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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ※注意 このシナリオは舵天照世界の未来を扱うシナリオです。 シナリオにおける展開は実際の出来事、歴史として扱われます。 年表と違う結果に至った場合、年表を修正、或いは異説として併記されます。 参加するPCはシナリオで設定された年代相応の年齢として描写されます。 このシナリオではPCの子孫やその他縁者を登場させることはできません。 天儀歴一○二三年の冬、武天国王の巨勢宗禅がこの世から去った。そしてまもなく二一歳になったばかりの綾姫が王位を継いだ。 その際に亡くなった母から一字をもらい、名を紅綾(こうりょう)と改める。 幼い頃から巨勢王の名代として活躍してきた彼女であっても、一国を統べる重責は並大抵の苦労ではなかった。それでもこなせたのは信義厚い臣下達と懇意の開拓者達が協力してくれたからである。陰日向になって支えてくれた。 時は天儀歴一○二五年七月。王位に就いてから一年と半年が過ぎ、ようやく余裕が持てるようになる。 「綾姫さまもご機嫌麗しゅう‥‥す、すみません。紅綾様」 「よいのですよ。その呼び名、もう懐かしく感じられます。大して経っていないはずなのに」 紅綾は一男一女を連れて城にやって来た紀江と久しぶりに顔を合わせた。 本日は公務の隙間に空いた休日。五日ほど経つと二週間に及ぶ休暇が待っている。これほどの長期の休みは女王になってから初めてだった。 「どこへ‥‥。そうですね。海に行きましょうか」 紅綾はお忍びの旅先として朱藩国に属する千代ヶ原諸島の南志島を選んだ。七月初旬でも真夏のような気候だからである。 護衛は懇意の開拓者達に頼んだ。 (「この機会にあのことも話しましょうか」) これまで長く力を貸してくれた開拓者達を家臣に取り立てようと考える。もちろん無理強いはせず、彼、彼女らの生き方を尊重するつもりだ。 旅行を楽しみにしながら激務の日々を過ごす紅綾であった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●空の上 雲上を飛び続ける五隻の中型飛空船。どれも一般用に偽装されていたが武天国所属であり、そのうちの一隻に女王・巨勢紅綾が乗船していた。 彼女は護衛として乗り込んでいる開拓者達に以前から考えていた願いを打ち明ける。 「実はみなさんを家臣として取り立てたいと考えています。武官、文官、またその他の職もありましょう。この旅の間に返事を頂けたのなら幸いです」 やはりといった表情を浮かべる者、驚く者、または困ったような仕草をする者。女王自らの誘いに開拓者の反応も様々だった。 長く眼下に広がっていたのは白雲と煌めく海ばかりだったが、やがて千代ヶ原諸島の海域上空に辿り着く。列ぶ島々の中でもひときわ大きな南志島を目指す。 「あの建物と敷地がそうです」 紅綾が指さした海辺の崖上にはコテージが建てられていた。五隻の飛空船がゆっくりと降下。静かに敷地内へと着陸するのだった。 ●コテージ 「空から見たのとは違うな。あれはあれでええけど、こっちも絶景やな」 『遠くまで続く青い空と海。素晴らしい景色ですね』 飛空船を下りたばかりの神座真紀(ib6579)と翼妖精・春音が崖上からの景色を眺める。 「姫さん、いや紅綾さんにええとこ連れてきてもらったわ」 「実はここに来るの、私も初めてなんです。資金は武天からでていますが、いろいろとありまして」 「なるほどや。ここは朱藩の領内やからな」 「そういうことになります」 大事な手荷物があったのでひとまず建物内に退散する。各自に一部屋ずつ用意されていた。 二十分後に広間に集まる約束をして一旦解散。紅綾は宛がわれた部屋を一通り眺めただけで広間へと足を運んだ。 (「えっ? もしかして座敷童なのじゃ?」) 紅綾がくつろいでいると、扉の隙間から覗き込む子供に気がついた。それからすぐに扉が大きく開いて駆け寄ってくる。 「驚いた?」 紅綾に抱きついたのは子供の頃の彼女。つまり綾姫だ。実は柚乃(ia0638)が『ラ・オブリ・アビス』で化けた姿であった。 『じゃ〜ん♪』 『もふぅ〜♪』 玉狐天の伊邪那とものすごいもふらの八曜丸が『どっきり大成功』と書かれた看板を掲げて広間に現れた。 「あー、びっくりしたっ♪」 「再会のときにやろうと思ったんだけど、うまくいかなくて。ずっとこの機会を待ってたんです♪」 紅綾から二歩下がった綾姫が柚乃の姿に戻る。 「えっと‥‥七年ぶりぐらいだよね。あのね、綾ちゃんって呼んでいいかな? どうしても紅綾さんはしっくりとこなくて」 「こほんっ。つい昔の口癖が。堅苦しい場を除いてはそうしてもらえると、私も嬉しいです♪」 腰を屈めた紅綾が伊邪那と八曜丸の頭を撫でながら柚乃に答えた。 「なんだか賑やかだね。では僕もあらためまして」 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)は礼節を保った騎士の振るまいで紅綾に挨拶する。 「ご機嫌麗しゅう。元気そうだね、紅綾♪」 「ありがとう、フラン殿。しばらく会っていませんでしたが、変わらないご様子で。私の耳にも活躍が届いていますよ。剣聖と呼ばれているとか」 紅綾はフランヴェルと言葉を交わした後で、ふわふわと飛んでいた上級人妖・リデル・ドラコニアへと声をかける。 「リデル殿の名声も聞き及んでいますよ。傍らでフラン殿を手助けする銀髪の少女がいると」 『そうなの? いやえっと‥‥と、当然よ! 私がいないとフランはダメなんだからっ♪』 超ご機嫌になった人妖・リデルが鼻歌を歌い始めた。 「それでは」 新たに広間へ現れた開拓者のところへ紅綾が向かう。 『紅綾王にとっては、即位して初めてのまとまった休暇なのよね?』 「ああ、折角の機会だ。幼い頃のように、心の底から楽しんでもらいたいね♪」 フランヴェルとリデルが遠巻きに紅綾を眺めながら小声で話す。 紅綾が三笠 三四郎(ia0163)と会うのは巨勢王の葬儀以来だった。 「そういえば、灼龍のさつなはどうされました? 真新しい飛行艇を持って来られていましたが」 「さつなは今、次なる成長のために龍の山に戻っています」 紅綾が王位に就いた直後、三笠は外地探索にでかけている。 「あっちで色々ありまして。三笠郷の移住問題もでて来たのです」 「それはかなり大がかりな話ですね」 「ええ、放っては置けなくなってしまいましてね。ですから、この休暇が終わり次第また長い旅ですよ。まあ、新開拓地の緊急を要する様な危険は粗方片付きましたから」 「お身体は大切にしてくださいね」 三笠は遠回しにだが家臣取り立ての件を早々に断る。 紅綾が次に話したのは九竜・鋼介(ia2192)だ。 「機会があればお嫁さんとお子さん達と合わせてくださいね」 「きっと嫁さんや子供達も喜ぶだろう」 九竜鋼介は二十九歳のときに見合い結婚したのだという。相手は剣術道場の師範代のようだ。嫁は志体持ちのサムライだが開拓者ギルドには属していない。三十歳のときに双子を授かって今に至っているそうだ。 神座真紀が広間にやってきたとき、紅綾は両の瞼をぱちくりとさせた。 「なんや、紅綾さん。まだ水着に着替えておらんとは。まだまだやな」 神座真紀はすでに真っ赤なビキニ姿である。 「いや、昼食を頂いてからと思いまして」 「まさか‥‥あたしとの約束を忘れたとか? 怖じ気づいたとかやないやろ?」 「覚えていますよ。五年が十年になってしまいましたが、ちゃんと」 「ならええんや。腹は減っているのは確かや。それから海にでかけよか」 まもなく広間に天麩羅付きのざる蕎麦が運ばれた。