|
■オープニング本文 前回のリプレイを見る 武天は天儀本島最大の版図を持つ国である。 王は赤褐色肌の巨勢宗禅。巨勢王の名で通っている巨漢の男には娘がいる。 その名は『綾』。普段は綾姫と呼ばれていた。 父親に似ず器量よし。亡くなった母親の紅楓に似たおかげだ。 紅楓は理穴国の王族、儀弐家の血筋。綾姫は親戚となる理穴国王の儀弐重音にどことなく面影が似ている。 綾姫は飛空船で編成された武天軍を統率した経験もある才女の綾姫だが、まだ十歳と若いどころか幼いといってよかった。 武天の王、巨勢宗禅が娘の綾に紅楓の死因について訊ねられてから十日が過ぎ去る。長く自室に閉じこもっていた綾姫の元へと巨勢王が現れた。 「父様」 「綾よ。たまには一緒に歩こうではないか」 親子で城庭を散策する。しばらくして立ち止まった巨勢王の口から紅楓との馴れ初めが語られた。 「隠しておったが、紅楓は志体持ちの弓術士じゃった。ただ病のせいで存分に動ける身体ではなくてな。それでも今は無き理穴東部の魔の森周辺でアヤカシと戦いの指揮を執っておった」 「母様が‥‥志体持ちかや?」 「そうだ。わしも血気盛んな頃でな。冥越に繋がる魔の森から現れるアヤカシはどのようなものなのか、興味をもって何度か遠征したことがある。その際に紅楓と知り合ったのじゃよ。世間では婚姻について政略的な部分のみ強調されているがな。まったく見知らぬ間柄ではなかった、むしろ‥‥」 「むしろ?」 巨勢王はその続きはせずに話題を変えた。 「流水なる人型のアヤカシが紅楓を殺めようとしたのは事実だ。瀕死まで追い詰められた紅楓をわしが救ったことがある」 まだ緑濃い葉の中に枯れた一枚を見つけて巨勢王がじっと見つめた。 「儀弐家とのやり取りをへて祝言をあげ、綾が産まれて。再び流水が現れた。警備のわずかな隙をついてな。紅楓はあやつの凶刃によって‥‥‥‥。わしはあらゆる手段を使って流水を探しだして討伐した。したはずなのだ」 巨勢王が綾姫から顔をそらして背中を向ける。小さく嗚咽をもらす。 「わらわのせいで父様に辛い思いをさせてしまったのじゃ」 「何をいうのだ。悪いのはわしだ。護ってやれなかった、わしだ」 巨勢王は振り返って地面に両膝をつけて綾姫を抱きしめる。 「あやつはおそらく長い時間をかけて綾を苦しめようとしているはず。しかしそうはさせん。わしがさせん!」 「父様よ。流水のあの口ぶりからするとわらわが城下に遊びに出かけるようになったとしても、易々と襲ってこんと思うのじゃ。真綿で首を絞めるような、そんな外道なやり方で迫るに違いあるまいて」 「‥‥たった一つだけあるのだ。あやつが本物の流水ならば、いてもたってもいられなくなるほどに動揺させる方法がな」 「それはどのような――」 巨勢王が綾姫の耳元で囁く。 「重音様に力添えを?」 綾姫は最初、驚いたあとで首を横に振った。儀弐王に迷惑をかけるわけにはいかないと。 「儀弐王にはすでに話しは通してある。綾のためならば喜んで力を貸してくれるとのことじゃ。あとは綾の決断次第だ」 「わらわも生殺しの状態は嫌じゃ。がしかし‥‥」 「二人が一緒の場を流水が見かけたのなら、アヤカシとしての欲を我慢しきれなくなるに違いない。そこが狙い目だ。前に囮などもっての外と叱ってしまったが‥‥父を許してくれ」 「父様‥‥」 生前の紅楓に儀弐王がそっくりというわけではなかった。せいぜい面影が残っている程度だ。流水もそのことは百も承知だろう。それでも食いついてくると巨勢王は踏んでいた。 何故なら流水が紅楓に向けていたのは執拗に捻れた愛のようなものだったからだ。巨勢王はそう考えていた。 誘いだすのは理穴東部の元魔の森の境界線周辺。とても広い玉砂利の川辺は紅楓が流水に殺されかけた場所だ。また巨勢王と紅楓が初めて出会ったところでもある。 手助けしてもらう開拓者には綾姫と巨勢王側か、儀弐王側かに分かれてもらう。 流水が本当に現れるのかわからないまま出発の当日となった。 武天の此隅城から武装中型飛空船が飛び立つ。また半日の時をずらして理穴の奏生城からも一隻の武装中型飛空船が大空に舞う。 二隻の飛空船が現地に到着するのは翌日の昼頃であった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
