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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 武天は天儀本島最大の版図を持つ国である。 王は赤褐色肌の巨勢宗禅。巨勢王の名で通っている巨漢の男には娘がいる。 その名は『綾』。普段は綾姫と呼ばれていた。 父親に似ず器量よし。亡くなった母親の紅楓に似たおかげだ。 紅楓は理穴国の王族、儀弐家の血筋。綾姫は親戚となる理穴国王の儀弐重音にどことなく面影が似ている。 綾姫は飛空船で編成された武天軍を統率した経験もある才女の綾姫だが、まだ十一歳と若いどころか幼いといってよかった。 鬼の霍乱が起こる。 突如、武天の国王・巨勢宗禅が病に伏せた。風邪を引いたのである。 多くの者にとって意外に感じられたのか、大げさな噂が瞬く間に市中へ広がった。 連日、此隅城には牛車やもふら車による見舞いの列ができる。風邪の蔓延を防ぐために面会謝絶なのだが、それでも列が絶えることはなかった。 「父様も喜ぶのじゃ」 朝から晩まで名代として綾姫が来訪者達に応対する。 伏せてから五日後、ようやく巨勢王の熱が下がり始めた。 綾姫は朝と晩の二回、遠巻きから伏せる巨勢王を見舞う。 「大丈夫かのう‥‥」 側で看病したかったが、それは医者や臣下から止められていた。何よりも巨勢王の強い要望である。 風は万病の元。巨勢王は豪放磊落を絵に描いたような人物だが、年齢に勝てる者はいない。 「苦労をかけたな。綾よ」 「そのようなこと、どうでもよいのじゃ」 さらに一週間後、ようやく熱が引いた。綾姫も巨勢王の側で見舞うことができるようになる。 さすがにこの時期になると来訪者も少なくなっていた。 「重音様が見舞いに来られるとな?」 一報を聞いた綾姫は驚いたが、よくよく考えてみれば合点がいく。快方に向かっている今なら巨勢王の負担が少ないと儀弐王は考えたのだろう。 驚きはこれで終わらなかった。朱藩国の興志宗末、泰国の春華王の訪問も立て続けに決まる。 「これだけの顔ぶれじゃと、わらわだけでは難しいぞよ」 綾姫は各王の持て成しのために開拓者の協力を仰ぐことにした。 来訪の予定は微妙にずれていたが全員が揃う一日がある。偶然ながら武天の此隅城に四カ国の統治者が一堂に会することとなった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●此隅城 「わらわだけでは目が届かなくての。とても助かるのじゃ」 武天国此隅城。早朝、綾姫と開拓者一行は城内の一室で再会する。 これから順次、三国の統治者が見舞いに訪れるという。開拓者達はそれら来賓者達を持て成す要員として呼ばれていた。重要な任をこなす熟練の開拓者ばかりなので、すでに見知っていたり親しい者がいたからである。 開拓者達も巨勢王の容態を気に掛けていた。 「父様も皆が手伝ってくれることを喜んでおったぞよ♪」 巨勢王は快方に向かっているので大丈夫だと綾姫が説明する。その綾姫の笑顔に開拓者達は安心した。 まずは誰がどの統治者を担当するのか割り振りが行われる。 「私が面識があるのは以前、春華王陛下になりますね。称号も頂いています」 三笠 三四郎(ia0163)が春華王の応接役を申し出た。 「あたしも春華王さんを受け持たせてもらうね」 「あたしもはる‥‥えっと、春華王さんと仲良しなのにゃ♪」 神座真紀(ib6579)とパラーリア・ゲラー(ia9712)も名乗り出る。この三名が春華王の応接係となった。 「柚乃は朱藩国の興志王様を担当します。