【玩弄】氷の城Ψ終氷Ψ
マスター名:霜月零
シナリオ形態: シリーズ
EX :危険
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/04/27 01:50



■開拓者活動絵巻
1

寺川ゆきち






1

■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 コツン、コツン――

 氷の階段を、一歩、また一歩。
 玩具達が上ってくる。

「もうすぐ、会えるのね」

 刹血華は、頬を染め、入り口を見つめる。
 もうすぐ。
 最愛の玩具達が、ここにくる。
 刹血華の目の前に。

 コツン、コツン――

「ずっと、待っていたわ」

 玩具達が戦う姿を見つめ続けて―― 愛し続けて。
 最愛の彼らを迎える準備は、もう出来ている。
 
 左手には、剣を。
 右手には、氷晶球を。
 
 青と白の床には罠を。
 見上げる天井には無数の氷剣を。

 コツン、コツン――

「可愛い玩具達。お前たちの技は、もう覚えたわ」

 くすくすと。
 氷晶球を指先で回し、刹血華は微笑む。
 
 氷の壁を作って出迎えようか。
 それとも、氷の銃で、撃ち落そうか。
 剣と刀で切りあうのも楽しいかもしれない。
 
 ――コツン。

 最後の足音が、広間に響いた。
 刹血華は、ゆっくりと、氷の玉座から立ち上がる。

「ねぇ、お前達。わたくしの可愛いオモチャたち。わたくしを、楽しませて頂戴?」

 階段を登りきり、居並ぶ玩具達に。
 刹血華は剣を振り下ろす。


■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
ラシュディア(ib0112
23歳・男・騎
ジレディア(ib3828
15歳・女・魔
高崎・朱音(ib5430
10歳・女・砲
サイラス・グリフィン(ib6024
28歳・男・騎
ジェーン・ドゥ(ib7955
25歳・女・砂


■リプレイ本文

●終わりの始まり
 招かれた6人の開拓者達。
 竜哉(ia8037)、ラシュディア(ib0112)、ジレディア(ib3828)、高崎・朱音(ib5430)、サイラス・グリフィン(ib6024)、ジェーン・ドゥ(ib7955)。
 氷光に導かれながら、その先へ、登りつめる。
 氷の階段の先に待っていたのは、この城の主―― 刹血華。
 悠然と微笑むその姿に戦慄が走る。
 以前、皆の前に現れた時。
 その時は、まるで影絵のようだった。
 だが今はどうだ。
 水晶結晶を鋭くしたような、幾重もの氷の下半身。触れれば凍りつくのだろうか。
 妙齢の女性のような上半身。握られた剣は、全てを切り裂くのだろう。
 赤い瞳は愛おしく狂おしく、開拓者達を映し出す。
 玩具と皆を呼ぶ声は幼く冷たく、そして抗いがたい魅力を醸し出す。
 影とは比べ物にならない、圧倒的で確かな存在感。
 氷光と氷晶球が無数に浮遊し、広間を囲む氷の壁を光が煌めいた。
「さて……ようやく主との対面か。さして胸の熱くなるものでもないがな」
 カフィーヤを首に巻き、サイラスが刹血華を挑発する。
 彼女の赤い瞳が嬉しげに細まった。
「ラシュディア、きっと護ってくれるって信じてるから」
 無事でいてくれるって、信じてる。
 最愛の人の背中を、ジレディアはみつめる。
 握り締めた杖は、夜空を髣髴とさせ、煌めく七つの輝きはジレディアの力に変わる。
「……必ず、一緒に帰るからな」
 足元に光りながら移動してくる何かを、ラシュディアはひらりとかわし、刹血華と仲間達の―― ジレディアの間に位置を取る。
「次は何が待ち構えているのか……と、思いきや、やっと本人登場かの」
 かちりと、朱音がマスケット「レッドスター」の撃鉄を上げる。
 にやりと笑う朱音の純白の銃身に狙いを定められていても、刹血華は欠片も動じない。
 むしろ早く撃ちなさいと誘っているかのよう。
「それじゃ、遊ぼうぜ?」
 竜哉がいえば、ジェーンも頷く。
「私は傭兵です。契約したからには、私の命を今この瞬間に賭しましょう。遊戯を終わらせるために」
 ジェーンが放つ銃声が、開幕の合図。
 浮遊する氷晶球が次々と撃ち抜かれ、氷の欠片が広間に舞い散った。