蒼井 御子(ib4444)
11歳・女・吟
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
八壁 伏路(ic0499)
18歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●武天と理穴 開拓者十名は二手に分かれて理穴東部を目指す。 武天此隅から飛び立った飛空船には巨勢王と綾姫が乗り込んでいた。 三笠 三四郎(ia0163)、九竜・鋼介(ia2192)、パラーリア・ゲラー(ia9712)、リィムナ・ピサレット(ib5201)、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)、八壁 伏路(ic0499)の六名が同乗する。 理穴奏生から半日後に離陸した飛空船には儀弐王の姿があった。 こちらに乗り込んでいたのは宿奈 芳純(ia9695)、フェンリエッタ(ib0018)、蒼井 御子(ib4444)、神座真紀(ib6579)の四名だ。 目的地への到着時間は厳密に決められていた。 ただでさえ危険な作戦。片側だけの戦力で人里離れた土地に留まるなど自殺に近い行為だからである。 双方が集結したとしても大して変わらないといった意見も間違いではなかった。開拓者の誰かが無謀だと呟いたのも仕方がない。それでも護衛を引き受けてくれたことに巨勢王は綾姫の父親として感謝していた。 ●玉砂利の川原 集合場所は理穴東部の元魔の森境界線付近。玉砂利が広く広がる川縁が選ばれていた。 天儀本島における二国の王と一人の姫がわざわざ会する場としては似つかわしくないところだ。だが人型アヤカシ・流水をおびき寄せるとすれば、ここ以上にぴったりな土地はどこにもなかった。 先に理穴側の飛空船が川原へと降下。約一分後、武天側の飛空船も真横へと着地を果たす。 どちらの飛空船もここまでの旅程で何度もアヤカシらしき存在を察知していた。だが交戦まで発展したことは一度もなかった。 上空では滑空艇改・黒羅を駆る宿奈芳純が大きな円を描くようにして制空権を確保する。灼龍・さつなと鋼龍・LOも主人の命によってそれを手伝う。 武天側の飛空船甲板に巨勢王と綾姫が姿を現した。 三笠、九竜鋼介、パラーリア、リィムナ、フランヴェル、八壁伏路、からくり・マルヒトが甲板上で巨勢親子を取り囲む。 巨勢王のすぐ側では上級人妖・瑠璃。綾姫の足下には常に神仙猫・ぬこにゃんが寄り添う。 輝鷹・サジタリオはいつでもリィムナと同化できる低空を飛んでいた。 理穴側の飛空船甲板にも儀弐王が現れる。フェンリエッタ、蒼井御子、神座真紀が彼女を取り囲むようにして護衛する。上級迅鷹・ツキは蒼井御子の肩の上に掴まっていた。 儀弐王に寄り添うように上級羽妖精・春音と天妖・ウィナフレッドがある。 護衛全員が剥き身のままでの武器携帯が許されていた。 飛空船二隻は同型。両船に橋が架けられて儀弐王、巨勢王、綾姫が会する。 最初に書状の交換が行われたが、流水をおびき寄せるのが目的なのでこれらのやり取りに深い意味はなかった。 「重音様、わらわのためにすまぬのじゃ」 俯いていた綾姫の前で儀弐王が腰を屈める。 「気にする必要はありません。こうしてお手伝いできて何よりです。綾姫には笑顔が似合います」 儀弐王が風で乱れた綾姫の髪を手櫛で撫でつけてあげた。 「事前に取り決めた通り、状況によるがここで一晩を過ごすことになろう。