真っ赤で酸っぱい〜七羽〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/31 23:24



■オープニング本文

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 兄の七羽矢吉は十五歳。弟の七羽的吉は十四歳。父が亡くなって家族は母親と兄弟のみになった。
 普段から父の商売を手伝っていた七羽兄弟は継いで交易商人となる。ただ次々と常連が離れて知り尻窄み状態。立ちゆかなくなるのは時間の問題となっていた。
 そこへきて希儀の発見である。
 ギルドに依頼して開拓者を応援に迎えながら未知の大陸へ。
 希儀の大陸南部へと到達して点在する遺跡のうちの一つを探検し、いくつかの品を持ち帰った。
 ピスタチオの実は市場で非常に好評。その他に七羽兄弟が注目していたのがキラキラと表面が輝く陶器である。
 新しい街になるであろう『羽流阿出州』(パルアディス)と名付けられた土地で情報収集。さらに調査した結果、粘土の採掘場と壊れた窯跡を発見する。
 捨てられていた欠片からしてそこが注目していた陶器が作られた場所だと断定する。
 陶芸家の『二代目万力京太郎』を連れて再度立ち寄ると助けを求める精霊達の姿が。自分達の精霊女王『ミヨニ』を助けて欲しいと懇願される。
 引き受けた一同はミヨニの本身である月桂樹からアヤカシの蛇共を排除した。今後はアヤカシに入り込まれないよう充分な罠を仕掛けるという。
 粘土の採掘場跡と焼き窯跡は精霊達の活動域に含まれるが、熊牙号一行については歓迎してくれるそうだ。
 充分な粘土を採取して天儀へと戻った二代目は作陶の日々を送る。しかし思うような陶器は作れなかった。
 紆余曲折の上、覚悟を決めた二代目は七羽兄弟の飛空船で希儀の地へ。
 開拓者のおかげで新たな小屋も出来上がる。二代目はミヨニの地で新たな生活を始めるのであった。


 アヤカシを排除するための罠が完成し、月桂樹の精霊女王『ミヨニ』は深い眠りに就いた。
 以前にアヤカシにやられた傷が考えていたよりも深く、完全に治すための長期休養である。しばらくは本体である月桂樹のみの姿で過ごすことになるだろう。
 ミヨニの地は羽妖精や小人精霊によって営まれることとなる。
 ミヨニの地で生活を開始した二代目は毎日、精霊達のために陶器製の小さな食器を作り続けていた。
「なんや足りねぇ気がするぅ‥‥」
 輝く表面の陶器もあきらめてはいない。二代目は食器を作りながらすべてに工夫を凝らす。
 未だ成功作といえるものはないが、稀に参考にしている欠片の表面に似た陶器が出来るようになってきた。あと少しだと手応えを感じながら日々は過ぎてゆく。
『二代目さん、いる〜?』
「お、きだが」
 小人の精霊達が食器を引き取りに小さな荷車を牽いて二代目の小屋へとやってきた。
「気にせんでもいいのによぉ〜」
『えへへへっ』
 本来お礼のはずの食器だが、小人精霊達は律儀に二代目へと土産を持参してくる。今回は食べられる野草をたくさんだ。
 ミヨニの地の一部の小人精霊と羽精霊は人の生活を模して暮らしている。陶器製の食器はそのためのものだ。
 精霊にとって食は生きるために必要なものではない。故に主な料理は植物を使ったものだ。また人にとって生きるために必要なものだと理解しているからこそ、鶏などの家畜を二代目に提供したのである。
「畑も作ってるんか。いろいろやっとるんやのぉ」
『でも困ってるんだ』
 二代目は小人精霊達と雑談する。
 男の子風の小人ガルナによれば真っ赤な実を栽培したいのだが、二年続けて失敗しているらしい。種は以前に遠隔地の野生のものを採取してあるという。
