時間との戦い 〜翼屋〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/13 20:45



■オープニング本文

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 飛空船。
 空に浮かぶ儀の上をさらに飛翔する乗り物。木材と鉄、そして動力となる宝珠によって形作られている。
 主に人や物資の輸送に使われており、人々にとってかけがえのない交通手段となっていた。
 誰もが欲しいと考えるところだが非常に高価であり、一般人で所有しているのはほんの一部の者である。
 しかし商人にとってはあって当たり前の一つ。
 地上にて荷を馬車やもふら車で運ぶ駆け出しの商人も、頭上を通り過ぎてゆく飛空船を見上げていつかは俺も私もと思うものだ。
 そんな飛空船だが、人が作りしものならば必ず壊れるものである。
 部品の損耗はある程度予測がつく。
 簡単なものならば自分で部品交換をして修理。また手に負えない状態になる前に造船所などの職人の元へと運び込んで直してもらう。しかし突然の故障ばかりはどうしようもない。
 朱藩安州には現地での緊急修理を請け負う職人集団が存在する。『翼屋』という屋号の集まりもその内の一つであった。


 ある嵐の日。朱藩軍所属の大型飛空船『紅葉』は激しい突風を真横から受けて姿勢を崩す。墜落を回避しつつ不時着によって九死に一生を得る。
 但し、落ちた場所が悪い。そこは魔の森の中であった。
 離陸を試みようとするものの、宝珠が多数破損したせいで浮かぶことさえままならない。そうこうするうちに魔の森に徘徊するアヤカシが迫ってきた。
 ただでさえ厄介な敵なのに魔の森内のアヤカシは強化されている。また漂う濃い瘴気が船員達の身体を蝕んでいった。
 龍騎兵八名が外部との連絡をとるために船を飛び立つ。
 しかし生きて人家のある町にたどり着けたのはたった一人。彼も風信器で緊急要請を終えた後で血を流しすぎて帰らぬ人となる。


(「これまたすごいところからの依頼だな」)
 翼屋棟梁、榊亮蔵は依頼書に目を通しながら心の中で呟いた。朱藩軍からの協力要請である。
 魔の森内に不時着した大型飛空船『紅葉』の修理に向かう中型飛空船『玉』に、何名か同乗してもらいたいとのことだ。
 墜落した『紅葉』には風宝珠が十個、浮遊石が十八個使われている。このうち風宝珠が三個破損、浮遊石に至っては十個も破損していた。
 『紅葉』に予備は積んでいないので、新たな宝珠を持ち込む必要がある。単に宝珠を交換すればよいのであれば翼屋に依頼する必要はない。調整こそが肝心といえた。
 榊亮蔵も自ら出向くことにした。一緒に連れて行く部下が二名だけなのには理由がある。開拓者が中型飛空船『玉』に護衛として乗り込むことを知っていたからだ。
 もっと多くの戦力で救助に向かえばよいのはわかっている。しかしそれよりも時間の方が大切といえる。
 大型飛空船『紅葉』が長くアヤカシの攻撃に耐えられるはずがない。瘴気の影響もとても気になった。
 榊亮蔵を含む翼屋の三名は朱藩軍の迎えの者と一緒に飛空船基地へと向かう。
 開拓者達はすでに中型飛空船『玉』へと乗船していた。すぐに離陸して大型飛空船『紅葉』が待つ魔の森へと向かうのであった。


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
无(ib1198
18歳・男・陰
十野間 修(ib3415
22歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
松戸 暗(ic0068
16歳・女・シ
ジーク・シャドー(ic0600
25歳・男・魔


■リプレイ本文

●瘴気の土地
 夕暮れ時。魔の森上空を目前にして一行を乗せた中型飛空船『玉』は速度を落とした。
 上空圏内に入り、しばらくして大型飛空船『紅葉』が墜落した際に出来たと思われる倒木の跡が発見される。即座に旋回運動へと移行。監視の者が樹木の中に沈む『紅葉』の船体を見つけて操船室へと報告した。『玉』は着陸態勢に入った。
 魔の森に差し掛かった頃から『玉』は多くの飛翔型アヤカシにまとわりつかれていた。
 リィムナ・ピサレット(ib5201)が瘴気をなるべく吸わないよう口元を布で覆いつつ、からくり・ヴェローチェと共に甲板に立つ。からくり・ヴェローチェは無防備のリィムナを守るために『相棒銃「テンペスト」』を構える。
(「龍騎兵の人達が命を懸けてここを知らせてくれたんだ!」)
 リィムナが響かせた『魂よ原初に還れ』によって飛翔型アヤカシの殆どは力を失って次々と墜落していった。そうでない個体も耐え難い脱力感によって距離をとった。
 中型飛空船『玉』は姿勢を保ちつつ垂直降下によって大型飛空船『紅葉』の側へと着陸を果たす。
 宝珠光を点滅させて『紅葉』と『玉』は互いを確認し合う。地上のアヤカシに警戒しつつ、さっそく修理用の部材や道具が『紅葉』へと運ばれた。
 当然のことながら榊亮蔵と部下二名の翼屋は『紅葉』の修理担当。開拓者からはカンタータ(ia0489)、无(ib1198)、ジーク・シャドー(ic0600)の三名が協力する。
 防衛を担当するのはルオウ(ia2445)、十野間 修(ib3415)、リィムナ、クロウ・カルガギラ(ib6817)、松戸 暗(ic0068)の五名である。
「急げ、だが落とすんじゃないぞ!」
 榊亮蔵も一緒に荷車を押す。『玉』と『紅葉』の船倉開閉扉を直線で繋ぐと距離は約五十メートル。周囲の地形を考慮すると『玉』はこれ以上『紅葉』に近づけなかった。
 今、アヤカシに狙われて部材や道具を破壊されたのならすべてが水泡に帰す。そうなれば再び取りに戻る時間はない。『紅葉』を放棄して人命の犠牲を覚悟しつつ魔の森からの脱出しか道は残されていなかった。
「俺はこっちだ」
 无は運ぶ作業を始める前に宝狐禅・ナイと同化して狐獣人に変化した。こうすることで感覚が鋭敏になって危険を事前に察知しやすくなるからだ。
(「これは酷い‥‥骨組みは大丈夫なのだろうか?」)
 宝珠入りの木箱を両手で抱えつつ无は『紅葉』の船倉を目指して毒々しい草原を走る。
 薄暗みに浮かぶ『紅葉』の外観は酷かった。
 墜落時に傷んだ船底はもちろんのこと、折れた魔の森の樹木が外装に突き刺さったままになっていた。動力となる宝珠機関が復活したとして果たして飛び立てるのか疑問を感じざるを得ない。
 无と同じように考えていたのがカンタータである。
「破損の激しい船底の処理どうしましょうー? 竜骨も気になります」
 運び入れの途中でカンタータは榊亮蔵に声をかけた。
「確認の必要はありそうじゃな。どうするかはその上でになるが――」
 カンタータは資材搬入が終わった後に『紅葉』の外装点検を榊亮蔵から頼まれた。
 ジークは宝珠の検査と管理を榊亮蔵から任される。仲間達と協力して予備の宝珠を運び込んだ後、『紅葉』の機関室内を歩き回って状態を確かめた。
(「墜落の際に死傷者が出たのも頷けるな」)