●開幕戦
「派手に散るが良い!」
 朱音の銃弾が『真っ直ぐに』刹血華へ放たれ、竜哉が風を切って急接近を試みる。
 刹血華が銃弾をその瞳で難なく捕らえ、剣で払おうとした瞬間、急カーブし刹血華の手にする氷晶球を撃ち砕く。
「やるわねぇ。でも、こちらは駄目よ? わたくしには全て見えているわ。この城の壁と氷晶球が全てを私に伝えてくれるのだから」
 壊された氷晶球にさしたる憤りも見せず、刹血華は竜哉の急接近をその剣で阻んで見せた。
 牽制で投げられた手裏剣も、花が散るように床に舞い散る。
 氷の剣から発せられるオーラの塊が、竜哉を弾いた。
 だが竜哉はそこに留まる。
 壁まで吹き飛ぶはずの衝撃は、竜哉の力で相殺される。
「飛ばないのね……嬉しいわ」
 くすくすと笑う刹血華に、電撃が放たれる。
 光を氷晶球に反射させながら突き進むそれを放ったのは、ジレディアだ。
「魔女は私の目標であり憧れ……決して貴女等に、人類の敵に名乗らせなんかしない!」
 彼女の真っ直ぐな瞳を見つめたまま、刹血華は氷の壁を出現させて雷撃を阻む。
「その魔法は、私の……っ!」
「お返しするわ」
 刹血華からいくつもの氷の礫がジレディアに向かって放たれ、けれどその礫はジレディアに届くことはない。
「させるはずがないだろう」
 ラシュディアの苦無がことごとく礫を叩き落とし、忍刀が弾ききれなかった礫を叩ききる。
「剣は降る前に、破壊すればよいだけの事」
 その間に氷晶球を壊し続けたジェーンが、その銃身を天井へ―― 刹血華の頭上へと向ける。
 天井から、今にも降り注いできそうな氷の剣を排除し、刹血華への攻撃へと転じる為に。
 だがジェーンに撃ち抜かれた氷の剣は、刹血華に突き刺さる直前に溶けて消え去った。
「この城の氷がわたくしを傷つけるはずがないでしょう? この城は、わたくしが作り出したものなのだから」
「なら、お前の作り出した物ではない俺の剣を見舞おうか」
 余裕の崩れない刹血華に、サイラスが繰り出す剣はさらなる喜びをもたらす。
「この剣の輝き、好きよ? お前の髪のよう」
 一瞬で刹血華はサイラスとの距離を詰め、その金の髪に触れ―― すれ違いざま青い爪がサイラスの頬を切り裂いた。
「っ!」
 白い指先についたサイラスの血を、刹血華はその唇に乗せる。
 だがサイラスも負けてはいない。
 すれ違うその瞬間、彼もまた、刹血華の二の腕をその剣の切っ先で斬りつけていた。
「楽しいわ」
 痛みは感じているだろうに、治しもせずに刹血華は片手を天へ伸ばす。
「還っておいで」
 短く呟かれた命令は、瞬時に形作る。
 刹血華の周囲に強力な冷気が渦巻き、それらは現れた。
 氷の身体を持ち、皆を苦しめた強敵。
 道化師、氷獣、回転木馬、歌姫、片翼の天使―― 渦の中から最初に出現したのは氷獣だった。
 氷のリングを次々と出現させ、瞬時に氷の床に冷気を這わす。
 貼った冷気は床を凍らし、その色を曖昧に染め上げる。
 それでも床を移動する奇妙な光が見えるのは幸運なのか。
 氷獣の凍り吹雪が、唸りを上げて皆に襲い来る!
 

