白銀の世界 〜綾姫〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/02/28 23:27



■オープニング本文

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 武天は天儀本島最大の版図を持つ国である。
 王は赤褐色肌の巨勢宗禅。巨勢王の名で通っている巨漢の男には娘がいる。
 その名は『綾』。普段は綾姫と呼ばれていた。
 父親に似ず器量よし。亡くなった母親の紅楓に似たおかげだ。
 紅楓は理穴国の王族、儀弐家の血筋。綾姫は親戚となる理穴国王の儀弐重音にどことなく面影が似ている。
 綾姫は飛空船で編成された武天軍を統率した経験もある才女の綾姫だが、まだ十一歳と若いどころか幼いといってよかった。



 長く綾姫の世話をしていた侍女の紀江から結婚すると聞かされた綾姫は、その晩眠れなかった。雪山での大変な戦いを終えて間もないというのに目が冴えてしまったのである。
(「紀江の幸せを第一に思うのじゃ‥‥」)
 幼い頃からこれまでの楽しい思い出が脳裏に浮かんできた。自然と涙が零れる。
 これからも侍女として側にいたいと紀江はいっていた。綾姫もそれを承知したが、いつか紀江が子をなせば事情は変わる。そのときには暇をだすことになるだろう。
 紀江の結婚相手は理穴国出身の弓術士だ。
 武天と理穴は協力関係にあるので人材交流を行っていた。そのうちの一人、啓介青年と紀江は恋に落ちたのである。
 以前、郊外にある苺畑がアヤカシに襲われた事件があった。そのとき紀江は大怪我をしたのだが、命が助かったのは啓介のおかげらしい。
 綾姫は一晩かけて気持ちを整理する。そして翌朝。
「何をすれば紀江は喜んでくれるのじゃろうか‥‥? うむ〜‥‥」
 自分や父親である巨勢王が結婚式に出席すると大事になってしまう。祝いを贈るぐらいがちょうどよかった。
 困った綾姫は巨勢王の部屋を訪ねる。
「父様、紀江を祝ってやりたいのじゃが相談にのって欲しいのじゃ。祝儀と品を贈るのはよいとして、それとは別に旅行へ連れて行こうかと思うたのじゃが」
「綾よ。いつかわかるだろうが、こういうときには二人きりにしてあげるのが一番なのだ」
「なら二人だけの旅行を用意してあげるのじゃ♪ どこがよいかと思うかや?」
「二人の趣味に合ったところが一番なのだが‥‥紀江のことなら綾が知っておろう」
「紀江の趣味‥‥。そうなのじゃ。雪滑りが好きだといっておったぞよ。啓介殿も理穴の出身。きっと滑れるはずなのじゃ」
「うむ」
 巨勢王と話しているうちに綾姫の考えがまとまった。
 いきなりで驚かせたい気持ちはある。だが万が一にも雪滑りが苦手な場合もあり得るので二人に前もって相談した。
「よ、よろしいでしょうか?」
「綾姫様、嬉しゅう御座います」
 恐縮しながらも結婚する二人は雪滑りの旅行を喜んでくれる。結婚式後、一週間ほどの予定が組まれた。
「さてと‥‥」
 綾姫はお忍びで城下へ向かう。
「二人に贈る旅行、よいものにしたいのじゃ。そこで先にわらわが現地の様子を確認しようと思うてな」
 綾姫は開拓者ギルドで受付嬢に依頼内容を説明する。
 旅先は理穴国の山奥にある温泉街と決まっていた。雪質のよい綺麗な斜面が有名。その分旅館や遊興施設が乱立している。中には悪徳の商売屋もあってもおかしくはない。
「まずは何カ所か泊まって一番良い温泉宿探しじゃ。中には単に井戸水を焚いて温泉だと言い張る宿もあるらしい。それに美味しい食事処もいくつか見繕って伝えておきたいのじゃ。旅行先で不味い料理に遭遇するのはとても残念じゃからな。それらを試すために開拓者につき合ってもらいたくてのう。あ、もちろん雪面を滑るのじゃ♪」
 綾姫の意向に沿って依頼書が作成される。
 数日後、綾姫は開拓者達と一緒に中型飛空船へと乗り込む。二日後には理穴中部の温泉街に到着するのであった。


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
九竜・鋼介(ia2192
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579
19歳・女・サ
隗厳(ic1208
18歳・女・シ