 破損した宝珠については事前の情報通りだが、取り付け部の壊れ方までは触れられていなかった。翼屋の職人達がどのような手順で直すのかジークは興味を持っていた。
 防衛担当の開拓者達は『紅葉』と『玉』の護りを一手に引き受ける。ここまで迫るアヤカシ達と戦ってきた船員達の怪我と疲労が非常に激しかったからだ。
「うっし! 船が直るまで防ぎきろうぜい!」
 破龍・フロドに跨ったルオウは搬入作業の周囲を警戒する。フロドの足の速さを生かして地上を隈無く巡回した。
「この状況は他人事ではありませんからね‥‥」
 上空を警戒していたのは駿龍・ルナに龍騎した十野間修である。主に『玉』の上空を旋回しつつアヤカシの接近を見張った。
 ルオウと十野間修は合わせて七体のアヤカシをすでに退治している。そのうちの六体までが鬼のアヤカシであった。
 単純な力押しに負けるルオウと十野間修ではなかった。あっという間に片づけたが、これが力ではなく数で押されると厄介なこととなる。
「少し間が空いたね」
『リィムにゃん、少し休むのにゃ』
 後方で待機しているリィムナは力を温存しつつ範囲攻撃で戦っていた。
「すごい回復量♪」
 不幸中の幸いは魔の森の中なので瘴気回収が捗ること。あっという間に練力を回復させられた。
「よりによって魔の森で不時着とか間が悪すぎるぜ」
 資材搬入の手伝いを終えたクロウは戦馬・プラティンを駆って広範囲の巡回を行っていた。
 空をも飛べる戦馬・プラティンだがなるべく高空は避ける。
 余程のアヤカシでなければプラティンに追いつけるはずもなく、わざと追いかけさせて飛空船二隻の場所から遠く引き離したりもした。
 それが難しい高機動なアヤカシが絡んできた時には、バダドサイトで相手の能力を計りつつ味方の潜伏する場所へと連れ込んだ。
(「もう敵がこんなところまで‥‥!」)
 暗闇を見通せる松戸暗は樹木の間を掻い潜る戦馬・プラティンを捉えた。
「臨・兵・闘・者‥‥ジライヤ、来い!」
 松戸暗がジライヤ・小野川を召還。そして直後に手裏剣を放つ。戦馬・プラティンを追っていた巨大蝙蝠・妖の右翼の一部に手裏剣が突き破った。
『ハッハアー、ワシが来たからには一騎当千、フネの一つや二つどんとまかしちょけい!』
 現れたばかりのジライヤ・小野川は大きく跳ねて落下の勢いを体重に加える。そして巨大蝙蝠・妖に張り手をかました。
 落下というよりも地面に叩きつけられた巨大蝙蝠・妖はまるで鞠のように大きく跳ねる。
 弱々しく翼をはためかせて逃げようとする巨大蝙蝠・妖を追撃するクロウと松戸暗。クロウが逃げ道を塞いだところを松戸暗が刀で仕留めた。
 現地に到着してしばらくは右往左往の状況が続いた。それでも資材と道具の移動が終わり、治療を受けた『紅葉』の船員が護りに復帰すると安定を取り戻すのであった。

●修理
 カンタータは深い瘴気漂う暗闇の中で『紅葉』の外装を点検していた。
 月は出ているようだが奇怪で旺盛な樹木の枝葉のせいで地表までは殆ど射し込んでこなかった。手にしたランタン、または船に設置された照明用の宝珠光が頼りである。
 確認したのは主に船底周辺だがその他の外装も例外ではなかった。傷んでいるのは仕方ないとして激しい損傷部分を放っておく訳にはいかない。轟龍・カノーネの背に乗って高所の破損個所に眼を凝らす。
(「骨組みに致命的な破損はなさそうですけど、かといってこれは」)
 外壁補修用の板材も『玉』に積んで持ってきてはいた。だがとても足りるものではない。とどのつまり破損によって取り外した板材を再利用するしかないのだが、その選択が難しい。余計なことをすれば逆に竜骨を含めた骨組みを傷めてしまうからだ。