●竜哉
(貴方を作り出したのは、誰か)
 吹雪の中、刹血華の繰り出す剣を受け止め、竜哉は遠い記憶に再び思いを馳せる。
 完成しえなかった絵本。
 それを作り出していたのは――。
「どこを見ているの? お前が見て良いのは、わたくしだけよ?」
 キンッ……!
 氷の剣と、真紅の刀。
 ぶつかり合う二つの剣は、高い音を何度も広間に響かせる。
「楽しいか? 自由に動けることが」
 竜哉の魔剣が、更なる力を帯びる。
「わたくしは、いつでも自由だわ」
 自由のその意味。
 竜哉の紡ぐ言葉の意味を理解しながら、刹血華はあえて剣を放さず、押し合う。
 剣と刀がこすれあう、鈍い音が滲む。
 一歩も引かずに、均衡する力と力。
「愉しいか? 誰かが自分を見てくれることが」
 キンッ!
 一際力強く竜哉が刀を振るい、素早く間合いを取る。
 決して離れすぎない絶妙の位置を保ちながら、竜哉の移動範囲は予測できない。
 一瞬で距離を離したかと思えば、加速した刹血華が追いつくタイミングでかくんと速度を落とし、その攻撃タイミングをずらす。
 氷の下半身で、滑るように滑らかに広間を移動する彼女は、速度こそいくらでも追いつけるものの、緩急には手を焼いているようだ。
「わたくしだけをみて」
 痺れを切らし、刹血華は竜哉に突撃する。
 全身からオーラを立ち上らせる彼女の残滓は、巨大な一本の槍。
「それを受けるわけにはいかないな」
 槍の軌道を逸らし、竜哉はそれを受け流す。
「じゃあ、タノシモウカ。この場限りの、短い夢を」


●ラシュディア
「お前の相手は、俺だ。滅びろ」
 刹血華が呼び出した氷獣と、ラシュディアは向かい合う。
 彼にとって、それは見た事のない敵だった。
 百獣の王を思わせる太い足が床を掻き、金髪のラシュディア目掛けて跳躍する。
「そいつの身体に決して触れるな!」
 サイラスの警告が飛ぶ。
 理由を尋ねるよりも何よりも、ラシュディアは仲間の声に即座に従った。
 低く唸りを上げる氷獣は、無表情。
 ラシュディアは床の光を避け、どことなく単調で機械的にすら感じる氷獣の足に、手裏剣を放つ。
 あっさりと突き刺さったかのように思えたそれは、凍り付いて床に落ちた。
(触れたものを凍らせるのか)
 サイラスの警告を聞かずに、忍刀で切りつけることを選んでいたら。
 床に凍りつき倒れ伏すのは、ラシュディアだったろう。
(だがどうする?)
 突進を持ち前の俊敏さでかわすも、忍刀は使えない。
 手裏剣を投げても、触れれば凍りつき無効にされてしまうのだから、ラシュディアに勝機は無い様に思えた。
(仲間の元にだけは行かせない)
 倒せずとも、気を引き続ける。
 そんな選択肢を選びかけた彼に、最愛の者の声が響く。
「私にはあなたが、あなたには私がいます!」
 杖を掲げるジレディアの意思を具現化し、氷獣を炎が包み込む。
 渦巻く炎は全てを焼き尽くす勢いで、強く激しく燃え盛る。
 ジレディアの強い意志を反映しているのだろう。
(この状態なら)
 ラシュディアが、その一瞬の出来事を見逃すはずがなかった。
 氷の床を瞬時に走り間合いを詰め、氷獣に忍刀「鈴家宗直」を煌めかせる。
 さらりと風のように凪ぐその動きは、炎に焼かれる氷獣の首を斬り落す。
 