前乗りした専属料理人達が作ってくれたものだ。 さっそく昼食の時間となる。 「あれ? 芳純殿がいませんが?」 下船してからこれまでの間、紅綾は宿奈 芳純(ia9695)の姿を見かけていないことに気づいた。 「遅くなりました」 宿奈芳純が台車で運んできたのは牛乳と樹糖をかけた苺のデザートである。 「これは嬉しいのう〜♪」 つい、子供の頃の口癖が出てしまった紅綾は頬を真っ赤にさせた。 宿奈芳純も天麩羅付きざる蕎麦で空腹を満たす。食事の締めに苺を味わった後は海へと出かける時間となる。 紅綾が第一の目的としたのはサーフィンだ。水着に着替えた一同は飛空船に積まれていたサーフボードを抱えてさっそく砂浜へと駆けていった。 ●翁の神仙猫 『眠ったわ』 「よし今のうちに‥‥」 砂浜でごろりと寝転がるもふら・八曜丸に柚乃と玉狐天・伊邪那がそっと近づいた。静かに周囲の砂を掌で掬ってやさしく身体に盛っていく。やがて八曜丸は頭だけが出た状態になる。 ちなみに砂山は巨大な焼売を象っていた。八曜丸の頭は青豆の部分である。 『う、動けないもふっ!』 伊邪那が強めに頬を突っつくと八曜丸が目を覚ます。もがいた程度では抜け出せなかった。 『放っておくとつまみ食いにいきそうだし。しばらくはこのままねっ♪』 『く、くすぐったいもふぅ〜』 伊邪那が尻尾の一本で八曜丸の耳元をくすぐる。 「では次のお楽しみに♪」 柚乃は『ラ・オブリ・アビス』で真っ白な神仙猫翁に変身した。 サーフボードを頭上に掲げながら海へ。そして腹ばいに乗りながらバシャバシャと沖へ向かって泳いだ。 「‥‥来たっ!」 迫り来る白波にタイミングを合わせて立ち上がる。 「謎のご隠居さま、鳥になる‥‥なんてねっ♪」 冗談をいいながら波乗りを楽しんでいると、手を振る八曜丸と伊邪那が遠くに見えた。 「八曜丸、無事に脱出できたみたいっ♪」 翁の神仙猫・柚乃も手を振り返す。すると目前に誰かの姿が。 「あっ?」 「あっ!」 サーフィンの練習をしようとした紅綾と接触寸前になる。間一髪で避けたものの、姿勢を崩して海の中へ真っ逆さま。ぷはっと海面に顔をだす。 「猫‥‥あ、柚乃殿ですね。久しぶりなんで」 「ほっほっほほほっ!」 二人とも砂浜にあがって休憩をとった。宿奈芳純が持ってきてくれた柑橘系の味付き炭酸水を飲んで人心地をつける。 (「これは見事に育ちましたねっ」) 柚乃は黒いビキニ姿の紅綾の肢体を眺めて心の中で呟いた。神座真紀の肢体とよい勝負といったところだ。 「九竜さんと同じように実は柚乃のところも双子なんですよっ」 柚乃はさっと普通の姿に戻った。 「柚乃殿にお子さんが? 初耳です。何歳になられるのです?」 「六歳なんです。姉が心桜(さくら)で、弟が陽翔(はると)といいますっ♪」 二人が話していると伊邪那と八曜丸が砂煙をあげながら駆け寄ってくる。炭酸水の他にも果物の盛り合わせのご相伴に預かる二体だ。 「今度、一緒に連れてお城に遊びに行きますね」 「是非に来て下さい。楽しみです」 「それと‥‥ごめんなさい。家臣として仕えるのは難しくて。誰かに仕えるって性分ではないし‥‥自分の道を進んでいきたいの」 「謝らないでください。私が望んだだけですので。それよりもよいお母さんでいてくださいね」 「綾ちゃん‥‥」 「あ、泣かないでください」 柚乃がポロリと涙を零す。 「困ったときには駆け付けるからね。だって、今も昔も‥‥綾ちゃんは大切な友達だもの」 「わかっています。分かっていますから」 紅綾がしばらく柚乃を抱きかかえる。 『ほ、ほら。もふら音頭よっ!』 『もっふぃ、もふ〜♪」 柚乃を元気づけようと伊邪那と八曜丸が戯けてみせる。 しばらくして波乗り再開。柚乃は翁の神仙猫となって紅綾にサーフィンを教えるのだった。 ●勝負の時 「どこいったんかいな?」 神座真紀は翼妖精・春音を連れて砂浜を歩き回る。 「ここにいたんか。