【祭強】雪の一夜城〜綾姫〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/01/27 22:41



■オープニング本文

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 武天は天儀本島最大の版図を持つ国である。
 王は赤褐色肌の巨勢宗禅。巨勢王の名で通っている巨漢の男には娘がいる。
 その名は『綾』。普段は綾姫と呼ばれていた。
 父親に似ず器量よし。亡くなった母親の紅楓に似たおかげだ。
 紅楓は理穴国の王族、儀弐家の血筋。綾姫は親戚となる理穴国王の儀弐重音にどことなく面影が似ている。
 綾姫は飛空船で編成された武天軍を統率した経験もある才女の綾姫だが、まだ十歳と若いどころか幼いといってよかった。


 武天此隅に程近い山奥。
「寒いの。しばれるわ」
「その先の足元、木が埋まっているから気ぃつけや」
 二人の老猟師は雪積もる枯れた森の中にいた。
 かんじきを履いていても新雪の上はとても歩きにくい。それでも猟のような格好で出かけたのは住んでいる村から行方不明者がでたからだ。
 村に戻ってこないのは二十歳過ぎの男性。生まれ育った土地なので迷子になったとは考えにくい。ただ慣れた者でも雪庇に乗って崖から落ちてしまうことはままある。何かの拍子で冬眠から目覚めてしまった熊に襲われたのかも知れなかった。
「なんだあれは?」
「どうかしたの‥‥、どうしてあんなもんか?」
 老猟師二人は最初、幻を見たかと何度も目をこすって遠くの景色を確かめる。誰もがそうしたであろう。山の中腹に真っ白な城が聳えていた。
 老猟師二人は山のことを熟知している。その場所に城が存在するはずがなかった。
「誰かが雪で‥‥いや、ここからこの大きさなら本物と同じくらいのはず。雪だるまを作るのとは訳が違う」
「なら雪女の城か? アヤカシとかの」
「かも知れぬ。精霊の悪戯もあり得るが」
「どちらであれ、俺達では手に負えんな。くわばらくわばら‥‥」
 猟師二人は雪の一夜城には向かわずに引き返す。
 たとえ行方不明者が城に囚われていたとしても、どうすることもできないからだ。それよりもいち早く城の存在を官憲に伝えようとする。
 翌日、その報は綾姫の耳にも届いた。
「アヤカシか、それとも精霊の仕業か‥‥。どちらにせよ放置は出来ぬのじゃ」
 巨勢王は外遊にでかけていて不在中。故に判断は綾姫が下した。
 一騎当千の開拓者に雪の一夜城調査を依頼することとなる。さっそくギルドで手続きがとられた。
 それから数日後の深夜。雪景色の武天此隅上空に中型飛空船一隻が飛び立つ。船内にはサムライの面々、そして開拓者一行と綾姫の姿があった。


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
九竜・鋼介(ia2192
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579
19歳・女・サ
隗厳(ic1208
18歳・女・シ