●ジレディア
 氷獣を倒された刹血華が次に呼び出したのは、歌姫。
 高らかに歌う彼女を守るように、氷の騎士も数体呼び出される。
 回転木馬そのものを呼び出さなかったのは、気まぐれか、それとも、呼び出す力が残されていないのか。
「一度見た相手など、どうとでもなります!」
 高らかに宣言し、稲妻を迸らせる。
 もっともジレディアが得意とする雷撃系列のその呪文は、パリパリと弾けながら氷の騎士に。
 長い射程と自動命中。
 本来なら威力と引き換えに得た射程で、足止めや牽制程度の威力しか持たなかったであろう。
 けれどジレディアの高い知力によって威力を増した雷撃は、歌姫が歌う癒しの歌が治癒するより早く、劣化した騎士を次々に瘴気へと還して逝く。
 そして騎士を倒しながら、ジレディアは氷晶球を出来る限り破壊する。
 刹血華の第三の瞳。
 周囲の壁と、氷晶球を壊さない限り、彼女に死角は存在しないのだ。 
「お前達は、これを壊すのが本当に好きね」
 ジレディア目掛けて床を瞬時に移動する刹血華を、ラシュディアが忍刀で押さえる。
「させないって、言っただろうが!」
「早くお前達を引き裂きたいわ」
 くすくすと笑いながら離れる刹血華が、決してジレディアに接近しないように牽制しながら、ラシュディアはジレディアを抱きかかえる。
 漆黒のドレスが蝶の羽の様に、ラシュディアが攻撃を避けるたびに舞う。
「艶やかな蝶のようね。花を枯らせば壊れるかしら」
 笑いながら二人に向かって放たれた閃光を、ラシュディアは避けて時間を一瞬稼ぎ、ジレディアがその自動命中を阻むべくサンダーを放つ。
 二本の稲妻が空でぶつかり合い、せめぎ合い、激しい火花を散らす。
 だが刹血華の放った閃光を纏う稲妻は、ジレディアのサンダーよりほんの僅かに勝っていた。
 それも致し方の無い事だろう。
 刹血華が放ったそれは、高い知力を誇るジレディアのアークブラストを模写したのだから。
 力を殺がれながらも、二人に稲妻が落ちる。
 身体を貫く電流は、素早いラシュディアの動きをそこに止め、抱きしめたジレディアの身体を抜けて氷の床へと流れてゆく。
「……残念だが、俺は枯らされるような花じゃない」
 ラシュディアは、決してジレディアを落しはしない。
「これぐらい、耐えて見せます……私は魔術師ですよ。剣の攻撃でもないなら耐えられます!」
 電流に焼かれた身体が訴える痛みを、ジレディアは耐え切る。
 背中に伝う大量の汗に、ラシュディアが気づかなければいいと願いなら、ジレディアは雷撃を繰り返す―― 刹血華ではなく、氷の歌姫に。
 刹血華はラシュディアの苦無が止めきる。 
 雷撃を受けた歌姫は、即座にジレディアに向けて光を放つ。
 だがその威力はどうだ?
 話すこと以外の動きを封じてしまい、石像に化せられるはずのそれは、ジレディアの動きを鈍らせるだけに留まった。
 力も、そこに宿る意思すら持たないただの模造品は、これ程にも脆いものなのか。
「主を想う気持ちすら持たないあなたに、私は止められません!」
 ジレディアの強い意志から作り出された炎の前に、歌姫は溶けて消えて逝く。 


●朱音
「では、このつまらない遊びはここで終幕とするかのぉ。我らの手で……!」
 短期決戦。
 それを狙って、朱音は最初から全力で銃を撃ち放つ。
 朱音の練力を纏ったそれは、刹血華の氷の下半身を打ち抜いた。
 剣の様に尖る氷晶結晶はその根元から爆ぜ、氷が舞い散る。
 だが刹血華の移動速度は変わらない。
「全力でお主を撃たせて貰う。今までつまらない遊びに付き合わされた礼は、何倍にもして返さねばの」 
 練力を残す気など、朱音にはさらさらない。
 そんな彼女の銃弾は、氷晶球を砕いた時と同じように予測がつかない。
 外れたように見えて、クッと急カーブをしてくる弾丸は、刹血華の身体を徐々に削り落としてゆく。
 弾け飛ぶ氷の欠片が床に舞い、宝石のような輝きを持つ。
「お前の技は、撃つばかりではなかったのね。楽しいわ」
 小さな身体から放たれる強力な銃撃の数々は、氷晶球を覗きながら刹血華も強い興味を魅かれてはいた。
 だがいまその身で味わう銃弾は、なんとも甘美。
 うっとりと頬を染め、刹血華は氷の銃を瞬時に作り出す。
 そして、朱音の胸部目掛けて撃ち放つ。
 氷の弾丸が朱音の身体を貫き、そのまま吹き飛ばす―― 床の光の上に。
「くっ……我が膝をつくか……っ」
 胸の傷は急所を辛うじてそれていたものの、床の光が一瞬にして朱音の練力を奪い去る。
「わたくしの力が、漲ってゆくわ」
 くすくすと笑う刹血華。
「我の力を、返すが良い……っ!」
 銃身を杖にし、立ち上がろうとする朱音を、サイラスが抱きとめる。
「動くな、しゃべるな!」
 口の端から血を流しながらも、なお不敵に笑う朱音に、サイラスが止血剤を胸にあてがう。
 溢れる血が、朱音の豪奢な着物を赤く染め上げる。
 ジェーンと竜哉が刹血華に急接近し、朱音への追撃を塞き止めた。
 朱音が懐から銃架「金輪」を取り出し、撃つ。
 サイラスが止める間もなかった。
 撃った弾みで、更に血が溢れた。
 さして照準を定めずとも狙いやすい構造が功を奏し、血塗れた銃から放たれた銃弾は刹血華の胸を打ち抜いた。
 そう、朱音が受けた傷と寸分違わぬ同じ位置を。
「我に、敗北などないわ」
 多量の出血に意識を奪われそうになりながら、朱音は不敵に笑う。
 

