|
■オープニング本文 前回のリプレイを見る 武天は天儀本島最大の版図を持つ国である。 王は赤褐色肌の巨勢宗禅。巨勢王の名で通っている巨漢の男には娘がいる。 その名は『綾』。普段は綾姫と呼ばれていた。 父親に似ず器量よし。亡くなった母親の紅楓に似たおかげだ。 紅楓は理穴国の王族、儀弐家の血筋。綾姫は親戚となる理穴国王の儀弐重音にどことなく面影が似ている。 綾姫は飛空船で編成された武天軍を統率した経験もある才女の綾姫だが、まだ十歳と若いどころか幼いといってよかった。 地方にある山の中腹に突如現れた一夜城。 その正体を確かめるべく綾姫は開拓者ギルドに依頼。そして懇意の開拓者達が正体を暴いてくれた。 城内では瘴気が満ち、人型の雪兵士はアヤカシである。 雪兵士の身体能力は一般人と志体の中間辺りだ。その代わり、どこで仕入れてきたかわからない人用の武器を携帯していた。 調査を終えて情報を持ち帰った開拓者一行は、行方不明だった麓の村人『板吉』を連れ帰ってくれる。 落と穴を始めとした罠の種類や位置が判明している現状、負ける要素は非常に少ないといってよかった。 だが綾姫は武天の此隅城で思案する。暖かい部屋で苺ジャムの味付き炭酸水を飲みながら。ちなみにこの一件は父親の巨勢王から一任されていた。 「早めがよいのじゃが‥‥」 アヤカシ側にも知恵者はいるはず。指揮官のような上位のアヤカシもいたようなので、日を置きすぎると対策を練られてしまうに違いない。 立地上、飛空船による上空からの宝珠砲一斉砲撃が理に適っている。しかし吹雪の悪天候は続いており、とてもではないが実行に移せる状況ではなかった。 山の中腹で一夜城がふんぞり返っているだけなら春に攻めればよいのだが、それだけでは済まされないだろう。 麓の村に駐留しているサムライ達が登山を繰り返して、一夜城の状況を遠巻きから監視し続けている。 報告によれば雪兵士達は徐々に増えているようだ。雪龍も数多く目撃されていた。兵力が揃った時点で村や町に侵攻するつもりなのだろう。空中戦力が整ったのならいきなり武天此隅への攻撃もあり得る。 「綾姫様、よろしいでしょうか?」 「よい、申してみよ」 部屋に現れた配下のサムライは一夜城に関する報告を行う。 「――アヤカシの城内から浮かぶ塊あり。その姿、雪と氷でできた飛空船のよう。中型飛空船規模、今のところ一隻のみ。以上で御座います」 「‥‥なんじゃと!」 報告の文を読み聞かされた綾姫は思わず炭酸水が入っていた器を落としそうなる。 「もう猶予はならぬ。吹雪で空からの攻撃が無理ならば、雪中行軍してでも仕掛けるのじゃ」 綾姫は巨勢王から借り受けた武天軍の一部を動かそうとした。吹雪が収まった場合に備えて飛空船団は用意するものの、軸となるのは麓から登山する陸上戦力である。 「開拓者にも是非に力を貸してもらおうぞ」 開拓者ギルドへの手続きも行われた。 急遽連絡を受けた開拓者達は身支度を調えて綾姫が待つ武天此隅へ。待っていた綾姫と共に出陣するのであった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
隗厳(ic1208)
18歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●登山開始 吹雪く天候の中、武天軍の飛空船が次々と真っ白に染まった大地へと着陸する。 「さぶっ‥‥想像以上の悪天候じゃのう」 下船した綾姫が白い息を吐きながら呟く。 第二案であった飛空船宝珠砲による直接砲撃はやはり無謀だと再確認。第一案の陸上戦力で雪の一夜城を叩く作戦が本決まりとなった。 「まだもらっていない人はいませんか?」 