その前にきゃつらが動くことを願うが」 ひときわ巨体の巨勢王が周囲を見回す。川の周辺だけでなく元魔の森の方面も伐採と焼き払いが済んでいて遠くまで見通せた。 ただ理穴方面に関しては鬱蒼とした森が形成されている。アヤカシが潜んでいるとすればこちら側に違いないと巨勢王は睨んだ。 ●流水の迷い 巨勢王の推理は当たっていた。 元魔の森方面にもアヤカシは待機していたが、約三キロメートルといった遠い距離に待機する。 片や理穴方面の森に隠れる多数のアヤカシは玉砂利の川原からわずか二百から三百メートルの範囲に収まっている。 「この集まりに何の意味があるというのです」 高い杉の木の枝立つ人型アヤカシの流水は略奪品の望遠鏡で川原の様子を観察した。 二隻の飛空船が並んで狭間に橋が架けられている。橋の中央に巨勢王、綾姫、儀弐王の姿があった。 上空や甲板には少ないながら人や獣、精霊などの護衛が見かけられる。数の少なさや装備の多様さからいって人は一騎当千の志体持ち開拓者と思われた。 武天理穴の所行について、綾姫を脅迫した一件が効いていると流水は判断した。わざと油断した姿を晒して流水自身をおびき寄せようとしているのだと。 「その手には乗りませんよ」 流水は不敵な笑みを浮かべながら望遠鏡での観察を続ける。 巨勢王、綾姫、儀弐王の三人が談笑していた。とても楽しそうな様子に無味乾燥な印象しか感じ取れなかった流水が徐々に苛立つ。 流水が儀弐王と綾姫の二人の姿を見かけたのなら、亡くなった紅楓を強烈に思いだすだろうと巨勢王は企んでいた。的外れではなかったがその目論見は外れる。だからといって作戦は失敗ではなかった。 「何なのだあれは」 流水は激しい怒りを示す。左手を強く握りしめて添えていた大木の幹の一部を削いでしまう。儀弐王を紅楓として捉えて、父親と母親、娘の家族水入らずのやり取りに見えたのである。 まだ昼を過ぎたばかり。飛空船二隻が玉砂利の川原に留まるのであれば日が暮れてからの襲撃すればよい。 元よりすぐに倒すつもりはなかった。二隻の両飛空船へと損傷を与えて帰路に苦労させる程度が丁度よい。護衛の一人か二人を血祭りに上げられれば適度だと。 追い詰めて綾姫が心の病におかされれば流水の望み通りである。そのためには数年を要するだろうが苦労や退屈とは考えていなかった。それだけ楽しみが続くだけだ。 にもかかわらず流水は気持ちが抑えきれなくなる。食らいたい衝動がわき上がったのは綾姫ではなかった。儀弐王でもない。望遠鏡を通じて巨勢王を凝視する。 家族の姿が流水を狂気に誘う。その中心となっていたのは巨勢王の存在に他ならなかった。 流水が躁鬱を繰り返す。 三人はしばらくして橋の上から降りた。野外で過ごそうと川原に天幕を用意する。護衛の一部が夕食の準備を始めていた。 流水の瞳が殺意に満ちる。これ以上我慢を続ければ己がどうにかなってしまうと悟り、杉の根元に控えさせていた飛空船の甲板へと飛びおりた。 数週間前に拿捕した戦闘用中型飛空船である。屍鬼を中心とした不死系アヤカシ達が操船を担っていた。 流水は伝令の怪鳥を飛ばして周辺に隠れる配下のアヤカシに攻撃の指示をだす。 まもなく屍鬼が操る飛空船が稼働して宙に浮き上がる。 流水にとって予定していなかった戦いの火蓋がここに切って落とされた。 ●激戦 (「なにやら騒がしくなってきたような」) 宿奈芳純は『言魂』で小鳥の式を飛ばして上空から探っていた。 こちらを窺っているアヤカシの存在はすでに周知の事実だ。肝心なのはその数が急激に増えたことにあった。 (「綾姫ちゃんを狙って動きだしたのかな」) リィムナは『瘴索結界「念」』で周囲の瘴気を意識しながら綾姫の護衛をする。 アヤカシ側の動きに変化が現れたことを仲間達へ伝えるために、輝鷹・サジタリオの足に赤い布を結んで空へと飛ばす。 それを知った仲間達は夕食の準備を取りやめて完全なる戦闘態勢に入った。 