■リプレイ本文

●到着
 飛空船で出発した一行は約二日をかけて理穴国の山奥にある温泉街へと着陸する。
「これは凄まじいのじゃ」
 下船したばかりの綾姫が瞬きを繰り返す。
 目の当たりにしたのはたくさんの客引きであった。飛空船係留所の出入り口となる門付近で旅館や宿屋の仲居や丁稚がひしめき合う。
「最初の宿はどうするの?」
「様子がわからぬので適当でよかろう。考えるのはその後じゃ」
 柚乃(ia0638)に答えた綾姫の言葉を全員が耳にする。真っ先に綾姫へ声をかけた丁稚の雪花旅館を選んだ。
「私は‥‥さつなの待機場所を探してから向かいます」
 三笠 三四郎(ia0163)は旅館の屋号と場所を聞いてから別行動をとった。
「御一行、ご案内致します〜」
 丁稚が案内したもふら車に乗って一行は旅館まで移動する。
「いらっしゃいませ」
 入館の際には仲居達に出迎えられた。大きめの二部屋を借りて男女で分かれる。相談するときには男性部屋へと集まった。
「ここまではよい接客です」
「そやな。満点っていってもよいくらいや」
 神座真紀(ib6579)と隗厳(ic1208)の感想に綾姫も納得する。これで不満をいうのは余程偏屈な人物に違いなかった。
「綾ちゃん、玄関や廊下は綺麗だったよ。掃除が行き届いているね♪」
『天井付近もきれいでしたわ』
 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)と人妖・リデル・ドラコニアも太鼓判を押す。
 ちなみに綾姫と呼ぶと正体がばれるかも知れないので、旅の間は『綾』と呼ぶことになっていた。
「布団も綺麗なものだ」
 九竜・鋼介(ia2192)が押し入れの襖を開けて寝具を確認する。
『今確かめてきたが他の部屋もここと同様に綺麗じゃぞ』
 『人魂』でリスに化けていた上級人妖・瑠璃が元の姿に戻る。
『しかし、折角の温泉宿なのに家探しみたいなことをせんとはのぅ‥‥これではまるで物取りじゃな』
「人聞きの悪いことをいうな」
 九竜鋼介と瑠璃のやり取りが耳に入った綾姫が笑う。
「最初から当たりを引いたって感じかな? できすぎなような気がするけど」
「もうすぐ日が暮れます。源泉の確認は明日以降ということで」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)と宿奈 芳純(ia9695)に綾姫が大きく頷く。
 まもなく三笠が雪花旅館に現れる。灼龍・さつなは知り合った猟師の厩舎に預けたという。

●白い湯
 全員が集まったところで温泉に入る。
『ご一緒に温泉入浴が出来るなんて嬉しいですわ。何卒よしなに』
「こちらこそなのじゃ♪」
 脱衣室で裸になった綾姫とリデルが女性用の湯殿へと向かう。湯気の中を進むと岩で囲まれた白い湯の温泉が佇んでいた。
「まずはかけ湯からだよ♪ 先に洗ってもいいけれどね」
 フランヴェルが綾姫とリデルに温泉の入り方を教える。
「綾ちゃん、背中洗ってあげるね♪」
「皆で輪になって洗ったらどうや?」
 リィムナと神座真紀も手ぬぐいを抱えて湯殿に現れた。
 綾姫、リィムナ、柚乃、フランヴェル、神座真紀、隗厳が輪になって背中を流し合う。朋友同士も真似をした。
 綺麗になったところで湯船に浸かった。
「ふぅ‥‥」
 柚乃は湯の中で手足を伸ばす。湯殿も掃除が行き届いていて気持ちよく入れる。
 ただ他の客のことを考えると、ものすごいもふらの八曜丸を湯船に入れるのは気が引けた。そこで八曜丸には温泉湯を汲んだ大きな桶の中で気分を味わってもらう。
「ほんのり硫黄のにおいはするね」
「これもうっすら黒ずんできたようや」
 神座真紀とリィムナが銀の指輪を眺めながら呟く。二人ともどこか納得がいかない表情を浮かべた。
「春音、気持ちいいからって寝るんやないで」
 神座真紀の目の前で浮かぶ翼妖精・春音の瞼は落ちかけている。
 その頃、男性用の湯殿でも温泉か本物かどうか検証がなされていた。
「謳い文句では硫黄の源泉とのことですが」
「源泉を当たってみる必要がありそうですね」
 宿奈芳純が持ち込んだわずかに黒ずむ鉄釘を三笠が見つめる。
「どうした? 浮かない顔をして」
 九竜鋼介は湯に浸かっていた上級人妖・エイルアードに声をかけた。
『リィムナが男湯に入れって』
『主殿、よい湯じゃぞ』
 人妖・エイルアードが答えてすぐに板塀向こうの女湯から上級人妖・瑠璃の声が聞こえてくる。
「のんびりさせてもらっているぞ」
 瑠璃に返事する九竜鋼介を眺めながらエイルアードが顔半分を沈めてぶくぶくさせた。
「いいじゃないか。見てみな、銀の指輪が黒ずんでいるぞ。この温泉の真偽‥‥硫黄だけに何時いおうか? ‥‥何てな」
 駄洒落を飛ばす九竜鋼介が持つ銀の指輪も少しだけ黒ずんでいた。
 その後食べた晩御飯は高い料金だけあって見かけはとてもよい。ただ味は今一、今二だった。