●サイラス
 朱音を撃ち抜き、そして彼女に撃ち抜かれた刹血華は、命を落すかに思われた。
 氷の身体に亀裂が走り、ぱらぱらと崩れだし――けれど次の瞬間、青い光が刹血華を包み、一瞬にして傷を消し去ってしまったのだ。
「そろそろ退場して貰おうか」
 朱音に、もう大丈夫だとその背を押されたサイラスは、緑の瞳に強い怒りを込める。
 いつまで、このくだらない遊びに付き合わなければならないのか。
 望まない戦いに無理やり引きずり出され、そして仲間を傷つけられて。
 けれどサイラスは、怒りのままに突撃するようなことはしなかった。
 ジェーンが広間の壁を撃ち抜き、竜哉が刹血華の気を惹きつける。
 第三の目で死角を持たない刹血華。
(だが、気を逸らされていれば話は別だ)
 刹血華が好きだといった剣を掲げ、サイラスは誓約を口にする。
「騎士として、人として。今ここに誓おう、全てを終わらせると」
 誓うその身に精霊達が答え、宿り、力を貸し与える。
 床を動く光を避け、サイラスが駆ける。
(この光は、練力を奪うだけか? 天井の剣は、なぜ落ちてこない?)
「止めて見せるわ……スィエーヴィル・シルト」
 呟くように囁いて、刹血華は氷の盾を作り出す。
 刹血華から立ち上るオーラが、サイラスの剣を阻む。
 硬い防御に軽く舌打ちをして、
「その程度で止められると思っているんだな」
 ロングソード「ガラティン」を、刹血華の持つ氷の盾のど真ん中に突き立てる。
 サイラスの手元が太陽の如く輝き、氷の盾を砕いて刹血華の左腕をそのまま切り裂く。
 短い悲鳴を上げて、けれど刹血華は引かない。
 間合いを取るサイラスに一気に急接近し、その首元に剣を。
 一瞬だった。
「刹血華……っ」
「これは、頂くわ。わたくしのものなのだから」
 斬られたと思った。
 だが、サイラスが奪われたのは命ではなくカフィーヤ。
 落そうと思えば落せた首を軽く皮膚一枚を殺ぐに留め、刹血華は血に染まったカフィーヤを腕に巻く。
 サイラスが過去にしたように。
「おいで、お前達」
 刹血華が再び召喚する。
 片翼の天使達を。


●ジェーン
 ラシュディアとサイラスが氷の天使を相手取り、ジェーンが最後の壁を撃ち砕く。
「見晴らしが良いわ」
 全ての壁と氷晶球を消された事により、第三の目を封じられた刹血華は、それでも楽しげにジェーンと向き合う。
「これが最後です。刹血華」
 青いタイルを選びながら移動するジェーンは、大量のオーラを消費しながら刹血華の死角を探す。
 竜哉が純白のマントを翻し、刹血華と剣を交える。
 刹血華は緩急を繰り返す竜哉の動きに合わせ始め、まるで二人で踊っているかのよう。
「次は、私と踊って頂けますか?」
 竜哉がすっと離れた瞬間に、ジェーンが刹血華の懐に飛び込み、そのまま刀で斬りつける。
 ジェーンの祖父が打った刀は、今日も彼女の手によく馴染んだ。
 回避不能な至近距離と、ありえないほどに極めた技、そして使いこんだ刀。
 この状況で、ジェーンが劣るはずがなく、そしてそれは深々と確かな手ごたえとして、刹血華を抉る切っ先に残る。
 氷晶結晶を粉々に砕かれ、その身も深く抉られた刹血華は、氷を舞い散らして柱に背を預ける。
「お前の動きは綺麗すぎるの。魅せられてしまったわ」
 刹血華がアイスボールを撃ち放つ。
 巨大な氷の塊が炎のように、ジェーンに向かって落ちてゆく。
 だがその攻撃は、既にジェーンには見切られていた。
「どんなに似せようとも、武器も技も紛い物に過ぎませんね」
 アイスボールは、ジレディアのファイヤボールの模倣。
 ジレディアが使うのを共に戦い、見てきたジェーンにとって、発動の初動を見極める事はさほど難しくはなかった。
 何がくるのかわかっていれば、それを避ける事も容易。
 アイスボールは既に何もいない床の上で爆ぜ、氷の欠片を撒き散らす。
「お前の技も、わたくしは覚えているわ」
 胸鎧「マーセナリー」の継ぎ目目掛けて、刹血華の剣が煌めく。
「人は成長するものです。貴方が覚えたそれは、既に過去のものでしかありません」
 ジェーンを真似た刹血華の攻撃を、同じポイントアタックで切り返す。
 胸部を狙った刹血華の剣は、ジェーンの無銘業物「千一」の厚い肉厚の刃に弾き飛ばされた。
 