探し回ったで」 ようやく砂浜でくつろいでいた紅綾を見つけて声をかけた。 「私も砂浜へ向かう前に真紀殿を探したのですが、どこにもいらっしゃらなくて」 「すれ違いになってしもたようやな。誰かに水着勝負の審判してもらおうと思うて、声をかけてたんや。だが全員に断られてしもうて」 「どちらに軍配揚げても大変だって思われたんでしょうかね。私、そんなに恐いかな?」 「そんなことあらへんで。みんな綾‥‥いや紅綾さんのこと小さい頃から知っとるからな。ま、余計な荒波を立てたくなかったんやろうな。波乗り中だけに‥‥まるで九竜さんの駄洒落みたいや」 その駄洒落、私がいいたかったと紅綾が笑う。九竜鋼介はどこかでくしゃみをしていたことだろう。 「そや。ここは春音に決めてもらおうか」 『それは‥‥た、大役過ぎます』 神座真紀だけでなく、紅綾からもお願いされた春音が追い詰められていく。紅綾の赤いビキニ、神座真紀の黒いビキニ。両方を見比べているうちに目が回ってきた。 『ひ、引き分けです! ちょっと持病の癪がありまして失礼しますね〜』 春音は叫ぶように答えると大急ぎでこの場から飛び去っていった。 「逃げたな」 「逃げましたね」 青空の黒点になった春音を見上げながら二人が呟いた。審判のなり手がいない以上、どうすることもできないので勝負は引き分けで終わる。 「真紀殿?」 神座真紀が眼をこらし、顔を近づけて、紅綾の身体をじっくりと眺めた。触れられていないものの、紅綾は非常にこそばゆくて、またとても恥ずかしかった。 「もうええで。これでわかったわ。とにかくや、よ〜く育ったな。牛乳をたくさん飲んだおかげや! つまり指導したあたしの手柄やな!」 「‥‥えっと誉められているんですね?」 「そうに決まっとるで!」 「きゃあっ!」 紅綾の首に右腕を回した神座真紀が身体を揺らす。 「それでな、紅綾さん。家臣とか仕官とかの話、もう一晩考えさせてくれるか? いろいろとあるんや」 「もちろんです。旅の間に返事を頂けたら嬉しいですが、それ以上でも待ちます。ですのでよく考えてみてください」 水着勝負の次は二人で波乗りを楽しんだ。 「こんだけサーフボードに乗れたら上出来や! さすがやねっ!」 「真紀殿が来る前にフラン殿から、いくらか手ほどきを受けまして。お、おっと‥‥」 何度か乗っているうちに徐々に慣れてくる。いつの間にか戻ってきた春音が頭上を飛んでいた。 大きな波がやって来る。神座真紀が率先して波の輪の中へ。紅綾も挑んでみたが、途中で転んでしまう。それでもわずかな時間だけ眺めた波の中の景色はとても美しかった。 「大丈夫か?」 「は、はい」 神座真紀は海中に沈んだ紅綾に手を貸して引き上げる。そして砂浜へ。波間に漂うサーフボードは春音が持ってきてくれた。 「昨日までの忙しかった日々が嘘みたいです」 「存分に気張らししような」 夕食はコテージの庭で野外バーベキューと洒落込む。 「でっかい海老やな」 「もう大丈夫ですよ。焼けています」 武天から持ち込んだ肉、地元の海産物を鉄板や網で焼いて頂く。 「さすがの味や。ただ焼いているだけやのに、こんだけ味が違うんはなんでやろ?」 「訊いたところ、肉は氷室で熟成させるとより美味しくなるそうです」 紅綾が皿に取ってくれたお肉を春音が頬張る。興が乗ってきたところで誰かが歌いだす。やがて踊りも。 就寝の時間になっても神座真紀は寝付かれなかった。砂浜で散歩しながら月夜に照らされる海を眺める。 『ここにいたんですか。目が覚めてベットを見たらいなかったので、心配してたんですよ』 「春音か。いや何、ちょっと悩んでいてな」 『それって家臣に取り立ての話ですか?』 「ようわかったな。それや。あたしにとって紅綾さんはもう一人の妹みたいなもんやろ。力を貸してあげたいんやけど、神座家当主の立場と両立できるんやろか?」 