■リプレイ本文

●一夜城へ
 武天此隅を飛び立った中型飛空船は夜のうちに麓の村へ到達する。村人達を驚かせないよう郊外へと着陸。やがて朝を迎えた。
 少々寝不足気味の綾姫だが早起きして一行の出発を見送る。
「じゃ綾姫、ちょっと行ってくるよ♪」
「うむ。フラン殿よ、気をつけるのじゃぞ」
「城の一つや二つ、調べるのは軽いものさ♪」
「それは頼もしいが、無理はせぬようにな。無事に帰るのじゃ」
 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)はいつもの笑顔で綾姫に挨拶。まるでこれから散歩に行くかのような気軽さである。
 リィムナ・ピサレット(ib5201)の近くには輝鷹・サジタリオの他にフランヴェルの朋友、人妖・リデル・ドラコニアの姿もあった。
『お母様もいるのだし、皆やっつけてしまえばいいのよ!』
「リデルがいれば頼もしいねっ♪」
 リデルはリィムナのことを『お母様』と呼んでいる。
「ソリへの積み込みは終わったようだね」
 それはフランヴェルも承知のことのようだ。
「んじゃ、行こか」
 第一発見者の老猟師二人が途中まで道案内をしてくれる。
 履き物にはかんじきを取りつけられていた。武器装備を除く荷物の大半は村で借りたソリに載せて引っ張っていく。さらに目立たないよう白い布を外套のように全員が纏う。朋友も例外ではなかった。
「任せてください」
 宿奈 芳純(ia9695)は荷物の一部を預かり、白く塗った滑空艇改・黒羅に載せる。
「しっかり調査して来るから待っててや〜」
「わかったぞよ〜。真紀殿〜、しもやけには気をつけるのじゃ〜」
 神座真紀(ib6579)は綾姫の言葉にくすりと笑いつつ、肩越しに振り返るのを止める。正面にはこれから登る山が聳えていた。
 道中、老猟師二人は一夜城を発見するまでの細かな経緯を開拓者達に語ってくれる。
「一夜城側になるべく警戒されたくないのでね。頼んだよ」
 休憩時、三笠 三四郎(ia0163)は灼龍・さつなにいろいろと言い聞かせておいた。
 白布は翼飛行の邪魔になるので、さつなと輝鷹・サジタリオの身体は白く塗られている。水浴びをすれば溶けてしまう程度のものだ。黒羅の白塗料も同様である。
 さつなと黒羅を駆る宿奈芳純は間欠的に超低空を飛ぶことで一行と共に行動した。
「あれじゃ」
 暮れなずむ頃、老猟師の一人が高所を指さす。真っ白な雪の一夜城が山の中腹に佇んでいた。
「ふむ、本当に真っ白だねぇ‥‥城(白)だけに」
 凍えそうな白い息を吐きながらも、九竜・鋼介(ia2192)は駄洒落を忘れない。この場に綾姫がいたのなら、大喜びしたことだろう。
「遠目で見る限りは御伽のようで素敵ですね‥‥。近づくと違うんでしょうか」
 柚乃(ia0638)はしばらく雪の一夜城を眺めてからそう呟いた。
「まさに城の佇まいですね。こういう潜入はシノビにとって、とてもやり甲斐がある仕事なんです」
 隗厳(ic1208)が発した言葉の端々にやる気が満ちあふれている。
「んじゃ、俺達はここまでや。気ぃつけてな」
 老猟師二人が一台のソリに乗って去っていく。ここまで登るのは大変だが、滑り降りるのならば麓まで一時間程度で済む。
 今日のところはこの周辺で野宿。開拓者達は茂みの中に天幕を張って夜に備えるのであった。

●一夜城の外観
 山登り二日目。昼頃には百メートルの距離まで一夜城に迫る。
「アヤカシの城やな」
 神座真紀がそう呟いたのには理由がある。
 同行する翼妖精・春音の調子が悪くなってきたからだ。反対に人妖の瑠璃とリデルは普段よりも元気な様子である。
「間違いないよ。アヤカシの城、アヤカシの一夜城だね」
 リィムナは『片眼鏡「斥候改」』の真っ赤なレンズを通して瘴気の濃さを計る。
「私もそれらの意見に賛成です」
 宿奈芳純の『懐中時計「ド・マリニー」』も高い反応を示していた。
「アヤカシの城ならより慎重にやらないとね」
 フランヴェルは一時的な拠点を決めようと提案する。そして一夜城の様子が見下ろせる高い崖上が選ばれた。
 一夜城は天儀様式だが、城塞などの一部にジルベリア様式が採り入れられている。
 城の周囲にアヤカシの姿は見かけられないが、村の行方不明者が一夜城に連れ込まれたとすれば安全とは言い切れない。何らかの条件下で城外を彷徨う可能性も残っていた。
 日中の間は外側から一夜城を観察して潜入方法を探る。
「もしものときは狼煙銃を撃ちます。宿奈さんの行動も見習ってくださいね」
 用心深い三笠は先を読んで灼龍・さつなに言い聞かせておく。
「どうだ?」
『城塞の上にもおったのう』
 九竜鋼介は『人魂』の小鳥から元の姿に戻った人妖・瑠璃から報告を聞いた。
 真っ白な人型のアヤカシ兵士が手にしている武器は本物のようだ。仮に『雪兵士』と呼ぶことにする。
(「この完全に決められた動き‥‥」)
 宿奈芳純は『言魂』で式のモモンガを飛ばして一夜城の様子を探っていく。さすがに内部へと入り込むのは距離の制限で難しい。
「ただ今戻りました」
 夕方、シノビの隗厳は『秘術影舞』を駆使して正門の様子を観察してきた。
 柚乃は首元に巻きついている玉狐天・伊邪那とお喋りしながら食事を用意する。
「伊邪那を連れてきてよかったっ♪」
『ここは襟巻きの出番よ♪』
 煙が立ちのぼるので焚き火は厳禁。綾姫が特別に貸してくれた高価な熱源宝珠を使い、氷状のスープを解かして温め直す。
 食事をしながら各自が得た情報を交換し合う。
 正門を守る雪兵士の数は十名のみ。食事などの生理現象の必要は窺えなかった。たださすがに正門からこっそりと入るのは難しい。
 城塞の上には雪兵士二人組が十五メートル間隔で配置されている。近接武器も携帯していたが、弓矢か銃砲が主武器のようである。
 それぞれに与えられた役目には忠実。だがそれだけ。緊急の事態が発生しない限り、横の連携はなさそうだ。
 食事後も侵入経路の検討は夜遅くまで続くのだった。

