誘拐と設計図 〜翼屋〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/01/26 03:33



■オープニング本文

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 飛空船。
 空に浮かぶ儀の上をさらに飛翔する乗り物。木材と鉄、そして動力となる宝珠によって形作られている。
 主に人や物資の輸送に使われており、人々にとってかけがえのない交通手段となっていた。
 誰もが欲しいと考えるところだが非常に高価であり、一般人で所有しているのはほんの一部の者である。
 しかし商人にとってはあって当たり前の一つ。
 地上にて荷を馬車やもふら車で運ぶ駆け出しの商人も、頭上を通り過ぎてゆく飛空船を見上げていつかは俺も私もと思うものだ。
 そんな飛空船だが、人が作りしものならば必ず壊れるものである。
 部品の損耗はある程度予測がつく。
 簡単なものならば自分で部品交換をして修理。また手に負えない状態になる前に造船所などの職人の元へと運び込んで直してもらう。しかし突然の故障ばかりはどうしようもない。
 朱藩安州には現地での緊急修理を請け負う職人集団が存在する。『翼屋』という屋号の集まりもその内の一つであった。


「旦那、今日はご機嫌ですな」
「お、わかるかい?」
 空っ風吹き荒ぶ安州の夜。翼屋からの帰り道、棟梁の榊亮蔵はおでんの屋台で天儀酒を一杯引っ掛けていた。
「実はな。ついさっき長年書き直し続けていた設計図がようやく完成したのさ」
「何の設計図なんですかい?」
「飛空船だ。修理屋なんぞが出しゃばってなんだがな。まあ、昔の自分の尻拭いって感じか」
「よくわからぬぇですが、とにかくめでてぇ。この酒は奢りでさぁ。呑んでくださいまし」
「お、いつもすまんな」
「今後もご贔屓に」
 屋台の主人が注いでくれた酒に榊亮蔵が口をつける。
(「もう何年前になるのだろうか‥‥」)
 翼屋を設立する以前、榊亮蔵は飛空船の設計技師であった。
 興志宗末が王の座を継ぐまで朱藩は鎖国をしていたが、飛空船の建造技術そのものは昔から存在する。
 榊亮蔵は超大型飛空船『赤光』を設計したうちの一人。設計の総責任者と意見が合わずに完成前に降りたのだが、赤光の浮遊宝珠関連の作動装置を考えたのは榊亮蔵だ。
 赤光の建造は巨大さとの戦いだった。それでも船内の広さに余裕があったのは幸いであり、おかげで浮遊宝珠を理想的に配置出来たといえるだろう。新開発の剛性の高い骨格構造に浮遊宝珠を直接組み合わせたのである。
 榊亮蔵はその時の経験を生かし、中型以下の飛空船にも同様の構造を採用出来ないかとずっと考え続けてきた。ただ大きさからくるいくつもの問題点のせいで、これまで満足がいくものが出来なかった。
 この間の開拓者達と一緒に向かった依頼がよい機会となる。強制離陸をさせる作業の一つが突破口となる新たな案へと繋がった。おかげで長年の懸案が解消。設計図が完成をみたのであった。
 あまり遅くならないうちにと提灯片手に屋台を去る。安州の街中とはいえ足下はとても暗かった。
 突然、榊亮蔵の前に物陰から顔を隠した賊が何人も現れた。
「‥‥翼屋の棟梁、榊亮蔵とお見受けした」
「何だ? 貴様?」
「飛空船の設計図を寄越せ!」
「はぁ?」
 抵抗したものの、五人を相手にして逃れられるはずもなく榊亮蔵は気絶させられてしまう。目を覚ますと暗く寒い小部屋に幽閉されていた。
(「二週間ぐらい前にこれで設計図が完成するはずだと皆に喋ってしまったが、まさかこんなことになるとは夢にも思わなかったぞ。翼屋の仲間と他には誰が‥‥うむぅ‥‥思いだせん」)
 設計図完成から攫われるまでわずか三時間。小部屋の外で見張りをしている賊共の会話によれば、誘拐の前に奴らの仲間が自宅と翼屋へ押し込んだらしい。
(「俺が最後で翼屋に残っていた者はいなかったはずだが‥‥それはともかく自宅に忍び込んだ奴ら、死んでいないだろうな」)