「真っ赤な実‥‥サクランボか?」
 二代目が知っている赤い実の特徴を告げるとガルナは首を横に振った。いつの間にか現れた女の子風の羽妖精パリリも一緒に首を横に振る。
「拳ぐらいの大きさで‥‥酸っぱい‥‥。なんや食べたことがあるような、ないような‥‥」
 二代目は懸命に呻りながら考える。そして七羽兄弟に食べさせられた天儀では馴染みの薄い果実を思い浮かべた。
「確か『とまと』ってのがそんなもんだったような。ジルベリア好きの間では知名度が高いっていうてたな」
 二代目があらためてトマトの特徴を述べるとガルナとパリリは『それだぁ〜』と叫んだ。
(「どうするべぇか‥‥」)
 残念ながら二代目は農作物の栽培についてあまり詳しくはなかった。ましてや珍しい植物の育て方など知るはずもない。
 それから一週間後、商売のついでに七羽兄弟と開拓者達が飛空船・熊牙号で来訪する。
「そういえば俺、鍬を持ったことねぇな」
「残念ながら僕も」
 七羽兄弟にも農業の知識はない。
 二代目と七羽兄弟は期待の輝きをまとわせた瞳で開拓者達へと振り返るのだった。


■参加者一覧
からす(ia6525
13歳・女・弓
村雨 紫狼(ia9073
27歳・男・サ
此花 咲(ia9853
16歳・女・志
クレア・エルスハイマー(ib6652
21歳・女・魔
緋乃宮 白月(ib9855
15歳・男・泰
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓


■リプレイ本文

●相談
「精霊達が困っているだよ。とまとの育て方、誰か知んねぇか? よかったら教えてくんろ」
 希儀ミヨニの地。二代目は小屋を訪れた開拓者六名と七羽兄弟に事情を説明する。精霊達がトマト栽培で困っているので相談にのってあげてくれないかと。
「ほぅ、トマトか。確かに珍しい野菜だ」
 からす(ia6525)によればトマトが普通に流通しているのはジルベリアぐらいだという。
「トマトなら知っておりますわ。いろいろな料理に使える野菜です。私なら煮込み料理に使いたいところですわ」
 クレア・エルスハイマー(ib6652)の出身はアル=カマル出身だがよく知る野菜のようである。それを聞いた羽妖精・イフェリアが何度も頷く仕草をみせた。
「‥‥天儀の農業は米用のものばかり発達しているからな」
 篠崎早矢(ic0072)は少し考えた上で発言する。人づてに聞く限りトマトはナスに似た植物のようだ。なら肥料については似たようなもので大丈夫なはずだと。
「農作業を手伝うのは久しぶりなのですよ。張り切っていきましょうかっ」
 胸元まであげた両の拳を強く握る此花 咲(ia9853)。するとすぐ側に浮かぶ羽妖精・スフィーダが大きく欠伸をした。
『あーはいはい。頑張ってね、マスター』
「スフィーダさんも手伝うのですよ」
 此花咲は羽妖精・スフィーダの羽をつまんでぐぐっと顔を近づける。負けじとスフィーダも視線を外さず、唐突なにらめっことなった。
「トマトの栽培方法、知っています。おいしいですよね」
 緋乃宮 白月(ib9855)は尻尾をゆらゆらさせながら笑顔で語る。
『トマト栽培ですかっ? わ〜、楽しそうですっ!』
 羽妖精・姫翠は緋乃宮の頭上でグルグルと旋回しながら喜んだ。
「この世界、トマトあったんかいッ!?」
『? マスター、何をブツブツおっしゃってますの? 豆腐の角に頭でもぶつけて夢でも見てたんですか?』
 村雨 紫狼(ia9073)は気にすんなと、からくり・カリンの肩をパシパシと叩いた。真意は彼の心の中にある。