久しいですがお二人の妹君とも面識がありますので‥‥」 柚乃(ia0638)が応接する相手として望んだのは興志王一行である。もう一名、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)も興志王の相手として立候補した。 「興志王は緑野に宝珠を貸してくれた恩人だからね、ボクがおもてなしするよ♪」 フランヴェルが小声で『妹さん達ともお近づきになりたいし♪』と呟く。隣に座っていた人妖・リデル・ドラコニアはそれを聞き逃さない。 興志王の応接役は柚乃とフランヴェルの二名に決まった。 「重音さんが来るんだね♪ よーし、ばっちりおもてなしだよっ」 『ですにゃ♪』 リィムナ・ピサレット(ib5201)と上級からくり・ヴェローチェは大張り切りだ。 「俺も儀弐王様を担当しよう。確か、甘い物が好きだと聞いているが」 「お噂ではそのようです。私も儀弐王様の応接役を希望します」 九竜・鋼介(ia2192)と宿奈 芳純(ia9695)も立候補する。こうして儀弐王の応接役三名も決まった。 一番目に来訪するのは儀弐王。到着は明後日である。そして春華王、興志王と続く。 準備に残された日数はほんのわずか。綾姫だけでなく開拓者達も大忙しで持て成しの準備を整えるのだった。 ●儀弐王の見舞い 「巨勢宗禅殿の具合は如何でしょうか?」 「今は大事をとっておるが、もう心配はないのじゃ。快方に向かっておるぞよ」 此隅城を来訪した理穴国女王・儀弐重音は出迎えの綾姫に巨勢王の容態を聞く。 食欲も出てきたようなので面会を差し控える理由は一つもなかった。ましてや儀弐王の見舞いである。 「遠路遙々、よく来てくれたな」 「顔色がよいようで安心しました。こちらどうぞお納めくださいませ。他にもたくさんの菓子を持って参上しました」 布団から上半身を起こした巨勢王が近くに座った儀弐王に話しかけた。 見舞いの品として渡されたのは儀弐王お気に入りのお勧めシュークリームだ。同席する綾姫も含めて和やかな雰囲気が漂う。 リィムナ、九竜鋼介、宿奈芳純は襖の近くで胡座、もしくは正座で待機していた。からくり・ヴェローチェと上級人妖・瑠璃も大人しく座っている。 開拓者達が巨勢王の姿を見て一番に感じたのは『痩せた』であった。少し前までのどっしりとした印象がなくなっている。 儀弐王との語らいが終わると、巨勢王は開拓者達を一人ずつ傍らへ呼んだ。 「巨勢王さま、熱下がってよかったね♪」 「うむ。自分でいうのも何だが、まさに鬼の霍乱というやつだな」 リィムナの前で巨勢王は豪快に笑う。声の張りは以前の張りのままだったのでリィムナは安心する。隣に座っていた綾姫も同じような印象を持ったに違いなかった。 次に呼ばれたのは九竜鋼介だ。 「綾からよく聞いておるぞ。駄洒落の先生、お師匠様だと。今後も綾のこと、よろしく頼むぞ」 「はっ」 お気楽な性格の九竜鋼介だがサムライ故に巨勢王の言葉はとても重たい。儀礼を怠らず丁寧に応えた。 最後は宿奈芳純である。 「芳純殿には何かと世話をしてもらっていると綾から聞いておる」 「よろしければ是非に食べて貰いたい料理が御座います」 「それは?」 「滋養豊富な猪肉鍋です」 その日の晩、宿奈芳純が用意した猪肉鍋を巨勢王は賞味した。ここのところ病人食が続いていたのでしっかりとした料理は久しぶりだと喜ぶことになる。 「重音様のこと、頼むのじゃ」 綾姫は名残惜しそうに儀弐王のことを開拓者達に託す。巨勢王の名代としてやらなければならないことが多く残っていたからである。 見舞いが終わり、儀弐王と開拓者達は来賓用の部屋へ戻った。 