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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 武天は天儀本島最大の版図を持つ国である。 王は赤褐色肌の巨勢宗禅。巨勢王の名で通っている巨漢の男には娘がいる。 その名は『綾』。普段は綾姫と呼ばれていた。 父親に似ず器量よし。亡くなった母親の紅楓に似たおかげだ。 紅楓は理穴国の王族、儀弐家の血筋。綾姫は親戚となる理穴国王の儀弐重音にどことなく面影が似ている。 綾姫は飛空船で編成された武天軍を統率した経験もある才女の綾姫だが、まだ十歳と若いどころか幼いといってよかった。 飛び地の城庭に聳える煌びやかなもみの木は此隅の民衆を惹きつけた。日々見学者が増えていく中、片隅に一軒のお店が開いた。 屋号は『お菓子の家』。クリスマス期間限定のジルベリアお菓子店である。 表向きは一般のお店だが、実はこれを考えたのは綾姫。此隅城の自室で明日から販売予定のケーキを試食する。 「うまいの〜♪ ほんのりとした酸味と合わさって。合格なのじゃ♪」 「では明日から」 ケーキ職人が去った後、綾姫は侍女達を連れて此隅の開拓者ギルドを訪問した。 「クリスマスイブにちょいと手伝ってもらいたくてのう」 奥の部屋に通された綾姫は受付嬢に秘密の計画を打ち明ける。 お菓子の家で売れ残ったケーキ類を九割引で購入できる二六日限定・特別割引券の配布を考えていた。配布先は子供がいる貧しい家庭のみである。 「実のところ、タダでもかまわぬのじゃ。だがそれでは既存のお店の妨害になろう。それにタダは子供たちの将来のためによくないと思うのじゃ。わずかでも代価を払うのとでは心の持ちようが雲泥の差じゃからな。親御達の自尊心も傷つけないで済むと考えてのことじゃ」 売れ残りというのも既存店への言い訳でちゃんとしたものを売るつもりだという。 開拓者達に望むのは二四日クリスマスイブの夜から一晩を跨いで二五日が終わるまでに特別割引券を配ること。 街中で大々的に配るような真似はしてはいけない。あくまでこっそりと貧しい子供達に渡るような方法が望まれる。できれば子供に直接ではなく保護者を介してが望ましい。 「そういうことでしたら」 受付嬢は張り切って依頼書を作成してくれた。すぐに風信器を使って神楽の都へと内容が伝えられる。 綾姫が此隅ギルドに来てから三十分後には神楽の都のギルドで依頼が貼りだされた。 「こんな感じがいいかや?」 城に戻った綾姫は机の前に座る。そして特別割引券の意匠を一生懸命に考えるのであった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●下調べ 精霊門を使って武天此隅の地を訪れた開拓者一行は城に向かう。夜が明けるまで休んでからそれぞれ役割を果たすべく動きだす。 「これになるのじゃ」 九竜・鋼介(ia2192)は綾姫から担当区域が記された地図を受け取る。下調べをする全員に配布された。 「チラシがあればと思うのだが」 「大々的宣伝はしたくはないので、お菓子の家に辿りつくまでの地図のチラシならば用意しようぞ。割引については券を見ればわかるはずじゃからな」 「防寒服代わりの‥‥そうだな俺と瑠璃のサンタ服も頼めるか?」 「実は全員分用意してあるのじゃ♪」 綾姫はサンタ服が置かれた部屋へと九竜鋼介を含めた開拓者達を案内した。さっそく着替えて城下へと出かける。 「そこの者、なにをしている?」 