「百聞は一見に如かずっていうかんな」
 二代目は精霊達の畑の位置を知っていた。それほど遠くないので徒歩で向かうと男の子風の小人ガルナと女の子風の羽妖精パリリに遭遇する。
『トマトの育て方、教えてくれるんだ! ありがとー』
『ガルナ、よかったねー』
 ガルナとパリリは大喜びして畑までの近道案内をしてくれた。
『まだトマトの種は撒いていないんだー。っていうかどうしようかってみんなで悩んでいたんだ。今年も無理なんじゃないかって』
 ガルナがこれまで畑にしてきたことを説明。それを聞いた上で開拓者達は畑の状態を確かめた。
 石などは拾われてほとんどなく綺麗な状態。水は近くに小川が流れているので大丈夫。少々の日照りなら汲んで撒けばよい。ただ畑の周囲にはたくさんの雑草が生えていた。
 一応は耕されているものの、畝の高さが足りない気がする。そして一見する分には大丈夫そうだが野菜を栽培するには土壌が痩せていた。
 開拓者の意見をまとめるとこんなところである。
「畑について頼まれるのを知っていたら、神楽の都で石灰や堆肥を買って持ってきたんだがな。質のよいのを売っている店知ってるんだぜ」
 村雨紫狼は土を握った手を叩きながら呟いた。残念ながらトマト畑について知ったのはミヨニの地に辿り着いてから。事前に知る由はあり得なかった。
「これまではどのような肥料を使っていたのだ?」
『んとね――』
 篠崎早矢の質問にガルナが答える。集めた枯れ葉をそのまま使っていたようだ。ないよりもましではあるものの、これではしっかりとした栽培は難しい。
 篠崎早矢も事前に知っていればいろいろと用意してきたのにと思ったが、こればかりはどうしようもなかった。
「羽流阿出州まで買い出しに行ってもかまわねぇよ。てか行くべきだな」
「そうだね。そんなに熊牙号ならそんなに時間はかからないし」
 七羽兄弟が熊牙号を使って必要な品を羽流阿出州まで購入しに行くべきだと提案する。
「そうするべぇよ。決まったな。何、おらが払うから気にすんな」
「ちょっと待った! それは納得できねぇ。言い出しっぺの俺が払うぜ!」
 どちらが購入代金を出すかで二代目と村雨紫狼の意見が対立する。いつの間にかお互いのおでこをくっつけての睨み合う事態となった。
 的吉がああまただといった表情で溜息をつく。二代目はいい奴なのだが喧嘩っ早いところがある。兄の矢吉も似たところがあるのでどうこうはいえないのだが。
「二代目、金ねえだろ。村雨さんに任せておいたらいいんじゃね?」
 矢吉の意見に奥歯を噛む二代目だが黙り込まずに巻き返す。数ヶ月後に陶器を納めるので代金を前借りさせてくれと頼むと的吉がすんなり『構わないよ』と返した。
 これには矢吉が驚く。しかし商売としてはおいしい話といえる。ここは黙っておくことにする。
 すったもんだの末、購入代金は二代目が出すことになった。より正確には七羽兄弟から前借りした金で支払う形である。
 この場は二代目の顔を立ててあげるのが今後ミヨニの地とのつき合いにとって有効だろうと考えてだ。
 何にせよ堆肥や農耕具がなければどうしようもない。
 さっそく希望者達を乗せて熊牙号は羽流阿出州へと飛んでいった。ミヨニの地に残った者達はミヨニの地の精霊達と一緒に畑の周囲の草をむしりとる。
 いろいろな意味で雑草は畑の敵といえた。土壌の養分を奪い、時には繁殖して畑内まで侵入してくる。近い種だと交雑の危険性もある。
 ミヨニの地から飛び立って数時間後、熊牙号は羽流阿出州へと辿り着いた。
 羽流阿出州では開拓用の多種多様な品々が売られている。当然、畑に必要な肥料や農耕具も揃う。