 自宅にいたはずの榊亮蔵の妻『美砂』は志体持ち。五十九歳という高齢だが一般の屈強な男程度なら片手で一ひねりである。
 だからこそ榊亮蔵は設計図の束を一番信頼している部下に自宅まで届けさせていた。祝いとして外で酒を呑むつもりの自分自身を信じていなかったからだ。
 とはいえこの状況を想定してではない。途中で落としたりしないための軽い気持ちから発した行動であった。


 榊亮蔵が姿を消してから半日を待たずして脅迫状が榊家に届けられる。
 その内容は榊亮蔵と設計図の交換を要求するもの。
 文面では他者には報せないよう釘が刺されていたものの、妻の美砂は当然の如く無視した。変装し開拓者ギルドに出向いて秘密裏に依頼手続きをする。
 脅迫状に指定されていた取引場所は朱藩から南方の千代ヶ原諸島近海内。
 辿り着くためには飛空船が必須。開拓者が所有していなければ翼屋の一同が用意してくれるという。また翼屋の一同は操船のための協力も厭わなかった。
 依頼条件の中には美砂の同行も含まれている。翼屋に集合した一同は指定の海域目指して飛空船へと乗り込むのであった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
无(ib1198
18歳・男・陰
十野間 修(ib3415
22歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
松戸 暗(ic0068
16歳・女・シ


■リプレイ本文

●偽の設計図
 開拓者七名は誘拐の賊に指定された場所に向かう数日前から朱藩安州の地を訪れていた。
 依頼者である榊亮蔵の妻『美砂』や翼屋からの乗船要員五名と接触した後は共に身を隠す。
 行動理由は偽の設計図を作成するため。榊の自宅や翼屋が賊の手の者に監視されていると判断したからである。
 ここは安州近郊の古びた屋敷。ギルドを通じて借りた秘密裏の隠れ家だ。
「これが旦那から届けられた設計図だよ」
 白髪の女性、美砂が本物の飛空船設計図の束を取り出して卓の上に一枚ずつ並べた。
「外観やそれっぽい記述があり、寸法等が詳細に記載されていれば、その場で吟味出来ない以上、騙せない事は無いでしょう」
 十野間 修(ib3415)は目を凝して本物の設計図に見入る。
「一から嘘をでっち上げるのは大変だが、これがあれば短い時間でもやりようはあるな」
 无(ib1198)は懐の宝狐禅・ナイに触って手を温めながら仲間達と言葉を交わす。火鉢の炭を点けたものの部屋はまだ寒かった。
「あたしも手伝うからね。これまでたくさん本物を見ていたから、それらしく変えられるよ。筋交いの入り方をめちゃくちゃにしちゃうよ〜♪」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)が視線を向けた美砂は高齢とは思えないほどしゃんと背筋が伸びた女性である。
 リィムナと目が合った美砂が『お願いするよ』と声をかける。
「設計図は任せた。俺は一緒に向かう翼屋の人達にシノビがどのような奴らなのか教えてくる」
 設計図が並べられた卓の前から立ち上がった羅喉丸(ia0347)は、翼屋の人達が休む隣の部屋を訪ねた。
 この屋敷の存在を誘拐の賊側は知らないはず。さらに仲間達が周囲を見張っているので今現在は安全といえた。
 しかし取引現場周辺ではシノビの超越聴覚でこちらの動向が筒抜けになる危険性があった。羅喉丸は予め翼屋の人達に筆談の必要性を説いておいた。
 ルオウ(ia2445)と松戸 暗(ic0068)は屋敷の外で見張りを担当していた。滞在中は偽の設計図作成担当以外の仲間と交代で行う。
(「それにしても夢を横取りしようなんてふざけた奴らだぜ!」)
 大木の太枝に座るルオウは屋敷に続く森林の一本道を見下ろしていた。
 ルオウが連れてきた仙猫・雪は屋敷の周囲で普通の猫を演じる。垣根を風除けにしつつ日向ぼっこ。時折、猫心眼で不審者の接近に注意を払う。