神座真紀が砂浜に座るとそれまで宙に浮いていた春音が膝の上へと降りてくる。 『悩むことないじゃない。真紀ならどっちも出来る。春音がついてるんですもの!』 春音が胸を張って勝ち鬨のポーズをとった。 「そやな。そやったわ」 神座真紀は春音をお膝しながら頭を撫でてあげる。 「明日、紅綾さんに話すわ。春音、ありがとな‥‥なんやもう寝とる。大分大人っぽくなってきたと思うたけど、そこんところは変わらんな」 苦笑しつつも、吐息をたてる春音をもうしばらく撫で続けた。 そして翌日。朝焼けの最中、神座真紀は紅綾に跪き、長巻を眼前へとおく。 「神座家当主、神座真紀。紅綾様に忠誠を誓います」 「その決心に負けぬよう女王としての務めを果たす所存です」 誓いを見届けた春音が二人の周囲をぐるぐると飛び回る。さっと両手を広げて『幸運の光粉』で祝うのだった。 ●外の世界 「なるほど。機会があれば『外の世界』でも試してみたいものですね」 三笠は数度の練習で大波に乗ってみる。 重心移動のコツさえ掴んでしまえば造作もない。長く続く波のチューブを通り抜ける間、美しい世界が瞳へと飛び込んできた。 外の世界でも同じなのか、それとももっと美しいのか、肩すかしなのか、そんな考えが脳裏を過ぎる。 「さすがですね。三四郎殿」 砂浜にあがると紅綾が砂浜に用意された大きな傘の下でくつろいでいた。日陰で味付き炭酸水を頂きながら、暫し紅綾との雑談に興じる。 「天儀の海も広いですが、『外の世界』はそれどころではありません。何倍とか表現するのがばからしいほどの広がりですね」 「公務で降りたときには自由に歩けませんでしたから、あまりよくわかっていないのです」 三笠は紅綾に土産話を聞かせた。水産資源だけをとっても天儀と比較にならないほど豊かであると。 「外の世界のことを考えるときがいつか武天国にも来るのでしょう。ただ国家主導の移住は私の代ではあり得ません。まずは荒れ果てた国土の復興です。これだけでも私の代で終わるかどうか‥‥。それでも数百年をかけた千年の計を立てなくてはなりませんね。そのための情報は確かに必要になります」 「それならお役に立てます。具体的にはわかりませんが、おそらく数年で私は天儀に戻ってくるつもりですので。そのときに報告させて頂きます」 「ご自身が戻られる理由は心当たりがあるのですか?」 「あくまで漠然とした不安に過ぎないのですが、三笠郷の引越に不満を持つ者がいるようなのです。杞憂ならそれでよいですし、暮らしている間に慣れてもらえるのなら一番ですが、万事そうはうまくはいかないでしょう。おそらく一部が都に戻ることになるのではと」 「わかりました。何か困り事があれば私に相談して下さい。神楽の都を想定されているようですが、もし武天の地でよろしければいくらかを用意することもできます。‥‥さて、もう一度サーフィンを楽しんでおくとします」 「私も本日の波乗り納めをしておきましょうか」 二人して波高い海の沖へと泳いでいく。波に合わせてスタンディング。紅綾が破綻なく波の上を滑りまくる。 (「巨勢王の崩御の際は気丈に振る舞っていましたが、不安でいっぱいだったはずです‥‥私にできることは外の世界の伝えることぐらいです」) サーフィンの後、三笠は外の世界で知った情報を用紙に記した。滞在期間中にまとめて紅綾へと手渡す。 「こちら数日前に話した内容をまとめたものです」 「素晴らしい! とても助かります」 その冊子には一巻と記されている。数年後、一巻を含めて三笠が持ち帰ったすべての調査情報は『外界所見記』としてまとめられることになるだろう。 武天国の第一級資料として遙か未来に紐解かれることになるのだが、それは別の話である。 ●大物 「波乗りとは面白いものだな。同じ景色でも波の上からだと違って見えるのは、とても新鮮な気分だ」 「せんせー!」 九竜鋼介と紅綾が一緒に波乗りする機会もある。二時間ほど戯れていると人妖・瑠璃が呼びにやって来た。