 熊牙号が戻る頃には畑の周囲に生えていた雑草はすべて処理されて綺麗になっていた。
 さっそく畑の表層にほんのりと石灰が撒かれる。
『お〜ほっほっほ! 植物知識は、わたくしの専売特許ですわ!』
 石灰が多すぎてもいけないとからくり・カリンが胸を張る。
「なぜか植物知識だけは豊富だもんなーカリン」
 村雨紫狼の一言にからくり・カリンの高笑いは最高潮に達するのだった。

●耕して種まき
 翌日の作業は堆肥を畑に撒くところから始まった。
「手に入ったのは菜種油の絞りかすである『油かす』、イワシを干した粉の『干鰯』、それと『蚕の蛹』だ。欲しかったのでちょうどよかったが、今後は変わるかも知れない。こちらの土地では余るものが違うはずだからな」
 堆肥は篠崎早矢が選んだものが使われた。堆肥もまた石灰と同じく多すぎてもいけないようである。
「撒く堆肥はこれぐらいの広さにこれぐらいの量でいいみたいですよ。教えてあげてくださいね」
『わっかりましたー。伝えてきますっ〜!』
 緋乃宮はこの地の精霊達への伝達を羽妖精・姫翠に任す。そうすることでより姫翠がこの地の精霊達とより仲良くなれると考えたからだ。
「どうやらトマトの実がなるのは早くて六月頃らしいですわ。せっかく料理の腕前を披露できると考えていましたのに‥‥。残念ですわ‥‥ほんとに」
『まーしゃあないでぇ〜。クレアはん、気を落とさんといてな。楽しみが少し先になっただけだと考えたらどうや? 二、三ヶ月後にはいっぱいのトマトがこの畑に並ぶはずやから」
 珍しくがっくりと肩を落とすクレアを羽妖精・イフェリアが慰める形になっていた。
「‥‥そうですわね。ここは農作業を頑張りましょうか」
 クレアに胸元でぎゅっと抱きしめられて幸せ絶好調の羽妖精・イフェリアである。
『それじゃまー、今度はここの精霊はんたちといちゃこらして来るで〜』
「も、もう! すぐに調子にのるんだから!」
 飛んでゆく羽妖精・イフェリアをぷんすかしながら見上げるクレア。
 だが心の中では感謝していた。そしてクレアの前では適当なことをいっていたイフェリアだが、ちゃんとこの地の精霊達に作業手順を伝えてくれる。
「堆肥といってもいろいろあるんだね。勉強になったよ」
「これ、商いの種にならねぇかな。捨ててるものが遠くの誰かにとって有用ってのは交易商人の出番だろ」
 七羽兄弟は堆肥を撒きながら今後の商売の相談をした。二人は根っからの商売人であった。
 精霊達も手伝ってくれたので一時間も経たずに三種類の堆肥は撒き終わる。本格的な堆肥をこの畑で使うのは初めてなので畝を作る前に一度掘り起こしてよく混ぜることに。
「こいつを使ってくれ。前のよりもいいはずだぜ!!」
「私も一緒に選んだ鍬だ。大きさもちょうどよいはずだ」
 村雨紫狼と篠崎早矢は小人の精霊達用に新たな鍬を複数用意していた。
 それは小人が使いやすいようなるべく小さめでなおかつ歯の部分が長めの鍬であった。身体が小さいとどうしても深く掘り起こしにくい。これなら小柄な彼彼女達でも畝がおこしやすくなるはずだと。
 羽妖精のパリリが見守る中、小人ガルナが試しに新しい鍬で土を掘り返してみる。
『すごく、すご〜く深くささるよー!』
『すっごーい!』
 鍬の刃先の出来が小人自作のものとあまりにも違った。固い地面でもすっと刺さってくれる。小人達は次々と試して歓声をあげるのだった。
 すでに掘り返しを始めた者もいる。
「子供の頃、足腰を鍛えるという名目で手伝いをしたのを思い出すのですよ」
 此花咲は鍬を頭上にまで掲げて一気に振り下ろした。それを難なく繰り返す。
『ご、剛剣に比べれば、この程度の鍬を扱う事など造作も無いですわ‥‥っ』