隗厳(ic1208)は余った一夜城内の罠配置図を手に声を張り上げる。彼女が描いてきた原画を綾姫が手配して版画刷りにしたものだ。 各飛空船には最小限の人員を残す。麓の村に駐留していた先発隊の案内によって約二百名の山登りが始まった。 防寒装備に身を包み、徒歩の者は全員かんじきを履いている。ゴーグルをつけている者も多い。 六頭立ての犬ぞり八台に載せられていたのは天幕や兵糧である。綾姫はそのうちの一台を操っていた。 龍騎のサムライは風の様子を眺めながら超低空を少しずつ飛ぶようにして現地に向かう。まともに高度を取ろうとすると強風に煽られて墜落の憂き目に遭うことだろう。 「まさか飛空船まで作りだすとはね。黒い塊の近くにいたあれが知性の高い軍師なのかも知れないね」 『皆やっつければいいのよ!』 雪中行軍に加わるフランヴェル・ギーベリ(ib5897)は一歩一歩前へと進んだ。人妖・リデル・ドラコニアは彼の背中にしっかりと掴まっている。 途中までリィムナ・ピサレット(ib5201)と輝鷹・サジタリオもそのような状態だった。しかし吹き飛ばれる危険を感じたリィムナはサジタリオを袋に収めて担いでいる。 「黒い塊に引導渡してあげないとね♪ そのときはサジ太頼むからぁわあ、あわあわわっ!」 リィムナ自身が風に煽られて大きく仰け反った。背中のサジタリオを庇おうとして余計に姿勢を崩してしまう。両足のかんじきが雪面からふわりと離れる。 「大丈夫かい?」 「そ、そこにいてくれて助かった〜。フランさん。ありがと♪」 リィムナはフランヴェルの左腕にしがみつくことで難を逃れた。 『お母様は軽いから。これでどう?』 「足が浮かないし、温かくていいかも♪」 リデルがリィムナの肩に掴まって体重を増やしてあげる。この程度の重さなら負担にならないのでちょうどよかった。 「伊邪那も飛ばないようにしっかり掴まっていてね」 『大丈夫。こうしてしっかりとマフラーになっているわ♪』 「く、苦しい‥‥」 『頑張りすぎたわ』 柚乃(ia0638)は首元の玉狐天・伊邪那とお喋りしながら坂を登った。 雪中行軍で大変なのは先頭である。その役目は武天軍所属の志体持ちサムライが交代で担っていた。 宿奈 芳純(ia9695)は戦馬・越影で雪上を駆けるようにして同行する。 実際には宙に浮いているので新雪上でも沈むことはない。集団からはぐれそうな兵がいないか確認して回る。狼煙銃を撃って目印にした。 「だんだんと視界が悪くなってきましたね」 宿奈芳純がふと山頂を望もうと見上げたが真っ白で見えなかった。 登山開始から三時間後。比較的平らな杉森の中で焚き火を熾しての長期休憩がとられる。 「ありがとなのじゃ♪」 『どういたしましてですぅ』 翼妖精・春音が綾姫に温かい飲み物を手渡す。 「綾姫さん、辛うないか?」 「わらわは犬ぞりなので大丈夫なのじゃ」 ゴーグルを外した神座真紀(ib6579)と綾姫は暫し雪の一夜城を話題にした。もし春まで一夜城の存在に気づかなかったとすれば一大事だったと。 「猟師でさえ登るのを控えていた雪山じゃ。偶然とはいえわかってよかったのじゃ」 「不幸中の幸いといったところやね」 温めた牛乳を飲んだ春音が神座真紀のお膝で眠りこける。今のところ元気なようだ。 「さてと、そろそろだな」 休憩終了五分前の合図を聞いた九竜・鋼介(ia2192)は防風防砂ゴーグルをつける。 『主殿よ。あの崖に見覚えがあるのぅ。この進み具合だと今日の内には一夜城に辿りつけそうもないのじゃ』 上級人妖・瑠璃は宙に浮かんで九竜鋼介の肩に掴まった。 「どんなに急いでも戦いは明日以降になるだろう」 話しているうちに出発の合図が鳴る。雪中行軍が再開された。 「これでもうしばらく持つでしょう」 三笠 三四郎(ia0163)は焚き火焼いた石を布で包んで懐に仕舞った。