●潜入
 夜明け前、一行の大半は雪上を這うようにして一夜城へと近づいた。
 上空担当の宿奈芳純は拠点周辺で待機。灼龍・さつなも三笠の言いつけを守って拠点で様子を窺う。
 城壁まで約二十メートルのところで一行は進行を止める。
「ここです‥‥」
 宿奈芳純が指し示した雪の下は非常に柔らかかった。穴を掘ってみれば樹木が埋まっている。複雑に成長した枝のおかげで雪中にトンネルのような空間が存在していた。
 雪の下に潜ったところで、翼妖精・春音が『精霊郷の加護』を使う。
 幹や枝を伝って一夜城の方角へと進んでいく。暗いので松明がとても役に立つ。
「この上が城塞なのかな?」
『そんな感じね』
 柚乃と玉狐天・伊邪那が頭上の氷の塊を見上げる。城塞下の空間を潜り抜けて一行は一夜城の庭へと辿り着く。太陽は昇りかけていた。
「きっと罠だらけだよね。普通の城だってそうなんだし」
「落とし穴に隠し扉、フロストマインのような魔法罠。色々ありそうだ」
 リィムナとフランヴェルの想像はおそらく当たっている。
「それでは事前の約束通り、隗厳さんお願いしますね」
 振り向いた九竜鋼介に隗厳が頷いた。
「私の後をついてきてください」
 隗厳は『忍眼』を発動させて罠を警戒しながら前進した。実際、かなりの罠が仕掛けられている。
『主殿、試しに踏んでみたらどうじゃ? 今年の運試しじゃぞ』
「一年を占う正月はもう終わったからな。それに渡す立場からすれば、お年(落とし)玉はもうたくさんだ」
 人妖・瑠璃と九竜鋼介が小声で話す。
 わざとかかって試したいところなのだが侵入がばれてしまう。今のところは位置と種類だけ確認して奥へと進んでいく。
 庭から建物内に入り込んだところで、隗厳はカミヅチ・件を宝珠から出現させる。柚乃は『ラ・オブリ・アビス』で真っ白な子猫又に変化した。
「狐の早耳で周囲を注意してね」
『わかったわ。あら、尻餅ついているし』
 子猫又・柚乃がすてんと転ぶ。彼女だけでない。多くの仲間が氷のような床に苦労している。
「かんじきのような雪対策だけじゃなくて、氷上も考えておくべきだったかも」
「こういう状況を確かめるのも調査のうちさ。次に来るときは整えておこう」
 リィムナとフランヴェルが転ばないように互いの腕をつかみ合う。
「なんとかせんといかんな‥‥。ちょいと皆の持ちもん見せてや」
 神座真紀は先程使ったばかりの松明を眺めて思いつく。表面に染みでている松ヤニを履き物の裏に塗りつけてみればどうかと。誰もいない小部屋に隠れて試してみる。
「すぐですからね」
 柚乃が熱源宝珠を利用して炙り、松ヤニを柔らかくする。それを履き物の裏に垂らして広げてみた。
 完全な滑り止めにはなり得なかったが、応急の対処としては効果がある。おかげで全員がそれなりに歩けるようになった。

