Ψ血染めのカフィーヤΨ
マスター名:霜月零
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/06 00:48



■開拓者活動絵巻
1

咲 蔵






1

■オープニング本文

前回のリプレイを見る


「おもちゃが壊れてしまったわ」
 それはいくつもの氷晶球を弄びながら呟く。
 相変わらず、容姿にそぐわない幼い声で。
 氷で出来た身体と、水晶結晶を思わせる鋭い下半身。
 人では決してありえないその姿は、けれど美しかった。
「あの子のジャグリングは楽しかったわ。もう、みれないのね。……最も、代わりのおもちゃはいくらでもいるのだけれど」
 くるり、くるり。
 長く細い指先で氷晶球を回す。
 眼下に広がる氷の世界は、欠片も代わり映えしない。
 けれど、玩具はいくらでも転がっているのだ。
 ほんの少し、手を加えるだけで。
 そう、玩具が一つ壊れてしまったけれど、新たな玩具が六個も見つかったように。
「黒髪も良かったけれど……まずは、あの金髪、ね?」
 くるくると氷晶球を回して、それを介して視ていた先日を思い出す。
 この氷晶球を砕いた黒髪の美丈夫も捨て難いが、舞う様にピエロの動きを止めた金髪の青年が気になった。
 彼が舞う様に使ったカフィーヤを、今度はその血に染めてまとったら、どれ程楽しいだろう?
 綺麗な顔が苦痛に歪むのも、また、楽しみ。
「ねぇ、お前達。わたくしの可愛いおもちゃ達。わたくしを、もっと楽しませて頂戴?」
 それの問いかけに、配下の一人が前に進み出る。
「そう、今回はお前が楽しませてくれるのね? いい子だわ」
 氷の鬣を優しく撫ぜて、ソレは配下のモノ―― ライオンを思わせる氷の獣の額から伸びる大角に氷晶球をそっと加える。
 まるで最初からその場にあったかのように、角の根元で氷晶球は輝いた。


「アヤカシだ、逃げろっ!」
 自警団の声に、人々は蜘蛛の子を散らすように散り散りに駆け出す。
 だがアヤカシの動きは素早く、大地は血で染まった。

『グルルルル……』
 
 人々の血を浴びて、氷の獣は低く呻く。
 その目は、金髪の青年を探す。
 不幸な事に、その場に居合わせた金髪の青年は数名。
 足元に転がる死体にはもう興味を示さず、獣は一直線に金髪の青年に向かってゆく。
 志体持ちだったのだろう。
 狙われた青年は咄嗟に身をかわして地面を蹴るが、出来たのはそこまで。

『グルルゥッ!』

 妙な鳴き声をあげ、獣のその口から無数の氷の弾丸が辺り一面に打ち放たれた。
 カフィーヤを咥えながらの攻撃だというのに、志体持ちの金髪の青年はもちろんの事、数人の金髪も、そして無関係な人々も巻き込まれ次々と倒れてゆく。
「こ、この村を守るは私だッ……!」
 逃げる事無く、自警団の青年が必死で氷の獣の前に立ち塞がる。
 だが金髪でもないその青年に、獣は然したる興味を示さない。
 物憂げに軽く吼えると、額の角が光り、氷のリングが出現した。
 半径1m程度のそれはさながら氷でありながら青い炎を上げるそれは火の輪のよう。
 氷の獣は青年を無視し、氷の輪を何個も作り出して潜りだす。
「ば、馬鹿にするなぁあっ!!」
 逃げればよかったのだ、氷の獣が遊んでいるうちに。
 だが人々を守れなかった悔しさと侮辱に青年は耐えられなかった。
 青年を見もしないそれの背に、青年は深々と剣を突き立てた。
「え……」
 だが、無駄だった。
 青年は剣もろとも凍りつき、その場で氷の彫像と化した。


 獣が金髪の青年達の死体を咥え、死体の顔を踏みつけてカフィーヤをその血に浸すと、氷晶球が鈍く光った。
 どこか遠くから、

「それじゃないの……もっともっと、たのしいおもちゃなの……」

 そんな呟きが聞こえ、氷の獣は気まぐれに村を氷付けにして滅ぼすと、次の得物を目指して村を後にする。 


■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
高崎・朱音(ib5430
10歳・女・砲
サイラス・グリフィン(ib6024
28歳・男・騎
ジェーン・ドゥ(ib7955
25歳・女・砂