「重音さん、これ見て♪ ヴェローチェと一緒に作った此隅の甘味処マップなんだ♪」 『お手伝いしましたにゃ♪』 リィムナから手渡された地図に儀弐王が目を通す。 「実は俺も瑠璃に頼んで用意したものがある」 『がんばったのよっ♪』 九竜鋼介が懐から封を取りだして儀弐王に手渡す。封の中にあったのは此隅の甘味処店名覧表であった。 九竜鋼介と瑠璃がお茶を用意してる間、儀弐王は地図と一覧表に目を通す。 「折角ですし城下を散策してみては如何でしょうか? その間、私は夕げの準備をさせて頂きます」 「そうですね」 宿奈芳純の一押しで儀弐王は城下へ出かけることを決める。 『ここのクリーム小豆が絶品なのよっ!』 『さっきの草餅団子もまけてないですにゃ♪』 瑠璃とヴェローチェは張り切って甘味処を紹介した。 「どれもお勧めだけど、あたしはこの『どぉなっつ』が美味しかったよ」 「美味しそうですね」 リィムナが分けた半分のドーナッツを儀弐王は頬張った。 「この甘味処では季節を先取りして苺大福が売られている。希儀で仕入れた苺を使っているそうだ」 「綾姫様が喜びますね」 九竜鋼介が差しだした小皿の苺大福を儀弐王が爪楊枝で刺す。気に入った甘味は折り詰めにしてもらう。 甘味の山を抱えて戻ると宿奈芳純が夕げの準備を終えていた。 「失礼ながらお腹の方は?」 「試食は三時間ほど前から控えていたので大丈夫です」 宿奈芳純が用意したのは猪肉鍋であった。少し前に巨勢王に賞味してもらって好評を得ている。 「武天といえども日が落ちると寒いですね。鍋料理は身体が温まります」 「武天名物の獣肉を是非ご賞味頂こうと思いまして」 猪肉は厚めに切られていたがとても柔らかい。焼き豆腐、春菊、芹は味だけでなく彩りを添えてくれる。こんにゃくや牛蒡はとてもよい食感だ。 食事の後は風呂の時間になる。 「重音さんの肌、すべすべだね♪」 お供したリィムナが儀弐王の背中を流す。 その後、儀弐王は来賓用の部屋でゆっくりと過ごした。 「眠る前なので濃くは淹れていない。安心してくれ」 「この香り、好きなんです」 九竜鋼介は儀弐王のために紅茶『アールグレイ』を淹れる。綾姫から好きな紅茶だと教えてもらっていたからだ。 「よろしかったら。猪肉鍋と一緒に作っておきました」 宿奈芳純がお茶請けとしてわらび餅を提供する。それからまもなく襖の向こう側から取り次ぎの声が室内に届く。 「はーっ‥‥や、やっと開放されたのじゃ」 「もしかして走ってきたのか?」 九竜鋼介が襖を開くと綾姫の姿がある。それからしばらく儀弐王と綾姫はお喋りに花を咲かせた。 ●春華王の見舞い 泰国朱春からの大型飛空船が此隅に辿り着いたのは深夜であった。そのため春華王の見舞いは翌日になる。 「春華王自ら儀を越えての見舞いとは。そのお気持ち、万能の薬に匹敵しましょうぞ」 「顔色がよいようでとても安心しました」 見舞いは和やかな空気に包まれた。 「春の日に春華王殿が来られるとはよき吉兆じゃ」 同席する綾姫も和やかに会話へと加わる。 何事も『良きに計らえ』の一言で済ませる人物といわれているが、実際の春華王はそうではなかった。 未だにこの噂が絶えないのには理由がある。同席するパラーリアと神座真紀はその理由を知っていた。 春華王の見舞いが終わると開拓者も一人ずつ巨勢王の元へ呼ばれる。 まずは神座真紀の番だ。 「大事なくてほんまよかったわ。綾姫さんがぎょうさん心配しとったで。はよ元気になって一緒に空を飛びたいっていっておったわ」 「特に綾には心配かけてしまったようだな」 神座真紀の話しを聞いた巨勢王は綾姫の頭に手をのせて優しく撫でた。 