●隠されていた事実
 早朝、三笠と宿奈芳純は雪花旅館に繋がる源泉を探った。
 三笠は灼龍・さつなに跨がって上空から。宿奈芳純は『言魂』で出現させたネズミで木製の導管を辿る。
「源泉は本物ですが‥‥非常に遠くなんです」
「温泉水を温めなおすだけならまだ良心的ですが、そうではありませんでした」
 一時間後、三笠と宿奈芳純が男性部屋に集まった一同に報告した。
 源泉と雪花温泉は遠く離れている。確実に湯が冷める距離だ。
 さらに導管が細くて届く温泉水の量が足りていない。湯殿を満たしているのは敷地内の井戸水を温めたものだ。温泉水は湯加減を調節する程度にしか使われていなかった。
「嘘はついとらん。やけど‥‥」
「難しいとこだけど、あたしだったら嫌かな」
 神座真紀とリィムナが眉をひそめる。
「料理は隗厳が調べるっていってたよね?」
 フランヴェルが隗厳に振り向いた。
「『秘術影舞』と『超越聴覚』を使って板場の様子を確かめました。食材の質はそこそこですが温め直しが多かったです」
 特に酷かったのが焼き魚である。ニジマスをまとめてズンドウで茹でて、それに熱した串を当てて焼き目をつけていたという。
「俺でもちょっとと思うぐらいの味だからねぇ」
 九竜鋼介が茶を啜ってから呟く。
「‥‥雪花旅館を紀江と啓介にお勧めするわけにはいかぬな」
 綾姫の判断は失格となった。
 精算を済ましてすぐに旅館をでる。朝食は近くの食事処で済ますのであった。

●様々な調査
 熊肉の味噌鍋をお腹いっぱい食べた後で今日の泊まり先が決められた。
「呼び込みのとき、この屋号は見かけなかったぞよ。‥‥よし決めたのじゃ」
 綾姫が元気に一歩を踏みだす。『杉の宿』と看板がかかった門を全員で潜り抜ける。
「雪花旅館とは正反対じゃな。とても落ち着いていくぞよ」
 仲居に案内された宿部屋を綾姫は気に入った。調度品の趣味がとてもよい。
「春音、どこいってたんや」
『ごめんなさいですぅ』
 仲居が廊下で迷っていた春音を宿部屋まで連れてきてくれる。
 夕方に集まる約束をして一旦解散する。温泉街全体に渡る調査が開始された。

「こちらの方面には近づかないほうがよさそうですね」
 三笠は灼龍・さつなで飛びながら雪滑りの斜面周辺を上空から探った。地形や雪の融け具合から雪崩の起きそうな場所はないか目を光らせる。
 試しにさつなと命綱を繋いで雪上を歩いてみた。
「おっと‥‥」
 雪庇などの危険な場所は確かにある。しかし賑わっている斜面から遠く離れない限りは大丈夫だ。
「あの湯気は‥‥?!」
 滑空しながら見下ろしていると湯気立つ温泉の源泉が見つかる。
「本物はこうやって湯気が立つので‥‥わかりやすいですね」
 三笠は見つけた源泉の位置を地図に記しておく。その情報は一同の間で共有された。

(「偽物の源泉を見つけだせば、それを利用している旅館や宿屋を予め除外できます。よい宿を探すのが楽になるはず」)
 宿奈芳純は戦馬・越影を傍らに置いて『言魂』を使う。小鳥となって源泉へと続く導管を辿っていった。
 一つの源泉で複数の温泉に供給しているのが一般的だ。調べていくうちに井戸水を人工的に白く濁らせている偽源泉が見つかる。
(「わざとではなく騙されている可能性もありますので」)
 供給先の温泉宿には送り主不明の手紙で知らせておくに留めた。