「ここからは姫から絶対に離れてはいけないよ」 八壁伏路は自らの『瘴索結界』で早めに状況を悟る。からくり・マルヒトに綾姫から離れないよう指示をだした。自らも綾姫の側に立ち、裾の中に『ホーリー・ハンドベル』を隠し持つ。 (「巨勢王パパさんから合図なのにゃ」) パラーリアは巨勢王からの合図を確認して『神弓「サルンガ」』を構える。弦を激しくかき鳴らし、鏡弦によって広範囲のアヤカシ分布を探った。 「アヤカシ、急速接近中にゃあ〜!!」 いつも朗らかなパラーリアがこのときばかりは力んだ表情に力一杯の声で叫んだ。多勢のアヤカシが急速に近づいていたのである。 「何があっても守り切れ! 持ちこたえろ!」 巨勢王が太刀を抜いて大声をあげた。 「未確認の飛空船がこちらに近づいています。アヤカシのものでしょう」 儀弐王が大弓で矢を放ち、接近中のアヤカシ側の飛空船の方向を指し示す。森を掠めるように超低空を飛んでいたせいでわかりにくかったが、確かに攻撃型中型飛空船が迫っていた。 「このままではまずいですね」 森に隠れていた灼龍・さつなに三笠が飛び乗って大空を舞う。 護衛を忘れたわけでなかった。すべては綾姫を守るため。『急襲』でアヤカシ側の飛空船に接近し、『炎龍突撃』で左舷に強い衝撃を与えた。 「綾姫をやらせはしないよ」 フランヴェルも鋼龍・LOで大空を飛んでいた。『龍戈衛装』による精霊力の鎧をまといつつアヤカシ側の飛空船左舷にわざと衝突する。 さつなとLOが連続して与えた衝撃によってアヤカシ側飛空船の進路がわずかながら逸れた。 理穴側の飛空船を通り過ぎて武天飛空船の上に墜落する。激しく破片をまき散らしながら爆発。火薬の類いが仕掛けられていたようだ。 炎上を背にしながら巨勢王が綾姫を探す。 「綾よ、大丈夫か?」 「父様こそ!」 からくり・マルヒトが盾となって飛んできた木片から綾姫を守っていた。 神仙猫・ぬこにゃんが猫心眼で周囲の状況を把握して理穴側の飛空船まで綾姫を導く。 二隻目の襲撃を警戒したものの、それはなかった。奇襲故に二度目は通じないと流水も考えたのだろう。 わずかながら綾姫は怪我を負っていた。同行する人妖・瑠璃が『神風恩寵』で彼女の傷を癒やす。 「すこぶる不安そうだが、案ずることはないよ。開拓者の力を姫ならばご存知であろう。ここでしばらく見ていてくれ」 「わかったのじゃ、伏路殿よ」 八壁伏路は避難した綾姫と共に理穴側の船内へと残った。船窓から甲板を眺めるようにしながら飛来した虫の形に似たアヤカシに『夜の子守唄』を聞かせて眠らせる。 「流水の思い通りにはさせん‥‥必ず奴を倒す」 九竜鋼介が『霊刀「天之尾羽張」』と『太刀「鬼丸」』の二刀を次々とアヤカシに突き立てる。ハサミのように交差して倒れた鬼・妖の首を斬り落とすことも。奇襲を警戒しつつ、わずかな間に甲板上のアヤカシすべてを始末してしまう。 「綾ちゃんは守る。ここは死守するのにゃ!」 弦を震えさせるパラーリアはすでに『神弓「サルンガ」』による弓撃でアヤカシを何体も倒していた。長い射程を活かしてまだ遠くにいるうちにアヤカシを瘴気へと還していく。 パラーリアの攻撃は理穴側の森方面に集中していたが反対側も忘れていない。 ぬこにゃんが船窓から外を眺めて元魔の森の方面を監視する。猫心眼も併用しているので小さなアヤカシも見逃さずにすべてを洗いだす。接近してきたときにはパラーリアを含めた開拓者達に鳴いて報せた。 「流水はどこだ?」 「そちらは任せたぞ」 九竜鋼介と巨勢王が飛空船にまで近づいたアヤカシを次々と斬り捨てた。 「綾姫には触れさせさえしませんよ」 「常に流水の存在を忘れないようにしませんと」 やがて空中のアヤカシへの対処が遠隔攻撃だけで間に合うようになる。それからのフランヴェルと三笠は大地や甲板に足をつけて刃を振るう。 龍のさつなとLOは上空を旋回して制空権の確保に努める。 