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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 武天は天儀本島最大の版図を持つ国である。 王は赤褐色肌の巨勢宗禅。巨勢王の名で通っている巨漢の男には娘がいる。 その名は『綾』。普段は綾姫と呼ばれていた。 父親に似ず器量よし。亡くなった母親の紅楓に似たおかげだ。 紅楓は理穴国の王族、儀弐家の血筋。綾姫は親戚となる理穴国王の儀弐重音にどことなく面影が似ている。 綾姫は飛空船で編成された武天軍を統率した経験もある才女の綾姫だが、まだ十歳と若いどころか幼いといってよかった。 アヤカシ『流水』が討たれて約一ヶ月が過ぎ去る。 此隅城下の治安強化も行われており、綾姫がお忍びで出かけても狙われることはない。そうであるのにも関わらず城で気が抜けたような日々を過ごしていた。 (「最近の綾姫様、食事をよく残されますね‥‥」) 侍女の紀江は心配するものの、本人の気概ばかりはどうすることもできなかった。今のところ身体は至って元気なようだ。 武天国王、巨勢宗禅はこのままでは本当に病にかかってしまうと一計を案じる。理穴国の女王、儀弐重音に文を送って相談するとよい案を提示してくれた。 理穴国のある隠れ里では自生する楓によって燃えるような紅葉が望めるという。 それぞれ忙しい身の巨勢王と儀弐王だが予定をやりくりした。数時間だけは紅葉の場で綾姫と一緒に過ごせそうである。 「楓の紅葉‥‥」 亡くなった綾姫の母は『紅楓』。まさに秋の季節からとられた名だ。 巨勢王は綾姫護衛と紅葉狩りの支度を開拓者ギルドに依頼する。懇意の開拓者達はその日に供えて様々な準備を整えるのであった。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
蒼井 御子(ib4444)
11歳・女・吟
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●先乗り 武天の都、此隅を出発した中型飛空船三隻は翌日の深夜に理穴のある隠れ里へと到達した。暗闇の中、宝珠光で投光しながら一隻ずつ拓けた土地へと着陸を果たす。 「暗くて何も見えないね。ちょっと残念」 柚乃(ia0638)は又鬼犬・白房を抱きかかえて船窓から野外を眺める。 船体が揺れなくなったところで遅い時間の晩御飯となった。 「ごちそうさまなのじゃ」 ところが御飯とおかずを一口ずつ食べただけで綾姫は箸を置いてしまう。 「どうしたんだい?」 「お腹がいっぱいなだけなのじゃ。先に眠らせてもらおう」 綾姫はフランヴェル・ギーベリ(ib5897)に強がりな微笑みを浮かべて席を立つ。 「ベットの用意はしてあるよ。綾姫様、お休みなさい」 蒼井 御子(ib4444)の挨拶をきっかけにして全員が綾姫にお休みの言葉をかける。 綾姫を寝室まで案内したのは神座真紀(ib6579)だ。食堂に戻ってきた彼女は頬をさすりながら『あかんわ』と呟く。 「流水のことで大分心が傷ついたようやな。ここまでとは思うとらんかったわ。あたしらで何か元気づけてあげられたらええんやけど」 椅子に座った神座真紀が胸の前で腕を組み両目を閉じる。 「昼間は瑠璃と一緒に長く綾姫といたが、おやつも口にしていなかったはずだ。俺の冗談にも反応していなかったような‥‥いつも気にしていないので記憶はあやふやだがな」 「綾ちゃん、お昼御飯も食べたのほんのちょっとだったのにゃ。