 シノビの松戸暗は屋根の上で全周囲を警戒する。彼女にとって見張りや潜入はお手の物。又鬼犬・まろまゆも得意である。
 それよりも彼女が気になっていたのが偽の設計図を賊に手渡す役目についてだ。
 松戸暗が名乗りをあげたのだが、これは亮蔵の妻である私がやらなければならないと美砂が絶対に譲らなかった。
 受け渡し現場がどのような状況になるのか今のところ誰にもわからない。複数人が立ち会ってよいのであれば、開拓者も翼屋の者に変装して一緒にといった辺りで一応の解決となる。
(「どうしても捕まって拷問を受けるなどの危険が伴う。志体持ちとはいえ――」)
 松戸暗は南の遠方に広がる海を眺める。亮蔵だけでなく美砂のことがとても心配だった。
 その頃、カンタータ(ia0489)はその美砂と一緒に全員分の食事の用意に取りかかっていた。
 みそ汁とおかずは美砂が担当。カンタータは鉈で薪割りをしながら炊飯中の釜を見守る。
 小気味よく響いていた美砂の包丁の音が途切れた。長く再開しないのが気になったカンタータが美砂へと振り向く。
「‥‥あの人はしっかりしていようで、どこか抜けてたところがあるからね。そこが心配だよ」
 さっきまで気丈に振る舞っていた美砂の肩が落ちていた。
「ボクは榊さんが冷静に判断する人だと知っています。ここぞというときにしか無理はしないはずです」
「そうだね。そうだった。私がこんなんじゃ、うまくいく話も駄目になってしまうね」
 カンタータの言葉に美砂が深く頷いた。包丁の音が再び台所に響き渡るのであった。

●亮蔵と金庫
 偽の設計図完成後、翼屋所属の中型飛空船が安州近郊を飛び立って一日半が経過する。飛空船は千代ヶ原諸島上空に差し掛かっていた。
 指定された取引場所は地図によっては載っていないこともある非常に小さな島。千代ヶ原諸島の一つとはいえ、他の島々からはかなり離れた孤島である。
 翼屋・飛空船は早朝に小島へと着陸する。
 厳密には誘拐の賊に指定された場所は海域であって島ではない。取引が海上の場合もあり得たが、そうだとするならわかった時点で離陸すれば済む話であった。
 準備を整えつつ一同はひたすら誘拐の賊が現れるのを待つ。脅迫状に取引時間指定はなく、日付と昼間とだけ記されていた。
 午後を過ぎても何事も起きなかった。
 全員の不信は徐々に募る。騙されたのかと思い始めた頃、遠くの空に飛空船らしき影が浮かび上がる。
 その影をよくよく観察してみれば小島を中心にして上空を旋回中。ようは渦巻き状に移動しながら小島に近づいていた。
(「この小島を中心とした空域に伏兵が潜んでいないか探っているのだろう」)
 すでに警戒していた羅喉丸は筆談で仲間達に自分の考えを伝える。
 影の目撃から一時間が経過した頃、はっきりと中型飛空船だと目視できるようになる。さらに一時間をかけて飛空船はようやく小島に着陸を果たした。
 脅迫状に目印として書かれていた通りの赤い旗が掲げられて風になびいている。間違いなく亮蔵を攫った賊の船である。
 賊・飛空船と翼屋・飛空船を隔てる距離は約百メートル。その間にあるのは枯れ草の野原だけだ。
「浮遊に関する飛空船の設計図は持ってきたか!」
 甲高い声が翼屋・飛空船側にまで届いた。賊側の交渉役は女のようだ。
「ここにありますが、まずは亮蔵の姿を確認したい。すべてはそれからです!」
 美砂が全身全霊の大声で亮蔵の安否確認を要求する。それから数分後、口に猿ぐつわを咬まされて後ろ手に縛られた亮蔵が賊・飛空船の扉から姿を現す。
(「本物だろうか‥‥」)
 陰陽師の无は疑いの眼で遠くの亮蔵を観察する。変装した賊一味の可能性は多分にあり得た。
「次はそちらの番だ! 設計図を渡してもらおう」
「この金庫に入っているわ。開けるのは亮蔵を返してもらってからよ!」
 賊側の要求に美砂が鍵を持った右手で足下の金属製の箱を指さす。翼屋が製作した特別な金庫である。