●罠
「堕天使に成り下がったな」
「あいつ等は、もっと強かったさ」
 サイラスとラシュディア、二人の刀と剣が、片翼の天使達を斬りつける。
 動きを鈍らせるダイヤモンドダストは、本物に比べて遥かに劣り、二人の行動を阻害しえない。
 砕け散る片翼の天使を目の端に捕らえながら、
(いまなら……っ)
 ジレディヤの杖から、小さな吹雪が床に吸い込まれてゆく。
 天使が砕けた氷と、ジレディアの小さな吹雪。
 注意深く見ていなければ、わからなかっただろう。
 青の床だけを踏み、ジレディアは後ろに下がる。
 と、その瞬間だった。
 カチリと音が鳴り、天井から無数の氷の剣がジレディアに降り注ぐ。
 ラシュディアが手裏剣を放ち、サイラスとジェーン、竜哉が剣で払うが間に合わない。
 ジレディアの紫の瞳に降り注ぐ剣が映し出され―― 空で爆ぜた。
「まったく面倒な作りじゃな。上にも下にも罠を置いて……厄介この上ないのぉ」
 朱音だ。
 彼女が放った銃弾が、ジレディアに降り注ぐ寸でのところで氷の剣を粉砕したのだ。
 止血剤で完全に血の止まった彼女は、ジレディアに目配せする。
 見ていたのだ、彼女が床に罠を仕掛けるのを。
「私には、仲間がいます。愛するものがいます。刹血華、あなたとは違うんです!」
 刹血華と、罠を挟むように対峙し、ジレディアは彼女を挑発する。
 第三の目を失った彼女に、罠を見破ることは出来なかった。
「じゃあその全てを奪ってあげるわ」
 ほんの少しだけ、どこかに苛立ちを含みながら、刹血華がジレディア目掛けて駆けてくる。
 それはジレディアが望んだ行動。
「これでも、くらいなさい!」
 焙烙玉を投げると、床の罠が発動し、刹血華の動きを止め、その場から動けなくなった刹血華に、焙烙玉の爆風が情け容赦なく浴びせられる。
 続けざま、追い討ちをかけようとした時だった。
 刹血華の周囲を、一瞬にして氷の壁がドーム状に取り囲んだ。
 ―― 絶対氷防御。
 氷の壁は、接近戦を行った竜哉とジェーン、そしてサイラスを取り込み、全てを拒絶する。
 