(「露出している骨組みを出来るだけ隠すようにしましょうー。それが一番のようです」)
 カンタータは補修箇所を決めて『紅葉』の三面図へと書き留める。そして榊亮蔵に報告。何名か木工に心得のある船員を借りてさっそく補修作業を進めた。
 轟龍・カノーネに鋭い爪で破損した板材を剥がしてもらう。重要な部分が隣接する箇所ではカンタータが手斧を使って丁寧に外す。
 手伝いの船員達には板に残った釘を外してもらう。
 ジークは宝珠をどのように再配置するのか榊亮蔵と相談していた。
「船に残った風宝珠は七個、浮遊石は八個。このうち設置場所も含めてそのまま使えるのは風宝珠の五カ所と浮遊石の七カ所になるな」
「つまり持ち込んだ宝珠類と移動前提の元々の宝珠類をどう配置するのかが鍵となるか」
「こちらに書き記した三つの案は他の者達の考えも加えて俺がまとめたものだ」
「悩んでいる暇はない。皆で検討したいところだが、ここはわしの一存で決めさせてもらおう」
 榊亮蔵が選んだ案に沿って作業は進められる。
 榊亮蔵とジークが相談している間、无は翼屋の二名と共に壊れた宝珠固定装置を次々と分解していた。
「これは比較的壊れていないな。先程のは酷かったが」
 无が危惧していた宝珠出力連動の船内回線損傷はわずかであった。修理も比較的単純なのでわずかな時間で終えそうである。
 問題は必要分の宝珠固定装置をどれだけ早く復帰させられるかに集約される。部品単位に分解して使える部分とそうでない部分を選り分けていった。
「どうしても足りない部品は即興で作らなければならないのか‥‥」
 悩んでいる暇はなかった。无は複製品を作るために壊れていない部品を参考にして採寸を行う。大まかに複製品を作ったところで組み込みの際に現物合わせで微調整。博打の度合いがかなり強かったが、翼屋の職人によればいつものことだという。
「青龍寮では出来ない学びの場とも言えるか」
 无は宝珠から宝狐禅・ナイを出現させる。ナイは无の呟きにやや呆れる態度を取りつつ同化を始めた。そして无は狐獣人に変化する。
 木材に墨を引くと鋸で切りノミで穴を開けた。薄目の鉄板なら厚い木板で挟み、折り返して一部分を疲労させて割ってゆく。
 精密で早く仕上がる専門の治具や道具はこの場には無し。創意工夫ですべてを乗り切らなければならない。
 榊亮蔵とジークも加わって宝珠固定装置の修理は全力で行われた。
 検討の結果、『紅葉』が魔の森から脱出するためには風宝珠八個、浮遊石十二個の完全作動が最低条件となる。
 『玉』着陸からすでに一時間が経過。瘴気のせいで船員達の体調は悪化の一途を辿っていた。それは開拓者や翼屋の者達も例外ではなかった。

●アヤカシとの戦い
 防衛担当の開拓者達が『紅葉』の護りに対して感心していたことが一つある。
 魔の森への墜落がとても派手であったのは想像に難くない。周囲に棲息するアヤカシすべてに飛空船の存在が知れ渡ったことだろう。それが今も続くアヤカシからの攻撃のきっかけとなっている。
 ただ『玉』到着以前にも相当に激しい戦闘が繰り広げられたのにも関わらず、地上においては宝珠砲が一度も使われていなかった。
 命中率に難のある宝珠砲だが敵が多数なら弱点にはなり得ない。高威力の武器と化す。
 アヤカシが集団で襲ってきたのならば掃射で葬り去ることもできたはず。しかしこれ以上目立つことをよしとせず艦長が使用を禁じていた。