理穴側の飛空船は同行していた数人の船乗りによって、いつでも飛び立てる態勢を整えていた。 ●流水の次の手 儀弐王は理穴側の飛空船から少し離れた川岸で戦う。 側に立つ黒い壁は宿奈芳純が『結界呪符「黒」』で用意してくれたもの。森から迫るアヤカシからの防壁として役立っていた。 上空の宿奈芳純は定期的に儀弐王の周囲へと黒い壁を聳えさせる。 儀弐王は大物のアヤカシを大弓で仕留めていった。 遠方の巨大な鬼アヤカシの頭が吹き飛んで地面へと転がる。倒れた胴体を踏んづけて更に森からアヤカシが進攻してきた。 フェンリエッタは浅い川面に立って『風神』の術を使う。迫る雲霞のような蝗・妖の群れを真空の刃がまとめて消し去る。 (「綾姫のお母様の、仇‥‥」) 雑魚アヤカシが陽動に過ぎないのはフェンリエッタも承知していた。突進してきた猪・妖の背後に回って『殲刀「秋水清光」』で処す。 天妖・ウィナフレッドは儀弐王を優先しつつ近くの仲間達に適宜『守護童』の術をかけていた。接近戦だと厄介なアヤカシにはまだ遠くのうちに『呪声』を浴びせかける。 神座真紀が『長巻「焔」』を振るう度にアヤカシの手足が玉砂利の上に転がった。ときに儀弐王に近づこうとするアヤカシを咆哮で自らに引き寄せて回転切りでまとめて屠る。 「春音、あいどるの歌声、存分に聞かせたりや!」 神座真紀に呼応し、ここぞというときに羽妖精・春音が『妖精の唄』で仲間を支援する。 「ツキ、上空で見張っていてね。よろしくだよ」 蒼井御子が唱えた『魂よ原初に還れ』によって地面から現れた大蚯蚓・妖がぐったりと息絶えた。黒猫白猫のステップを踏み、泥まみれの聖人達を奏でて仲間の気持ちを高揚させて能力をより引きだす。 迅鷹・ツキは蒼井御子の言うとおりに風斬波でアヤカシを攻撃しつつ、流水の姿を探ろうとした。 「流水という名前で風も操るとしますと、水だけでなく『流れ』を操る可能性はありますね」 宿奈芳純は滑空艇改・黒羅を駆って大鷲・妖と戦いながら、眼下の様子に注目し続ける。 流水はすでに飛空船突撃に続いての次段を打っていた。しかし初期段階では誰も気づかない。 十数分後、迅鷹・ツキが激しく鳴いて報せる。次に看破した宿奈芳純も大声で叫んだ。 「霧が発生しています! おそらくはアヤカシ側の、流水の策に違いありません!!」 宿奈芳純の声は殆どの仲間の耳に届く。そうでなかった者にも数分のうちに聞いた仲間が伝えてくれた。 当初はただの霧に過ぎなかった。しかし『瘴索結界』を扱う者達が途中からの変化を知る。霧に瘴気が混じりだしたのである。 これは陰陽師が使う『瘴気の霧』の術とは違った。瘴気の塊であるアヤカシの存在をわかりにくくし、さらに視界が遮られていく。視認性の悪さは瘴気霧によるものなのか、普通の霧のせいなのかよくわからない。 近くを流れる川の水を流水が利用している。そう推測した開拓者達は多かった。 ●流水 謎の霧の発生で巨勢王は思いだす。流水の凶刃で紅楓が殺されたとき、武天此隅には朝霧がかかっていた。 わずかな霧でそれなりに見通せる状況だったのでこれまで気にかけてこなかった。 しかし今でははっきりと疑わしい。流水が瘴気を含んだ霧を隠れ蓑にして紅楓に接近したに違いないと。 視界が悪くなれば戦闘の規模が縮小するのはやむを得ない。特に遠隔攻撃に関しては顕著だ。あくまで目で捉えられる範囲が射程距離になるからだ。 「最初から霧を発生させて攻撃すればアヤカシ側が有利だというのに、それをしなかったということは‥‥効果時間が短くてまた連続使用が難しいと考えるべきですね」 「あたしもそう思うよ〜。三人の誰かを流水が狙うとすればきっと今なのにゃ」 側で戦っていた三笠とパラーリアの意見が一致する。 開拓者達はこれまで以上に護衛対象の保護へと全神経を注いだ。 巨勢王は甲板へと駆け上がり、綾姫は船内に留まった。儀弐王は少しずつ理穴側の飛空船へと近づく。 