楽しすぎて昼食を告げる鐘音を聞き逃していたようである。 『ごはんじゃぞ。ほら、早くするのじゃ』 瑠璃を先頭にしてコテージへの石階段をのぼった。すでに準備は整っていて二人の到着と同時に昼食が始まる。 「この鯛、とてもうまいな」 口にした鯛の刺身があまりに見事だったので、九竜鋼介は料理人に訊いてみた。 「私、釣りが趣味でして近場で釣ったものなんです」 その料理人から釣り場を教えてもらう。そして午後からは釣りに興じようと道具を飛空船から持ちだそうとする。 「私もいってよろしいですか?」 紅綾も興味を示したので、瑠璃の分も合わせて三本の釣り竿を抱えて釣り場へと向かった。 「釣り好きの料理人がいうには、ここでいろいろな魚が釣れるそうだ。何故か沖でしか釣れない魚もいるらしい」 「それはすごいですね」 岩場から四メートルほど下が海面になっている。さっそく釣り糸を垂れたが、三十分経っても当たりはなかった。 「もしかして、この辺りの海底は見かけよりも深いんでしょうか?」 「かも知れないな。島を抉るような空間があれば、回遊魚が通り過ぎても不思議ではないし、深い海に棲んでいる魚が来てもおかしくはない。想像だがな」 「なるほど」 「そうそう、ある男が釣果の無い釣り人に『釣れますか?』と尋ねたとする」 「どうなったんですか?」 「即座に『うるさい、気が散る』と怒鳴られてしまった。すると男はこう言った『これが本当のつれない(釣れない)返事』ってねぇ」 紅綾も駄洒落の応酬を始めて更に一時間が経過する。真面目に浮きを見つめていた瑠璃の釣り竿が大きくしなった。 『お、重い‥‥。主殿よ、変わって欲しいのじゃ』 「折角かかったのにいいのか? ‥‥‥‥確かに大物だな」 竿を握った瞬間、九竜鋼介の瞳に真剣さが宿る。 「二本の竿を貸してくれ」 「は、はい」 九竜鋼介は数枚の手ぬぐいを使って三本の竿を束ねさせた。 「竿が少し頑丈になったところで糸ばかりはどうしようもないな。これではまさに雁字搦め――」 「先生、魚が跳ねた。カジキじゃ!」 紅綾が指さしたのはカジキマグロ。小振りではあったが間違いなかった。 「大物狙いで元々糸は太めにしてあるが‥‥ところで、あのカジキマグロは食べてみたいか?」 「そ、そうですね。食べたいです」 「なら、釣りとしてはどうかと思うが頑張ってみるか。この釣り竿、二人に任せた。五分だけ保たせてくれ」 二人に釣り竿を任せた刹那、九竜鋼介が崖から海へと飛び込んだ。それから三分が経過したところで糸が切れてしまう。 『主殿、まだ潜ったままじゃ』 「少し心配ですね」 更に五分経過。ようやく九竜鋼介が海面に浮かび上がってきた。傍らにはぐったりとした全長一メートル強のカジキマグロの姿もある。 大物が釣れたところで退散することにした。 『一匹だが大漁じゃな』 瑠璃はふわふわと浮かびながら九竜鋼介が肩に担ぐカジキマグロを眺める。マグロと目が合ったのが恐かったようでささっと紅綾の後ろに隠れた。 その日の夕食は鮪尽くし。刺身から始まって様々な料理が並んだ。 (「紅綾が喜んでくれて何よりだ」) 九竜鋼介がそう思っていたところに当人がやって来る。 「マグロ、ありがとうございます。料理人達も喜んでいました」 「それはよかった。‥‥ちょうどいい。仕官の件だ。とてもありがたい話ではあるが、俺は開拓者である以上所属はギルドであり、どこにも属さないと決めている」 「‥‥そうですか。とても残念です」 九竜鋼介が膝を曲げて紅綾と視線の高さを合わせる。成長した紅綾だが九竜鋼介の方が背は高かった。 「なので引退後に改めて仕官を希望したいと思っている。当分仕官の話しは待ってもらいたいが、それまでの間、剣術指南役が空いているなら定期的に訪れよう。あくまで開拓者としてだが、どこかによい道場はあるだろうか?」 