 ここからしばらくは交渉という名の女同士の言い合いが続いた。
 賊の言いなりになった時点で亮蔵の生存は極限にまで怪しくなる。
 賊等にとって他人の命など綿毛よりも軽いもの。飛空船の設計図さえ手に入れば人質の亮蔵など即座にお払い箱だからだ。美砂は自宅が襲われた際の賊のやり口からそう判断していた。
「美砂さん、少しだけ俺にも話させてください」
 翼屋に扮した十野間修が一時的に美砂と交代する。交渉そのものには触れず、設計図を手放したくないと徹底的に渋ってみせた。
「あの設計図には俺の案も加わっています! それなのに‥‥」
 士道を使って説得力を増しつつ叫ぶ十野間修は自らの演説に酔っていた。最後は翼屋の仲間達によって交渉役から引きずり下ろされる。
 もちろん十野間修が道化を演じたのはわざと。賊の注意を引きつけて仲間達が動きやすくしたのである。設計図への執心によって本物だと賊に思わせる効果も狙っていた。
 交渉は元に戻る。三十分後、ようやく妥協点が見いだされた。
 互いの中間に仮想の線を一本引く。その線上に五十メートルの距離をとって二つの点を用意。仮に点一と点二とする。
 点一にまで身動き出来ない亮蔵を賊三名が運ぶ。点二に金庫を運ぶのは翼屋側の三名だ。
 その上で互いに仮想の線を移動してすれ違う。それぞれが別の点まで到達して望みのものを手に入れるといった約束である。
 二つの点は翼屋の者としてカンタータが前もって地面に目印をつけた。そのカンタータは後方に下がり、時折人魂で飛蝗を作り出して様子を窺った。
 金庫を運ぶのは美砂と翼屋の者に化けた松戸暗修と十野間修の三名。賊側は大男三名で芋虫状態の亮蔵を担いでいた。
 合図が出されてそれぞれの点に向かってゆっくりと進んだ。
(「話し合い通りの結末はまずあり得ないでしょうから‥‥」)
 十野間修は松戸暗と一緒に金庫を運びつつ賊の出方を窺う。
(「偽の設計図がこの場でばれることはない。とすれば‥‥」)
 松戸暗は十野間修に声をかけて一旦立ち止まった。そして持ち方を直す。金庫は一人でも軽々と運べるのだが、一般人を装うための演技である。
 両方ともそれぞれの点に到達して運んできたものを地面に下ろす。
「あなた!」
 亮蔵が乱暴に地面に転がされた様子を目の当たりにして美砂は思わず叫んだ。それをやった賊の当人はにやけ面を晒している。
「ここは我慢だ。しばらくすれば亮蔵様を取り返せるはず。いや絶対に取り返せる」
 松戸暗が奥歯を噛みしめる美砂に声をかけて宥める。
 賊の一人によって猿ぐつわが外されると亮蔵が妻の名を叫んだ。美砂が問いかけて亮蔵が答えると彼女は頷いた。本物に間違いないと。
 続いて十野間修と松戸暗が金庫を開いて偽の設計図の何枚かを頭上に掲げた。賊側はそれらを望遠鏡で覗いて判断。本物の設計図だと認識したようである。
 今度は双方の三名が仮想の線上を向かい合わせで歩いて別の点へと移動する。当然中央付近ですれ違うのだが、事前の交渉の際にお互い手を出さない約束が取り交わされていた。
 しかし賊側はそれを守らなかった。交差した瞬間に悪意の表情を浮かばせながら賊三名がふり返る。
 賊側に不審が動きがあれば報せる役目をカンタータは担っていた。人魂の飛蝗が取引の翼屋三名の前に大きく跳ねる。
 元々警戒していた美砂、松戸暗、十野間修が強く大地を蹴ってその場から離れた。賊三名は外れた自らの拳撃や蹴りに振り回されて姿勢を極度に崩す。
 翼屋三名は即座に反撃態勢に移る。攻撃の速さや力強さからいって賊三名は志体持ちに間違いなかった。
 譲れない三対三の戦いが始まった。
 美砂は亮蔵を乱暴に転がした賊と対峙。賊の懐に潜り込んで脇腹にひじ鉄を食らわせる。
 十野間修は腰にぶら下げていた工具を鈍器に見立てて賊が隠し持っていた刃を折った。翼屋が使用の工具はどれも焼き入れが万全である。
 松戸暗は賊の攻撃の避けに徹した。その上で賊が逃げづらいようこっそり撒菱を周囲にばらまく。このことはすでに仲間達には報せてあった。