 隗厳も源泉を調査した一人だ。
「頼みます。但し目立たないようにお願いします」
 調査の仕方は少々変わっていた。温泉街を流れる川に宝珠から出現させたカミヅチ・件を放つ。川から取水している偽源泉の業者もいるのではないかと考えたのである。
 その推理は当たった。件が横穴を発見して戻ってくる。
 川に飛び込んだ隗厳は件に案内してもらう。そうやって横穴を潜り抜けて偽源泉の施設内に潜入した。
 当初の隗厳は大規模に暴露しようと考えていた。だが綾姫から厳命がだされたので控えることにする。
 理由はここが理穴国だからだ。武天国内であれば綾姫は許可したに違いない。
 隗厳が導管の一部分を破壊して一時的に供給が途絶える。おかげで簡単に偽源泉を利用している旅館や宿屋を炙りだすことができた。

「リデル、人魂でよろしくね♪」
 フランヴェルに頼まれた人妖・リデルがリスに化ける。そして別の客室の様子を覗う。
 綾姫も含めて仲間の中には高名な人物もいた。
 正体は隠しているものの、漂う雰囲気で何となくばれてしまうこともある。特別扱いをされてしまったら正しい評価に繋がらない。そこで他の客の扱いも検討に含めた。
 杉の宿はまともなようだ。奇をてらわず質実な料理は好感が持てる。
『報告、以上だわ』
「静かで、二人っきりになれる部屋があるようだね」
『綾ちゃんとお母様のところに戻っていいかしら?』
「たっぷり二人と遊んでおいで」
 フランヴェルはリデルを開放して繁華街にでかける。さらしを巻き、戦着流を纏った男装の姿で。
「葡萄酒を頼めるかい?」
「初めての顔だね」
 老舗の酒場を探して立ち寄る。
「いい街だが、さっき喧嘩を見かけたよ」
「まあ、どこでもあるさ」
 高めの注文を頼み、主人から温泉街の情報を聞きだした。

「雰囲気はいいな」
『この「爆発! 山菜鍋」とは一体どんな料理なのじゃ?』
 九竜鋼介と人妖・瑠璃は雪滑りの斜面近くに並ぶ食事処を訪れていた。
 仲居や同じ宿の客達からいくらかの情報は得ている。実際に食べて値段や味を確かめた。
『か、辛いのう〜。トウガラシじゃから爆発なのじゃな』
「結婚する二人は大丈夫だろうが、弟子にはきついだろうな」
 よい店ばかりではなかった。中には信じられないほど悪い店もある。
『注文してから一時間は経つぞよ』
「特に混んでいないし、板場からはお喋りが聞こえてくるのにな」
 注文について訊ねると給仕は不機嫌さを露わにした。
(「これはだめだな」)
 立ち去ろうとする九竜鋼介と瑠璃を給仕が掴まえようとする。風のような身のこなしでかわし、二人は指先一つ触らせないまま店をでた。

 温泉街の街角に歌声が溢れていた。人だかりの中心にいたのは真っ白な神仙猫ともふら・八曜丸である。
 神仙猫は柚乃が『ラ・オブリ・アビス』で変化した姿。謎めいた諸国漫遊中のご隠居様の雰囲気を醸しだす。
「赤い羽織着の猫さん、歌うまいね」
「本当に」
 親子連れも足をとめる。
「ほっほほ。実は腹が減っていてのう。美味しい店をどこか知ってはござらぬか?」
 神仙猫・柚乃は地元と思しき人に訊ねた。
『もふっ』
 会話の内容を八曜丸が熱心に覚える。候補が十を越えたところで実際に足を運んだ。
『この店がいいもふっ』
 八曜丸は板場から流れてくる美味しそうなにおいで候補の店をさらに絞り込む。
「信じてみるとするかの」
 追いだされると嫌なので柚乃の変化はここで終了。八曜丸を連れて店内へ。美味しいと評判の希儀風ピザを二枚注文する。
「えっ?!」
 柚乃が驚くぐらいに八曜丸は一枚をあっという間に食べてしまった。かなりの量があったのにもかかわらず。もう一枚注文してようやく落ち着く。
(「綾姫様も満足するかも」)
 八曜丸と綾姫の味の好みは結構似ていると思いながら杉の宿に戻る柚乃であった。