「ええ、城でも城下でもどちらでも」 仕官については開拓者引退の際にもう一度相談すると約束を交わす。紅綾が元気を取り戻したようで九竜鋼介は安堵する。 気持ちが軽くなったところでマグロ肉の串焼きに挑戦してみた。 『主殿、おいしそうな串焼きを食べておるな。わらわにも一口‥‥!!』 瑠璃が地面すれすれまで落下してから一目散に逃げていく。 「カジキマグロの目玉か‥‥」 串に刺さった鮪の目玉を見つめて、ふと駄洒落を思いつく九竜鋼介であった。 ●ビッグウェーブ 滞在初日と二日目、紅綾にサーフィンの仕方を教えたのはフランヴェルである。おかげで紅綾は上達してサーフボードを乗りこなせるようになっていた。 「まだまだですが、それなりに波乗りできるようになったのはフラン殿のおかげです」 「フフッ、ボクは一通りの遊びをこなしてるからね♪」 紅綾とフランヴェルが波に乗りながら言葉を交わす。ちなみにフランヴェルは「世界各地の子猫ちゃん達と楽しむために」と心の中で呟いていた。 紅綾は黒いビキニではなく最新型の水着姿である。フランヴェルが用意してくれたものでとても動きやすい。ぴったりとした着替えにくい水着なので、最初の一回だけフランヴェルに手伝ってもらった。 『ヒャッホー! ビックウェーブよ!』 人妖・リデルは特別製のミニサイズサーフボードで波乗りを楽しんだ。 「わぁ、すごい!」 リデルが波のチューブの中で大回転。小柄な身体を生かし、紅綾の目の前でアクロバチックなサーフィンを披露する。 『楽しんでもらえたかしら?』 「とても真似できませんね。どうすればあのような動きができるのでしょう?」 砂浜での休憩中、リデルと紅綾の間でサーフィン談義がとても弾んだ。 「はい、こちらをどうぞ♪」 姿を消していたフランヴェルがかき氷を手にして再び現れる。 「ありがとう。わざわざコテージまで取りに戻ってくれたのですか?」 「これぐらいはひとっ飛びだから。さあ、溶けないうちにどうぞ♪」 この冷たさは身体に染み渡った。紅綾は苺ジャムを使ったかき氷を堪能する。 滞在の八日目は朝から海が荒れていた。 「今日ならきっといつもの二倍、三倍の波がくるはずさ」 この機会を窺っていたフランヴェルは砂浜で待機して大波を待つ。三時間が経過した頃、待ち望んだ大波が迫る。 崖上のコテージからも見えるぐらいの大波だ。実際、紅綾とリデルは望遠鏡を片手にコテージの窓辺からフランヴェルの様子を眺めていた。 「これでどうだい?」 フランヴェルは流星のように空気を切り裂いて飛び上がる。天歌流星斬の連続使用で高く宙へと舞い上がり、抱えていたサーフボード放りだして両足をつけた。 まるで風に吹かれる木の葉のようだが、それでも落ちた先は大波の上だ。シュプールを描きながら一気に滑って、そこから軌道を変えて上昇に転じる。 『頑張っているわね♪』 「思う存分に楽しんでいるようです」 紅綾とリデルのやり取りから他の開拓者達もフランヴェルの挑戦を知る。それからは一緒に応援した。 フランヴェルは天歌流星斬を駆使して再上昇。宙で三回半ひねりをしながら波の上に立つ。 「やあ、みんな!」 コテージの仲間達に気づいたフランヴェルは両腕を大きく振った。最後に大滑走を決めて波を切り裂く。 「やはり、お風呂はいいね♪」 コテージに戻ると冷えた身体を温めるために風呂場へと向かう。ゆったりと浸かりながら大波に乗った感想を一同に話す。 やがて深夜。フランヴェルは睡眠前の穏やかな時間帯に広間で仕官の返事をした。 「城に入るのは‥‥すまない。ボクには開拓者が性に合ってるみたいなんだ」 「そうですか。とても残念です」 「だが‥‥呼んでくれれば世界のどこからでも駆けつける! 紅綾‥‥綾姫のためならね♪」 紅綾に望まれて指切りげんまんをする。そのときの紅綾の表情はフランヴェルに十年前の綾姫を思いださせた。 ●裏方 滞在の期間中、影となって尽力してくれたのが宿奈芳純だ。 