 此花咲のすぐ隣で羽妖精・スフィーダも大奮闘。しかし三分も経たないうちに両腕が震え始める。ちなみに鍬は小人精霊が以前から所有していた中から一番小さなものを借りていた。
「スフィーダさん、ぷるぷるしているのですよ。精進が足りないのです」
『あー!?』
 此花咲が頬をつついてからからうと羽妖精・スフィーダは怒るのであった。
 人の子供程度の小人精霊ならまだしも三十センチメートル前後の身長しかない羽妖精にとって畑を耕す作業は苦労が大きすぎた。そこで羽妖精達には後で種まきを頼むことにし、今は休んでもらうことになる。
「どりゃ〜〜! うりゃー!! ついでにどえりゃ〜〜!!」
『おほっほっほっ! これぐらいお茶の子さいさいですわ!』
 村雨紫狼とからくり・カリンは比喩ではなく本当に土埃を巻き上げながら畑を耕してゆく。
「こんなものだろう」
 からすが鍬を杖にして畑を眺める。皆で力を合わせたおかげで畑は耕されて堆肥は完全に土へと混ぜ込まれた。
「魂流よろしくな」
『ミュー』
 ここからはからすのミヅチ・魂流の出番である。
 ミヅチ・魂流は水を操って畑全体を湿らせてくれた。さらに水かきで土いじり。その間、一同はお茶で休憩をとる。
「如何かな?」
 からすは振る舞ったチョコレートを食べた精霊達はあまりの美味しさに目を丸くして驚いていた。これがすべて植物から作られていると聞いて二度びっくりである。
「お茶はいいよなー」
 村雨紫狼が提供してくれたお茶は疲れた身体に染み渡った。
 小一時間の休憩が終わると畑はちょうどよい状態になっていた。
 からすは泥だらけのミヅチ・魂流を洗ってあげるために小川へと向かう。
 他の開拓者は小人精霊達と畝を作るために畑へとあらためて鍬を入れた。今後のことも考えて畝の高さや間隔など小人精霊達の調子に合わせる開拓者達だ。
 綺麗な畝が出来上がるまで二時間ちょっと。そして羽妖精達の出番が来た。
「トマトの間隔はこれぐらいがちょうどいいですよ〜」
『わかりましたっ!』
 緋乃宮によれば四十から五十センチメートルがちょうどよい間隔のようである。姫翠によって羽妖精全員に伝えられる。
「後は種を撒くだけなのですよ、スフィーダさん?」
『だ、大丈夫。ねばーぎぶあっぷ‥‥』
「あっぷあっぷ?」
『あー!?』
 空元気な声をあげながら此花咲の肩からふらふらと飛び立つ羽妖精・スフィーダ。やめておいたらといわれたのにも関わらず、畑を耕すのを諦めなかったのでふらふら状態になっていた。
 魂が口から出そうなほどに疲れていたのにも関わらず、羽妖精・スフィーダは種まきも大いに頑張った。等間隔に畝へと種を植えてゆく。
『クレアはんのためにも美味しいトマトに育ってな〜♪』
 羽妖精・イフェリアも飛びながら種を土の中へと押し込んでゆく。
『種まきは楽しいのですっ!』
 羽妖精・姫翠は一粒ずつ願いを込めて種を撒いた。
 羽妖精達が一斉にやってくれたので種まきは一時間弱で終了した。
「仕上げてくれ」
『ミュー』
 からすに頼まれたミヅチ・魂流が霧状の水を畑に撒いて作業は終了。これが今できることすべて。残りはトマトの苗の成長を待たなければならなかった。

●今後の育て方
 三日目、開拓者達は小屋を訪れた小人ガルナと羽妖精パリリに今後のトマト栽培における注意点を教えた。
 まずはからすから。
「トマトは熱に弱いから育てる場所は昼間に常温くらいになるところがよい。あの畑の周囲には適度に木が生えていたから問題ないだろう。寒さには強いから夜は少し冷えても大丈夫。水はやりすぎてはいけない。特に雨季は注意だ。もしも虫のせいで病気になった苗を見つけたらすぐに取り除こう。躊躇ってはいけない。だからこまめに見ておく必要がある」