(「いけ、春音! あいどるの本領を発揮するんや!」)
 神座真紀に見守られながら、翼妖精・春音は温泉街に住む子供達へ近づく。
『雪だるま、いっしょにつくりたいですぅ』
 クルクルと宙で躍ってうまく子供達の興味を惹きつけた。
「悪いけどしばらく遊んでやってくれんかな?」
「いいよー」
 神座真紀が押しの一声をかける。春音は子供達と一緒に雪だるまを作り始めた。一時間ほど遊ばせてからもう一度話しかける。
「そろそろ食事にしたいんやけど、何処か美味しい店知らんかな?」
「わたし、好きなお店があるの!」
 春音と一番仲良く遊んでいた女の子が教えてくれた。お礼としてタルトを分けて子供達にあげる。
 女の子が教えてくれた店は牛鍋屋だ。
「こりゃうまいで♪」
『はふはふっ♪』
 しらたきに焼き豆腐、葱、白菜、椎茸、牛肉がたくさん。身体が冷えていたせいか、より美味しく感じられる。
「明日にでも、綾さん連れてきて食べてもらおか?」
『また食べたいのですっ〜』
 神座真紀と春音は三人前の牛鍋を二人で平らげるのであった。

「ここの湯に比べれば昨日の温泉は確かに薄いのう」
「小さいけど掃除が行き届いているし、いい感じだよね」
 森の宿に残ったリィムナと綾姫は本日二度目の温泉に入る。
 『複目符』で調べるまでもなく、間違いなく本物の温泉だった。ちなみに男湯は人妖・エイルアードが確認中である。
「実はの。紀江が結婚するのは少々寂しいのじゃ」
「あたしも仲良しなお姉さんが結婚するんだ。すぐじゃないけど。今までと変わらないよ、ていってくれるんだけど、いずれ気軽に甘えたりできなくなっちゃうよね」
「リィムナ殿もそうであるのか」
「寂しいけど、幸せになって欲しいから応援するんだ♪」
「わらわもそうじゃ」
 そんな会話をしているとリデルが湯殿にやって来る。
『フランは調べ物をしてくるってでかけたわ』
 リデルの言葉にリィムナは思案を巡らす。
(「あとでフランさんも誘ってもう一度お風呂入ろっと♪」)
 晩御飯の後、綾姫、フランヴェル、リィムナ、リデルで温泉に浸かる。
「女の子同士だし構わないよね♪ ‥‥大丈夫、ボクは綾姫に信頼される先生なんだ。おかしな真似はしないさ♪ 昨日もそうだったじゃないか」
 誰にいうでもない脱衣場でのフランヴェルの呟き。リデルとリィムナはしばらくフランヴェルを見つめていた。特にリデルはジト目である。
「わらわが背中を洗ってあげるのじゃ」
「それは嬉しいね♪」
 温泉の湯だと石鹸はなかなか泡立たない。それでも綾姫は頑張ってフランヴェルの背中洗い流す。
「ボク実はマッサージが得意なんだ♪ 綾ちゃん、こっちに来て‥‥」
「お、効くぞよ」
 あくまで真面目にマッサージをするフランヴェル。続いてリィムナの身体をもみほぐした。
 温泉からあがった際、綾姫はリィムナのおむつはきを目撃する。
「あたし、まだおねしょ治ってないから‥‥綾ちゃん、秘密だよ?」
「わかったのじゃ。絶対に秘密にするぞよ」
 あちこちで目撃されているのでいろいろな人にばれていると思いつつも、リィムナは綾姫と指切りげんまんをした。