「そこです」 儀弐王が何気なく大弓を構えて次々と矢を放つ。霧の中に浮かんだ人影の額、喉、心臓、左右の肺をすべて背中側から射貫いた。 人影の正体は流水。血のような黒い瘴気を口から吐きだす。 「よくわかりましたね‥‥。理穴の女王よ」 「言葉を交わすつもりはありません。憎むことも何もかも。私はあなたをただ淡々と滅するのみです」 振り向いた流水の右目に儀弐王が矢を突き立てる。 左目も射ろうとしたものの、構えたまま矢から手を放すのを取りやめた。甲板から飛びおりた巨勢王の姿を目の端で見かけたからだ。 振り下ろされた太刀が流水の身体を真っ二つに斬る。左右に分かれた流水の身体が崩れ落ち、瘴気の塵がまき散らされた。 「これで綾は‥‥」 巨勢王が肩から力を抜こうとしたとき、頭上から綾姫の声が届く。 「父様と重音様、見間違いかも知れぬが‥‥倒した流水、背が低かったような気がするのじゃ」 船窓から綾姫が顔を覗かせていた。 突然に強風が巻き起こり、霧が一瞬だけ濃くなる。 「こうなればせめてそなたを」 「な、なんじゃ。もしや流水かや?」 綾姫の目前に身長五十センチにも満たない小さな流水が突如として現れた。 咄嗟に八壁伏路とからくり・マルヒトが綾姫と流水の間に立つ。 神仙猫・ぬこにゃんは『勾玉呪炎』による炎勾玉の輪を放って流水の拘束を試みた。 綾姫を船内奥へと向かわせてから人妖・瑠璃は流水に呪声を浴びせかける。 甲板の巨勢王が錠が下ろされていた頑丈な鉄扉を破壊しようとしたが、それよりも先に灼龍・さつなと鋼龍・LOが動いた。爪で屋根の一部を引きはがす。 大空の翼で輝鷹・サジタリオと同化していたリィムナが『夜』を活用して屋根の隙間から船内に飛び込んだ。すぐさま小さな流水に向けて『黄泉より這い出る者』の式を打つ。 声ならない悲鳴をあげた流水は屋根の穴から逃げだそうとする。 しかし宿奈芳純が滑空艇改・黒羅で屋根の穴を塞いでいた。それでも隙間から抜け出そうとした小さな流水に迅鷹・ツキが放った風斬波が命中した。 「もう、何もしない。しませんから!」 甲板に叩き落とされた小さな流水がこの期に及んで嘘をつく。蹌踉けながら立ち上がり、フェンリエッタにぶつかって再び転倒する。 嘘に耳を貸す者はおらず、神座真紀が無言のまま長巻を小さな流水の胸に突き立てた。小さな流水は瘴気の塵となって消え去る。 「もう大丈夫かや?」 綾姫の声が鉄扉の向こうの船内から聞こえてきた。フランヴェルが大丈夫と答えると朋友達に囲まれながら服をぼろぼろにした綾姫が現れる。 「ウィナ、かけてあげて」 フェンリエッタに頷いた天妖・ウィナフレッドが綾姫を神風恩寵で癒やす。擦り傷が瞬く間に綺麗になっていった。 いつの間にか霧は晴れていた。わずかに残ったアヤカシをすべて退治し、さらに流水の一部が残っていないかどうか念入りに調査を行う。 「ちゃんと調べたのにゃ♪」 パラーリアは小さな流水が現れた時点で鏡弦によるアヤカシ探索をしていた。瘴気霧の影響は薄まっていて探知に影響は殆どなかったはず。流水と思しきアヤカシは他におらず、奴の存在は間違いなく消滅したはずである。 最終的な調査の結果でも怪しい点は見つからなかった。 「わらわのために‥‥父様に重音様‥‥。三四郎殿、鋼介殿、パラーリア殿、リィムナ殿、フランヴェル殿、伏路殿、芳純殿、フェンリエッタ殿、御子殿、真紀殿よ。ありがとうなのじゃ」 綾姫は深く頭をさげて何度も礼をいう。 一晩かけて理穴側の飛空船修理を終わらせた。定員よりも多くなってしまったが、荷物の一部を捨ててやりくりする。 無事に理穴奏生へと到着して全員が安堵した。深夜に精霊門を使って武天此隅へと辿り着く。儀弐王も一緒にやってきたのには理由がある。 日中、朋友も含めて今依頼に参加した全員が紅楓の墓参りをした。 秋の空に鱗雲。夕日が射して紅色に染まる。 「母様‥‥」 綾姫の瞳には紅色の鱗雲が楓の紅葉に見えた。 |