二人目は三笠である。 「こちらよろしければ使って頂ければと。元気なお姿を一日でも早く見られればと思っております」 「中をあけてもよいか?」 三笠がはいと返事をすると受け取った木箱を開けた。 中身は革の手袋。綾姫に相談して選んだ品である。 「龍に乗るときにこの手袋はよさそうだ。元気になったら一度、三笠殿の龍を借りて飛んでみたいものだな。灼龍はわしの性に合っておる。んっ? ‥‥勘違いするといかんのでいっておくが、そなたの灼龍を所望したいといっているわけではないからな」 三笠は光栄だと答えて後ろに下がった。 「元気そうでよかったのにゃ♪」 次に呼ばれたパラーリアは綾姫の傍らに笑顔で座る。そして食べたい料理がないか巨勢王に訊ねた。 「医者共が慎重すぎて未だ病人食しか用意せんのだ。見舞いの品なら言い訳にできよう。是非に頼むぞ」 巨勢王の許可も得られたところでパラーリアはとても張り切る。 (「綾ちゃんのママが好きだった料理がいいかなと思うのにゃ」) パラーリアは巨勢王の妻、つまり綾姫の母親である紅楓が好んだ料理を作ろうと考えていた。ただ任務として春華王の元を離れられないので、調査は神仙猫・ぬこにゃんに任せる。 綾姫に訊いてみたところ、知っていそうな元料理人の名前を覚えていた。但しその元料理人は引退して城にはいない。ぬこにゃんは『猫呼寄』を駆使し、此隅内の元料理人宅を探し当てる。 「紅楓様がお好きだった料理かい?」 猫好きの元料理人はぬこにゃんに教えてくれた。焼いた桜肉の味噌漬けが好きだったようだ。桜肉とは馬肉のことである。特定地域の名物らしく、此隅でも入手がとても困難だった。 「それなら私が力を貸しましょう」 パラーリアから話しを聞いた春華王が手配してくれる。侍従の何人かが随伴の高速小型飛空船に乗り遠方まで買いに行ってくれた。 市中を散歩したいという春華王の願いは三笠が叶える。変装して城下へと向かう。 「あのときは助かりました。あのような賊に襲われるとは不覚の至りですね」 「そのようなこともありましたね」 三笠と春華王は昔話に花を咲かせながら繁華街を練り歩く。 (「余り余計なことを話すと武術大会を開きそうですし‥‥ここは私が弁えるしかないですね」) 三笠は春華王を刺激しない話題作りに努める。現状、綾姫は一杯一杯だ。何事も穏便に済ますのが一番であった。 郊外まで出たら上空から追いかけさせていた灼龍・さつなを地上に呼び寄せる。そして二人乗りで此隅城へと帰った。 翌朝には桜肉の味噌漬けが手に入る。 さっそくパラーリアが調理し、巨勢王の昼食としてだされた。もちろん同席した綾姫や春華王の分もある。 「これが母様が好きだった料理なのかや?」 「忘れておったがこれだ。何かあると薬だといってよく食べさせていたな。わしにかこつけて紅楓も食べておった!」 綾姫と巨勢王が笑う。その様子を見てパラーリアは嬉しくなった。膝にのせていたぬこにゃんを撫でてあげる。 「二人でいるのが一番の薬のようですね」 三笠の心遣いにその場の全員が倣った。早めに食事を済ませて部屋を離れる。 巨勢親子は昼食が終わってもしばらくお喋りしていたという。 誰もが昼食をそこそこで済ませたのでお腹が空いてくる。そこで神座真紀が腕を振るってパンケーキを焼いた。 「おやつの時間や。お替わりもたくさんあるで」 神座真紀が焼いたパンケーキは抹茶入りである。小倉餡が中央にのせられて、その上からたっぷりの樹糖がかけられていた。 『どうぞですぅ♪』 配膳は主に翼妖精・春音の仕事。一人一人の前にお皿を置いていく。春音はお辞儀を忘れない。 