一緒にいたぬこにゃんもそうだっていってるよ〜」 九竜・鋼介(ia2192)とパラーリア・ゲラー(ia9712)からの情報も足すと、今日一日の綾姫はろくに食べていないことになる。 「寝床にお握りでも置いておきましょう。明日は綾姫様にとってかけがえのない二人の王がおいでになりますから、きょと食べて頂けるはずです」 「お握りならボクに任せて。元々作るつもりだったし」 宿奈 芳純(ia9695)に蒼井御子が頷いてみせる。 「食材はばっちり用意してきたよ。明日の料理はがんばるからね♪」 リィムナ・ピサレット(ib5201)は懐から袋を取りだす。中身はキャッサバ芋の粉末だという。 仕込みが必要な料理を作る者は今から動きだす。飛空船の板場はとても狭いものの、三隻分が使えるので分散すれば何とかなった。 予定では綾姫と二人の王が紅葉狩りを楽しんでから食事になる。その待ち時間も考慮に入れて調理をしなければならない。 蒼井御子は手に軽く塩をまぶしてからご飯を握っていく。お皿に小振りなおにぎりが並んでいく。仕上げに海苔を巻いたら出来上がりである。 「おかあさん、かぁ‥‥。ぬくもりとかってなるとよく覚えていないかな」 蒼井御子は思い出のおにぎりを作り終えると綾姫の寝室へ向かう。 扉前の廊下では白房が番をしていた。ぬこにゃんを抱きながら眠る綾姫の枕元へそっと皿を置いて寝室を後にする。 それから数時間後、神座真紀が栗の渋皮煮を作っていると綾姫が板場に現れた。 「眠れんかった?」 「何度も起きてしまってのう」 綾姫は持ってきていた皿を作業台へと置く。 「ちょうどええわ。手伝ってぇな」 「どうすればよいのじゃ?」 綾姫が葡萄の粒を詰めた皮の水筒に神座真紀が葡萄酒を注いだ。 「あたしもね、小さい時に母さん亡くしたんよ」 神座真紀は身の上話を語る。 「馬鹿と天才は紙一重を地でいく無茶苦茶な人やったけど、何でかあたしが母さんより強くなるって信じてた。あたしは母さんがあたしに託したその思いを実現する為に頑張ってるつもり。まだまだ道は遠いけどね」 「わらわは母様の顔も知らぬのじゃ。頭の中にはあるのじゃがな。きっと肖像画とかで勝手に作りだした偽の記憶じゃ」 「それは偽とちゃうで。夢枕に立つとかあるもんや」 「そうかのう。そうならいいのう‥‥」 綾姫が水筒の口をきゅっと閉じた。 「綾姫さんの母さんもきっと綾姫さんに託した思いがあるんとちゃうかな。立ち止まらんとその道を進んで欲しいと思ってると思うで」 「母様がわらわに託したもの‥‥」 調理の後、神座真紀と綾姫は蒼井御子が作ったお握りを頂く。こっそりとついてきた白房とぬこにゃんにもお裾分けされた。 ●早朝の出来事 「空が白んでおるのう」 よく眠れなかった綾姫は朝になってすぐに着替える。外に出ようと乗降口の扉を開いた瞬間、それまで虚ろだった眼が開いた。 「これは‥‥」 到着したときにはすでに真っ暗だったのでよくわからなかったが、飛空船が着陸する周囲の森はすべて紅葉に染まっていた。 綾姫の肩へと真っ赤に染まった楓の葉が一枚落ちる。 又鬼犬・白房と神仙猫・ぬこにゃんが階段の上から飛び降りる。ふわりと落ち葉が舞い上がった。 「ツキもお腹減ったの? いいよ、ボクのを食べちゃって」 声が聞こえて綾姫が振り返ると切り株に腰かける蒼井御子の姿がある。 「御子殿よ、おはようなのじゃ」 「おはよう、綾姫さま」 二人でしばらく紅葉の景色を話題にしていると綾姫が思いだす。 