 主人の元へ参上しようと駿龍・ルナは飛翔し、又鬼犬・まろまゆは大地を駆ける。
 交渉が事実上決裂した後は亮蔵と設計図が入った金庫の奪い合いになった。
「うぉぉぉっ!」
「間に合ってくれ」
 ルオウと无は戦いの始まったのと同時に翼屋・飛空船から飛び出していた。
 手足が縛られたままの亮蔵は賊達に銃撃で狙われる。彼はわざと倒れて地面を転がり、弾が当たらないよう必死に藻掻いていた。
 ルオウと无は転がる亮蔵を跳び越えて銃撃の盾となる。すでに出現していた宝狐禅・ナイは途中で无の肩から離れて亮蔵の元に残った。
「よーし! ここからなら効くはずだぜ!」
 ルオウは賊側が範囲に入ったところで咆哮を轟かせた。これで亮蔵を狙っていた賊の銃撃手の意識がルオウへと移る。
「まったく卑怯ですねぇ」
 无もルオウと同じく賊側が範囲に収まったところで立ち止まる。幻影符を使って賊に幻を見せて的を絞らせない。
「撃てっいっ!」
 交渉役の女の声に続いて砲撃音が鳴り響いた。賊・飛空船が地上で宝珠砲を水平砲撃したのである。
 宝珠砲は命中精度はおおざっぱ過ぎて人を狙うにはまったく適さない。放たれた砲弾は誰もいない地面へと落下する。しかしそれこそが賊側の狙いであった。
 砲弾は榴弾。突き刺さった瞬間に炸裂して激しい土煙を巻き起こす。風に乗って大きく広がり、周囲の視界が非常に悪くなった。
 賊側、翼屋側。どちらも身動き出来ない状況になったと思われたが、事態は裏で進行していた。
 一直線に急降下してきた賊龍の二頭が大きな翼を広げて減速し周囲の土煙を吹き飛ばす。地面直前で緩やかな落下となりつつ、亮蔵と金庫を爪で掴んで飛び去っていった。
 賊龍二頭の背中には誰も騎乗していなかった。単純な行動ながら賊側が使役した龍には高度な調教が施されていた。
「やりやがったなっ! こっちは魔槍砲だぁ!!」
「毒蟲の痺れはきついですから覚悟が必要ですよ」
 ルオウはほぞを噛み、无は飄々としつつ、賊・飛空船周辺の敵等と激しく戦った。
 亮蔵と金庫を諦めた訳ではない。すべては仲間達を信じての行動である。
 賊龍二頭の出現に前後し、二機の滑空艇が翼屋・飛空船の甲板からすでに飛び立っていた。
 それぞれに搭乗していたのは羅喉丸とリィムナ。滑空艇の紫電槍とマッキSIは賊龍に急接近を果たす。どちらの機体も阻止しようとしていたのは亮蔵を掴んでいた賊龍・壱の方である。
「亮蔵さん、必ず助け出すよっ! 」
 リィムナは賊・飛空船の甲板を目指す賊龍・壱を追いかける。ここぞと弐式加速を使って龍と甲板の間に滑空艇・マッキSIの機体を滑り込ませた。
 リィムナに邪魔された賊龍・壱は着船出来ず、再び大空へと舞い上がる。
「飼われている龍とはいえ許すことはできない!」
 羅喉丸は滑空艇・紫電槍を空中停止させ、まるで蓋をするように賊龍・壱を待ち構えていた。すれ違おうとした瞬間、骨法起承拳を賊龍・壱の顎へと炸裂させる。
 脳震盪を起こしたのか賊龍・壱の動きが緩慢になった。ふらふらと飛んで掴んでいた亮蔵を放す。
 これは想定の内。
「えいっしょっと!」
 真下で待ち受けていた滑空艇・マッキSIのリィムナが亮蔵を受け止めた。
 うまくいったのは亮蔵を縛っていた縄を宝狐禅・ナイがすべて解いてくれていたおかげもある。リィムナに亮蔵自らが掴まることで落ちないで済んだからだ。
「あ、ありがとう。助かった‥‥ふぅ。‥‥奴らのところに戻るのはもう懲り懲りだからな」
 亮蔵は念のためにと无が宝狐禅・ナイに持たせていた白き羽毛の宝珠をしっかりと首に巻いていた。
 金庫を掴んで飛び去った賊龍・弐についてだが、実は賊・飛空船にまで辿り着いてはいなかった。単独で逃げおおせたのでもない。
 金庫には小さな扉が隠されていて、そこに羽妖精・メイムが隠れていた。
 こっそりと外に出たメイムは賊龍・弐の足と金庫の間に松戸暗からもらった撒菱を忍ばせる。