そして春華王のところへは神座真紀自らが運んだ。一番近くにいた若い侍従の一人にも。 「秀英さんやったよね。あのときのあたしや。妹の紅花さんはどないしとるん?」 「覚えています。紅花は元気に暴れ‥‥、いえ商人の飛空船に雇われて料理人をやっていますよ。別々に暮らしていますが、たまに会っています」 「そや、豪快な妹さんやったね。一つ聞いてもええか? 以前王様によう似たお人の護衛をしたことあるんやけど、その後ちゃんと牛乳飲んどるんやろかな?」 「どうでしょう?」 神座真紀は秀英と話しながらちらりと横を見る。何故か春華王が咽せていた。 「ちなみにそのパンケーキもちゃんと牛乳で粉溶いてますからね」 一瞬手が止まった春華王だがパンケーキは残さず食べきった。 その日の夕食には鰆の西京焼き、青柳の柱を擦り込んだ卵焼きなどの天儀料理が並んだ。 「いい湯ですね」 春華王が入った風呂には柚子が浮かぶ。風邪を引かないようにといった開拓者の心遣いが込められていた。 ●興志王の見舞い 「まったく! 風邪引くのは仕方ねぇとしてもよ。どんだけ長く寝てりゃ気が済むんだよ」 巨勢王のお見舞いの際、興志王は開口一番こう言い放った。 「興志‥‥王‥‥殿よ。今、なんというたかや?」 綾姫がさっと巨勢王と興志王の間に割って入る。そして正座したままじっと興志王を睨みつけた。 興志王も負けてはいない。そんな二人を眺めて巨勢王は笑う。 「綾よ。興志王は不器用な奴なのだ。本当に嫌いならこうして見舞いにも来ぬじゃろう。ま、わしが死んでたら国盗りでもしようと考えていたのかも知れぬがな」 「わかっているじゃねぇか。逆だったらきっと巨勢王がそうしただろうさ。まったく隙も何もあったもんじゃねぇな。お互いによ」 少し離れたところから見守っていた柚乃とフランヴェルはやれやれといった表情を浮かべた。 そしてこの場には興志王の双子の妹、深紅と真夏の姿がある。普段お喋りな二人なのだが絶句していた。さすがに興志王が悪態をつくとは想像していなかったからである。 しばらくして興志姉妹もお見舞いの言葉をかけた。そして開拓者が一人ずつ呼ばれる。 「確かに風邪は万病の元といいますものね。治りがけも肝心。大事に至らずよかったです‥‥っ」 「その気持ち嬉しいぞ」 柚乃とオートマトン・天澪は静かな巫女舞いで巨勢王の健康を祈願する。 そのとき、フランヴェルと人妖・リデルが小声で話す。 「やはり興志王の妹さんは美人で可愛らしいね」 『あんた‥‥まさか狙うつもりじゃないでしょうね?』 「ハハッ、年齢によるね♪ ‥‥冗談さ♪ 緑野に宝珠を貸して頂いた恩人の妹だからね♪」 『ちょとだけだけど注意しとくわ』 舞いが終わればフランヴェルの番である。 礼儀をもって巨勢王の側に寄り、触れる許可をとった。普段は女性だけだが今日は特別である。巨勢王の腕や肩、前身をもみほぐす。 「楽になったぞ。寝てばかりというのも疲れるものだからな。特に肩が凝る」 フランヴェルのマッサージに巨勢王は感謝する。 そして見舞いが終わった。 「興志王様、どちらに?」 「そうだよ兄ちゃ、いや興志王様!」 ふらりと姿を消そうとした興志王に気がついて興志姉妹が声をかける。安州なら興志王の勝手にさせておくのだが、ここは武天此隅だ。兄が何かをしでかさないよう姉妹が行動を共にする。当然、開拓者達も同行した。 「謎のご隠居さまがご案内しますよ、さぁいきましょう♪ いやいきますのじゃ、ほっほっほっ」 柚乃は『ラ・オブリ・アビス』で真っ白い神仙猫に変化済みだ。杖を突きつつ興志王の真後ろを歩く。 派手を絵に描いたような興志王と神仙猫・柚乃の姿はどことなくユーモラスである。 