「うつらとしていたが‥‥あのお握りはもしや御子殿が作ってもってきてくれたのかや?」 「そうだよ。今朝も作ったけどね」 とても美味しい塩お握りだったと綾姫は蒼井御子に感謝する。 少し散歩をするといって綾姫が蒼井御子から離れていく。蒼井御子は上級迅鷹・ツキも上空からの護衛につける。 「わからなくなる前にね。綾姫。王様だって泣く人がいる。キミが泣いたり、人に甘えたりしても。誰も怒らないから」 遠ざかっていく綾姫に蒼井御子はそう呟いた。 飛空船を境にして反対側にいた宿奈芳純が斧を振り下ろす。薪割りの音が紅葉の森に響き渡るのであった。 ●調理 先に武天の中型飛空船が到着して巨勢王が姿を現す。しばらくして儀弐王を乗せた理穴の飛空船が森の上空に飛来した。 「お元気でしたか?」 色とりどりの葉が舞い散る中、儀弐王が巨勢親子の元に近づく。 九竜鋼介は紅葉の景色を話題にする王族の三人を遠くから見守った。 「こうやって三人だけの時間を作ることがおそらく今の綾姫にとって良いんだろうねぇ‥‥。後は巨勢王と儀弐王に任すのが一番だろう」 『そうじゃのぅ。さて主殿、さっそく調理に取りかかるのじゃ』 人妖・瑠璃が作業台の布を解く。包まれていたのは調理に必要なたくさんの鉄串だ。 王族の三人はまもなく紅葉狩りへと出かけていく。 戻ってくる頃には昼を過ぎているはず。それまでに料理を仕上げておくのが開拓者達の役目の一つである。 野外の調理場所は火災が起こらぬよう宿奈芳純によって整備済み。落ち葉だけでなく、地面から生えていた枯れ草も除去されていた。 「鎌の稲穂刈を振るえばすぐでしたから」 感謝する仲間達の声に宿奈芳純は謙遜する。 その他にも昨晩のうちに周辺を歩いて危険がないよう手を尽くしてあった。警備のサムライ達に夜食として甘酒や林檎のタルトを配ったのも宿奈芳純だった。 「さあ、これからですね」 宿奈芳純は滑空艇改・黒羅に乗り込んで高空まで浮かび上がる。外部からの侵入を警戒するためだ。 「これでよしっと♪」 柚乃は事前に『苺のタルト』を完成させてあった。 作りたてでなくても美味しさは特に変わらないので問題はない。こっそりと紅葉狩りの三人を追いかける。 「よし、充分だな」 九竜鋼介は壺から中身を取りだす。 醤油、すり下ろした玉葱、ニンニク、蜂蜜、オリーブオイルを混ぜたタレに細かく切れ込みを入れた豚肉を一晩漬け込んだものだ。野菜と一緒に鉄串へと刺していく。 炭火の準備は巨勢王配下のサムライ達のおかげで万端である。 「栗が見つかってよかったのにゃ♪ 綾ちゃんと重音おねえさんは甘い物大好きだし、巨勢王様も大好きなのにゃ♪」 パラーリアが裏ごしする栗は昨晩のうちにこの森で収穫したものだ。 神楽の都や武天此隅で手に入れた果物も含めて甘味を作る。モンブランと秋の果物をふんだんに使ったタルトを完成させた。 蒼井御子は下拵えに忙しくてろくに朝食を食べていない仲間に塩お握りを配った。野外の食事に必要な卓や椅子の運び出し、食器の準備も手伝う。 「ご飯は炊けるの待ち♪ フェイジョンスープを作るには赤いんげん豆っと♪」 リィムナは昨晩から赤いいんげん豆を水に浸けておいた。 まずは塩漬け肉と刻んだ玉葱を一緒に炒める。風味付けとしてニンニクも使い、途中で漬けたいんげん豆と合わせて煮込む。昼食の時間を逆算しつつ完成に近づけていく。 フランヴェルがステーキのために用意したのは一番上等の牛肉である。熱さも味のうちなので焼く頃合いが肝心。それ以外の調理を進めていった。 