 砲撃音が続いていれば遠方まで轟いてアヤカシは今以上に集まっていたことだろう。
 ここまでの結果として判断するのならば、艦長の采配は正しかった。真に正解だったといえるように開拓者達も尽力する。
 ルオウは高速走行の破龍・フロドの背中で身を屈めた。
 『紅葉』の宝珠光で照らし出されたアヤカシを見つけて接近。『脇差「雷神」』を大柄な鬼アヤカシの背中へと突き立てる。
(「頑丈な奴だなー」)
 破龍・フロドを反転させて再度攻撃を仕掛けた。フロドが跳脚踏で大きく跳んだ。ルオウは飛び降りて突き出された鉄棒を避けつつ大鬼・妖の頭天に刃を突き立てる。
 ようやく大鬼・妖の動きが鈍った。ルオウは一気に仕留めつつ、後衛のリィムナをへと振り返る。
『リィムにゃんには手を出させませんにゃ!』
 リィムナの側では常にからくり・ヴェローチェが奮闘していた。
 『相棒銃「テンペスト」』でアヤカシを威嚇しつつ、接近してきた敵には『忍牙「銀牙」』で噛みつき千切りとる。
「小柄な鬼がたくさん、大きいのも中くらいのもまとめて倒すよっ!」
 リィムナは瘴気回収で練力回復をしながらアヤカシを屠っていた。
 『魂よ原初に還れ』を出来る限りの連続使用で集まってきた鬼アヤカシ集団の体力をまとめて削いでゆく。
 『紅葉』に近寄ろうとしていた鬼アヤカシ等が突然の苦しさに蹌踉けて地面に膝をつける。絶叫をあげる個体も多数いた。
 戦馬・プラティンに跨った空中のクロウは『宝珠銃「ネルガル」』で弱っている順に鬼アヤカシの止めを刺す。それでは間に合わなくなると武器を『シャムシール「シャイニング」』に持ち替えた。少し前にかけたイェニ・スィパーヒは未だ効果継続中。地上に降りて『紅葉』に迫るアヤカシに急接近して仕掛ける。
(「龍騎兵の願いを無にするつもりはないぜ」)
 クロウが放った刃が青鬼・妖の右肩部分を通り抜けた。わずかに遅れでゴトリと地面へと腕が落ちる。
 青鬼・妖が狂うような叫び声を上げながら追いかけてきた。『紅葉』との距離を稼いだところでクロウは戦馬・プラティンを反転させる。
 青鬼・妖がぶん回す巨大刀を避けて懐深く入ったクロウは喉元にシャムシールを突き立てた。戦馬・プラティンが走る勢いを借りてシャムシールを抜きつつ首の半分を引きちぎる。
 クロウが振り返った時には青鬼・妖は絶命していた。周囲に漂う瘴気に溶け込むように黒い砂状に変化して崩れる。
「しまった!」
 ジライヤ・小野川と協力してアヤカシに止めを刺していた松戸暗は闇の向こうで謀る一体に気がついた。
 それは巨大なムササビ型のアヤカシで高い樹木を離れて滑空を始める。行き先は『紅葉』の操船室付近。取りつかれたのなら大変な事態が引き起こされるかも知れなかった。
「ジライヤ!!」
 強く大地を蹴った松戸暗がジライヤ・小野川の背中へと駆け上る。呼応したジライヤ・小野川は高飛びで大きく跳躍。夜闇に跳ねる大ガエルと化す。
(「手裏剣では防げない‥‥」)
 松戸暗は手にしていた手裏剣を離して攻撃を断念。その代わりにジライヤ・小野川の背中から跳んでムササビ・妖へと抱きついた。
 一緒に落下した松戸暗だがシノビの体術を駆使してムササビ・妖を下にする。自らも落下の衝撃を味わったもののムササビ・妖を地面に叩きつけた。
 弱ったムササビ・妖にはジライヤ・小野川が張り手で止めを刺してくれる。
 ムササビ・妖の他にも開拓者達の隙をついて『紅葉』に潜入を試みようとするアヤカシはたくさん存在していた。それらを主に阻止してくれていたのが駿龍・ルナを駆る十野間修である。