 からすはわかりやすいようなるべくゆっくりと地面に絵を描きながら説明する。
 二人目は緋乃宮だ。
「水やりは葉がしおれてきたらたっぷりとあげてくださいね。ただし、水のやりすぎで根腐れしないように注意が必要です。ある程度苗が伸びたら支柱を立てて誘導してくださいね。受粉は虫が飛び回っているなら虫にお任せ。そうでないなら、花を軽くはじいて花粉を飛ばして受粉をさせて欲しいのです。開花後してから五十日程度で熟した赤いトマトができます。収穫時期は長いので月一度くらいで追肥をしてください。また主枝と葉の間から出てきたわき芽に栄養を取られない様に摘み取ったほうがよいでしょう」
 緋乃宮の次は篠崎早矢の番である。
「別の場所で育てて定植する育て方もあったが、今回は畑に直接植えたからな。よいトマトを手に入れるためには重なって育ってしまった苗を抜く必要が出てくるだろう。これは必要なことだ」
 想定していた植え方と違っていたので篠崎早矢は最大の注意点を教える。密集した植物はうまく育たないのが道理だからだ。
 最後は村雨紫狼の朋友のからくり・カリンから。
『すでにいわれてしまった注意点もありますが、おさらいとしてもう一度説明しますわ。芽が出てきたら支柱を添う様に立て、適宜、脇芽を間引く必要がありますの。実がなり出したら房に四から五個残るようにすべき。もったいないからといって減らさずにすべて残すのはいけません。その時に一回追肥、更に実が何段にもなる頃にもう一回必要ですわ。加減は少な目で構いませんので』
 からくり・カリンは丁寧に説明した。開拓者達の言葉をガルナとパリリは一生懸命に書き留めるのであった。

●そして
 緋乃宮はミヨニの地を去る前に羽妖精・姫翠を連れて月桂樹を訪ねた。
「うん、ゆっくりと休んで下さい」
『えへへ〜、またお会いできる時が楽しみです』
 周囲に異常がないのを確かめてから緋乃宮と姫翠は月桂樹に一声をかけた。この月桂樹こそ精霊女王ミヨニの本体。周囲の精霊達にも一声かけてからその場を後にする。
 帰り道ではトマト畑のすぐ側を通った。
『少し待ってくださいっ』
 そういって羽妖精・姫翠は畑の中央へと飛んでゆく。
『美味しいトマトが出来ますようにっ! えいっ!!』
 羽妖精・姫翠は幸運の光粉を使う。願いを込めた輝く光の粉が畑へと降り注ぐ。うまくいけばそれほど遠くない日にこの地のトマトが食べられるだろう。
 熊牙号一行が天儀へと戻る日がやって来る。
 去り際、篠崎早矢はミヨニの地の精霊のための置き土産を披露した。
 夜なべをして熊牙号の船倉内で作ったのは馬に取り付けられる農耕具。これがあれば畑の土おこしが非常に簡単になる。
 霊騎・夜空の身体を参考にして作ったものの、縄の閉め方で調節できるので他の馬や牛にも使えるはずである。製作には仲間全員が協力してくれた。
『すごいなー。すごく便利だよー!』
『馬はいるよー』
 見送りに小屋を訪ねていたガルナとパリリが大変喜んでくれる。
「おいらからもお礼をいわせてくんろ。ありがとなー!」
 二代目と精霊達に見送られながら熊牙号は天儀への帰路に就いた。
「希儀産のトマト、どうかね兄弟、商品として」
 ミヨニの地を上空から見下ろす七羽兄弟にからすが問いかける。
「そうか、そうだよな。トマト、いいよな」
「僕たちが気づかないでどうするんだって感じだね」
 七羽兄弟は新しい商いを思い描いた。天儀全体での需要は少ないが、各地の首都ならばやりようがあると。
 それから三日後、無事に武天へと到着した一行であった。