●氷の中で
 ジレディアとラシュディア、そして朱音の遠距離攻撃が全て無効化され、消滅する。
 透明度の高い分厚い氷は、中の様子をラシュディア達に見せ付ける。
「青い床ばかり踏むのは避けるんだ。連続で踏み続けると氷の剣が振ってくる!」
 刹血華の剣を受け止め、氷の壁に押し付けられながらサイラスが叫ぶ。
 罠を発動させたジレディアの動きを見ていたのだ。
 ガードブレイクで反撃に転じ、サイラスは刹血華を斬りつけながらその剣撃から抜け出る。
 ぎりぎりと剣を交えながら、同時に刹血華はジェーンに電撃を放つ。
 一瞬その場に動きを縫いとめられたジェーンは、床の光に練力を奪われた。
「チェックメイトまでの手筋、生み出してみせます」
 それでも全ての練力を奪われる事はなく、刀を刹血華の身体に突き立てる。
 足を深く抉るそれに、刹血華の表情が苦悶に歪む。
 刀を引き抜こうと暴れる彼女に、ジェーンは片手の銃を鎧通し「松家隆茂」に持ち替え、氷晶結晶を刹血華から引き剥がす。
 生爪を剥がされるかのような激痛に、刹血華の赤い瞳から涙が溢れた。
 氷壁の外では、朱音とジレディア、ラシュディアが、技を構えて消える瞬間を狙い続ける。
 踵から刹血華の脳天を直撃する竜哉。
「もうお前の玩具はどこにもいないんだ。二度と、遊べもしない」
 武器に自身のオーラを一気に放出し、霊剣は威力を増して刹血華の身体を斬り砕き、片手で彼女の髪を掴んで床に叩きつける。
 氷の壁が砕け散り、その瞬間朱音の白い銃身が再び火を噴く。
「流石に上級アヤカシ。技がバラエティに飛んでいる事じゃの。まったくもって嬉しくはないが」
「ジレディーを傷つけた罪、償ってもらうよ」
 フロストマインの効果が切れた刹血華に、ラシュディアの影縛りが絡みつく。
 長く伸びた黒い影は、生き物のように刹血華の氷の身体を縛り上げ、剣を落とさせた。
「この渦巻く炎が、あなたを浄化するでしょう……エルファイヤー!」
 体と体、技の属性と杖の属性を合わせ、更に威力を増している業火が刹血華を燃やし尽くす。 
 刹血華にはもう、崩れ落ちる身体を癒すことは出来なかった。


●夢幻氷
 満身創痍―― その場の皆が、無傷では済まされなかった。
 けれど、それでも。
 竜哉が刹血華を抱きしめる。
 一度だけ。
 彼女が竜哉の傷を癒した事があった。
 重傷を負い、満足に動く事の叶わない彼を。
 気まぐれなそれを、けれど竜哉は忘れる事が出来なかった。
 皆、敵を抱きしめる竜哉の行動を咎めることなく、見つめて。
 刹血華の身体は少しずつ砕け、砕けた氷は空へと消えて逝く。
 ダイヤモンドダストのように煌めく指先を、刹血華はそっと、竜哉の頬に延ばす。
「楽しかったか? また遊ぼうか」
 語りかける竜哉に、刹血華は何かを呟いて。
 囁く最後の声は、彼の耳にだけ届く。
 粉々に砕けた彼女の欠片は、絵本を一瞬形作り―― 永久に消え去った。
 その形の意味。
 その答えは、竜哉の心の中にだけあるのだろう。
「私の玩具、な。ったく、好き勝手言いやがって」
 刹血華に奪われ、そして遺していったそれをサイラスは拾い上げる。
 この場に残していこうか。
 一瞬だけ、そんな気持ちに囚われる。
 けれどそうはせず、サイラスはポケットにしまいこむ。
 サイラスの血で赤く染まったそれは、ファルスの幕を下ろす緞帳のよう。
(これで、神楽の都に戻れるな)
 サイラスは、都にいる師と弟弟子を想う。
 温厚で、銀髪を編んで束ねた弟弟子のほうは、まだいい。
 問題は師匠だ。
 生活力というものが大きく欠けた師は、サイラスが身の回りの世話をしてやらないと、まともに食事を取っているのかすら怪しいのだから。
「遊戯は、これで終わりですね」
 空へと昇って逝く氷の欠片にふれ、ジェーンは刀を鞘に収める。
 深みのある黒い瞳を外に向ければ、消し去った城の壁から空が見える。
 そこにはもう、氷の壁はない。
 ホワイティアの街を封じ込めた壁は、消え去ったのだ。
「まったく、子供を相手にしておるようじゃったわ。我に屈辱を与えたことは評価してやるがの」
 最後まで不敵な朱音。
 彼女も最上階から外を見下ろす。
 そこには、ホワイティアの人々が続々と集まっていた。
 見知った顔に朱音が手を振ると、歓声が巻き起こる。
「魔女の名誉を、守らせて頂きました」
「ジレディー。俺は君を守れたことを誇りに思う」
 ジレディアとラシュディアは共に寄り添い、見つめ合う。
 城下の歓声はどんどん大きく膨らんでゆき、城の中に響き渡る。
 終わったのだ。
 何もかもすべて。
 何処からともなく紙吹雪が舞い上がり、色とりどりの花火が上がる。
 ホワイティアを救った6人の開拓者の名は、この町で永久に語り継がれるのだろう。
 盛大な拍手は感謝と共に、いつまでもいつまでも鳴り響いた。