●いろいろな雪滑り
 一行は滞在期間中に五個所の旅館や温泉宿を巡る。
 そして結婚する二人に用意するのは『森の宿』と決まった。派手さはないが全体的な丁寧さを評価した結果である。綾姫は二人の旅行期間に合わせて予約をとった。
 お勧めの食事処や遊戯施設は温泉街の地図に記した上て渡すことになるだろう。
 よく晴れた日、一行は雪遊びに興じる。
「ほっほほほっ!」
『もふ〜っ♪』
 神仙猫姿の柚乃が華麗にスノーボードで斜面を滑り降りていく。後方からソリに乗ったもふら・八曜丸が追いかける。
 バンクを利用して宙に浮いたとき、神仙猫・柚乃は三回転を決めてばしっと着地。見とれた八曜丸は転げて雪だるまとなった。
「見てたぞよ。すごかったのじゃ」
「まだまだ若いもんには‥‥あ、元に戻っていたんだっけ?」
 焚き火の前で休んでいた綾姫の隣に柚乃と八曜丸が座る。話している間に紀江の話題となった。
「紀江さんへの一番の贈り物、それは何より綾姫ちゃんが元気でいること。辛いこと苦しいことがあって、途中立ち止まっても真っ直ぐ前を向き、生きていく。長く共に過ごした時間‥‥きっと我が子同然だと思うの」
「そうじゃ、その通りじゃな」
「お子さんが産まれたら、遊び相手になってあげるといいんじゃないかな?」
「あの二人の子ならすごくかわいいぞよ」
 柚乃に元気づけられたところで綾姫も滑ろうとする。手にしていたのはスノーボードだ。
 綾姫が初心者用の斜面を登ると神座真紀が立っていた。
「あたしはスキーに挑戦や。実はまだやったことなくてな」
「わらわもスノーボード、初めてじゃ♪」
「綾さんのスノボとどっちが先に上手くなるか勝負やな♪」
「負けぬのじゃ!」
 二人は練習開始。
 神座真紀が転んで起き上がろうとしたとき、雪だるまを作っていた翼妖精・春音と目が合う。
(「口元が笑ろうてたで、春音」)
 言葉にはださず神座真紀は闘志を燃やす。そのおかげか一時間後にはそれなりに滑れるようになる。
 九竜鋼介も初心者用の斜面でスキーを練習した。
「初めて滑るときは板を八の字にしておけば良いんだな?」
『そうだと聞いたのじゃ』
 綾姫と並びながら滑っていく。何度か転んだがさすがは志体持ちの開拓者。わずかな時間で様になる。
『ソリもなかなかよいものじゃ♪』
 人妖・瑠璃はソリで滑るのを繰り返していた。
「危なくなったら飛んで避けろよ」
『主殿も気をつけるのじゃぞ』
 瑠璃は小さなソリを抱えて斜面の頂へと飛んでいく。
 昼過ぎには綾姫もスノーボードでそれなりに滑れるようになる。昼食をとりながらの休憩の際には三笠と同じ卓へと座った。
「この雪山はいいですね。まあ、この前の雪山での戦闘は‥‥慣れてはいるというモノの本当にしんどかったです」
「わらわも二度としとうないのう。じゃがおかげで被害が広がらずに済んだぞよ」
 三笠と綾姫は脂こってりのラーメンを頂いた。
 休憩後、綾姫はリィムナの指導で中級の斜面を滑ることにする。
「綾ちゃん、ジルベリア育ちのスノボテクを見せてあげるよ!」
 まずはリィムナによる技の披露から。斜面を滑るだけでなく、半円状バンクからのパフォーマンスが凄まじかった。
「わらわも負けないぞよ!」
 綾姫は斜面の途中にある小さなジャンプ台を飛んだ。
 上級者用のコースを見学する機会もある。
「あの格好、フラン殿じゃな」
 綾姫が見守る中、雪面の凹凸を利用してハイジャンプをこなす。それだけでは留まらず『天歌流星斬』で加速を得ながら飛翔する。
「まるで鷹みたいじゃ」
 綾姫は空を舞うフランヴェルを見上げながら呟いた。
 着地も見事成功。
 綾姫、リィムナ、エイルアード、リデルが見ていたことに気づいたフランヴェルが大きく手を振った。綾姫達も手を振り返す。
 綾姫の希望で全員が中級者用の斜面に集まる。朋友達もソリで一緒に滑降した。
「スキーもよいものですね」
「スノーボードはシノビの動きにぴったりなような気がします」
 宿奈芳純と隗厳がシュプールを描く。
「紀江と啓介よ。幸せにな‥‥」
 滑っている合間に綾姫が呟いた。
 帰路に就いた一行は武天の此隅城に立ち寄る。
「ただ今戻ったぞよ」
「お帰りなさいませ」
 紀江と啓介が綾姫を出迎えた。
 今回ばかりは旅の出来事を多く語らない。温泉宿の予約とお勧めのお店地図を渡すだけに留める。
 神座真紀が紀江に『着物「月乙女」』、啓介には『長羽織「翠玉」』を贈った。
「幸せになるんやで」
 神座真紀は祝いの言葉を二人にかける。隣に立っていた綾姫が笑顔で大きく頷くのだった。