「これがあれば胸焼けすることなく肉料理をどんどん食べられるからね♪」 昨晩に漬けたザワークラウトを味見する。さらにソーセージを串に刺して岩塩を振りかけておく。 「さあ、大急ぎで巻き寿司を作るで。それに妹がいっていた遠野村の毛ガニも儀弐王さんがぎょうさん持ってきてくれたんや」 神座真紀がてきぱきと手を動かしながら話しかけていた相手は上級羽妖精・春音である。ところがその春音は瞼を半分落としてコックリコックリと舟を漕いでいた。 「ほら、起きぃ」 『ですぅ!』 神座真紀が人差し指で春音のお尻を軽く弾いた。目が覚めた春音は酢飯を作るために団扇で扇いでくれる。 料理の準備は着々と進むのであった。 ●紅楓 「綺麗じゃの」 綾姫は落ち葉が山のように溜まっている場所へわざと突っ込む。掻き分けて前と進んでいるうちに埋もれてしまう。 「怪我をせぬようほどほどにな」 巨勢王は落ち葉の山に腕を突っ込んで綾姫を軽々と拾い上げる。そのまま自らの肩上に座らせた。 「どうじゃ、綾よ」 「肩車は久しぶりなのじゃ」 綾姫の表情にほんのりと笑みが浮かんだ。 「宗禅様、少し屈んで頂けますか?」 巨勢王が儀弐王のいう通りにして腰を屈める。腕を伸ばした儀弐王が綾姫の髪についた落ち葉を払ってくれた。 「重音様、ありがとうなのじゃ。おお、ものすごく近いのじゃ」 綾姫が手を伸ばすと枝に触ることができる。握って軽く揺らすと落ち葉が散った。 「うぐっ?」 「ち、父様!」 葉の一枚が口に入って巨勢王が咽せる。 すぐに吐きだして巨勢王は剛胆に笑う。綾姫と儀弐王もつられて吹きだした。 儀弐王の笑みに巨勢親子が心中で非常に驚いたのは説明するまでもない。ちなみに巨勢王から紅楓はよく笑っていたと聞かされていた綾姫だ。 地面に降りた綾姫が真ん中になって二人と手を繋ぐ。そのまま紅葉の森を散歩する。 凪いでいたはずなのに突然、強風が吹く。 飛空船の着陸時を上回る落ち葉が宙に舞う。枝から落ちる葉もそれに加わった。 「あれは‥‥母様?」 落ち葉の吹雪の中で綾姫は幻を見た。微笑む紅楓の姿を。 実は柚乃がラ・オブリ・アビスで一瞬だけ思わせた姿である。依頼の最後まで綾姫に正体は明かされなかった。 紅葉狩りへ出かける直前にパラーリアが儀弐王に相談していた。その内容はパラーリアを通じて柚乃へ。儀弐王の意図を汲んでこのような形になる。 「母様、極楽でもお元気で‥‥どうかお元気でいてくださるよう」 綾姫は涙を零して地面に膝をつく。儀弐王の胸元で長く泣き続けた。 ●紅葉の昼食 三人が紅葉狩りから戻ってくると野外での食事が始まった。 高空から三人を見守っていた宿奈芳純が報告してくれたおかげで、調理の時間合わせもばっちりである。 「これは美味そうだ」 巨勢王はさっそく串焼きの匂いに誘われる。 「こちらが焼けています。鉄串が熱いのでお気をつけて」 「折角の紅葉の饗宴だ。無礼講でいこうではないか。ではさっそく」 九竜鋼介は鉄串の握る部分に布を巻いてから皿にのせて差しだす。巨勢王は豪快に肉を囓った。 「このタレの旨さ、見事な味だ。皆にも振る舞ってくれ」 巨勢王に一礼した九竜鋼介は串焼きを次々と焼いていく。綾姫と儀弐王には火傷しないようあらかじめ鉄串から抜いて皿に盛ってから提供する。 「さすが鋼介殿じゃ。元気になりたければ肉を食べろと父様が昔からいうておったぞよ」 綾姫は九竜鋼介の前で肉を頬張った。今朝までの消沈した様子が嘘のように。 (「三人だけの時間はうまくいったようだな。吹っ切れたのだろう」) 綾姫が無理をしていればそれぐらいはわかる。