●上空から
「ここからならまだ警戒はされないでしょう」
 夜が明けた頃、滑空艇改・黒羅を駆る宿奈芳純は一夜城から遙か高みを飛んだ。寒風に震えながらも昨日のうちに描いた一夜城の絵に注意書きを加えていく。
 城塞には正門と裏門が存在する。おそらく秘密の出入り口も存在するはずだが、現状ではわからなかった。騒ぎが起これば確認できるかも知れない。
 内部の城そのものには東西南北に出入り口があるようだ。
「覚悟を決めていきましょう」
 意を決した宿奈芳純は高度を下げて、わざと一夜城の雪兵士達に姿を晒す。
(「結構な数がいますね。見張りだけでもざっと四十人、いや五十人でしょうか」)
 急降下に続いて急上昇。目視した雪兵士の分布を一夜城の絵に描き加える。二度目の急降下の際には多くの矢と銃弾に狙われた。
 割合としては矢が八で銃弾が二といったところ。
 当たりはしなかったが黒羅の運動性能を考慮して判断すべきである。一般的な戦いにおいては充分な戦力といえた。
 雪兵士達を頭上に注目させれば城内に忍び込んだ仲間達への支援にもなる。
 焙烙玉を投げ込んでさらに挑発。途中から灼龍・さつなも雪兵士達をからかうように飛んで手伝ってくれた。
「瘴気の濃さにかなりばらつきがありますね」
 宿奈芳純はふと眺めた『懐中時計「ド・マリニー」』の指針に注目する。お互いに知り得ないものの、城内のリィムナも『片眼鏡「斥候改」』でこの事実に気づいていた。
 瘴気が一番濃いのは一夜城の中央付近であるのは間違いない。ここに一夜城の秘密が隠されているのではないかと宿奈芳純は戦いながら推理を働かせる。
「健闘を祈っています」
 宿奈芳純は一夜城を眺めながら城内の仲間達に向けて言葉を投げかけた。
 しばらくして真っ白な龍に跨がった雪兵士が飛来してくる。
 数が揃っていないようでわずか二体のみ。しばらく出方をみたがその能力は一般的な龍騎兵の半分といったところだ。
(「数は揃っていないのですかね?」)
 まとめてこられると宿奈芳純も手こずりそうである。早め早めに墜落させていった。