焚き火に雪をかけてから行軍に加わる。 『懐中時計「ド・マリニー」』を所有する三笠、柚乃、隗厳。それに『片眼鏡「斥候改」』をかけたリィムナが加わって瘴気の観測も行われた。 登るにつれて瘴気濃度があがっていく。まだ安全な範囲だが以前よりも確実に濃くなっていた。 それから二時間後に行軍は終了。野営の準備が行われる。まだ午後四時ぐらいのはずだが吹雪のせいで真夜中といってよい暗さであった。 ●攻城戦 行軍二日目。荒れる天候のせいで出発が一時間遅らせられる。それでも午前中に雪の一夜城五百メートルの位置まで全軍が到達し終えた。 この三十分の間に倒した雪兵の数は七。巡回だとすれば一夜城側がそろそろ不審に思う頃かも知れない。 綾姫の元に各隊の指揮担当が集められていた。開拓者達もその場に立ち会う。 「敢えて吹雪が強まっている今こそ仕掛けようぞ。雪風に阻まれてアヤカシ等も直前まで気づかぬはずじゃ。一夜城側は本来見晴らしがよいはずじゃが、それを潰せるからのう――」 ラッパによる突入の合図は一夜城側にも届いてしまうので使わない。事前に各隊へ支給した懐中時計を利用することに。きっかり十二時に全軍突入の指示がだされた。 緊張の中、各隊長が懐中時計を凝視する。十二時きっかりになった瞬間、雪の一夜城への進攻が開始された。 開拓者達は一歩先んじて突入。先陣を切る。 (「瘴気が濃いですね。早め早めに片付けていかないと」) カミヅチ・件を駆る隗厳は以前に真下を潜り抜けた城塞部分を目指す。 射程距離に入っているはずだが吹雪のせいでにはっきりとは見えない。暗視の補助も含めて二十メートルの距離でようやく対象が視界に入った。 「雪面の下が樹木でスカスカなら、これで崩せるはずです」 隗厳は件の背に俯せになるように掴まる。件が使った『洪水』の術によって雪面に水飛沫が飛び散った。雪兵共を巻き込みつつ、大量の水が雪の城塞に衝突する。 城塞は耐えたが土台になっている雪面はそうではなかった。大きく陥没して支えがなくなり、大きな亀裂が入る。雪煙を巻き上げながら城塞の一部が崩れた。 戦馬・越影を駆る宿奈芳純が城塞上部で弓を構える雪兵にヴォトカの容器を次々とぶつける。 「これでどうでしょう?」 宿奈芳純は『火輪』を投げつけて零れたウォッカに着火させた。火の手が広がって燃える雪兵がやせ細っていく。 その炎は一瞬の灯台となる。おかげでかなりの武天兵が攻め入る方角を間違わずに済んだ。それほど酷い吹雪の状況だった。 ついに一夜城の雪兵と武天のサムライ兵が激突。遠隔武器の利点が失われる状況下、自然と接近戦の様相になる。 刃と刃が交わって火花が飛び散った。崩れた城塞周辺が戦いの中心部へと変化していく。そうなる前に開拓者達は全員内部への侵入を果たしていた。 「この辺りで雪龍と戦ってくれますか? 無理はしないでくださいね。もし深く傷ついたら綾姫がいる陣地に戻って構いませんので」 雪面に飛び降りた三笠は上空で旋回する灼龍・さつなに声をかける。そして仲間達と共に城内に足を踏み入れた。 「鋲靴の出番ですね」 「こりゃええ、もう滑らんですむわ」 隗厳と神座真紀が真っ先にかんじきから鋲靴へと履き替える。 開拓者達は判明している罠を避けつつ雪兵を倒しながら中心部へ。こちらの通路も判明しているので迷うことはなかった。 「おかしいですね‥‥」 『懐中時計「ド・マリニー」』の反応の確かめた三笠が首を傾げる。通路の角を曲がった瞬間、瘴気の流れがいきなり増えていた。 「探ってみましょう。任せて下さい」 宿奈芳純が『言魂』で式を打ち、小鳥を飛ばす。 ゆっくりと通路の真ん中を飛ばして様子を窺う。太い柱を越えると突然に壁から黒い霧が吹きだしてきた。