「ちょいと調べてさせてもらっていますが、怪しいものではありませんので」 調査中、見回りのサムライなどに声をかけられたときには新しい地図を作っていると説明する。綾姫に話を通してあるので問題にはならない。 大きいが草臥れた感じの家があって九竜鋼介には判断がつかなかった。上級人妖・瑠璃に人魂で雀に化けてもらって覗いてもらう。 クロウ・カルガギラ(ib6817)は城の勘定方の詰め所に出向く。綾姫からの紹介状を渡して帳簿を見せてもらう。 「これは‥‥とてもではないが無理だな」 棚がひしめき合う資料室にはびっしりと帳簿が並べられていた。 案内してくれた役人は親切だった。しかし数が数であり、ちょうどよいまとめ資料もない。ちなみに税収を調べるとなれば担当区域だけで一週間はかかってしまう。 取っかかりになりそうな長屋などの集合的な住処の資料をもらって現地に赴くことに。地図を眺めながら各家庭の様子を窺った。 神座真紀(ib6579)は上級羽妖精・春音を連れて城下を散歩する。 「あの煙がでている家、頼むわ」 『わかったですぅ〜』 神座真紀が小声で耳打ちすると春音は透明になった。 持続できるのはほんのわずかな時間なので、窓に頭を突っ込んで中を覗き込んだ。そうやって子供がいる貧しい家庭を探していく。 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)と人妖・リデル・ドラコニアは最初から当たりをつけていた。 (「大抵、収入によって住む場所は自然に区分けされているものだ。収入のあまりない人達は長屋住まいだろうね」) フランヴェルは長屋の井戸端でお喋りをしていた女性達に声をかける。 「皆さん、これから薪割り芸を披露します。是非、薪を持ってきてください。お代は頂きませんので、修行の協力お願いします」 女性達は半信半疑だったが、それでも何人かは薪を持ってきてくれた。 「本を読みながらでも平気です」 フランヴェルはくつろいだ格好で手斧を振り下ろす。 リデルは空中に放り投げてもらった薪を真っ二つに叩き割る。 『ざっとこんなものよ!』 『成敗!』で締めてふふんと胸を張った。これでたくさんの薪が持ち寄られる。 フランヴェルも宙に投げられた薪を両断。次は取り囲んだ女性達に自分目がけて薪を投げつけてもらう。それらを回転切りで地面に叩き落とす。 (「あの家は一人。あちらは三人――」) 技を披露しながら長屋に出入りする子供達を把握していく。どうしてもわからない家庭はリデルが人魂でリスに化けて確認してくれた。 神仙猫・ぬこにゃんはケーキ作りに注力するパラーリア・ゲラー(ia9712)の代理として割引券を配布する。 日中の間に担当区域に棲む野良猫達から子供がいる家庭を教えてもらう。 宿奈 芳純(ia9695)は翔馬・プラティンを連れて茶屋で休んだ。椅子に座りながら言魂で式の小鳥を出現させて周囲の家々を探る。 (「どうしても物騒な界隈もありますね」) ときに路地裏で身を隠してこっそりと。得られた情報を手帳に書き残し、城に戻ってから精査した。伝えるべきは仲間達にも知らせる。 ものすごいもふら・八曜丸と共に行動したのは柚乃(ia0638)ではなかった。少なくとも姿については。 「ほっほっほっ、わしは謎のサンタ猫じゃ」 『もふっ?』 「ほむ、神楽の長屋のような場所はないかのぅ」 『声が聞こえるもふ』 真っ白な毛並みの『謎のご隠居さま神仙猫』がふらりと長屋を訪ねる。赤い装いは白い毛と合わさってまるでサンタクロースのようだ。 