■リプレイ本文

●氷獣
 ジルベリア最北領・スウィートホワイト。
 その首都ホワイティアの北門にそれは現れた。
 血に濡れたカフィーヤを咥え、力強い体躯は野生のライオンのそれを思わせ、氷の身体は決して自然の生き物ではない事を見る者に告げる。
 額に堂々と主張する角の根元には輝く氷晶球。
「再びの氷で出来た体を持つアヤカシですか。何者かの意志を感じずにはいられませんね」
 アヤカシ襲撃の報を受け、緊急依頼を受けたフレイア(ib0257)は眉宇を顰める。
 先日、彼女達が撃破に成功したピエロ型のアヤカシも、目の前の氷獣も、その身体は氷で出来ていた。
 尤も、本当の氷とは違いその身体はすぐに溶けたりはせず、割れもしないのだが。
(こいつも氷の球、か。あの道化師を思えばこの獅子も一筋縄じゃない、か?)
 竜哉(ia8037)も以前戦った氷のピエロを思い出し、氷獣の角に輝く氷晶球に目を留める。
 氷晶球は鈍い輝きを放ち続けている。
(氷のアヤカシはジルベリアでは珍しくありませんが、角の根元に輝く氷晶球からは嫌な予感を感じずにはいられません)
 ジェーン・ドゥ(ib7955)も竜哉やフレイアと同じく氷の身体や氷晶球に感ずるものがあるようだ。
 けれど頭をふり、ジェーンは思考を外に追いやる。
 今は、関連性よりもなによりも氷獣を退ける事に全力をかけなくては。
「随分厳ついお客さんだね。ボクは招いていないよ」
 水鏡 絵梨乃(ia0191)は呟いて相手の出方をみる。
 いつもなら速攻で攻撃にでる彼女だが、氷で出来た相手の身体とギルドに入った緊急依頼内容とを照らし合わせ、素手で殴りかかるような真似はしない。
 北の村はホワイティアに比べたら遥かに小さな村とはいえ、目の前の氷獣は村一つを凍らせてきているのだ。
 警戒しつつも水鏡は敵の攻撃手段で一番鋭そうな角を確認する。
(まず相手の武器を奪うってことで、狙うのは角かな?)
 狙う隙があればだが……。
「まったく、サーカスは嫌いではないが観戦料が自分達の命とはボッタクリもいい所じゃな。しっかりと踏み倒させて貰うのじゃ」
 開拓者を前に地面を太い脚で掻き、様子を覗う氷獣に高崎・朱音(ib5430)の銃口は既にきっちりと狙いが定まっている。
 あとは射程距離内に入るのを待つだけだ。
 そして金髪の青年・サイラス・グリフィン(ib6024)が一歩前に進み出る。
「漸く長い冬が去ったってのに……再び街を冬で覆うってのか」
 その凛とした緑の瞳には、怒りが見える。
 皆より少しだけ北門に集まるのが遅れたのは、町の人々を逃がす為。
 此処に来るまでの間にホワイティアの住民に避難を呼びかけ、スムーズにそれが進むように北門の警備兵にも指示を出した。
 だから今この場は、最悪戦場となりえる北門内までも無人と化している。
 そしてほんの少しだけサイラスがこの場への到着が遅れた事は、彼にとって、そして皆にとって幸運だった。
 氷獣に対する迎撃準備を整える時間が出来、その跳躍を止める事が出来たのだから。

『グルルルルルルゥ……っ!!!』

 じっとこちらの様子を覗っていた氷獣がサイラスの姿を視認した瞬間、金髪の彼目掛けて唸りながら跳躍を繰り出した!


