうなっているのか首を傾げる。 「わからんようなら宿題だのう」 八壁伏路は座り直して小話を始めた。 「では毎度ばかばかしいお笑いを――」 八壁伏路が語ったのは内陸の地方領主が山奥で遭難したときの話。集落に辿り着いて命を救われたのだが、その時に食べた鮎の料理がとてつもなく美味かったという。 後で屋敷の板前に同じ鮎料理を作らせたが似ても似つかぬ味。それもそのはず、集落で食べたのは川の鮎ではなく海の鰺であった。 「飛空船ってのは便利だねぇ。ま、風情の欠片もありゃしないといったらお終いよ。お後がよろしいようで」 「おもしろかったぞよ♪」 寄席は娯楽というだけでなく時代を写す鏡の一面もある。座布団の上で頭を下げる八壁伏路に綾姫は拍手を送るのであった。 二日目最後は紙木城 遥平(ia0562)の番。指南書の戦術解説も考えていたが今回は苺の冬越しの仕方を教えてくれるという。八壁伏路と三笠も手伝ってくれた。 「春から夏にかけて広がった葉が枯れていると思います。これは病害の元になるそうなので取り除きます」 「遥平先生、こういう葉っぱを取ればいいのじゃな」 まずは城内の予備苗から。綾姫も屈んで枯れ葉を取り除く。 苺の苗床は庭園から離れた場所にある。痩果が庭園にこぼれて雑草の如き強健で繁茂してしまう心配はないようだ。 「長雨、霜等に当たらない様注意し天候をみて日に当ててください。では畑に参りましょうか」 郊外の苺畑に移動した一同はこちらの枯れ葉も丁寧に取り除いた。 「こういうもので囲うとよいと考えてきました」 紙木城は竹ひごを使って苗の上に半円状の骨を作り、その上に藁などをかけるやり方を披露する。 「さらに北側に楓除板を設置するなどいかがでしょう?」 「よい考えじゃ」 綾姫は紙木城の案を採用する。さっそく材料を買い求めるために城下へと出かけた。 正体を隠したままする買い物は綾姫にとって楽しいもの。荷車いっぱいの竹ひごと茣蓙を購入して城へと帰る一同であった。 ● 三日目は苺畑を覆う作業に費やされる。昨日と同じ面々で忙しく動き回った。 綾姫と紙木城、三笠と八壁伏路が組んで竹ひごを半円状に地面へと挿してゆく。その後に隙間が多めの茣蓙を被せる。 「綾姫様、あれをご覧ください」 「気がつかなかったのじゃ!」 休憩の時間に三笠が空を指さした。そこには昨日教えた鱗雲が空いっぱいに広がっていた。 ● 四日目の先生は柄土 神威(ia0633)と神座真紀(ib6579)である。 「よろしくお願いするのじゃ。神威先生、真紀先生」 綾姫は二人の先生に深く頭を下げる。 「あらためてよろしゅうな。綾姫さん」 「綾姫様、こちらこそよろしくお願いしますね」 神座真紀と柄土神威は巨勢王の誕生日に贈る品を綾姫が悩んでいると耳にしていた。 「そしたら手作りの誕生日ケーキをプレゼントしたらどない?」 「染め物はいかがですか?」 どちらの案にも綾姫は瞳を輝かせる。汚れ仕事用の着物に着替えてから炊事場へ向かう。事前に頼んでおいた通りに道具は揃えられていた。 最初の授業は染め物である。柄土神威と綾姫は布を前にして針と糸を手に取った。 「布を紐で絞って模様も作れます」 「こ、こうかや?」 縫った部分でわざと染め残しを起こさせて模様を作り出す。布にいくつか施して準備を整えた。 「染めるための液はこうやって作りますよ」 「この葉っぱが色の元になるのじゃな」 細かく裁断した生葉に水と食酢をたらいに入れてしっかり揉んだ。布袋で濾して出来た染液を加温。用意した布は別の鍋で沸かした湯に浸す。 「絹を湯に馴染ませるのを地入れって呼びます」 その後、水気を切って薄めた染液で軽く染めた。洗い流して様子を見つつ、染めるのを繰り返す。 「父様が好きな黒にはまだまだじゃな」 手に色がつかないよう箸を使って作業を進める。長時間の染め待ちの間は次の授業の料理の準備に費やされた。 最後の水洗いをしたら陰干し。乾くまで綾姫は神座真紀と一緒に調理を始めた。 「作るのはパンケーキやね」 「粉を篩にかけるのじゃな」 神座真紀が見せた通りに綾姫は小麦粉を篩う。 (「めっちゃ可愛いやんか♪」) 初対面の印象を思い出しつつ神座真紀は綾姫の作業を見守る。粉の器に牛乳を加えて木べらでざっくりと混ぜた。 「ここでしっかり泡立てんとふっくらせんから注意やで」 「じゅ、重大なのじゃな」 別の容器で卵を泡立てつつ砂糖を分けて少しずつ加えてゆく。 「焦がさんように注意やで♪」 「火加減が難しそうじゃの〜」 容器の中身を一つにして軽く混ぜた。それを油をひいた鉄板で焼く。 仕上げのソースは小鍋で軽く沸騰させた牛乳に刻んだチョコレートを溶かして作る。仕上げにパンケーキへとかけて完成である。 「そんな難しくなかったやろ?」 「おかげでわかりやすかったのじゃ」 「誕生日までにしっかり練習してな。