非常に濃い瘴気そのものである。 「皆、近くに集まってっ!」 柚乃は近くの小部屋へ飛び込んで屈む。床に触れながら『護衆空滅輪』を展開させた。 「以前にはなかった罠だな。瑠璃、どのような様子か確かめてもらえるか?」 「リデルもお願いできるかな?」 瑠璃とリデルは人妖なので瘴気を物ともしない。九竜鋼介とフランヴェルに頼まれた二人は罠を確かめてくる。 『主殿の頭が入りそうな穴が一つ、壁にあったのじゃ』 『そこから瘴気がモクモクと吹きだしていたよ!』 瑠璃とリデルからの報告を聞いた九竜鋼介はしばらく考え込んだ。 「雪兵にヴォトカを撒いて火を点けたら溶けるんじゃないかと持ってきたんだが。宿奈さんがすでに試して効果があるのはわかっているからな‥‥」 九竜鋼介は荷物からヴォトカを取りだす。さらに頭大の氷塊を二つ用意した。 急いで罠の封じ込めを行う。 瑠璃が瘴気に構わず壁の穴にヴォトカを投げ入れると瓶が割れて中身が流れだす。 すかさず玉狐天・伊邪那が『九尾炎』で点火。リデルが二つの頭大の氷塊二つを詰めて支え続けた。しばらくすると完全に穴が塞がって瘴気が洩れなくなる。炎で溶けだした水がすぐに氷結して穴と氷塊の隙間を埋めてくれたらしい。 瘴気が薄まったのを見計らって通過。その後は阻まれることなく一夜城中央部へと辿り着く。 そこは以前と同じ円筒状内側の上部に位置する通路口。眼下の床には瘴気を発生させ続ける黒い塊が鎮座していた。 「ここなら大丈夫かなっ」 柚乃が床から死角の位置に『護衆空滅輪』を張って安全地帯を作りだす。 宿奈芳純が『言魂』で雪虫の式を打って偵察を行った。 「以前に見かけた指揮官らしき雪兵がいます。以前よりも二回りほど大きな姿で、容姿も整っているような。今、瘴気を吸い込んだような仕草を――」 宿奈芳純は雪虫と共有した視覚情報を小声で仲間達に伝える。便宜的に雪の指揮官のことを『雪指揮官』と呼ぶことにした。 「雪指揮官、黒い塊のことを母と呼んでいます――」 宿奈芳純からの情報にフランヴェルが眉を動かす。 「黒い塊は死にかけのアヤカシだと思う。その瘴気から雪兵が生じているのは確定的だね。これは想像だけど雪指揮官は死にかけアヤカシの分身じゃないかな? 生まれ変わっているような――」 フランヴェルの意見は仮説に過ぎない。だが耳を貸すだけの価値はあった。 円筒内部に待機する雪兵士は全部で二十三体。こちらの接近には気づいていないようである。 黒い塊は当然として雪指揮官も倒さなくては勝利はあり得ない。 「出番やで」 神座真紀がそういうと懐からひょっこり翼妖精・春音が顔を覗かせた。 開拓者達は事前の作戦に修正を加える。最初に動いたのはリィムナ、柚乃、春音だ。 リィムナは『大空の翼』で輝鷹・サジタリオと同化。柚乃は伊邪那と『焔纏』で同化。翼を広げたリィムナが鎧姿の柚乃を抱えて床へと降りる。 「すぐに黒い塊の方にも作るからね」 柚乃が床に手を触れて『護衆空滅輪』を発動させた。そこに墜落するがごとく春音が必死な様子で舞い降りる。 仲間達も次々と『護衆空滅輪』の範囲に着地した。気づいた雪兵士が迫り来る。 『い、いくのですぅ!』 全員が集まったところで春音が『精霊郷の加護』を歌った。 柚乃が黒い塊の方角へと『護衆空滅輪』をさらに展開する。移動した春音がこちらでも『精霊郷の加護』を歌い続ける。おかげで開拓者達は非常に戦いやすくなった。 「露払いは任せてもらえるかな」 腰を屈めたフランヴェルが裂帛の気合いと共に『殲刀「秋水清光」』を振るう。すると集中した練力が刃となって敵方面に放たれた。 練力の刃は黄金の輝きとなって縦横無尽に四散する。雪兵士が次々と巻き込まれ、黒い塊の一部も削がれて消し飛んだ。 