●狙われしサイラス
「先手必勝というし、初手で一気に行かせて貰うのじゃ! このメガブラスターを食らうがよいのじゃー!」
 血に濡れたカフィーヤを咥え、サイラスとの間を一瞬で縮めた氷獣に朱音の魔砲「メガブラスター」が迎撃する。
 魔槍砲「アブス」から放たれたそれは輝きながら氷獣を撃ち落す。
 一直線にサイラスに向かって跳んだ氷獣は朱音の攻撃を見てもいなかった。
 三発の魔砲に撃たれた額の角から氷の破片を散らし、跳躍を押し返されるように後ろに飛ばされた氷獣はクルリと宙を回転し開拓者達から距離をとって着地する。
 そして間髪いれずに氷のリングを周囲にいくつも出現させた。
 ボロボロの角の残骸ともいえる状態でも召還できたらしい。
「我の魔砲にお捻りかの? 何も買えそうにないわっかじゃが」
 未知のそれに朱音は欠片も動じない。
 それどころかどこか楽しげに挑発する。
 氷獣が丁度潜り抜けれる大きさのそれは地上からほんの2メートルほどを浮遊している。 
 そして動じないのはサイラスもだ。
 明らかに彼を狙って氷獣は目を逸らさないというのにその正面から逃げようとしない。
 むしろ自分を狙えとでも言っているかのよう。
(もし俺で気が引けるようならば)
 サイラスはどんな動きにも対応できるよう、そして可能であれば自らを囮に仲間が攻撃する隙を作れるように自らの身体にオーラを纏う。
 開拓者も、氷獣も。
 一瞬たりとも目をそらさずじりじりと緊迫する中、竜哉が動いた。
「貴方を試させてもらうよ」
 木製のトンファーを腰に下げ、大した威力を持たない手裏剣を氷獣目掛けて放つ。
 棒状のそれは釘のように氷獣に深々と突き刺さる。
 だが、それは目の錯覚だった。
「……なに?」
 ぴきぴきと高い音を響かせ、手裏剣は凍って割れたのだ。
 氷獣の身体にはほんの少し刺さっただけなのだろう。
 その身体には割れずに残った手裏剣の欠片が残っている。
「身体に触れたら凍るのかぁ……これはいつも通りの戦い方じゃ無理だな」
 水鏡は何時もの拳を使った肉弾戦を避け、気功波を放つ。
 片手で軽く放たれたそれは、けれど氷獣はリングを盾に避けた。
 サイラスをみながら、同時に他の開拓者も見ながら氷獣はリングを潜る。
 次々と潜るサーカスの曲芸のようなソレにどんな意味があるのか。
 だがどんな意味があろうと、それを最後まで黙って見続けている義理はない。
「興味は尽きませんが非常事態のようです。早々に撃破すると致しましょう」
 フレイアの金の髪が空を舞い、その身体から強烈な火属性スキル・メテオストライクが放たれる。
 熱風を放ちながら氷獣に放たれたそれは、リングもろとも氷獣を焼き尽くす!
「これは?!」
 けれどフレイアは次の瞬間わが目を疑った。
 リングもろとも焼き尽くしたはずの氷獣が無傷で佇んでいるのだ。
 いや、正確には氷の炎を上げつづけるリングはいくつかが消滅していたのだが……。
 困惑する彼女と、開拓者全員に向かって氷獣は無数の氷の弾丸を吐き出した!
 血濡れのカフィーヤを決して離さず放たれたそれは、六人の開拓者全てに襲い掛かる!
 回避能力の高い水鏡、オーラで能力値を高めたサイラス、そして竜哉が回避!
 十分な距離をとってはいたものの冷気を浴びる朱音、ジェーン、フレイア被弾!
 そして氷の弾丸たる氷吹雪に怯んだ一瞬の隙を突き、氷獣は再びサイラス目掛けて跳躍!
 だがその行動はジェーンに阻まれた。
「グリフィン様を狙っていますか。申し訳ありません、利用させて頂きます」
 小さな短銃から放たれた弾丸は氷獣を背後から見事貫いた。
 ジェーンが氷の弾丸から逃げ遅れたのは、このタイミングを狙っていた為だ。
 撃たれた首もとの氷が砕けて舞い散る。
 そしてサイラスも黙って狙われたままでいるはずがない。
「触れられなくとも、戦う事は出来るんだよ?」
 焙烙玉を氷獣に投げつけ、サイラスはその場を引かない。
 激しい爆音を響かせて焙烙玉は爆ぜ、氷獣の背中を大きく砕いた。
「隙だらけだね」
 竜哉が怯む氷獣のその額をトンファーで砕きにかかる。
 渾身の一撃を加えた瞬間トンファーは凍りついたが、攻撃を加えた直後に手を離して対処していた竜哉は無事だった。
 ビキリと大きな亀裂が氷晶球に走った。
「角を折りますか。抑えはお任せを」
 竜哉の意図を察したジェーンが銃弾で援護する。
 足止めを主としたその攻撃はやはり威力としては弱い。
 だが氷獣の意識を削ぐには十分。
「こちらはお主らの影から射撃支援といかせてもらうのじゃ」
 最初の魔砲の連撃で錬力を使い果たした朱音は、短筒でジェーンに合わせる。
「こいつで、どーだっ!」
 水鏡が城壁の上から跳躍し、死角から思いっきり氷獣の額に、その氷晶球に踵を見舞う。
 そのまま地面に着地した水鏡は凍らなかった。
 ビキビキとひび割れてゆく氷晶球はその場で割れ、粉々に砕けた欠片は開拓者達に纏わり消えてゆく。
 