「やっぱ刀は武天だな。銃が一番だが刀にも惹かれるものはあらぁな」 刀剣を扱う店で興志王が瞳を輝かせた。オートマトン・天澪は興志王の荷物持ちを担当する。 「そういえば、他国の王様は次々と縁組が決まっているとか‥‥その辺、興志王はどうなのでしょうね?」 「兄ちゃんが結婚?」 神仙猫・柚乃が訊ねてみると真夏が笑う。深紅に訊いてもそういった相手は今のところ知らないという。 こうなったらということで神仙猫・柚乃は直接本人に聞いてみた。 「結婚相手? いねぇな。だが気に入った相手がいりゃ、明日でも式を挙げる心づもりは持っているぜ」 冗談なのか本気なのかわからないが、興志王はそう言い切る。 「そういうお二人はどうなんだい?」 フランヴェルも結婚の話題に参加する。真夏と深紅は現在十九歳。誰かと結ばれても十分な年齢だ。 「お慕いした方はいらっしゃったのですが‥‥」 「そうなんだよねー。兄が興志王様だって知るといなくなっちゃうんだ。中には泣いて謝って逃げた人もいたし」 余程、興志王の評判は悪いようである。だがその意味では綾姫に対する巨勢王も似たようなものなのかも知れない。 「興志王はとてもよい人さ。そうでなければ緑がよく育つ貴重な宝珠をぽんと貸してはくれなかったはずだからね♪」 ウィンクするフランヴェルに興志姉妹が頷いた。 「ああ見えても思慮深いのですが‥‥」 「だよね。たまにすっごく驚くよ」 なんだかんだいっていても興志姉妹は兄のことが好きなようである。 「仲良きこと、美しきかな、じゃな」 神仙猫・柚乃が髭をピンと立たせてかっかっかと笑った。 買い物を終えて城に戻る。 女性陣陣はお風呂へ。興志王はしばらく刀を眺めてから入るという。 『そのときよ、敵が人魂で驚いたのは!』 リデルは興味津々の真夏に冒険譚を聞かせてあげる。 「あっ! そこ気持ちいい‥‥」 「かなり凝っているね♪ 部屋へ戻ったらマッサージをしてあげよう♪」 フランヴェルは深紅の腕から首筋をほぐす。 「よい感じじゃのう」 柚乃は今も神仙猫の姿を続けていた。天澪が手ぬぐいで白猫の背中を洗う。 この日は儀弐王、春華王、興志王が揃った珍しい日である。綾姫が準備を整えた晩餐が行われた。 「皆の者よ。楽しんでいってくれ!」 但し巨勢王は大事を取って挨拶のみの参加である。 「お祭りは陽の気を生ずるから‥‥。少しでもこの場にいてよかったかも」 「みんなに伝えて欲しいのじゃ。明日なのじゃが――」 綾姫は柚乃にこっそりと耳打ちをするのだった。 ●春の訪れ 翌朝、城庭に一隻の中型飛空船が着陸する。 これに儀弐王、春華王、興志王、そして巨勢王と綾姫が乗り込んだ。 開拓者達も朋友を連れて乗船。宿奈芳純は戦馬・越影で空を駆け、三笠は灼龍・さつなの翼で追いかける。 飛空船は離陸してわずか数分で着陸。わずかに歩いて辿り着いたのは此隅郊外にある綾姫の苺畑であった。 「食べる苺は大好きじゃが、花もよいものなのじゃ♪」 「わしも綾から聞いていて、見るのを楽しみにしておったのだ」 綾姫と巨勢王はこれを全員に見せたかったという。 緑の畑に咲くたくさんの白い花。 興志王はいいじゃねえかと笑う。春華王は絵に残したいと呟いた。儀弐王は許可を得て綾姫の髪に苺の花を飾る。 果実になるのにはもう少し日数がかかるだろう。そのときには苺を送ると巨勢親子は約束をした。 「もちろん開拓者のみんなにもじゃ♪ たくさん送るからのう♪」 苺畑に沿って駆ける綾姫を巨勢王が見守った。青い空に一つだけ浮かんでいた雲は女性の顔のようにも見える。 この景色を忘れる者は誰一人としていなかった。 |