まだ揺れているはずなので手放しとはいかないが九竜鋼介は少し安心した。 「こちらもあるからね。綾姫、どうぞ召し上がれ♪」 「おお、これは大きいのう〜」 フランヴェルが用意したのは綾姫謹製の苺ジャムをソースに使った『苺ジャムソースの牛ステーキ』である。 「うまい、うまいのじゃ。牛肉の料理に苺を使うとはのう」 一口食べた綾姫はしばらく瞼を閉じて味を確かめた。 (「よかった。この笑顔は本物だね」) 綾姫の自然な様子にフランヴェルはほっと胸をなで下ろす。 「こちらはどのように作られたのですか?」 いつの間にか儀弐王はステーキの半分を食べ終わっていた。フランヴェルは瞬きを繰り返して驚きつつ調理方法を事細かに説明する。 「まず柔らかい牛肉を焼きます。鉄板に溢れた肉汁に玉葱を擦り下ろして加え炒め、そこに苺ジャム、醤油、酒を加えて煮詰ればソースが出来上がりますので、それをステーキにかければ完成ですね」 付け合わせのザワークラウトはちょうどよい舌休めとなる。もう一品の串料理シュラスコに巨勢王が食らいつく。 「こちらは単純でいてまっすぐな味がするな。もう一つは強烈な個性を感じるが‥‥豚の血のソーセージか?」 「さすが巨勢王様。まっすぐな味のソーセージはリングイッサ。個性的と感じられたのはブラッドソーセージです」 巨勢王はどちらもよい味だとフランヴェルを賞賛した。 「これもどうぞ♪ フェイジョンスープっていうんだ♪」 リィムナが運んできた皿にはご飯と粉末が盛りつけられてあった。さらに茶褐色のスープが注がれた器が横に置かれる。 「どうやって食べればよいのじゃ?」 「ご飯にスープをかけて、その上にキャッサバの粉をかけてみてね♪ 単純だけど美味しいんだ♪ お肉に合うしね♪」 綾姫はリィムナのいう通りにして匙で一口食べてみる。 「美味じゃの♪ 父様に重音様も食してたもれ」 綾姫に勧められた巨勢王と儀弐王もフェイジョンスープとキャッサバ粉がけのご飯を口に運んだ。 「こういうのが欲しかったところです」 「そろそろご飯が欲しいと思っていたところだ。うむ!」 ほくほくと二人の王も食べ進める。 そして神座真紀が羽妖精・春音と一緒に大皿を運んできた。 「まだまだ肉とか食べそうやからな。こういうのも摘まみながらでどないやろ」 「巻き寿司じゃな。これは‥‥」 綾姫が大皿に顔を近づける様子に神座真紀はわくわくと心躍らせる。 「おお、これはわらわの顔じゃな! こっちは父様であっちは重音様じゃ。よく出来ておる、皆笑っておるのう〜♪」 三種類の巻き寿司は綾姫、巨勢王、儀弐重音の似顔絵になっていた。 「食べてしまうのが勿体ないですが」 「頂こうか」 三人が同時に自分の顔を巻き寿司を頬張る。 巻き寿司の他にも毛ガニの身をすり潰して味を調え、紅葉の形に整えた焼き物も並べられた。 「こちらはかつて魔の森に挟まれていた遠野村の沿岸で獲れた毛ガニ料理です。そうですよね、神座さん」 「仰る通りですわ、儀弐王様。使わせてもろてありがたいことです」 儀弐王の勧めで綾姫と巨勢王がカニの焼き物を頂く。 「ほうあの村の毛ガニか。噂には聞いておるぞ」 「うまいカニなのじゃ♪」 巨勢王が最初に宣言したように無礼講である。 主賓の三人が一通り味わったところで開拓者達や臣下達も料理に手をつけた。紅葉を眺めながら和気藹々とした雰囲気で饗宴は続く。 さすがにお腹が一杯になる。甘味は少し時間を置いてから楽しむことになった。 ●甘味の時間 「じゃんじゃじゃ〜ん♪」 ラ・オブリ・アビスでもふらさまの姿に思わせたリィムナが宙を飛び回る。