 駿龍・ルナの高機動で広範囲を守備とし、それでも間に合わない場合は瞬風波で弾いて『紅葉』や『玉』にアヤカシを近寄らせなかった。
「着いてからそろそろ五時間ぐらいが経過したでしょうか‥‥」
 十野間修は船内から銃砲で応戦してくる船員達の様子を見て表情を曇らせた。魔の森に入って数時間の自分でも体調不良を実感していたからである。
 『紅葉』の船員達は『玉』でやって来た者達とは比較にならないほどの日数の間、魔の森の濃い瘴気に晒されている。もういつ倒れてもおかしくない状況といえた。
「そろそろ敵の攻撃が途切れても‥‥おかしくないころなのですが!」
 十野間修が振り下ろした『太刀「燕」』が骨のような顔をした巨大鬼・妖の頭を甲ごと真っ二つに割る。三メートル近くの巨体が一気に瘴気へと変化した。
 口元を押さえつつ十野間修は駿龍・ルナと一緒に『紅葉』の甲板上へと引き返す。そして伝声管で修理の状況を訊ねた。相手はカンタータ。外装の応急処置が終わって宝珠設置の手伝いをしているという。修理は最終段階に入っていたが試運転を行うかどうか榊亮蔵が迷っているらしい。
 十野間修はカンタータに榊亮蔵への伝言を頼んだ。これ以上、船員達が瘴気に晒されたのなら取り返しのつかない身体になってしまうだろうと。

●脱出
 十野間修が伝声管で状況を伝えてから三十分後。朱藩軍所属大型飛空船『紅葉』は離陸態勢に入った。
 本来ならば設置した宝珠の各出力を確かめてから飛び立つのが普通である。しかし一つの宝珠に対してどんなに急いでも二十分の時間を要する。
 これが中型飛空船までなら使われている宝珠の数も少ないので、それほど時間はかからない。だが『紅葉』は大型飛空船。風宝珠と浮遊石を合わせて二十個すべてを試していたらそれだけで七時間はかかってしまう。船員達の体調から考えてその選択肢はあり得なかった。
 ぶっつけ本番で浮遊石を作動。風宝珠の出力で姿勢を保ちつつ重い船体が徐々に浮かび上がる。
 修理担当は『紅葉』の離陸を手伝った。防衛担当は最後まで地上付近に残って近寄るアヤカシを排除し続けた。
 ふらふらと危なげであったが『紅葉』は魔の森上空まで浮かび上がる。防衛担当の開拓者達も撤退。『玉』へと乗り込んで『紅葉』を追いかけた。
 飛翔型のアヤカシが追ってきたものの、駿龍・ルナを駆る十野間修と戦馬・プラティンで天駆けるクロウがすべて退けてくれる。
 空さえ飛べれば数キロメートルの距離などほんのわずか。数分後、魔の森上空から『紅葉』と『玉』は脱出を果たす。
 まだ深夜であったが月光のおかげで航行には支障がなかった。ゆっくりとであったが二隻の飛空船はそのまま安州を目指す。
 一番近い町や村に立ち寄ることも考えられたが、結局のところ安州でないと本格的な大型飛空船の修理は不可能である。なにより一刻も早く瘴気感染の治療を船員達に受けさせたかった。
「彼等は立派に使命を果たしたぜ」
「そうか‥‥。おかげで私達はこうしていられるのだな」
 操船室に出向いたクロウは船長に伝達の龍騎兵のことを告げた。
 リィムナも他の開拓者も気持ちは同じ。命をかけて窮地を報せてくれた龍騎兵にすべての者が感謝する。
 やがて日が昇った。昼頃、『紅葉』と『玉』は安州の飛空船基地へと着陸する。生き残った船員達には直ちに瘴気感染の治療が施された。
 念のために開拓者や翼屋の一同、朋友も健康診断を受ける。わずかに傾向が見られた者には治療が行われた。
 また朱藩軍の特別の計らいによって開拓者達は休養の機会を得る。数日後、神楽の都へと帰って行くのであった。