「そろそろよさそうですね」 『懐中時計「ド・マリニー」』で時間を計りながら料理の完成を逆算する。 昼食の三十分前に三回鳴らした。コテージに設置されている鐘の音は砂浜まで充分に届く。そして二十分前に二回。十分前に一回鳴らすと大抵は集まってくれる。 「少し心配ですね」 戻ってこないときには『言魂』で作った小鳥を飛ばす。海や砂浜を探して直接伝えた。 「この牡蛎、美味しいですね。もう一つもらえますか?」 「島で評判だと耳に挟みまして。気に入ってくれたようでなによりです」 宿奈芳純にとって紅綾の満足がとても喜ばしかった。 一日二回、宿奈芳純は戦馬・越影を駆って一番賑わっている島の界隈を訪ねる。コテージが建てられた周辺とは違い、旅客飛空船でやって来た観光客で賑わっていた。 屋台や浜茶屋ではなく、主に島の特産物を扱う店を物色する。 「たまには温かい紅茶と一緒にケーキは如何でしょうか?」 「程よい甘さ。こちらは理穴の樹糖を使っていますね」 手作りした苺ケーキを紅綾は殊の外喜んでくれた。 身体を動かせば当然疲労が溜まる。回復の効果があるとされている白菜と鶏肉の巻き煮込み卵とじを食事の一品として加えておく。 「芳純殿もサーフィンをなさればよいのに」 「こうしている方が楽しいのです。お構いなく」 宿奈芳純は仕官の話にも触れた。 「お守り代わりになれれば幸いです。少しでも綾姫様の負担が減らせる部署を希望します」 「ありがとう。とても助かります。具体的な話は後日連絡しますね」 「あの‥‥今晩、晴れていたのなら庭に出てもらえますか?」 「ええ、構いませんよ」 深夜、紅綾は約束通り月下の庭に現れる。そして宿奈芳純は告白した。「私は貴方が好きです」と。 「あの‥‥。軽んじているのではないのですが、そのように芳純殿を意識したことがありませんので、どのように答えたらよいのかどうか。実は何人かの殿方に求婚はされています。見合い話も持ち上がっています。私のどこを気に入られたのでしょうか?」 「いつか拝見した苺の花園。植物を愛する感性。いつも人を喜ばせようと尽くされている姿。それを支えたい。理由は幾らでも」 蒸し暑い夏の夜に風が吹いた。 「今宵の思い出にこちらを。私は自分の行動の責任を人に押し付ける真似はしません。気まずくなったら目の届かない部署に私を放り込んで下さい」 返事の必要はないとの言葉を残して宿奈芳純がその場を立ち去る。 紅綾は寝室に戻ってからも寝付くことはできなかった。 ●休暇は終わり 十日間はあっと言う間に過ぎ去って帰り路の頃となる。 (「巨勢王は今頃、綾ちゃんのお母さんと一緒なのでしょうね‥‥」) 飛空船へ乗り込もうとする紅綾の後ろ姿を眺めながら柚乃が心の中で呟いた。柚乃は二児の母として、また開拓者を続けていく。 「お土産を忘れたので、この貝殻を持って帰ろうか。かいがら(買い空)だけに」 『ちゃんと買っておるじゃろ』 九竜鋼介は剣術の師範代として紅綾と今後も関わり合う。開拓者を引退した暁には城務めの剣術指南になるだろう。 「さあ、世界は広いですからね」 三笠は紅綾にとって外の世界の報告者となった。その情報は武天国の未来に強い影響を与えることとなる。 「これから忙しくなりそうですね」 宿奈芳純は二ヶ月後から文官として城勤め。紅綾との恋仲については当分の間、不明のままだ。 「着物とか新調せなあかんよな」 『ここ一番、決めましょうね』 神座真紀も二ヶ月後に城勤めとなる。紅綾の護衛役として、公務の際には必ず彼女の姿が見かけられた。 「さあ、次はどこにいこうか?」 『アル=カマルの服を着たくなっちゃったわ!』 フランヴェルは子猫ちゃんを求めて、もとい、人々を救う開拓者として世界を駆け巡った。 一同を乗せた飛空船五隻が武天の此隅城へと帰還する。 充分に休養を楽しんだ紅綾はこれまで以上に公務に励んだという。武天国の未来は彼女の笑顔と共にあった。 |