●一夜城の内部
 一夜城は雪を固めたと思われる氷で構成されていた。だからといって透明ではなく白霜の状態なので向こう側が透けて見えることはなかった。
「この複雑な廊下の造り。本格的ですね」
 三笠は感心する。
 一夜城は攻城戦に備えての設備が整っていた。
 壁面には雪兵士側が隠れられる凹みがある。どれも外から内へと進む順路ではとてもわかりにくい構造だ。戦いの際、不用意に通り過ぎようとすれば槍や刀剣で突かれることだろう。
「氷そのものに瘴気は殆どないんだよね」
 リィムナが首を傾げた。城内の瘴気はとても濃いのだが、だからといって氷が発生源ではないからである。
『白い奴、来たっ』
「登るよ」
 リィムナと人妖・リデルが輝鷹・サジタリオが留まる梁までよじ登る。そうやって巡回の雪兵士達をやり過ごす。
 神座真紀も物陰に隠れた。雪兵士達が通り過ぎた後で肩に掴まる翼妖精・春音に声をかける。
「精霊のあんたには瘴気の濃いところは辛いやろけど、頑張ってな」
『だ、大丈夫ですぅ』
 気丈に振る舞いながら春音は偵察を引き受けた。天井付近の小さな空気孔に頭を突っ込んで各部屋を覗き込む。
 やがてたくさんの雪兵士が厳重警備する武器倉庫が見つかった。強硬すれば内部を覗けたのだろうが秘密裏には難しい。諦めて別の場所を調査する。
『見つけたわ』
「すごい、お手柄よ」
 玉狐天・伊邪那に導かれて子猫又・柚乃が物陰から廊下の奥を眺めた。扉の前に見張りの雪兵士二体の姿が見える。暫し待つと伊邪那がいうように人のうめき声が聞こえてきた。
 仲間達と相談し、ここで初めて雪兵士を倒すことにする。
「これまで雪兵士同士の会話を耳にしていないが‥‥」
「もし会話できたとしても、させずに倒すのが一番だね」
 九竜鋼介とフランヴェルが呼吸を合わせて物陰から飛びだす。九竜鋼介は太刀の二筋で雪兵士を三つに。フランヴェルは刃を口に刺してから両断する。
 瘴気が散った後はただの雪と化した。
「大丈夫なんか、どこか怪我は?」
 扉を開けた神座真紀が倒れていた青年の上半身を抱き上げる。
 カミヅチ・件による癒しの水で怪我は回復。だが瘴気にやられている様子が見て取れた。
「これで少しは楽になりますよ」
 子猫又・柚乃が触った床に六角形の光り輝く陣が現れる。『護衆空滅輪』によって瘴気が一時的に減少。真っ先に春音が元気を取り戻した。
「ここは一旦撤退するべき状況なのだろうね」
「あたしもそう思うな。一通りは調べ終わったはずだよ」
 三笠とリィムナが仲間達に撤退を提案。全員賛成で意見は固まる。
「あの、板吉といいます‥‥。どうしてみなさんはここに?」
 先程まで虚ろだった青年が正気を取り戻す。
「この一夜城の調査です。あなたの救出も行動の中に含まれています」
 板吉の質問に隗厳が簡潔に答える。
「ありがと、本当にありがとうござます‥‥」
 板吉はこうなってしまった経緯を簡潔に話した。吹雪の中、偶然にも彼が一夜城に辿り着いたときには誰一人いなかったという。
「吹雪をやり過ごしている間に出来心で探検を始めました。ですが奥を目指しているうちにだんだんと気持ちが悪くなり‥‥でも迷子になってもっと酷くなっていって。気を失う直前に巨大で真っ黒な塊を見かけたんです。おそらくの城の中心部じゃないかと。次に目覚めたときにはあの白い兵士達に捕らえられていました」
 子猫又・柚乃が熱源宝珠で板吉の身体を暖めながら何度も頷いた。
「巨大な塊は‥‥もしかして大元のアヤカシか?」
「その線が濃そうやな」
 九竜鋼介と神座真紀が顔を見合わせてから唸る。
「あたしもそう思うな。でなければこの瘴気は説明つかないからね」
 リィムナは帰路の戦闘に備えて『瘴気回収』で練力を回復させた。