本番では姫さんが育てた苺を一緒に添えたらええわ」 「季節からいっても苺はぴったりじゃ♪」 「せやけど一番大事なんは食べてくれる人の事を思って作る事。これを忘れたらあかんで」 「センセー、わかったのじゃ♪」 綾姫がお礼をいう。余った時間と材料で仲間のおやつも用意する。 夕方には染め物も完成したが色は想像よりも薄め。気に入った色の布が出来るまで綾姫は何度も挑戦するつもりである。 「巨勢王とお揃いの布で作りました」 「大切にするぞよ♪」 柄土神威は別の日に作っておいた朱色のハンカチを綾姫に贈るのであった。 ● 五日目と六日目はフランヴェル・ギーベリ(ib5897)が先生となる。 教える内容は礼儀作法。 フランヴェルが持ち込んだドレスやハイヒールを参考にしたきらびやかな服を綾姫が身に纏う。授業が最後になったのはこの縫製の完成を待つためである。 柄土神威が舞踏用の場を準備。神座真紀はフルートで伴奏をしてくれた。 ジルベリア出身のフランヴェルは貴族としての礼儀作法で綾姫に自己紹介する。 「綾姫と呼んでもいいかな? ボクはフランでいいよ♪」 「わかったのじゃ、フランせんせ‥‥いやフランよ」 微笑むフランヴェルは綾姫の手をとってジルベリアの舞踏を教えた。クロスホールドによる舞踏会用のダンスである。フランヴェル自身はスーツ姿で決めていた。 神座真紀が奏でるフルートのワルツに乗せて二人は踊る。低めのハイヒールだが動きづらいようで綾姫はぎこちなかった。 「綾姫は今までジルベリア式の舞踏の経験はあるのかな?」 「す、少しだけなら習ったことがあるのじゃが忘れておる。やっていくうちに思い出す‥‥すまぬ、足を踏んでしまったぞよ」 フランヴェルがリードしながら綾姫の腕前を確かめる。基礎的な足運びは知っているようだ。少し踊っていれば勘を取り戻すだろうとつき合うことにした。 途中休憩を挟みつつゆっくりと。夕方の頃には大分踊れるようになっていた。 そして六日目。ステップやターンを交ぜながらより高度な動きに挑戦する。 「はい、いくよ!」 「うむ!」 フランヴェルの抱き上げジャンプも綾姫はこなす。志体持ちではないにせよ、巨勢王譲りの素晴らしい運動能力であった。 ● 最終日は城下で野趣祭を楽しんだ。食材そのものも売っていたが、それらを使った屋台も数多く並んでいた。 「ここがいいのお〜♪」 綾姫が共有の野外卓に腰掛ける。交代で留守番をしつつ全員が周囲の屋台で料理を買い求めた。 「前に食べた焼き鳥屋があったから、綾姫様の分も買ってきたよっ」 「おお、あの肝か。うむ、うまいの〜♪」 蒼井御子と綾姫は焼き鳥を頬張った。綾姫が買ってきた牛肉の煮込み料理も分けて一緒に頂く。 「それはジルベリアの料理ですね。貴族の宴にも出されるものなのに武天の屋台で食べられるとは不思議なものです」 「うまい肉料理と聞けば武天の者はどん欲に取り入れるぞよ♪」 葡萄酒で煮込まれた牛肉料理にフランヴェルは軽く目を見開いた。そして綾姫が幸せそうに食べる様子に微笑んだ。同じものを購入して味わうフランヴェルである。 「そないにうまいもんなんか?」 「ここのは口をつけてないから食べてみるぞよ」 首を傾げる神座真紀に綾姫が肉を一切れ譲る。味見をした神座真紀は綾姫にどの屋台で買ったのかを教えてもらうと姿を消す。 戻ってきた神座真紀は満足げ。どうやら作り方など屋台の主人を質問したおしてきたようだ。 「泰国の送り火秋刀魚屋台もすごかったが、こちらも壮観であるな。この後人混みで互いに引き離されないようにしなければ」 「その餅もおいしそうじゃの〜♪」 綾姫の隣に座った八壁伏路が買ってきたのは甘いたれ付きか揚げ餅である。八壁伏路はお茶と一緒に頂いた。 「叉焼がごろっと入っている肉まんとは恐れ入った。案(餡)の発想に嫉妬しちまう他国の料理人もいるだろうさ。これが本当の憎(肉)らしいってやつかね」 「わ、わらわも負けないぞよ」 どんな時にでも駄洒落を忘れない。それが九竜鋼介である。 柄土神威は土中に埋めて焼かれた雉の丸焼きを囓りつつ空を見上げた。 (「このようなことも‥‥」) 顔も知らない亡き父と所縁があったかも知れないと思いを馳せる柄土神威である。 「こちらの小鉢は姫さまの分です。どうぞ召し上がってください」 「おお、肉饂飩じゃな!」 紙木城も割り箸で自分の肉饂飩を食べ始める。猪肉と葱がとても良い味を出していた。 「不思議な祭りですね。このような屋台まで出ているなんて」 三笠が買ってきたのは珈琲と揚げ菓子。揚げ菓子はとても甘くて屋台では『どーなっつ』として売っていた。チョコレートがかかっていてとても美味しい。興味を持った八壁伏路と互いの菓子の一部を交換する。 それからも場所を移動しながら食べ歩きは続く。秋から冬に入った季節。武天の此隅は活気に満ちていた。 |