リデルが崩れながらも迫る雪兵士に『呪声』を浴びせかけた。床に崩れたところで『成敗!』を決める。 「きついやろけど踏ん張ってや!」 神座真紀の一言で春音が大奮起。『妖精剣技・煌』で雪兵士の肩や頭を八艘飛びしながら『獣剣』の刃を舞わせる。 「今や!」 神座真紀が『回転切り』で雪兵士をまとめて薙ぎ払い、春音が止めを刺す。 「ここが正念場、踏ん張るで、春音!」 『がんばるですぅ』 二人で節分豆を囓って練力を補給。神座真紀はさらに『焔陰』による炎纏う刃で雪兵を両断していく。 (「狭い空間での洪水は仲間への被害を考えると難しいですね」) 隗厳は『鋼線「黒閃」』で黒い塊を攻撃しつつ、件に『水牢』を使わせた。その対象は雪指揮官だ。 雪指揮官は凄まじい冷気漂う刀を振り回している。刃同士が触れた瞬間、『太刀「鬼丸」』から冷気が伝わって九竜鋼介の片腕が凍りつく。 『水牢』の錘が手足にへばりついて雪指揮官の動きを鈍らせた。 「任せて下さい」 三笠が九竜鋼介と入れ替わるように雪指揮官と対峙する。 冷気の攻撃は常時ではなかった。『剣気』と『発気』を織り交ぜつつ、『名刀「村雨丸」』で敵の身体を削ぐ。 『主殿よ。踏ん張るのじゃ』 その間に瑠璃が『神風恩寵』で九竜鋼介の片腕を癒やした。 「さて‥‥」 復活した九竜鋼介も加わって雪指揮官を追い込んでいく。 焔陰の炎を纏わせて二刀流の連続攻撃。雪指揮官の胸元に斜の刀傷を刻み、さらに左下椀をぶった切る。 三笠と九竜鋼介に雪指揮官の相手を任せて、リィムナと宿奈芳純は隗厳と一緒に黒い塊へと迫っていた。 隗厳が瘴気に呑み込まれないよう『鋼線「黒閃」』で刻む。 黒い塊の千切れた部分が瘴気に還元。一定量に達すると新たな雪兵士が床から出現してくる。または雪指揮官の傷が癒えた。 「だからといって‥‥」 隗厳は攻撃の手を緩められなかった。 戦馬・越影を駆る宿奈芳純と輝鷹・サジタリオと同化したリィムナも同様である。とにかく瘴気をまき散らす黒い塊を消滅させなければ先に進めなかったからだ。 「持久戦ですね」 宿奈芳純が定期的に『結界呪符「黒」』を唱える。黒い壁があれば城壁の白に雪兵士が紛れるのを防げた。黒い塊には『火輪』で攻撃を試みる。 (「根比べなら負けないよっ!」) リィムナが『魂よ原初に還れ』を歌う度に黒い塊が激しく震えた。 適度に『瘴気回収』で練力を回復。それは同時にアヤカシ側が利する瘴気が薄れる利点もあった。 柚乃は節分豆で練力を回復しつつ数カ所の『護衆空滅輪』を維持させる。彼女の護衛は伊邪那の務めだ。 三笠と九竜鋼介は瑠璃の支援を受けながら回復する雪指揮官との戦いを続ける。 神座真紀と春音、フランヴェルとリデルは雪兵士をまとめて引き受けていた。 宿奈芳純、リィムナ、隗厳は黒い塊への攻撃を緩めない。 カミヅチ・件は雪兵士や雪指揮官に『水牢』をかけて支援する。 城内からでは窺えないが、さつなも野外で雪龍相手に成果をあげていた。雪の飛空船も一隻撃墜済み。『炎龍突撃』のおかげで武天軍は大分助けられる。 戦いが始まって一時間後、ようやく膠着状態から脱した。黒い塊がついに完全消滅したのである。 「いくでぇ!」 「では、ボクはこちらを狙おうか」 神座真紀とフランヴェルが雪兵士の残存を一気に叩きつぶす。 「さすがに攻撃のクセは覚えてしまいましたね」 「回復しなければこっちのものだ」 三笠と九竜鋼介も雪指揮官を一気に片づけた。 「ふう‥‥」 『やったわね』 戦いが終わったことに安心した柚乃と伊邪那だが、妙な音がして天井を見上げる。眼を凝らしてみれば生じた亀裂が拡大していた。 「城主を倒したら、城が崩壊なんて道中に冗談でいっていたけど‥‥」 『本当になりそうよ』 どうであれこの場にもう用はない。