●アヤカシ
 撤退は一時延期される。
 一夜城の中心を目指し、黒い塊の存在を確認してから撤退を検討。また途中で不慮の戦闘状態になった時点で撤退と決まった。
 板吉はカミヅチ・件の背中に乗せて運ばれる。
「ゴホッ‥‥そこの角を左に曲がってください」
 一夜城の中心部を目指すうちに板吉も当時のことを思いだしてきた。
 唐突に視界がひらけて全員が足を止める。巨大空間は円柱の内側といった景色。一同がいる位置は内壁の上部といったところだ。
 底の中央には板吉がいっていた直径十メートルはありそうな真っ黒な塊が鎮座していた。
 子猫又・柚乃が大急ぎで『護衆空滅輪』をその場に張る。計るまでもなく周囲に瘴気が溢れていたからだ。
「あの黒い塊、死にかけのアヤカシでしょうか?」
 三笠が第一印象を呟いた。
『何者だ!!』
 底にいた誰かが一同を発見して声をあげる。雪兵士に違いなかったが、造形が他の個体よりもとても細かい。どうやら雪兵士の上位に位置する個体のようである。
『に、逃げるのですっ』
 翼妖精・春音が涙目で訴えると神座真紀が頷く。
「ここらが潮時や」
 神座真紀に異論を挟む者はいなかった。潜入がばれてしまったからには全力で脱出である。一斉に反転して外を目指す。
 通路の繋がりは完全に把握していた。
「これ、気になっていたんだよね」
 フランヴェルが壁にあった紐を引っ張る。すると天井の一部が崩れて後方の廊下が塞がれていく。
『お母様、あそこにも!』
「よし、あたしもっ♪」
 人妖・リデルとリィムナも通り過ぎるついでに仕掛けをいじった。氷の壁からたくさんのツララが飛びだして追いかけてきた雪兵士が次々と串刺しになる。
「瑠璃、あの閂を外してもらえるか」
『主様の頼みなら仕方がないのう』
 九竜鋼介の頼み通りに人妖・瑠璃が閂を外す。離れた位置の床が傾いて乗っていた雪兵士達が滑って崖下に落ちていく。
「落とし穴も調べておきたいところなのですが」
「任せてください」
 庭にでると隗厳が三笠の願い通りに落とし穴をわざと踏み抜いていく。自分が落ちるようなへまはしなかった。
 五メートル下の底に逆さまのツララが大量に伸びている。落ちたら串刺しになってひとたまりもないだろう。
「みなさん大丈夫ですか?」
 上空から滑空艇改・黒羅に乗った宿奈芳純が支援に駆けつける。
「よくきてくれましたね」
 三笠は宿奈芳純と一緒飛んできた灼龍・さつなの背中に跨がった。
 城壁越えは内側からならば容易い。上るための階段が多数用意されているからだ。
 板吉は件の背中に乗ったまま飛んで城塞を越える。
 宿奈芳純は去り際に『練煙幕』で雪兵士達を煙に巻いた。
 リィムナは逃げる途中で輝鷹・サジタリオと同化。大空の翼で高く空を舞う。
 そして多くの仲間達がソリへと乗り込んだ。
「す、すごい速さ‥‥」
『なんだか楽しいわ。やっほー♪』
 元に戻っていた柚乃と玉狐天・伊邪那が凄まじい速さで山の斜面を滑り降りていく。仲間達もそれに続いた。
「後ろで雪煙が」
「何かきたよっ!」
 宿奈芳純とリィムナがソリで滑る仲間達に危険を知らせる。
『お母様ったら何を焦って‥‥、ゆ、雪玉が!』
「雪玉がどうかしたのかい?」
『ただの雪玉じゃなくて、ものすごく大きいの!』
「大きいといっても‥‥」
 リデルが髪の毛をひっばるのでフランヴェルが一瞬後ろを振り返る。直径十五メートルはあろう雪玉が迫ろうとしていた。しかも複数だ。
「先頭の玉を壊せばうまくいきませんかね」
 三笠に呼応した灼龍・さつなが炎龍突撃で一番大きな巨大雪玉を粉砕する。散らばった雪の欠片がぶつかって他の雪玉は逸れていく。
 それから一時間後、板吉を連れた開拓者一行は麓の村に無事帰還するのであった。

●綾姫
 麓の村に戻ると着陸中の飛空船が増えていた。それに伴いサムライも多く見かけられる。
 綾姫の計らいで用意された熱い風呂で身体を温めてから資料提出と報告を行う。
「ありがとうなのじゃ。一夜城はこれで丸裸じゃな。板吉のことは心配するでない。責任を持って此隅のギルドで治療を施そう。後のことは武天軍に任せるのじゃっ!」
 綾姫がそういうと何人かの開拓者が口ごもった。
「どうかしたのかや?」
 開拓者達は一夜城の討伐に参加したいとの意思を綾姫に伝える。
「わかったぞよ、必ず声をかけようぞ」
 張り切る綾姫の姿を見て三笠は少々心配になった。もしや先陣を切って指揮を執るつもりではなかろうかと。
「何がどうなっているのか気になりますし」
『あの黒いのなんだろう』
 柚乃と玉狐天・伊邪那が綾姫に勧められたお菓子を食べながら、あらためて一夜城での出来事を語って聞かせる。
「よう頑張ったな」
 神座真紀は疲れ切って寝ている翼妖精・春音を布団まで運んであげた。抱きしめたままのどら焼きはそのままにしておく。
 その日のうちに板吉は此隅へと搬送される。翌朝、綾姫と開拓者達は飛空船で帰路に就くのであった。