「あ、猫ともふらだ」 「もふらだけでなく猫も唄っているよ」 唄っていると子供達が自然と集まってくる。その後はお喋りをし、大凡の貧富を図っておく。 「甘いから舐めながらほっぺたを抑えないと落ちてしまうぞ」 「うっそだー。でも飴、ありがとう」 翁の白猫の相手をしてくれた全員にお手製の飴をあげた。 三笠 三四郎(ia0163)はケーキ作りを心配する。 「結構な賑わいですね」 お菓子の家は巨大もみの木ツリーの側に建てられている。 普段の昼間だというのに周囲は見学者でいっぱい。お菓子の家もたくさんの客で賑わっていた。 「綾姫からの遣いの者です。少しよろしいですか?」 店内では職人に声をかけて食材の在庫を訊ねる。 「そうですね。砂糖が欲しいかな。今だとギリギリといった感じでしょうか」 「わかりました。他にも必要なものがあれば早めにいってください。バターは?」 「あ! 忘れていました。どうも予定よりも減りが早いですね」 「バターも探してみましょう」 三笠は灼龍・さつなに乗って食材を探しに。 既存の店を一通り回ってみたが、希少な品なので必要分は手に入らなかった。そこで飛空船の停留場へと向かう。 砂糖やバターを扱う交易商人を探し、交渉して手に入れるのであった。 ●パーティ 二四日の宵の口。 「父様は少し遅れるとのことじゃ。気にせず楽しんで欲しいと言付かっておる。では始めるぞよ♪」 武天の此隅城の一室にてクリスマスパーティが開かれる。 「これでいいだろう」 クロウは入口の扉に柊のリースを飾った。室内ではアロマキャンドルを灯す。葡萄酒などのお酒も置かれていたが後々を考えて一杯だけにしておく。 「もう始まっていたか」 三笠はパーティが始まる直前に室内に現れる。お菓子の家に薪を運び込み、直前まで割っていたからだ。 「このケーキは綾ちゃんとあたしのお手製なのにゃ♪」 「面白かったぞよ。このクッキーもわらわがつくったのじゃ♪」 パーティに並べられたお菓子のいくつかはパラーリアと綾姫が作ったもの。スポンジケーキ作りから生クリームの作り方まで、パラーリアが伝授したのである。 使われていたメロンとチョコレートは宿奈芳純が提供してくれた。飾りのサンタクロースはどこか巨勢王に似ている。 「こっちも負けへんぐらいにうまいで」 「ついに完成じゃな!」 神座真紀が前回の依頼時に作って寝かせておいたクリスマスプディングが卓に置かれる。近寄った綾姫はまじまじと眺めた。 「ちょい離れてな。フランベやね」 蒸したばかりのプディングには柊の葉が飾られている。その上にブランデーをかけて火が点けられた。 「きれいじゃ!♪」 青白い炎がしばらく灯り続ける。ケーキとプディング、どちらも小分けにして一同で頂く。 「実に景気のいい話だねぇ‥‥ケーキだけにってな」 食べながらも駄洒落を忘れない男。それが九竜鋼介である。 「これこれ、そんなにがっつくではないぞ」 『ご馳走、うまいもふ♪』 翁の白猫はケーキを平らげて、肉を囓る飽食のふら・八曜丸を諌める。 卓に並んでいた乾燥苺のホワイトチョコ包みは柚乃が作ったものだ。綾姫は気に入ったようで食事の時々に頬張っていた。 「綾姫、一段と可愛らしいね♪ また踊ってくれるかい?」 「フラン殿よ。もちろんじゃぞ♪」 フランヴェルはジルベリア式の正装、綾姫は赤と白のサンタカラーのジルベリア風のおめかしをしていた。 二人が踊り終わろうとした頃、出入り口の扉が開く。 「失礼。巨勢王様から運ぶように命じられまして」 サムライ三人がクリスマスツリーのもみの木を抱えて運んでくる。壁の隅に置くと三人が去ってパーティは再開される。 