全員が全速力で城外へと脱出を図る。 「さつなはさすがですね」 外にでた三笠は現れたさつなの背中に乗り込んだ。 『大空の翼』で浮かんだリィムナは一足先に綾姫がいる本陣へ。その他の開拓者達は城塞内、城塞外の区別なく武天兵達に一夜城崩壊間近を伝える。 アヤカシ大将格討伐の報告が届いたようで撤退を告げるラッパの音が鳴り響く。また吹雪に遮られながらも撤退を示す狼煙銃が多数上空へと撃たれていた。 ●終局 黒い塊消滅から二時間後、雪の一夜城はすべて崩れてただの雪山と化した。 吹雪は一時より弱まったものの今も続く。残存の雪兵士を掃討しつつ、同時に野営の準備が行われる。 「皆、お疲れさんや」 神座真紀は焚き火を借りて叉焼包と汁粉を用意する。ちなみに開拓者が使った消耗品は感謝した綾姫によって後日同等品が贈られた。 『おいしいですぅ♪』 『わらわも貰ってすまぬのう♪』 もみの木の下、翼妖精・春音と綾姫が並んで頂いた。そんな二人に微笑んだ神座真紀がふと後ろを振り向く。 「これが兵どもが夢の跡、いうやつやろか‥‥」 そう感傷的に独り言を呟いた。 「下山は明日だって。ソリを貸してくれるみたいっ」 『あたしが操ってもいい?』 柚乃と玉狐天・伊邪那はソリの話で盛り上がる。この間の脱出劇が余程楽しかったようだ。 「掃討は粗方終わりました。後は天候の良い日に龍騎兵が巡回するようですから任せたほうがよいですね」 掃討から戻った三笠が灼龍・さつなから降りる。そして春音が手渡した叉焼包を口にして肩の力を抜いた。 「あれほどしつこいとはな」 『主殿が駄洒落を忘れるとは余程の大事じゃな』 九竜鋼介と人妖・瑠璃は焚き火で温まりながら枯れ木をくべる。漂うにおいからいって夕食はカレーのようだ。 「雪兵士はそれなりですが炎に弱かったようです。ですが、それだけで倒せる相手でもなかったですね」 「サムライ達も油と火を使って戦ったのじゃ。印象でいえば炎に包まれると能力半減といったところかの」 宿奈芳純は簡易にまとめた報告書を綾姫に手渡す。 「天幕は用意しましたし、暗くなっても平気ですね」 「もう少し天候がよければ飛空船を迎えに寄越させるのじゃがな」 綾姫が隗厳に汁粉のお替わりをよそってあげる。 翌朝に下山が行われた。開拓者達は騎乗朋友やソリを使って一足先に麓の村へと辿り着く。着陸中の大型飛空船『不可思議』に戻ると誰もがほっとした。 「お風呂、沸いているって♪」 リィムナが相談用の大部屋に駆け込んでくる。 「温まろうか。リィムナは体を冷やしたらまたおねしょしてしまうからね♪」 「って、フランさんそういうこと、いわないでよ‥‥」 真っ赤に頬を染めたリィムナがフランヴェルの背中をぽかぽかと軽く叩く。 「綾姫ちゃんも一緒にどうかな? 洗いっこしよ♪」 「それはよいのう〜♪」 リィムナは部屋に遊びに来ていた綾姫をお風呂に誘う。 「ではボクも‥‥」 「‥‥フランさんは駄目ー♪」 リィムナと綾姫がそそくさと部屋を出て行ってしまう。 「一緒に入りたかったんだが、駄目なのか‥‥っ」 『あ、お母様ったら私を置いてくなんてっ』 人妖・リデルまでいなくなってフランヴェルはがっかり。仕方なく一人で男風呂に入ると疲れが溜まっていたせいか寝てしまう。 夕方には武天軍全員が下山。武天軍の飛空船が次々と飛び立つ。武天の都、此隅に着いたのは深夜である。 「綾姫様、お帰りなさいませ。城までの馬車はこちらで御座います」 侍女の紀江が下船する綾姫を出迎えてくれた。 「な、なんじゃと! それはまことか?!」 飛空船係留場から此隅城までの帰り路。驚いた綾姫の声が静かな此隅の夜に響き渡る。 同行する開拓者達も注目する中、紀江がもう一度綾姫に伝えた。「結婚することになりました」と。 |