●謎の声

『やっぱり……楽しいわ……』

 開拓者達の連撃のなか、戦場に見知らぬ女の声が響く。
(空耳……などではないよな)
 サイラスの疑問を竜哉が頷いて肯定する。
 子供のような大人のような。
 見渡せば誰もが怪訝な顔をしていた。
 皆に聞こえていたのだ。
 氷晶球が砕ける瞬間、この場にいない筈の誰かの声が確かに。
 だが皆にその疑問を思考する猶予はなかった。
 一際大きな唸り声を上げて、氷獣が再び氷の弾丸を放ったのだ。
 それだけではない。
 周囲の気温が一気に下がり、地面が凍りついた。
 避けきれない開拓者達に、サイラスに氷獣は突進を食らわす。
「くっ……!」
 サイラスは凍る地面に足を取られながら、けれど懐から咄嗟にカフィーヤを取り出して氷獣の視界をその頭を包むように塞ぎ、そのまま横になぎ倒す。
 自らも倒れこむサイラスだったが凍りついたのはカフィーヤのみ。
「私、わかりましたのよ。……アークブラスト!」
 今までの戦闘で氷る条件に気付いたフレイアが稲妻を迸らす。
 カフィーヤに視界を塞がれ、フレイアの攻撃を『見る』事の出来ない氷獣は落雷に撃たれた。
 その身体に亀裂が走り始める。
「襲ったものの血で染めるカフィーヤとは悪趣味じゃな。今度は自らの血でそれを染めるがよいのじゃ。……ま、染めるような血はなさそうじゃがの」
 朱音の銃撃も止まらない。
「全てのリング粉砕完了!」
 水鏡も思いっきり氷のリングに蹴りを入れる。
 氷獣とこのリングの関わりは謎だったが、残しておく義理はない。
 アヤカシの出現させたものが開拓者達の有利になる品のはずがないのだから。
「退いてください」
 ジェーンが凍らないのならと、刀を氷獣に。
「こいつはサービスだ、とっとけ」
 ジャンビーヤで亀裂に更に大きな亀裂を刻んだ竜哉は、止めにナイフを突き立てる。
 振動のあるそれは亀裂に最後の衝撃を与え、氷獣は断末魔の叫びを上げて粉々に砕けて散って逝く。


●祈りを
「これでアヤカシサーカス団、演目2つ目も終了のようじゃな。高い観戦料の割には面白くない演目じゃったの」
 やれやれと肩をすくめる朱音は、休む事無く城壁をくぐり町へと戻る。
 氷獣の襲撃は北門前で食い止めたが、避難した人々が気になるのだ。
 サイラスが予め避難誘導を促してはあるものの、なんせ急な襲撃。
 迷い子や避難時の怪我人などは後を絶たないだろう。
 疲れきった身体で朱音はそれでも余裕綽々の笑顔を崩さず、町の人々のフォローに急ぎ向かう。
「カフィーヤは犠牲者の物かと思いましたが、何か意図があって咥えていたように見えますね」
 氷獣が消えた後に残ったカフィーヤを拾い、ジェーンは思考を巡らす。
 被害者の物を、どんな時も決して離さないというのはおかしな話。
 ならばそれは被害者のものではなく、ジェーンの与り知らぬ何者かの意図があったと見て間違いないのではないか。
 けれどカフィーヤに染められた赤は、間違いなく被害者のもの。
 ジェーンはカフィーヤを大切に折りたたみ、祈りを捧げる。
「またカフィーヤに救われたな」
 サイラスもジェーンの持つ血染めのカフィーヤに祈りを捧げる。
「お湯をご用意しました。皆様、傷を見せてくださいな」
 特に氷の弾丸で受けた皆の傷はフレイアのレ・リカルで治療されてはいるものの、その身体のあちらこちらに氷の破片が残っていた。
 フレイアが自らの魔法で暖めた湯に包帯を浸し、水鏡の傷跡にそっとあてる。
「暖かいな。凍り付きはしなかったけど、氷を蹴ると冷えるね」
 リングと氷獣を蹴りつけた片足は、一瞬の事だったから凍傷にこそならなかったものの、青ざめ、血の気が引いていた。
(あの声……)
 そして竜哉は、氷晶球が割れたときに響いた声が忘れられずにいた。
 その、声の主が誰なのか。
 鈍い色をした北の空を、竜哉はじっと、見つめ続ける。