「それにしても父様、遅いのう‥‥‥‥?」 綾姫がふと、もみの木を眺めると静かに回転していた。枝葉の間をよく眺めれば巨勢王の顔が。 「ちぃ、父様なのか?」 巨勢王がクリスマスツリーに化けていたのである。綾姫の声でその場にいた誰もが気がついて驚きの表情を浮かべた。 「どうやら成功したようじゃな。これは愉快!」 鉢から両足を抜いて大口を開けて笑う。さすがに食べるときには邪魔でガワを脱ぐ。 「こういうものか‥‥?」 「次はあたしなのにゃ♪」 九竜鋼介が試しにクリスマスツリーと化す。次にパラーリアも入ってみたが背が足りない。ぬこにゃんを肩車し、猫クリスマスツリーとなるのであった。 ●メリークリスマス 楽しいパーティを過ごした後はケーキ作りと割引券の配布である。 「もう少ししたら石窯に火を入れておきますね」 「助かる。すぐに戻ってくるのじゃ」 三笠は店内を掃除しつつお菓子の家の留守番を引き受けた。裏庭にいた灼龍・さつなはその鋭い爪で薪割りを手伝う。 綾姫、神座真紀、パラーリア、二体の朋友が向かった先は近所の家屋。十人の子供がいる大家族の家だ。 透明化した羽妖精・春音が安全を確かめてから中へと入る。 子供達を起こさないように進んで、両親の懐に割引券を忍ばせておく。 綾姫が手を振って退散の合図をだす。もう一軒回ってから綾姫一同はお菓子の家へと戻る。割引券配布は市中に残った神仙猫・ぬこにゃんが引き継ぐ。 「まずはスポンジなのにゃ」 「これが力仕事なんや」 朝になればケーキ職人達が手伝ってくれるがそれまでに目処をつけておきたい。安い分、普段の三倍から五倍は売れると見込んでいたからだ。 「卵は任せてたもれ。次々と割るぞよ」 綾姫が鶏卵を割って白身と黄身を分けていく。 「泡立ては任せるのにゃ♪」 パラーリアは泡立ての道具で次々と混ぜる。 (「のんびりやっていると一晩かかりそうやな」) 神座真紀は大きなしゃもじ型の道具で石窯に鉄製の容器を並べていく。これが焼ければスポンジケーキとなる。 春音は粉まみれになって雑用をこなす。 「小麦粉の袋、ここに置いておきますね」 「三四郎殿、ありがとうなのじゃ♪」 食材運びは火の番の合間に三笠が一手に引き受けてくれた。作る量が凄まじいだけにかなりの労力が必要となる。 神座真紀は春音に指示して珈琲を淹れさせた。 全員が飲んで眠気を吹き飛ばそうとするが、すでに一人がうつらうつらしている。それは珈琲を淹れた張本人だ。 「春音、もう一杯飲むんや」 『お腹いっぱい‥‥わかりましたですぅ』 神座真紀は春音に珈琲をがぶ飲みさせて瞼が落ちるのを防いだ。 それでも一時間後、手袋状の鍋つかみを布団にして春音が鼻提灯を膨らませていた。ぺしっとたたき起こす神座真紀だ。 『春音にはもう無理ですぅ〜』 「ケーキ食べ放題はどうぞよ。本当の意味での売れ残りになるが」 綾姫に後日ケーキ食べ放題だといわれて春音は俄然張り切りだす。 「ま、ええか」 神座真紀はやれやれといった表情を浮かべたが、それで頑張るのならばとしばらく春音を釣る餌に使う。 「これが焼ければスポンジ、百個だよ〜」 「ようやくじゃ」 パラーリアと綾姫も手伝って今作業最後のスポンジケーキを石窯から取りだす。 夜が明けるまでにはまだ時間があった。 「お疲れ様や」 神座真紀は先に春音を寝かせてあげる。珈琲をがぶ飲みしていたのにも関わらず、すぐに寝入ってしまう。 三人も布団で仮眠をとる。 夜空が白んでから戻ってきた、ぬこにゃんはパラーリアの横に潜り込んで暫し休むのであった。 ●白雪舞い散る夜 一軒のあばら屋に飛び込む影が二つ。 