木の幹を蹴って紅葉の中を縦横無尽に。 (「もう心配はいらないよね♪」) はしゃぐ綾姫の姿を目の端で知ってリィムナは喜んだ。 「おーすごいのう〜♪」 「さじ太、いくよ♪ もふらうぃんぐもふ!」 最後の大技。輝鷹・サジタリオと同化して翼を広げ高く宙に舞う。 「あれ?」 リィムナが戸惑う。地上で見上げていたはずの綾姫の姿がいなかったからだ。 「ここじゃぞ。もふらのリィムナ殿よ♪」 綾姫の声が頭上から聞こえる。 「綾姫のエスコートはボクの役目だからね♪」 綾姫は皇龍・LOを駆るフランヴェルに乗せてもらっていた。 「おっ、どろいた〜!」 綾姫を驚かそうとしていたリィムナだが反対の立場になる。それもよし。楽しければ何でもよかった。 紅葉狩りを楽しんだ後でたくさんの甘味を頂いた。 柚乃が作った苺のタルト。 パラーリアのモンブラン。秋の果実をふんだんに使ったタルト。 九竜鋼介のワッフルには綾苺のジャム付き。美味しい紅茶が淹れられる。 神座真紀の葡萄のワイン漬けは大人向けの味。綾姫用として渋皮煮も並べられた。 綾姫が瞳を輝かせたのは間違いない。だが一番甘味に興味を持っていたのは儀弐王である。 『どうぞですぅ♪』 「ありがとうなのじゃ♪」 妖精・春音が運んできた渋皮煮を一口食べた綾姫がほっぺたを押さえる。綾姫の様子に安心した神座真紀も仲間達が作った甘味を味わう。 巨勢王は葡萄のワイン漬けが気に入ったようである。 「俺のワッフルはどうだ?」 「美味いのう♪ そういわされてわらわは串焼きぃ(悔しい)のじゃ♪」 綾姫に駄洒落の先手を打たれたが九竜鋼介は余裕の態度で笑みを浮かべる。 「しかしまぁ、見事な紅葉だねぇ‥‥。こう見事だとまた見に来たくなるな‥‥。紅葉だけにまた来ぅよう‥‥何てな」 まだまだ精進が足りないと駄洒落の師匠に綾姫は頭を垂れた。その姿に巨勢王が高笑いをする。 「苺は美味しいよね」 「最高なのじゃ。しかしこのタルトに使われた砂糖漬けはすばらしいの」 「理穴で漬けられたのを使ったの」 「なるほど。わらわも来年挑戦してみようぞ」 柚乃が切り分けてくれた苺タルトを綾姫がぱくりと頂いた。 綾姫と儀弐王がモンブランに手をつける。 「まろやかな栗はうまいのう〜♪ 秋を感じるのじゃ」 「本当に。おそらくですが、理穴の栗を使っていますね」 二人を眺めていたパラーリアはさすがお姉さんはわかっていると感心した。 「芳純殿よ、いろいろと裏方の仕事ご苦労じゃった」 「もったいないお言葉です」 綾姫自ら宿奈芳純の元に甘味を運んで声をかける。気落ちしながらも周囲の状況を綾姫は把握していたようだ。 「綾姫、これからのためにも食べないと♪」 「うむ。食事は大切じゃな」 フランヴェルはこのときの言葉に多くの気持ちを込めた。かつてアヤカシに対して無力さを感じたことや、命の大切さについては帰りの飛空船内で伝えることになるだろう。 甘味に満足したところで巨勢王と儀弐王はそれぞれの公務に戻るために帰路へと就く。綾姫と開拓者一行はこの地にもう一晩留まった。 「おお、すごいのじゃ♪」 「こっそりと用意したのにゃ♪」 パラーリアは綾姫のために落ち葉で作ったベットを寝室に用意した。 小柄なパラーリア、蒼井御子、リィムナ、柚乃も一緒に眠る。綾姫は久しぶりに朝までぐっすりと休んだ。 翌朝、三隻の飛空船が紅葉の森から離陸する。甲板から放った落ち葉が風に乗って飛んでいく。その様子を綾姫と開拓者達はしばらく眺め続けた。 |