 賊龍・弐が気まぐれに強く握った際、撒菱の痛さに驚いて金庫を放してしまう。金庫は海面に叩きつけられてバラバラに。偽の設計図は漂って海の藻屑となった。
 中身は偽物だったが、それでも誘拐の輩の手に渡るのは癪に障るもの。翼屋にとって望ましい結果となる。
 亮蔵を無事確保したところで翼屋側は状況を見つつ戦いから退く。
 結果、賊・飛空船を逃がしたものの、又鬼犬・まろまゆの優れた嗅覚のおかげで賊一名を捕まえることに成功した。
「依頼の成功のために拷問を受けても構わない覚悟でしたが、まさかこうやって吐かせる立場になるとは思いませんでした」
 捕らえた賊を尋問する役目は松戸暗に任される。志体持ちではない賊は比較的簡単に吐いた。
 武天国に存在する旅泰による金融の街『友友』の両替屋が飛空船を大量発注しようとしたことが発端になる。
 両替屋といっても友友のそれは泰本国の銀行並の資金と権力を兼ね備えていた。そこでの採用は多方面への宣伝になり得た。どの飛空船建造組織も発注を勝ち取ろうと躍起になったのは自然な流れだ。
 但し、事前に提示された仕様は非常に厳しいもの。既存の技術で友友の要求を満たす性能の飛空船を建造するには高性能な稀少宝珠を採用するしか道は残っていなかった。
 それでも採用されれば利益は膨大なのだが、資金力のない組織が二の足を踏むのも当然である。
 亮蔵を誘拐した賊は新型の設計図をそれらの組織に売り込もうとしていたようだ。稀少宝珠を使わないで飛空船を高性能に出来るのであればこれほど素晴らしい話はない。
 捕らえた賊が知っているだけでも三社との交渉がすでに始まっていたらしい。
 ちなみに亮蔵を誘拐した賊はもう存在していなかった。脅迫状を送ってきた時点で誘拐の賊はもっと強大な賊に取り込まれていたという。
 極悪な賊の世界も世知辛いものといえる。誘拐の際に志体持ちはおらず、その後の交渉の時には志体持ちがいたのはそのような事情からだ。
「人の命をないがしろにしてまで金が欲しい奴らか!」
「守銭奴っていうんだろ、そういうの。許せないよなー」
 羅喉丸とルオウは松戸暗からの報告を聞き終わったあとで自らの掌を片方の拳で叩いて音を鳴らす。
「なんというべきか」
「憎むべきは賊で友友は別に悪くねぇ。だがわしとしちゃあ迷惑の発端はそこになるか。しかし急な計画だな」
 亮蔵は美砂による傷の治療を受けながら話し合いに参加する。
 武天と朱藩が協力しての飛空船建造計画は亮蔵の耳にも入っている。友友の両替屋の件もその一例といえた。
(「仲がいいのをジャマしたらわるいよねっ♪」)
 亮蔵が負った擦り傷はリィムナが愛束花を使えばすぐに治るものである。しかし仲むつまじい老夫婦のやりとりを邪魔する野暮なリィムナではなかった。
「ギルドへの報告はちゃんとしておきますか」
「そうですねぇ。うまくいけば賊との関係が疑われる組織との契約はご破算になるでしょうから」
 十野間修と无は開拓者ギルドへの報告を普段以上に詳しく書き記すつもりである。
「おかげでとても助かりましたー」
 カンタータが誉めてあげると羽妖精・メイムは『カ〜ニバルだよっ』と叫んだ。実戦では使わなかったが二人で決めた露払いの合図である。
「みんな命の恩人だ。何かあれば翼屋を呼んでくれ」
「安請け合いはよくないよ。この人達のためなら私も一肌脱ぐけどね」
 榊夫妻は深く開拓者達に感謝する。安州に戻ってからになるが依頼金の増額分と天儀酒が直接手渡された。
 ちなみに新しい浮遊装置の案が外部に洩れたのは亮蔵の酒癖からだ。亮蔵が飲み屋で知り合いに話していたところを賊の誰かが聞いていた。
 半信半疑ながら亮蔵のこれまでの職歴を知った賊は本当の話だと確信に至ったようだ。

●そして
 朱藩安州に戻った開拓者達は捕らえた賊を官憲に引き渡す。
 数週間後、捕らえた賊が白状した情報が役に立つ。亮蔵と設計図を取引しようとした賊組織が別件によって捕まえられたのである。
 需要が高まっている浮遊宝珠と風宝珠を強奪しようとした現場を押さえられたとのことだった。