翁の白猫が日中に調べた家へと忍び込んだ。 もふらの八曜丸は穴空き鍋を甲の代わりに被り、手には麺棒を握って外で見張り番をする。 (「誰かいるかも‥‥ではなくて、いるようじゃな」) 柚乃はサンタ姿の翁の白猫として軋む廊下を進む。超越聴覚で耳をそばだてて、猫足の技を使えば滅多に見つかるものではない。 とはいえ怪しい物音を聞こえたら立ち止まって様子を窺う。寝ている保護者を見つけたら割引券を枕元に置いていく。 「こら八曜丸よ。見張っておれといったじゃろうが」 翁の白猫があばら屋からでると八曜丸は眠りこけていた。 『‥‥もふ♪』 肉球で頬を押し、目を覚まさせる。 「まったく、仕方が無いのう」 翁の白猫と八曜丸は次の家を目指した。 九竜鋼介と人妖・瑠璃は赤白のサンタクロースの衣装を身に纏って割引券を配って回る。 『主殿も中々、様になっているのじゃ』 「こういう格好をすると何事もはっきりと決めなくてはと考えてしまうな。白黒つけるというか」 『今は白黒ではなく赤白じゃぞ』 「駄洒落ではなく、ただのボケになってしまったが‥‥たまにはいいか」 冗談を言い合いながら真っ白な道に足跡をつけながら進む。九竜鋼介が時折、背水心を自らにかけていたのは寒さに打ち勝つためである。 『暗い夜道は人妖の〜、私の暗視が役に立つのじゃ〜♪』 瑠璃は暗視で夜道を確認しながら鼻歌を唄いつつ行き先を案内した。 目立たぬつもりが歌声で存在がばればれである。だが九竜鋼介は何も言わなかった。自分も唄いたい気分だったからだ。ただ家に忍び込むときだけは静かにしてもらう。 「あ、あんたは誰?」 「怪しいもの‥‥いや、客観的に見れば怪しいはずだが、気にするな」 酔っ払いながら戸を開けようとしていた家の主人を呼び止める機会もある。 九竜鋼介は戸惑う主人に割引券を握らせてその場を立ち去る。雪降る闇の中には遠ざかっていく歌声だけが残った。 出発前、宿奈芳純は少しでも身体を温めて欲しいと仲間達に甘酒を振る舞った。自身は戦馬・越影に乗ってイブの夜空を駆ける。 「美しい‥‥」 風で流れてきた小雪のせいで寒さは増したものの心は躍る。雪舞う夜空に輝く月光はとても綺麗であった。 「穴が開くと迷惑をかけますので屋根に体重すべてをかけるのは控えてください」 越影の足を屋根に触れさせてから宿奈芳純は言魂の式を打つ。出現させた小鳥に割引券を咥えさせて、家の中にいる保護者の枕元へ届けさせる。 (「よく寝ていますね」) 小鳥を通じて眺めた子供達の寝顔に宿奈芳純は微笑む。それを糧にして割引券の配布に奔走するのであった。 フランヴェルと人妖・リデルもサンタクロース姿で割引券を配布する。 『高貴なる者の務めとして、皆に贈り物を配るわよ!』 どちらかといえばリデルの方が乗り気であった。 「あの家には子供が三人いるね」 『さっと行って、ずざざっと帰ってくるわ!』 「張り切っているね♪」 『次の家の見当をつけておいてね!』 フランヴェルが指示した家へとリデルが忍び込んだ。人妖は宙に浮かぶことができるので少々の障害など物ともしない。大抵の場合、高窓には閂がされていなかった。 (『ケーキすごく美味しいから、楽しみにするのよ」) 布団に包まる子供達の上を通過して保護者の枕元へ割引券を置く。 リデルはすぐにフランヴェルの元へ戻る。夜が明けるまでに割引券配布百枚を目指して飛び回った。 クロウは翔馬・プラティンの背中に乗って此隅の夜空を飛んだ。サンタクロースの格好をし、プラティンも赤と白の布でそれらしく仕上げてある。 保天衣で寒さ対策。何かあるといけないので曲騎もかけておく。 「ここもそうだな。大家族だから三枚だ」 無理に入ることはせず、玄関の戸の間にそっと割引券を挟んでおいた。手軽なその分、数をこなしていく。郊外にも足を伸ばした。 道行く人に見つかりそうになったときはパラスプリントで誤魔化す。一瞬で別所に移動して幻を見たと思わせる。 「あれはもしかして‥‥」 真夜中の三時頃、月光を背にしてソリらしき物体が飛んでいるのを見かけた。乗っていた人物の輪郭が巨勢王にそっくり。見ない振りも何だからとクロウは軽く手を振った。 「あ、失速した?」 どうやら相手方もクロウに気づいた様子である。驚いたらしく一瞬姿勢を崩したものの立て直す。 巨勢王らしき人物はクロウに手を振って去っていった。 ●ケーキの販売 二五日の日中はケーキ作りが本格化。割引券の配布が終わった開拓者達も手伝ってくれる。職人達の協力も得て十分な数と量のケーキが揃う。 三笠が危惧していたのは武天の子供達がケーキを欲しがるのか。また保護者達がそれに応えるのかだ。 「まだまだですが、クリスマスも少しは武天に根付いたのかも知れませんね」 三笠が想像していたよりもお菓子の家に向かう家族連れは多かった。彼は主に会計を手伝う。 『もふらさまお墨付き、幸せを呼ぶケーキもふ♪』 『甘いですぅ〜♪』 もふら・八曜丸と羽妖精・春音は巨大クリスマスツリーの枝に乗ってケーキの宣伝をした。 口上の締めにケーキをパクリと食べて見ていた者達の食欲を誘う。子供達だけでなく、大人もつばを飲み込んでいた。 「本日閉店、残りのケーキもおいしいぞよ〜♪」 「美味しいのにゃ♪」 綾姫とパラーリアはサンタの格好で客を呼び込んだ。ちなみに綾姫は変装も兼ねてもふもふの付け白髭を蓄えている。 神仙猫・ぬこにゃんもサンタ姿で屋根の上を歩いて愛想を振りまく。 「わしのお勧めはこの苺のじゃ♪」 翁の白猫は店内の客にケーキを勧めた。 立ち寄ってみたもののやはりと迷う客もそれなりにいる。食べれば値段以上の満足感があるはず。そして買えない値段にはしていない。最後の一押しが捗った。 「そこのお嬢さん、どうだい? ここのチョコレートケーキは絶品なのさ」 フランヴェルは迷っている女性を中心に声をかける。 『注文入ったわ!』 人妖・リデルは天井近くを飛んで連絡係を担当した。おかげで店内が混雑してきても対処に滞りはなかった。 「春音、食べてええけど、ほどほどにな。後でちゃんとくれるって姫さんいってたやろ?」 『わかりましたですぅ♪』 神座真紀は絶対にわかっていないと心の中で呟きながら春音にケーキを手渡す。春音は外回りの宣伝に戻っていった。 「よろしければ家まで届けますね」 「こちらのお客様のは俺が引き受けよう」 ここぞと奮発してたくさん買ってくれた大家族の保護者もいる。 宿奈芳純は戦馬・越影、クロウは翔馬・プラティンにケーキを積んで自宅まで届けた。ケーキが崩れないよう優しく丁寧に運び込む。 九竜鋼介はお菓子の家の近場を歩き回り、こっそり保護者に割引券を進呈する。 「これを使う気はあるかい? 友人からケーキを贈られて、余ってしまったんだが」 「頂ければあの子に買ってあげられます。助かりますがいいんですか?」 もちろん綾姫の意向は遵守していた。 割引券を渡した家族が笑顔でお菓子の家から出てくるところを見かける。子供が大事そうにケーキの包みを抱えているのが目に焼き付く。 閉店後、ケーキはわずかながら余る。それらは開拓者を含む関係者の間で分けられた。開拓者達は此隅城でゆっくりと過ごしてから帰路に就くのであった。 |